別冊正論「ロシアから今こそ南樺太を取り戻せ!」と叫ぶ(追記あり)

【最初に追記】
id:Bill_McCrearyさんのエントリ『そういうのを、領有権を実質的に放棄している、というのだと思う』(http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/f275663ce8c207e990cb912dc14b767c)でご紹介頂きました。いつもご紹介ありがとうございます。
【追記終わり】


■別冊正論25号『ニッポン 領土問題の原点!!:「樺太−カラフト」を知る』
http://seiron-sankei.com/9375
 産経をネタにブログ書いてると「アンチウヨと正しく理解されてるのか」、はたまた「ネトウヨと誤認識されてるのか」はともかく時々ウヨ雑誌やウヨ書籍の宣伝メールがアマゾンから来ます。今回はそれで得たネタです。

領土問題の原点

尖閣竹島ではなく「南樺太」が原点だそうです。どういう意味で原点かは知りませんが。

侵奪―回復―放棄―不法占拠―そして?

 侵奪が「樺太千島交換条約でのロシアの樺太全土保有(一方、日本は千島全島を保有)」、回復が「ポーツマス条約での南樺太取得」、放棄が「サンフランシスコ平和条約での南樺太領有権の放棄」です。条約をなぜ侵奪と呼ぶのか、わけがわかりませんがそれはさておき。
 しかし「サンフランシスコ平和条約で領有権を放棄した」のに何でその後に「不法占拠」なんて事態があるんですかねえ。
 「(対日参戦による南樺太)不法占拠ー(講和条約での領有権)放棄」ならまだわかりますよ。領有権を放棄したもんにロシアが手を出したって日本として「不法占拠」とか言える立場にないでしょうよ。「講和条約での放棄はなかったことにしてくれ、南樺太は日本領のママと言う事にしてくれ」て言うのならともかく。そして「放棄はなかったことにしてくれ」と言ってロシアや国際社会に通用するのかって話ですよね。
 つうか産経の立場だと「講和条約南樺太の領有権放棄した吉田茂*1首相(外相兼務)」は非難の対象じゃないんですかね?。何で産経が吉田を非難しないんだかさっぱり分かりません。はっきりと領有権放棄した以上、「南樺太返還要求は至難の業」であり当然ながら政府(四島返還論)も日本共産党(全千島返還論)もある程度まともな政治勢力はそんな事言いません。
 そして、産経の「そして?」ですけど産経的には「再度、南樺太回復」なんでしょうね。与太も大概にして欲しいですが。つうか日本会議系右翼って「南樺太を取り戻すぞ!」なんて連中ばっかなんですかね。自民党は勿論そんな事言ってないし、主張が非常識過ぎてちょっと信じられませんが。

十六世紀から「日本」でも現在は死語?、「樺太」をめぐる学外からの一視点
樺太研究者 高橋是清*2

 名前の「高橋是清」が本名かペンネームか知りませんがすごすぎますね。
 なにせ「高橋是清」といえば、山本、原、田中、犬養、斎藤、岡田内閣で6度も蔵相を務め、「財政再建を理由に岡田内閣蔵相時代に軍事予算をカットしたこと」で陸軍青年将校の恨みを買い、226事件で暗殺されたという戦前の大物政治家です。
 一度聞いたら忘れない名前ですが、小生ならこんな名前はペンネームに使いませんし、本名もノーサンキューです。「吉田茂(元首相)」「田中康夫(作家、元長野県知事)」「福田康夫(元首相)」などのありふれた名前(「茂」「康夫」など)ならともかくねえ。是清なんてあまりにも特異な名前だし。

アジア同様に列強の領土侵奪受けた日本、幕末・維新期の蝦夷地をめぐる日露関係
日本大学教授 淺川道夫*3

 確かにロシアが列強の一つとして幕末の日本に軍事的圧力かけていたことは事実ですけど、掲載雑誌が「普通の歴史雑誌」や「普通の保守系オピニオン雑誌(月刊文藝春秋とか月刊中央公論とか)」じゃなくてよりによって正論ですからね。極右言論が展開されてるんだろうなと思います。
 まともな歴史学者は正論で書きたがらないし、正論も声かけないでしょう。

日露戦争樺太回復の戦いでもあった:明治の国民世論と国際条約の現実』(近現代史研究家:岸本昌也)

 おいおいですね。「千島樺太交換条約(1875年)」は産経においてどう理解されてるんでしょうか?
「あれは不平等条約をロシアに押しつけられたんだ、軍事的恫喝で!」「本当は南樺太も千島も1875年時点で両方とも日本の領土だったんだ!」「だからポーツマス条約で南樺太を取得したのは侵略でも何でもないんだ!。奪われた領土を取り戻しただけなんだ!」とか言い出すのか。いやそれロシア相手にも国際社会にも通用しないでしょう。

