高世仁に突っ込む(2019年9/29、30分)

日本に裸婦像が乱立したわけ1 - 高世仁の「諸悪莫作」日記

 テレビはスポーツ一色である。陸上世界選手権競歩で初の金メダル、女子バスケアジアカップ4連覇、そしてラグビーワールドカップアイルランドに勝利・・・そのたびに「ニッポンすごい!」とスタジオが大盛り上がり。喜ばないと非国民扱いされそうだ。ちょっと異常じゃないか。
 そもそもスクラムを組むのはなぜか、ラグビーの基本のルールも知らないのに「すごい」と騒ぐかみさんに、「愚民化政策にのせられないように」などと嫌味を言ってはうるさがられている。
 明日から導入の消費税にしても、いつもながらの「これでお父さんのお小遣いが減るのではと・・」とか「かけこみでトイレットペーパーを両手で抱えた主婦が・・」みたいな小市民的な情景描写ニュースばかり。
税はどうあるべきか、もっと鋭い切込みができないのか。

 高世のテレビ批判には全く同感ですね。もっと「関西電力の裏金問題」など社会的ニュースを報じたらどうなのか。

・なぜ裸婦像がいろんなところに建っているのか、昔から不思議でならなかった。
・この長年の疑問を解いてくれたのは、いま開催中の国内最大規模の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」だ。といっても、私が観に行ったわけではなく、トリエンナーレに関する新聞記事による。
 「彫刻家の小田原のどかさん(33)は、日本に乱立する裸婦像に関する『事実』を作品化する。『私も持つ女性の裸体が利用された、という告発の作品です』」
 取り上げたのは、東京都千代田区三宅坂小公園にある《平和の群像》。
 これこそが、日本の公共空間における女性ヌード像の第一号であるという。そして、この像は日本の戦後のイデオロギー的転換を具現化したものだった。
 「三美神を意識した3人の女性の裸像だが、戦前は同じ台座の上に、軍人の騎馬像が建っていた(三宅坂一帯は帝国陸軍の拠点だった)。《寺内元帥*1騎馬像》は戦時中の金属回収によって撤去されたが、戦後、残された台座を再利用して設置されたのが《平和の群像》である」
 小田原のどかさんは、「三つの裸婦像『平和の群像』は、台座が大きすぎてアンバランスと思っていた。(略)戦中の金属供出でなくなった陸軍大将の台座を再利用したものとわかった。旧陸軍の参謀本部があり、軍国主義の象徴だった三宅坂*2に残った空の台座に『新しい日本』の平和の象徴として、女性の裸を『安易に載せた』と怒りを感じたという。
 国立国会図書館にある連合軍司令部(GHQ)の報告書には、空の台座は平和的シンボルで埋めるべきだと記されていることもわかった。小田原さんは『反省もなく裸婦像を作って宣伝した』この場所から全国の公園などに裸婦像が広まったとみる。『彫刻は長期間残る人工物。その場所の歴史や文脈を考える視点を持たないと』」(朝日新聞7月30日夕刊)
 要は、GHQが日本を「平和国家」に転換すべく、軍事色を一掃しようとした方針への迎合が、平和のシンボルとしての裸婦像の乱立(しかも公共空間における)となって現れたという解釈だ。

 面白い説ですがこれだけでは「明らかに説得力に欠けます」ね。
 『本当に「平和の群像」のせいで裸婦像が広まっていったのか』はこれでは証明できてるとは言えないでしょう。
 また、「平和的シンボルがなぜ裸婦像?」つう疑問を俺は感じますね。仮に「平和的シンボル=女性」と考えたとしても裸体にする必要は必ずしもないはずです。 


かんぽ報道でNHKに圧力 - 高世仁の「諸悪莫作」日記
 高世も批判していますが、こうした批判報道(NHKへの政治介入や関電の裏金疑惑*3)がもっぱら一部の新聞*4と週刊誌*5ばかりでテレビが「ラグビーワールドカップだ、世界陸上だ」で故意に浮かれた「ふりをしている」ことには心底怒りを禁じ得ませんね。
 「アイルランドからの大金星(ラグビー)」などに浮かれるなとは言いませんがものには限度があるでしょう。
 「モリカケ疑惑」など、安倍の悪政が未だにまかり通る背景にはもちろん「国民の馬鹿さ」や「野党の力不足」もありますが、テレビ局が安倍批判から逃げ続けることも大きいと言えるでしょう(この点、一部の新聞や週刊誌は頑張ってるとは言えるでしょう)。
 関電の裏金疑惑にしても

