今日のしんぶん赤旗紹介(1/24分)

 普天間問題についての赤嶺政賢議員の質問の一部紹介。基地被害をなくすため、今日の名護市長選で移設反対派が勝利すればいいと思うが、過去、賛成派が勝利していることを考えると結果は分からない。
 言うまでもないことだが「勝利したからと言って、政府があいまいな態度である以上油断は出来ない」「敗北したからと言って、移設が支持されたわけでも、決まったわけでもない」と言うことは指摘しておきたい。

【1/25追記】
ネットニュース(朝日、読売、毎日)によると、民主、共産、社民、国民新党沖縄社会大衆党が擁立した新人の稲嶺進氏(もちろん移設反対派)が当選したというので、ひとまず喜びたい。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik09/2010-01-24/2010012404_01_0.html
普天間問題 赤嶺議員の質問
基地無条件撤去こそ解決の道
沖縄県民の総意受け止めよ
衆院予算委

赤嶺:
 私は、今日は沖縄・米軍普天間基地の問題について聞いていきます。
 普天間基地は、沖縄県宜野湾市にあるアメリ海兵隊の航空基地です。市のど真ん中に位置し、市民はその周辺を取り囲むようにして生活することを余儀なくされております。
 米軍ヘリや空中給油機、戦闘機が日常的にその上空を旋回し、訓練を行っており、危険極まりない基地であります。
 日米両政府は、1995年に起きた米兵による少女暴行事件、これに抗議して開かれた沖縄県民大会を契機に、普天間基地の返還に合意をしました。ところが、普天間基地に代わる新たな基地を、沖縄県内に建設することが条件とされました。13年以上が経過したいまなお、返還は実現しておりません。普天間基地の危険性は放置され、2004年には、普天間基地所属の大型のヘリが、沖縄国際大学に墜落、炎上いたしました。
 こうしたもとで、鳩山政権が昨年9月発足いたしました。この間、普天間基地の嘉手納基地への統合をはじめ、さまざまな「移転」先が取りざたされてきましたが、解決の見通しは立っていません。アメリカは現行計画通り名護市辺野古への「移設」を強く求めており、袋小路に陥っております。
 私はいま、普天間基地問題の原点に立ち返るべきだと思います。総理にうかがいますが、そもそも、普天間基地をはじめ沖縄の米軍基地はどのように形成されたという認識をお持ちでしょうか。

委員長:
 北沢(俊美・防衛)大臣。

赤嶺:
 総理の認識を聞いているんですよ。

北沢防衛相:
 経過は私のほうからご説明をさせていただきます。赤嶺委員もすでに国会で何度かこの件についてご発言をされておられます。おっしゃるとおり、昭和20年の4月に米軍が上陸してきて、北上する部隊と南下する部隊がありまして、南下する部隊が来て、この宜野湾市のところへ本土空襲のための飛行場を建設したという経過でありますが、私どもはこの問題を一日も早く解決するということで、官房長官がヘッドになってただいま真剣に討議をして、5月をめどに解決をしていきたいと思っている次第であります。

赤嶺:
 総理がまったくお答えになっていないですから、ちょっと私のほうからも経過を説明して、さらに総理の認識もうかがいたいと思いますけれども、沖縄の米軍基地は、まず、住民の理解を得てつくったものではないということであります。住民の土地を強奪してつくったものです。(中略)
 私は沖縄の米軍基地は、こうした不法、不当な土地取り上げによってつくられたと、このように認識しておりますが、総理の認識はいかがですか。

鳩山由紀夫首相:
 いま、赤嶺委員がお話をされましたように、とくに普天間の基地に関して申し上げれば、先ほども北沢大臣からお話がありましたけれども、もう昭和20年、まだ戦争が終わらないうちに、この、民有地を含めて、米軍が接収をして、そしてその上につくったものだと、そのように理解をしております。
 それだけに、沖縄の県民のみなさまがたにとって、普天間の基地、いろいろな事件もあったわけでありますし、事故もあったわけでありますが、この経緯というものもありますだけに、普天間の基地は早く取り返してもらいたいという思いを強く持っておられるんだと思います。
 そのことを前提にしながら、また普天間を移設する先が、沖縄のなかかという思いも、多くの県民のみなさま方に共有するお気持ちではないかと。だからこそ、これだけ長い時間がかかってしまっているということも理解をしていくなかで、普天間の基地の移設先というものを、われわれとしても、5月の末までに時間をかけますけれども、最終的にしっかりと沖縄県民のみなさんのご理解もいただくなかで、決めてまいりたい。

