新刊紹介:朱宗恒「植民地近代化論批判」(光陽出版社)(追記・訂正あり)

・著者は韓国の歴史学者(左派?)。
・批判の対象となっているのは韓国の歴史学者・安秉直と、安といくつかの共同研究を行っている日本の歴史学者中村哲である。一部それ以外の批判もあるがメインは安・中村批判だ。
(安と中村の共著として「朝鮮近代の歴史像」(1988年、日本評論社)、「近代朝鮮工業化の研究」(1993年、日本評論社)がある)
・著者によれば、安はニューライト財団理事長、ハンナラ党(現・政権与党)付属研究所理事長である。李明博大統領のブレーンの一人と言われ、韓国右派(いわゆるニューライト)を代表するイデオローグだという。つまり、安の言行への賛否はともかく、彼は単なる歴史学者ではなく、明らかに政治活動家として動いていると言うことである。
・著者は、安の「植民地期朝鮮経済」についての認識について、「植民地化の正当化」「藤岡信勝ら『つくる会』グループと何が違うのか」として厳しく非難している。この主張が正しいかどうかは、この本一冊だけでは何とも言えないように思うので、機会があったらこの問題について他の本もできれば読んでみたいとは思う(あまり難しくない奴が良いのだが)。
 少しググった限りでは、次のような本があるようだ。
 【いわゆるニューライトの本】
 李栄薫「大韓民国の物語」(2009年、文藝春秋社)
 【ニューライトに批判的な立場の本】
 許粹烈「植民地朝鮮の開発と民衆」(2008年、明石書店

・いずれにせよ、日本の右派がよく言う「日本植民地統治について、韓国の認識が一枚岩であるかのような主張」は明らかに間違いだろう。
・また、安が日本の朝鮮植民地化に付いて著者より好意的だとしても、その尻馬に乗るような恥ずかしいことは日本人として止めるべきだろう。おそらく、安は日本の朝鮮経済に対する影響について多少、好意的に過ぎないのであって、さすがに「つくる会」と全く一緒ではないだろう(もちろん、安の主張がどれほど正しいかという問題もあるが)。
・それにしても、右派なのに、「韓国植民地化正当化論」を唱えてると非難されてるってのが意外。逆の非難(右派特有のナショナリズムから日本を叩きすぎ)ならわかるのだが。やはり、朴正煕(日本の陸軍士官学校卒)のように韓国右派の多くがいわゆる「親日派」出身だからだろうか?。それとも冷戦下で岸信介などの日本極右と共闘せざるを得なかったからか?
・なお、植民地期朝鮮経済の評価はともかく、安や安に代表されるニューライトの政治的発言は本書の指摘が事実ならひどすぎると思う(こういうひどいことを言う人だと歴史学の内容も疑いたくなるが)。いくつか本書から紹介。

p20
 ここ数日の間、安秉直教授が記者会見を通して、とんでもないことを言い放った。
 (中略)
 彼は、日本帝国主義の韓国植民地統治時代に、総督府が日本軍の従軍慰安婦のハルモニたちを強制して引っ張っていったのではなく、お金を稼ぐために身体を売った女たちだったと卑下した。

あんた従軍慰安婦研究の専門家じゃないだろ、と小一時間(以下略)。
軍の強制がなければOK(実際には明らかに強制的なケースもあったわけだが)という考えも何だかなあ(絶句)

p22
 平澤の事態*1を心配する非常時局会議に出席した軍事評論家のチ・マンウォン氏は「光州の時のように、平澤のデモ隊に軍が発砲すべきだった」と語った*2
 保守団体の本質を、はっきりと見せてくれた発言だ。アメリカのためなら、自国民に向けて発砲も辞すべきではないというのが、これら保守右翼などの考えであり、チ・マンウォン氏の発言も決して偶然ではない。