『露の樺太・千島・四島占拠は侵略だ:強硬発言は国際法違反自覚の裏返し』(早稲田大学教授:有馬哲夫)

 有馬氏と言えば『ディズニー 「夢の工場」物語』(2003年、日経ビジネス人文庫)、『ディズニーの魔法』(2004年、新潮新書)、『世界のしくみが見える「メディア論」:有馬哲夫教授の早大講義録』(2007年、宝島社新書)、『ディズニー・五つの王国物語』(2009年、宝島社新書)、『ディズニーランドの秘密』(2011年、新潮新書)なんて著書がある(ウィキペディア「有馬哲夫」参照)ので「まともなメディア論研究者」かと思ってましたが残念ながらそうではなかったようです。
 千島返還論(共産党の立場)や北方四島返還論(政府見解)はまあいいとして「南樺太(南サハリン)占拠は侵略だ」て「戦後70年経った今」プーチン相手に南樺太返還でも要求する気でしょうか。
 冷戦時代だってそんな事、旧ソ連相手に言ってないのに。
 今時、南樺太返還なんて、極右の街宣車ですらあまり言ってないんじゃないか。
 そもそも
1)「日本が侵略戦争で奪った領土(台湾、韓国、満州国など)は全て返す」
2)「南樺太は日本が日露戦争で奪った土地だから返すのは当然だ」つうのが世間一般の常識的見解でしょう。
 「南樺太は侵略で奪ったんじゃない、むしろ『千島樺太交換条約』という不平等条約でロシアから不当に奪われた土地を取り返した正当な権利の行使だ」だの「たとえ侵略で奪ったからと言って何故ロシアに返さないといけない、日本の領土のママで何でいけない」とか言えるわけもない。全然道理が通らない。
 大体、南樺太なんてそんな馬鹿な事抜かして国際社会やロシアに呆れられても「別に呆れられてもいい、どんな手を使っても南樺太は日本領にする」と思えるほどの「魅力的な権益」もないでしょう。まあ権益があれば無茶苦茶抜かしていい訳じゃないですけど。
 だからこそ共産党(千島全島返還)にせよ日本政府(北方四島返還)にせよ「南樺太を返せ」なんていわないわけです。つうか本気で返ってくると産経文化人連中は思ってるんですかね? 
 「歴代首相で最も右寄りの安倍さんなら南樺太返還論をプーチン相手に言ってくれるはずだ!、そうすれば返還運動が盛り上がるはずだ!」て変な要望されても安倍も迷惑でしょうよ。歴代自民党内閣は「南樺太返還論」なんて立場じゃないし。過去の見解との整合性をどうとるのか。過去の見解について無茶苦茶な曲解して今頃「南樺太返還論」なんか主張したってロシアも国際社会も相手しませんよ。南樺太なんか帰ってくるわけがない。

『「南樺太返還期成同盟」という運動が存在した』(南樺太復帰同盟会長:渡辺国武)

 「ああ、そうですか、そんな同盟があったんですか」で終わりですね。まあ、その同盟について「歴史の一エピソード」として研究するつうのならそれは産経の勝手ですよ。
 でも「南樺太返還期成同盟の思いを引き継ぎ今こそ日本人皆がロシアに南樺太返還を要求しよう」と言うのなら話にならないですね。
 だって返ってくるわけないでしょうよ。仮に帰って来たとして日本人の誰が住むのか。戦後70年経って今時、南樺太が生まれ故郷だなんて人がどれほどいるのか。後で紹介する読売の記事(http://www.yomiuri.co.jp/hokkaido/feature/CO012871/20150511-OYTAT50014.html)に出てくるのは100歳だの90歳だので若い人が全然いない。当然、当事者(樺太出身者)による返還運動なんか今やってないわけです。まあ北方領土返還要求だって今後は北方領土出身者と言うよりは漁業者とか「戦後生まれ」が運動の担い手のメインになっていくでしょうが。
 右翼もそんなに南樺太返還には興味ないでしょうし運動の盛り上がりなんかほとんど期待できない。産経だって今回こんな雑誌作りましたけど、まあ、普段の正論にはこんな事より靖国とか慰安婦とか別の右翼ネタの方が載ってるわけです。
 話が少し脱線しましたけど、そして、今、南樺太に住んでるロシア人をどうするのか。
 ロシア本土に帰ってもらうのか。それとも「ロシア系日本人」として日本が受け入れるのか。
 産経はどれほど現実を無視してるのか。

