石上三登志「名探偵たちのユートピア」その4:江戸川乱歩と横溝正史

 石上本では第13章、第14章で乱歩と正史*1を扱っています。
 でまあ、石上氏はいろいろ言ってますが、言ってる事の一つは「正史はいわゆる本格推理作家・本格推理作家してるが乱歩はそうでもない」「乱歩というと、明智小五郎が持ち出されるが、乱歩にとって正史の金田一作品ほど明智作品は代表作とは言えない、たとえば代表作とされる『盲獣』『パノラマ島綺譚』などは明智作品じゃない」つうことですね。『パノラマ島』は明智は出ないものの探偵は出てきますが、『盲獣』にいたっては探偵なんか出てきません。
 でもこれって石上氏が指摘するまでもなく、まあ、みんな「口に出さなくても」「うまく言語化できなくても」「何となくは分かってること」だと思いますけど。
 たとえば晩年の乱歩作品は「ほとんど怪人20面相物」になってしまいますが、こうなると「フーダニット(誰がやったか)」「ホワイダニット(何故やったか)」が全く意味をなさなくなるわけです。
 「20面相が愉快犯でやってるんだろ」で終わってしまう。
 晩年作品は「毎回、毎回謎の怪人が、予告状を出して厳重な警戒をかいくぐって泥棒をする」「それについて警察やマスコミが『誰が何のためにどうやって』と大騒ぎ」ですが読んでるこっちからすれば「どうやったかはともかく、誰が何故かはわかりきってるだろ?」「20面相の愉快犯だろ?」と思ってしらけてしまう。実際「20面相の愉快犯」のわけですし。
 で「ハウダニット(どうやったか)」も晩年作品では「乱歩過去作品トリックの焼き直し」「海外有名作品トリックの焼き直し」が多くてそんなにオリジナリティがない(と思います)。横溝と違って全然「本格推理」チックじゃない。
 石上氏が言うように「晩年乱歩作品は完全に子ども向けになってしまった」「晩年の乱歩は大人にとっては『現役作家』というより『日本推理小説の開拓者(要するに現在における王・長島とか金田正一とか張本とか野球界のOBのような扱い)』という扱い」つうのはその通りでしょう。
 そういった乱歩と横溝の違いつうのは「ドラマ化作品」でも分かると思いますね。
 横溝の金田一作品つうのはたとえば「古谷一行金田一シリーズ(TBS)」なんか割と原作に忠実で本格推理チックです。
 一方乱歩作品。乱歩作品のドラマ化で一番有名なのは小生、「天知茂の美女シリーズ(テレビ朝日土曜ワイド劇場)」ではないかと思ってます。小生も実はあのシリーズが大好きですが。
 「1977〜天知が不幸にも死去する1985年」の8年間に「計25作(つまり年平均3作)」も作られた人気シリーズです。
 で、まあ、美女シリーズを見てて思うのは「推理小説としてトリックちゃちくねえか」「やたらエログロが多くねえか」「明らかに原作と全然違うのあるジャン、改変しすぎじゃね」つうことですが、これよく考えるともちろん「制作側の問題」もあるでしょうが「乱歩作品自体がトリックよりエログロや人間の愛憎*2の方がメイン」「原作通り作るとあまりにもエログロがすごすぎてとてもゴールデンタイムで放送できないし、原作は謎解きが必ずしもメインじゃないので2時間の謎解きドラマ化するには大幅に換骨奪胎せざるを得ない」てのもありますよね。
 たとえば乱歩作品に「蜘蛛男*3」「人間豹*4」なんてのがありますけど、これなんかメインとなってるのはどっちも「美女を誘拐して陵辱したあげくぶっ殺す連続殺人鬼」のほうですからね(ちょっとドラマ化しづらいネタです)。どちらも明智は一応登場しますが、明智の推理なんて本当に影が薄い。
 明智作品じゃないですけど「盲獣」なんてのは「盲人が延々猟奇殺人を繰り返す」なんて作品で全然本格推理じゃない(これもちょっとドラマ化しづらいネタです)。乱歩つうのはそう言う意味ではすごく異色な作家です。良く人気作家になったもんだと思います。
 後はいくつか「ネットで見つけた美女シリーズ」関係の記述についてコメントしてみます。

江戸川乱歩の美女シリーズ』(ウィキペ参照)
テレビ朝日系の2時間ドラマ「土曜ワイド劇場」(毎週土曜日21:00〜22:51)で1977年から1994年までの17年間放送されたドラマシリーズ。
天知茂明智に扮した1977年から死去する1985年まで25作品が制作され、その後、北大路欣也が2代目明智に扮し1986年から1990年まで6作品、西郷輝彦が3代目明智に扮し1992年と1994年に2作品が制作されており、作品数は全33作を数える。
・従来テレビでは子供向け作品の映像化が多かった江戸川乱歩作品を大人向け作品に絞って映像化し、女優のヌードシーン(主に入浴シーン。主演級の女優のヌードの多くは吹き替えとされる)を盛り込み、現代風にアレンジした。ほとんど原作の影をとどめていないオリジナル脚本同然の作品も少なくない。物語終盤の、変装の名人でもある名探偵・明智小五郎が変装を解くシーン(別俳優との入れ替えによる。)が恒例となっている。

