「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」を笑おう・パート92(追記・訂正あり)

■4月1日発売の正論5月号に、「映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」が問いかけるもの」という文章を書きました(三浦の個人ブログ)
http://miura.trycomp.net/?p=2380
 映画の内容も、三浦の書いた文章の内容もわからないのでノーコメント。ただ、三浦がつきあうメディアが「正論」「ジャパニズム」「月刊日本」「チャンネル桜」と極右系ばかりなのには苦笑します。「世界(岩波書店)」「中央公論中央公論新社)」「文藝春秋」などといった非極右系メディアとつきあう事は全くないわけです(中公や文春は保守ではありますが極右系ではありません)。
 なお、『【異論暴論】「河野談話」の罪の重さ 慰安婦・歴史戦争、我らの反撃 正論5月号』(http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140401/plc14040114470029-n1.htm)によれば正論5月号の特集は慰安婦問題だそうです。もちろん正論ですからいつもの「河野談話は間違ってる!」のわけです。まともな人間だったらこんな雑誌にコラムは書きませんが三浦はまともじゃないし三浦を副代表に担ぐid:noharraら「守る会」会員一同もまともじゃないわけです。

今発売中の月刊日本2014年4月号に、いつもの保田論*1の連載ではなく萩原遼氏の著書について紹介文を書きました。やはり氏の代表作として残るのは「北朝鮮に消えた友と私の物語」(文藝春秋)と思います。私はいくつかの点では意見を異にします

 何をどう「異にするのか」説明したらどうなんですかね。

まだ日本が貧しいアジアの国であった時代、在日コリアンと日本人が文字通り机を並べて学んでいた時代の空気がパッケージされ

 戦争直後の日本は「敗戦」で経済はぼろぼろでしたが、とはいえ「戦前米国と戦争をやるだけの経済力があった」わけで「貧しいアジアの国」ってのは違うんじゃないですかね。
 また「在日コリアンと机を並べるかどうか」は貧乏云々ではなくてむしろ「差別意識の有無」でしょう。

本書では韓国現代史の悲劇であり、ある意味朝鮮戦争の前哨戦ともいえる済州島の決起についても、そこに参加した金民柱氏と著者との不思議な縁を通じて論じられていますが、この済州島についても今映画が公開中。

 「決起」としか書かないあたりが三浦らしい。三浦が紹介する映画「チスル」その他が問題にしてるのは決起よりもむしろ「決起に対して韓国軍が行った虐殺(いわゆる済州島四・三事件)」なんですけどね。この虐殺は長い間「韓国黒歴史」として語ることがタブーになっていました。「語ろうとする人間」には「自虐史観」だ何だという日本ウヨの暴言と似たり寄ったりの暴論が韓国ウヨサイドから出ていたわけです。

参考

http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2014033002000003.html
東京新聞『<家族のこと話そう> 駆け込み寺代表理事・玄秀盛さん』
 父は一九三〇年、当時は日本の植民地だった済州(チェジュ)島で生まれました。二十歳前、密航で日本に渡りました。密航の理由を語りませんでした。玄家は大地主で、村長を務める名門。父は長男でした。
 後で四八年の「済州島四・三事件」が関係していたことを知りました。軍により数万人の済州島住民が犠牲になったといわれている事件です。盧武鉉ノムヒョン)大統領が二〇〇三年に公式に謝罪するまで、韓国ではタブーとされ、口にすることはできませんでした。


■3月22日に古谷経衛氏と映像関係のイベント(?)をしました(三浦の個人ブログ)
http://miura.trycomp.net/?p=2378
【追記】
 id:Bill_McCrearyさん記事『橋本忍氏が亡くなった(一部でカルト的知名度のある『幻の湖』を観てみようか)』
https://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/376ec8e319f7207b5316ae78a01c732d
でご紹介いただきました。ありがとうございます。
【追記終わり】

幻のカルト映画「幻の湖」

ウィキペ「幻の湖」によれば
監督・脚本:橋本忍黒澤明羅生門」「七人の侍」「隠し砦の三悪人」、今井正「真昼の暗黒」、山本薩夫白い巨塔*2」、野村芳太郎砂の器*3」「八つ墓村*4」、森谷司郎八甲田山」の脚本などで知られる)
共同制作者として大山勝美(TBSプロデューサー、代表作「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」)、野村芳太郎(映画監督、「砂の器」「八つ墓村」で橋本とタッグを組んだ)
音楽:芥川也寸志(「砂の器」「八つ墓村」で音楽を担当)
配給:東宝
俳優も脇役とは言え、北大路欣也織田信長役)、大滝秀治など有名俳優もいて
ということでまともな映画のようですが

・(あまりの不人気で)公開から「2週間と5日」で公開打ち切り
・(「羅生門」「七人の侍」などで)日本を代表する脚本家であった橋本は、この作品の失敗で映画界での評価を落としたとされ、1986年頃に2本の映画の脚本を執筆した程度で、事実上の引退状態となった(ウィキペ「橋本忍」によればその「2本の映画」とは「愛の陽炎(松竹)」、「旅路:村でいちばんの首吊りの木*5東宝)」。なお、面白い、面白くないや興行的成績、世間的知名度はともかくググった限りこの2作品は橋本が脚本にとどまり、監督は別の人間がやったためか「幻の湖」と違いとんでもない作品ではないらしい)。
・2003年にDVD化されるまで、名画座のレイトショーでもめったに上映されず(東宝が自社の恥と認識し、フィルムを出したがらなかったためと言われる)、ビデオ化もテレビ放映もされなかった、文字通り「幻の作品」だった。
・1995年頃から、カルトな人気を呼び、現在では『シベリア超特急』(水野晴郎監督)、『北京原人 Who are you?』に並ぶ日本屈指のカルト映画として、再評価されている(注:シベ超北京原人も、「幻の湖」同様、興行的には大コケし、作品評価も決して良くはありません。とはいえ小生の記憶に寄れば地上波で流されたことがあるシベ超北京原人を越える怪作・珍作が地上波で流されたことすらない「幻の湖」なのでしょう)

という平凡人には見る気にならない映画のようです。アマゾンレビューも

・あまりの内容のすごさによる客足の少なさから、上映は2週間で打ち切られ、日本屈指の名脚本家の橋本忍氏はその後実質の引退状態にさせられました。
・人によっては2時間44分の苦行になります。時間、お金の無駄にもなるかもしれませんが、責任は持てません。
・どう見たってバカ映画。だって内容が錯乱してるもの。この映画が企画の段階でストップしなかったことが日本映画界の問題そのものだし、お蔵入りにならないで公開された事に当時の映画業界の首脳陣のだめさ加減が出ている。そういう意味では反面教師的作品だろう。自らの名声を自らの手で地に落としてしまったという点では(注:小松左京原作・監督、東宝公開の)「さよならジュピター」と同レベル。金出して買うもんじゃない。私はCSで観ました。
・たくさんのコメディ映画で鍛えられていた筈の我々夫婦は、涙を流して笑いころげ喘ぎました。(注:羅生門などで橋本とタッグを組んだ)黒澤明はこの映画を見たのか?。熱演の役者さんたちはどう思って演技してたのか?。そんないろんなことを考えてしまったらもうたまりません。“私は寂しくなかったんだ!”とか“なんで婚約しちゃったんだろう”とか“僕はいいから先に行け!”とか“勝った〜”とか耳を疑う素晴らしいセリフの数々を是非堪能して欲しいです。是非見て下さい。爆笑爆笑でたまりません。
・ぶっ飛んだ脚本。やたら豪華なスタッフ&キャスト陣。日本映画史上、これほどの迷作は後にも先にも無いでしょう。
・どぶに捨てて良い金があっても、買ってはいけない。(注:「幻の湖」は)カルトだ何だという妄言にだまされるな!
 劇場公開では失笑(爆笑?)が漏れたとのことだが、一般公開より先に、試写会で見た私の試写会場(満席のイイノホール。定員694名)の印象は、「シラケ」「嘆息」以外の何物でもなかった。「東宝50周年記念」「黒澤組、砂の器橋本忍」に皆期待していたわけだから当然であろう。
東宝50周年記念作品なのに、これが初の商品化である。めでたい、といいたいところだが、ちょっと複雑な気持ちだ。映画は劇場で見るものという意見があるが、この映画などその最たるものではなかろうか。あまりにぶっとんだ展開ゆえ名画座でかかると場内は爆笑に包まれるのだが、こういう風に大勢で見るというのがいちばん合っているという気がしなくもない。部屋でひとりで見る類の映画ではないような気がする。部屋で見るなら、誰か心の広い友達を呼んで来た方がいいかもしれない。それでも絶交されるかも知れないけど。
・日本映画脚本界の重鎮・橋本忍が、満を持して発表した、というか満を持過ぎてアッチの世界へ行ってしまった超怪作!
・物語の約1/4が主人公のランニングに費やされるというこの作品。突っ走り続けた結果、誰にも止められない不可解な作品になってしまった。それが本作品。オープニングからラストにたるまで、ひたすら走り続ける主人公。それも間違った方向に。
 それでもテーマを一つに絞っていれば、ここまで破綻した内容にはならなかったかもしれない。例えば愛犬シロとの絆を描くとか、謎の雅楽師との恋愛とか、メインテーマがきちんと絞られていれば、もう少しまとまった内容になったと思う。
 しかし、あれもこれもと色々な要素を融合させた結果、時代劇なのかサスペンスなのか、スポーツなのか恋愛なのか、SFなのかもはや誰が見てもジャンル分けできないカオスな作品に仕上がってしまった。

などと酷評しています。
 三浦も

 この「幻の湖」の予告編を上映したんですが、もう会場のがっかり感というか、ちょっとこういうの流さんでくれとの空気がビシバシ。しかしこういうのにめげてはカルト映画は語れない、誰も見たくなさそうな人々にこの映画のラストシーン、どう見ても張りぼてにしか見えない琵琶湖の上に宇宙飛行士が笛を置くところだけは流し、お客さんを苦しめたのち