赤嶺:
 こういう土地の強奪というのは、当時の国際法にも違反する行為であります。戦争法においても、最低限守るべき基準を定めたハーグ陸戦法規は、占領下における略奪や私有財産の没収を禁止しております。
 ですから普天間基地は、いま総理の認識の説明を受けましたが、生まれながらにして、国際法違反の基地であります。
 こうしてつくられた米軍基地によって、戦後65年間、県民は耐え難い苦しみを背負わされてきました。戦闘機の墜落、爆音、演習による原野火災、流弾、米兵による殺人、暴行など、基地あるがゆえに起こるさまざまの被害や、そして沖縄に生まれ育ったものにとっては生涯忘れることのできない多くの悲劇を経験してきました。
 私が小学校に入学した年には、由美子ちゃん事件という、6歳の少女が米兵に拉致され、嘉手納基地内で暴行された揚げ句に殺され、米軍のゴミ捨て場に捨てられるという痛ましい事件が起こりました。
 さらに小学校6年のときには、当時の石川市・宮森小学校に嘉手納基地の戦闘機が墜落しました。パイロットは脱出装置で逃げる一方、機体は学校に突っ込んで、児童を含む17名が死亡し、多数の負傷者を出しました。
 高校の入学の前には、青信号のときに横断歩道を渡っていた中学生の国場(こくば)君、いまでも名前を忘れることはできません。その国場君が、米兵の車両にひき殺されながら、犯人の米兵は軍法会議で無罪になり、何のとがめも受けずに、本国に帰りました。大学に入学したら、ベトナム戦争に出撃のために飛び立ったB52爆撃機が嘉手納基地の滑走路の端に墜落をいたしました。
 米軍による直接占領下、事件、事故は繰り返され、県民は虫けらのように扱われてきました。総理、普天間基地だけが例外的に無法に取り上げられて基地を形成したわけではないんです。こういうやり方で沖縄全体の米軍基地がつくり上げられてきた、こういう事件が繰り返されてきた、そして、県民は共通の、忘れられない悲劇をいま胸に秘めながら、基地問題を考えている。このことについて総理はどのように認識されますか。

首相:
 いま、赤嶺委員から、切々としたこの沖縄県民の思い、あまりにも多くの悲劇がその米軍の基地によって起きてしまっているという現実のお話をうかがいました。赤嶺委員のみならず、沖縄の多くの県民のみなさま方が感じておられることだと、そのように思っております。
 したがって、このようなことが決して繰り返されないような状況をつくっていかなければならない。一方で、日本もいわゆる安全保障という立場、状況を踏まえて考えたときに、米軍の存在というものを現在必要としているという状況のなかで、どのような解決策があるかということを、知恵を絞らなければならないことはいうまでもありませんが、そういうなかで、いま赤嶺委員からお話があった、さまざまな悲劇が繰り返されないような、そんな環境をできるかぎりつくりあげていくのが政府の使命だと、そのように考えております。

