今日のMSN産経ニュース(10/30分)

国士舘で学部祭中止に 欠けた日の丸のポスターとシンポジウムへの批判受け
http://sankei.jp.msn.com/life/news/111030/edc11103001200000-n1.htm
既にはてブでも突っ込みが入りまくっていますし、俺もブクマで突っ込みましたが改めて突っ込みます。

学部祭実行委員長の原田信男教授は「さまざまな意見が寄せられており、混乱を避けたいという判断から、残念だが中止を決めた。国旗を侮辱する意図はなく、あと1ピース頑張れば3国が連携できるという意味だった。シンポジウムの前には、日本人研究者の講演も予定していた」と説明している。

・原田教授の「非難されるいわれはないと思う」と言う主張は全く正論だと思います。
まあ、中止しないで欲しかったんですが、「実行すると殺す」と言う脅しでも来たんでしょうか。それとも学長とか上層部サイドから止めなさいという圧力でもあったんでしょうか。
原田教授は、氏のサイトに寄れば

1974年:明治大学文学部卒業
1983年:明治大学大学院文学研究科単位取得満期退学
1987年:札幌大学女子短期大学部専任講師となり、翌年助教授、91年から教授(2002年3月まで)。
2002年:国士舘大学21世紀アジア学部教授

ということなので「国士舘のウヨな空気が読めなかった外様の先生」なのでしょう。
ウィキペ「国士舘」を見れば分かりますが、創立者・柴田徳次郎はウヨ活動家で国士舘も、もともとは若手ウヨ活動家を育成するための教育機関です。何せ創立時の顧問の一人が頭山満(右翼結社玄洋社総帥)ですから。ブクマで『「国士」館』とからかってる人がいますが、マジであの学校はもともとは「国士養成学校」だったわけです。
今時そんな右翼チックなことを書いても親御さんや高校生にどん引きされるだけなので、大学サイトの「沿革」にはそんな事は書いてありませんが。
・今後は国士舘は「教員は国士舘卒からのみ採用」「入学試験で入学希望者の愛国心の有無を確かめる」ようにすれば教員も学生もウヨしかいなくなりこういう問題も起きなくなるのではないでしょうか。
もちろん留学生なんか受け入れないと(毒)
・原田氏の専門分野は日本史(食文化史)なので普通の人間以上に氏には日本への愛情というか興味があると思うのですがね。だって興味がなければ専門分野にしないでしょう。

日本大の百地章教授(憲法学)は「国民の国旗に対する意識の表れが法制度にも出ている。今回は国旗そのものを傷つけたわけではないが、自国、他国を問わず尊重するのが国際常識で、不適切に扱う風潮を防ぐため、国旗損壊に対する刑法を整えるべきだ」と指摘している。

今回のケースは国旗損壊がどうこう言う話じゃないでしょうに。既にブクマで指摘がありますがそう言うバカなことを言ってると「義務化されてるときは仕方ないがそれ以外はウヨにああだこうだ言われてもめ事になるのが嫌だから国旗なんか扱わない」と言う風潮が出来るだけでしょうに。
大体そんな因縁をつけるのならブクマでも指摘がありますが「韓国国旗の黒い斜め線が全部入ってない、侮辱だ!」「中国国旗の星が全部入ってない、侮辱だ!」(産経記事の画像は見にくいんですが、ぱっと見、黒い線も星も全部は入ってないと思います)とか何でも言えてしまいますが?
そのうち産経は「運動会の古くなった万国旗の日の丸を燃やしただけ」で国旗損壊とか言い出しかねないな(もちろん古くなった国旗を廃棄処分することは損壊じゃありません。万国旗が国旗と言えるか自体疑問ではありますが)。

【追記】
ほとんどのブクマは産経批判ですが、一部「何故中国、韓国の人だけしか呼ばない」と言うブクマがあって苦笑。誰を呼ぶかなんてそれこそ自由じゃないですか?。アジア全部の国の人を呼ぶなんて出来るわけがないんだし。


立命館大教授・加地伸行 正しい国語を使いましょう
http://sankei.jp.msn.com/life/news/111030/edc11103003100001-n1.htm
 ブクマもつけたが改めて突っ込む。
 自分の家に来た広告の誤植にああだこうだ言ってますが産経の誤植の酷さをこの人知ってるんでしょうか?

イノベーションがどうの

イノベーション25戦略会議(http://www.kantei.go.jp/jp/innovation/index.html)なる代物が安倍首相の時代に誕生したこと(今はないですけど)はもちろん知ってますよね(毒)

日本語と国語とは違う。

確かに違います。日本語という場合は「外国人が日本語を使う場合」に使うことが多いですな。外国人にとって日本語は自国語じゃありませんから。あとは「日本語の、英語と比較した場合の特徴は〜」と言う風に、他の言語と比較するときは日本語と書かざるを得ないでしょう。
一方「日本人が日本語を使う場合」は「国語」と言うことが多い。どっちにしろどうでもいい話です。「国語の方が、日本人が使う日本語の方が高級」といいたげですがただの国粋主義で下らなさすぎでしょう。

もののあはれ」という国語を理解し感受できる外国人は絶無に近いことであろう。

どうですかね。理解できる外国人もいれば、理解できない日本人もいるでしょう。現代的な生活ではあまり「もののあはれ」って実感しませんからね。「もののあはれ」が分からない奴は、たとえ先祖代々日本生まれ、日本育ちで日本国籍であっても外国人も同然で日本語使いであっても国語使いじゃないというなら、「もののあはれ」がよく分からない俺はそれで結構です。

参考

もののあはれ(ウィキペ参照)
 平安時代の王朝文学を知る上で重要な文学的・美的理念の一つ。折に触れ、目に見、耳に聞くものごとに触発されて生ずる、しみじみとした情趣や哀愁。日常からかけ離れた物事(=もの)に出会った時に生ずる、心の底から「ああ(=あはれ)」と思う何とも言いがたい感情。
 江戸時代後期の国学者本居宣長が、著作『紫文要領』や『源氏物語玉の小櫛』において提唱し、その頂点が『源氏物語』であると規定した。