「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」を笑おう・パート82(追記・訂正あり)

■WILL11月号に座談会「『戦争』を描けなくなった日本人 『風立ちぬ』と『終戦のエンペラー』」が掲載されました、にコメントその2(三浦の個人ブログ) 
http://miura.trycomp.net/?p=1965
『「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」を笑おう・パート81(追記・訂正あり)』(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20081010/1307052595)に書いたコメントの続きです。

 ふと思いついて「「戦争」を描けなくなった日本人、『風立ちぬ』と『終戦のエンペラー』」でググったところ、次の動画が見つかりました。アップしたのは座談会の一員・西村幸祐のようです。
http://www.youtube.com/watch?v=YEjrivjXVac

 しかし『ソ連スターリン体制について「さくらじ」で喋りました(三浦の個人ブログ)』(http://miura.trycomp.net/?p=1957)では書いたエントリにわざわざ「さくらじの動画」を貼り付けて「興味があれば見て下さい」とした三浦が、今回は座談会と全然関係ない動画を貼ってるのは何故なのか?。
【視聴の感想】
 8分ぐらいまで元「マッカーサーの通訳」と言う日系の爺さんが出てきてマッカーサーの思い出を語ります。俺的にはどーでもいい話。「俺的にどーでもいいところ」は省きますので興味がある方は自分で動画を見ましょう。
 8分から司会役として西村が「終戦のエンペラー」の感想を述べます。「GHQ史観の枠があるが良かった」。見てはいないですが天皇平和主義者説に立ってるようですからね、あの映画。西村も大喜びでしょう。
 「日本人にこれほどの映画が作れたか」。
 注意しないといけないのは西村の評価基準は「ウヨ的かどうか」ということです。
 歴史事実に忠実に作れば、西村は「GHQ史観」としか言わないわけです。もちろん演技がうまいかどうかも関係ないでしょう。
 そしてNHKで放送されたドラマ『負けて、勝つ〜戦後を創った男・吉田茂〜』を罵倒する西村。このNHKドラマをどう評価すべきか俺にはわかりません(見ていませんし)。ただ大事なことは何度も言いますが

西村の評価基準は「ウヨ的かどうか」ということ

です。西村なんぞをまともに相手する必要は全くないわけです。あれをまともに相手してるのはお仲間右翼だけでしょうが。何せ「吉田茂」ドラマを非難するにおいて、西村は何の根拠も上げずに「昭和天皇カリカチュアライズされてた」なんて言ってますから。誰しも疑問に思うのは「何がカリカチュアライズなんだ?」ってことでしょう。たぶん、「吉田茂」ドラマを見た人でも西村と同じ価値観でないと西村の言ってる意味は訳がわからないでしょう。
 もしかして西村が問題視しているのは次のようなことでしょうか?

http://blog.goo.ne.jp/tuneari/e/6a724324684cdc3b10a45842d30254f0
昭和天皇マッカーサー会談
ドラマでは突然の写真撮影に困惑している昭和天皇が演じられているが、実際にこの撮影は抜き打ちのもので、天皇が困惑したのも無理もない。
(中略)
この写真が掲載された新聞が壁に貼られ、それを見た国民が俯きあるいは嗚咽し、一人の男が「見るな、見るな・・・」と新聞を引きちぎるシーンがドラマにあったが、当時の日本国民の衝撃をよく表現していると思う。

 確かにこういうシーンは如何に写実的に描こうとも、いやむしろ写実的に描けば描くほど現代の我々からすれば滑稽に見えるかも知れない。小生もこのシーンを見たら思わず吹き出すかも知れない。でもこれ「カリカチュアライズ」という話じゃない。「そんなことは事実でない」というならともかく事実なら「当時の天皇の困惑」「当時の日本国民の衝撃」を後世の我々に伝えることの何が問題なのか?
 むしろいいことだと思いますね。「マッカーサー天皇写真」は「天皇自身にとっても日本国民にとっても何ら衝撃ではなかった」なんて間違った認識を持つ方がよほど問題です。
 で、次に座談会参加者の紹介。山野には、『終戦昭和天皇:ボナー・フェラーズ*1が愛した日本』(2013年、オークラ出版)という映画「終戦のエンペラー」便乗本を出したのでここに呼ばれたんだという紹介がされます。
 そして三浦がまず「終戦のエンペラー」の感想。三浦も「日本の戦争ドラマがまずいのは贖罪史観だから」とまるきり西村と同じ事を言います。もうこの時点で座談会タイトルの「『戦争』を描けなくなった日本人」の意味がよくわかります。描けないんじゃなくて「描けたと西村や三浦たちウヨが認めないだけ」なんだと。そしてその場合の「描けた」云々の判断基準は「反日かどうか」などという右翼基準なんだと。小生のような非右翼からすればくだらない話です。
 西村がソクーロフ「太陽」と比べてどうかと三浦に聞きます。
 三浦曰く「ソクーロフの太陽は天皇を一人の人間として描いていたが人間を越えたところ*2に日本の天皇というか皇室の意味がある。その点では『終戦のエンペラー』の方が良かった」。
 ああ、「天皇賛美しろという話ね」という話です。何度も言いますがばかばかしくてつきあいきれない。俺も天皇を糞味噌に罵倒しろとはいいませんが「三浦らウヨにとって天皇が好ましく描かれていなければダメ」ってそれ単なる右翼の趣味でしょう。
 次に古谷の感想。洋画で日本人がいきなり英語ぺらぺらだと違和感があるけど「西田敏行の英語はそうでなくて」良かったって「西田さんの英語力」と「ラストサムライ」disってるのか?。確かに「ラストサムライ」はまじめに考えると「どう見ても英語ぺらぺら日本人が沢山いたとは思えない時代だから」違和感あるんだけど仕方ねえだろ。ラストサムライって「米国公開前提」で米国だと日本ほど吹き替え普及してないって言うんだから。むしろケン・ワタナベの英語力を褒めろよ。
 古谷曰く「フェラーズのおかげで昭和天皇が救われたという描き方で、昭和天皇や日本人がちっぽけな存在みたいに描かれてるような気がしてむかっと来た」
 ああ、なるほどね。そういう感想もあるのか。
 次に山野の感想。山野が、東野真『昭和天皇二つの「独白録」』(1998年、NHK出版) を持ち出して「この本にフェラーズが出てくるんです」と好意的に紹介するのにはびっくりした。山野は東野本を読んでないのか、読んでも理解できなかったのか、それとも「座談会の聞き手は本に直接当たらない」となめてかかって詐欺的紹介をしているのか?
 というのもこの東野本は

http://nagaikazu.la.coocan.jp/works/shohyo1.html
 ともにこの方面の泰斗ともいうべき吉田氏*3と粟屋氏*4が本書の成果を整理し、じつに適確に研究史上の位置づけを行っているので、評者*5としては新たに何も付け加えるべきものはない。一言で言えば、本書によって、「昭和天皇独白録」が「東京裁判の開廷を前にして、アメリカ側に、天皇に戦争責任がないことを「論証」するために作成された政治的な「弁明の書」であること」(吉田・解説、二五六ページ)が立証されたのであり、「独白録」は政治的色彩をもたないたんなる私的回想か、それとも東京裁判対策の「弁明の書」か、という周知の論争にこれで決着がついた、ということである。