だの

 後で気が付いたけど、その場で話した「幻の湖」のあらすじ、どうもおぼろげな記憶で語ったのでかなり間違っている可能性もある。
(中略)
 きちんと知りたい方は是非「幻の湖」を観よう!・・・・・とは(注:駄作で見るのが苦痛だしそもそも入手困難なので)言えない。

というほどのすさまじい作品のようです(普通、予告編でそこまで不評なケースはまずありません)。 何で「人気脚本家だった橋本」がそういうモノを造るのかよくわかりませんが
1)天才と奇人は紙一重
2)過去の名作は黒沢明などまともな人間が上司として部下の橋本をコントロールしたから良かったのであって橋本が監督という最高責任者で一番偉い場合、誰も橋本をコントロールできなくて、トンデモになる(そう言う意味では偉くなりすぎるのもある意味不幸です。それでも「誰かなんとかしろ」とは思いますが。共同制作者・大山TBSプロデューサーや野村監督は名前貸しにすぎなかったのでしょうが罪なことをしたモノです。彼らが駄目出しできなくて誰が出来るんでしょうか?)
3)騏邾も老いては駑馬に劣る
のどれか(あるいは全て)ということなんでしょう。
 大まかなあらすじについて三浦のエントリとウィキペ「幻の湖」を見ればわかるでしょう。

 琵琶湖の近く*6ソープランド*7に務めているお市の方という芸名*8を持つ主人公の女性が、愛犬を殺され、同じソープに務めていたCIA調査官の助けを得て犬を殺した作曲家を突き止め、復讐を考える

 のっけからのけぞります。何でCIA調査官がソープ嬢になるのか?
 そしてCIA調査官が赤の他人にほいほいと自分の身元を開かしていいのか?
 単に「愛犬を殺された女性の復讐話」にすれば「駄作に終わったとしても」普通の駄作でここまで酷評されることもないでしょうが「宇宙飛行士(NASAの科学者)」「CIA調査官」「織田信長の妹・お市の方の侍女の悲劇」と「愛犬を殺された女性の復讐話」とは関係ない異質な要素を詰め込んだあげく「詰め込んだ理由がわからないこと」が酷評される原因でしょう。そう言う意味では「シベ超」や「北京原人」の方が「演技やセットが稚拙」「論理矛盾がある」などと言った問題はあっても「幻の湖」よりはマシなのでしょう。


唱歌に歴史を聴く ラ・マルセイエーズと抜刀隊(三浦の個人ブログ)
http://miura.trycomp.net/?p=2369

 去る3月1日、あまりにも早すぎた遠藤浩一氏(政治評論家で優れた劇評家でもあった*9)を追悼する会が東京にて開かれた。そこで、かって民社党時代からの同志であった西村真悟議員が、文部省唱歌蛍の光」の三番を、中々見事なバリトンで歌った。実はこの誰でも聞いたことのある歌の、三番、四番の歌詞は、戦後は全くと言っていいほど歌われていないのだ。

 何でそうなるのか、それは三浦自身も書いていますが3番、4番が右翼的な歌詞だからです。

(四番)千島の奥も 沖縄も 八洲の内の 護りなり 至らん國に 勲しく 努めよ我が背、恙無く」
(中略)
日露戦争後には四番の歌詞が「台湾の果ても 樺太も」と書き換えられた。今の時代に合わせるならば「千島の奥も 尖閣も」といった歌詞がふさわしかろう。

・何で書き換えたかといえば台湾は日清戦争の勝利で、樺太(正確には南樺太)は日露戦争の勝利で日本領になったからです。もちろん第二次大戦の敗戦でどちらも日本領ではなくなったわけです。
・「千島の奥も尖閣も(日本の領土だ)」なんて子どもに歌わせたら日中関係、日露関係が明らかに悪化するでしょう(それにしても竹島に三浦が触れないのは何故なんでしょうか)。
 そんな愚かなことをやって三浦は何が嬉しいのか?。教育を右翼の玩具にするのも大概にして欲しい。三浦も中道ぶってるけど所詮右翼と言う事、特に安倍政権後は「我が世の春が来た」とばかり完全にたがが外れてるんだということがよくわかります。こんな極右・三浦を「守る会」の副代表にして、id:noharraさん他、「守る会」会員の皆さんは恥ずかしくないんですかね?
 なお、この西村の話については
■【産経抄】3月4日
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140304/plc14030403530007-n1.htm
も触れており、小生は『今日のMSN産経ニュース(3/4分)』(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20140304/2310987654)で三浦同様「3番、4番の復権」を唱える産経を批判しました。
小生が気付いた限りでは産経ウオッチャーとして知られる黙然日記氏も『産経抄の『蛍の光』。他』(http://d.hatena.ne.jp/pr3/20140304/1393953727)で産経の「3番、4番の復権論」を批判しています。
 ただ三浦は産経抄の「蛍の光・3番、4番復活論」よりももっとすさまじいこと『「水師営の会見」復活論』を言うから呆れます。

 「春の小川」「故郷」などの名曲を残した岡野貞一が、同時に、唱歌として「水師営の会見」で乃木大将とロシア軍のステッセルとの会見の模様を歌う佐々木信綱の詩にも優れたメロディを作曲して付けている、この曲は当時文部省から国語読本の中に収録されたが、戦後は、岡野は前者のような非政治的な歌だけが教えられ、貴重な歴史の記録であるこの曲は教えられもしないと、藍川氏は歴史を軽んじる戦後教育に対し厳しい批判を行っている。これは、音楽家としての見事な歴史論、戦後批判論というべきものである。

要するに三浦と「三浦が紹介する藍川氏」が何を言ってるかと言えば

戦前、文部省唱歌として学校音楽教育で教えられていた『水師営の会見』を戦後の今、学校音楽教育で復活させろ

ということでしょう。
 「何のためだ?」と聞き返したくなります。そんなことをすれば国内外から「歴史教育どころか、音楽教育まで使って戦前美化を始めるとは」「日本政府がさらに極右反動化した」という警戒、批判の声が出るだけでしょうし、日露関係も確実に悪くなるでしょう。だからこそ『水師営の会見』なんか今学校で教えないわけです(もちろん歌詞が古くさいというのもあるでしょうが)。三浦や藍川さんが『水師営の会見』を個人的に歌いたいなら勿論止めはしませんが、学校教育にそんなものを持ち込むのはやめてもらいたい。安倍ですらそんなことは「日露関係の悪化」が怖くてやらないでしょう(また、そうした行為は「完全な戦前正当化」と認識され日露どころか、日米、日中、日韓関係すら危うくしかねません)。しかしこんな三浦のような非常識右翼を「副代表」にして恥じないid:noharra他、「守る会会員」一同には心底呆れます。
 ちなみに「正露丸」と言う薬がありますが、あれはもともとは「征露丸」といって日露戦争時に開発されました。ただ「いつまでも征露丸では日露関係上、まずい」という声が出て、ただその声が出た頃には既に「セイロガン」と言う名前が完全に定着していたので「征」の字を「正」に変えて「正露丸」になったわけです。それが普通の人間であって今時『水師営の会見』を学校音楽教育でやりたいと主張し、日露関係が悪化しても構わないと思ってるらしい三浦と藍川氏は非常識にも程があるでしょう。


■酒井信彦『なぜダライラマチベット独立を放棄したのか』
http://sakainobuhiko.com/2014/03/post-241.html
 内心はどうか知りませんが、確かにダライは「独立の意思はない」と語っています。でこれを、チベット関係者が「ダライ猊下は何故独立を言わないのか」と不快感を感じるのはわかる(「支持する」ではありません)。部外者の酒井が何でそんな僭越なことが言えるのか。大体「何故」の理由は簡単でしょう。「現実性がないから」です。そして「自治権充実の方が現実的でありかつそれなりに意味があるから」でしょう。たとえば歴史的にはハワイが独立国家だったからといって今更「ハワイ独立」なんて現実性がないでしょう。

 ホワイトハウスオバマ大統領がダライラマと会見した。中共は強く反発して見せたが、これは明らかに完全な出来レースであった。アメリカは中共に配慮して、チベット中共の領土であることに、ことさらに言及した。そして、ダライラマ中共との対話が促進されるべきことを、いつもの決まり文句として繰り返した。
 要するにアメリカはチベットの独立を認めない

出来レースという表現はともかく、米国がチベット独立を認めないことそれ自体は事実です。おそらくヨーロッパも同様でしょう。でも、それをただ憤っても仕方がないし、ましてや「ダライは何故独立を放棄した」と批判したあげく「ダライ一個人に勝手にそんな事を決める資格はない」と酒井が言うのには複雑な表情をせざるを得ません。先ず第一にここまでダライを「一個人」とおとしめていいのか。一応彼は単なる宗教家ではなく「チベット亡命政府の精神的指導者」であり、名実ともにダライが「一宗教家に過ぎなくなる」であろう将来はともかく現時点でこうばっさり切られてはチベット亡命政府も立つ瀬がありません。
 第二に、じゃあダライ以外に「チベット独立を訴える有力勢力があるか」といったらないでしょう。チベット亡命政府主流はダライと同意見だし、チベット亡命政府主流を世間はチベット代表と扱ってるわけです。

侵略国家・中共からの民族独立問題は、チベットのみの問題ではないのであり、東トルキスタンウイグル人も、南モンゴルのモンゴル人も、シナ人の侵略からの解放を求めている。ダライラマの誤れる独立放棄は、これらの民族の独立も極めて困難にしてしまった。

 正直ほとんど関係ないでしょう。ダライが独立を訴えれば新疆ウイグル東トルキスタン)や内モンゴル南モンゴル)が独立できるという話ではない。
 またダライは別に新疆ウイグルなどのために動いてるわけではないし、新疆ウイグルなどが独立で一枚岩でもないわけです。ダライ同様自治権拡充の立場もある。