 日本版ウィキペディアを信じる限り、「チ・マンウォン(池萬元)氏」はまともな人ではなさそう。
 以下、ウィキペディアの紹介する彼の主張。

反日独立運動家の金九は現代版に解釈すればウサマ・ビンラディンのような人間であり、国を経営できる人間ではない。←金九は統一国家建設を唱え、南部単独建国でも構わないという李承晩(韓国初代大統領)と対立したためこういうヒドイ言われ方をされたようだ(ただし、金九は別に共産主義者だったわけではない)。金九は右派によって不幸にも暗殺される。
 なお、金九は韓国では左右問わず一般には高く評価されており、ここまでdisる人は普通いないそうだ。著者も金九を評価している。
日本大使館前で毎週水曜に行われている抗議集会に参加する元慰安婦の女性たちは偽者である。←名誉毀損だろ!
・韓国軍の中には(北朝鮮の)「スパイ」や「パルチザン」がうようよしている。新しい粛軍作業をやるべき時点を迎えている。←北朝鮮の謀略能力スゲー(棒読み)

【2010年5/1追記】
アメリカのためなら、自国民に向けて発砲も辞すべきではないというのが、これら保守右翼などの考え」。
 奇遇ですねえ。日本の右翼にもそう言う「媚米派」「従米派」は沢山いますよ。鳩山政権も「アメリカのためなら、沖縄との「基地県外移設」という公約を破ることも辞すべきではない」と言う考えのようです。

p23
 安秉直教授は、盧武鉉大統領が日本の首相の靖国神社参拝と教科書の歪曲行為*3など、軍国主義復活の動きに警告したことを、「与太者」と非難した。
 独島(竹島)に関しては、「黙っていても我々の土地*4なのに、何でもめごとを起こすのか」と非難した*5
 日本の極右派の「産経新聞」は、彼の言行をトップ記事で大きく報道した。日本の極右が言いたいことを、韓国の著名な学者が代わりに主張してくれたわけで、(私注.日本極右にとって)どれほど痛快なことか。

 この記述が事実なら、安秉直教授は産経のような日本極右に、李登輝(台湾の植民地化賛美)とかパール判事(東京裁判は無罪)とかみたいな扱い(台湾や韓国、インドに俺たちと同意見の人間がいる!)をされてるわけですね。

p26
 ニューライトの人たちは6・15共同声明*6の破棄を主張して、対北との交流、協力と共存共栄を追求してきた金大中盧武鉉前・現職大統領*7を左翼(共産主義者)と罵倒してきた。

融和外交、ハト派外交唱えただけで左翼扱いされちゃたまらないですな。


【2010年2/28追記】
「ニューライト」関係でググったら、面白い物が見つかったのでいくつか紹介。

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=97843&servcode=100§code=110
中央日報・2008.3.25社説】右派歴史教科書も問題だ


 ニューライト団体“教科書フォーラム”が22日に発行した『韓国近現代史』代案教科書が問題となっている。*8日帝の植民地支配に対し「経済成長により世界史的に近代文明が輸入された」とし、5・16クーデター*9に対しては「一世代にわたる近代化革命の出発点となった」と肯定的に評価した。我々はこのような歴史認識に深刻な誤りがあると思う。韓民族を銃刀で抑圧した植民統治を近代文明の出発と見るとか、民主主義と人権を否定した独裁政治は隠されて近代化の功労のみを引き立たせるようにしてはいけないと信じているからだ。均衡意識を失うからである。代案教科書の歴史認識は近代化の達成を他の価値より優位に残す視覚を通しているという点で偏狭だ。
 学校教育の目標は憲法の基本理念である自由・民主・人権という普遍的価値を教え、成熟した市民を育てることにある。代案教科書の視覚はこのような目標とは距離がある。執筆陣の中に韓国史は別として、史学専攻者が1人もいないという点でも普遍的視覚の欠如が想像できる。それにもかかわらず、一部の知識人や学者たちが集まってこのような本を書かなければならなかった理由に我々は注目しなければならない。それは“誤った歴史は正さなければならない”という問題意識から出発した。現在、学校で使う“韓国近現代史”教科書の中の一部の内容は、親北朝鮮左派偏向で、大韓民国の伝統性まで否定しているという批判を受ける。一例として大韓民国の建国に対し「南韓だけの政府が立てられ、統一民族国家樹立には失敗した」というように叙述している*10。セマウル運動*11は「朴正煕政権の維新体制*12を正当化するのに利用された」とし、千里馬(チョンリマ)運動*13に対しては「1950年代後半と60年代全般にわたって社会主義経済建設に大きな役割を果たした」と甘い点数を与えている。
 教科書フォーラムはこれに対立して右派的視覚で近現代史を見ようという趣旨から代案教科書を作ったのだが、また別の偏向された視覚を提供しただけだ。一方が左派民族主義検定教科書ならもう一方は近代化至上主義代案教科書だ。(以下略)