と言う代物であって明らかに山野らウヨにとっては都合の悪い本だからである。
 山野曰く「原作は恋愛などないのに無理矢理ラブロマンスを投入したのはいかがなものか。ただし皆さんおっしゃるように昭和天皇の描き方には特に問題はないと思う」
 山野発言以降はフリートーク的になる。
 西村曰く「フェラーズの日本人の恋人が静岡にいたから静岡が空襲されないようにフェラーズが動いたなんて描くのはウソじゃないですか。映画を全て本当だと思っちゃう人がいたら怖い」
 山野曰く「そもそもフェラーズは爆撃場所の決定に関わってないですから」
 「歴史捏造主義者」西村や山野が「歴史捏造主義批判」を始めるので思わず大笑い。まあ、言ってることは間違いではないのだが。大体静岡は空襲されてるし(ウィキペ「静岡大空襲」参照)
 三浦曰く「近衛文麿元首相が原爆投下の非を米国相手に言ってて良かった」
 それこそ歴史の捏造じゃねえの?。近衛がそんな発言した事実があるのか?。「原爆非難する日本人見てすっきり」ってそういうもんじゃねえだろ。しかも「原爆批判を日本映画で見たことがない」とか抜かす三浦。いやお前が知らないだけで、あるんじゃねえの?(俺も無知なんで知らんけど)。つうかそんなに原爆批判する日本人が見たけりゃマンガ「はだしのゲン」でも読めよ(えーと、アニメ映画版のゲンがあるんだっけ?。追記:コメ欄での逆張り王子氏の指摘によれば実写版のゲンがあるそうです。また、つうこうにん氏からは「原爆映画」についてお教えいただきました。どうも無知で申し訳ありません。おそらく三浦の言う「日本映画の原爆批判」を大いに見ることが出来るでしょう)。
 三浦曰く『1980年代は「二百三高地」(1980年)とか「連合艦隊」(1981年)*6とか骨太の映画があったが、最近は戦争の悲しみを描く映画ばかり』云々。
 ええ、それが何か悪いの?。三浦は「最近は敗戦の映画ばかり」とも言っており、要するに「マッチョな男たちが闘う格好いい映画つくってくれ、できれば二百三高地日露戦争)みたいな日本が勝った戦争でお願い」ってことだろう。ウヨ仲間「百田尚樹」の特攻美化映画「永遠のゼロ」(今年12月公開予定)に大変期待してるという三浦。
 西村曰く「最近百田氏にあったが映画化に喜んでいた。原作者は『俳優が今ひとつ』とかいうもんですが」
 ふーん。百田が喜んでるじゃウヨ映画決定だな。まあ、原作自体ウヨってるけど。見ても不愉快になるだけだろうから俺は見ないな。
 三浦の発言にアニメオタクを自称する古谷が「アニメの世界でも1970年代はアニメンタリー決断や宇宙戦艦ヤマトがあったのに」と発言。
 もう「ネタか」と言いたくなるほどのテンプレぶり。単に「僕らウヨが喜べるウヨテイストの作品が少なくなった」ってだけのぼやきじゃん。
 古谷曰く「1970年代のヤマトはオープニングで実在の昭和大和が三式弾で米軍機打ち落とすシーンがあった」
 ええ、そうなの?。外交上、やばくねえか。よくアメリカから抗議が来なかったな。
 古谷曰く「それなのに、平成の実写版キムタクヤマトではそういうシーンがなくて残念だった」
 いや、それ何度もいうけど外交上やばいだろ。大体、何でそんなに米軍機打ち落としたがるの?
 西村が「戦争アニメだとガンダムってのはどうなの?」と質問。
 古谷曰く「ヤマトやガンダムには原爆のような大量破壊兵器への批判意識があると思う。ヤマトでは波動砲は滅多に使わないし。でも最近のガンダムにはそれがない」
 ふーん。最近も何も「ガンダムに興味のない」俺はファーストガンダムすらよく知らないが「面白い面白くない」「設定に矛盾がある」とかならともかく別に制作サイドが古谷の問題意識に従う義務もないが。
 西村曰く「昔は戦争について知ってる人がたくさんいたから、変な戦争描写は出来なかった」「今はそうじゃないから慰安婦なんてデマが出てくる」
 その西村発言の次に勝新太郎先生の「兵隊やくざ」について話を始める三浦。何を言い出すかと思えば「あの映画には慰安婦が出てくるが誰も問題にしてなかった」。来たよ、歴史捏造主義。今までガンダムの話してたのに、西村の暴言をキッカケに突然慰安婦違法性否定論かよ。まったくお前らウヨは油断も隙もあったもんじゃねえな。なるほど、こう言うのがバレるのが嫌だから、三浦先生は自分のエントリでこの動画を紹介しなかったわけですか。
 それ単に「兵隊やくざ」公開当時の日本人(制作サイドや観客)の人権意識が低かっただけだろ。別にそれで勝先生とか映画出演者や、映画館に映画を見に行った客の「当時の人権意識」を批判する気は少なくとも俺にはないけど。三浦みたいに慰安婦問題が問題として表面化したのに未だに「兵隊やくざ慰安婦を問題視してない」とか抜かすのはただのバカだろ。
 こういう「河野談話否定派」三浦先生を「自称河野談話支持者・id:noharra先生」が批判しないのは何故ですか?。三浦のゲスさにもうんざりだが、三浦批判出来ないid:noharraのチンカスぶりにも正直むかつく。なお、id:noharraさん、あなたが俺を無視しようと俺はあなたへの罵倒はやめませんのでそのつもりで。
・やっと56分ほど経って何故か、「風立ちぬ」に話を持っていく司会の西村。
 西村曰く「恋愛話必要だったのか」
 まあ、サナトリウム話って堀辰雄の話であって堀越二郎関係ないしね。
 「でもたぶん宮崎さんは僕らウヨの仲間でそういう観点からあの映画を作ったんだ。恋愛話は左派の批判をかわすためのものなんだ」
 まあ、天下の駿先生が「零戦設計者で映画作成」すればウヨ的にはそういうことにしたいよな。どんな映画作ろうと西村みたいな奴はこじつけるだろうが、西村みたいなウヨ連中がこういう発言をしているってだけであの映画失敗だったんじゃねえの(もちろん興行的な話ではない)。見ないでこういうこというのは良くないんだけど。
 で、西村の感想が終わると、また順番に感想で最初が三浦。
 三浦が宮崎駿氏の政治的発言について論じないというのは別にいいんですが「あんなもん白痴に近い」とか抜かしてて怒りで手がわなわな来ました。いくら何でも白痴よばわりはない。どこがどう白痴なのか。しかも三浦は『On Your Markを観ながら宮崎駿氏に心の底から感謝』(http://miura.trycomp.net/?p=1925)というエントリではさすがに「白痴」なんて言ってないわけです。世間相手にはこんな暴言を吐かない癖に、お仲間しかいないところでは平気で暴言を吐くわけです。西村が動画アップしたことで宮崎氏を誹謗して恥じない三浦の下劣さが天下に明らかになりましたが(さすがにウィル掲載座談会記録ではこの辺りはごまかしてるでしょう)。こんなゲス三浦とつきあえるid:noharraら守る会会員は全く理解できません。
 そして本当に三浦が宮崎氏を好きだったらこんな失礼なことは言わないでしょう。三浦が宮崎ファンだというのが極めて怪しい。
 ただ興味深いのは三浦と西村の見方が違うことです。
 西村は明らかに「駿は俺達の仲間だからあの映画を作った、左翼的(?)政治発言は批判逃れで本心じゃない」と見ている。あるいはこじつけでもそういうことにしたい。
 一方、三浦は宮崎氏の「左翼的(?)政治発言」によほどむかついてるのか、のっけから「白痴」よばわりです。もちろん「アニメ界の大御所」宮崎氏の社会的影響力を恐れて批判せずにはいられないってのもあるでしょうが。
 さて『On Your Markを観ながら宮崎駿氏に心の底から感謝』(http://miura.trycomp.net/?p=1925)では

宮崎駿氏と、その素晴らしい作品に、心から感謝と敬意をささげます。

と書いた三浦ですが「本心なのか?」と首をかしげる発言がのっけから飛び出します。
 三浦曰く「堀辰雄堀越二郎をくっつけてよかったのか」
 俺もそれは思いますけどね。でも三浦さん、あんたそんな事、自ブログに書いてないじゃん。
 さて何があったのか「終戦、戦後という言葉を使いたくない」とゴロツキのように叫ぶ三浦。普段、静かな声で話す三浦ですが「こいつの本質はやはり西村と同じゴロツキなんだな」「静かな声は柔和な人間イメージを作るためにわざとやってるんだ」と思えるゲスな叫びです。
 前から三浦のしゃべりには「気持ち悪さ」を感じてたんですが今わかりました。
 「わざとらしいから」だと。三浦の笑顔もよく見ると明らかに「わざとらしい」作り笑顔です。本当に気持ち悪くて正視に耐えない。三浦の顔が不細工だからってのもありますが。
 三浦曰く「もう戦争が終わってから何年も経ってなくなってる人もいるんだから戦後なんて使うべきでない」。
 なるほど「俺達ウヨにとってトラウマになる言葉は使うな」ってことですね。それ自分勝手すぎるだろ。つうか映画の話に関係ないし。大体「戦後が終わらない」のは「お前らバカウヨが近隣諸国を歴史捏造主義で挑発するから」だろうが。全くむかつくことしか言わないのな、こいつら。
 1時間7分ほどで、ボキャ貧の俺には説明しづらいですけど三浦が「結核で死を前にしたヒロインに感動した」→「死を前にして人間は偉大になれる」→「それは特攻隊も同じ」といった感じの無茶苦茶強引な詭弁で特攻隊美化を始めて呆れます。いや「結核で死を前にする」のと「特攻(自殺)強要されて死を前にする」のと全然違うだろ。大体「死を前にして人が偉大になれる」としてそれ「死ぬことがすばらしい」って話じゃ全然ねえし、そんなことは宮崎氏も言ってねえだろ。つうか宮崎氏も「特攻精神の美化と同じ事をやった」とか言われたら大激怒するんじゃねえの。
 三浦の後に古谷の感想。古谷も西村と似たようなことを言い出します。「駿の本心はウヨだ、ファンにサヨが多いから言い訳してるんだ」。
 古谷曰く「宮崎氏はジブリの前は東映動画にいた。当時の東映動画は韓国にどんどん下請けに出してた」
 当時だけじゃなくて今もそういうのはあるでしょうし、東映動画だけでもないでしょうが。
 古谷曰く「宮崎氏はそれに批判的だった」
 まあ、「国内雇用の確保」とか「国内生産拠点がなくなったら技術継承が出来なくてやばい」とか言う話です。一般的な「産業空洞化批判」とかわりません。彼が東映動画にいた頃は韓国は軍事独裁だったので反対理由には政情不安もあったかもしれません。
 古谷曰く「『千と千尋の神隠し』まではジブリは全部日本でやっていた。そういうのを考えると宮崎氏は単純な左翼ではない。そういう思いが『風立ちぬ』にも反映されている」
 言ってる意味がわかりません。「国内雇用の確保」「技術継承」を考えて国内でなるべくアニメ制作すると何がどう「単純な左翼ではない」のか。
 古谷が終わって、次に山野。
 山野曰く「自分的には恋愛話はいらなかった、零戦開発オンリーで行って欲しかった」
 で山野の話が終わってまたフリートーク的な感じ。
 山野が「統帥権の独立」で日本は戦争に暴走していったという話をし、「俺は改憲派だが、もちろんああいう軍部暴走が起きない措置は必要だと思う」云々と言ってて正直びっくりです。
 「あの戦争は聖戦だ」「コミンテルン陰謀論」とか言う極右は多いんですけどね。
 改憲論者に「建前でも」軍部(今は自衛隊ですけど)暴走は当然阻止しないといけないという奴はあまりいない。「問題ない」で済ませる奴が圧倒的に多いと思いますね。
 また改憲派のウヨ・山野が「憲法1条と9条はセットなんです」って言うのも驚きです。まあ実際そうなんですけど。
 「9条で戦争が出来ないようにしたから1条で天皇を残してもいいだろ」という形で米国が国際社会に働きかけた。でもそういうことは右翼はあまり言いたがらない。
 「9条は押しつけだ」ばかり言うわけです。
 つうことは山野は東野真『昭和天皇二つの「独白録」』(1998年、NHK出版)をきちんと理解してるのか?
 1時間22分頃で三浦が「そろそろ第1部終了で休憩入れましょう」と発言。
 最後に一言言わせてくれと言う三浦が「安倍政権のチャンスを逃さないようにしたい」という大変わかりやすいウヨ発言をし、1部終了。
 で次に第2部。西村曰く「最初にウヨ仲間がつくった宮崎氏の政治的発言のスライドを見て欲しい」。
 何が出てくるのかと思ったら話題になったジブリの小冊子「熱風」から宮崎氏と高畑氏の発言を紹介するそうです。高畑氏は盟友とは言え、宮崎氏とは別人格なのに何考えてるのか。高畑氏の映画ならともかく「風立ちぬ」評価において高畑氏の発言で何がわかると言うのか。
 変な棒読みの音声がつくのがはっきり言って耳障りでやめて欲しいですがそれはさておき。
 まず高畑氏の文章ですが「ねりま九条の会」での講演が元なんだそうです。
 で高畑氏ですが氏は日本の右傾化を嘆き、「これに歯止めをかけないといけない」「その為にも九条を擁護する必要がある」「日本は多様な意見を認めるという民主主義の点で非常に問題があるのではないか、その点では米国にも劣るのではないか」という主旨のことを書いてるそうです。
 で右翼スライド曰く「九条という歯止めがなければ戦争をする恐れがあるというのは自虐的だ」。
 自虐的だと思いたければ思えばいいんじゃないですか。少なくとも「過去の戦争を聖戦だと言って居直るようなウヨ」が「九条がなくても戦争はしない」なんて言っても俺は信用しませんし、高畑氏も信用しないでしょう。「過去の戦争の反省」なしに「戦争はしない」と言っても何の説得力もありません。
 さてこの「九条の会の講演を元にした文章」には注記があって「96条先行改正論に国民から反対意見が多数出たことに安堵した」と書いてあるそうです。
 でそれに「日本は多様な意見を認めるという民主主義の点で非常に問題があるのではないか」と講演で言ったじゃないか、矛盾していると高畑氏に因縁をつけるスライド。
 まあ、言いがかりでしかない。「アメリカなどと比べて日本には民主主義の点で弱さを感じるが民主主義で政治を進めていくしかないし、96条先行改正論という無茶な暴挙には批判が出る程度にはまともな民主主義でよかった」という話です。講演での日本民主主義批判を「民主主義否定論の(悪い意味での)少数精鋭主義・前衛主義」とでも無理矢理曲解してるんでしょう。たぶんこのスライドが引用した部分だけでなく高畑氏の文章を全文引用するとそうした詐術はよくわかるでしょう。
 一方、このスライドは宮崎氏については「西村流論法」、つまり宮崎氏は俺達の仲間だ、改憲派だと言いたいようです。
 さて宮崎氏は

