新刊紹介:「経済」11月号

「経済」11月号の詳細については以下のサイトをご覧ください。興味のある記事だけ紹介してみます。
 http://www.shinnihon-net.co.jp/magazine/keizai/

特集「戦後70年の日本資本主義」
1)転換点にある日本の政治・経済
■「戦後安保体制の大転換と安倍政権の野望」(渡辺治*1
(内容要約)
 渡辺氏の指摘で興味深いところを箇条書きしておく。
・渡辺氏は「今回の戦争法」が「集団的自衛権を容認する」という戦後自民党の安保政策の一大転換であることを指摘している。こうした法の制定には当然、首相・安倍の極右性が影響している。
・ただしこの戦争法は「日本財界や米国」が求めてきたものであること、過去の「周辺事態法(1999年)」、「テロ特措法(2000年)」、「イラク特措法(2003年)」の延長線上にあることにも注意する必要がある。
・安倍政権にはある種のジレンマがあることに注意する必要がある。それは「戦争法は米国の安保構想を補完するものである」が安倍の歴史認識は戦前賛美であり、当然、「反米である」というねじれがある点である。本来、ドイツのように「過去の戦争犯罪への反省の意を示した方」が「戦争法」は正当化しやすいが安倍にはそれはできなかった。
 それは
1)ドイツについては米国がかなり「脱ナチス化」の方向で戦後統治を行ったが日本では米国の戦後統治は、逆に「反共重視」で、戦前との断絶は重視されなかった
2)その結果、未だに日本保守勢力は「戦前賛美の集団が多い」
3)おまけに長期不況で「極右イデオロギー集団(日本会議が代表的)」以外の業界団体(農協など)は政治力を落とし、自民党の反動右傾化が進んだ
ことによりそうしたジレンマが生じたというのが渡辺氏の見立てである。
・過大評価する気はないが、今回、「保守派も含む」空前の国会前デモが実現できたことを評価したい。この動きを今後どう生かしていくかが戦争法批判派には問われている。


■「日本資本主義の発展をどうとらえるか」(石川康*2
■「戦後日本の再生産構造:その特質と矛盾」(藤田実*3
(内容要約)
 戦後日本資本主義の流れについての概観を述べている。ポイントが置かれているのはバブル崩壊後の長期不況であり、この不況への対応策として打ち出されたのがいわゆる新自由主義政策だがそれは「弱者切り捨て」政策として国民に強い痛みを与えており社民主義的政策への転換が求められるというのが、石川、藤田両氏の見解である。


■「世界経済の構造変化をどうみるか:戦後70年の日米経済関係を基軸に」(萩原伸次郎*4
(内容要約) 
 ソ連崩壊後、米国が「唯一の超大国」として振る舞おうとしていること、それが「沖縄基地辺野古移設、戦争法、TPP推進」などと言う形で日本政治に歪みを生み出していることが指摘されている。
 ただし、こうした「米国の態度」はEUBRICS*5諸国(私見では特に近年、経済発展が著しい中国)などによって「一定の修正」を余儀なくされていることも事実だろう。そうした「米国に対抗しうる勢力の存在」に萩原論文があまり触れてないことが個人的には不満を感じた。
 「世界経済の構造変化」と言った場合、やはり「AIIBや一帯一路構想」に代表される「中国の躍進」は重要視されてしかるべきと思う。


2)「多国籍企業化した大企業と国民との矛盾」
■「日本財界による政治支配の変容」(佐々木憲昭*6
(内容要約)
 まず、経団連の役員企業の分析から筆者は日本財界の変容として
1)「製造業の地位のダウンと、サービス業の地位アップ」
2)「外資の地位アップ」を見いだしている。
 次に筆者は「経済財政諮問会議小泉政権)」以降、政府の審議会に財界要人が直接コミットすることが増えたことを指摘する。「政治献金」といった間接的な形での影響力だけでなく「審議会委員という直接的な形での影響力発揮」を財界が求め、それに政権がこたえていると言う事である。


■「循環型地域経済を基礎にした経済再構築:アベノミクスの地方創生戦略批判」(米田貢*7
(内容要約)
 安倍政権の「地方創生戦略」への批判。

参考
赤旗
■主張『「地方創生」議論、「反省なき国策」で地域壊すな』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-10-17/2014101701_05_1.html
■『反省なき安倍政権「地方創生」:衰退させているのは誰なのか』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2015-01-05/2015010502_01_1.html
■『「集約」で周辺部衰退、地方創生法案 吉良氏が指摘、参院本会議』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-06-05/2015060504_04_1.html


■「戦後日本のエネルギー政策:変遷と課題」(北村洋基*8
(内容要約)
 戦後日本のエネルギー政策の重要点としては次の点が上げられる。
1)いわゆるエネルギー革命(石炭から石油へのエネルギーの以降)
2)原発の推進
3)再生可能エネルギーへの冷淡な態度
・筆者は「福島原発事故」により原発からの早急な撤退と、それに変わる再生可能エネルギーの推進が政策として求められているとする。


