三浦小太郎に突っ込む(2019年8月13日分)

「僕は反戦映画というのは何にしても嫌いなんだ。かわいそう、かわいそうという映画も嫌ですね」(野坂昭如) | 三浦小太郎BLOG Blue Moon
 まあ野坂氏*1はともかく三浦らウヨは「日本の戦争をテーマにした反戦映画」は嫌いでしょうねえ。野坂氏はともかく、三浦らウヨの場合は「日本の非を認めたくない」という実にくだらない理由です。
 ただし「日本の戦争をテーマにした好戦映画(石原慎太郎の例の特攻映画とか)」や「三浦らウヨが大嫌いな外国(例:ソ連)の戦争をテーマにした反戦(?)映画」なんかは大好きでしょうね。これまた「日本をどんなときでも美化したい」とか「気にくわない外国を罵倒したい」とかいう実にくだらない理由です。
 なお、「単にかわいそうじゃダメだ」つう事は確か本多勝一*2も言っていたと思います。ただし本多氏の場合「なぜかわいそうな事(戦争の悲劇)が起こったのか。戦争は人災なんだからそこを追及しなきゃダメだ!。戦争は天災じゃないんだ!。原因を追及しなきゃダメだ!」「太平洋戦争なら、昭和天皇など政府上層部の責任を追及しなきゃダメだ」つう話ですけど。
 また、実は「火垂るの墓」の高畑氏*3自体が「単にかわいそうじゃダメだ」と言っていたかと思います。「自分はそういう映画を作ったつもりはない」と。
 「火垂るの墓」の兄妹は結局は「子どもを守るべき大人に見捨てられて死んでいる(餓死)」わけです。ある意味人災です。空襲で死んでも人災ですが「食べ物をきちんと食べて生きている人間(例:昭和天皇一家)もいる中で餓死してる」というあの兄妹は明らかに人災です(特に兄の方は終戦後、戦災孤児として餓死してるわけですし)。
 正直、小生はあの兄の死には

ヒロヒト 詔書 曰ク 國体はゴジされたぞ 朕はタラフク食ってるぞ ナンジ人民 飢えて死ね ギョメイギョジ」(表面)、「働いても 働いても 何故私達は飢えねばならぬか 天皇ヒロヒト答えて呉れ 日本共産党田中精機細胞」(裏面)

というプラカード事件を連想しました。朕がたらふく食っていたときに、あの兄は戦災孤児として餓死していたわけです。
 なお、プラカード事件については朕はたらふく食っていた ― 食糧メーデー当時の宮中の献立 - 読む・考える・書くを紹介しておきます。
 そういう意味では「単にかわいそう」ではない。娯楽映画としてそこまで描くことは難しかったといえるでしょうし、我々が想像力を働かせる必要があるでしょうが、「守るべき子どもを戦時中だけでなく、戦争後も餓死させるなどと言う冷酷なことをなぜ日本社会は行ったのか」「そんなことを行った当時の日本社会は何かが狂っていたのではないのか(いや実際、狂っていたと思いますが)」ということを考えさせられる映画かと思います。


N国党については真鍋氏のこの論考が最も的を得た分析と思いました | 三浦小太郎BLOG Blue Moon

 知人の職場ではかなりの人が投票していたとのこと。

 そりゃ三浦の知人ならウヨが多いでしょうからねえ。N国党に投票もするでしょう。ただしそれが日本で一般的とはとても言えないでしょうが。

 比例代表で98万票超を獲得した事実は重い。この100万人近い人々の「民意」。深層に、自分たちの存在など歯牙にもかけない現状の政治体制に対する絶望や、自分たちの生活実感とかけ離れた「優越的な地位」の既得権益層に対する敵意があるに違いない。

 そう決めつける根拠は何なのかと言うことですね。今のところ分かってることは「非常識極右のN国党が比例で1議席とった」「この事実は重く受け止めないといけない」ということだけでしょう。N国党の支持者に対し、意見調査でもしなければこんなことはいえない。しかし、真鍋某氏は根拠もなく「俺はこう思うんだ」に過ぎないようですから話になりません。

 「N国党」は、既存の政党がアプローチできていなかった「無党派だが何らかの不安や不満を抱えた層」を掘り起こすことに成功していた、と素直に考えるのが正しいように思われる。それは山本太郎代表が率いる「れいわ新鮮組」も同様だろう。
 「れいわ」と「N国党」は出現の仕方もベクトルも異なるが、社会の地滑り的な崩壊が始まったことを知らせる、いわば2つの別々の音色を発する警笛のようなものであろう。