 ではなぜダライラマは、重大な誤りを犯してしまったのか。欧米勢力に使嗾されたことは間違いないだろう。

 使嗾という表現はともかく欧米が自治権拡大は支持しても独立までは支持しないであろうこと、そこでダライが独立を訴えないことは事実でしょう(たぶん新疆ウイグルも事情は同じでしょう)。で、そこで欧米を批判するならまだしもダライを批判してもどうしようもないでしょう。

 その後、(注:欧米は)ノーベル平和賞を授与して聖人に祭り上げて、綺麗ごとしか言えない存在にしたのである。

 ノーベル賞をもらわなければ聖人にはならず、「独立を叫び、『聖人など糞食らえ』とばかりに、対中国相手のゲリラ戦司令官としてダライが活躍した」かのような物言いですが、平和賞をもらわずとも立場上、聖人としてしか生きられないでしょう。そもそもノーベル賞をもらわないことで「聖人以外の生き方」をダライが希望して仮にそれが出来たとしてそれをダライ支持者が望んだか、それがダライやチベットのためになったかは非常に疑問です。


金正恩と総連幹部を国際刑事裁判所脱北者団体が総連本部前で抗議(統一日報) 
http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=01079
 金正恩はともかく総連幹部をなんの罪で裁くのか?。頭痛がしてきます。
 本気じゃなくてただのパフォーマンスでしょうがあまりにも酷すぎでしょう。金正恩の身柄拘束なんか到底無理ですが、総連幹部なら「日本捜査当局による身柄拘束」は一応可能でしょう。だからといって裁く事が出来ると思う人は「極右以外」まずいないでしょう。何度も言いますが何の罪で裁くのか?。拉致への関与なんて認められてませんし、仮に認められたとして国際刑事裁判所云々ではなく日本の裁判所で裁く話でしょう。それとも「強制収容所の件」で裁くとでも?
 北朝鮮の行為は総連の行為じゃありませんし、「総連が北朝鮮に甘いから同罪」というなら「アパルトヘイト時代の南アフリカに甘かった日本政府」も司法の場で裁かれるべきだったんですかね?。まあ1988年の国連総会では日本は非難されてますけど。


■本日(23日)正午、朝鮮総連前にて関東脱北者協力会が抗議行動 
http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=01078
 抗議への参加者を募ったりマスコミ取材を求めたりするなら、何の理由で抗議するのか位書けと言いたい。そう言う意味では無内容な記事です(まあ、23日の8時にサイトにアップされても「アップする前に事前に何らかの理由で知ってる人間以外」は取材や参加なんかまず無理でしょうが。遅くてもせめて前日の午前中にアップしろよ)。


■3月28日 日本ウイグル協会学習会のお知らせ(三浦の個人ブログ)
http://miura.trycomp.net/?p=2360

産経新聞『中国で何があった? ウイグル研究の神戸大教授、訪中後に行方不明』
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140322/waf14032210390004-n1.htm
 この王柯*10という人は、岩波新書から「多民族国家中国」*11という、私からするとかなり許しがたい本を出していて、特にチベット運動に対してひどいこと*12を書いているのですが、まあそれはそれとして、こういうニュースを見ると,朱建栄*13もそうだけど、中国政府にかなり忠実な学者*14までも、たぶん日本でのちょっとした言葉や交友関係で当局ににらまれるのだなあと思ってしまう。

 やれやれです。朱建栄氏(東洋学園大教授)の消息不明が「中国による拘束だったことが後に判明(幸いにも後に解放)」という事実からすれば、王氏の消息不明も「中国による身柄拘束」かもしれませんし、そう疑われるのも「朱氏を酷い目にあわせた中国の不徳の致すところ」でしょうが現時点ではそんなことはわからないわけです。
 何で勝手に決めつけますかね。中国叩きが三度の飯より好きな反中国ウヨ・三浦らしい話です。
【追記】
その後の報道に寄れば朱氏と違い、王氏は早急に解放されました。幸か不幸か拘束はやはり(?)中国官憲によるものだったようです。
「違法行為を疑われ、拘束されたが疑いが晴れ解放された、これ以上詳しいことは現時点で話したくない」ということのようです。現時点ではああだこうだと詮索しない方がいいのかなと思います。

緊急要請文
日本大使館
タナテイップ・ウパテイシン閣下
 タイ国にて保護された200人を超えるウイグル難民を中国に送還することなく、希望する第3国に出国させてください

 要するにこういう要請文を出さないと中国との関係を重視して強制送還する可能性大と言う事なんでしょう。まあ出しても無視して強制送還する可能性もあるでしょうが、もし無視したら三浦ら日本ウヨは「タイ許さない」と批判するのか、はたまた常日頃「親日国タイ」と言ってるので何も言わずに適当にごまかしてしまうのか。


■河信基の深読み『横田夫妻と孫ウンギョンの日朝自由往来から始めよう』
http://blogs.yahoo.co.jp/lifeartinstitute/45445388.html
 俺も同感です。ただ自由往来と言っても「ウンギョンさんの訪日」は難しいかも知れない。北朝鮮が同意しないかも知れない。ただ「横田夫妻の訪朝」ならいくらでもできるでしょう。それが無理なら*15、今回「渋々」とはいえ「第三国での面会」を救う会が認めたわけですから「第三国面会」を何度もやればいいわけです。

横田夫妻と孫の対面に反対してきた人々は、めぐみさんをはじめとする8人の死亡が既成事実化されると主張するが、憶測、邪推の類でしかない。
そこには少なからず、反北朝鮮の政治的な思惑が込められていることもその間、明らかになっている。

 全くもってその通りです。


川島高峰*16「帰国事業の語られ方」講演資料、並びに「拉致と真実」(萩原遼*17責任編集)は私に連絡くださればお送りします。 
http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=01077
 三浦の紹介する川島の語り方は明らかにおかしい。
 「社会主義に対する左派の幻想」って要素が帰国運動にないとは言いません。あったと思います。しかしそれ明らかに帰国運動についてのメインの話じゃないでしょう。当時、日本の在日差別は、改善の見込みがどれほどあるかという位、本当に酷かった。でそんな中、北朝鮮から「ウエルカム」という話があれば別に左派でなくても賛成するんじゃないか。
 問題があるとすれば「帰国=即問題解決みたいな態度を取ってしまったこと」でしょう。後智恵、後出しじゃんけんかも知れませんが「帰国後の生活をもっとフォローすべきだった」とは言えるでしょう。(また、帰国してない在日だっていると言う問題もあります。まあそれについては左派や穏健保守はそれなりに「日立就職差別裁判支援」「指紋押捺拒否訴訟支援」など「在日差別是正」に動いたとは思いますが。むしろそういう在日差別撤廃運動に敵対していた、あるいは無関心だったのが三浦のようなウヨでしょう)。まあ、どんなことでも最後までフォローってのは大変な話ではあるし、こういう事態(帰国者の安否が一部不明)が生まれるとは誰も予想してないでしょうけどね。
 一方韓国からは「ウエルカム」なんて話はなかったわけです。結局川島や三浦といったウヨは帰国運動をまともに語りたいのではなく、単に左派叩きのネタにしたいからそうなるんでしょうけど。 そもそも帰国事業は「政府の事業」である以上、一番、責任があるのは政府なんですけどね。「政府の事業」で「応援した左派にも責任がある」というならともかく「一番左派が責任があるかのように言う」のは恥知らずにも程があるでしょう。 

国際共産主義運動と帰国事業とのかかわり

 基本的にそんなもんはありません。北朝鮮に「帰国事業関係でこういう事協力してくれないか」と言われればよほど無茶な要請でない限り、ソ連、東欧、中国などは「同じ共産国だから協力する」でしょうがそれ「国際共産主義運動と帰国事業の関わり」って話じゃないでしょう。

帰国事業で北朝鮮に渡った人の殆どが南朝鮮出身であった

 もちろん「左派だから」と言う人もいたでしょうがかなりの部分は「日本の差別が酷い状況でウエルカムしてくれた北朝鮮に感謝した」って話でしょう。それほど日本の差別が酷かったという話です。
 そして韓国(当時は李承晩政権)はウエルカムしなかったわけです。

 戦線膠着という現実を前にソ連は平和共存論へと政策を転換

 何も「戦線膠着」と言う現実を前に「全面激突にエスカレートさせることを回避した(平和共存論)」のはソ連・東欧サイドだけではない(米国サイドも同じ)ですし「平和共存論」は動機はどうあれ「所詮マヌーバー」と斬って捨てていいもんじゃないでしょう。


蓮池透氏のツイッター

 小泉訪朝10年のときにも書いたけど、何でマスコミは3.11から3年で大騒ぎをするのか?節目とか区切りとかいって勝手にまとめて、後はスルー。ある意味、風化を促進しているのはマスコミかも知れない。まだまだこれからなのに

 全く同感です。とはいえ「311(東日本大震災、及びそれによって発生した福島原発事故)」はともかく、拉致について言えば家族会、巣くう会の「蓮池透氏を家族会から除名する」「日本サッカー代表の平壌での試合にイチャモンをつける」などの暴挙が拉致風化を促進したことは否定できません。
 拉致が風化した最大の原因はマスコミと言うより「拉致運動を右翼運動に転落させた家族会と巣くう会」のせいでしょう。右翼でない限り右翼運動など支持する気にはなりません。実際彼らは巣くう会集会で九条改憲を叫ぶなど、左派には黙認できないような暴挙を繰り返してきたわけです(お断りしておきますが九条改憲などの右翼的言動が暴挙と言うより、オールジャパンであるべき拉致被害者救済運動に右翼運動を持ち込んだことが暴挙です)
 マスコミだって右翼メディア(例:産経)でない限り右翼運動の宣伝報道などしたくないでしょう。政府与党、外務省、歴代内閣も右翼とのつきあいを嫌い、拉致問題については積極的には動かず、適当に処理するという姿勢をとり続けたわけです。