改憲論には反対です。
憲法は重要問題だから十分な議論が必要です。
選挙をやれば投票率が低いような現状で政治家がどさくさにまぎれて改正しようとしているんです

という主旨の批判をしているそうです(正確な文章は、vanacoralの日記『スタジオジブリ憲法改悪阻止に動く』(http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20130719)を参照してください)。さてこの宮崎氏をどうやって改憲論者に仕立てるのか?
 勘の鋭い人はわかったでしょうが「宮崎氏は十分な議論を求めてるだけだ」とし、宮崎氏は拙速な議論に反対してるだけで「風立ちぬ零戦設計者を映画にした軍オタ宮崎は9条改憲派に違いない、充分な議論で9条改正を願ってるに違いない」としちゃうわけです。
 では実際にはどうなのか?。vanacoralの日記『スタジオジブリ憲法改悪阻止に動く』(http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20130719)を見るだけでこの「宮崎改憲派論」が為にするデマでしかないことがわかります。

 政府のトップや政党のトップたちの歴史感覚のなさや定見のなさには、呆(あき)れるばかりです。考えの足りない人間が憲法なんかいじらないほうがいい。
(中略)
 もちろん、憲法9条と照らし合わせると、自衛隊はいかにもおかしい。おかしいけれど、そのほうがいい。国防軍にしないほうがいい。職業軍人なんて役人の大軍で本当にくだらなくなるんだから。今、自衛隊があちこちの災害に出動しているのを見ると、やっぱりこれはいいものだと思います。隊員たちはよくやっていて、礼儀正しい。イラクに行かざるを得なくなっても、一発も撃たず、ひとりも殺しもせず帰って来ました。僕は立派だったと思います。
 湾岸戦争後にペルシャ湾に掃海艇を出さざるを得なかったけど、機雷のなさそうな海域を黙々と掃海して、小さな船です、大変だったと思いますが、静かに帰って来ました。僕はだまっていましたが、感動していました。

 ペルシャ湾の掃海艇派遣に宮崎氏が賛成しているらしいところはそれに批判的な日本共産党などとは違います。「護憲派」を狭くとらえれば「掃海艇派遣容認」は護憲派じゃないでしょう。
 とはいえ、これを読んで「宮崎氏は9条改憲派だ」「西村幸祐や三浦小太郎の仲間だ」と思えるのは相当狂った頭でもないと無理でしょう。「掃海艇派遣容認=安倍流の極右的改憲派」なんて事実はないし、このスライドの理論「掃海艇派遣容認=安倍流の極右的改憲派」だと一般に護憲派と扱われる自民党ハト派もほとんど護憲派ではなくなります。
 もちろんこういう大嘘「宮崎は俺達ウヨの仲間」をウヨが言い出すのは「風立ちぬ零戦設計者を主人公にしたこと」を悪用して「アニメ界の大御所」宮崎を俺達ウヨの仲間だと宣伝しようぜ、ばれなきゃ問題ない、いや、ばれたって構うものかと世間を舐めてるからでしょう。本当にあの映画作らない方が良かったのと違うかと思います。
 一方、高畑氏には悪口雑言なのは「高畑氏には利用価値がない」と見なしてるからでしょう。
 それが「高畑氏は宮崎氏に比べて人気がないと思ってる」からか、「高畑氏が共産党支持なのはあまりにも有名で今更デマを飛ばしようがない」からかは知りませんが全く持って宮崎氏、高畑氏、ジブリなど関係者に失礼な話です。
 人間、こういう浅ましい人格には成りたくないもんです。右とか左とか言う以前の問題です。こういう事が多いから俺は日本のウヨは大嫌いです。つうかこれって映画評論でも何でもなくて「詭弁で宮崎氏を改憲論者に仕立て上げてるだけ」じゃないですか。
 さて右翼スライドが「九条があるので日本は戦前のように自ら戦争を起こすことなく平和だったと護憲派は言うが拉致はどうなのか」と言うのには吹き出しました。別に拉致ってのは九条は関係ないわけです。九条がなければ拉致が防げたって話じゃない。九条のない韓国でも拉致は起こってるわけです。
 つうかどこが映画評論座談会なんですか。完全に改憲集会と化してるじゃないですか。
 でスライドが終わると「僕もスライドの言うとおりだと思う」と司会の西村。西村がこのスライド持ち込んだんですから当然の発言ですが。しかし高畑氏の部分はともかく宮崎氏の部分なんか完全な詭弁ですからね。「言う通り」なんてまともな人間ならとても言えないし、三浦がエントリに動画リンク貼らなかった理由の一つはこれでしょう。
 さて「スライドについてどう思うか」と西村に振られた三浦。「原文全文読んでないですから」とまずは予防線。さすが「ある程度狡猾な三浦」はこんな怪しいスライドにそのまんま乗っかったらあとでやばいくらいわかるわけです。
 でやばくなさそうな「自衛隊の活躍に感動した」という宮崎氏の文章を持ち出して「宮崎氏っていい人だ」で終わり。ま、無難な回答です。ちなみに右翼スライドはこの部分を「改憲論の証拠」と無茶なこじつけしてますがさすがに三浦はそういうこと言わない。次に高畑氏について。
 三浦曰く「アニメーターが無理に政治について言う必要ない」。
 何訳のわからないこと抜かしてるんですかね。アニメ界の大御所・高畑氏を三浦が出来れば批判したくない、批判して高畑ファンの反感買いたくないから「黙ってろ」ってだけの馬鹿げた話です。無理も何も「アニメーター」ってのは高畑氏の一側面に過ぎないわけです。別に無理して政治的言動してるわけじゃない。
 大体こういうことを三浦は右翼的言動をしている芸術家・芸能人、例えば津川雅彦には言わないわけです。津川の右翼的発言なんて「あんたは俳優業界の長老として実績もあるんだし黙ってた方が晩節汚さないぜ。ファンもかわいそうだろ」と津川ファンでない俺ですら言いたくなるような酷い代物ですが、そういうことを誰かが言ったとして三浦は賛同するんでしょうか?
 たぶん「ファンでもない奴がおためごかし言って津川さんの正論を封じようとした」というでしょう。三浦とはそういうゲス野郎です。
 三浦曰く「『熱風』を広げてる人たちは政治的意図がある」
 あるでしょうね。でそれが何か問題なんですか?。当の高畑氏や宮崎氏が迷惑だというのならともかくそんな事言ってない。むしろ「高畑、宮崎両氏」は広がることを喜んでるのではないか。
 どっちにしろ高畑氏、宮崎氏の友人でもない三浦がどうこう言うことじゃない。単に高畑氏、宮崎氏の社会的影響力を三浦が恐れてるからお二人に黙ってて欲しいとか、高畑ファンや宮崎ファンの反発が怖いから批判したくないけど放置したくもない、だから黙ってて欲しいってだけの話じゃないですか。
 さて次に古谷。三浦と違って古谷は「全くスライドの言う通りだと思う」と言ってしまいます。「アホだ」と思いますが「古谷のようなアホ」と「三浦のような狡猾なゲス」とどっちがいいかと言ったら「どっちも嫌ですけど」、一時期はやった「究極の選択」だったら古谷の方がいいかもと思いますね。三浦はどーしようもない嘘つきで信用に全く値しないことが見え透いてるわけですから。
さて動画はまだ続きますが書ききれないので続きは『「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」を笑おう・パート83(追記・訂正あり)』(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20081008/1307052595)に書くことにします。 


ソ連スターリン体制について「さくらじ」で喋りました、にコメントその2(三浦の個人ブログ)
http://miura.trycomp.net/?p=1957
『「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」を笑おう・パート81(追記・訂正あり)』(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20081010/1307052595)に書いたコメントの続きです。

