今日の産経ニュース(2019年2月28日分)(追記あり)

下村博文氏「選挙戦えないと判断」田畑毅議員辞職 - 産経ニュース
 下村らしいゲスさですね。被害女性に対する謝罪の言葉などは何もないのか。


自民党細田派幹部、首相の総裁連続4選発言「ありがたい」 - 産経ニュース
 正気なのかと唖然ですね。


【産経抄】2月28日 - 産経ニュース

 韓国の文在寅ムン・ジェイン)政権が、「建国の起点」と位置づける「三・一独立運動」の100周年記念日が明日に迫った。日本統治下の朝鮮で1919年3月1日、京城(現ソウル)に集まった人々が独立を宣言し、デモが全土に広がった。

 これについては小生も新刊紹介:「歴史評論」3月号 - bogus-simotukareのブログで簡単に取り上げています。

 日本側は参加者を弾圧し、7500人をこえる死者を出した、と日本の教科書に書いてある。もっとも歴史作家の八幡和郎さん*1によれば、この数字は上海に亡命していた運動家が「真相はわからないが」と断りながら出してきたプロパガンダにすぎない(『捏造(ねつぞう)だらけの韓国史ワニブックス)。

 俺も三・一運動に詳しくないのでなんとも評価できませんが、それにしても酷いですね。「プロ右翼活動家」八幡は韓国史の専門家じゃないでしょうに。
 八幡なんか持ち出してる時点で「たぶん7500人を超える死者てのは事実なんだろうな」と思いますね。大体、産経を信じれば「日本の加害(南京事件慰安婦など)については矮小化したがる日本の教科書検定」を通過したわけですし。
 なお、新刊紹介:「歴史評論」3月号 - bogus-simotukareのブログでも紹介しましたが死者数については

槙村浩と3・1独立万歳運動とは?
 1919年3月1日から「独立万歳」をさけんで朝鮮全土で独立運動をおこしたとき、天皇制の軍隊は、容赦なく銃火をあびせ、8千人近い人を殺し、多くの人びとを投獄しました。

という指摘があります。

 運動をきっかけに日本政府は、ハングルの新聞の発行を認めるなど、統治のソフト化を図った。運動の起爆剤となる独立宣言を書いた李光洙(イ・グァンス)は親日派となり、創氏改名して日本語の小説を発表する*2。果たして、建国の起点としてふさわしい日だろうか*3

 産経は常日頃「日本の韓国統治には問題などなかった」と強弁します。
 しかし、この文章は素直に解釈すれば「統治がハードだったから、ハングルの新聞の発行を認めなかったから、韓国人が反発して三・一運動が起こった(日本側にも大いに非があった)→運動後、ハングルの新聞の発行を認めるなど、統治がソフト化した」としか解釈できません。
 「結局、1945年の日本敗戦まで独立できかったんやないか。統治が多少ソフトになっただけやん、そんな日を記念するとか文在寅はアホと違うか」などと文政権を小馬鹿にしてる気なのでしょう。しかし、その結果、産経は日本の非を事実上認めてしまっています。こういうのを「問うに落ちず、語るに落ちる」といいます。
 しかしその理屈だと「チベット騒乱を記念してるダライ一味」はどうなるんでしょうか。内心では産経は「アホやなあ、あんな騒動起こしたかて死傷者が出てダライがインド亡命に追い込まれただけやのに」とダライ集団を馬鹿にしてるのか。

 韓国国内でも保守派は、韓国が正式に独立した48年を建国の年としている。

 意味不明ですね。建国をいつとみるかと三・一運動をどう評価するかは全く別です。韓国において三・一運動を全く評価しない人間はほとんどいないでしょう。例えば三・一運動参加者で「韓国のジャンヌ・ダルク」とも呼ばれる柳寛順は

1962年、韓国政府がその功績を認めて建国勲章3等級「独立章」を授与し、独立烈士と呼ばれるようになった(ウィキペディア『柳寛順』参照)。

そうですが1962年と言えば朴チョンヒ軍事独裁政権です。朴の思惑はともかく、「親日派」朴も建前では「三・一運動を評価している」わけです。
 そして文在寅氏が柳寛順をたたえると「反日」と誹謗する産経も、そもそも「柳寛順が韓国において全国的に有名になったのは1962年の朴チョンヒによる叙勲」であることは無視するのだからいい度胸です。ただ将来的には朴チョンヒも産経にとって「所詮、彼の本心は反日であった」つう扱いになるんですかね。

