新刊紹介:「歴史評論」3月号(その3:最近のハーフのスポーツ選手について:追記あり)

 最初はhttp://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20180220/5210278609に書こうと思ったのですが書けそうにないのでこっちに書いておきます。http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20180220/5210278609で紹介した朝日記事(http://www.asahi.com/special/kotoba/jinken/SDI201509141925.html)にも
「最近は滝川クリステルオコエ瑠偉などハーフの芸能人、スポーツ選手が増えて日本人の意識も変わってきた」云々と書いてあるので「他にもいろいろいるはずなので俺が知ってて割と有名なハーフのスポーツ選手の名前をメモ書きしておこう」というだけの話ですが(芸能人はよくわからないので特に書きません)。

【スポーツ選手:ウィキペディア参照】
・ウィリアムソン師円(1995年4月28日〜)
 父親がオーストラリア人。平昌五輪男子1500メートル、マススタート、チームパシュートの日本代表。
大坂なおみ(1997年10月16日〜)
 父親がハイチ系米国人。プロテニス選手。2018年全米オープン女子シングルス優勝(→大坂の全米オープン優勝について2018年9/8に追記しました)。
 大坂の全米オープン優勝は「日本人では初のいわゆる四大タイトル(グランドスラム)優勝」という偉業だそうです。それ以前には錦織圭*1の「2014年全米オープン男子シングルス準優勝」がありますが。しかし「全盛期よりは力は落ちてるかもしれませんが」、「四大大会シングルス(全米6回、全英7回、全仏3回、全豪7回)の優勝経験者」「ロンドン五輪女子テニスシングルス金メダル*2セリーナ・ウィリアムズに日本人選手が四大タイトルで勝って優勝する日が来るとはびっくりです。
【追記】
 吉原真理氏*3 https://mariyoshihara.blogspot.com/2018/09/us.htmlによれば
1)「審判の判定が不当だ」と抗議するセリーナにたいし「むしろ抗議が不当」としてペナルティとして1ゲームが大坂に与えられる
2)その結果、大坂が勝利しても、「不正な勝利だ」として、一部セリーナファンがブーイング(ただしセリーナ自身は「判定が不当だが、大坂のせいではない」ではないとしてブーイングには反対)
3)大坂も「I'm sorry it had to end like this(このような終わり方になったことは残念です)」と遺憾の意表明せざるを得なくなる
つうことで「一寸素直には喜びづらいなあ」つう感じのようです。まあ吉原氏も「1ゲームの付与がなくても大坂が勝ったろう(まあ1ゲーム付与は大きいとは言え、実力の差が大きければそれだけで勝てるほどスポーツは甘くはないでしょう)」「大坂の態度に好感を持った」とはしていますが。
 なお、吉原氏は、米国マスコミが「セリーナの言うように審判の判定は不当ではないか」「仮に抗議が不当でも1ゲーム付与はやり過ぎ。黒人女性への差別意識とか過去のセリーナとの悶着とかがありはしないか」などセリーナに多少同情的なのに対し、日本マスコミは「セリーナの抗議が言いがかりであるかのように決めつけてる」とし「日本万歳(この場合、大坂万歳)」が強すぎるのではないか、スポーツ報道でこれでは日本マスコミの政治経済報道はもっと「日本万歳」で酷いのではないかと危惧するとしています。
 うん、確かに一帯一路の扱いとか「日本万歳&中国への悪口」ですげえ酷い気がする(まあ吉原氏が想定しているものは一帯一路ではないかもしれませんが)。
【追記終わり】
ケンブリッジ飛鳥(1993年5月31日〜)
 父親がジャマイカ人。リオ五輪男子4×100mリレーで銀メダル。
高安晃(1990年2月28日〜)
 母親がフィリピン人。相撲力士(現在、大関)。
ベイカー茉秋(1994年9月25日〜)
 父親が米国人。リオ五輪男子柔道90キロ級金メダル。
・吉村真晴(1993年8月3日〜)
 母親がフィリピン人。リオ五輪男子卓球団体銀メダル。