・さて動画を見ていると三浦が「今の日本では社民主義的な政党は共産党しかないんじゃないか、だから共産党が都議選や参院選議席を増やしたんじゃないか」と言っててびっくりですね。
 その直前にしていた慰安婦の話から、何でそういう話になるのか、よくわかりませんけど、まあ、小生もそういう認識*7であり、そういう認識であるからこそ共産党を評価していますし議席増も素直に喜んでるわけです。とはいえ極右の三浦が小生の言うように共産党を「社民主義限定」であれ、好意的に評価し、「他党は共産党の態度*8を見習え。国民生活を、福祉を少しは考えろ。増税はする、でも福祉に金は使わないとは貧乏人は死ねと言うことか!」「今まで歴史問題だの中国批判だの右翼的な運動ばかりしてきたが、今後は私も社民政策的な運動、福祉向上的な運動に頑張りたいと思う。右翼は左翼と違って福祉や国民生活に興味がないと思われては右翼の名折れだ」などというわけもないわけです。「所詮、共産党じゃん、コミンテルン日本支部として誕生してスターリン評価した過去もあるんじゃん」という悪口で落とすんだからもうどーしようもない。人の悪口を言う前に「右翼は福祉や国民生活に興味ないんだ」と思われてる今の状況を少しは反省したらどうなのか?
 「共産党からも学ぶべきは学びます。敵、批判対象であろうとそんな事関係ない。敵だから批判しかしないなんて、そんな態度は党派主義でくだらない」なんて謙虚、誠実な態度では全くない。この点、「政策協定を結ぶ」などし、保守派とも一定の連携をする共産党の方が三浦よりずっと謙虚というかまともな態度でしょう。
 今回の堺市長選でも「ストップ維新」を最大の目標に現職支持という謙虚(?)な態度を取ったわけです。
・それ以前に「共産党のように生活弱者を救おう」なんて気は三浦にはかけらもないんでしょうが。小生のような人間からすれば「バカじゃねえの?」と呆れる他はないウヨ運動しかしないバカが三浦で、そんなバカを一言も批判出来ないヘタレのカスがid:noharraです。
・それはともかく、今時「スターリンを未だに評価してる共産党」なんて日本共産党に限らず「一定の政治力を有してる共産党」では存在しないでしょう。「スターリン万歳」で国民の支持が得られるわけがない。日本共産党もいわゆるスターリン批判後は「ソ連のアフガン侵略批判」「ソ連チェコ侵略批判」をして「ソ連言いなりなどではなく」、一定の自主性があることを示したわけですが勿論、反共ウヨの三浦はそういうことは完全に無視します。
・当然、「スターリン主義の恐怖」なんて今時あるわけがない。
 大体そんなに日本共産党の過去をあげつらう三浦のようなウヨが「自分の過去を謙虚に反省してるか」といったらそうではなくて「大東亜戦争は聖戦」だの「過去はもう水に流せ」だの「昔のことで何時までも批判するな」だの、無反省きわまりないのですから呆れます。
・でスターリン主義について語りたいとか言い出す三浦。まあ「語る内容がまともかどうか」はともかくスターリン主義について語るのは三浦の勝手ですが「またスターリン主義が形を変えて影響力を持つかも知れない」とか言い出すのには呆れます。持たないよ。
 「スターリン主義」を「大衆動員による独裁体制」というように共産色を除いて考えれば三浦のように言えるかも知れませんがその場合の「スターリン主義」とはいわゆる「ファシズム」と違いはないし、「大衆動員による独裁の危険性」を否定する人はどこにもいないでしょう。
・で、「スターリン主義についてお話を伺う前に宣伝したいことがあれば」と言う司会の古谷。いやその宣伝云々いらないから。さっきの「近況云々」の時に話せばいいだろ。段取り悪いな。
・「じゃあ」と言って三浦が取り出したのが何かというと『11月6日 大東亜会議70周年記念大会開催決定(http://miura.trycomp.net/?p=1951)で三浦が紹介した右翼集会「大東亜会議70周年記念大会」で配布予定のパンフです。大東亜会議に参加したチャンドラボース、汪兆銘などの演説を掲載し「大東亜会議の大義」を大いに宣伝するんだそうです。
 吐き気がしてきた。こんなウヨ三浦をよく「自称アンチネトウヨid:noharra君は「守る会副代表」、つまりは「自分が入ってる会の幹部の一人」として担ぎ上げることが出来るもんです。id:noharra君も「大東亜戦争大義」とやらを信じ、「大東亜会議70周年記念大会」に喜んで参加する気なんでしょうか。ぜひid:noharra先生にはこの右翼集会に参加するのか、「大東亜戦争大義を支持するのか」、教えて欲しいもんです。
・で右翼集会パンフの宣伝が終わってソ連について話すそうですが、その前に「大東亜戦争について話す」んだそうです。いや関係ないだろ。まあ三浦の話を聞かなくても「大東亜戦争ソ連との聖戦」とか寝言話すことが予想がつきますが、我慢して聞いてみます。
・「大東亜戦争に勝って一番得だったのはソ連」とか意味不明なことを抜かす三浦。いやどこもお得だったでしょうよ。たとえばフランスなんかは「国土が完全にドイツに支配されてしまった」わけですから。米国も欧州戦線に参加して大いに英国、フランスに恩を売ることが出来、戦後は戦前よりも「欧州への政治的影響力が強まった」わけです。
・三浦曰く「スターリンの勝利によって北朝鮮が誕生した」
 うーん、まあ、これはそういってもいいのかな。小生も不勉強なので正当な批判を受ければ撤回しますけど。
・三浦曰く「スターリンの勝利によって中華人民共和国が誕生した」
 これは明らかに間違いです。スターリンが当初「中国共産党の勝利を予想せず、全く冷たかったこと」は割と有名な話です。スターリンが当初から全力で中国共産党を支援していたわけでは全くない。
 そうしたソ連の態度が「後の中ソ対立の一因になった」とも言われます。
 また中国共産党にとって大変ありがたかったであろう事件「西安事件」はソ連とは全く関係ありません。要するに中国共産党が中国において地盤を築いていくにおいて「ソ連の支援」が全く無意味だったとは言わないが、三浦のように評価するのは「ソ連の過大評価」「中国共産党の過小評価」というものでしょう。
・三浦曰く「1945年8/15の大東亜戦争での日本の敗北はアジアにおいては民主主義の勝利ではなく共産主義の勝利、中華人民共和国が大陸中国に、北朝鮮朝鮮半島北部に生まれた」
 何抜かしてるんですかね。その理屈だと「東欧にも共産党政権が誕生してるから」、ヨーロッパにおいても「ドイツの敗北は民主主義の勝利ではなく共産主義の勝利」になるんじゃないんですかね。実際そういうことをいわゆるネオナチはいってるそうですが。たださすがの三浦も「ナチドイツの敗北は民主主義の勝利ではなく共産主義の勝利だ」という度胸はないようですが。その種の詭弁は「三浦の母国・日本限定」で吐かれるわけです。
北朝鮮はともかく新中国というのは「太平洋戦争後の国共内戦」を経て誕生してるから、「1945年の敗戦」が直結してるわけではない。
・つうか、北朝鮮はともかく新中国(共産中国)について言えば、日本が蒋介石相手に戦争したことが「共産中国をうんだ(少なくともその可能性がある)」ということに三浦は気付かないんでしょうか?
 毛沢東が飛ばした冗談で「日本軍が蒋介石を攻撃したおかげで我々が蒋介石の全面攻撃を受けずに済んだ、日本軍には感謝している」と言う冗談があります(『皇軍に感謝した毛沢東?』(http://www.geocities.jp/yu77799/nicchuusensou/moutakutou.html)参照)。これは冗談ですが一面の真理ではあります。つまり「大東亜戦争」だの「独ソ戦争発生によるソ連の連合国参加」だのではなく、それ以前から日本がやっていた日中戦争、つまり「和平の動きを全て潰して日本が日中戦争を続行して蒋介石を疲弊させたこと」がおそらく「共産中国誕生」に無視できない影響を与えた*9でしょうがそれを三浦が認めることはないでしょう。
・「アメリカはソ連に負けた」などと抜かす三浦。何考えてるんですかね。確かに「東欧」「中国」をソ連が勢力圏に収めたことは大きかったでしょうが、アメリカも「西欧」「南米」「東南アジア」などを勢力圏にしてるのだから単純に勝ったとか負けたとか言えないでしょう。
・三浦がいわゆるコミンテルン陰謀論について「専門家でないのでコメントしません」などと抜かしてるのには吹き出してしまいました。いくら「コミンテルン陰謀論右翼(例:田母神)」とつきあってるからといって「コミンテルン陰謀論など間違ってる」程度の批判もできないんでしょうか。
 大体「専門家でない」というなら三浦は「慰安婦問題の専門家・吉見義明氏」や「吉見氏が支持する河野談話」なども批判出来ないでしょうが、もちろん平気で非難するわけです。
 たださすがに三浦はウヨ友達に調子を合わせて「そうだ!。張作霖コミンテルンが暗殺したんだ!」などと放言する勇気はないようですが。
 「コミンテルン陰謀論など間違ってる」の一言が言えないような男・三浦を批判一つ出来ない能無しのカスがid:noharra先生です。
・さて三浦は「冷戦崩壊までは割と日本の左派はソ連、東欧、中国、北朝鮮など社会主義体制に甘かったのではないか」と非難します。まあ、「韓国・朴チョンヒやチリ・ピノチェトなど右の独裁者に甘い極右のお前が言うな」とは思いますが一理あるでしょう。もちろん批判的な左派もいたわけですが、甘い左派もいた。こういう批判自体は何も三浦のような極右だけでなく、穏健保守や中道からもされますし、当事者たる左派からも自己批判としてされることがあります。
 ここまではまあいいでしょう。問題はそれからです。
 三浦曰く「冷戦が崩壊してから左派は社会主義の優位性が語れなくなった」「だから1990年代になってから左派は南京事件慰安婦靖国など歴史問題を持ち出し日本叩きをするんだ」。
 悪質きわまりないデマです。三浦以外のウヨもよく言う「デマの定番」「古典的デマ」ですけど。
 小生もこのデマは以前何かで読んだり聞いたりしたことがあります。しかしこういうデマ屋・三浦を批判一つ出来ないid:noharraは本当に恥さらしです。本当にこの動画の三浦発言は聞いてて吐き気がします。小生も「三浦のアホさに突っ込む」という目的がなければ、こんな動画は聞きませんよ。