3)変容する日本社会と「新自由主義
■「労働政策の戦後70年と「新自由主義」」(牧野富夫*9
(内容要約)
 もちろん「199年代以前の労働政策に問題がないわけではない」が、1990年代以降、いわゆる新自由主義に基づき労働者派遣法改悪、ホワイトカラーエグザンプションの導入がもくろまれるなど、労働保護法制の改悪方針が急激に進行していることが指摘され批判される。労働者・国民側の強い反撃が求められる。


■「戦後70年と日本の教育の行方:戦後社会の根本的改変と新自由主義教育改革」(佐貫浩*10
(内容要約)
 1990年代以降、進展した新自由主義に基づく「反民主的なトップダウン型の教育改革」「教育の市場化」「教育分野での格差容認」が批判される。なお、安倍政権の「右翼反動的教育政策(道徳教育や右翼的歴史教育)」もある程度批判されるが、「新自由主義によって起こりうる格差への反発」を「愛国主義で糊塗するため」の反動的施策という面での指摘であり、メインは新自由主義批判である。


■「株価の乱高下と市場の構造変化」(大槻久志*11
(内容要約)
 筆者はアベノミクス以降の株価が乱高下していることを「株式市場が実体経済を反映しておらず、ばくち場化」していると指摘する。そうした乱高下の一因は「中国景気の沈滞」であり、「中国景気の動向に影響されること」自体、アベノミクスの虚妄性の証明であろう。
 中国景気がどうなるかは、未だ不透明なところが多く、「いたずらな悲観論」も論外だが、楽観論を唱えられるような状況にもない。中国景気については「バブル崩壊後の日本」のように「長期停滞」が当面、続くことを覚悟した方がよいかも知れない

【追記】
1)月刊誌「経済」が、「佐々木憲昭・元衆院議員の論考を今回載せたり」するなど、共産党と関係が近いとは言え「共産党機関誌・前衛とは違い、公式な党機関誌ではなく」当然「そこでの論者(特に非党員)の見解は共産党の公式見解と同一視できません*12」。
 しかし、大槻氏の中国経済理解が「私見では」かなり厳しいのは少し意外でした。
 大槻氏は「中国式市場経済」は「ソ連社会主義的なところ(官僚主義)が残存しており無駄も多い」と理解しているようです。当然ながらそこからは「地方官僚(地方の党委員会書記や首長)の面子による工場建設など、経済合理性を無視した過剰な生産設備の存在→整理合理化はおいそれとできず中国の景気停滞は長期化する(大槻氏)」という認識になるわけです。
2)なお日本経済の懸念材料としては、他にも、後で紹介する産経記事が「少しだけ触れている」米国利上げ*13の場合の「日本経済へのダメージの可能性」という問題もあります。

参考
産経新聞『【経済インサイド】中国ショックに戦々恐々の安倍政権 「下手すれば、リーマン・ショック級の衝撃がくるぞ」 次の一手はあるのか?』
http://www.sankei.com/premium/news/151011/prm1510110024-n1.html
赤旗
■主張『株変動と日本経済、「基調はよい」と楽観できない』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-08-28/2015082801_05_1.html
■『NHK日曜討論 小池副委員長の発言』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-08-31/2015083104_01_0.html


■「ケインズは人口減少をどうとらえたか(下)」(友寄英隆*14
(内容要約)
・前号の続き。講演録「人口減少の若干の経済的帰結」が主として取り上げられている。
 前号紹介のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20150915/5421309876)でも触れましたが友寄氏の認識ではケインズは「マルサス主義者」です。ただ以下の点で「単純なマルサス主義者ではない」というのが友寄氏の主張です。
1)ケインズは失業を単純な「人口増加問題とは見なしてない」
 友寄氏の理解では「単純なマルサス主義」の立場に立てば失業は「人口が多いから」であり、「解決策は人口制限(出産制限)」となります。
 しかしケインズはいわゆる「有効需要理論」を唱え財政政策による需要創出とそれによる失業克服を唱えたわけです。
2)ケインズは「英国での人口革命(人口転換)」について認識していた
 人口革命(人口転換)というのは『人口が多産多死型から多産少死型を経て,少産少死型に移行すること』です。大抵、発展途上国が「多産多死」で近代化するにしたがって「多産少死型を経て,少産少死型に移行する」わけです。そしてケインズ存命中に既に英国では人口革命が始まっていました。
 つまりケインズマルサス主義者であったけれども「『人口増加を重要視する』マルサス理論には時代に適合した一定の変容が必要であると認識していた」ということです。
・さて、友寄氏はケインズ人口理論には以下の点で限界、問題があるとしています。
 いわゆる「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)」への言及がないこと。もちろん「経済学者であるから言及しなかっただけでそうした考えを否定しているわけではない」だろうし、そうした考えはケインズ存命中には一般的ではなかった点でケインズには同情の余地があるだろうが。