(注:笑って)いいともに首相が出演。(注:人気取りに)そこまでやるか。

 蓮池氏が安倍にかなり批判的であることがわかります(もちろんテレビ出演をすすめた安倍周辺やタモリ、フジテレビにも蓮池氏は批判的でしょうが)。ま、救う会はこれとは逆に安倍万歳の訳ですが。


ダライ・ラマ法王の国会での説法、安倍総理との会談実現キャンペーンにご協力をお願いします(三浦の個人ブログ)
http://miura.trycomp.net/?p=2338
 ネット署名を集めてそれを首相官邸に持ち込むということなのか?
 『ダライが日本にやってくる(追記あり)』(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20131117/0421309876)で触れましたが「2013年11月の訪日」で安倍が会わなかったんだから今後ダライが訪日*18したとして会うわけがないでしょう。おそらく米国も「靖国参拝その他で悪化している日中関係をこれ以上悪くするな、ダライには会うな!」と絶対にそんなことは阻止しようとするでしょう。でそれで当然でしょう。隣国とこれ以上敵対関係になってどうするのか。
 大体、福田康夫首相やオバマ大統領のような「それなりにまともな首相、大統領」ならともかく「靖国参拝」「河野談話否定論」「南京事件否定論」の極右・安倍がダライにあっても世間は「人権派チベット支援」なんて誰も思わず「反中国ウヨの嫌がらせ」と理解されて終わるのが関の山です。ウヨの三浦はそれでいいんでしょうが。id:Mukkeや、id:noharraが「安倍との会談」を望んでるのかどうかは知りません。望まない方がいいでしょうね。まともな首相ならまだしも安倍では意味がない。
 なお、「ダライの国会での説法(「演説」等と非宗教的に表現しない点に注意)」というのは俺個人は「政教分離原則の抜け道作り」と言う黒い野望もウヨにはあるんじゃないかと疑っています。「説法=宗教家の宗教行為」のわけですからね。

中国への弱腰が批判されるオバマ大統領も、その内容はともかく*19、法王様とは会見されました。

 オバマの何を「中国への弱腰」と理解するのか三浦にはっきり説明してもらいたいところですが、説明しないでしょう。説明するとなったら常軌を逸した反中国暴言、反オバマ政権暴言を吐くことになるでしょうから。その当たりは適当にごまかすせこい男が三浦です。

アジアの人権と自由、真の平和の実現のために法王様を国会にお招きし安倍首相との会見を実現させるのは当然のことと思います

 「河野談話否定派」「安倍靖国参拝支持派」「安倍信者」の分際で三浦も良くも「人権」「自由」「平和」だのふざけたことが抜かせるモンです。「過去の戦争への反省」を否定し、中韓といった隣国といたずらに敵対すること(靖国参拝河野談話見直し論など、安倍が実行し三浦が支持していること)のどこが「人権」「自由」「平和」なんでしょうか。三浦を副代表に担ぐid:noharraら守る会会員には自分の馬鹿さを心底恥じて欲しいもんです。
 大体ダライとの会見なんぞより習近平国家主席や朴クネ・大統領との首脳会談の実現の方が急務でしょうに。


■酒井信彦『東京大空襲こそホロコースト博物館の展示として最もふさわしい』http://sakainobuhiko.com/2014/03/post-240.html
 俺個人は東京大空襲戦争犯罪だと思うのでホロコースト博物館でのそういう展示に反対はしません(別に展示しないといけないとも思いませんが)。そもそもそういう展示は「慰安婦展示」とも何ら矛盾しません。ただ酒井の主張はそういうまともなものではなく単に「ホロコースト博物館での慰安婦展示」を恨みに思って米国に喧嘩売ってるだけのくだらない話です。しかし「慰安婦ホロコーストと違って殺人じゃない(酒井)」ってそういう話でもないでしょう。じゃあ「731部隊南京事件」といった「旧日本軍の殺人」なら酒井らウヨも展示を認めるのかといえば認めやしないでしょうし。
 ちなみに「空襲による無差別殺人」なら日本だって「重慶空襲」とかやってるんですけどね。
 有名な「風船爆弾」だってもともと「アメリカ空襲が日本には技術的に出来ないからその代替策」として開発されたわけです。可能だったら爆撃機で米国を空襲していたわけです。
 そこ指摘されたら酒井はなんて言い訳するんでしょうか?
 それと、東京大空襲の実行に関与した米空軍幹部カーチス・ルメイが戦後「航空自衛隊の育成に尽力したと言う理由」で勲一等を授与されたことは酒井はどう思ってるんでしょうか。
 ちなみに当時は佐藤栄作*20内閣で、ウィキペ「カーチス・ルメイ」によれば推薦者は小泉純也*21防衛庁長官椎名悦三郎*22外相だそうです。当時も佐藤には「東京大空襲の関係者に勲章とはどういうことか」という批判があったそうですが佐藤は「それ(東京大空襲への荷担)はそれ、これ(航空自衛隊への協力)はこれ」という態度だったようです。


■台湾紙が報じる「頑張れ日本!全国行動委員会」の友情ー3・26緊急国民行動の報告 : 台湾は日本の生命線!
http://freeasia2011.org/japan/archives/3192
 三浦小太郎が宣伝しているアジア自由民主連帯協議会に載った文章です(三浦は協議会の理事です)。くだらないですね。単に「敵(馬政権)の敵は味方」ってだけの話で「頑張れ日本!全国行動委員会」は支持してるだけですから。台湾側はまともに相手してないんじゃないか(少なくともまともな台湾人は党利党略で役立たずの日本右翼なんか相手にする気はないでしょう)。
 なお、この協定、是非はともかく単に経済協定に過ぎず「統一のワンステップ」なんてもんじゃありません(反対派の多くも「統一」云々と言う理由で反対しているわけではなく、単に「安い中国商品で台湾企業がダメージを受けること」を恐れている。日本のTPP反対派と言ってることは同じです)。そもそも現状維持派が多い状況では当分、統一が現実的シナリオになることはないでしょう。
 デマも大概にして欲しいもんです。


■台湾で学生が国会占拠!媚中・反民主*23の国民党に挑む正義の戦い : 台湾は日本の生命線!
http://freeasia2011.org/japan/archives/3169
 三浦小太郎が宣伝しているアジア自由民主連帯協議会に載った文章です(三浦は協議会の理事です)。日本で同じ事「国会占拠」が起こったら、いやそれどころか国会前デモですら「国会への暴力を許すな」と言うであろう連中が「反中国とは良くやった」と学生諸君をほめるのだから心底呆れます。
 なお、これを「反中国・親中国」の視点で論じるのは明らかに不適切ですね。学生諸君は「中国とのECFAで安い中国商品が台湾に大量に来たら台湾の農家や中小企業が困る」と言ってるのであって、彼らの主張は「日本での農協や中小企業のTPP反対」と全く変わりません。これに対し、台湾政府は「中国との経済交流を活発にすることはいいことだ、弊害は是正するから安心してくれ」と言ってる。これまた日本のTPP推進派の言ってることと全く変わりません。


■【3月29日東京】 浅野和生氏*24と三宅教雄氏を講師に第16回台湾セミナー : 日本李登輝友の会
http://freeasia2011.org/japan/archives/3176
 三浦小太郎が宣伝しているアジア自由民主連帯協議会に載った文章です(三浦は協議会の理事です)。

 日台間は無法状態が長く続いている。

 もちろん「無法状態」なんてどこにもありません。何が無法かといえば「台湾を国扱いすべきなのに国扱いしないのは無法」という話ですから。正式にこのセミナーの報告がされたら改めて突っ込みたいと思います。


■「20世紀のモンゴル民族運動と日本」 講師 宮脇淳子*25南モンゴル文化促進会
http://freeasia2011.org/japan/archives/3074
 三浦小太郎が宣伝しているアジア自由民主連帯協議会に載った文章です(三浦は協議会の理事です)。講師が「昔はまともなモンゴル学者だったかも知れない」が、今や『世界史のなかの満洲帝国』(2006年、PHP新書)、『世界史のなかの満洲帝国と日本』(2010年、ワック社)、『真実の中国史【1840-1949】』(2011年、ビジネス社)、『韓流時代劇と朝鮮史の真実:朝鮮半島をめぐる歴史歪曲の舞台裏』(2013年、扶桑社)、『真実の満洲史【1894-1956】』(2013年、ビジネス社)など「満州国建国や朝鮮植民地支配を正当化する」ネトウヨ本を執筆する「あの宮脇」では「悪い意味で」すさまじい代物が予想されます。正式にトンデモ講演会の報告がこの「協議会サイト」に乗ったら改めて突っ込むことにします。


■【講演会資料】「20世紀のモンゴル民族運動と日本」 講師 宮脇淳子
http://freeasia2011.org/japan/archives/3151
 三浦小太郎が宣伝しているアジア自由民主連帯協議会に載った文章です(三浦は協議会の理事です)。報告が掲載されたら改めて突っ込みます。ぱっと見、資料にはそれほど突っ込む所はない。あえて突っ込むと以下の点ですかね。

1928年 張作霖満洲に戻る途中で爆死

はっきりと「爆殺」と書かない点が何だかなと思います。暗殺実行者が関東軍だからこうなるのでしょう。

中村中尉暗殺事件

 中尉というのは明らかに間違いで大尉です。この事件は「中村大尉事件」と一般には言って「暗殺」はつけません(ウィキペ「中村大尉事件」)。中村の殺害が合法と言えるかは非常に疑問だと思いますが、一方で彼が身分を偽りスパイ行為を働いていた疑いがある点にも注意が必要でしょう。
 しかし関東軍が暗殺した張作霖は「爆死」で、日本人が殺害されると「暗殺」。宮脇もわかりやすい人間です。