・新聞や週刊誌はともかくテレビ局には何も期待できないんだろう。
・仮に国会議員や中央官庁(経産省)の関与がなくても*6、安倍政権が関電疑惑について『マスコミや野党に追及されてもかまわない、俺たちは関係ないから』と無関心*7でも、疑惑の当事者が『関電と地元の地方政治家(それも県知事ではなく地方議員や市町村長レベル)だけ』で『安倍政権や経産省は関係なくても』テレビ局は『関電と地方政治家レベルですら、相手が怖くて何も出来ないんだろう』

と俺はテレビ局を軽蔑しています。
 「韓国の法相ガー」とかやる前に「日本国内の疑惑報道、批判報道」をやったらどうなのか。
 例えば加計疑惑の張本人である萩生田がよりによって文科相の上に、文化庁に露骨に圧力かけてトリエンナーレ補助金不支給なんて嫌がらせをしてるのに、それをろくに批判しないのだから、あげく嫌韓国なんて差別行為に精を出してるのだから、日本のテレビ局は「糞野郎の集まり」としかいいようがないですね。
 「バカなテレビ局社員がつくってバカな視聴者が見るのがテレビ」というべきでしょうか。俺も昔に比べればテレビは「スポーツ中継」位しか見なくなりましたね。正直、最近のテレビは見てると不快になりますので。
 それにしても「かんぽの件」には「ある意味」びっくりですね。
 郵政当局の犯行(?)自体はモリカケなどと違いおそらく「郵政族議員、総務族議員というわけでもない」安倍がやらせたわけではないので、「俺がやらせたわけじゃないから」として人気取りのために安倍が「郵政の徹底的是正を目指す」「行革を大胆に進める、しがらみはこの際切り捨てる、膿は徹底的に出す」などとしてむしろ、NHKの郵政批判を歓迎し、批判報道を褒め称え、郵政当局に「NHKへの抗議などと言う馬鹿なことはするな」と逆に叱責すらするかとすら思っていたんですがねえ。
 「経営委員会を利用した」安倍のNHKへの介入行為が許しがたいのは当然として、安倍が何考えてるのか気になるところです。
1)いかなるものでもNHKの政府批判は許さない、安倍と直接関係ないもの(今回のかんぽ不正)でも許さないのか、
2)安倍政権が郵政族、総務族議員や総務官僚、郵政官僚に媚びなければならない理由(例:安倍のお気に入りの政治家、官僚にそういう総務族議員や総務官僚がいる)でもあるのか。
 どっちにしろ、これでは安倍政権下においては「安倍が直接関係ない政府不正」すら完全な個人的犯罪でない限り「追及望み薄」ということがわかった*8わけです。安倍支持者はこんなんで本当にいいのか。改めて安倍支持者には呆れます。
 それにしてもテレビにおいて郵政批判が鈍いのも他の件とは違い、「安倍の恫喝」よりも「総務官僚、総務族議員にテレビ局が屈服*9」と言う話であって「首相が安倍でなくてもあり得た話」なんでしょうか。

*1:第一次桂、第一次西園寺、第二次桂内閣陸軍大臣朝鮮総督、首相などを歴任した寺内正毅のこと

*2:ちなみに戦前はそうなのでしょうが、戦後は「三宅坂」と言えば社会党のことを意味しました。参謀本部の跡地に社会党本部が長くあったからです。ちなみに社会党と同様の理由「党本部があるから」で「信濃町公明党」「代々木=共産党」です(共産党本部の住所は実は「渋谷区千駄ヶ谷」なのですが「最寄り駅は千駄ヶ谷駅ではなく代々木駅」のため、「代々木」と呼ばれます)。

*3:関電の疑惑は、「どうやって裏金をつくったのか(背任や脱税?)」「何のために金を渡したのか(贈収賄?)」という意味で単に「道義的や政治的問題だけではなく」刑事犯罪が成立する疑いがあり、検察が動いてもおかしくないレベルの疑惑でしょうが「モリカケで逮捕起訴なし」の醜態を検察はまたやらかすんでしょうか?

*4:産経は勿論、「産経同様に」安倍応援団と化してる読売、日経には何も期待していません。

*5:もちろんくだらない韓国差別記事を特集にした週刊ポストというふざけた週刊誌も一方ではありますが。

*6:たぶんあるでしょうが

*7:これまたありえないでしょうが。

*8:つまりは文科省天下り斡旋で前川氏の次官辞任処分が出たのは単に「文科省に政治力がない」とか「安倍が文科省をかばう必要性を感じない」とかいう話に過ぎず「かばいたいらしい総務省日本郵政」だとこうなるわけです。

*9:勿論それを安倍が容認してるという面はありますが