 「れいわをどう評価するにせよ」れいわとN国党を同一視するのは明らかに不適切でしょう。山本太郎氏はもともと「小沢一郎氏が党首を務める自由党所属」だったし、大阪で「共産党の辰巳コータロー氏の応援演説」もしています。既存政党と敵対関係にあるわけではないし、野党共闘への参加を否定しているわけでもない。そしてワンイシュー(NHK叩き)のN国党と違い、それなりに「まともな政策を打ち出そうとしている」。
 重度障害者を比例上位に付けて、日本の福祉施策の貧困をアピールしたというのは「一種のポピュリズム」かもしれませんが少なくともN国党の「NHK叩き」ほど無意味ではないでしょう。そもそも比例上位の障害者も「その世界では有名なひとかどの人物(それなりに才能と人望のある人物)」だと言います。明らかにれいわはN国党ほど無茶苦茶ではない。
 まあ、N国党についてはあんな党が議席をとるのかという恐怖感と絶望感を感じる一方、「馬鹿馬鹿しい」としか思わない俺ですが、れいわについては「前原*4、細野*5のような右派を抱える*6上に、過去に支持者が頼んでもいない解党劇*7を突然はじめるなどと言う醜態をさらした旧民主党系には不満があるが、共産党を支持するのは躊躇する」と言う層、つまり「中道左派リベラル保守」「昔なら社民連新党さきがけ辺りに投票した層」にはうまくマッチしたのだろうと思います。その結果、れいわは従来なら立民や共産に流れたであろう票を獲得して議席を得た。その意味でれいわの存在は立民や共産にとっては票の伸び悩みを今回皮肉にももたらしました。
 この辺り、そうした層(中道左派リベラル保守)を重要な支持基盤の一つ*8とする立民や共産にとっては、れいわは「ある種の脅威」ではあります。そしてそうした層は少なくとも「N国党を支持するようなトンチキ(非常識極右?)」と同一視は出来ないでしょう。
 いずれにせよN国党だのれいわ*9だのよりも「社会の地滑り的な崩壊」を感じさせるのは「参院選での投票率の低さ」「テレビ局がまともに選挙報道せず低投票率を助長したこと」と「モリカケなど安倍の無法を自民党支持者が未だに黙認していること」だと思いますね。
 まあ、それはともかく。ウヨの三浦が「N国党は既成政党の危機」という真鍋説にのるのは、「N国党に警戒せよ!」という真鍋氏とは違い「N国党は自民の危機!」と言いたいからでしょう。
 「いいもん、安倍自民が河野談話正式撤回とか一帯一路不参加とか俺たち極右の希望を叶えてくれないなら、極右のN国党を支持しちゃうから!。それでもいいのか!」という脅しのつもりなのでしょうが、まあ、随分と無様です。別にN国党なんて三浦らウヨ連中が組織的に支援してるわけでもないでしょうからねえ。そして現時点でのN国党の力ではそんな脅しには全く使えないでしょう。今後、N国党が大きく伸びる見込みも今のところはない。

【追記その1】
■れいわ新選組は早晩潰れるんじゃないか?
 考えが大きく変わって大変恐縮ですが衝撃の事実が判明したので。

【インタビュー全文字起こし&音声配信】特集「重度障害者の「れいわ新選組」・木村英子議員、舩後靖彦議員に聞く」▼2019年8月14日(水)放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」22時~)
荻上
 現在の安倍政権について、舩後さんはどういう風にご覧になってますか?
舩後:
 消費税増税はデフレを20年以上長引かせることになっているので全くいただけません。現在 、自民党ホームページにも改革などの左傾化した言葉*10があるそうですがご存知ですか?総理の祖父の岸*11元総理は、(ボーガス注:ナチス統制経済支持だったことから)上司にアカと言われ激怒したそうです。それを知っているはずの安倍総理があえて左傾化した言葉を使うのは勇気あることだと思いますし、その根底には安倍政権が野党に対して柔軟な態度で接するという思いがあるような気がします。もしそうならその点については評価致します。
荻上
 最後にこの6年間の議員生活に向けての抱負や課題について教えてください。
舩後:
 全ては教育にありと考えています。
(中略)
 日本を弱体化するために GHQ が導入した教育や文化が要因
(後略)