赤嶺:
 米軍は圧政下のもと、当時の小学生、中学生に、米軍の統治、民政がいかに県民に役立つものであるかと(宣伝していました)。(米軍が出していた雑誌『守礼の光』を掲げながら)このなかにはですね、「極東の平和と安全保障を考えるのであれば、沖縄県民は日本に復帰することなど考えてはいけない」、このように書いてあるんですよ。こういう雑誌によって、祖国に帰ることさえ安全保障の名前で、われわれは押さえつけられてきたんです。
 そして1972年、沖縄県が祖国に復帰をいたしました。祖国復帰にかけた県民の思いはどういうものであったか。
 きょう私は、当時学生(旧東京教育大学)時代に私自身が使っていたパスポートを持ってまいりました。資料としてお手元に配布しております。このパスポートの中にですね、「琉球住民赤嶺政賢は、日本へ旅行するものであることを証明する」「琉球列島高等弁務官」、このように書いております。私が大学の授業が始まって、本土に戻ってきたときには、「日本国への帰国を証する」。日本国への帰国だったんです。故郷の沖縄から東京へ戻るときは。東京から故郷へ戻るときは「日本国からの出国を証する」。つまり沖縄は外国だったんですね。米国の施政下にありますから。
 この私にパスポートを発行した琉球列島高等弁務官というのはどういう立場の人かといいますと、琉球列島米国民政府の最高責任者で絶大な権力をもって県民に君臨をしておりました。当時、琉球立法院という、県議会のような議会がありました。定例日の開会日にだけ正面玄関が開くんです。何のためか。この高等弁務官沖縄県民にメッセージを送るために。そして沖縄県民から選ばれた琉球立法院の議員は高等弁務官のメッセージを聞かなければいけない。
 その神聖な県民の代表である立法院で、米軍の高等弁務官のメッセージという行動をやめさせるために、沖縄県民は激しいたたかいをやりました。「県民の上に君臨するな」というたたかいでありました。すべては軍事が優先されていたんです。高等弁務官は現役の軍人であり、アメリカ本国の国防総省から任命されていたんです。だから県民は軍事優先の無権利状態でした。
 平和憲法がある日本に復帰を果たしたら、当然米軍基地はなくなる、少なくとも米軍基地は縮小される、このように思っていました。ところが、基地の島、沖縄の現実は何も変わらなかったわけです。憲法の上に安保があったからです。ですから、あの米軍の直接占領下に起きたようなことがいまでも繰り返されている。
 95年に、総理もよくご存じの、米軍による少女暴行事件が起きました。そのときに沖縄県民はあの由美子ちゃん事件を思い出していたんです。04年に沖縄国際大学にヘリが墜落しました。そのときに沖縄県民は宮森小学校への戦闘機墜落事件を思い起こしていました。
 こんな不条理なことが復帰後のいまでも繰り返されている。復帰のときに政府は沖縄県民に、「いまからは沖縄の米軍基地も安保条約のもとに置かれますから、日本の防衛のために使われるんですから、アメリカの勝手な基地の使い方は改善されると思います。当然、基地も整理・縮小します」といって、71年の沖縄国会では沖縄の基地の整理・縮小決議もあげたんです。そういう期待も持っていたんです。
 ところが日米安保優先の自公政権のもとで、県民の声は押しつぶされてまいりました。
 県民の声にこたえる政治ではありませんでした。政権は交代したんです。そして、政権が代わったいまだからこそ、政府の当初の約束どおり、米軍基地の縮小・撤去、ここに取り組むべきではありませんか。

首相:
 いま、るる沖縄の県民の思い、歴史的な変遷、その中での米軍の基地の在り方のお話をしていただきました。そして、パスポートまで見せていただきました。日本に、本土に復帰をされた沖縄の県民のみなさまがたの思いを感じるときに、当然のことながら、米軍の存在の在り方というものを非常に真剣に考えなければいけないことは、いうまでもないことだと思っております。
 そしてその文脈の中で、いま普天間の移設先が求められているということも事実だと思っております。私はだからこそ、赤嶺議員のお話などにも耳を傾けさせていただいているところでございますが、沖縄の県民のみなさまがたの大変な今日までつらさ、思いというものを斟酌していく中で、将来的にどのような米軍の再編、日米安保の在り方というものを考えるという中で結論を見いだしていきたいと思っております。

赤嶺:
 総理、私、県民の思いを歴史的にのべたつもりです。県民の思いを受け止める立場に立てば、沖縄の米軍基地問題は縮小・撤去に取り組むべきだと、そいういうことを申し上げたわけです。
 それで少し具体的にいまの問題について質問していきたいと思います。この鳩山内閣辺野古に代わる新たな「移転」先を5月までにと検討しているわけですが、岡田外相は普天間基地の嘉手納基地への統合を検証対象にあげられました。外相は沖縄を訪問し、嘉手納町長や北谷町長や沖縄市長らとこの問題で会談をしてきましたが、地元の首長さんは何とおっしゃっていましたか。