■「東芝の不適切会計の意味するもの」(大島和夫*15
(内容要約)
 東芝の不適切会計事件は「こうした不祥事を防ぐためにどのような制度(企業の内部監査制度や、官庁などによる外部からのチェックなど)が必要か」と言う問題を突きつけている。
 筆者は「東芝の不正発覚のきっかけ」が内部告発であったことを指摘し、内部告発者保護制度の充実を主張している。

参考
赤旗
■『東芝、利益水増し1562億円、歴代3社長、辞任発表、不正会計会社ぐるみ』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-07-22/2015072215_01_1.html
■『東芝、粉飾2248億円、15年3月期は378億円赤字』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-09-08/2015090808_03_1.html
NHKクローズアップ現代東芝 不正会計の衝撃〜問われる日本の企業風土〜』
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3693_all.html

*1:著書『安倍政権と日本政治の新段階:新自由主義・軍事大国化・改憲にどう対抗するか』(2013年、旬報社)、『安倍政権の改憲構造改革新戦略:2013参院選と国民的共同の課題』(2013年、旬報社)など

*2:個人サイト(http://walumono.typepad.jp/)。著書『橋下「維新の会」がやりたいこと:何のための国政進出?』(2012年、新日本出版社)、『「おこぼれ経済」という神話』(2014年、新日本出版社)など

*3:著書『3.11からの復興と日本経済再建の構想:個性豊かな地域の集合体としての日本へ』(2012年、かもがわブックレット)、『日本経済の構造的危機を読み解く:持続可能な産業再生を展望して』(2014年、新日本出版社)など

*4:著書『アメリカ経済政策史:戦後「ケインズ連合」の興亡』(1996年、有斐閣)、『通商産業政策』(2003年、日本経済評論社)、『世界経済と企業行動:現代アメリカ経済分析序説』(2005年、大月書店)、『米国はいかにして世界経済を支配したか』(2008年、青灯社)、『日本の構造「改革」とTPP:ワシントン発の経済「改革」』(2011年、新日本出版社)、『オバマの経済政策とアベノミクス:日米の経済政策はなぜこうも違うのか』(2015年、学習の友社)など

*5:ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ

*6:個人サイト(http://www.sasaki-kensho.jp/)。著書『変貌する財界:日本経団連の分析』(2007年、新日本出版社

*7:著書『現代日本金融危機管理体制:日本型TBTF政策の検証割』(2007年、中央大学出版部)

*8:著書『情報資本主義論』(2003年、大月書店)、『現代社会経済学』(2009年、桜井書店)など

*9:著書『構造改革は国民をどこへ導くか』(2003年、新日本出版社)、『“小さな政府”論とはなにか:それがもたらすもの』(2007年、公人の友社)など

*10:著書『学校と人間形成:学力・カリキュラム・市民形成』(2005年、法政大学出版局)、『学力と新自由主義:「自己責任」から「共に生きる」学力へ』(2009年、大月書店)、『品川の学校で何が起こっているのか:学校選択制・小中一貫校・教育改革フロンティアの実像』(2010年、花伝社)、『平和的生存権のための教育:暴力と戦争の空間から平和の空間へ』(2010年、教育資料出版会)など

*11:著書『「金融恐慌」とビッグバン』(1998年、新日本出版社)、『やさしい日本経済の話』(2003年、新日本出版社)、『金融化の災い:みんなのための経済の話』(2008年、新日本出版社

*12:まあ前衛の論考だって非党員の論考は必ずしも党見解と全て一致はしてないでしょうが。

*13:米国が利上げすれば、日本経済に悪影響が出る懸念があるようですが、経済音痴なので今ひとつメカニズムが分かりません。利上げの可能性について言えばどうやら「可能性はハーフハーフ(浅田真央風に)」のようです。

*14:著書『「新自由主義」とは何か』(2006年、新日本出版社)、『変革の時代、その経済的基礎:日本資本主義の現段階をどうみるか』(2010年、光陽出版社)、『「国際競争力」とは何か:賃金・雇用、法人税、TPPを考える』(2011年、かもがわ出版)、『大震災後の日本経済、何をなすべきか』(2011年、学習の友社)、『「アベノミクス」の陥穽』(2013年、かもがわ出版)、『アベノミクスと日本資本主義:差し迫る「日本経済の崖」』(2014年、新日本出版社)、『アベノミクスの終焉、ピケティの反乱、マルクスの逆襲』(2015年、かもがわ出版)など

*15:著書『日本の構造改革と法』(2002年、日本評論社)、『世界金融危機と現代法:現代資本市場法制の制度設計』(2009年、法律文化社)、『企業の社会的責任:地域・労働者との共生をめざして』(2010年、学習の友社)など