 「改革が左翼用語」「安倍が野党に対して柔軟」「日本を弱体化するために GHQ が導入した教育」だの、どう見ても櫻井よしこ辺りのウヨ暴言と同レベルとしか思えませんが、実はこれ、荻上チキのTBSラジオ番組に出演したれいわの障害者議員・舩後氏の放言です。
 こうした人間性を知った上で山本氏が舩後某氏を比例上位に付けたとは思いません。おそらく「障害者業界の有名人」レベルの認識で「信頼する誰かに勧められるがままに」擁立したのでしょうがこれではれいわの「衰退と滅亡」も遠い日ではない、つうかれいわは潰れた方がいい気すらしてきました。こういうことが俺の知る限り「筆坂のセクハラ問題」など一部を除けばまずないですから共産は安心して支持できます。
 れいわみたいな新参者はこういうのがあるから怖くてうかつには支持できません。
 しかし荻上チキも今回もなかなかのお手柄と言うべきでしょう。まあ今回は荻上が厳しく突っ込んだわけではなく舩後氏が勝手に失言しただけですが。
 こんな「右翼陰謀論」では野党各党はもちろん、れいわ支持層ですら「何でこんなトンデモウヨ老人がれいわの議員なんだ!」と反発し、離反していくのではないか。
 山本氏も「あなた、大阪で辰巳氏を応援演説したこととと、こんなトンデモウヨ老人を擁立して議員にしたこととどう両立してるんですか?。明らかに矛盾じゃないですか?。舩後氏のこうした人間性を知った上で候補にしたのなら勿論、知らずに誰かに勧められるまま、候補にしたのでも無責任ですよ!」と俺みたいな人間に問い詰められたらどうする気なんですかね?
 三浦小太郎をかばい続けたid:noharraや「ノルウェーに霞を食えとは言えない」などと詭弁を吐いたid:Mukkeのような醜態をさらすのか。


【追記その2】
 今思えば、三浦がれいわ新選組をどう見るか | 三浦小太郎BLOG Blue Moon

私のポリシーで選挙前に特定の党を激しく批判したりまた賛同したりするのは避けたい

などと書いたのは「舩後氏の右翼性を知っていたから」かもしれません。舩後氏をしがらみから批判できず、とはいえ、れいわを褒める気にもならなかったと。


小川寛大氏の味わい深い文章を紹介します「原爆 アメリカ」 | 三浦小太郎BLOG Blue Moon

 人間は過去の歴史を(それが国のものであれ個人のものであれ)断罪しても何も得ることはない。
 日本のことわざのなかで「罪を憎んで人を憎まず」という言葉ほど美しいものは世界に中々ないと信じています。この言葉と聖書の「汝ら人を裁くな、裁かれざらんためなり」という言葉、この二つは人間が過去を見る上で決して忘れてはならない言葉ではないでしょうか(まあ、自分がそうできるかどうかと言えば難しいんですけど)

 「え、お前らウヨは、例えば中国についてチベット侵略だの、文革だのといった過去を断罪してなかったっけ?」「ソ連共産党スターリン粛清やアフガン侵攻などで(以下略)」「北朝鮮ラングーン事件や大韓機爆破事件などで(以下略)」と唖然とするのは俺だけではないでしょう。
 三浦らウヨが他国や他人に対し一度たりとも「断罪しなかった事実」なんかどこにもないと思うのですが。
 キリスト教の「他人を裁く前にまず自分を裁け。それが人としての道だ」と言う趣旨の言葉に反することばかりしているクズが三浦らウヨでしょう。
 「日本の戦争犯罪をデマで否定する」くせに、偉そうに中国や北朝鮮を「独裁国家だと非難する」のが三浦らウヨです。それのどこが「他人を裁く前にまず自分を裁け」というキリスト教の言葉に共感するのか。三浦らウヨが自分を裁いたことなど一度でもあるのか。
 結局「戦前の日本(南京事件慰安婦など)について反省したくない」三浦が居直ってるだけの話です。
 ちなみにこのキリスト教の格言ですが、

■罪の女(ウィキペディア参照)
 ヨハネによる福音書第8章2節-11節に次のような記述がある。
『律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、
「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。
 彼らがそう言ったのは、イエスを試して、訴える口実を得るためであった。
 イエスは彼らに言われた。
 「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。
 これを聞くと、彼らは、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。
 そこでイエスは身を起して女に言われた。
 「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。
 女は言った。
 「主よ、誰もございません」。
 イエスは言われた。
 「私もあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。

と言う有名な逸話がありますね。
 小生なんかは「これが事実だとして、嘘を許さないイエス・キリストの威厳もあったのだろうがパリサイ人って正直者だなあ」と思いました。三浦みたいなクズなら「私には罪はない」と言って平気で石を投げてるんじゃないですかね。まあ、三浦がやってる「日本の戦争犯罪をデマで否定する」くせに、偉そうに中国や北朝鮮を「独裁国家だと非難する」なんてのはそういうふざけた石投げ行為以外何物でもないでしょう。