(なお、後で述べるようにこの三浦発言はデマですが仮に事実だとしても左派の戦前日本批判の動機が褒められたものではないというだけで、左派の主張内容が間違ってるわけでもなければ、日本が戦争問題で無罪になるわけでもないし、三浦らウヨの言い分が正しいことになるわけでもありません。南京事件慰安婦のような非道行為をやらかしておいて無罪の訳もないでしょう。)
 三浦の主張の何がデマか。まず第一に極右による「日本の戦争は聖戦だ」と言う主張は1945年の敗戦からずっとありましたし、当然それに対する左派の批判も「1945年からずっとあった」。いわゆる歴史認識問題、つまり歴史認識での「三浦のような歴史捏造主義極右・戦前礼賛極右」と非極右(穏健保守や左派)との論争は「1990年代から始まった」わけではまったくありません。
 保守政党日本民主党が「憂うべき教科書の問題」なるパンフを発行し「歴史教科書が左翼偏向してる」と非難したのは1950年代であって1990年代ではない。
 右翼イデオローグ・林房雄の『大東亜戦争肯定論』が出版されて左派の批判を浴びたのは1960年代であって、1990年代ではない。
 いわゆる「南京大虐殺論争(南京事件論争)」が開始されたのは1970年代であって、1990年代ではない。南京事件論争については笠原十九司南京事件論争史』(2007年、平凡社新書)が参考になるでしょう。
 あるいは教科書問題も、中曽根の靖国参拝問題も、森村誠一悪魔の飽食*10』(1983年、角川文庫)で「731部隊の蛮行」が広く知られるようになったのも全て1980年代であって1990年代ではありません。
 第二に「1990年代以前から日本の加害の指摘があった」とはいえ「日本の加害問題」が広く一般に語られるようになったのは確かに1990年代以降だと思います。そうした背景には後で述べますが「冷戦崩壊」も影響していたと思います。
 しかしそれは三浦のように理解すべきものではない。次のように理解すべきだと思います(小生が思いつく理由を書いてみましたが他にもあるかも知れません)。
A)
 1990年代以前は、「日本から援助を得たい朴チョンヒなどの独裁者」が必死に日本批判を押さえ込み、「戦争被害での日本批判者」に「アカの手先」などのレッテルを貼っていました。つまり冷戦中は「日本批判」は最悪「死の危険」を意味していた。これでは被害者も日本批判の声をあげるわけにいきません。しかし1990年になって冷戦が崩壊すると「アカの手先」レッテルは意味を持たなくなったし、その結果、韓国軍事独裁政権が民主化するなどし、被害者も声を上げやすくなった。
B)
 1990年代になると、日本の戦争被害国の中には経済的に強い力を持つ国(例:韓国)が出てきます。そういう国は「日本とは国力の差があるから遠慮していたがいつまでも日本の被害を黙ってる必要はない」として批判を始めますし、そうした批判を日本が力で押さえ込むことも難しくなってきます。
C)
 左派には「社会主義になれば全て解決」的なイメージの人もいたでしょうが「そんなに話が単純ではない」ことは冷戦崩壊でいやでも明白になったわけです。そうすると「社会主義で一挙解決」ではなく、西川きよしではないですが「一つ一つこつこつとやる」しかない。その「一つ一つこつこつ」の一つが歴史問題に過ぎないわけです。
 なお、小生の「指摘B)」からわかるように「1990年代においては中国、韓国が経済的に力をつけていた」ため「三浦のような戦争責任全否定路線」は経済的利益の観点から見ても全く合理性のないものでした。中国、韓国がそんなふざけた路線を容認するわけもなく、その結果日本の経済的利益が害されるからです。つまり「どういう形で償うか、非を認めるか」はともかく保守でもある程度常識のある人にとっては「償うこと、謝罪すること」それ自体は当然のことであった。
 そういう意味では、村山談話河野談話がでたのは「ある意味必然」と言えるでしょう。村山氏や河野氏の善意を疑うわけではありませんが、「あの談話がでた背景」は単純な善意ではないわけです。
・32分ほどで本多勝一氏の悪口を言い始める三浦。まあ、「共産圏に甘かった」云々と言ってるわけですが、「ソルジェニーツィン*11に対する態度が酷かった」など、あまり具体性がないのが三浦らしい。
 「どう酷かったの?」と聞きたくなります。いやすいません、三浦の本多氏への聞くに堪えないであろう悪口雑言など、一本多ファンとして別に聞きたくはないですけど、普通に疑問には思います。
 また「共産圏」に関係ない言わなくてもいい「変な事」を言って、小生を嗤わせてくれます。
A)「本多氏の言動では保守派諸子は南京事件を批判的に取り上げる傾向がありますが僕はそれよりもソルジェニーツィンに対する態度の方が問題だと思う」云々
 「僕・三浦は南京事件での本多氏の著作を批判する気はないよ、正論だから」「南京事件否定論は間違ってると思う」ともとれる物言いですが、はっきりそうはいっていないことに注意しましょう。チャンネル桜にでるような三浦が否定論批判を「南京事件否定論の巣窟」チャンネル桜番組内でできるわけもないですから。
 「A(本多氏の南京事件論)よりB(本多氏のソルジェニーツィン論)の方が問題だと思う」というのは「Aに問題はないと思う」と言ってるのではないわけです。
 たとえば「安倍晋三についてアベノミクスより原発に対する態度や、慰安婦に対する態度の方が俺は問題だと思ってる」と言った場合、それは別に「アベノミクス支持」を意味しないわけです。
 ま、三浦は鳥相手には「僕は獣だ」と言い獣相手には「僕は鳥だ」という童話のコウモリのような存在、つまり詐欺師も同然の男なのでこうなるわけですが。
 何で三浦がこんなことを言うかと言えば
・「三浦、何でお前は本多の南京事件論を批判しない」というウヨ仲間への言い訳
 つまりは、ソルジェニーツィン論の方がより問題だと思うだの、もう既に南京事件論で批判してる人がたくさんいるがソルジェニーツィン論の方が少ないだのと言う話では実はないわけで、単に「自分が歴史捏造主義者であることがばれたくない」という卑怯な話に過ぎません。
 要するに「他の面子はガチで否定論を信じてる」のかもしれませんが、三浦に限れば「南京事件否定論がデマだと言うこと、世間に通用しないと言うこと、したがってそんな事を言えば自分の評判が大いに落ちると言うこと」がよくわかってるわけです。そしてわかってるにも関わらずウヨ仲間の暴論を批判しないで黙認してるわけです。
・ウヨ以外への「僕は南京事件否定論ではない」というイメージ操作(ただしはっきりとは南京事件実在論だとは言わない、おそらくウヨしかいない席では否定論に適当に調子を合わせている)
ということでしょう。まあ、「南京事件否定論の巣窟」桜に出演してる時点でそんなイメージ操作は無意味ですが。よほど桜に無知な人間でない限り、「桜常連出演者」ってだけで三浦が「南京事件否定論容認派」ってことはばればれです。
B「本多氏はアンデルセンに変な因縁をつけたことがある」
 具体性がまるでないので評価に困りますが、仮にそれが事実だとして何だと言うんでしょうか?
 三浦は「だから本多の主張は全部ダメなんだ」とでも印象操作したいようですがそういう話じゃないでしょう。
・つまんないことではありますが、動画の35分ほどで司会の古谷が「アメリカは戦前から赤狩りをやっていた」などと抜かして絶句。古谷の言う赤狩りって何でしょうか?。もちろん「サッコ・バンゼッティ事件」のような「赤狩り的な事件」は戦前にもあるでしょうが普通赤狩りと言ったら戦後猛威をふるった「マッカーシーの例の奴」を意味するわけです。
 古谷は「チャップリンも米国にいられなくなって」云々と言ってますが「チャップリンが米国にいられなくなった赤狩り」ってのは「マッカーシーの例の奴」なんですが。
・動画の36分ほど。三浦が「チャップリンが米国にいられなくなったなどは問題だとは思うが」と言い訳しながらも「あの当時、赤狩り的な事は必要だったんじゃないか、アメリカに親ソ連派が浸透していたから」と言っていて絶句。
 「赤狩りは必要だった」と言わず「赤狩り的な事」とぼかしてるのもせこいですけどね。たぶんGHQ・日本政府合作のレッドパージも何とも思ってないんだろうな。
 先ず第一に赤狩りを批判する人間だってさすがに「ガチのソ連スパイ行為」のような犯罪行為なんぞは認めないわけです。
 第二にじゃあ何を問題にしていたかといったら次のようなことです(以下の指摘は赤狩りだけでなくGHQ・日本政府合作のレッドパージにも該当します)。
A)チャップリンが事実上米国を追放されたようにアカ(共産党員、共産主義者)でも何でもない人がアカ扱いされたこと
 これは「アカと誤認識」の場合もあれば、「アカでないと知りながらのでっち上げ(つまり政府に批判的だから弾圧したいという結論ありき)」という場合もあります。
B)別にアカであることそれ自体は犯罪として処罰すべき行為ではないこと
C)調査の方法が著しく人権侵害的であること、相手がたとえ犯罪者でもそんな行為は許されない
 こういったことは「仮に当時、米国がソ連スパイの天国」で「ソ連の米国侵略の脅威があったとしても」許される事じゃないでしょう。その程度の常識もない三浦には呆れますし、そんな三浦を批判出来ないid:noharraにも呆れます。まあ、こういう風に小生に突っ込まれるのに対し、「回答不能」という無様な醜態をさらしてるのがid:noharra先生ですが。小生はid:noharraは「誠実な人間ぶってる」のが反吐がでるほどむかつくのでこうして定期的に彼を批判してる訳です。
・三浦が平然とオーウェルの「動物農場」(邦訳:角川文庫)を持ち出してるのに苦笑。まあ、あの小説はオーウェル全体主義批判本としては割と読みやすいですけどね、短いから。「1984年」(邦訳:ハヤカワ文庫)とか読んだことのない小生もアレは読んだことがあります。とはいえあれは「勿論共産主義を批判してる」が「全体主義を批判してる(共産主義思想批判と言うよりはソ連型体制の全体主義批判)」わけで戦前日本を賛美できる「全体主義者の三浦」が喜んで紹介できるような本じゃないんですけどね。
・三浦曰く「1940年代イギリスは左派インテリが多く『宇宙戦争』(邦訳:角川文庫他)などで知られるH.G.ウェルズも左派だった」。ただ三浦が「ウェルズはSF作家なのでソ連の経済的発展に勘違いしたのではないか」とウェルズをかばいたいらしいことに笑ってしまいましたが。
 で、ウィキペ「ウェルズ」を見てみます。

