私が今までに読んだ本の紹介:森雅裕「推理小説常習犯」(2003年4月刊行、講談社+α文庫)(追記あり)

・著者はミステリ作家。『画狂人ラプソディ』で横溝正史賞(現・横溝正史ミステリ大賞)佳作、『モーツァルトは子守歌を歌わない』で江戸川乱歩賞を受賞。
・本書は、1996年にKKベストセラーズより刊行された物を文庫化したもの(文庫化に当たり加筆訂正が成されている)。著者のミステリエッセイ集なのだが、講談社(乱歩賞の主催者)や角川書店(横溝賞の主催者)への皮肉混じりの悪口(多少オブラートにくるんではあるが)が延々続くのが面白い(悪口を面白がる下司な性格ですいません。なお、私は著者の本はまだこれ1冊しか読んでいない)。「著者は寡作作家の上、バカ売れするタイプの作家でもないため、編集から疎んじられる→プライドの高い著者は我慢ならず喧嘩になる→講談社角川書店と完全に断交状態」ということらしい。もちろんつきあいのある出版社もあるわけだが。
(まあ、小学館での雷句誠の例のトラブル(アレは漫画だが)とか考えると編集の側にも問題があるのだろうが。著者によれば、売れているときは著者が恥ずかしくなるほどのおべっかが編集から炸裂していたそうだから,その反動で余計腹が立つらしい)
・ちなみに著者の本には私家版(非売品の自費出版。後に商業出版にのった物もいくつかあるらしい)が結構ある。私家版を出すプロってのも珍しいと思う。
・なお、著者は同業者からは、「編集の悪口なんか書いても何のメリットもないのに」と言われているらしい。著者曰く編集に不満を感じている作家は少なくないらしい。
・しかしこの「講談社+α文庫」はミステリ部門とは直接関係ないとは言え自社(講談社)への悪口が書いてある本をよく文庫にするよな。ある意味、著者は講談社の元・担当編集に勝ったのかもしれないな。
・いくつか悪口やブラックな発言を引用してみよう。

p30
金目当てで小説を志すなら、粗製濫造するべきである。

p31
京都を舞台にした推理小説、特にタイトルに「京都」と入るようなものも出版社が尻込みする。これはある有力者(私注:故・山村美紗?)の専売特許が成立しているのだ。別の舞台を選ぶべし。

p95
”殿”は同輩以下に対するやや見下した言い方である(私注:本当にそうか?)。(中略)もっとも、僕も気に入らない人物には”殿”で手紙を出す。

p121
(私注:乱歩賞受賞の取材で)『週刊Y』(私注:今はこの世にない「週刊読売」のこと?)では行ったこともない土地の出身にされてしまった。数年後、この『週刊Y』から芸大出身者の特集で、取材申し込みがあった時、「本誌は信頼性の高い週刊誌ですから、御迷惑はおかけしません」といわれたが、お断りした。

p170
 作家志望者へいうべき言葉がある。
「考え直しなさいっ!」
(中略)
 中井英夫さん*1にしても、晩年は年収四、五〇万と言う悲惨さだったと聞く。僕も似たようなものだ。

p172−173
どういう訳か、編集者は「あの作家は終わった」とか「もうじき消える」という科白を好んで口にする。
(中略)
いずれも、僕が優等生だった頃には、「森サンは天才です」とか「私はすばらしい才能に出会いました」とか(中略)高級レストランへ(私注:接待で)誘ってくれた編集者たちである。

p174
出版社にもいろんな事情があるだろう。
(中略)
だが、そこでの対応に人間性が表れるのではないか。

p176
小説作法より編集者作法の本が必要なのではないか。

p178
僕なんか、京橋の某出版社(私注:中央公論社?)から、徒歩五分の距離にあった旧都庁への取材も同行してもらえず、音羽の某出版社(私注:講談社?)から電車と徒歩を含めて二十分のところに住んでいても、なかなか来てもらえなかった。

p196
ミステリー作家風俗事典
「溺れる犬は死ぬまで叩け」
 某大手出版社上層部が発令した森雅裕への対応。

p212
ミステリー作家風俗事典
「喧嘩」
 文筆家と編集者の喧嘩はよくあることではあるが、よほどの売れっ子でもない限り干されて生活苦に陥るのは文筆家である。
(中略)
 こういう人種と争うのは、時間と神経の浪費である。

p213
ミステリー作家風俗事典
「原爆」
 日本の作家が名作をモノするための最終兵器。原爆体験を書いたものに駄作はない(そうである)。

井伏鱒二(黒い雨)とかに恨みでもあるの?(ミステリ関係ないじゃん)。どうせミステリ作家の俺は趣味でしか本を書いてないよ、社会に貢献してないよって言うひがみ?