■【動画】「20世紀のモンゴル民族運動と日本」 講師 宮脇淳子
http://freeasia2011.org/japan/archives/3161
 三浦小太郎が宣伝しているアジア自由民主連帯協議会に載った動画です(三浦は協議会の理事です)。適当に見て、俺流に突っ込んでみます。2時間ほどの動画ですが、1時間30分が宮脇の講演で、残り30分が質疑応答だそうです。
 「清朝と中国(中華民国以降)とは違う、清朝満州族で中国は漢民族」とか宮脇が言い出して「何だかなあ」と思いました。そりゃ、違いはあるでしょう。「ロマノフ王朝ソ連は違う」「江戸幕府明治新政府は違う」みたいなもんです。でそれを言って何がどうなるのか。「清朝と中国が違うから、清朝時代の領土に内モンゴル南モンゴル)、チベットウイグルが含まれてても関係ない。内モンゴルチベットウイグルも中国の領土じゃない」とか言って国際社会で通用するとも思えません。
 あげく「中国が漢民族の国だと言う事を明確にするためにシナと呼ぶべきだ、私だけでなく夫(岡田英弘)もそう言ってる」。昔はともかく今や差別用語と化した言葉「シナ」を今更使用できると本気で思ってるんでしょうか?
 次に「中国は清朝時代の最大領土をまた中国領にしたいと思ってる」「だから外モンゴル(の全部?)、ロシア沿海州*26カザフスタン(の全部?)も領土にしたいと思ってる」。いやそれ無理でしょ。「昔は中国領だったから」なんて理由で今更「外モンゴル北モンゴル)、ロシア、カザフスタン」に領土割譲なんか中国も求めないでしょうし、求められても相手も応じないでしょう。で応じないからって「武力で奪う」ほど中国も野蛮じゃないでしょう。別に中国、モンゴル、ロシア、カザフスタンの専門家でなくたってわかることです。まともな人間だったらばかばかしくて聞いてられないし、俺だったらその場で「プッ」と吹き出した上であきれ顔になるかも知れませんが真顔で聞いてられる聴衆にはびっくりです。次に清朝のモンゴル統治の説明。ここは、それほど変なことは言ってません。
 32分頃から日露戦争の話。「日露戦争で日本は思いがけず勝った」ってのはねえ。戦果は日本の予想以上だったのかも知れません。「敗戦」という最悪の事態も覚悟はしていたでしょう。ただ日露戦争は「自衛戦争」でも「避けられない戦い」でもない。「韓国植民地化」のためにはロシアと闘うしかない、闘って何とか勝てる*27はず、という政治判断の下に日本が主体的に行った戦いで、もちろん勝利を目指していたわけです。
 35分頃で「【講演会資料】「20世紀のモンゴル民族運動と日本」 講師 宮脇淳子」(http://freeasia2011.org/japan/archives/3151)の「5 日露協約でモンゴルが分割される」の説明。

1912年7月第三次日露協約の秘密協定で、北京を南北に通る線の東は日本、西はロシアの特殊権益地域と定めた。

と言う話。
 勘のいい方はすぐ気付いたでしょうが「ロシアの勢力圏=外モンゴル(独立国)」、「日本の勢力圏=内モンゴル(中国の領土)」ですね。外モンゴルロシア帝国が「俺の勢力圏だから俺にこれからも従えば独立させたるわ、清朝の後継国家・中華民国に口出しなんかさせん」「内モンゴルは日本の勢力圏だからどーでもいい、日本が何かするやろ。」となって旧ソ連も同じ態度取ったので独立できた。
 旧ソ連について言えば1)『ウンゲルンが外モンゴルに逃亡した』ので彼を打倒するためにモンゴル人の協力を得ないと行けない。
2)この際、独立支援するかという面がありますけど。
 そういう特殊事情があるので少なくとも「建国時に外モンゴルロシア帝国旧ソ連べったり」ってのは批判出来ないでしょうね。建国後はともかく。
 「俺の言うこと聞かないなら中国から、かばってやらんから。俺の助けなしで独立が維持できると思ってんのか!」と言われたら困る。
 一方、内モンゴル。日本もまあロシアとほとんど同じコトしたわけですが、「日中戦争の日本敗北」で全てチャラになったわけです。宮脇曰く「第三次日露協約が内モンゴル外モンゴルというモンゴル分割の一因となってるんです。内モンゴル外モンゴルという呼び方もこの頃出来たんですね。日本人の多くはこういう事を知らないんです、問題ですよ」。まあ、それは全く同感です。
 で、日本はモンゴルを勢力範囲にした。宮脇曰く、この頃から今の東京外国語大学モンゴル語科(当時は蒙古語科でしょうが)もできる。日本のモンゴル研究が「モンゴルを知らんと勢力圏にできん」という実利目的、政府支援の元でスタートするわけです。
 当時の面白いエピソードを宮脇が紹介しています。徳王が戦前日本に表敬訪問に来た。でモンゴル語を勉強してる多くの学生が「自分のモンゴル語を試したい」と徳王の元に行ったら彼が怒りだしたと。というのも学生の勉強してるモンゴル語には敬語がなかったからだと。「あなたはどちらからいらしたのですか?」と言うべき所、「お前どっから来たん?」的なぞんざいな言葉だったので「なめとんか」となったと。それくらい初期のモンゴル研究は遅れてたと言う話です。学生も勿論悪意でやってるわけではない。宮脇は「伝聞なのでどこまで本当か知りませんが」と断ってますが。
 42分頃。『辛亥革命については詳しく話しません、私の本を読んで下さい、でもアレは革命なんて立派なモンでなくてただのクーデター』という宮脇。私の本ってのは『真実の中国史【1840-1949】』(2011年、ビジネス社)のことでしょう。中華民国清朝同様、モンゴル独立を認めなかったことがよほど悔しいんでしょうか?。宮脇が敵意を向ける対象は中国共産党限定じゃないわけです。
 45分くらい。
「【講演会資料】「20世紀のモンゴル民族運動と日本」 講師 宮脇淳子」(http://freeasia2011.org/japan/archives/3151)の「1 清朝(1636-1912)は五大種族の同君連合帝国」の

1900年の北清事変で賠償金がかさんだ清朝は、農耕民の草原への入植を奨励した

「4 清朝末期のモンゴル」の

王公が旗の共有地を漢人に開墾させて現金収入を得る代わりにモンゴル人は放牧地を奪われていき、清朝が定めた盟旗の移動制限によって周囲を農地で取り囲まれた遊牧民は、自ら農民になって生活を維持するしかなくなった。モンゴル人の馬賊や匪賊は、牧地を奪われた反漢民族主義者であることが多かった。

と言う部分の説明。要するに「近代化するには金が必要→遊牧より農耕に力を入れる」というのは何も「中華人民共和国後に起こったこと」ではなくて清朝時代からそうなわけです。
 で「モンゴル人の馬賊や匪賊」から漢民族の農地を守るためのガードマン(?)としてのしてったのが張作霖だと。
 48分頃から宮脇が面白いエピソードを紹介します。ウィキペ「ボグド・ハーン」を引用するとわかりやすいかと思うので引用しましょう。

ボグド・ハーン
・1874年、ガワンロサン・チューキニマ・テンジンワンチュクダライ・ラマ12世によって「ジェブツンダンバ・ホトグト8世」として認定され、1875年末に家族と一緒にイフ・フレー(今のウランバートル)に到着した。
・モンゴルが清朝から独立宣言した際、ジェプツンダンバ・ホトクト8世はモンゴル諸侯に推戴されてモンゴルの皇帝(ハーン)となり、1911年12月29日に即位した。従来「ボグド・ゲゲーン(お聖人さま)」と呼ばれていた8世は、以後「ボグド・ハーン(聖なる皇帝)」とよばれるようになった。
・1919年、中華民国(北京政府)軍がモンゴルを占領した時、ボグド・ハーンは退位させられ、自宅軟禁下に置かれた。しかし、1921年にウンゲルン*28の白軍がイフ・フレーを奪取する直前、ボグド・ハーンは自由の身となり復位した。モンゴル人民党ブリヤート人革命家に指導された革命の後、1924年に死去するまで、制限君主制の下で帝位にあることを許された。ボグド・ハーンの死後、共産政権はもはや活仏の転生を認めず、モンゴル人民共和国の建国を宣言した。
・ジェプツンダンバ・ホトクト8世の転生問題について、人民革命党政権は「第八代をもって転生は終わった」と説明し、政府として後継者を捜索・認定しないのみならず、信者や教団による捜索・認定も禁止した。
 しかしモンゴル国内の信者や、チベットで独自に転生者を探す動きが見られた。モンゴル人民革命党政権は、モンゴル国内におけるこの種の動きは阻止できたが、チベットによる認定(1939年)は阻止できなかった。この時、認定されたジャンペルナムドゥル・チューキゲンツェン(1932年〜2012年)については、モンゴルで社会主義一党独裁体制が崩壊したのちの1990年、当時のオチルバト大統領からの照会に対し、チベット亡命政府ダライ・ラマ14世が改めてジェプツンダンパ9世としての認定を行った。晩年はモンゴル国籍を取得し、モンゴルとインドを行き来していたが、2012年3月1日に遷化した。