ウィキペ「ウェルズ」
社会主義に傾倒し、1902年には作家ジョージ・バーナード・ショー*12の紹介で社会主義団体であるフェビアン協会*13に参加。
第一次大戦後、戦争を根絶するために国際連盟の樹立を提唱し、ワシントン会議に出席。著書『新世界秩序』では、全ての国家に人権の遵守と軍備の非合法化を訴えた。また、母性保護基金、糖尿病患者協会、新百科全書、人権宣言などの運動を行なった。政治家との交流としては、ウッドロウ・ウィルソン*14ウラジーミル・レーニン*15フランクリン・ルーズベルト*16ヨシフ・スターリン*17との会見などを行なった。

ということでウェルズはかなり政治的に活動的な人だったようです。
・三浦らは「冷戦が始まるまでは米国はソ連へ幻想を持っていた」などと抜かしていますがそんなことはないでしょう(小生も米国史に詳しいわけではないですが)。
 まあ、朝鮮戦争が始まるまでは「朝鮮戦争のようなガチの戦争」は予想してなかったかもしれませんが、「ソ連と仲良しこよしでいつまでも」なんて思ってるわけがない。第二次大戦中の共闘はあくまでも「枢軸国打倒」という限定された目的でしかないわけです。
・三浦曰く「アメリカで社会主義幻想*18がなくなるのは私見では1970年代以降」。三浦の「社会主義」の定義がわからないと何とも評価できません。いわゆる社民主義も三浦にとっては「社会主義」にあたるのか?。もしそうであるのなら「社民主義支持」は別に幻想じゃないでしょう。イギリス労働党やドイツ社民党などは社民主義政党として今も存在するわけです。
 そして1970年代以降云々という三浦の主張は「1980年代に保守のレーガンが台頭したこと」を考えれば三浦のいう「社会主義」が「社民主義を含むもの」だったとしても「1970年代に社会主義支持の減少という事実があった」と言う意味では「正しい」のかも知れません。「ソ連共産主義支持」だけでなく「西欧型社民主義支持」も少なくなったからこそ保守派レーガンが台頭した。
 ただし果たしてそれはいいことだったのか?。よくないことだったからこそ、その後、揺り戻し、巻き返しとしてより社民主義に近い立場(民主党)のクリントンや、オバマが後に大統領として登場してのではないのか?。
・三浦が「マイノリティ解放運動・理論」について「薄められた社会主義みたいなもの」とかほざいてるのに唖然。
 マイノリティってのは「社会的弱者」って意味ですね。数も少ないし政治力も弱い。具体的には「民族的マイノリティ(黒人)」、「宗教的マイノリティ(イスラム)」、「性的マイノリティ(同性愛者)」なんかがあげられるでしょう。他にも例はあるでしょうが。もちろん、こうした「マイノリティ解放運動・理論」に社会主義の影響がないとはいいません。わかりやすい例で言えば当然「社会主義者のマイノリティ理論家・活動家」だっているわけです。
 ただ「マイノリティ解放理論・運動=社会主義」では当然ながらないわけです。かつ「マイノリティ差別」ってのは現に存在するわけです。そうした差別をなくそうとする理論や活動が発生するのは当然でしょう。
 三浦はキング牧師マルコムX*19など「過去に存在したマイノリティ活動家」についてどう理解してるんでしょうか。彼らの活動の成果(無知な小生が知ってるのは公民権法くらいですが)をどう理解してるんでしょうか?。評価しないのか?。三浦にもびびりがあるのか、「こういうことをいうと米国史の専門家は怒るかも知れないが」なんて言ってますがそれ以前の問題でしょう。俺は別に米国史専門家じゃないですが三浦の物言いには怒ってるし呆れてるし、嗤ってますよ。しかしここに至るまで当のソ連の話に全然入ってかないで「赤狩り擁護発言」するわ、「本多氏の悪口を言う」わ、「米国のマイノリティ運動を社会主義呼ばわりする」わ、脱線が酷いですね。何時、本題のソ連に入るのか。俺だったら「先ずソ連評価を述べた」上で「外国のソ連シンパ」の批判に入っていきますよ。何で「ソ連シンパの悪口」ばかり言って、本題のソ連の説明をしないのか?
・三浦がゴーリキー(ロシアの作家)の悪口を言ってるのにはうんざりですね。まあ、小生も詳しくはありませんがゴーリキーにも問題はあったんでしょう。ただウィキペ「ゴーリキー」を見るだけでも三浦の悪口はあまりにも一面的であることがわかります。

ゴーリキー(ウィキペ参照)
 1905年、ボリシェヴィキに入り、レーニンの知己を得る。ロシア革命では、ゴーリキーが巨額の援助をしたとされる。
 第一次世界大戦の際には、ペトログラードゴーリキーのアパートはボリシェヴィキの事務室になった。しかし、その後、共産主義に対するゴーリキーの考えは変化し、十月革命の2週間後の手紙にはこう書いている。
レーニントロツキーも自由と人権についていかなる考えも持ち合わせていない。彼らは既に権力の毒に冒されている」。
 1919年、レーニンゴーリキーに宛てて書いた手紙に「君に忠告する。環境とものの見方、行動を変えるべきだ。さもなくば人生は君から遠ざかってしまうだろう」と書いている。1921年結核の療養のためイタリアのソレントに移り住んだ。
 ソルジェニーツィンによれば、ゴーリキーのロシアへの帰還は、イタリアでの暮らしに困ってのことだった。1928年以降、何度かソビエト連邦を訪れるようになり、1932年にはスターリンの個人的な求めに応じてロシアに帰った。
 ファシスト政権のイタリアからゴーリキーが戻ったのは、ソビエト政府にとっては格好の宣伝材料となった。彼はレーニン勲章を受け、モスクワの邸宅(現在はゴーリキー博物館となっている)と郊外の別荘を贈られる。このとき、モスクワのトヴェルスカヤ通りがゴーリキー通りと改められ、生地のニジニ・ノヴゴロド市もゴーリキー市と改称された(1990年まで)。ゴーリキーソビエト作家同盟を設立し、その議長に就任する。
 1934年、スターリンによる粛清が始まると、ゴーリキーは自宅に軟禁されるようになった。1935年、息子マクシム・ペシコフを亡くした翌年、1936年にモスクワで没する。両者とも毒殺された疑いがあるが、確実なことは分かっていない。

