「珍右翼が巣くう会」に突っ込む・番外編(10/5分:常岡浩介の巻)(追記・訂正あり)

 かなり古いですが常岡のエントリに突っ込んでみます。しかし常岡も「ツイッターはやっていても」2016年1月からブログ更新してないのが興味深いですね。
■産経マンセー
http://d.hatena.ne.jp/shamilsh/20090516/1242406486
 産経なんて単に反ロシアなだけで人権擁護でも真実追及でも何でもないのに良く無邪気に喜べるもんです。

朝日(ボーガス注:新聞)、共同(ボーガス注:通信)、NHKはほとんどFSBの出張所

どのあたりがFSBKGBの後継組織)なんでしょうか。まあ、常岡にマジレスするのもバカバカしいですが。


プーチンは優等生?
http://d.hatena.ne.jp/shamilsh/20080918/1221738784

日本のロシア研究家の書いたものを読むと、いかにプーチン*1が優秀な指導者かと褒め称えている*2のがものすごく多い

 もちろん「優秀」とは「切れ者」「辣腕(敏腕)」と言う意味です。「岸信介*3トウ小平*4切れ者、敏腕」と言ったからと言って彼らの政策や人間性を好意的評価してるのとは必ずしも限らないのと同じコトです。
 場合によってはこの場合の「優秀」は「悪辣」「狡猾」を意味することもあります。そう言う意味では「褒め称える」という常岡の表現は不適切でしょう。なお、「優秀な悪人」を批判するときに「無能呼ばわりすること」はかえってまずいでしょう。つうか普通プーチンを無能呼ばわりはしないでしょうが。

私の知る限り、プーチンは世界の指導者の中でも頭の悪い方じゃないかと思います。

 おいおいですね。頭の悪い人間は「長期政権なんか通常実現できません」。まあ、安倍みたいな例外も一部ありますが。
 たとえばプーチンの「頭の良さ」としては「多選制限逃れをした上での大統領への返り咲き」があるでしょう。「最初からやる気もなかった」でしょうが彼の前任者エリツィンはこんなことはしていません。
 彼は憲法の大統領多選制限(連続三選禁止)を逃れるためのワンポイントリリーフ*5として「絶対に裏切らない&しかし無能でないそれなりに優秀な人間」として「ヴィクトル・ズブコフ*6首相」「セルゲイ・イワノフ*7第一副首相」「メドベージェフ*8第一副首相(役職名は全て当時)」と言った側近連からメドベージェフを選び、「彼が裏切った場合に備え」、首相と与党党首ポストを兼務し*9、今、大統領に返り咲いたわけです。是非はともかく、バカにはこういう事はできないでしょう。

 彼の政策というのは、激動の世界の中で様々なカードを切って次々と危機を切り抜けてゆくというのではなく、グーしか出せないジャンケンみたいなものです。
 パターンが一つしかない。つまり、「暴力」です。

 そんなことはないでしょう。彼もさまざまな権謀術策を打っているのであり、闇雲に暴力(軍や警察)を発動してるわけではない。特に国内ならともかく海外相手には「単純な暴力の発動」だけではやっていけないでしょう。暴力を発動する場合もそれはある種の計算に基づく、ある種の権謀術策です。つうか国力の衰退が大きいのでしょうが「アフガン侵攻」とかやってた旧ソ連に比べればプーチンのクリミア介入、シリア介入などまだ限定的でかわいいもんでしょう。

 ソ連時代、ロシアの経済は旧ソ連と共産圏諸国の中だけで自己完結*10していました。今は旧ソ連ではなく、むしろ西側諸国と完全にリンクしています。プーチンにはその違いを理解して判断する知能がなかったのです。ゲンコツを振り回せば、その痛みは金額に換算されて、自分に戻ってくるということが分からなかった。

 ばかばかしい。「ロシア経済は西側と密接にリンクしている」程度の事はいくら何でもプーチンも理解してるでしょう。従って彼も基本的には欧米と協調路線です(これは中国など他の国もそうでしょうが。世界最大の経済、政治、軍事大国米国ですらむやみやたらに他国と激突する気はないでしょう)。
 ただ「中国にとってのチベットウイグル」のような「譲れない核心的利益(ロシアだとクリミアやチェチェン、シリアか)」ではプーチンは欧米に譲る気はない、多少の痛みにも耐える覚悟がある、つう話です(ここではそうした中国やロシアの態度が道徳的かどうかや、本当に「核心的利益で譲歩できないのか」、本当に合理的かどうかはひとまずおきます)。
 大体「是非はともかく」げんこつを振り回してるのはプーチンだけではなく「イラク、アフガン戦争での米国」もそうですが。「米国のげんこつは計算されたげんこつ、プーチンは無計算」なんてことはあるわけもない。