まあ、ここに書いてることを見ても「乱歩作品は横溝作品とは違うこと」が分かるんじゃないかと思います。
 先ず第一に「美女シリーズがつくられるまでは子ども向けの少年探偵団作品がテレビの主流だった」ということ。美女シリーズ以前は乱歩はある意味「オワコン」だったわけです。
 第二に「天知シリーズは25作も作られてるのにその後は8作しか作られてない」ということ。まあこれは「天知シリーズが長期化して視聴者に飽きが出た」など、いろいろ理由があるでしょうが小生が思うにその理由の一つは「天知茂の気障なイメージがあまりにも乱歩の世界とマッチしてた」てのがあるんじゃないか。乱歩世界には独特のものがあると。
 あまりにヘンテコな世界なんでいかに「天知並みのイケメン俳優」でも「北大路欣也西郷輝彦といった普通の人(?)」がやると浮いちゃうのが乱歩世界なんだと思います。天知茂みたいに見てるこっちが恥ずかしくなるほど気障な演技の方がむしろマッチする。ただ天知的な気障演技はちょっと他の人には要求できないでしょう。
 第三に「毎回ヌードと、明智の変装シーンが売り」てこれもはや、ちょっと「本格物」とは言いがたいですよね。

http://plaza.rakuten.co.jp/bijo1980/diary/201501010000/
 DVDには、予告編も収録されている。ハイライトシーンに天知茂のナレーションが入る。
「私、天知茂、探偵の中の名探偵、明智小五郎、緻密にして大胆、冷酷にして頭脳的な殺人鬼の挑戦を受けて、あなたを怪奇とロマンの世界へお誘いします」

 思い切りセリフが気障ですよね。こういうのは「独特の雰囲気を持つ乱歩作品」で「独特の雰囲気を持つ天知茂」が言うから絵になるのであって「普通の作品で普通の俳優が言ったら」、「自分で名探偵て言うな!」「お誘いします、じゃねえよ!。気障で臭いんだよ!」てしらけてしまいます。

http://plaza.rakuten.co.jp/bijo1980/diary/201405270000/
 今回紹介するのは、第19弾、1982年10月23日放送の「湖底の美女」であります。
 原作の「湖畔亭事件」は、大正15年(1926年)に書かれた中編で、明智も出て来なければ、(注:蜘蛛男のような)強烈な殺人鬼キャラも出て来ない、かなりマイナーな作品で、読んだことのある人はあまりいないんじゃないかと思う*5。一応、本格ミステリーと言っていいと思うが、うーん、ちょっと説明しにくい作風なのだ。
(中略)
 個人的には割と好きなんだけど、万人にお勧めできると言うような感じでもない。微妙だ。
 しかし、この原作を使って2時間サスペンスを作れと言うのはかなりの難問で、自分が脚本家だったら荷物をまとめて故郷に帰りたくなるレベル。
 もっとも、出来上がったものは、原作の部分的なモチーフ、人名、舞台を流用しているだけで、オリジナル作品と言っても過言ではない。

 美女シリーズは本当にこういうのが多いです。「え、これをドラマ化するの?」的な。
 個人的には「無茶すぎるだろ」と思ったのは北大路版の「押絵と旅する男」美女シリーズ化(内容についてはたとえばhttp://plaza.rakuten.co.jp/bijo1980/diary/201210010002/参照)ですね。だって原作は明智作品じゃないし、殺人事件も起きないし。あげくドラマでは原作に引きずられて「予想もしなかった」オカルトチックなオチ(つうか落ちてると言えるか微妙)にしてしまってるので「おいおい」と思わざるを得ない。
 

*1:まあ横溝でもいいんですが。しかし横溝正史は横溝と呼んでも正史と呼んでも違和感感じませんが、乱歩は江戸川とはあまり言わない気がするな。

*2:原作でも「天知シリーズ」でも復讐話が多い様に思います。

*3:天知の美女シリーズでドラマ化していますが「兄妹の関係にある男女が復讐するって『悪魔の紋章』のドラマ化じゃねえか?!」と言いたくなるほど原作からかけ離れています。快楽猟奇殺人ではなく、復讐話にしてしまってますからね(つうか美女シリーズはほかにも原作は復讐話ではない『人間椅子』『影男』『湖畔邸事件』などを復讐話にしてしまったりやたら復讐話設定が多い)。しかも原作で犯人が『蜘蛛男』と呼ばれるのは「蜘蛛の網のように用意周到な罠を被害者に仕掛ける」と言う意味ですがドラマでは「毒蜘蛛で殺人するから」と言う設定になってしまっています(ちなみに『悪魔の紋章』も天知の美女シリーズでドラマ化されている)。

*4:原作があまりにもぶっ飛んだ設定だからか、天知美女シリーズではドラマ化されていません。

*5:ただし光文社から「江戸川乱歩全集」が出てるので一応全ての「乱歩作品」は読めるはずです。