岡田克也外相:
 私は昨年11月と12月、2度沖縄を訪問いたしました。嘉手納飛行場、それから、嘉手納町の役所を訪問しまして、町長あるいは市長とお会いさせていただきました。2人の町長、沖縄市長がいわれたことは、騒音の問題の厳しさ、そういうなかで嘉手納への移転は、反対であるといわれたわけであります。
 私が申し上げたことは、今のような騒音、それをさらに増やすような解決策はないと。したがって、嘉手納統合ということであれば、今よりも騒音が減るような、つまり嘉手納の機能の一部をほかに移転するということとセットでないとそれは答えにならないと、申し上げたところであります。

赤嶺:
 嘉手納の機能の一部をほかに「移転」して、負担の軽減の見通しはつくと、そういうお話が嘉手納町長からありましたか。

外相:
 嘉手納統合の話というのは、当時、その可能性について検証を行ったところですが、いま、あらためて官房長官のもとで、検討委員会が設けられ、ゼロベースで議論しているところでありますので、あんまり嘉手納統合の話をここで詳しくのべるのは必ずしも適切でないと思います。ただ、嘉手納町長からは機能を移転するということは現実的でないと、そういう見通しを託されました。

赤嶺:
 機能「移転」を考えるほうが、沖縄の米軍基地問題の本質を認識していないことのあらわれだと思うんですよ。嘉手納基地の訓練は「移転」しても、なお騒音は増えているわけです。
 嘉手納町長のお話ですと、嘉手納基地の周辺に広大な訓練空域があり、訓練海域があり、実弾の射爆撃場があると。使い勝手の良い米軍基地のインフラがこれだけ整っているところで、一部訓練を「移転」しても、空いてるなら使わせてくれといってどんどんやってくると。こんな使い勝手のいい米軍基地で、一部の訓練機能を「移転」したからといって、負担が減るわけがないと、こうおっしゃっていたんですよ。
 私は嘉手納町長にもお会いしましたし、嘉手納基地統合案反対の町民大会にも参加をしてきました。普天間基地を嘉手納に統合して負担が軽減するというのは妄言だと、そのようにおっしゃっていました。鳩山首相は、嘉手納統合案についてはどんな認識をお持ちでしょうか。

首相:
 さきほど、岡田外相が話されたように、普天間の移設先を決めるに当たって、官房長官を長とする委員会をつくっておりまして、そのなかで、ゼロベースで検討することにいたしております。いま、私の口から、どこがいいとか悪いとか、具体的なことを申し上げるのは差し控えさせていただきたいと思っておりますが、いずれにしても、沖縄の県民のみなさんにとってトータルで負担が軽減されたと思うような形でなければ、解決はありえないものだと考えております。

赤嶺:
 これまで、嘉手納統合案について外務大臣とも、何度か論戦をかわしてきましたが、そのときも率直に私の意見を申し上げましたけれども、嘉手納統合案を出してきた瞬間、鳩山内閣は沖縄基地問題の深刻さを理解してないなという不信の感情が広がりました。これは沖縄の地元にいって、岡田外務大臣もひしひしと感じられたことだと思います。
 ところが、官房長官を責任者とする検討委員会で、その後も県内「移設」が取りざたされているわけです。宮古島市下地島、あるいは伊江島、これらが選択肢にあげられ、沖縄を訪問した平野官房長官が上空から視察をしたわけです。
 下地島は、民間航空機のパイロットを養成するための飛行場がある場所です。本土復帰を前にした71年に当時の琉球政府の屋良主席と政府との間で覚書が交わされ、軍事利用はしないことで合意している場所です。(中略)
 今日は屋良主席との覚書も持ってまいりましたけれども、そういう場所なんです。(中略)
 下地島伊江島も、普天間基地の「移設」に反対する議会の抗議決議が採択されました。
 結局、県内のどこにも新たな基地をつくる場所などないという、こういうことじゃありませんでしょうか。こういう沖縄の現実を総理は直視すべきではありませんか。ゼロベースというと、沖縄も対象になっているという話になりますから、沖縄の現実を直視すべきだと、このように思いますけれども、いかがですか。