 他者に「反省」「謝罪」を強いることも、自虐的に他者の前でことさらに過去を貶めることも、同じように奴隷根性だと私は思っています。

 「え、お前らウヨは、例えば社民党に、北朝鮮に対して甘かったとか抜かして謝罪を要求してなかったっけ?」と唖然とするのは俺だけではないでしょう。
 三浦らウヨが他人に一度たりとも「反省や謝罪」を求めなかった事実なんかどこにもないと思うのですが。
 結局「戦前の日本(731細菌戦部隊や沖縄集団自決強要など)について反省したくない」三浦が居直ってるだけの話です。
 「自虐的に他者の前でことさらに過去を貶める」も何も「戦前日本が無法な侵略を働いた」というのは残念ながら事実ですのでね。少なくともそうした事実を認め、謝罪した上で「二度としないと誓う」位のことはしないと話にならないでしょう。「つくる会理事」三浦のように「南京事件慰安婦中韓の捏造」などとデマで居直るなど人間として最低の行為でしかありません。そしてそうしたデマ屋に「デマはやめろ」と言う行為も当然の行為です。
 別に奴隷根性でも何でもない。
 つうか奴隷根性というなら「一帯一路参加を安倍が表明しても安倍批判ができない三浦らウヨの態度」の方がよほど「安倍自民に対する奴隷根性」でしょう。一帯一路を批判していたのが「反中国の三浦らウヨ」ではなかったのか。
 「安倍自民を批判することは何があっても出来ないんだ」つうのは奴隷根性以外何物でもない(別に「一帯一路をやめろ」などのウヨ的な安倍批判を三浦らウヨにしてほしいわけではありませんが)。
 あるいは「米国や中国が反発してるから靖国参拝できない」つう安倍の態度も「米国や中国に対する奴隷根性」以外の何物でもないでしょう(俺はアンチ靖国なので別に安倍に靖国参拝してほしいわけではありませんが)。
 それはともかく、当然ながら「南京事件慰安婦中韓の捏造」などと三浦らウヨのような「デマによる居直り」をすれば、「ああ、あいつは今後も自分の失敗や不正を、『俺は悪くない』『そもそも不正も失敗もない』とデマで居直り続けるんだろうな」と疑われて当然です。そういう意味で「南京事件慰安婦中韓の捏造」などと主張することは何のメリットもありません。
 「南京事件慰安婦中韓の捏造」などと主張することは必死に「私は自分の過去の過ちを認められず、嘘をついて居直る人間のクズです。今後も多分、過ちを何一つ認めず、嘘をつき続けると思います。だから私の言うことは信用しない方がいいし、私のような嘘つきとは必要以上には付き合わない方がいいです」と世界中に宣伝して回ってるようなもんです(本多勝一氏も確か同様の指摘をしていましたが)。
 「南京事件慰安婦については非を認めなくても他のことについては非を認める」なんて世間が考えるわけがない。
 イソップの狼少年の話と同じです。酷い嘘つきは何言っても信用されなくなる。
 いや三浦らウヨは実際「自らの非」を何一つ認める気はないでしょうが。
 「南京事件慰安婦中韓の捏造」などと主張することは道義的に問題があるのは当然ですが、それ以前に「あいつは絶対に自分の非を認めない嘘つきのクズだ、できる限り付き合わない方がいい」と周囲に人格を疑われたら自分にとってもデメリットでしょう。正直、河野談話村山談話などはそういう意味では単純な善意ではありません(善意ゼロとまでは言いませんが)。
 「南京事件慰安婦否定だの、誰も信じない説得力皆無の嘘なんかついて、居直って、『俺の過去の不祥事がごまかせて良かった』などと自分だけいい気持ちになっても、『あいつは最低のクズだ』と世間の評判を落とすだけでメリットがない」「ましてや、そのデマで中傷される中国、韓国は今や世界に冠たる経済大国で敵にするなんて馬鹿げてる。商売相手を敵にしてどうするのか。日本企業の不買運動でも起こったら、日本企業が中国や韓国で商売できなくなる」つう「実利(経済的利益、金儲けの論理)」も明らかにあるわけです。
 つうか「日本の戦争犯罪での被害国(中韓など)への謝罪」に限らず「企業不祥事での被害者への謝罪」であれなんであれ大抵の謝罪は「居直ったらかえって俺の立場が悪くなる」「被害者が反感を表明して、刑罰(刑事裁判の場合)や賠償金額(民事裁判の場合)が重くなる」「マスコミにたたかれて社会の信頼を失う」などというある種の損得勘定が大抵あります(そうした損得勘定しかないとは言いませんが)。
 犯罪事件で弁護士が被害者との示談を進めるのもそうした損得勘定があるわけです。
 三浦らゲス右翼に「道徳心がないのは当然」として、なぜかそうした実利、損得勘定がないのが三浦らウヨのようですが。
 「中韓なんか日本より格下だ*12」と思ってるのか、はたまた「日本企業の製品の品質さえ良ければ、何やっても不買運動なんか起きない」と思ってるのか、単に「中韓ビジネスについて何も考えてない馬鹿」なのかは知りませんが。三浦らウヨだと「何も考えてない馬鹿」でも不思議ではないと思いますね。