 記念日にあわせた南北行事の共催も実現しなかった。三・一運動は、北朝鮮の抗日革命史とも相いれない*4

 何でそこで北朝鮮云々が飛び出すのか意味不明です。産経は北朝鮮シンパではないでしょうに。
【追記】

3.1独立運動に際して/平壌で報告会と討論会 | 朝鮮新報
・3.1人民蜂起100周年を記念して、「3.1人民蜂起100周年記念平壌市報告会」が1日、平壌の人民文化宮殿で行われた。
最高人民会議常任委員会の金永大副委員長が報告を行った。
 報告者は、3.1人民蜂起は日帝*5に奪われた国と民族の自主権を取り戻すための愛国抗争であったと指摘。「朝鮮民族の自主の精神と不屈の気概、愛国精神を誇示し、日帝の植民地統治に大きな打撃を与え、世界の被圧迫人民たちの民族解放闘争を大きく鼓舞した」と述べた。
 また、「3.1人民蜂起は人民大衆が民族の自主権と国の独立を求める闘争で勝利するためには、卓越したリーダーと革命的党の領導の下、自らの力量を固め、正しい戦略戦術に沿って組織的な闘争を展開するべきであり、武装には武装で立ち向かわなければならないという教訓を残した」と指摘。民族の自主独立を願う朝鮮人民の願いが金日成主席によって実現されたと強調した。
 労働新聞や民主朝鮮などの国内各紙も論評を通して、3.1人民蜂起は日帝に奪われた国を取り戻し、民族の自主権を確立するために皆が立ち上がった反日愛国抗争であったと強調した。
 また、朝鮮の国家切手発行局は3.1人民蜂起100周年を記念し、人民たちの闘いの姿や重要な蜂起地域が記された地図を収めた切手を発行した。

平壌で討論会/3.1人民蜂起100周年に際し | 朝鮮新報
 3.1人民蜂起100周年に際して社会科学部門の討論会が2月28日、平壌の人民文化宮殿で行われた。社会科学院のリ・ヘジョン院長、関連部門の教員、研究者、記者らの参加の下、3.1人民蜂起の歴史的意義と教訓、日本の加害責任を示す5編の論文が発表された。
 金日成綜合大学歴史学部のチェ・スナム学部長は、3.1人民蜂起が朝鮮人民の反日民族解放闘争の歴史において特筆すべき民族的な壮挙であったことを、蜂起の規模と特徴、蜂起で発揮された人民の民族精神、蜂起が反日民族解放闘争に与えた影響などに対する分析を通して解説・論証した。
 1919年3月1日に端を発する3.1人民蜂起は、平壌京城(現在のソウル)、南浦、義州、宣川、元山など主要都市で大衆的な反日蜂起が沸き起こったのを契機とし朝鮮全土はもとより中国東北地方やロシアの沿海地方など朝鮮人の居住する地域に急速に波及した。チェ学部長は3.1人民蜂起は日帝の植民地支配に多大なる打撃を与えたに留まらず、朝鮮人民にとっては民族的覚醒を促し、闘争を通じて単純なデモ行動や分散的で非組織的な闘いでは民族的独立を成し遂げることはできないという貴重な教訓を得たと指摘。過酷な植民地支配に屈せず朝鮮人民が発揮した愛国精神を引き継ぎ、全民族的な運動で自主的な統一祖国を築く闘いに積極的に参加すべきだと強調した。

 「おやおや?」ですね。
 これらの記事を信じるならば、産経の認識とは違い「北朝鮮三・一運動をそれなりに評価してる」つうことでしょうか。
 まあ

平壌で討論会/3.1人民蜂起100周年に際し | 朝鮮新報
 単純なデモ行動や分散的で非組織的な闘い*6では民族的独立を成し遂げることはできないという貴重な教訓を得たと指摘。

3.1独立運動に際して/平壌で報告会と討論会 | 朝鮮新報
最高人民会議常任委員会の金永大副委員長が報告を行った。
「3.1人民蜂起は人民大衆が民族の自主権と国の独立を求める闘争で勝利するためには、卓越したリーダー*7と革命的党*8の領導の下、自らの力量を固め、正しい戦略戦術に沿って組織的な闘争を展開するべきであり、武装には武装で立ち向かわなければならないという教訓*9を残した」と指摘。民族の自主独立を願う朝鮮人民の願いが金日成主席によって実現されたと強調した。