 何だかなあ、ですね。いつまで転生なんかやってればダライは気が済むんだと思いますが、さすがに「10世」の認定はないみたいだし「9世認定自体」は戦前だし「1990年の9世再認定」は「モンゴルからの質問に対する回答」だし、大目に見ていいのかな?
 このエピソードで宮脇が何が言いたいかと言えば「モンゴルとチベットは深いつながりがある」という話です。
 それにしても「ダライが亡命しないでチベットで一生を終われば」、たぶん中国政府もモンゴル共産政権と同じで「13世で転生は終わったという話」にしたんでしょうけどね。それどころか「パンチェンラマの転生認定」を中国がダライに対抗してやってるのは言うまでもないでしょう。
 49分頃。『中華民国なんか張作霖とか軍閥がでかい面してて、孫文国民党政府なんかほとんど全土を掌握できてない、国じゃない』と言い出す宮脇。その理屈だと「戦国時代の日本は国じゃない」ことになりますけど?。ちなみに「中国は国じゃない」という考えから蒋介石をなめてかかって日中戦争をどんどん拡大してったのが戦前日本です。
 1時間くらいでカンジュルチャブというモンゴル人の紹介。
 これはウィキペ「カンジュルチャブ」を紹介しておきましょう。

ウィキペ「カンジュルチャブ」(1903〜1968年)
 1903年、バボージャブの次男として生まれる。1916年の第二次満蒙独立運動の際、バボージャブは騎兵部隊を率いて挙兵したが、中華民国軍(張作霖の東北軍)との戦闘で戦死した。父親の亡き後、カンジュルチャブは日本に引き取られて早稲田大学で学び(中退)、1925年に陸軍士官学校(中華隊第18期)へ入学した。
1931年9月に満州事変が勃発し、モンゴル*29独立の好機と判断したカンジュルジャブは、国内外の蒙古青年を呼び集めて関東軍支援のもとに蒙古独立軍(のち「内蒙古自治軍」へ改称)を編成した。
 1932年3月に満州国が成立し、満州国軍へ編入された内蒙古自治軍は興安南分省警備軍に改編され、カンジュルジャブは参謀長に就任した。満州国時代は、興安局警務科事務官、ダルハン王府興安警察局局長、興安南省警務庁長、興安陸軍軍官学校校長などを歴任した。
 ソ連参戦後、カンジュルジャブはソ連軍の捕虜となり、シベリヤへ抑留された後、撫順戦犯管理所に拘禁された。1960年の第2回特赦によって釈放され、弟ジョンジュルジャブの死(1967年)の一年後に死去したとされる。

 まあ、カンジュルチャブを「日本の犬」と斬って捨てる気もないですが、ウヨのように「モンゴル人が満州事変を支援したんだ」というのもまた間違ってるわけです。
 1時間3分くらいで「【講演会資料】「20世紀のモンゴル民族運動と日本」 講師 宮脇淳子」(http://freeasia2011.org/japan/archives/3151)の『8 満洲国の中のモンゴル、興安省(こうあんしょう)』の

 関東軍は当初、東部内蒙古から漢人軍閥の影響力をとりのぞくため、モンゴル知識青年の独立運動を支持したが、満洲国が建国されたあとは、モンゴル人の政治的独立の要求を認めず、満*30・漢*31・蒙*32・鮮*33・日*34の五族共和という建国理念により蒙古独立は蒙古自治に格下げになった。
 それでも日本人には伝統的なモンゴルの牧畜経済を守る配慮はあり

云々の説明。さすがに「中華人民共和国と違ってモンゴル文化にそれなりに配慮した」と言い訳はしていても日本が最初約束していた「内モンゴル独立」を「五族共和でええやろ、モンゴル自治でええやろ」と完全に反故にしたこと、要するに日本の内モンゴル支援は党利党略でしかないことは宮脇は認めるようです。日本ウヨってのは普通もっと酷くて「党利党略など何一つない、日本は善意に満ちあふれてた」とか強弁することが多いんですけどね。
 1時間22分ぐらいで宮脇の話が終わり。予定(1時間30分)より少し早い。
 1時間23分頃からこの会の主催団体「南モンゴル文化促進会」のアラタンバガナー氏が挨拶。要約すると「日本人の方々に南モンゴルの歴史を知っていただいてありがとうございました」。まあ普通です。
 1時間25分頃からこの会の共催団体「アジア自由民主連帯協議会」の「会長ペマ・ギャルボ」の挨拶。
チベットとモンゴルには深いつながりがあると言う事を知らない日本人が多いと思うが、そういうことをこの講演で知っていただいて良かった」
「モンゴルの現状については大野旭*35先生の本*36を読んでいただければと思います」
南モンゴル文化促進会とアジア自由民主連帯協議会への支援よろしくお願いします。今後もこうした勉強会に参加いただき会員にもなって会費も納めていただければ、チラシ造るのもお金がかかりますから」。まあ、これまたまともです。
 ペマの挨拶の後、質疑応答の時間。まず遠藤と名乗る男性が質問。
「張家口(現在の河北省)が蒙古聯合自治政府の首都ですが首都にするなら今の内モンゴルに置いたほうがよかったと思うんですが」
宮脇曰く「徳王は今の内モンゴルに首都を置きたいと言ったんです。でも日本側は『漢民族がいるところ(つまり農耕地があるところ)』が首都でないと財政基盤が弱いと言ったんです。それで張家口が首都になったんです」
 次に牧という男性が質問。
 「内モンゴルとは関係ないんですが今クリミアが問題になっています。クリミアにもクリミアタタールというモンゴル系の民族がいますがそれについて簡単に説明いただければ」
 宮脇「1783年にエカテリーナ2世に滅ぼされるまでクリミアタタールは独立国だったんです。独立が保てたのは場所も良かったし、オスマントルコの支援もあったんです。その後、問題を複雑にしたのはスターリンで1930〜1940年代にクリミアタタールを厄介者扱いして中央アジア送りにしたんです。ナチドイツと組んだとか因縁をつけて。ソ連崩壊時にはクリミアにはタタールはほとんどいなくて主としてウズベキスタンにいたんです。彼らはソ連崩壊後、クリミアに帰る運動をして。でももうロシア人が定着してるから1992年に大問題になったことがあったんです。それでも最近の統計だとクリミア住民の15%がタタール。20数%がウクライナで残りがロシア。だいぶ帰ってきた。テレビニュース見たら、タタールだという人がロシアになったら怖い、ウクライナの方がいいと言ってました。でもクリミアはウクライナではないんですよ。フルシチョフがロシアの領土だったのをウクライナにあげただけで。住民投票をするとロシア人が多いからロシアがいいとなるんですが、でも飛び地なのに物資をどうするのか。ウクライナが経済封鎖したら空輸するしかないんじゃないか。それは面倒なのでその当たりプーチンはいろいろ考えてるんだろうなと思います。カザンにもタタールがいるんですがカザンタタールとロシアは手打ちしました。カザンは石油がとれるんですよ。だからロシアがそれなりに優遇した。カザン、タタールスタン共和国は1991年に独立したいって言ったんです。でもあそこはいい場所なので独立されるとロシアが困るんですね。」
「我々がウクライナ問題で見るニュースって欧米経由じゃないですか、ほとんど。欧米はロシアが嫌いですから。だけれどもクリミアはウクライナだと歴史的にとても言えないからタタール人に(ロシア批判を期待して)インタビューするわけです。そういうことを考えると(報道は)ちょっと微妙です。もちろんタタール人はロシアにはいい目にあわされていませんよ。でも私から見れば中国よりロシアの少数民族政策の方がマシに見えますね」
 また先ほどの遠藤さんが質問。「欧米のモンゴル研究はどんなものでしょうか」
 宮脇曰く「欧米のモンゴル研究は国によってばらばらです。ドイツは草原の英雄叙事詩的なロマン的な研究が多いと思います。イギリスにもモンゴルセンターがありましたが今は研究は下火です。今はドイツはモンゴル研究よりチベット研究の方が盛んですね。アメリカは結構研究は盛んですが『モンゴルがイスラム理解に役立つ』とか『ああした大帝国をどう維持したか』とかいう実利的な観点があるように思います。戦前の蓄積もあるし、日本が一番モンゴル研究の裾野が広いんじゃないかと思います。ただ東ヨーロッパはまた別で裾野が広くてハンガリーポーランドルーマニアとかモンゴルは故郷だと思っていますから」
 最後に三浦が岡田英弘『日本史の誕生:1300年前の外圧が日本を作った』(2008年、ちくま文庫)、『日本とは何か』(2014年、藤原書店)、磯野富士子『モンゴル革命』(1974年、中公新書)を紹介。
 でひとまず終わり。聞き取れなかったところ、聞き取っても意味がわからなかったところももちろんありますし、そこは文字化してませんので、その点はご容赦を。ま、三浦の書くであろう報告が出たらそちらにも改めてコメントする予定です。


■【報告と動画】アジア自由民主連帯協議会二周年関西記念講演会「中国の脅威とアジアの自由」
http://freeasia2011.org/japan/archives/3094
 三浦小太郎が宣伝しているアジア自由民主連帯協議会に載った文章です(三浦は協議会の理事です)。文章の書き手も三浦です。ぶっちゃけよくこんな酷いウヨ集会の文字起こしが出来るもんだと三浦を改めて軽蔑しました。そして三浦ごときゴミをよく副代表に担げるモンだとid:noharraら「守る会」の面子も改めて軽蔑しました。
 書かれてる内容も酷いですが内容以前に
1)中国への悪口雑言
2)戦前礼賛(日本の侵略戦争を肯定)
3)憲法九条改定
ですからね、全然、アジアの民主化に関係ない。

 ペマ会長は、(中略)中国は今「中華大民族」という言葉のもと、アジア諸民族ならびに沖縄までも支配下に置こうとしていることを批判しました。

 「沖縄(文脈から見て沖縄本島でしょう)を支配下に置こうとしている」と平然とデマが飛ばせるところがペマは最低です。自衛隊在日米軍相手にドンパチやらかすほど中国軍も野蛮じゃないでしょう。まあ、せいぜい尖閣(一応沖縄です)で小競り合いが起こる程度でしょう。それすら起きないんじゃないか。
 こういうバカ野郎・ペマが「日本のチベット人代表」として、のさばっている限り、俺は「ペマをのさばらせてる恥知らずの集団」チベット亡命政府(ダライ一味)なんか絶対に支持しません。支持できるわけもない。文句があるのなら「自称チベット支持者」id:Mukke氏とかid:noharraとかはペマをきっちり批判すべきでしょう。
 「アジア諸民族」というペマの言葉も随分曖昧な言葉で「中国領土であるチベットウイグル内モンゴル」を「中国の植民地支配、異民族支配」と理解してるのならはっきりそういうべきでしょう。さすがに「南北朝鮮、フィリピン、インド」などの「アジア諸民族の独立国」を中国が侵略し支配しようとしているとはペマやお仲間ウヨ連中も言わないでしょう。それともそういう馬鹿な事を言う気なのか?