p232
ミステリー作家風俗事典
「新潮社」
 絶版にするのがわりと早く、二年半くらいで見限られる。
(中略)
そして、絶版を著者に通達してくれる唯一の出版社である。感謝すべきなのかどうか、わからない。売れっ子作家に破廉恥な媚を売らないほとんど唯一の出版社だという噂である。

p237
ミステリー作家風俗事典
「醍醐の花見」
 新潮社を除く編集者が京都に集合して、大宴会を挙行すること。くわしい内容に触れるのはミステリー界のタブーである。

p269
ミステリー作家風俗事典
「編集者」
 担当作家をけなした書評や悪口を報告し、作家が怒るのを見て喜ぶ習癖を持つ人種。

p292−293
フォローしておかねばなるまい。文芸担当の編集者にも、優秀で誠意ある人材はいらっしゃる。また、僕には冷酷な面を見せる編集者も、よそでは善人として信頼されていることも有り得る。
(中略)
それまでも僕は否定しない。(「あとがき」から)

【追記】

http://web.archive.org/web/20100406195204/http://gendai.net/articles/view/geino/120572
 46歳までは作家として何とかやってきたけど、乱歩賞をもらってからの数年、何百万円かの年収があっただけで、それ以降は200万円にも届かない、年収百数十万円がやっとでした。
 新刊は年に1冊か2冊のペースで出してました。でも、編集者からの依頼がだんだん減ってきて、最後は完全に干されてるって感じでしたね。自分は生きるか死ぬかの思いで書いてるのに、原稿に勝手に手をいれ、タイトルまで変えてしまう。それに対してこっちが訂正を求めるってかたちで、担当編集者とぶつかることがけっこうあった。で、アイツは生意気だってなり、それが業界に広まったんじゃないかと推測してます。まあ、本が売れなかったのが一番の理由かもしれませんが。
 99年に本を出してからはコンビニでバイトをやった08年3月から09年4月までの期間を除いて、確定申告は数万円ですね。1カ月5万円の家賃を100万円滞納して、知り合いに500万から600万円の借金が今でも残ってるけど、振り返ってみると、光熱費だって月2、3万円くらいはかかるし、当然食費もある。それをいったいどうやって稼いできたのか。ある新聞社にいる友人から書評の仕事が回ってきて、毎月でないにしても月5万円、それが5年続いたのはすごく助かりました。でも、ずっと貧乏にあえいでた記憶ばかりで、他にどんな仕事をしたのか、よく覚えてないんです。
(中略)
 コンビニでの1年間でさまざまな人間と関わり、それを「高砂コンビニ奮闘記」(成甲書房)って本にまとめて、先月出版しました。これ、21世紀になって出した初めての本です。
 今は本の印税を前借りしたから、経済的な苦しさはさほど感じてません。だけど、2、3カ月先のことはまったくわからない。このトシで新しい働き口を見つけるのはほぼ絶望的で、将来のことを考えると不安でたまらなくなります。
 どうにも首が回らなくなったら、17、18年前から作ってる刀の鍔(つば)や小刀を友人に格安で売って、その場をしのぐことになるんでしょうか。大学(東京芸大)で日本画を勉強して、もともと刀装具に興味があったんです。
 ただ、それをやると友人に迷惑をかけるかもしれない。貧乏でつらいのは食べ物がないこととかじゃないんです。信頼してる友人を失うのが一番つらい。そのことが身にしみてわかってるので、友人に頼ることにはものすごくためらいがあるんです。

http://homepage2.nifty.com/HIPROJECT/cool1.html
 その寡作ぶりと生来の生真面目さから起きた出版社との仲たがいのせいで、著作は限られているものの、一部に熱狂的なファンを持つ……自分もその一人である。
(中略)
 この人の作品を「殺人事件がないじゃないか!」とか「推理トリックがないじゃないか!」なんていうことは、ただの野暮ってもんである。

*1:『虚無への供物』で知られるミステリー界の有名人だが、売れ線の作品を大量生産する類の人じゃないからなあ。