新刊紹介:「歴史評論」6月号

特集『第46回大会報告特集:世界史認識と東アジア3』
詳しくは歴史科学協議会のホームページをご覧ください。興味のある文章だけ紹介する。
http://www.maroon.dti.ne.jp/rekikakyo/


一日目報告「現代日本政治の岐路と東アジア」 
■「新段階に入った日本政治と東アジア―大連立*1、維新の会、新しい大衆運動―」(渡辺治*2
(内容要約)
・渡辺報告は昨年11月、つまり安倍政権成立や選挙結果が出る前の報告であり、「維新の怪」の躍進は当然、見込んでいないという限界はある(もちろん渡辺も「維新の怪」の一定の政治力は認めているが、さすがに野党第二党になるとまでは見ていない)。
 が、おおむね現在でも当てはまる正当な見方と言えると思う。渡辺も「安倍再登場」が持つ危険性をきちんと指摘している。
・渡辺は便宜的に「新自由主義改革」を「小泉時代まで(第一期)」「ポスト小泉政権から三党合意まで(第二期)」、「三党合意以降(第三期)」として分析している。
・第一期。消費税増税への反発で橋本内閣が崩壊、ポスト橋本である、小渕、森内閣が公共事業大盤振る舞いをするなどといった「新自由主義的でない政策」も時に見られたが、基本的には新自由主義に対する批判の弱かった時代と渡辺は見なす。
・第二期。格差問題が指摘されるようになり、自民党を批判した民主党が「国民の生活が第一」をスローガンに政権交代を実現する。しかし党内外の右派の抵抗から民主党は「新自由主義路線」を明確な形で撤回する事が出来ず、「菅のTPP参加論や消費税増税論」のように徐々に「新自由主義導入」の方向へ舵を切るようになる。しかしこうした「新自由主義路線」が完結するのは「三党合意」である。
・第三期。三党合意によって民主党は完全に新自由主義化の方向へ足を進めたと言える。今後こうした民主党の動きがどうなるかは選挙における民主党の得票や、他党(他の新自由主義的政党(自民、公明、みんな、維新)や反新自由主義的政党(共産、社民など))の得票によって決まるだろう。新自由主義批判の立場に立つ政治勢力の躍進が期待される(追記:維新の躍進と言う憂うべき結果が出たがこれを「地方選とは言え首都決戦でありその政治的影響力は小さくない6月の都議選」、「7月の参院選」などで少しでも反自由主義の側が巻き返しを図りたいところである)。
・なお、自民党や維新が新自由主義的なだけでなく「きわめて極右的でもあること(国家主義的であること)」をどう評価するかは今後の検討課題である。新自由主義の観点からは必ずしも極右的である必要はないからである。
・反新自由主義、反国家主義の運動の組織においては「従来の正規雇用中心の労組」にたよるだけではなく、より幅広い運動の組織化が必要であろう。また反国家主義の観点からは国家主義者が打倒対象と見なす中国、台湾、韓国、東南アジアなどの諸運動との連携も必要だろう。
・なお渡辺は「ポピュリズムと言う言葉を使わないのは何故か?」という会場の質問に対し橋下らをポピュリズムと呼ぶことが適切か疑問と思うからと回答している。渡辺においてはいわゆる「利益誘導型政治(ばらまき)」がポピュリズム大衆迎合)の重要な要素であり、そうした要素に乏しいと渡辺が見なす橋下らはポピュリズムとは呼びがたいと見ているようだ。この辺りは渡辺の意見に異論のある人もいるだろう。
 ただし「世界的にはポピュリズムはばらまき的要素があることが多い」という渡辺の指摘自体は重要だろう。
・渡辺はこの報告の後に、『安倍政権と日本政治の新段階:新自由主義・軍事大国化・改憲にどう対抗するか』(2013年、旬報社)を出版しているのでそれと読み比べることによって渡辺の主張に対する理解を深めることが出来るだろう。


■「現代沖縄民衆の歴史意識と主体性」(戸邉秀明)
(内容要約)
新崎盛暉、岡本恵徳らが中心となって、1993年に刊行され、今も刊行が続く雑誌『けーし風』の分析。うまくまとまりそうにないので筆者の「けーし風」分析の紹介は省略する。


二日目報告「伝統社会における貧民救済」
■「救済をめぐる公権力と地域社会―天保飢饉下の八戸藩」(菊池勇夫*3
(内容要約)
天保飢饉下の八戸藩で起こった稗三合一揆天保四年)とそれを引き起こす原因となった野村軍記の「稗買い上げ政策」の再評価。後の天保7,8年や天保9,10年の飢饉に置いて「藩の飢民救済が機能しなかったこと」を考えれば、野村の政策は一方的に非難することは出来ないのではないか、とする。ただし領民の理解を得られず一揆を引き起こし、野村が失脚したことによって藩が領民の反発を恐れて、一揆後は「飢民救済システム」が構築できなかったというマイナス面もあると評価する。


■「中国における「救荒史」研究をめぐって」(高橋孝助*4
(内容要約)
訒拓『中国救荒史』(1938年)や李向軍『清代荒政研究』(1995年)などを元に中国「救荒史(貧民救済史)」研究について論じる。

*1:この報告は選挙前に書かれていることに注意。渡辺は選挙結果によっては自民党民主党みんなの党、維新の怪を取り込んだ大連立をすることもあり得ると見ていたが、「自民党の大勝」「民主党の没落」「公明党が大連立に否定的なこと」もあって渡辺の予測は幸か不幸かはずれ、自公連立となった。

*2:著書『渡辺治政治学入門』(2012年、新日本出版社)、『安倍政権と日本政治の新段階:新自由主義・軍事大国化・改憲にどう対抗するか』(2013年、旬報社

*3:著書『近世の飢饉』(1997年、吉川弘文館)、『飢饉:飢えと食の日本史』(2000年、集英社新書)、『飢饉の社会史』(2000年、校倉書房)、『飢饉から読む近世社会』(2003年、校倉書房

*4:著書『飢饉と救済の社会史』(2006年、青木書店)