つうあたりは明らかに「三・一運動に対する否定的な評価」ではあるでしょうが。
 とはいえ、「三・一人民蜂起」「日帝の植民地支配に多大なる打撃を与えた」ですから、それなりの評価はしてるわけです。
 なお「北朝鮮から完全に脱線しますが」、「武力には武力」つう考えは「是非はともかく」ある意味自然です。
 例えば新刊紹介:「歴史評論」3月号 - bogus-simotukareのブログでも触れましたが、韓国民族運動には「安重根伊藤博文・前韓国統監暗殺」「尹奉吉白川義則上海派遣軍司令官暗殺」のような「暴力の歴史」もあるわけです。
 あるいはI濱女史、M氏、阿部治平などは認めたがらないわけですが「1959年の騒乱」で挫折したダライ一味は「米中が国交正常化して軍事支援が打ち切られるまでは」CIAの支援で中国相手にゲリラ戦やってたわけです。
 結局ダライがゲリラ戦をやめたのは単に「米国が支援を打ち切り、ゲリラ戦で勝利できる見込みがなくなったから」にすぎないわけです。
 ダライが「子どもの頃からエースで四番(オロナミンCのCM)」のように「子どもの頃から平和主義で非暴力」なんてぶっちゃけ大嘘です。
 まあこういうことをいうとチベット愛好家(M氏、I濱女史、阿部治平など)からは「チベットの悪口を言うな」と言われ、確実に嫌われ、憎まれますが。
 それと「これまた脱線しますが」脚注で「武力には武力があるべき路線」つうのは「全くの嘘ではない」ものの「かなりの程度、政治的思惑の入ったお約束だろう」と書きましたがこういうのは他にもいくらでもあるでしょう。
 例えば今の中国は改革開放して事実上、毛沢東の路線からは離れてるでしょうが、それでも「建国の父・毛沢東の路線を我々は引き継いでる」が「お約束」「建前」のわけです。あるいは聖書の「天地創造」「処女懐胎」「イエスの復活」なんて科学的に見て、明らかに全部嘘です。ただしほとんどのクリスチャンは「それらはすべて真実です」とは今や言わない*10ものの一方で「全部嘘です」とはっきり認めるクリスチャンもたぶんあまりいない。
 でまあ、「学問の世界では」そう言うお約束は「それ、ただのあんたらの建前にすぎんやん。事実と違うフィクションやん」と批判してもいいでしょう。むしろ批判すべきかもしれない。ただし政治の世界はまた話が別です。
 お約束を「ああ、そうなんですか」で流すことでうまく話を回していくつう事はありうる。小泉訪朝での「拉致は末端の犯行です、わしら中央は最近まで知らんかったんです(北朝鮮の主張)」を突っ込まずに「ああ、そうなんですか?」で流したのなんかその一例です。
 たとえばこの三・一事件の件だと

武装には武装で立ち向かわなければならないという教訓を残した

なんつうのは素直に読めば「日帝相手に平和主義なんて三・一運動の指導者は甘いんだよ、武器とって戦う以外に手なんかねえよ」「日帝の連中なんかぶっ殺して何が悪い」「そう言う甘さ、弱点を克服したのが金日成同志のパルチザン闘争です」としか理解できないわけです。

文在寅大統領演説(全文) (3.1独立運動100周年記念式) | ちきゅう座
 朝鮮人の抵抗で死んだ日本人の民間人*11は、一人もいませんでした。

として「三・一運動は平和主義で良かった」つう認識を前面に出してる文在寅大統領演説とは大分違います(なお文在寅大統領演説(全文) (3.1独立運動100周年記念式) | ちきゅう座の筆者が指摘するようにこの演説はなかなか格調高い、感動的な物であり「安倍と文氏」「日本人と韓国民」の「レベルの違い(もちろん前者の方が愚劣)を痛感できる」と思うので一読をお勧めします)。
 そういう北朝鮮側主張「武力には武力」は見ようによっては「現在の核武装の正当化」とも読めなくもない。
 で「黒坂真みたいな人格のゆがんだ反共、反北朝鮮、反文在寅、そして反韓国、戦前日本美化」の「反動極右でサイコパス」は「文は三・一運動は平和的で良かったといってる。しかし北朝鮮三・一運動はぬるかった、武力には武力だと言ってる。またこういう武力第一主義が核武装の原因ではないか。文は北朝鮮を批判すべきだ」あるいは「三・一運動を平和的でよかったと言いながら、一方で安重根尹奉吉といった暗殺者を愛国者扱いしてる*12のは文はおかしい」といいかねませんがそう言う話でもない。
 ここで「平和的な三・一運動はぬるかった、武器とってたたかった金日成同士は偉大だという北朝鮮は間違いだと思います」「『三・一の弱点を克服したのが金日成同士』みたいな、『伊達公子を超えたのが全米、全豪優勝、世界ランク1位の大坂なおみ』みたいな認識には賛同できない」とか文氏が言っても「文は金日成同志を馬鹿にするな」「三・一が伊達で、金同志が大坂なおみで何が悪いんだ」とけんかにしかならないわけです。全然建設的じゃない。そして文氏は「ある程度自由な発言が求められる学者」じゃなくて「様々な配慮をした政治的発言が求められる政治家」の訳です。政治家ってのは「本音をストレートに語ればいい」つう仕事ではない。
 そこは「三・一運動のような平和的運動は我々の誇りだ」と「ダライラマ的、マンデラ的平和アピール」する一方で、北朝鮮については「朝鮮新報(朝鮮総連機関紙)が報じる北朝鮮最高人民会議常任委員会・金永大副委員長の『武力には武力』発言をどう思うか、ですか?。まあ、北朝鮮には北朝鮮の考えがあるでしょうから(支持はしませんが批判はあえてしません)」と流すのが合理的なわけです。
 そういうことが理解できないと家族会みたいに「北朝鮮が憎いから制裁する。バーター取引なんかしない」つう「非合理的な話」になるわけです。
 「北朝鮮の言い分を批判しないで適当に流すなんて小泉は、文は北朝鮮シンパか」とか言い出す馬鹿話になるわけです。まあ、「太陽政策支持」の俺に対する「アンチ北朝鮮」N原さんの非難「ボーガスは北朝鮮に甘い」なんかもろにそれだと思いますが。まあそう言う意味で俺は「価値観が違いすぎる(単純なアンチ北朝鮮がN原さんだが俺はそうではない)」ので「俺の北朝鮮認識」についてN原さんに理解してもらえるとはかけらも思っていません。
 なお、ここで紹介した朝鮮新報記事については新刊紹介:「歴史評論」3月号 - bogus-simotukareのブログでも紹介して、別途コメントしてますので一読頂ければ幸いです。