 会話の終わりごろ、一人の男性が私にこう問うた。
「お前は俺たちの国の歴史にやたら詳しいなあ。遠くから来て滅茶苦茶大した奴だ。日本では南北戦争史の人気が高いのか?」
 私は笑って返した。
「いや、ほとんどの日本人は関心ありません*13よ。でも、古い世代の左翼が意外に好きで、Japanese Communist PartyのBig Bossであるミスター・フワは日本を代表するリンカーン・マニアだ。まあ、マルクス気取りってやつですよ」
 私がそう答えると、場は大爆笑となった。リンカーンカール・マルクスは同時代人で、マルクス南北戦争奴隷解放、人種平等、つまり貧者の富者に対する階級闘争と見てリンカーンを熱烈に支持し、当時彼が滞在していたイギリスからアメリカに、北軍を激励する手紙も送っている。もっとも、リンカーン自身は社会主義というものが何なのかよくわかっておらず、自身が海外のおかしな政治勢力に利用されることを警戒して、努めて社交儀礼程度の対応しかしなかった。この「マルクスの一方的なリンカーン愛」は南北戦争史愛好家の間ではよく知られた話で、現代日本コミュニストさえそんな風なのかと、場のアメリカン保守の皆様方は笑いの声を上げたわけである。

 「はあ?」ですね。
 マルクスにせよ、不破氏にせよ*14、他の誰にせよ「奴隷解放のために動いたリンカーンを尊敬する」つうのは別におかしな話ではないでしょう。
 何がおかしいのかさっぱり分かりません。
 つうか「Japanese Communist PartyのBig Bossであるミスター・フワ」とかいって向こうの米国人が分かるんですかね?。
 日本共産党は国会に議席があるとは言え、ミニ野党です。我々日本人だって、大抵の人間が「英国の政党」と言ってすぐに思いつくのは「保守党と労働党」、「ドイツの政党」といって思いつくのは「キリスト教民主同盟社民党」くらい、つまり最大与党と最大野党でしょう。よほど興味がない限り、外国のミニ政党なんか知るわけがない。
 「三浦のウヨ仲間」の小川が「不破氏を小馬鹿にするために作った」できの悪い作り話としか思えません(これで小馬鹿に出来てるとは俺は思いませんが。なぜなら繰り返しますが「リンカーンを尊敬してる」と公言することは共産党支持者以外でも、例えば自民党支持者でもあり得ることであり別に恥ずかしいことでも何でもないからです)。
 ちなみに以前別記事で触れましたが昭和天皇の書斎にはリンカーンのブロンズ像があったそうです。昭和天皇も彼なりにリンカーンの生き様を尊敬し、評価していたんでしょうか?。そして小川は昭和天皇も笑いものにするんですかね。まあ、小川はウヨらしいからしないのでしょうが。
 さて小川がいう「社交辞令的なリンカーンの対応」とは次のようなもんです。

マルクスとリンカーンの交流 | Internet Zone::WordPressでBlog生活
拝啓
 私は指示により、貴協会中央評議会の祝辞が当公使館を通じて合衆国大統領にしかるべく伝達され、大統領によって受け取られたことをお知らせするものです。
 祝辞が表明しているお気持ちは個人にたいするものであり、このお気持ちをうけとった大統領は、米国民および世界中の非常に多くの人道と進歩の味方の人々から近来さしのべられてきた信頼に値いすることを示したいとの、心からの希望をいだいております。
 合衆国政府が明確に自覚しているのは、私たちの政策は反動的ではありえないが、同時に、いかなる場所でも宣伝活動や不法な干渉は差し控えるという、当初から採択した立場に忠実でありつづけるということです。合衆国政府は、すべての国家とすべての人間にたいし平等かつ厳格に公正な対処をするよう努力し、その努力の有益な結果に依拠して国内での支持と世界中の尊敬と行為を求めることです。
 諸国家は自分のためにだけ存在するものではなく、善意ある親交と模範によって人類の福祉と幸福を促進するために存在するものです。まさにこの関係において、合衆国は、奴隷との現在の紛争における自らの大義、〔奴隷制への〕反逆者たちへの支援を、人間性のためのものとみなしているものであり、わが国の態度が開明的な賞賛と熱烈な共感をうけているというヨーロッパの労働者階級の証言を新しい励ましとして、努力をつづけるものです。
敬具
チャールズ・フランシス・アダムズ*15