チベット人としてぜひ語っておきたいこととして、日本と南アジアとの関係は、チベットを探検した河口慧海が始まりであり、その河口氏の出身地である堺でこのような講演会ができることを心から喜んでいると述べました。

 話の本筋に関係ない、揚げ足取りになりますが「日本とチベットの関係」と「日本と南アジアの関係」をペマは何で一緒にするんですかね。「南アジア」と言った場合「南アジア=チベット」ではなくて普通は南アジアには「インド、パキスタンバングラデシュスリランカ」など他の国も含むわけです。
 で、何をもって「関係」というかにもよりますが、インドなんて「お釈迦様の故郷」として河口慧海チベット探検する以前から日本人にはおなじみの訳です。単なる言い間違いだと善意に解釈しておきますがずいぶんお粗末な言い間違いではあります。

続いて、石平氏が登壇。基調講演「中国の脅威とアジアの自由」が行われました。
平氏は、よく中国は歴史が長いという人もいるが、それは今の中国政府とは何のかかわりもない話だと切り出した

 ばかばかしい。そんな事を言ったら北朝鮮や韓国だって新羅高句麗百済だのから数えれば歴史は古いですが、北朝鮮建国や韓国建国から数えれば歴史は浅い。
 インドだってお釈迦様の時代から数えれば歴史は古いですが、戦後の独立から数えれば歴史は浅いわけです。
 日本だって卑弥呼の時代から数えれば古いですが、明治維新から数えれば歴史は浅いわけです。で、「中華民国中華人民共和国から数えれば歴史は浅い」なんて事を言ったって何がどうなるわけでもない。
 大体「中国は歴史が長い」ってのはそう言う意味じゃなくて「黄河文明とか長江文明とか」そういう話でしょうに。その頃、日本なんかは中国と比べたら文化が大変遅れていたわけです。
 それにそういう理由で「歴史が浅い」というなら中国に限らず発展途上国なんて植民地だった国が多いからほとんど「1945年以降に独立している」。当然「歴史が浅い」国だらけですけどそういうことを得意げに言って何か意味があるのか。

 中華人民共和国の前には中華民国という国があったが、その中でソ連の支持を受けた形で内戦をおこし、最終的に勝利して権力を握ったのが中国共産党だと述べました。つまり、中華人民共和国という国は、国民の選挙などの民主的手続きで成立した国ではなく、反乱軍が武力で作り上げた軍事独裁政権であることが本質であることを指摘しました。

・やれやれです。中華民国の指導者(蒋介石)だって別に選挙で選ばれた訳じゃない。そして中華民国も「米国の支援を受けていた」わけです。選挙で選ばれた民主的な蒋介石共産党が内戦で倒したのならともかく、蒋介石だって「独裁者」なのに何でそういう無茶苦茶な事を言うのか。
 大体、侵略をして中国国内を混乱させ民主主義の樹立を妨害していたのが戦前日本でしょうによくこういうことがいえるもんです。
 ちなみに蒋介石政権末期は経済失政でハイパーインフレを起こしています(ウィキペ「国共内戦」参照)。蒋介石が善政を敷いていたのに共産党に打倒されたんじゃなくて、「失政で自滅した」と言う面が明らかにある*37のにそれを無視するとは石平は何を考えてるのか。大体、「今の中国は民主的でないから民主化すべきだ」ならまだしも、今更「建国経過が民主的じゃない」と言っても何がどうなるもんでもないし、こういう連中は「朴チョンヒの軍事クーデター」などには何も批判を言わないのだから話になりません。石平とそのお仲間連中はただの反共主義や反中国に過ぎず民主主義でも何でもないわけです。
・大体「民主的に選ばれたわけではない」というなら明治新政府だって「議会が出来るまで」は「軍事力で幕府を倒した政権」で、到底民主政府とは言えず、西郷隆盛*38大久保利通*39木戸孝允*40なんぞは「軍事独裁政権の幹部」以外何物でもないでしょうがそういったら怒り出すんだろうな。

 ある亡命知識人が語っている所では、毛沢東*41の支配のうち中国にとってプラスになったいいことはただ一つしかない、それは、彼が死んだことで、それ以外は何も中国人にとっていいことはないとすら述べていると語りました。

 亡命者ならそういう悪口雑言はくのでしょうし、この種の右翼集会ではそういう悪口雑言が受けるのでしょうがおよそ常識人なら口に出来ない暴言ですね。中国への挑発行為以外何物でもない。

 石平氏は、中国人民に対してだけではなく、毛沢東時代に積極的に進められたのは対外侵略、帝国主義政策であり、まず、中華人民共和国が建国してすぐ、毛沢東チベットという独立国に対し侵略を開始した。そしてチベットは残念ながら、それまで独立はしていた*42がある意味平和国家だった*43ので、中国の侵略を許してしまった。そして、ウイグル東トルキスタン南モンゴルにも侵略して支配下に置いたと、中華人民共和国は当初から侵略帝国主義国家だったことを指摘しました。

 やれやれです。東トルキスタン新疆ウイグル自治区)も南モンゴル内モンゴル自治区)もチベットも全部「清朝時代、中華民国時代から中国が自国の領土と主張していた場所」じゃないですか。ただ中華人民共和国建国以前は「日本や欧米の侵略」で国内が混乱していたので実効支配できなかったわけです。
 そこを実効支配したからといって果たして侵略と呼べるのか。おそらく共産党が内戦に敗れ蒋介石政権が続いたとしてもチベット東トルキスタン南モンゴルは中国によって実効支配されたでしょう。
 そして「建国初期から対外戦争*44したから侵略国家」云々というなら建国(?)後、台湾出兵(明治7年)や江華島事件(明治8年)という対外軍事行動をした明治新政府も「当初から侵略帝国主義国家」と呼んでいいでしょうが、そういうことを言えば三浦小太郎らこの集会に参加した右翼は怒り出すのでしょう。

 1976年毛沢東が死んだ後、トウ小平*45が彼に代って最高指導者となるが、彼は実は私と同じ四川省の出身だと石平氏は述べ「四川省にはいい人もいるが悪い人もいる」と聴衆を笑わせた

 日本ウヨに媚びて「南京事件は中国の捏造」と放言した過去のある石平(ウィキペ「石平」参照)より、トウ小平の方がずっと「いい人」でしょう。
 それと半分冗談ですが「日本での四川料理*46定着の最大の功労者」と言われる陳建民氏も「いい人」でしょうね。

78年に訪日した時に、表面的とはいえ、戦争の事や歴史の事はすべて水に流すような親日的な発言を行った。しかし勿論この発言は本音ではなく、その後中国が経済的に回復してからは、毛沢東時代以上に歴史問題を中国は外交カードにするようになると指摘しました。

 安倍のような極右政治家が日本にいなければ「1978年のトウ小平発言」はそのまま踏襲され、日本と中国の関係がぎくしゃくすることもなかったでしょう(過去に日中間に歴史問題がなかったわけではありませんが、ここまで関係が悪化してるのは安倍の首相就任後であってそれ以前はここまで酷くありません)。
南京事件否定論を吐く男・百田尚樹」をNHK経営委員に任命するような挑発行為をしながら日本批判するな、なんて通用する話じゃない。
 もちろん三浦小太郎らアジア自由民主連帯協議会の面子は「安倍を絶賛する極右揃い」なのでそういう理解は全くせず「中国が全て悪い」と暴言を吐くわけですが。

資源のない日本にとっては、中国が南シナ海、西シナ海を支配すればそれで日本は事実上中国の支配下に置かれてしまう。その意味では、シーレーン、海こそ日本の生命線であり、トウ小平以来の中国の戦略は、日本の生命線を支配することであり、それにより日本を属国化させることだと指摘しました。その意味で、中国こそ我々の最大の脅威であると述べました。

ばかばかしくて話にならない。中国はそんな事は考えていないでしょうし、そもそもそんな力もないでしょう。また、そんな好き勝手を中国に許すほど国際社会も甘くはないわけです。

フィリピンの大統領が、今の中国の姿勢をヒトラーと同じだと述べたけれども、これは客観的に全く正しい事だと石平氏は述べ

 石平は非常識きわまりない。もちろん「ヒトラー」云々と放言したフィリピン大統領(ベニグノ・アキノ上院議員コラソン・アキノ大統領の間の子どもだそうですが)も非常識きわまりない。

日本と中国の関係は、第二次世界大戦のイギリスとナチス・ドイツの関係に近いと述べました。イギリスの弱腰外交、融和外交がナチスの侵略を利したことを歴史の教訓として忘れてはならないと述べました。

 むしろ逆でしょう。「戦前をまともに反省してるとは思えない安倍」こそが「ヒトラー」でしょう。そうした認識はニューヨークタイムズが安倍を「超国家主義者(英語でウルトラナショナリスト、意味としては極右と同じ)」と呼んだことでわかるように何も中国限定ではなく国際社会の常識でしょう。大体、諸外国の批判を無視して靖国参拝した安倍のどこが弱腰なのか。無意味にタカ派じゃないですか。中韓の方こそ「第二次大戦以前のようには2度と日本に屈しない」「過去の弱腰外交の二の舞はごめん」とでも思ってるんじゃないか。