・元々はトロツキー*20派だったピャタコフ*21なる人物の「スターリン礼賛」について自主性がないかのように悪口を始める三浦。ピャタコフは外国マスコミの「あなた元々はトロツキー派では?」と言う質問に「当時の私は間違っていた」と言ったそうですが。
 全くもってうんざりですね。
 スターリンの問題点をそれなりに認識していた以上、それだけでも充分、立派じゃないですか。で、その礼賛発言を本心だと今時思う人はいないでしょう。三浦は本心であるかのようにピャタコフを中傷していますが。あの時代にスターリン批判を続けたらどうなるか?。良くてトロツキーのように国外追放*22、下手すりゃ銃殺ですよ。 
 結局スターリンは「あいつは元トロツキー派だから信用できない」としてピャタコフを銃殺するわけですが。
・さて50分ぐらいから「ルーズベルトチャーチルスターリンの問題点を認識してなかった」とまるで彼らがバカか、親ソ連派であるかのように悪口を言い出す三浦。まあ、三浦的には「戦前彼らが第二次大戦でソ連と協力した事」が不愉快なんでしょうがあの協力は「ドイツ打倒限定」なんですけどね。
 おそらくスターリンの問題点だって彼らも認識はしていたでしょう。しかしこんな演説で「スターリン主義の問題点」がアピールできてると三浦は本気で思ってるんでしょうか?
・三浦曰く「スターリンはドイツの対ソ戦争を予想してなかった」
 まあ、スターリンに限らず普通そうでしょうね。当時、ドイツは英国相手に戦争してました。で独ソ不可侵条約があったからドイツとソ連は戦争関係になかった。この状態でソ連攻撃するのは無謀ってもんです。英国に勝つ保障がないのに自分からソ連を敵に追いやってどうするのか。日本の松岡洋右外相もそうした理解から「日独伊ソ連の四国同盟論による英米への対抗」を構想していたのは有名な話です。
・三浦曰く「ソ連軍は独ソ戦で捕虜になることを認めなかった」と悪口雑言。いやそれが事実かどうかソ連に無知な俺は知りませんが「戦陣訓」その他で捕虜になることを事実上、禁止した国の人間が、しかもそうした戦前の黒歴史を擁護する立場の人間が良く「投降を認めないなんてソ連は酷い」と言えるもんです。
・三浦曰く「ドイツ軍のソ連捕虜の中でウラーソフ将軍という人物を中心に、対ソ連軍がつくられた。ウラーソフらはスターリン体制に批判的だったから彼らを前面にヒトラーがたてれば独ソ戦で勝てたんじゃないか。ヒトラーは『裏切りを恐れて』最終局面まで投入しなかったが」
 バカも大概にして欲しい。ヒトラーがそういう事をする人間だと本気で思ってるんでしょうか?。いやそもそも投入したって勝てたかどうか。もちろん、「戦争の勝ち負け」というのは戦略や軍事力で決まることであって、戦争理念で決まるわけじゃないですが、「ナチのバックでスターリン打倒」とは戦争理念としてもいかがなものか。そもそも何で三浦は「ヒトラーの方がスターリンよりマシ、そうソ連民衆は思っていた」と理解できるのか?
・三浦曰く「ドイツのような異民族に支配されてたまるかとソ連民衆は必死に闘った。異民族アメリカに支配されて喜んでるのは日本だけ」。
 いや『拝啓マッカーサー元帥様』(袖井林二郎著、岩波現代文庫)だの『ギブミーチョコレート』だのなるのはそれだけ戦前日本の政治が酷かったって事でしょうが。三浦みたいに「日本人を卑下するようなこと」じゃないでしょう。大体こんな「反米的なこと」をいいながら一方で「日米同盟万歳」だから意味がわかりません。また三浦のように「異民族支配万歳の日本人」というのも相当問題のある見方で、そうではないからこそ「沖縄復帰運動」なんかがあったわけです。
・1時間ほどで日本共産党幹部・宮本顕治*23の悪口を言い始める三浦。何でもハンガリー動乱(1956年)当時、宮本氏は「ソ連軍の侵攻は手放しで賛美は出来ないが、やむを得ないんじゃないか」として擁護したんだそうです。
 三浦の宮本氏批判は「何だかなあ」ですね。
 まず第一に、宮本氏は後にソ連軍が行った「チェコスロバキア侵攻(1968年:いわゆる『プラハの春』弾圧)」「アフガン侵攻(1980年)」についてははっきりと批判しています。もちろん批判したから「ハンガリー動乱当時の評価」がちゃらになるわけではないですが、三浦のような物言いは明らかにアンフェアでしょう。他にも「文革批判で中国共産党と党関係が一時断絶した」り、「大韓航空機爆破事件などの批判で現在まで朝鮮労働党との党関係が断絶した」りするなど、日本共産党はかなり既存共産主義国については批判的だったわけです。
 第二に宮本氏はどうか知りませんが日本共産党は党の公式見解として「ハンガリー動乱時の評価」を訂正しています(ググってもちょっと見つからなかったんですが。まあ、俺の探し方が悪いのもあるでしょうが、あまり大々的に宣伝したいことでもないでしょうしね)。もちろん訂正の仕方が充分だったかどうかという問題はあるでしょうが「南京事件はなかった」「慰安婦は合法」だのと未だにデマ飛ばすチャンネル桜連中とそのお仲間である三浦よりは誠実な態度と言えるでしょう。党内外からの「いい加減訂正した方がいい、ハンガリーとの関係にも支障を来す」という諫言に従ったんでしょう。
 繰り返しますが「中韓との関係に支障を来すデマ(南京事件否定論慰安婦違法性否定論)」に固執する連中(三浦も当然含む)よりはずっと共産党の方がまともです。
 第三にこんなことをいうのは「共産党の都合じゃん」「ハンガリーに関係ない」と言われると思いますし、ごもっともだと思いますが、1956年と言えば、日本共産党が党の崩壊状態をいわゆる「6全協(第6回全国協議会)」で脱してから1年経ってないわけです。この状況下でがんがんソ連批判出来たかというとそれはかなり酷でしょう。もちろん公式の訂正がすぐにはなされなかったこと(割と最近だったかと思います)はそれはそれで問題だと思いますが。
・宮本氏批判が終わると、チベットだの天安門事件だので中国批判を始める三浦。
・三浦曰く「アジアでの冷戦崩壊の最大の勝者は中国」。何というか珍論、奇論を言って目立ちたいと言う歪んだ願望でも三浦にはあるんでしょうか?
 まあ、「アジアを代表する経済大国」として今、中国が存在することは事実ですが、それは「冷戦崩壊を見事に乗り切った」とは言えても「勝者」という話じゃないでしょう。なお、中国ほどではないですがベトナムも「改革開放(ドイモイ)」によって冷戦をうまく乗り切った、経済成長を遂げたと言えるでしょう。
・三浦曰く「第三次世界大戦が起こるとしたらキューバ危機時のような米ソ紛争ではなく、中ソ紛争だった」。
 書いてて三浦のあまりのバカ発言に笑いで手が震えます。さすがに中国にもソ連にも国境紛争以上のことをやる意思はないでしょう。 
・米中国交正常化で「CIAからのチベットゲリラへの軍事援助が打ち切られたこと」を憤る三浦。勘弁してくれよ(苦笑)。あの時期に「米中国交正常化しない」だの「正常化してもチベットゲリラに軍事援助し続けられる」とか本気で思ってるんでしょうか?。ま、それはともかくこれでわかるように「チベットは平和主義、独立を望んでない」というのはウソの訳です。いやウソだから「中国万歳」ってんじゃなくてダライ一味と自称支持者はウソも大概にしろって事です。
 米中国交正常化でゲリラ支援が打ち切られるまでは、まあ、「打ち切られる直前」はかなりその希望は望み薄になっていたでしょうが「武力を使ってでも中国をチベットから追い出したい、独立したい」というのがダライ一味だったわけです。結局それが不可能だから「平和主義」「自治権拡大」に立場が変わったわけです。
・「中国は敵だ!」「北朝鮮拉致問題で中国の協力を得ようとするのは間違ってる」「中国が議長の6カ国協議に期待するのは間違ってる」「中国を信頼するなんて社会主義幻想だ!」「次の冷戦が中国との間に始まってると思う。そして韓国が歴史問題を理由に中国の側についてる」と言い出す三浦。
 ま、予想の範囲内ですけどね。でそういうことを言って何がどうなるんでしょうか。
 たとえば6カ国協議をやらなくていいと三浦は思ってるのか?。6カ国協議をやめてどうするのか?。それともやるべきだと思うが、6カ国協議の議長役が中国であることが気にくわないのか?。もしそうなら、どこが議長役なら納得するのか?。ロシアですか?(日米韓が議長では北朝鮮が納得しないでしょう)
 もちろん「6カ国協議を否定するんですか?」とは司会の古谷は質問しないわけですが。
・1時間13分頃に「大東亜戦争と言う言葉を使って何が悪い。大東亜会議の何が悪い」と言い出す三浦。さすが『11月6日 大東亜会議70周年記念大会開催決定』(http://miura.trycomp.net/?p=1951)なんてエントリを書いただけの事はある。
 いや悪いだろうよ、大東亜戦争って「大東亜解放の大義万歳!」「大東亜共栄圏万歳!」って主張がバックにある名前だからな。単に「大東亜で行われた戦争」って意味じゃない。大東亜会議だって日本の傀儡政権集めてでっち上げた会議で大東亜宣言なんて「口から出任せのきれい事に過ぎない」し、傀儡政権の集まりなんだから政治力ないし。
・三浦曰く「大東亜会議に出席したチャンドラ・ボースはこの会議の参加国は皆、対等と言った」
 いやそれポジショントークに過ぎないでしょ。誰が考えても「日本が親分」のわけで全然対等じゃない。そんな事はボースだって勿論わかってるわけです。それに、何度も繰り返しますがボースって人は日本と手を組む前はナチドイツと手を組もうとし、日本がダメだと思うとソ連と手を組もうとした人なんですけどね。つまり「インド独立のためなら誰とでも手を組む」という徹底したマキャベリストがボースです。
・その後、『11月6日 大東亜会議70周年記念大会開催決定』(http://miura.trycomp.net/?p=1951)でも紹介したボース演説を紹介する三浦。で三浦の演説終了。ソ連スターリン批判をすると言っていたのが何故か「大東亜会議70周年記念大会」の宣伝になってしまうのが意味不明ですね。二日酔いだったからですか?
・その後、女性アシスタントと司会の古谷が感想。古谷曰く、スターリン時代ソ連を描いた外国映画『太陽に灼かれて』を思い出したんだそうです。ま、この映画はまともだと思うので、機会があったら見てみたいと思います。
・その後、「私はスターリンソ連を批判したが、日露関係を悪化させる気はない。日露関係が重要なことは当然です」と言い訳する三浦。おいおいですね。さんざん中国、韓国の悪口を抜かしていたが、日中・日韓関係はどーでもいいのかよ?。
・視聴終了。いや愚人・三浦のトンデモ発言を聞くのはつらかった。しつこいけど、id:noharraさんは良く三浦とつきあえるよな。id:noharraさんってマゾなの?。たぶん三浦の暴言を黙認できるクズ野郎がid:noharraさんなんでしょうが。
・最後に「チャンネル桜2000人委員会」の方にプレゼントの紹介。古谷の「常在戦場」と言う色紙と女性アシスタントの「いつもありがとうございます」と言う色紙。いらねえよ。ほしがる奴いるの?


■“東京五輪で「チャイニーズタイペイ」は見たくない”と台湾国民に訴えた : 台湾は日本の生命線!
http://freeasia2011.org/japan/archives/2613
 三浦が宣伝する極右団体「アジア自由民主連帯協議会」に乗ったウヨ文章です。
 全く何考えてるんですかね。そんなことは台湾人が「チャイニーズタイペイでも構わない」とか「やめてくれ」とか言う話であって日本人がどうこういう話じゃないでしょうに。

台湾代表が「チャイニーズタイペイ」の名で参加するのは望まない。多くの日本人が中国の「台湾は中国の一部分」という宣伝を鵜呑みにするのが心配だからだ。

・何だかなあとしか言いようがないですね。まあ、ある程度常識のある日本人なら「台湾は中国の一部」というのを「歴史的に見て台湾はずっと中国文化圏に属してきた」と言う意味に理解するならともかく、「現在の台湾に現在の中国政府が実効支配を及ぼしてる」と言う意味に理解するわけがない。中国の言い分を支持する場合でも「台湾は中国の一部(つまり「一つの台湾、一つの中国」や「二つの中国」は認めない)」というのは「将来の台湾統一を展望する中国が名実ともに台湾が独立することを阻止するために主張している政治的言説」、平たく言えば「ある種のフィクション」だなんてことはわかってるわけです。で、そんなことは「台湾」と呼ぶか、「チャイニーズタイペイ」と呼ぶかに関係なくある程度常識があれば理解できるわけです。
 ま、中国の反発を食らっても「台湾」と言いたがる面子に反中国派、即時独立派が多く、「チャイニーズタイペイでもええやないか、中国とこんな事でもめるのはあほらしい」という面子に「現状維持派や統一派」「親中派」が多いのは事実でしょう。
 日本としては部外者なんだからこんな事に口を出す必要はない。大勢に身をゆだねてるのが一番いい。で大勢はどう見ても「チャイニーズタイペイ」でしょう。

民間の力でIOCの規則を改変することはできない

ウヨのことですから「俺達の力でIOC規則を変えてみせる!。たとえ無理でも今のIOCにもの申さずにはいられない」「今は無理でもいずれ俺達の行為がIOCを変えると信じる」「IOC委員共は北京五輪も認めた中国の犬野郎だ」とか言うかと思ったらIOCにはさっさと白旗を掲げるそうです。まあ、掲げていいですけど。

しかしメディアを含む日本人がそれに従う義務はない。そこで五輪開幕以前の段階で、たとえば日本のテレビ局が「チャイニーズタイペイ」と台湾代表を呼ぶならば、それに対して訂正を要求する行動を起こしたい。

IOCが「チャイニーズタイペイ」と呼んでるのならそう呼んで何の問題があるんでしょうか?。むしろ無理に別の名前で呼ぶと混乱を招かないか?