 まあ、確かに社交辞令的ではあるのでしょうが、少なくとも「ヨーロッパを代表する労働者団体から励ましの言葉を受け取って、我々は間違っていないと改めて確信し喜んでいます(俺の要約)」とは言ってるわけです。「泡沫団体扱いして全く無視したわけではない」というのはやはりそれなりに第一インターナショナルを評価していたと言うことでしょう(なお、マルクスの手紙は第一インターを代表しての物で、彼の個人的手紙ではありません。またマルクス第一インターの幹部とは言え、第一インターマルクスの私兵集団ではありません)。
 

 私も笑いながら、続けて言った
 「ああ、そういえばヒロシマ・シティーの元市長で、ソーシャリストのミスター・アキバという人物もリンカーン好きですよ」
 当然また、場は爆笑すると思った。

 繰り返しますが何で爆笑するんだかさっぱり分かりません。まあウヨの小川が不破氏だけでなく秋葉元市長まで小馬鹿にしたいことは分かりましたが。ここで露呈されてるのは「できの悪い作り話」で不破氏や秋葉氏を誹謗しようとする小川の馬鹿さ、下劣さですが当人はそうは思ってないのでしょうね。

 しかし次の瞬間、場は逆に静まり返った。少し間をおいて、一人がばつの悪そうに言った。
 「悪いな。そのヒロシマという町を俺は知らない」
 私はそれに対し、まったく深い考えもなく、軽くこう返した。
「え、そうなんですか。昔、世界で最初にアトミック・ボムが落ちた町です」
 場はますます静まり返り、「俺、もう用事があるんだ」と三々五々、人は帰りはじめ、そこでお開きのようなことになってしまった。
 私もよく分からないままその場を辞し、その集まりに連れて行ってもらった人と、その日の宿へ向かった。その途上、その人が本当に涙をポタポタと垂らしながら、私にこう言ってきたのである。
「許してくれ、カンダイ。原爆は本当にいけないことだった。アメリカはたくさんの過ちを犯してきた国だ。でも、本当にそれを申し訳ないと思いながら、少しずつみんなでがんばっているんだ」

 まるきり信用性のない話ですね。どう見ても小川の「できの悪い作り話」としか思えません。たぶん三浦もそんなことは本当は分かってると思います。
 第一に「不破氏がリンカーン・マニアである*16」という、何で笑うのか、何がおかしいのか、さっぱり分からない話で笑う変な人たちが何で広島の件では突然そんなにモラリスト(道徳家)になってしまうのか。
 第二に米国人のいる前で「昔、世界で最初にアトミック・ボムが落ちた町です」と公言するというのが不自然です。
 例えるなら、日本人に向かって中国人が「南京を知らないのですか。南京とは昔日本軍による大虐殺があった町です」「ハルピンを知らないのですか。昔731部隊の本部があった町です」というようなもんでしょう。
 あるいはスペイン人がドイツ人に向かって「ゲルニカを知らないのですか。昔ドイツ軍の爆撃があった町です」というようなもんでしょう。
 別に戦争犯罪がその場の話のテーマになってるわけでもないのに、そしてその場にいる人間がどういう価値観だか分からないのに、そんなことは普通言わない。そんなことを言ったらケンカになりかねません。
 第三に後で「すまない」とわびるくらいなら最初から「知らない」「俺、もう用事があるんだ」などという変なとぼけ方はしないでしょう。
 そして第四に「原爆は悪いことだった、たくさんの過ちを米国は犯してきた、でもみんなで頑張ってる」つうなら「沢山の過ちとは一体何なのか?」「そしてお前は何を頑張ってるのか?」つう話です。
 広島云々で「頑張ってる」つうなら「反核運動にでも参加してるのか?」と聞きたいところですが、まあ、そもそもこれ完全な作り話でしょうからね。

 小田は1950年代末留学した時、アメリカ人の前で、万葉集などの古典に自分なりの英訳をつけて朗読した。おおむね好評だった後に、原爆についての日本の詩人の作品を英訳して朗読しました。坐は静まり返り、もちろん反発もありましたが、その夜一人のアメリカ人が訪ねてきて「自分は個人として広島について謝罪したい」と述べたと言います。

