新刊紹介:「歴史評論」7月号

歴史評論」7月号(特集「60年安保から半世紀」)の全体の内容については「歴史科学協議会」のサイトを参照ください。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/rekihyo/

 ここでは私にとって興味のある文章のみ紹介します。

■「安保闘争の戦後保守政治への刻印」(渡辺治
(内容要約)
安保闘争による岸退陣は、保守層が明文改憲のようなタカ派路線をあきらめるという点で大きな意味があった。しかし、保守層は革新陣営の望んだ平和主義路線(自民党内においてはこうした路線の最左派は宇都宮徳馬だろう)に移行したわけではなかった。また、タカ派自民党内において少数派となったが消えてなくなったわけではなかった(したがって、自民党内外のタカ派批判が弱まると安倍晋三内閣のようなタカ派内閣が登場することになる)。一方そうした保守政権から革新陣営は政権を奪うだけの力を持たなかった。安保闘争にはそうしたプラス面と限界があった。
・現在の安保は、日米共同軍事作戦(集団的自衛権行使)が公然と出来るわけではないという意味で、タカ派にとって望ましい状況ではないが、アメリカの侵略戦争イラク戦争など)に米軍基地が使われているという意味で左派にとっても望ましい状況ではない。そうした意味でどちらの立場においても安保体制の変革が求められている。
・こうした安保体制の二面性(左派にとって望ましいものではないが右派にとっても望ましいものでない)の指摘は重要だろう。密約問題についても、筆者は「密約を左派が止めることが出来なかった」という点とともに「公然たる条約にすることは左派(もちろん穏健右派も密約には否定的だったが)によって阻止された」と言う面に注意すべきとしている。


■「日本社会党安保闘争」(岡田一郎)
(内容要約)
・はっきり言ってタイトルに偽りあり。「安保闘争において何故社会党執行部は西尾末広*1一派を事実上追放(西尾らは離党し民社党を結成)し、共産と共闘したのか」等と言ったことは書かれておらず、この論文の主たるテーマは安保闘争とはあまり関係ない。安保特集号で何故こういう文章を載せるかな(苦笑)
・筆者は何故社会党が衰退したのかというみんなが大好きなネタをテーマにしている。
・文章を一部引用。

 筆者は、別稿*2で(中略)社会党の衰退要因を(中略)共産党をモデルにした多数の党員を要する中央集権的かつ強力な党組織をめざしたことに求めている。

・以前紹介した歴史的転換失敗説(石川真澄*3・安東仁兵衛*4説)とも、社会的基盤不在説(渡辺治*5新川敏光*6説)とも組織・運動説(五十嵐仁*7説)とも違う独自の説のようだ。党建設に失敗したという部分と、歴史的転換失敗説に賛同していないという部分だけ見ると五十嵐説に近いようにも見えるが。もちろん私は五十嵐ファンなので五十嵐説支持だ。
・筆者の理解ではそうした間違った方向に向かうきっかけとなったのが安保闘争であった。五十嵐「戦後政治の実像」p90も指摘していることだが、安保闘争は初期においては「条約の説明が厄介」「外交問題なので生活に密接に関わっているようには思われない」等の理由から「運動は低調」であり、「総評の幹部はいつもぼやいて」いた。状況が大きく変わったのはもちろん左派の努力もあるが岸*8の自滅(強行採決)である。
・こうした状況を打開するためには強大な党建設が必要、と社会党は考えたが、その党建設理論が間違っていたと筆者は言いたいらしい(何故間違っていたと思うのか、どこが間違っていたと思うのか私にはさっぱり不明だったが。著書を読めば少しは分かるのか?)。
・こうした党組織建設についての誤った考えは協会派のみならず構造改革派や江田派にもあった。つまり、構造改革派や江田*9派も社会党衰退の戦犯の一人というのが結論のようだ。なお、筆者に寄れば、功刀俊洋*10、空井護は筆者と似た問題意識(江田派や構造改革派は美化されすぎていたのではないか?)による研究を行っているそうだ。
・率直に言ってそれほど説得力のある論文とも思えなかった。結論は「自民党みたいに政治家の個人後援会の育成に力を入れるべきだった」らしいからな。あまり支持者のいなさそうな結論だし、それって党建設理論か?。中央集権的な党建設は個人の自由の観点からよろしくないと言いたいのかも知れないが、代替案が議員後援会万歳じゃおかしいだろう。江田ファンで歴史的転換失敗説派らしいid:kojitaken氏がどう思うか、お知らせしておこう。出来れば一度読んで欲しいが。
・ちなみにこの論文には「牛乳三合論」と言う意味不明な言葉が出て来たのでググってみた。どうも池田勇人*11の所得倍増論に対抗して「俺たちなら池田より高成長を達成できる」「そうすれば国民一人が1日に牛乳三合(一合は180ミリリットル)飲める豊かな生活が出来る」と社会党が主張したらしい。民社党も「俺たちなら池田より高成長を達成できる」「俺たちに任せれば月収5万円(もちろん物価上昇があるので今の5万円とは価値が違うが)の豊かな生活が送れる」と宣伝したらしい。時代を感じさせるなあ(苦笑)。


■「「60年安保」と労働者の運動」(三宅明正)
(内容要約)
内容要約ではなく一点面白い記述があったので紹介。

日米間の「密約」について、2010年に日本の政府機関がようやくこれを認めたとする報道は少なくない。
しかし高等学校の歴史教科書「日本史A」(東京書籍)は、すでに2002年以降、沖縄返還に伴う核の密約の存在を記載し、文部科学省の検定を通過していた。(同書187ページ)
少なくとも機関としての文部科学大臣は、そのときから密約の存在を認めていたのである。

