【主張】G20と米中 自由貿易を守る原則貫け 覇権争いの長期化に備えを - 産経ニュース
G20と合わせて行われた米中首脳会談で、貿易交渉が決裂する事態は回避された。世界経済全体が悪化するリスクが多少なりとも遠のいたのは歓迎できる。
さすがの産経も「米国はこの際、中国を関税で締め上げてぼこぼこにしろ」とは言わないわけです。まあ、宮崎正弘などウヨ連中はその種の放言を平然としますが。
【昭和天皇の87年】在留邦人危うし 中国軍精鋭が日本人街に襲いかかった - 産経ニュース
日本が中国侵略してるのにこういうタイトルとは産経もいつもながらなかなかいい度胸です。
ナチス・ドイツは日本と防共協定を結んだが、ドイツ国防軍は日露戦争でロシアと組んで以来、伝統的に日本を仮想敵国とみなしていた。第一次世界大戦で山東省の租借地を奪われてからはその傾向が強く、国民党政府に顧問団を送って軍事力の強化に努めていたのだ。
「日本が仮想敵」ということではなく*1中国市場にドイツ製武器を売り込むに当たり、セットで顧問団をつけたというだけの話でしょう。
そもそも日本の中国侵略が本格化するのは満州事変(1931年)以降のことですし、ドイツ軍事顧問団は「満州事変よりずっと前からの話」です(この軍事顧問団による中国軍の軍事力の強化もあって蒋介石はいわゆる北伐(1926~1928年)に踏み切ったとされます)。
今もそうですが当時においても「巨大な中国市場」はドイツにとっても大いに魅力でした。
ちなみに、ウィキペディア「中独合作」によれば
1)「ベルサイユ条約で植民地を全て失い、軍事力も制限されたが故に」、第一次大戦終了後は中国においては「ドイツは中国侵略の意思も能力もない」として中国に香港という植民地を持つ英国などに比べると中国人の受けがよかった
2)日本の近代化が主としてドイツを模範にしていたため、蒋介石もドイツを模範にした近代化を考えていた
という面も「ドイツの中国への経済進出」にプラスに働いたようです。
なお、ドイツとしては日本が中国侵略をすることによって「軍事顧問団などでの中国との付き合い」「日独防共協定などでの日本との付き合い」の矛盾に苦悩し「日中が講和すればいいんだ」ということで有名なトラウトマン和平工作(1937年11月~1938年1月)を仕掛けます。
しかし日本が和平工作を蹴ったが故にドイツは「日本と中国、どちらをとるか」の選択を迫られ「いずれソ連と戦うには軍事強国日本と手を結んだ方がいい」という反共主義者ヒトラーの判断で日本が選択されます。
コメント欄で「ジョン・ラーベ(ジーメンス社駐在員)についての指摘」がありましたが日独提携を目指すヒトラーは南京事件を理由に日本に批判的なラーベを「日独友好の邪魔者」として冷遇したわけです。
以前読んだある本*2によればドイツ財界自体は「中国市場の魅力」や「蒋介石政権を支持する米英がドイツに反発する恐怖」から中国を選択したかったようですが。「歴史にイフはない」ですが、この時ドイツが中国を選んでいれば、日中戦争の継続もなく、ひいては太平洋戦争もなかったかもしれません。いや当時の日本だと「ドイツも中国支持に回ろうが知ったことか」と暴走する危険性もゼロではないですが。
【話の肖像画】チベット難民の医師・西蔵ツワン(67)(1)難民キャンプ経て日本留学 - 産経ニュース
生まれたころのチベットは独立国として広く認められていました。
ぶっちゃけそんな事実はないと思いますが。コメント欄で指摘がありますがこの方が生まれた頃って年齢から考えて「1952年」ですからねえ。