 今までは偶然のおかげで、というか、エリツィンの敢行した改革の収穫期と重なったおかげで、プーチンはロシア市民から喜ばれることはあっても、不興を買うことがありませんでした。

一般には

エリツィン(ウィキペ参照)
・1994年にデノミを行うなど経済の混乱が続き、またチェチェン侵攻が失敗した結果、エリツィンの支持率は低下した。
・1996年の大統領選挙ではロシア共産党のゲンナジー・ジュガーノフ議長に肉薄され、大苦戦。ジュガーノフ当選による共産主義の復活を恐れたボリス・ベレゾフスキー*11、ウラジーミル・グシンスキーなど新興財閥から巨額の選挙資金を捻出させ、新興財閥支配下のメディアにエリツィン支持のキャンペーンを張らせるなどしてなり振りかまわぬ選挙戦を展開し、再選を果たした。
 しかし大統領選において新興財閥の力に大きく頼ったために第二次エリツィン政権では新興財閥の影響力が増した。このような新興財閥との癒着によりエリツィン政権は政治腐敗が蔓延していた。
プーチン(ウィキペ参照)
・大統領代行となったプーチンが最初に行ったのは、大統領経験者とその一族の生活を保障するという大統領令に署名することだった。これは、プーチンを後継指名した「恩人」エリツィンに不逮捕・不起訴特権を与え、エリツィン一族による汚職の追及をせず、引退後のエリツィンの安全を確保するものであると思われる。

が指摘するように
1)「エリツィン政治は失敗に終わり、エリツィンは誰かを後継指名し政界引退せざるを得なかった」
2)「後継指名されたプーチンエリツィンから引き継いだ最悪の政治状況を辣腕で『プーチン長期政権に転換』した」
と理解されていますが、常岡はそうは理解しないようです。
 なお、ウィキペ「プーチン」は

・2000年から2008年までのプーチン政権でロシア経済は危機を脱して大きく成長し、ロシア社会から高い支持と評価を受けている。国内総生産 (GDP) は6倍に増大し、貧困は半分以下に減り、平均月給が80ドルから640ドルに増加し、実質GDPが150%になった。
・1998年のロシア金融危機で打撃を受けた経済が回復し成長を続けたことも、多くのロシア国民がプーチンを支持する一因となった。経済成長は原油価格の上昇という「プーチンと関係ない事」によるところが大きいが、プーチン政権下でさまざまな経済改革が行われたことも理由として挙げられる。所得税率を3段階による課税から一律13%のフラット・タックス制に改革したり、法人税付加価値税(消費税)を引き下げたりするなどの税制改革は、税負担の軽減により、横行していた脱税を減少させ、国家財政再建に寄与した。また、これらの税制改革や土地売買の自由化など法制度の整備によって外国からの投資を呼び込み、ロシア経済が活性化した。
エリツィン時代はエリツィンと新興財閥オリガルヒの癒着の時代であった。オリガルヒは、エリツィン政権と癒着して、国有財産をタダ同然で払い下げを受けて私物化するようになり、オリガルヒの納税回避もあり国家財政は危機に陥り金融危機の原因となった国債乱発を引き起こした。
 しかしプーチンが大統領になると、プーチン財政再建のためオリガルヒの脱税を取り締まり、財閥と対決した。