えっ、マジで?。「密約の存在などない」と言う検定意見がつきそうなものだが?。教科書原文とそのときのマスコミ報道とか見たいなあ。
もちろんだから民主党の調査行為は無意味だったと筆者は言っているのではなく何故そのような奇妙な事態が発生したのか考察すべきではないかと問題提起しているのである。


■「戦後歴史学と「国民」」(谷川道雄*12
(内容要約)
・岡田論文同様、安保特集号に載せるのが適当な論文とは全く思われない。
・歴史に詳しい方なら、タイトルで予想付いた方も多いと思うが、もっぱら論じられてるのはいわゆる「国民的歴史学運動」の話だからな。内容も「教条主義的なところが強かった」云々と取り立てて目新しくないし(既に網野善彦*13とかが指摘してると思うが)。あの運動を手放しで評価している左翼など今やどこにもいないだろう。
・安保とのつながりがよく分からないが、「国民的歴史学運動」で革新勢力は挫折し、「安保闘争」でも挫折したとか言いたいのかな?。話のつなげ方が強引だろう(苦笑)。しかも筆者は安保闘争を単なる敗北と捉えているようだが、そうした理解は渡辺論文と明らかに矛盾する。どういう編集方針なんだよ。
・しかも、「最近若者は本を読まない」云々という「俗流若者論」って批判される恐れのあるかなり問題のある記述まで存在するし。評価に困るな。


■歴史のひろば「韓国における西洋古代史研究―「韓国西洋史学会五〇周年記念」によせて―」(金悳洙(訳:高橋亮介))
(内容要約)
要約というか一点だけ面白そうなところを紹介。
バナール「黒いアテナ」(日本では藤原書店から「黒いアテナ」の書名で、新評論から「ブラックアテナ」の書名で翻訳書が出版されている)が韓国西洋古代史家の間で論争を産んだという部分。
批判派が金奉哲氏、金○(日の下に火)賢氏、肯定派が呉興植氏、崔磁英氏だそうだが、どうなんでしょうね?。日本の歴史学会ではどんな扱いがされてるのかしら、「黒いアテナ」。


■編集後記
文章を引用しコメント。

 「60年安保」から50年なんですね。私*14は5歳だったので、直接の記憶というのは、それほどありません。

普通そうですよね。5歳だけど記憶があると言っている人(安倍晋三元首相)もいるようですがそう言うのは珍しい。

歴史的大事件を個人として経験することはそうあることではないですね。

・そうですね。私の場合、「ソ連の崩壊」(1991年)が今のところ「個人として経験した最大の歴史的大事件」かな。別に親共とか反共の立場から思い入れがあったというのではなく、アメリカのライバル国があんなに簡単に崩壊するのかと。予想外でびっくりしましたね。
・まあ、直接経験したから正しく認識できるというわけではありません。しかも外国の事件の場合、経験したと言っても、大抵の日本人は同時代に生きていたに過ぎず、外国に住んでるわけではないので本当の意味で経験したとは言えません。
・しかし自分の経験したこと(例:ソ連崩壊)を直接には経験していない世代がいるというのを考えると自分もおっさんになったと憂鬱になります。ソ連崩壊後に生まれた子供がもう高校生ですか。ああ。

*1:社会党書記長(片山委員長時代)、片山内閣官房長官、芦田内閣副総理、民社党委員長などを歴任

*2:筆者の著書「日本社会党」(2005年、新時代社)のこと

*3:著書『戦後政治史』(1995年、岩波新書)、『人物戦後政治:私の出会った政治家たち』(2009年、岩波現代文庫)など

*4:著書『戦後左翼の四十年』(1987年、現代の理論社)、『日本社会党社会民主主義』(1994年、現代の理論社)など

*5:著書『現代日本の支配構造分析』(1988年、花伝社)、『戦後政治史の中の天皇制』(1990年、青木書店)、『企業支配と国家』(1991年、青木書店)、『政治改革と憲法改正』(1994年、青木書店)、『日本の大国化とネオ・ナショナリズムの形成:天皇ナショナリズムの模索と隘路』(2001年、桜井書店)など

*6:著書『日本型福祉の政治経済学』(1993年、三一書房)、『戦後日本政治と社会民主主義社会党・総評ブロックの興亡』(1999年、法律文化社)、『日本型福祉レジームの発展と変容』(2005年、ミネルヴァ書房)など

*7:個人サイト(http://igajin.blog.so-net.ne.jp/)。著書『政党政治労働組合運動』(1998年、御茶の水書房)、『戦後政治の実像』(2003年、小学館)、『労働政策』(2008年、日本経済評論社)、『労働再規制』(2008年、ちくま新書)など

*8:自民党幹事長、石橋内閣外相を経て首相

*9:社会党書記長、社民連委員長を歴任

*10:著書『戦後地方政治の出発:1946年の市長公選運動』(1999年、敬文堂)、『戦後型地方政治の成立:労農提携型知事選挙の展開』(2005年、敬文堂)

*11:吉田、石橋内閣蔵相、岸内閣通産相などを経て首相

*12:著書『隋唐世界帝国の形成』(2008年、講談社学術文庫)など

*13:著書『異形の王権』(1993年、平凡社ライブラリー)、『無縁・公界・楽:日本中世の自由と平和』(1996年、平凡社ライブラリー)、『蒙古襲来』(2000年、小学館文庫)、『中世の非人と遊女』(2005年、講談社学術文庫)など

*14:筆者である歴史学者・近藤成一氏