新刊紹介:「歴史評論」5月号

★特集「高校世界史から市民の世界史へ」
・なお、詳しくは歴史科学協議会のホームページ(http://www.maroon.dti.ne.jp/rekikakyo/)をご覧ください。興味のあるモノ、「俺なりに内容をそれなりに理解し、要約できたモノ」のみ紹介する。

■「高大連携で取り組む歴史教育の総合的改善」(桃木至朗*1大阪大学歴史教育研究会)
(内容要約)
大阪大学歴史教育研究会*2の高大(高校・大学)連携の取り組みについての紹介。なお、桃木氏は、この取り組みの成果として桃木『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史』(2009年、大阪大学出版会)、大阪大学歴史教育研究会編『市民のための世界史』(2014年、大阪大学出版会)を紹介している。


■「「学生報告」という実験:福岡大学人文学部歴史学西洋史学生有志の一〇年」(星乃治彦*3
(内容要約)
 星野氏(福岡大学教授)による「学生報告の紹介」。星野氏は「学生報告の成果」として、福岡大学人文学部歴史学西洋史ゼミ編『学生が語る戦争・ジェンダー・地域』(2010年、法律文化社)、『地域が語る世界史』(2013年、法律文化社)を紹介している。


■「高校歴史教育の見直しと「歴史基礎」案」(久保亨*4
■「歴史的思考力の育成と高大連携」(油井大三郎*5
(内容要約)
 久保論文、油井論文ともに日本学術会議提言「再び歴史教育のあり方について」を論じている(論文の詳細は無能のため、うまくまとまらないので省略)。


■「李承晩*6・張勉*7政権の対東アジア*8経済外交:フィリピン、中華民国*9との貿易協定締結過程を中心に」(高賢来)
(内容要約)
・李政権、張政権の「経済外交」は従来、「対米経済外交」「対日経済外交」にスポットが当てられていた。
 それは「対日、対米以外の経済外交」が積極的に進展したのは「朴チョンヒ政権以降」だからである(また張政権は政権基盤が脆弱な上、朴の軍事クーデターで短期間で崩壊したことも張政権での「対米対日以外の経済外交」にスポットが当たってこなかった理由である)。
 しかし、「台湾やフィリピン(李政権及び張政権)」「タイや南ベトナム(張政権)」といった「日本、米国以外の国」への商品*10輸出が本格的にすすめられたのは「朴政権期」であるがそれ以前の李、張政権期から韓国政府は「そうした路線」を目指していたと筆者は指摘する。そうした路線が李、張政権期に具体化しなかった理由としては
1)張政権について言えば政権基盤が弱かったこと
2)当時の韓国の輸出産業がまだ脆弱で下手な経済条約を結ぶとかえって、「相手国からの韓国側の輸入超過による韓国の貿易赤字増大」というデメリットが拡大しかねないため、韓国政府が交渉にきわめて慎重な態度を取ったこと
があげられる。


■各地の資料ネットから9『和歌山県における資料保全活動の現在と歴史資料保全ネット・わかやま』(藤隆宏)
(内容要約)
 2011年(平成23年)のいわゆる紀伊半島大水害を契機に設立された「歴史資料保全ネット・わかやま」の活動紹介。


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山田朗*11『近代日本軍事力の研究』(2015年、校倉書房
(内容要約)
 価格1万円などというとんでもない代物なのでさすがに買わないと思いますが。
 以前読んだ山田氏の『昭和天皇の軍事思想と戦略』(2002年、校倉書房)が俺的に面白かったので、今回の新刊、図書館で借りて本格的に読むとか本屋で斜め読みするとかしようかと本気で思ってます。


■黒田日出男*12『「甲陽軍鑑」の史料論:武田信玄の国家構想』(2015年、校倉書房
(内容要約)
 「読んでも専門的すぎて多分わからねえだろうな」と思いながら「甲陽軍鑑」の四文字に心引かれるものがあります。まずはこの件についての朝日の某記事を紹介しましょう。