*1:蓮舫二重国籍」のデタラメ』(2016年、飛鳥新社)、『「立憲民主党」「朝日新聞」という名の偽リベラル』、『「反安倍」という病』(以上、2018年、ワニブックス)、『誤解だらけの沖縄と領土問題』(2018年、イースト新書)、『捏造だらけの韓国史』(2019年、ワニブックス)、『「日本国紀」は世紀の名著かトンデモ本か』(2019年3月刊行予定、ぱるす出版)などトンデモ右翼著書多数。

*2:別に李光洙だけが運動参加者ではありませんし、彼の晩年の「親日行為」は若き日の行為を否定しません。なお、彼については小生も新刊紹介:「歴史評論」3月号 - bogus-simotukareのブログで簡単に取り上げています。

*3:余計なお世話です。つうか「植民地化後、初めての大規模な独立運動三・一運動)」を建国の起点と認識するのはごくごく自然です。まあ「2月11日に神武即位」なんて明らかな与太(虚構)を「建国の日」とする「東アジアの某島国」よりはマシでしょう。

*4:「相容れない」ことはないでしょう。ただ三・一運動には反共保守も参加してますし、マルクス主義的な運動ではない(また時期的に三・一運動当時は幼児の金日成も参加してない)のでその意味で「三・一運動の弱点を克服したのが金日成主席です(トリが金日成、前座が三・一運動?)」「孫文先生の考え『三民主義』を発展させたのが我々中国共産党です(蒋介石ではない)」的な扱いかもしれません。ただそれは「相容れない」つうことではないでしょう。

*5:大日本帝国または日本帝国主義のこと。

*6:前後の文脈から見て「単純なデモ行動や分散的で非組織的な闘い=三・一運動」でしょう。まあ北朝鮮の主張への賛否はともかく三・一運動は「1959年のチベット騒乱」同様、確かに、かなり「情緒的な運動」で「どうやって独立をするかという具体的なプランなどなく、それほど深い計算もなかった(当然、北朝鮮の言うような分散的、非組織的な面があった)」とは思います。そして三・一運動が弾圧され、独立という意味では挫折したからこそ「独立をどう目指すか」を深く考えるつう面もやはりあったでしょう。

*7:金日成

*8:朝鮮労働党

*9:まあ、「武装には武装」はあくまでも「北朝鮮金日成パルチザン闘争で建国された」とか「米国の核には我が国は核で対抗せざるを得ない、米国が正式に終戦協定を結び、我が国と国交樹立でもしない限り、米国の善意を信用し核廃棄することなど出来ない」とかいった「政治的思惑をバックに持つ主張(ある種のお約束、建前)」と見るべきでしょう。単純に北朝鮮が「武力第一主義」と見るべきではないでしょう。

*10:「すべて真実」と言う連中ももちろん一部にいますが

*11:わざわざ「民間人」といってると言うことは、「警官や軍人」には死者がいたのでしょう。まあそれにしてもおそらくは「警官や軍人に殴られたからやり返す的な物」であり「警官や軍人を自分たちから大量殺害」ではにないでしょうが。

*12:まあ、揚げ足取りすれば確かに「論理矛盾」かもしれませんが、まあ『韓国民の気持ち的にはそうなんだろうな』とよく分かる気がします。「安重根尹奉吉は民族の誇りだ」「三・一運動が平和的だったのは民族の誇りだ」が両立するのもなんとなく分かる気がする(まあテロとはいえ安らのテロは「無差別テロじゃない点(政府高官がターゲット)」は評価できるかと思いますが)。