首相:
 当然、沖縄の県民のみなさまの思い、現実というものを大切にしていきたいと思います。
 5月末ということでありますから、あと4カ月ということになります。その間に沖縄の県民のみなさんにも、理解のある解決をしなければならないということであります。

赤嶺:
 新たな「移転」先を探そうとしても、狭い島に新たな基地をつくる場所はないんです。
 結局、(名護市)辺野古に戻ってくるのではないかというのが県民の不安であります。
 鳩山総理自身が12月上旬に、年内決着を先送りするとのべたさいに、記者団から新基地建設は白紙に戻ったのかと問われたのにたいして、当然、生きていると述べられました。
 辺野古ジュゴンがすみ、その餌である海草(うみくさ)、藻場が広がり、世界最大規模のサンゴ群落や貴重な動植物の発見が相次ぐなど、沖縄の自然環境保全指針でもランク1に位置づけられた地域であり、美ら海(ちゅらうみ)であります。「移転」先探しは必ず行き詰まると、私はこのように考えています。また、私だけでなく、だから13年間、普天間は動かなかったということがいえます。この問題を解決するためには「移設」条件つきではなくて、普天間基地の無条件撤去しかない、そうではありませんか。

外相:
 この問題、議論のスタートは現在の普天間基地の危険な状況を除去しなければならない、ここから始まっているわけであります。除去するために普天間の機能をどこかに移さなければならない。私は沖縄を訪れまして、確かに基地が非常に多いということは実感をいたしました。しかし同時に、米軍基地があって、その抑止力によって日本の安全が保たれているということもそのときに感じたわけでございます。
 すべて日本からなくしてしまうという前提に立ちますと、その米軍基地が果たしている日本の安全を確保するための抑止力というものが失われてしまうということになりますので、そこはやや前提が委員とは違うと。米軍基地が日本からないことが望ましいと、そういう前提におそらく立っておられると思いますが、われわれはそういう前提には立っていないということは申し上げなければならないと思っております。

赤嶺:
 私の意見をいってるんじゃないですよ。(昨年)11月8日の県民大会のときにも、県内移設に反対し、即時無条件返還を普天間基地については求めると。これは別に基地問題の認識の違いではないですよ。だいたいですね、沖縄に降りて広大な米軍基地を見て、ああこれが日本を守っている抑止力かと、こんなふうに考えるほうがおかしいじゃありませんか。この米軍基地のもとで虫けらのように扱われた沖縄県民の歴史に思いをはせるべきではありませんか。なんで抑止力ですか。抑止力、抑止力といって、これが沖縄県民に65年間米軍基地を押し付けてきた、米軍基地がちっとも減らない論理だ。
 地元の沖縄タイムス琉球新報も書きました。1月1日付の琉球新報では、“軍の論理よりも民の尊厳を”と、こういうことなんですよ。いま、普天間基地の即時無条件撤去を求めているのは、あの米兵の犠牲になった少女の事件を契機に、県民が共通に要求していることですよ。
 私は安保条約を廃棄して、日本の米軍基地は全部撤去すべきだと、そういう考えを持っています。しかしいま沖縄県民が要求しているのはそのことではありません。民の尊厳が、人間の尊厳があまりにも米軍基地によって、軍事優先の論理によって押さえつけられてきた。この事態を、いま民主党政権になったんだから、米軍再編の見直しもいってるんだから、それは自公政権にはできなかったことだからやるべきじゃないか。
 総理は野党時代の05年7月、「沖縄等米軍基地問題議員懇談会」の会長として沖縄を訪問されました。辺野古の海、嘉手納基地、普天間基地、そして金武町伊芸区の都市型戦闘訓練施設などを調査をいたしました。私もご一緒させていただきました。伊芸区では調査現場で住民との懇談もおこなわれました。そのとき、お年寄りのみなさんが鳩山代表の足元にひざまずいて、実弾射撃訓練の中止を強く訴えました。そのときのことを覚えていらっしゃいますか。

