今日のロシアニュース(2019年11月4日分)

【地球コラム】「ソ連」顔負けのシリア戦略~「最大の勝者はプーチン大統領」~:時事ドットコム

 ロシア南部の保養地ソチ。10月22日、プーチン*1大統領が大統領別邸で、外国首脳とシリア内戦をめぐって長時間会談した。相手はこわもてのエルドアン*2・トルコ大統領。エルドアン氏にとっては、当初予定していた天皇陛下の「即位礼正殿の儀」参列を急きょ取りやめ、行き先をソチに変更した緊急会談だった。
 両首脳は、トルコが敵視するクルド人勢力の扱いに関する覚書に合意した。中身をひもとくと、米軍が撤収したシリア北部で、両国が支配地域を拡大し合う様子が浮かび上がる。特にプーチン政権下のロシアは、大国の自信を取り戻したかのようだ。その緻密で大胆な対シリア戦略は、かつての超大国ソ連」の振る舞いさえ思わせる。(時事通信社外信部記者・前モスクワ特派員 平岩貴比古)
 今回の動きはそもそも、トランプ米大統領が「ばかげた終わりなき戦いから抜け出す時だ」と述べ、シリア北部の米軍部隊を撤収してトルコの越境軍事作戦を事実上黙認する方針を示したことで始まった。過激派組織「イスラム国」(IS)が拠点としたシリア北部の掃討作戦で、米軍の支援を受けて中心となって戦った最大の功労者のクルド人勢力を「見殺しにする」と米国内でも批判が噴出した。
 当然のようにトルコは国境にまたがる広範囲な軍事作戦を開始した。クルド人勢力の庇護(ひご)者であり、トルコとクルド人勢力の間に割って入る米軍が突如いなくなったと考えれば分かりやすい。
 ここで影響力をさらに増したのは、シリアのアサド政権の後ろ盾として軍事介入しているロシアだ。表向きは、助けを求めるクルド人勢力とアサド政権というかつての敵同士を仲介して緊張緩和に当たっているが、実態は、米軍と入れ替わる形でシリア北部の新たな「主人」となったと言えるだろう。ロシアがアサド政権を支援する理由は「ソ連時代からの同盟国」「ロシア軍基地がある」などさまざまだが、ロシア軍駐留の合法性を認める正統政権であることが大きい。国際法的には、アサド政権が軍事活動を認めない米軍もトルコ軍も、シリアでは違法な存在なのだ。
 さて、ロシア・トルコ首脳会談でまとめられた覚書はどのような内容なのか。ロシアはこの中で、トルコ国境からシリア側に広がる幅約30キロの「安全地帯」で、違法なはずのトルコ軍の活動を事実上容認している。
 過去3回目となるトルコの越境軍事作戦「平和の泉」をめぐっては、ペンス米副大統領がアンカラを訪問し、ソチ会談までの時間稼ぎのように120時間(5日間)の戦闘停止とクルド人勢力撤退でエルドアン氏と合意した。トルコはロシアとの覚書に基づき、その期限をさらに150時間延長した。ソチ会談でプーチンエルドアン両氏が決めたのは、越境したトルコ軍の撤退ではなく、侵略された側のクルド人勢力の民兵組織、人民防衛部隊(YPG)のシリア北部からの撤退だ。正義の代名詞として安易に想像しがちな「停戦」「和平」とは、ほど遠いことが分かる。
 ロシアとトルコの覚書には、冒頭で「シリアの領土一体性とトルコの国家安全保障」を両立させることもうたわれた。後者はYPGの撤退で実現されるとして、前者のシリアの領土保全は、トルコ軍が居座りながらどのように確保されるのか。そのため覚書では、ロシア軍警察部隊とシリア国境警備隊を国境のシリア側に広がる幅30キロの安全地帯に送り込むことを盛り込んだ。ここに「からくり」がある。
 クルド人勢力はアサド政権に支援を求めたとはいえ、シリア正規軍が国境地帯に張り付けば、いずれトルコとシリアの軍事衝突に発展しかねない。そのため国境警備隊の派遣にとどめたとみられる。また、限定的でも国境検問所に配置することで、トルコ軍がシリア領内にとどまっても外枠であるシリア国境はアサド政権が管理している。すなわち領土は保全されているという建前が保てる。
 この矛盾に満ちた仕組みの中、緊張緩和に当たるのがロシア軍警察部隊だ。
 トランプ氏は、米軍撤収で内外から批判を浴びる中で「クルド人を守ってシリアを助けたいなら誰でもいい。ロシアでも中国でも、ナポレオン・ボナパルトでも構わない」とツイッターに投稿した。シリア北部におけるアサド政権とロシアの伸長は、米国が認めたものに他ならない。
 今回のシリア北部におけるクルド人勢力の処遇などをめぐる合意は、ロシア、トルコ、米国の3首脳がそれぞれの利益を追求したディール(取引)のたまものだ。
 エルドアン氏はトルコがテロリストと見なすYPGをシリア国境から引き離すことを米ロに約束させるのに成功し、トルコから安全地帯へのシリア難民送還も視野に入れる。プーチン氏はアサド政権を支援する形でシリア国内の支配地域をますます拡大した。そしてトランプ氏は、シリアからの米軍撤収という公約実現にこだわり、来年の大統領選に向けて外交軽視が一層際立っている。くしくも、米軍がIS最高指導者バグダディ容疑者を急襲作戦で殺害したとの発表は、トランプ氏の「シリア離れ」に追い風となるだろう。
 とりわけ欧米メディアは「最大の勝者はプーチン氏」(独誌シュピーゲルなど)だと口をそろえる。米国の国際的な影響力の低下をはた目に、プーチン氏の高笑いが聞こえてきそうだ。
 こうした中、被害者となるのは常に弱者であり、トルコの軍事作戦に伴って民間人100人以上が死亡、数十万人の避難民が発生している。米国とトルコの合意は欧州連合(EU)から「クルド人への降伏要求だ」と非難されたが、同様にロシアとトルコの合意もクルド人不在の解決策として禍根を残しそうだ。

 今後のシリア情勢とロシアの動きに注目ですね。

*1:エリツィン政権大統領府第一副長官、連邦保安庁長官、第一副首相、首相などを経て大統領

*2:イスタンブル市長、首相を経て大統領