台湾の方々にも、二度と「中華台北」(チャイニーズタイペイ)と自称するなとお願いしたい。

 余計なお世話です。何様のつもりか。こういうことは部外者の日本人が口出す事じゃない。

二〇二〇は台湾が国際社会に向けて声を発する又とない機会

何がどう「またとない機会」なんですかね。まあ、「俺達ほど台湾のことを思ってて、俺達ほど台湾の為に動いてて、そして大きな成果を上げた者はない。東京五輪が決まって好都合!」と根拠レスで思ってるんでしょうけど。

私は「共産中国」が「非共産中国」に変わっても、「台湾は中国の一部」との宣伝は停止しないと思っている。

まあ、そりゃそうでしょうね。でその場合も引き続き「永山とそのお仲間」は「台湾独立万歳」とか言い続けるんでしょうか?


■総連、会館任意売買できず 予定通り10月入札へ (統一日報記事) 
http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=01038
 まあ、前も書いたんですが「アンチ朝鮮総連の人が落札して出て行けと言い出す」というのはやめてほしいですね。もちろん朝鮮総連シンパというか、朝鮮総連に「民族団体」としての価値を認めれば当然ながら「出て行け」なんて結論には成りませんが、別にそういう立場でなくてもまともな人間なら「出て行け」なんて態度を望まないでしょう。北朝鮮大使館が存在しない以上、「日本で最も信用できる交渉ルート」は朝鮮総連だからです。「朝鮮総連を潰そう」と主張する三浦のようなバカウヨは潰した後交渉をどうする気なんでしょうか。朝鮮総連に代わる団体ないし個人をパイプに交渉するしかないでしょうが、そういう状態が望ましいとはとても思えませんね。そんな羽目になるくらいなら「潰す」なんて馬鹿げた考えは辞めるべきでしょう。
 無力な小生には何もできることはないわけですが、以前書いたように「総連が本部機能を置き続けられること」を希望しています。前回も最福寺の動きなど全く予想がつかなかったわけですが、今回も何がどうなるのかよくわかりません。
 最悪「建物老朽化で三宅坂を去った社民党」のように立ち退くという形になっても何とか頑張ってほしいと思いますし、支援運動的なものがあるのならば小生も些少ながら、つまり数千円程度の端金になるでしょうが寄付したいとは思います。
 三浦の紹介する統一日報記事や三浦のアホ文章にも突っ込んでみましょう。

前回と同じく総連側が分割払いを提示したことが一因という見方もあるが、総連との交渉には応じないという姿勢を貫いたのが最大の理由と見られている。

 実際どうかはわかりませんが「はなから交渉する気はない」というのでは「ウヨにこびへつらった政治的弾圧、無法な総連潰し」と批判されても仕方がないでしょう。
 小生は「分割払いでいいじゃん」と思いますけどね。

総連が退去にあたってトラブルになる可能性が高いことから、態度を決めかねている業者もある。

 俺だったらこんな政治的物件には手を出さない。「総連を何としても守りたい」あるいは逆に三浦のように「何としても総連を潰したい」という政治的な思惑でもあれば別でしょうが、政治的物件に下手に手を出して厄介ごと(総連との対応だけではなく場合によっては右翼の街宣が自社に来かねないとか)になるくらいだったら、いくらでも優良な不動産はあるでしょう。

基本的には、あそこはさら地にして

 三浦という男は何でこうバカなんですかね。更地にするのにいくら金がかかると思ってるのか。普通はビルを更地になんかしないわけです。


北朝鮮人権情報センターニュース(48)著名な作曲家金ヨンハン、張成沢*24を誹謗*25して公開処刑
http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=01037

 金ヨンハンは同僚たちとの賭博の席で‘張成沢はヒロイン商売もするそうだ’と失言して逮捕される。張成沢により死刑執行が命令され、(中略)公開処刑された。

 公開死刑*26はともかく政府要人を誹謗中傷すれば処罰されること自体は当然でしょう。「表現の自由」ってのは「名誉毀損の自由」「誹謗中傷、デマ垂れ流しの自由」じゃないですから。
 それとも「ヒロイン商売」が事実だという根拠があるのか?
 なお、「ヒロイン」ってのは「ヘロイン」の誤記でしょう。本当か知りませんけど、「北朝鮮覚醒剤ビジネスやってる」って悪口雑言を三浦のようなウヨはよく言ってますし、発言が「ヒロイン商売(女性アイドルビジネス?)」だったら処罰対象にはならんでしょう。
 思わず「ヒロイン商売って秋元康のAKB商法かよ!」と突っ込んでしまいました。いずれ訂正するでしょうけど。


北朝鮮人権情報センターニュース(47)金チョルナム、金日成、正日の肖像画を公衆の面前で焼いて拘禁される 
http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=01036
 小生はこういう行為は是非はともかく、「表現の自由」として認めるべきで処罰対象になどすべきでないと思いますが三浦のようなウヨがこういう話を躊躇なくサイトに載せていいのか?
 日本左派の中には抗議の意志として日の丸や天皇写真を燃やしたりする人が時たまいますが、そういうのを認める覚悟はあるのか?。戦前の日本で「天皇批判目的でご真影を焼いたりしたら」確実に警察に引っ張られたでしょうがそれを三浦はどう思うのか?。
 まさか「天皇写真や日の丸を燃やすのは認めないが、金日成写真は燃やして構わない」なんて馬鹿な事は言わないでしょうね?


北朝鮮人権情報センターニュース(45)徐(ソ)ヨンボムの妻と3人の子たち、食糧配給の不足から家で餓死
http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=01034
 何だかな。餓死させていいとは言いませんが、こういう話は発展途上国では珍しくないでしょう。
 それに日本だって生活保護の不備などで餓死した人は過去にいるわけです。
 「殴る蹴るなど、故意に虐待して死なせる」のと「過失(失政)で死なせる」のとではだいぶ違うでしょうに。

*1:映画「終戦のエンペラー」の主人公。GHQの将校

*2:現人神とかそういう話?

*3:著書『徹底検証・昭和天皇「独白録」』(共著、1991年、大月書店)、『昭和天皇終戦史』(1992年、岩波新書

*4:著書『東京裁判論』(1989年、大月書店)、『徹底検証・昭和天皇「独白録」』(共著、1991年、大月書店)、『東京裁判への道(上・下)』(2007年、講談社選書メチエ→2013年、講談社学術文庫

*5:永井和氏のこと。著書『青年君主昭和天皇と元老西園寺』(2003年、京都大学学術出版会)

*6:ウヨの三浦が褒めると「二百三高地」「連合艦隊」を見る気なくなるが、見てないので、意見は一応保留しておく

*7:社民党が「社民的」といえるかどうか小生は疑問に思っています。ま、社民的であったとしても党勢が共産より弱いって問題もありますけどね

*8:政策ではない

*9:もちろん、「日中戦争がなければ蒋介石中国共産党を打倒できた」とは言えませんが「日中戦争共産党打倒作戦に支障が生じたこと」は事実です。

*10:ちなみに読んだ方はタイトルの意味がわかるでしょうが、「731部隊はあまりにもおぞましい行為をしていたので離職者を減らすため他と比べ職員の待遇が良く、食事も贅沢だった」と言う意味です。そういう状況を森村氏は「悪魔の飽食」と表現したわけです。

*11:ロシアの作家。1970年ノーベル文学賞受賞者。代表作『収容所群島』(邦訳:新潮文庫)、『イワン・デニーソヴィチの一日』(邦訳:新潮文庫他)

*12:1925年のノーベル文学賞受賞者。日本では映画「マイ・フェア・レディ」の原案者として知られる

*13:穏健左派。英国労働党の源流の一つ

*14:米国大統領

*15:ソ連人民委員会議長

*16:米国大統領

*17:ソ連共産党書記長

*18:なぜかそれまではソ連幻想と言ってたのにわざわざ言い換えている

*19:まあ、彼らに限りませんが無知な小生が知ってるのが彼らぐらいなんで

*20:外相、国防相を歴任

*21:ゴスプラン(ソ連国家計画委員会)副議長、ソ連重工業省次官などを歴任。1937年に銃殺

*22:そのトロツキーも結局は暗殺されました

*23:党書記長、委員長、議長を歴任

*24:北朝鮮国防委員会副委員長、朝鮮労働党行政部長。妻・金敬姫は故・金正日氏(北朝鮮国防委員会委員長朝鮮労働党総書記、朝鮮人民軍最高司令官)の実妹

*25:ここは守る会的には「誹謗」でなくて「批判」と書くべきじゃないんですかね?。「誹謗」、つまり「事実じゃないデマ中傷」と守る会も認識してるって事ですか?

*26:死刑容認論者でも公開死刑を支持する人は先ずいないでしょう。