 保守寄り、政府寄りと言われる韓国三大紙の一つ・中央日報(なお、他の2つは東亜日報朝鮮日報)が右寄りというのだから、ニューライトの右傾ぶりは相当の物なのだろう。
中道左派、左派系の新聞としては韓国日報、京郷新聞、ハンギョレがある。三大紙と違ってインターネット日本語版がないので読めないけど)


島田洋一ブログ「韓国人による優れた慰安婦論」
http://island.iza.ne.jp/blog/entry/253192/
西岡力ドットコム「慰安婦問題で日本が主張すべき論点」
http://tnishioka.iza.ne.jp/blog/entry/2682935/


 島田や西岡も安のことを「従軍慰安婦違法性否定論者」と評価している。その点ではこの本の著者・朱と評価は一致している。
 違うのは島田や西岡が「その通り、ありがとう、安氏」と大喜びしているのに対し、朱は「吉見義明氏など日韓のまともな近現代史学者はそんな見解をとっていない。安がまともな歴史学者ならそんな見解に達するとは思えない。反共主義など政治的観点から、故意に島田や西岡ら日本右翼に媚びているとしか思えない」と安を酷評し、安をブレーンの一人とする(2012現在は「過去にブレーンにしていた」かもしれないが)ハンナラ党(現・セヌリ党)を「安のような歴史修正主義者をブレーンにするとは日本の植民地支配をまともに考えているのか」と非難しているところだ。まあ、俺も朱同様、安を批判せざるをえないね。

*1:沖縄で起こったような大規模な米軍反対デモのこと

*2:光州事件を正当化するなんてバカじゃねーの?。それに、機動隊で鎮圧ならまだしも、軍が市民相手に発砲なんかしたら国内外の批判で政権が倒れるだろ!

*3:つくる会」歴史教科書の検定合格のことだろう

*4:「韓国軍が実効支配してるぜ!」ってこと?

*5:さすがに親日派の安教授でも「日本の領土かもしれない」と言わないところが興味深い

*6:金大中・韓国大統領と、金正日北朝鮮国防委員長との間に結ばれた合意文書

*7:このページの文章の初出は2007年

*8:既存の教科書を左翼呼ばわりして作った教科書が右翼呼ばわりされるってモロ「つくる会」のパクリじゃん(笑い)

*9:朴正煕が実権を握った軍事クーデター

*10:実際その通りだと思うが?。「ソ連北朝鮮側は統一国家を作る意思があったが、米国、韓国側のせいで」云々と書いたら嘘になるが、そんなことは書いてないんでしょ?。統一国家建設が可能だったかどうかはもはや価値観の問題であり、どうこう言うのはいかがな物か。まさか統一国家じゃないから全く無価値とまでは書いてないのだろうし。

*11:朴正煕が千里馬運動に対抗して行った地域開発運動。「セマウル」は「新しい村」と言う意味

*12:いわゆる開発独裁体制の一種

*13:北朝鮮が行った地域開発運動。千里馬とは一日に千里を走る伝説上の馬のことで、その千里馬の勢いにあやかろうと命名した