首相:
 赤嶺委員とともに、この沖縄の米軍基地等の問題を研究する勉強会で、実弾射撃場のところまで参ったことはよく覚えております。

赤嶺:
 総理は当時、沖縄から戻ってこられて、本会議で、県民の声を十分聞いてただちに実弾射撃訓練を中止するよう政府に求めておられました。そしてこの普天間基地問題については、「代替施設なき返還をアメリカに求めるべきだ」と、当時の小泉首相に迫っておりました。政権についた今こそ、この主張、実行に移すべきではありませんか。

首相:
 私もかつてそのような思いを持ったと思います。ただ、やはり現実の中でこの米軍の存在、これは先ほど、岡田外務大臣が抑止力と申したのは、抑止力のために米軍基地が沖縄に存在しなきゃならんということを申したわけでは必ずしもありません。しかし、日本のどこかにおいてその米軍が存在するということの必要性はわれわれも感じているところでありまして、そういうなかで今、普天間基地の移設先を真剣に考えていかなければならないという発想の中で、政府として行動いたしております。

赤嶺:
 普天間基地の代替施設なき返還を野党時代に求めていたということはお認めになったわけですが、あの時も沖縄県民には自公政権が盛んに「抑止力だ」「抑止力だ」といっていましたよ。そういう中で、鳩山総理は小泉首相に向かって、「あなた方は抑止力の維持強化で沖縄の基地を強化しようとしてるんじゃないか」と厳しい追及をおこなっているんですよ。沖縄の立場に立てば代替施設なき返還を求めなきゃいけないと、当時の小泉首相に迫ってるんですよ。
 あの時と今と何が違うんですか。国際情勢の変化があるんですか。何が違うから代替施設なき返還を求める立場から離れていくんですか。今こそあの立場で頑張るべきじゃないんですか。

首相:
 私は今、まさに現実の中で、それこそ一日も早く普天間基地が返還されることを期待をしているわけでありまして、そのなかで現実的にそれをどうすれば実現できるか、それを考えているところでございます。代替の基地がなくてできるかという思いもありましたが、この米軍との交渉をかんがみたときに、それは現実的に不可能だと。だとすれば、どのようにすれば現実に普天間の基地ができるだけ早く返還されるかということを求めるべきではないか、そのように思っておりまして、そのなかで解決策を講じてまいりたい。

赤嶺:
 総理、きょうの議論の始まりの時から、沖縄県民の思いについて受け止めておられるかと、このように考えておりましたが、やっぱり肝心要の問題の核心に近づくにつれ、アメリカとの日米合意を持ち出してくる。沖縄県民の気持ちも大事、日米合意も大事、そういう総理の言い方についてですね、私の周辺では主権国家、日本の総理であれば、アメリカと沖縄のどちらをとるかといわれたら、両立できないわけですから、これは沖縄県民、日本国民の立場に立って、そして野党時代に求めていた代替施設なき返還、これをちゃんと求めたらどうですか。

首相:
 だからこそ私どもは、平野官房長官のもとで、連立与党3党が協力をしていきながら、一日も早く普天間基地の移設が認められるように、そしてトータルとして沖縄の県民に対して、負担が軽減される道を模索して解決策をつくり出そうと努力しているところでありまして、ぜひ赤嶺委員にもご協力を願いたいと思います。

赤嶺:
 私は、アメリカに無条件撤去を求めるという立場に総理が立てば、大いに後押しをしていく、沖縄県民と一緒にがんばっていくという立場であります。本土の五つの自衛隊基地に嘉手納の戦闘機の訓練が「移転」したけれども、嘉手納基地は結局ほかのところから訓練機がやってきて、騒音は増えた。総理と私がご一緒した金武町伊芸区も大変深刻な実態があの当時あったと思います。
 96年のSACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)合意のころに海兵隊の実弾砲撃訓練が本土に「移転」したんです。それで沖縄県民の負担は軽減されたのか。総理と私が行って、深刻な基地の被害の実情、見たように、変わらないんです。結局アメリカの軍事力、これを優先する立場に立てば、基地問題は解決しないんです。
 私たち日本共産党は、米軍基地が海外への遠征部隊として、横須賀や三沢や沖縄に置かれていると考えておりますが、沖縄の海兵隊は殴りこみ部隊じゃないですか。イラク戦争やアフガン戦争に出動している部隊じゃないですか。あの沖縄国際大学にヘリが墜落したときも、イラク戦争の準備のために展開中の事故じゃないですか。日本防衛のための事故じゃないですよ。日本防衛の任務を持っていないということをアメリカの政府高官はアメリカの議会で何度も言っているんですよ。抑止力という言葉で沖縄に軍事優先という立場を押し付けてほしくないと思います。
 私は、沖縄の基地問題、これはいかにして米軍基地の縮小・撤去を進めるかという問題です。ところがSACO合意以降、「移設」先探しの問題にすり替えられてきました。95年の県民大会で、当時、普天間高校3年生だった仲村清子さんはこのように訴えております。