と言う話を紹介し、三浦は「小川さんの話は小田実の話に似ている」と言いますがどう見ても小田実の話*17をパクってでっち上げた作り話でしょう(誰がどう見てもそうとしか理解できないのに小田の話を紹介する三浦も変な男です)。
 作り話だからこそ

 「不破氏がリンカーン・マニアである」という何で笑うのか、何がおかしいのか、さっぱり分からない話で笑う変な人たちがなぜか、広島の件では突然非常にモラリスト(道徳家)になってしまう

という不自然な部分が出るわけです。まあ、ウヨの小川は不破氏を小馬鹿にしたくて仕方がなかったのでしょうが。

 「戦争に正義も悪もない。当時の日本もアメリカも、それぞれにいいところ、悪いところがあった。確かに戦争の中では悲惨なこと*18が起こるが、それは当時の関係者が、当時の限られた状況の中で、彼らなりによくも悪くもベストを尽くした結果*19である。それはそれこそ南北戦争史を学んでいけば、誰もが到達する一つの結論*20だと思う。反省は必要だろうが、後世からの安易な断罪*21は誰も必要としていない。少なくとも私にそんな風に謝るのはやめてほしい」というようなことを何とか語ったことを覚えている。

 まあ「既に指摘したように」完全な作り話でしょうが、それはさておき。
 まず第一に「戦争に正義も悪もないのなら、ソ連北方領土に侵攻したことも、アフガンに侵攻したことも悪じゃないんですね!」「朝鮮戦争北朝鮮から開戦したことも(以下略)」などと聞きたいところです。多分そう聞いたら「お前はロシア(ソ連)の手先か!」「お前は北朝鮮の(以下略)」「冗談でも言っていいことと悪いことがある!」などとマジで怒り出すでしょうが。「正義も悪もない」と言う詭弁は日本限定で、あるいは三浦や小川らウヨがかばいたい国(原爆投下の米国?)限定で発動されます。
 第二に俺なら「あなたが原爆を悪いことだと思ってることは日本人として大変嬉しい。原爆投下はやむを得ないことで何ら問題ないなどと言われるよりはずっと嬉しい。ただ日本国首相でも何でもない一個人の私に、米国大統領でも何でもないあなたが謝っても正直意味がない。私があなたの言葉を嬉しいと思っても私個人の感情論で終わってしまう。本気で原爆投下が悪だとあなたが思うなら二度と原爆のような悲劇が起きないように反核運動に参加してほしいと思う。その方が建設的だ」とでもいうでしょうねえ。まあ三浦や小川らウヨは「日本核武装希望」でしょうからそうは思わないのでしょうが。
 そういえば本多勝一氏も中国取材の際に「別に日本軍の行為について謝らなくていい。あなたがやったことじゃない。しかし日本が二度とあのようなことをしないように努力はしてほしい(つまり南京事件否定論などのウヨのデマを批判してほしい)」と中国側に言われたと書いていた記憶があります。

*1:1930~2015年。1963年に「おもちゃのチャチャチャ」の作詞で第5回日本レコード大賞童謡賞を受賞。1967年に『火垂るの墓』『アメリカひじき』(後に新潮文庫)で直木賞受賞。著書『好色の魂』、『水虫魂』、『マリリン・モンロー・ノー・リターン』、『騒動師たち』、『とむらい師たち』、『骨餓身峠死人葛』、『童女入水』(以上、岩波現代文庫)、『東京小説』、『人称代名詞』(以上、講談社文芸文庫)、『エロ事師たち』(新潮文庫)、『にっぽん春歌紀行』(ちくま文庫) 、『死の器』(徳間文庫)、『赫奕(かくやく)たる逆光』、『東京十二契』(文春文庫) など(ウィキペディア野坂昭如」参照)。

*2:著書『中学生からの作文技術』(朝日選書)、『新・アメリカ合州国』(朝日文芸文庫)、『アイヌ民族』、『アメリカ合州国』、『アラビア遊牧民』、『植村直己の冒険』、『NHK受信料拒否の論理』、『カナダ=エスキモー』、『きたぐにの動物たち』、『釧路湿原:日本環境の現在』、『検証・カンボジア大虐殺』、『50歳から再開した山歩き』、『子供たちの復讐』、『殺される側の論理』、『殺す側の論理』、『事実とは何か』、『実戦・日本語の作文技術』、『しゃがむ姿勢はカッコ悪いか?』、『憧憬のヒマラヤ』、『職業としてのジャーナリスト』、『先住民族アイヌの現在』、『戦場の村』、『そして我が祖国・日本』、『中国の旅』、『天皇の軍隊』、『南京への道』、『日本環境報告』、『新版・日本語の作文技術』、『ニューギニア高地人』、『冒険と日本人』、『北海道探検記』、『滅びゆくジャーナリズム』、『マスコミかジャーナリズムか』、『マゼランが来た』、『新版 山を考える』、『リーダーは何をしていたか』、『ルポルタージュの方法』(以上、朝日文庫)、『本多勝一戦争論』、『本多勝一の日本論:ロシア、アメリカとの関係を問う』(以上、新日本出版社)など