として常岡の「プーチンには経済運営の手腕などない」という主張を否定しています。

 プーチン施政10年を経て、ついに彼の政策の因果応報がロシアと彼自身に戻ってきます。
 プーチンが有能か無能か、本当の姿が明らかになる時期なんだと思います。

 常岡がこう書いたのが今から8年前です。2008年と言えばプーチンは「多選制限(連続三選禁止)逃れ→2012年の大統領返り咲き」狙いで側近メドベージェフ第一副首相(当時。現在は首相)を大統領にし、自分は首相(メドベージェフ大統領によるプーチン首相解任というメドベージェフの裏切りに備えて与党統一ロシア党首を兼務)になっていました。
 皮肉にも常岡が当時、期待したであろう「プーチン政界引退(野党が奪権するか、メドベージェフ首相らプーチンの部下がポストプーチンになるかはともかく)」は今のところその兆しすらありません。
 常岡は「メドベージェフが大統領になればどんなに頑張ってもプーチン地盤沈下する。メドベージェフがプーチンを追い落とす、大統領返り咲きなんかできるわけない」と思っていたのでしょうがプーチンは2012年に大統領に返り咲きました。
 その上、2018年*12の大統領再選(2024年まで大統領)や「多選制限廃止→2024年以降も大統領」すらあり得る状況です。
 8年前にプーチン失脚を予想して、こう書いた常岡は今どう言い訳するんでしょうか?。プーチンは「俺が思ったよりは有能だった」と認めるのか、はたまた「プーチンを支持するロシア国民の奴らがバカだ」というのか、「野党やマスコミがだらしないせいだ」というのか。
 まあ、可能性が高いのは、すっとぼけて黙りでしょうが。


櫻井よしこさまの予知能力
http://d.hatena.ne.jp/shamilsh/20080820/1219159670

 2001年という早い時期に「NATOはロシアを新たな加盟国として見つめ始めた」と見破っていたのは他でもない、櫻井よしこさまでした。
http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2001/12/17/post_204/

 まあ、よしこに突っ込んでも空しいですが「よしこって当時はそんなにロシアに好意的だったんだ」と驚きました(まあ当時のロシアは今ほど欧米と対立してはいませんが)。当時の政府自民党(よしこのご主人様)がそうだったことの反映でしょうか(今また安倍がそう言う親ロシアの方向にいっているように見えます)。
 とはいえ常岡は常岡で「ロシアを反欧米扱い(よしこが指摘するようにプーチンだって欧米と協調できるところは協調しています)」ですから、よしことは逆の意味でデタラメです。


■ロシアとトルコ(その1)
http://d.hatena.ne.jp/shamilsh/20050327/1111934511

 チェチェンの状況とトルコのクルド民族の状況を並列的に見ることができて、興味深かった。ロシアですら、チェチェン人に、チェチェン民族であると名乗ることを禁じたりはしていないし、チェチェン人はチェチェン語を自由に喋っている。チェチェンはチェチニャと呼ばれており、「チェチニャは存在せず、そこにはロシアがあるのみ」などという暴論はない。
 しかし、ここであったクルドの若者たちに、私が93年に覚えたわずかなクルド語の単語で話しかけるも、ほとんど理解してもらえなかった。

 2005年段階で「ロシアのチェチェン政策と比べてもトルコのクルド政策は酷いのではないか」と言っていた常岡は2016年の今、シリア内戦で「アサドを支援するロシアの敵は正義」とばかりにトルコをべた褒めしています。人間変われば変わるもんです(苦笑)


【2017年1/16追記】
 その後、トルコ・エルドアン政権がロシアやシリアと手打ちする構えを見せると掌返しで「エルドアンは独裁だ」と言い出す常岡です。全くデタラメな野郎です。判断基準が「反プーチンなら褒めて、親プーチンならけなす」ですからねえ。

*1:エリツィン政権大統領府第一副長官、連邦保安庁長官、第一副首相、首相を経て大統領

*2:「批判するなら具体例くらい出せよ、常岡」ですね。

*3:戦前、満州国総務庁次長、商工次官、東条内閣商工相。戦後、自民党幹事長、石橋内閣外相を経て首相

*4:党副主席、第一副首相、人民解放軍総参謀長などを経て国家中央軍事委員会主席、党中央軍事委員会主席

*5:何度もこんなコトをやるのは面倒ですからプーチンはいずれ改憲に乗り出すかも知れません

*6:メドベージェフ大統領、プーチン首相体制で第一副首相。

*7:防相、大統領府長官など歴任

*8:大統領を経て現在、首相

*9:首相なら大統領が首を切れるが与党代表は切れない

*10:少なくとも「東欧の民主化が進んでいた」ソ連末期はそうとはいいきれないんじゃないか。

*11:後にプーチンと対立し、2001年に英国亡命に追い込まれる。2013年、関係者によりベレゾフスキーの自殺が発表された(ウィキペ「ボリス・ベレゾフスキー」参照)。

*12:2012年から大統領任期が4年から6年に延長されました。