参考

http://bunshun.jp/articles/-/2426
文藝春秋オピニオン 2017年の論点100『“ハーフアスリート”は日本のスポーツを変えるか?』生島淳*4(スポーツジャーナリスト)
 リオデジャネイロ五輪で金メダル12個*5を獲得した日本の活躍を振り返った時、はっきりと新しい流れを感じることが出来た。
 いわゆる「ハーフ」の選手の活躍である。
 中でも鮮烈な印象を残したのが、柔道の90kg級で金メダルを獲得したベイカー茉秋東海大)。彼は父がアメリカ人で、日本が苦手としてきたこの階級での優勝は、柔道界での新たな潮流を予感させる。
 また、陸上の男子4×100mリレーでの銀メダルは日本のスポーツ史に残る快挙だったが、アンカーを務め、一瞬ではあるが、ウサイン・ボルト*6に並びかけたケンブリッジ飛鳥(ドーム)は、父がジャマイカ人だ。
(中略)
 なぜ多くの競技でハーフの選手が同時期に活躍するようになってきたのだろうか。読み解くためには時計の針を、1980年代から90年代初頭へと戻す必要がある。
 ケンブリッジが生まれたのは1993年、ベイカーが誕生したのは1994年だ。彼らに限らず、1990年代に生まれた選手たちの背景を探っていくと、両親のうちどちらかが、バブル経済の繁栄に沸く日本にやって来てパートナーと出会い、子どもをもうけたケースが多い。
 法務省の在留外国人統計(旧登録外国人統計)を見てみると、1980年代後半から在留外国人の数が大きく増えており、その視点から考えるならば、バブル経済の残滓がハーフの選手たちの活躍につながっているのである。
(中略)
 この流れが今後も加速していくだろうと予測されるのは、法務省が発表した統計によれば、1995年から2015年末までの20年間に、在留外国人の数は136万人から223万人へと、およそ6割の増加が見られるからだ。特に1990年代末からの増勢が目立っており、21世紀に入ってから日本で家庭を持ったとするならば、その子どもたちはいま中学生にあたる。すでに各種競技のジュニアレベルではハーフの選手の活躍が顕著であり、シニアレベルに登場してくる日は近い。
(中略)
 すでに、ラグビーでは成功例がみられる。2015年のW杯でエディー・ジョーンズ*7率いる日本代表は、主将のリーチマイケル(すでに日本国籍を取得)はじめ、数多くの海外出身の選手たちがプレーし、南アフリカを破って世界を驚かせた。ラグビーでは選手、指導者という「労働力」の移動が世界規模で活発であり、ラグビー日本代表は海外と日本の選手たちの力を見事に融合させ、成功を収めたのである。

【2018年4月25日追記】
 コメント欄で元野球選手の衣笠祥雄がアフリカ系米国人(在日米兵)が父親であることを指摘されたid:Bill_McCrearyさんが
■アフリカ系日本人のプロスポーツ選手の先駆け(の1人)だった
https://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/35a871afd4d07ddc62d2f3bd0b5ca70d
という記事をお書きになっているので紹介しておきます。
 小生がこの記事で紹介した生島淳の記事についても、id:Bill_McCrearyさんからのコメントがされています。

*1:リオ五輪男子テニスシングルス銅メダル

*2:まあ五輪の場合、四大タイトルより格下扱いで、有力選手がほとんど参加しないという面はありますが

*3:著書『アメリカの大学院で成功する方法:留学準備から就職まで』(2004年、中公新書)、『ドット・コム・ラヴァーズ:ネットで出会うアメリカの女と男』(2008年、中公新書)など

*4:著書『スポーツルールはなぜ不公平か』(2003年、新潮選書)、『世紀の誤審:オリンピックからW杯まで』(2004年、光文社新書)、『駅伝がマラソンをダメにした』(2005年、光文社新書)、『アマチュアスポーツも金次第』(2007年、朝日新書)、『スポーツを仕事にする!』(2010年、ちくまプリマー新書)、『浅田真央はメイクを変え、キム・ヨナは電卓をたたく:フィギュアスケートの裏側』(2011年、朝日新書)、『箱根駅伝』(2011年、幻冬舎新書)、『箱根駅伝 新ブランド校の時代』(2012年、幻冬舎新書)、『箱根駅伝 勝利の方程式 7人の監督が語るドラマの裏側』(2013年、講談社プラスアルファ文庫)、『箱根駅伝 勝利の名言 監督と選手34人、50の言葉』(2014年、講談社プラスアルファ文庫)、『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(2015年、文春文庫)、『ラグビー日本代表ヘッドコーチ エディー・ジョーンズとの対話』(2015年、文藝春秋)など

*5:具体的には競泳男子400m個人メドレー萩野公介)、競泳女子200m平泳ぎ(金藤理絵)、柔道男子73kg級(大野将平)、柔道男子90kg級(ベイカー茉秋)、柔道女子70kg級(田知本遥)、体操男子団体、体操男子個人総合(内村航平)、レスリング女子フリースタイル48kg級(登坂絵莉)、レスリング女子フリースタイル58kg級(伊調馨)、レスリング女子フリースタイル63kg級(川井梨紗子)、レスリング女子フリースタイル69kg級(土性沙羅)、バドミントン女子ダブルス

*6:北京五輪男子100m、200m金メダル、ロンドン五輪男子100m、200m、4×100mリレー金メダル、リオ五輪男子100m、200m、4×100mリレー金メダル

*7:東海大学ラグビー部監督、オーストラリア代表ヘッドコーチ、日本代表ヘッドコーチなどを経て現在、イングランド代表ヘッドコーチ