*3:著書『十二世紀のアニメーション:国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』(1999年、徳間書店)、『漫画映画(アニメーション)の志:「やぶにらみの暴君」と「王と鳥」』(2007年、岩波書店)、『映画を作りながら考えたこと:「ホルス」から「ゴーシュ」まで』(2014年、文春ジブリ文庫)、『君が戦争を欲しないならば』(2015年、岩波ブックレット)、『アニメーション、折りにふれて』(2019年、岩波現代文庫)など

*4:鳩山内閣国交相菅内閣官房長官、野田内閣国家戦略担当相、民主党政調会長(野田代表時代)、民進党代表など歴任

*5:野田内閣環境相民主党幹事長(海江田代表時代)、政調会長岡田代表時代)、民進党代表代行(蓮舫代表時代)など歴任

*6:細野は自民行きを決めましたが、前原がいる国民民主は勿論、立民の福山幹事長も明らかに前原的な右派でしょう。

*7:解党劇を画策した連合執行部を支持者と同一視するのは無茶というもんでしょう。

*8:昔からそうだと思いますが、近年の共産は特にそうでしょう。共産は左派層のみの支持を得てきたわけではありません。

*9:そもそも上に書いたように俺個人はれいわについて「ただのポピュリズム」「N国党の同類」扱いするほど否定的な見解ではありませんが。最近は少ない(ほとんどのタレント政治家は自民から出るウヨ)ですが過去にも「中山千夏革新自由連合)」「中村敦夫新党さきがけ)」「大橋巨泉民主党)」といったリベラル派芸能人が国政進出してますのでそれと同様にしか理解していません。

*10:そもそも安倍以前に小泉氏が「構造改革」と言う言葉を使ってきたこと、「構造改革」と言う言葉を昔「江田三郎という社会党幹部」が使っていたことを知っていれば「この爺は今頃何言ってるんだ?(呆)」つう話でしかありません。

*11:戦前、満州国総務庁次長、商工次官、東条内閣商工相を歴任。戦後、自民党幹事長(鳩山総裁時代)、石橋内閣外相を経て首相

*12:経済力においては今はとてもそうは言えないでしょう。

*13:まあ、「研究者でもない限り」ほとんどの日本人はそんなに強い関心はないでしょうが「リンカーンを尊敬する」「南北戦争に関係した小説(風と共に去りぬ、アンクルトムの小屋など)を読む」程度の興味関心はあるでしょう。

*14:まあ不破氏の場合、読者や聴衆の興味を引くために演説や著書で「マルクスリンカーンに手紙を送ったことがあるんですよ」と触れたことがあるだけで、マニアではないのですが。

*15:当時、駐英公使。祖父は第2代アメリカ大統領ジョン・アダムズ、父は第6代アメリカ大統領ジョン・クインシー・アダムズ

*16:「繰り返しますが」不破氏の場合、読者や聴衆の興味を引くために演説や著書で「マルクスリンカーンに手紙を送ったことがあるんですよ」と触れたことがあるだけで、マニアではないのですが。

*17:まあ小田の話も、本当かどうか疑えば疑えるのかもしれませんが。

*18:「悲惨なこと」などという曖昧な言葉で慰安婦南京事件731部隊など日本軍の戦争犯罪の問題をごまかそうとはまさにクズです。戦争犯罪は「一般的な戦争の悲劇」とは話が違います。

*19:南京事件慰安婦731部隊のような日本軍の戦争犯罪の何が「よくも悪くもベストを尽くした結果」なんですかね?。「野球でゲッツーコースに打ってダブルプレーになった、でも選手はベストを尽くした」なんて話とは全然違うでしょうよ。野球に例えるなら「守備、攻撃、走塁の妨害」「審判の判定に逆ギレして暴行」などと言った反則行為に該当するのが戦争犯罪です。

*20:南北戦争を学ぶと戦前日本に無反省なバカウヨになる」そうです。呆れて二の句が継げません。まともな南北戦争研究家は怒っていいでしょう。

*21:小川や三浦にとって「必要な反省」と「不要な『後世からの安易な断罪』」の違いは何なのか、説明してほしいところです。もちろん「反省」云々はお為ごかしで本音は「後世からの安易な断罪云々を口実に反省せず居直る」つう話の訳ですが。