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200704040177.html
朝日新聞『真偽は?揺れる評価 山本勘助を記録した「甲陽軍鑑」』(2007年04月04日)
 NHKの大河ドラマ風林火山」で大活躍の軍師・山本勘助。実は、歴史学者の間で長く架空の人物とされてきた。勘助の活躍を記録した唯一の同時代史料とされる『甲陽軍鑑』が、江戸時代に編集された偽書・虚構とみられてきたからだ。だが10年ほど前から、原本は戦国時代に書かれた可能性が強まり、評価は揺れ動いている。
(中略)
 同書*13は、信玄の家臣、高坂弾正が残した記録を、江戸初期に甲州流軍学の祖、小幡景憲がまとめたとされる。だが明治時代に、歴史学の権威、田中義成・東京帝大教授が、出来事やその年月日に誤りが多く、小幡が様々な遺稿などをつなぎあわせて作りあげた可能性が強いとして、史書の価値はないと主張した。
 それが定説となり、以後、「偽書」「虚構」として扱われるように。
(中略)
 その結果、主に『軍鑑』に基づく出来事や人物の存在も疑われた。川中島合戦での信玄と上杉謙信の一騎打ちや、信玄が自らの死を隠し、諏訪湖に沈めるよう指示した遺言などだ。
 人物でいえば、山本勘助がその代表だ。一眼で手足が不自由ながら優れた戦術家という特異なキャラクターだが、ほかに確かな同時代文書がなく、架空の人物とみる研究者が多かった。
 1969年に、勘助の名が書かれた二つ目の同時代史料「市河(市川)文書」が発見され、実在の可能性は高まったが、怪しげな軍学の書という『軍鑑』への評価は変わらなかった。
(中略)
 そんななか国語学者酒井憲二さんが94年、『甲陽軍鑑大成』を刊行。現存する最古の写本を特定し、戦国時代特有の表現が使われていることを突き止めた。「戦国時代の日本語を、いわば言文一致で書き残した貴重な史料」と酒井さん。小幡景憲は原本を「正確に写し留めるのに心を砕いた」とも指摘。偽書説を否定した。
(中略)
 (注:酒井研究を受けて)明治以来の、権威や研究手法に縛られてきた歴史研究者の姿勢を問題視する声も現れ始めた。
 急先鋒(きゅうせんぽう)は、立正大教授の黒田日出男さん。黒田さんも(注:多くの先輩歴史学者同様)『軍鑑』に手を出すと研究者生命を失うと警告されてきた。だが最近、戦国の合戦を描いた屏風(びょうぶ)絵を研究する中で、当時の様子を知る最も良質な史料として『軍鑑』にたどりついた。
 昨年、研究論文「『甲陽軍鑑』をめぐる研究史」と「桶狭間の戦いと『甲陽軍鑑』」を発表。その中で、戦国史研究者が『軍鑑』を「生殺し状態」にしてきたと指摘。同書への批判を再検証し、史料としての可能性を探っている。
 例えば、虚構とされてきた長篠合戦での武田方の軍議を検討。研究者が虚構説の根拠としてきた古文書の方が、むしろ偽物である可能性を指摘した。
 また、近年疑問視されることの多い、桶狭間の戦いにおける織田軍の奇襲についても、敗れた今川義元に近い武田氏側の史料として『軍鑑』に注目。今川勢が乱取り(略奪)のために散らばったのに紛れて、織田勢が近づいたという、「乱取状態急襲説」を示した。
 黒田さんは、「史実との食い違いがあるからと批判せず、なぜ誤った記述がされたのかなど、史料としての性格を検証すれば、新鮮な視点での研究が生まれるだろう」と話している。

 まあ要するに「2007年の朝日記事」が紹介した黒田論文「『甲陽軍鑑』をめぐる研究史」、「桶狭間の戦いと『甲陽軍鑑』」などを元に2015年についに黒田氏が著書を出版したという話です。