参考

http://www.yomiuri.co.jp/hokkaido/feature/CO012871/20150511-OYTAT50014.html
 ソ連樺太占領が続く中、引き揚げ者らは48年4月、「全国樺太連盟」(樺連)を結成し、帰還促進や引き揚げ者の生活支援などに取り組んだ。同様に占領された北方領土では45年12月から返還運動が始まっていたが、南樺太は、運動の中心となる指導者層が長くシベリアに抑留されたことなどもあり、本格的な返還運動が立ち遅れた。
 樺連は54年6月、札幌市で開いた大会で「南樺太は昔からの日本の領土だ」として返還を求めることを決議し、翌年「南樺太返還期成同盟」を結成した。当時、父親が活動の先頭に立っていた元樺連会長の佐々木栄一郎さん(104)は「日ソ中立条約を一方的に破棄して占領したソ連に、父も私も強い憤りを持っていた」と語る。しかし、官民一体となった北方領土の返還運動と対照的に、政府の後押しはなく、次第に勢いを失っていった。
 発足から67年。樺連は会員の高齢化が進む。返還運動は事実上停止し、現在は解散の準備を進めている。98年から6年間、副会長を務めた川端良平さん(90)は「かつて、樺太に日本人が暮らしていた歴史も忘れ去られようとしており*4、残念に思う」と嘆いた。

南樺太の法的な領有権は?
ゆくえは日本国民しだい(全国樺太連盟会監事:阿部寛

 「日本国民次第」て日本国民が皆で「南樺太を返せ!」て言えば帰ってくるとでも言うんですかね。呆れて二の句も継げません。

功名心で国家・国民を大きく損ねる
父祖の代から続く「鳩山・河野コンビ」
本誌編集部

 産経が「河野談話河野洋平*5・元官房長官」や「民主党政権鳩山由紀夫首相」を敵視してることは知っていますが、ここで非難されてるのは「南樺太返還問題」なのでここでの「河野、鳩山」はこのお二人じゃありません。
 戦後日ソ国交回復を実現した「由紀夫氏の祖父」鳩山一郎首相と鳩山氏のもとで国交回復交渉に尽力したと言われる「洋平氏の父上」河野一郎*6農林相のことです。日ソ交渉では「サケマス問題」など農林関係も重要テーマだし、河野一郎ってのは「鳩山派の大物代議士」「岸信介池田勇人と首相ポストを争った実力者」なんで日ソ国交交渉に関与するわけです。
 ちなみに鳩山内閣の外相は重光葵*7という人です。
 しかし「鳩山一郎河野一郎のせいで南樺太が返ってこなかったんだ!」「日ソ国交回復で歴史に名前を残したいというあいつらの功名心のせいで!」とか言われても「はあ?」ですよね。産経は「南樺太が返ってこない限り旧ソ連(現ロシア)とは国交は結ばない」方が良かったのか。
 つうか鳩山内閣の後の「石橋*8、岸*9、池田*10、佐藤*11」などといった歴代総理とその閣僚(石橋内閣の岸外相、岸内閣の藤山*12外相、池田内閣の大平*13外相、佐藤内閣の椎名*14外相など)だって南樺太返還なんか要求してないのに何で鳩山氏と河野氏だけ非難されるのか。あれですか「鳩山由紀夫氏の祖父だから」「河野洋平氏の父親だから」ですか。それ言いがかりジャン。

党略で樺太を投げ棄てた日本共産党:おかしな領土解釈はロシアを利するだけ
(元日本共産党国会議員秘書:篠原常一郎)

共産党「何故政府は千島全島返還を要求しないのか、何故四島しか要求しないのか、弱腰だ、おかしな領土解釈はロシアを利するだけだ」
政府「いや無理でしょ、それ」みたいなやりとりが過去にあるわけですがここに「何故共産党南樺太返還を要求しないのか、弱腰だ、おかしな領土解釈はロシアを利するだけ」という強者が登場しました。元日本共産党国会議員秘書て勘弁して欲しいですね。そう言う人間がウヨ雑誌で寝言ですか。ぐぐったらどうもセクハラ問題を契機に「産経御用達右翼ライター」に「ご転落」遊ばされた筆坂秀世閣下の元秘書らしいですが。まあ筆坂や篠原がどういう生き方しようと連中の勝手ですけどもう少しまともな生き方ができないもんですかね。
 「篠チャンさあ、あんた本気で南樺太がこれからロシアから返ってくると思ってるの?。商売右翼だと思うけど元党員がそんな醜態さらして恥ずかしくないの?。共産党は何故南樺太返還要求しないって、政府だって要求してないし極右だけジャン、要求してるの」と知人に聞かれたら「もちろん返ってくると思ってます。商売右翼活動なんかじゃありません」とか言うんですかね。