 「このような痛ましい事件が起こったことで、沖縄は全国に訴えかけています。決してあきらめてはいけないと思います。私たちがここであきらめてしまうことは、次の悲しい出来事を生み出してしまうからです。いつまでも米兵におびえ、事故におびえ、危機にさらされながら生活を続けていくのは私はいやです。未来の自分の子どもたちにもこんな生活はさせたくありません。私たち子ども、女性に犠牲を強いるのはもうやめてください」「若い世代に新しい沖縄をスタートさせてほしい。沖縄を本当の意味で平和な島にしてほしいと願います。そのために私も一歩一歩行動していきたい。私たちに静かな沖縄を返してください。軍隊のない悲劇のない平和な島を返してください」

 これは95年の少女暴行事件に抗議して、8万5千人の県民が立ち上がった大会会場での訴えです。原点は、「基地のない静かな沖縄を返してほしい」であり、そこから普天間基地問題が大きな世論になっていったんです。ところが、「移設」条件付きだから、13年たっても放置され、いつまでも解決しない。「移設」条件付きをはずして、普天間基地の撤去を求めれば、これはたちまち解決をするわけです。この仲村清子さんの思いに対する総理の認識を聞かせてください。

外相:
 沖縄のみなさんが大変な負担のもとに、その重圧に苦しんでこられたことはわれわれ政治家として十分にふまえていかなければいけないと思っています。嘉手納の現状について、言及されましたが、嘉手納基地の騒音が決していい状態にない、解消していないということはわれわれも認識をしておりまして、その騒音の負担の軽減のために、日米間でしっかり話し合いをしたいと考えているところであります。委員が沖縄か米軍かといわれましたが、ここのところはそういう選択肢ではないと思います。沖縄の負担をいかに減らしながら、しかし日本全体としては日本の安全を米軍の抑止力のもとで維持していくことは重要でありますので、どうやって日本の安全を沖縄の負担を軽減しながら確保していくかと、そういう問題であって、沖縄か米軍かという選択肢の問題ではないと考えております。

赤嶺:
 沖縄復帰のときに、基地を減らしますと日本政府は約束したんです。復帰後も減ってなくてこういう事件が繰り返されているんです。返還をしますといったら「移設」先を探さなければいけないといって、この13年間、負担は何も軽減していないんです。今までの自公政権がやってきた同じ失敗を民主党政権も繰り返すんですか。鳩山総理が野党のころに、沖縄の基地の現状を私と一緒に見てきて、その結論として本会議場で、「代替施設なき返還」を求めた。この立場に立つことを繰り返し私は訴えたいと思います。
 97年の名護市民投票以来、県民は一貫して新基地建設に反対してきました。普天間基地の即時閉鎖撤去、辺野古への新基地建設と県内移設反対が県民の総意であります。(昨年)11月8日にも2万1千人が参加して県民大会が開かれ、そのことを改めて示しました。
 総理は県民の総意を正面から受け止めて、県内たらいまわしをやめ、本腰を入れて、普天間基地撤去の対米交渉を始めるべきであります。
 いま沖縄で起こっていることは、対等な日米関係ではありません。世界に対して大国と自任するアメリカであれば、絶対にやってはいけない非人道的な蛮行、犯罪、これを繰り返しております。
 アメリカも大事、沖縄も大事、こういう立場に立ったら問題は解決しない。主権国家の総理として、県民の立場、国民の立場に立ってこの問題の解決に当たるよう強く求めて私の質問を終わります。