*1:個人サイト(http://daiviet.blog55.fc2.com/)。著書『歴史世界としての東南アジア』(1996年、山川出版社世界史リブレット)、『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史』(2009年、大阪大学出版会)、『中世大越国家の成立と変容』(2011年、大阪大学出版会)

*2:ホームページ(https://sites.google.com/site/ourekikyo/

*3:福岡大学教授。星野ゼミサイト(http://www.cis.fukuoka-u.ac.jp/~hoshisemi/)。著書『東ドイツの興亡』(1991年、青木書店)、『社会主義国における民衆の歴史:1953年6月17日東ドイツの情景』(1994年、法律文化社)、『社会主義と民衆:社会主義の歴史的経験』(1998年、大月書店)、『男たちの帝国:ヴィルヘルム2世からナチスへ』(2006年、岩波書店)、『ナチス前夜における「抵抗」の歴史』(2007年、ミネルヴァ書房)、『赤いゲッベルス:ミュンツェンベルクとその時代』(2009年、岩波書店)、『台頭するドイツ左翼』(2014年、かもがわ出版)など

*4:著書『戦間期中国〈自立への模索〉:関税通貨政策と経済発展』(1999年、東京大学出版会)、『戦間期中国の綿業と企業経営』(2005年、汲古書院)、シリーズ中国近現代史4『社会主義への挑戦:1945〜1971』(2011年、岩波新書)など

*5:著書『戦後世界秩序の形成:アメリカ資本主義と東地中海地域・1944〜1947』(1985年、東京大学出版会)、『未完の占領改革:アメリカ知識人と捨てられた日本民主化構想』(1989年、東京大学出版会)、『なぜ戦争観は衝突するか:日本とアメリカ』(2007年、岩波現代文庫)、『好戦の共和国 アメリカ』(2008年、岩波新書

*6:大韓民国初代大統領。選挙不正に対する抗議から発生したいわゆる四月革命(1960年)で米国に亡命。1965年に死去。

*7:駐米大使、副大統領など歴任。李政権の崩壊後、韓国首相に就任するが1961年の朴チョンヒ軍事クーデターで失脚。1966年に死去。

*8:台湾はともかくフィリピンは東アジアとはいえないと思うが原文のまま。

*9:要するに「中華民国=台湾」です。なおこの頃は「国連加盟は台湾の方だし、欧米のほとんどの国は台湾を正統政府扱いしてたこと」に注意が必要です。ちなみに高氏が台湾ではなく「中華民国」と呼ぶ理由は「アンチ中国のウヨだから」「1950〜1960年代当時は西側諸国(欧米、日本、韓国など)によって台湾が正統政府扱いされてたから」などが考えられますが、実際の所、高氏が「中華民国」と呼ぶ理由はよく分かりません。

*10:なお初期の韓国の輸出は「労働集約型の軽工業」が多かった。

*11:著書『軍備拡張の近代史:日本軍の膨張と崩壊』(1997年、吉川弘文館)、『歴史修正主義の克服』(2001年、高文研)、『昭和天皇の軍事思想と戦略』(2002年、校倉書房)、『護憲派のための軍事入門』(2005年、花伝社)、『戦争の日本史20:世界史の中の日露戦争』(2009年、吉川弘文館)、『これだけは知っておきたい日露戦争の真実:日本陸海軍の〈成功〉と〈失敗〉』(2010年、高文研)、『日本は過去とどう向き合ってきたか』(2013年、高文研)など

*12:絵画資料研究で知られる。著書『謎解き洛中洛外図』(1996年、岩波新書)、『謎解き伴大納言絵巻』(2002年、小学館)、『吉備大臣入唐絵巻の謎』(2005年、小学館)、『増補:絵画史料で歴史を読む』 (2007年、ちくま学芸文庫)、『江戸図屏風の謎を解く』(2010年、角川学芸出版)など

*13:甲陽軍鑑」のこと