北方領土返還運動―女たちの闘い
地婦連の半世紀とこれから
地婦連会長 柿沼トミ子

 「俺のような」埼玉県民ならご存じの方も多いと思いますが柿沼女史は全国地域婦人団体連絡協議会(全地婦連)会長と言うよりは「上田県知事の元秘書、秘書退任後は出身の大利根町の町長を務め、大利根町が加須市に吸収合併され『加須市大利根』になってからは『加須市長選に出ても勝てない*15ので』、ちょうどいい具合に加須、大利根方面の県議選挙区に空きができた*16ので県議に転進した御仁」、つまりはまあ政治家ですね。
 「森喜朗*17元首相に日本ラグビー協会が会長頼んだ」「河野洋平官房長官*18日本陸連が会長頼んだ」みたいな話でしょう。婦人会の方から会長になってくれと頼んだと。婦人会役員が政界進出したというのではない。まあ、婦人会って「新日本婦人の会共産党に近い)」とかと違ってどっちかといえば保守系*19でしょうから保守政治家をトップに据えることにも特に違和感ないんでしょう(単なる事実の指摘でそれが悪いと言っているわけではありません)。
 「柿沼女史が今携わってる婦人会活動や埼玉県議活動」と北方領土はあまり関係ない気がしますし、いくら何でも「産経正論」登場はやめてほしいですがそれはさておき。
 ここでやっと「北方領土返還運動」です。南樺太返還じゃない。たぶん「北方領土返還しか言ってないんだろう、まあそれなら言ってる事は他の連中よりはまともだろう」と善意(?)に解釈することにします。つうか「埼玉県議にして全国婦人会のトップ」が「南樺太を返せ」なんて言ってることはないに決まってると思いたいところですが、橋下(元大阪府知事、前大阪市長)とか安倍(現首相)とかとんでもない奴が今は政治家として大手振ってますからねえ(呆)

日本カラ、フト消えし島
先人の背骨の強さに思い馳せれば
漫画家 黒鉄ヒロシ

 黒鉄ってのは右翼系の人間なんですかね。

*1:戦前、外務次官、駐伊大使、駐英大使などを歴任。戦後、東久邇宮、幣原内閣外相を経て首相。

*2:著書『絵で見る樺太史:昭和まで実在した島民40万の奥北海道』(2008年、太陽出版)

*3:著書『お台場:品川台場の設計・構造・機能』(2009年、錦正社)、『江戸湾海防史』(2010年、錦正社)、『明治維新と陸軍創設』(2013年、錦正社

*4:まあ教科書的知識としてなら「昔南樺太は日本領だった」程度は俺は知ってますけど、「具体的にどうだったのか」実感はないですね。

*5:中曽根内閣官房長官、宮沢内閣官房長官、村山、小渕、森内閣外相、衆院議長を歴任

*6:鳩山内閣農林相、岸内閣経済企画庁長官、自民党総務会長(岸総裁時代)、池田内閣農林相、建設相などを歴任

*7:戦前、東条、小磯内閣外相。戦後、改進党総裁、日本民主党副総裁(総裁は鳩山一郎)を歴任。

*8:吉田内閣蔵相、鳩山内閣通産相などを経て首相

*9:戦前、東条内閣商工相。戦後、自民党幹事長(鳩山総裁時代)、石橋内閣外相などを経て首相

*10:吉田、石橋内閣蔵相、岸内閣通産相などを経て首相

*11:吉田内閣建設相、岸内閣蔵相、池田内閣通産相などを経て首相

*12:岸内閣外相、自民党総務会長(池田総裁時代)、池田、佐藤内閣経済企画庁長官などを歴任。

*13:池田内閣官房長官、外相、佐藤内閣通産相、田中内閣外相、三木内閣蔵相、自民党幹事長(福田総裁時代)などを経て首相

*14:内閣官房長官、池田内閣通産相、佐藤内閣外相、自民党副総裁(田中、三木総裁時代)などを歴任

*15:現職がいるわけでよほど現職の評判が悪いか、よほど現職と上田知事の仲が険悪でもない限り、「上田のバックアップで市長選勝利」つうわけにはいきません。

*16:つうか上田知事が自民党に『柿沼元秘書を出したいから自民から出さないでくれ』て頼んだんでしょうけど

*17:中曽根内閣文相、宮沢内閣通産相、村山内閣建設相、自民党総務会長(橋本総裁時代)、幹事長(小渕総裁時代)などを経て首相

*18:追記:何を勘違いしていたのか「幹事長」と誤記していたので官房長官と訂正しました。

*19:ただし日本遺族会のような自民党支持ではないでしょうが