 西村眞悟議員が登壇しました。西村氏は「我が国の志とアジアと人類」というテーマで講演を行い、まず、大東亜戦争の意義について触れました。
(中略)
 大東亜戦争、特にその南方におけるアジアの独立とインド独立への支援*47は、残念ながら敗北に終わったけれども、それによって多くの独立がなされた、日本のマスコミはシナ朝鮮の日本批判をオウム返しのように紹介するが、アジア全体を見れば、むしろ少数派にすぎないと述べ、大東亜共同宣言の声明は、まさに人種差別撤廃を訴えた普遍的な声明だと述べました。

 「東京裁判大東亜戦争が裁かれたこと」や「大東亜戦争は侵略であり2度とやらないという約束で日本が国際社会に復帰したこと」を西村らは何とも思ってないわけです。インド(ガンジーやネール*48)、フィリピン、マレーシア、ベトナムホーチミン*49)は「反日・抗日勢力(連合国側)」の方が独立を実現し戦後政治を担った勢力ですし、ミャンマーは「日本に協力した」アウンサンが独立に活躍しましたが最終的には彼は連合国側に寝返っています。「日本に協力した」インドネシアスカルノ(戦後、初代大統領)は独立に活躍しましたが「大東亜会議にスカルノを呼ばなかった」ことでわかるように日本は(少なくとも日本政府中央は)形式的にですらインドネシア独立を認める気がありませんでした。
 到底「日本が東南アジア独立に寄与した」とはいえないでしょう。

西村氏は石平氏の講演を引き継ぎ、中国は現在尖閣単独を取りに来ているのではなく、彼らの目的は西太平洋の支配であること、先の東日本大震災の時に支援物資はどこから来たか、まさに西太平洋であると述べました。そしてそれは阪神淡路大震災の時も太平洋から来たと指摘、この海を中国共産党に取られたら、我が国のように南北に長い国は直ちに分断される。中国共産党が、名古屋に大きな大使館を置きたいとか、新潟に置きたいとかいうのも、この海上戦略の不可分なものだと述べました。

 中国が日本の分断をねらってるという西村の放言自体が聞くに堪えませんが、もっと聞くに堪えないのは「単に手狭になったから拡張したい」というだけの新潟や名古屋の領事館拡張計画を「日本分断の前段階」であるかのように放言していることです。
 領事館を拡張することの何が問題なのか。単に西村が脳内妄想で中国を誹謗中傷してるだけです。俺だったらこの部分は「紹介しないで隠す*50」でしょうが平然と「西村の発言」として紹介できる三浦の脳みそはまるきり理解できません。
 中国が新潟や名古屋を重要視していることはむしろ喜ぶべきことでしょう。

台湾の民生向上、朝鮮半島の近代化

 日本による「台湾や朝鮮の植民地化」をそうやって正当化しながら「中国によるチベットウイグル内モンゴルの民生向上、近代化」を認めないご都合主義には本当に呆れます。

アジアの民主化支援

戦後の日本ならまだしも戦前の日本がいつどこでそんな事をやったんでしょうか?

野口英世に代表されるアフリカでの現地病との戦い

 野口の生き様はすばらしいと思いますがそれは少なくとも西村が自画自賛する「大東亜戦争はアジア解放の戦い」という寝言とは関係ありません。野口もウヨの詭弁に悪用されては全く迷惑でしょう。

(注:日本が満州事変をおこして満州国を建国した)当時の満州はまさに無秩序でゲリラや馬賊がはびこっており*51、そこに治安と平和をもたらしたのは日本軍だった、このような「人道的作戦」を日本は一国で行った、だからこそ満州は多くの人口が増え、漢人自身が流入していったと述べました。

 呆れて物も言えません。「満州事変を起こして何が悪い」なんて国際社会に通用する発言じゃありません。こんな右翼集会に平気で出席できるペマと、ペマを野放しにするダライラマ一味には本当に呆れます。id:noharraid:Mukkeは「ウヨしかつきあってくれないから仕方ない、チベットは悪くない、チベットを非難するな」といういつもの醜いいいわけで居直るのでしょうが。何度も言いますが俺はペマのようなバカをダライ一味が何一つ批判せず野放しにする限り、チベットなど絶対に支持しません。「欧米人ならまだしも」現状で「日本人がチベット支持」など、「日本の戦争被害者に対する侮辱行為」以外何物でもないでしょう。
 そしてこんな右翼集会に出席する男・三浦を守る会副代表に担いで恥じないid:noharraには改めて軽蔑の思いを強くしました。

中国は今、未確認情報だが、空軍パイロットの資格を厳しくしかなりのパイロットの資格をはく奪した、これはおそらく、亡命を防止するためであり、中国政府は自国軍の空軍の将校を信じられなくなっている。

 西村の言う未確認情報ではガセネタと理解した方がいいでしょう。

*1:「保田」とは文学者・保田与重郎のこと

*2:山崎豊子原作

*3:松本清張原作

*4:横溝正史原作

*5:原作は辻真先

*6:要するに有名な雄琴です

*7:公開当時の呼び方は「トルコ風呂」でしょう。

*8:芸名と言うよりは源氏名と呼ぶ方が一般的では?

*9:と言うよりただの右翼活動家でしょうに。それにしても一応「拓殖大教授」なのにそれについて三浦が触れないのが興味深い

*10:著書『東トルキスタン共和国研究:中国のイスラムと民族問題』(1995年、東京大学出版会)、『20世紀中国の国家建設と「民族」』(2006年、東京大学出版会

*11:2005年刊行

*12:具体的にどう酷いか書けばいいのに

*13:著書『江沢民の中国』(1994年、中公新書)、『朱鎔基の中国改革』(1998年、PHP新書)、『中国第三の革命:ポスト江沢民時代の読み方』(2002年、中公新書)、『毛沢東朝鮮戦争:中国が鴨緑江を渡るまで』(2004年、岩波現代文庫)など

*14:別に忠実ではないでしょう。ま、三浦の大好きな楊海英氏など違い敵対的ではないのでしょうが

*15:まあ、夫妻が覚悟を決めて訪朝を強行すれば救う会には反対しようがないと思いますが

*16:明治大学准教授。著書『流言・投書の太平洋戦争』(2004年、講談社学術文庫

*17:「守る会」名誉代表。著書『朝鮮戦争金日成マッカーサーの陰謀』(1997年、文春文庫)、『拉致と核と餓死の国・北朝鮮』(2003年、文春新書)、『北朝鮮金王朝の真実』(2012年、祥伝社新書)など

*18:ダライラマ法王春の来日日程』(http://shirayuki.blog51.fc2.com/blog-entry-703.html)によれば「2014年4月」に来るそうですが。

*19:内容に不満でもあるんですかね?

*20:岸内閣蔵相、池田内閣通産相などを経て首相

*21:小泉元首相の父

*22:内閣官房長官、池田内閣通産相、佐藤内閣外相、自民党副総裁(田中、三木総裁時代)などを歴任

*23:国民党のやろうとした強行採決が「反民主」なら安倍の「特定秘密保護法強行採決」も論理上は「反民主」になりますがまあ、そういう論理性はこの種の反中国ウヨにはありません。

*24:著書『台湾の歴史と日台関係:古代から馬英九政権まで』(2010年、早稲田出版)、『日台関係と日中関係:「日中国交正常化」を見直す!』(2012年、展転社)、『台湾民主化のかたち:李登輝総統から馬英九総統まで』(2013年、展転社

*25:著書『最後の遊牧帝国:ジューンガル部の興亡』(1995年、講談社選書メチエ)、『モンゴルの歴史』(2002年、刀水書房)など

*26:1860年の北京条約でアロー戦争仲介の代償として清朝に割譲を要求したロシアの領土となった。ウィキペディア沿海地方」参照。

*27:もちろんロシア侵攻、ロシア全土支配なんて考えていませんが

*28:最終的には赤軍に敗れ反革命罪で銃殺刑。

*29:正確には内モンゴルでしょう。外モンゴルは既に独立していますので

*30:満州族

*31:漢民族

*32:蒙古族

*33:朝鮮族

*34:日本人

*35:楊海英氏の日本名

*36:『墓標なき草原(上)(下):内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(2009年、岩波書店)、『続・墓標なき草原:内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(2011年、岩波書店)、『中国とモンゴルのはざまで:ウラーンフーの実らなかった民族自決の夢』(2013年、岩波現代全書)、『植民地としてのモンゴル:中国の官制ナショナリズムと革命思想』(2013年、勉誠出版)など

*37:大体、アフガン内戦を見てもわかるように「ソ連が支援すれば勝てる」というほどソ連も万能じゃありません。

*38:参議、陸軍大将、近衛都督

*39:大蔵卿、内務卿などを歴任

*40:文部卿、内務卿などを歴任

*41:中国共産党主席

*42:事実上独立状態だっただけで中華民国はそんな事認めていませんし国際的に独立が認められていたわけでもありません。

*43:というより国力が違いすぎただけです。「小国(と一応書いておきます)」のチベットが重武装する経済力なんかあるわけないでしょう。

*44:対外戦争と言えるか中国の場合はなはだ疑問ですが

*45:副首相、党副主席、人民解放軍総参謀長などを経て党中央軍事委員会主席、国家中央軍事委員会主席

*46:麻婆豆腐、担担麺、回鍋肉、青椒肉絲棒棒鶏、乾焼蝦仁(エビのチリソース)など

*47:「インド独立支援」とはインパール作戦のこと

*48:初代首相

*49:国家主席ベトナム労働党主席

*50:それも卑怯な話ですが

*51:張作霖満州を支配していたこと、張作霖蒋介石に敗れ、利用価値がなくなったとして関東軍に暗殺されるまでは日本は張作霖を支持していたこと、張作霖暗殺後、張学良を関東軍は傀儡化しようとしたこと(しかしそれに失敗して張学良が蒋介石に帰順したため、満州事変を実行したこと)を考えれば西村のような満州理解は明らかに間違いでしょう。