黒坂真に突っ込む(2020年4月22日分)

黒坂真
 池内さおりさん。10万円を世帯主ではなく個人に給付して、という呟きですが、そうすると手続きが複雑になり支給が遅くなってしまいます。政府が全住民の銀行口座番号を把握していれば簡単ですが。日本共産党は政府が全住民の保有金融資産額、銀行口座を把握すべきと考えていますか。私はそれに賛成。

 やれやれですね。何故「個人給付」というかといえば「世帯主=DV夫」だったら「妻が給付を受けることは事実上不可能」になるわけです。
 そう言う問題意識からの池内発言について「手続きが複雑になり支給が遅くなる」で反論できたと思うキチガイは黒坂ぐらいのもんでしょう。
 もちろん個人給付をやるにおいて「全住民の保有金融資産額、銀行口座を把握」なんてことは必要ないでしょう。つうかなんでそんなことが必要と思うのか意味不明です(特に銀行口座ならまだしも何で10万支給するのに『資産額』なんか把握する必要があるのか)。個人に「10万円の振込先口座を申請させれば済む話」ではないのか。

黒坂真
 志位さんは資本論を読むと地球温暖化の解決策がわかる、という主張をしています。

 黒坂ツイートはあまりにも志位氏の主張を単純化しており捏造に限りなく近いものがあります。
 志位氏の話は
1)温暖化防止のためにはCO2削減が必要であり、その場合、企業の排出するCO2削減が重要
2)しかし「法規制などで外部から強制しない限り」、企業は自分から自主的にCO2削減はしない
3)そうした「企業の自己中心主義を批判し、外部からの法規制の必要性を指摘したのが資本論」と言う流れです。
 これを「資本論を読むと地球温暖化の解決策がわかる」というのはあまりにも省略しすぎです。しかもこの無茶苦茶な省略をもとに志位氏に悪口雑言ですから呆れて二の句が継げません。

黒坂真
 自然環境に、人間が大きな影響を及ぼせる*1と考える方がむしろ傲慢なように感じます

 「志位さんは資本論を読むと地球温暖化の解決策がわかる、という主張」云々の続きです。おいおいですね。「CO2を削減して温暖化を防止しよう」という話*2でこんな因縁とは呆れて二の句が継げませんね。
 これが

◆沖縄でハブ退治にマングースを導入したら、マングースが野生化して厄介なことになった(ウィキペディアフイリマングース」参照)
旧ソ連アラル海の水を灌漑用水に用いたら、アラル海が消滅の危機に瀕している(ウィキペディアアラル海」参照)

などという話(自然環境を管理しようとしたら、かえって事態が悪化した話)ならまだしも「CO2削減で温暖化防止」とはそう言う話ではない。
 もちろん「人間が自然を完全に管理し、征服できる」などというのは思い上がりであり、かえって失敗を招くことも少なくない。そのわかりやすい例が例えば「アラル海消滅の危機」や「マングースの野生化」です。
 しかし「この黒坂の理屈」では「ワクチンをつくって新型コロナの被害を減らそうとすること」も、「洪水被害を減らすために堤防を築くこと」もとにかくあらゆる「自然環境に影響を及ぼす試み」が「傲慢」というとんでもない話になります。
 結局の所「何事もバランスが大事」という当たり前の話です。
 「人間が自然を完全に征服した」と思い上がるのは論外ですが、それは「自然に何も手を加えなくていい」などという与太話とは違います。
 「どのように自然に手を加えるのが適切か(もちろんそれを決定するにおいては科学的分析が重要ですが)」という話であり、志位氏も当然そう言う話をしている訳です。

黒坂真
 玉木雄一郎議員、国民民主党の総額30兆円の対策ですが、財源をどうお考えですか。

 黒坂が珍しく共産党以外(それも保守政党の国民民主党)に絡んでいます。「反共、反野党、安倍自民万歳」「反中国、嫌韓国」のデマ右翼・黒坂の場合「建設的な議論をしようとしている」のではなく、ただの因縁付けであり、そのため「共産党は中国に日本を侵略させるために軍縮を主張している」などと「明らかなデマすら放言することもある」のでまともに相手する必要は全くありません。
 とはいえ、黒坂とは違う「善意の人間」でも「国民民主党のコロナ対策の財源は何を想定しているのだろう?」と言う疑問はあるでしょうから、その点、玉木代表ら国民民主党幹部にはきちんと理論武装して欲しいところです(別に小生は国民民主党支持者ではありませんが、政治家としてそうした理論武装は当然して欲しいという話です)。

黒坂真
 日隈さん、思い出しました。宗教関係を担当されていましたね。統一協会についてでしたか、本がありました。もう引退されたかな。学生の頃、日隈さんが講師の勉強会に参加しました。38年ぐらい前です。

 「日隈さん」とは日本共産党・宗教委員会責任者を長く務めた宗教研究者の日隈威徳氏(1936~2019年)のことです。
 ウィキペディア日隈威徳」によれば

◆『戸田城聖創価学会』(1971年、新人物往来社
◆『現代宗教論』(1983年、白石書店
◆『勝共連合』(1984年、新日本新書)
◆『宗教と共産主義』(1985年、新日本新書)
◆『宗教についての対話』(1988年、新日本出版社
◆『いま、宗教者と語る:日隈威徳対話集』(1992年、白石書店
◆『宗教と民主政治』(1997年、白石書店
◆『宗教とは何か:科学的社会主義の立場』(2010年、本の泉社)
◆『宗教政治論の試み:平和の風、革新のこだま』(2013年、本の泉社)

と言った著書があります。 
 このように時々、「38年前に日隈氏の勉強会に参加」など、「昔は左派だったが右派に転向した」アピールする黒坂ですが「38年前」といえば1980年頃。ちょうど「ソ連のアフガン侵攻(1979年)」で、反共言説がウヨメディアで拡散されていた頃です。その頃に「日本共産党に興味を持つような人間」が「河野談話否定」など、「今のレベルの低いデマ極右」になったなんて、およそ信じられませんね。
 これがまだ「中道左派」「中道右派」「保守リベラル」なら信憑性もありますが。

*1:正確には「大きな影響を及ぼせる」ではなく「人間が自然を完全に管理し、征服できる」つうのが黒坂の言いたいことでしょうが。ただし少なくとも志位氏は「CO2削減で温暖化防止のように人間の努力と工夫で環境をある程度改善できる」とはいっても「人間が自然を完全に管理し、征服できる」とは一言も言っていませんが。

*2:まあ、こう主張してるのは志位氏だけでなくほとんどの人間がそう主張していますが。