今日の産経ニュース(2020年7月14日分)

【戦後75年】空襲の記憶、継承への挑戦 東京大空襲センターが刷新(1/2ページ) - 産経ニュース大森貴弘

「『B29』って、すごい濃い鉛筆だね!」
 数年前、センター学芸員の比江島大和さん(37)は、見学にやってきた小学生の言葉に思わず耳を疑った。

 奇想天外すぎて信じられませんが、一方で「B29が何かを知らない」としても不思議ではないだろうと思います。


【正論】中印確執で日本に訪れた「機会」 東洋学園大学教授・櫻田淳 - 産経ニュース
 無料とは言え会員登録しない途中までしか読めません*1が、タイトルから予想されるとおりの駄文です。
 本心か、故意のデマかはともかく呆れます。
 いかに領土紛争で最近小競り合いがあったとは言え、そんなことで中印が全面対立して中国やインドが「経済的利益(中国にとってのインドビジネスやインドにとっての中国ビジネス)」を犠牲にすることは考えがたい。
 ましてやそんなありえない設定「中印全面対決」を前提に「日本はその場合、インドを全面支持すべき」とは正気では無い。「日中経済関係を何だと思ってるのか」という話です。あえていえば「インド市場より中国市場の方がずっと大きい」わけですし。
 これで終わりにしてもいいのですが櫻田の駄文を一部引用して突っ込んでみます。

 米ウォールストリート・ジャーナル紙電子版(6月23日配信)は、(中略)「インドは中国の封じ込めを狙う米国などと共闘態勢を探る。…米国や英国、オーストラリア、日本など、同じ考えを持った国々との外交努力を強化するだろう」というインド識者の展望を紹介している。

 そりゃWSJは「右寄りの反中国メディア」だからそう言う報道をするでしょう。しかしインドがそのような「中国の封じ込め」をすることはないでしょう。「識者」とやらにしても「日本の産経文化人」のような代物でしかないでしょうね。

・こうした見解は、日本にとって一つの「機会」が訪れていることを意味している。
・(ボーガス注:安倍首相が提唱した)「自由で開かれたインド太平洋」構想においても、キーとしての位置付けを占めているのは、インドであった。

 
 やれやれですね。モディ首相などインド政府首脳が『「自由で開かれたインド太平洋」構想に参加し、中国封じ込めに尽力する』云々と言ったわけでも無いのに単に識者とやらがWSJ相手に「そうなるのではないか」と言っただけなのに櫻田も放言するもんです。
 そもそも秋に習主席訪日予定なのに何が『安倍首相の提言「自由で開かれたインド太平洋」構想で中国封じ込め』なのか。

 米豪加各国や西欧諸国に並ぶ位置付けをインドに与えてきた日本の対外政策方針の正しさは、現今に至って証明されつつあるのではなかろうか。

 「はあ?」ですね。中国、韓国ならともかくインドにそこまでの重要性は与えられてないと思いますが。

インドは、パキスタンバングラデシュスリランカのような隣接諸国を含めて、それ自体が一つの「文明圏域」や「世界」を成す国家

 おいおいですね。それを言うなら、中国だって『それ自体が一つの「文明圏域(儒教文化圏)」をなす国家』ですが。
 また「そうした文化圏を持つ」ということと「インドや中国の外交方針が正しいかどうか」や「インドや中国の国際社会における政治力」とは全く関係ない。大体、「インドとパキスタンが領土紛争してること」などでわかるように「同じ文明圏」であっても別にパキスタンバングラデシュはインドの子分では無いわけです。


【産経抄】7月14日 - 産経ニュース

 歌壇の大御所である岡井隆さんは、かつて寺山修司さんや塚本邦雄さんらとともに「前衛短歌運動の旗手」と呼ばれていた。
 「前衛」が、宮中歌会始選者や天皇、皇后両陛下の和歌の相談役である宮内庁御用掛を務めていいのか。そんな批判にも、一切言い訳しなかった岡井さんが、92年の生涯を終えた。

 前衛というと最近は前衛│出版物│日本共産党中央委員会位でしか見ないのでやや意外です。
 つまりは岡井氏にとっての「前衛」とは「マルクス主義や左翼」どころか「反体制や反権力でもなかった」のでしょう。
 そもそも岡井氏自身は「俺はやりたいことをやってるだけで別に『前衛短歌』がやりたいわけじゃない。他人が『前衛短歌』といってるだけだ」としか思ってなかったのかもしれない。
 まあ、結局の所「前衛とは何か」つう価値観でしか無いですね。
 なお、岡井氏については彼に批判的な岡井隆死去報道に接して~亡くなると<旗手>になったり、<巨人>や<巨星>になったり・・・ | ちきゅう座を紹介しておきます。

参考

岡井隆死去報道に接して~亡くなると<旗手>になったり、<巨人>や<巨星>になったり・・・ | ちきゅう座
 7月10日、岡井隆が92歳で亡くなった。7月12日の朝刊で知った。いくつかの新聞記事を読んで、やっぱりな、と思う。岡井が1992年、歌会始の選者になったことをどう伝えるかに、私の関心はあった。
 『朝日新聞』は社会面で「岡井隆さん死去 歌人 現代歌壇を牽引」との見出しで伝えた。同日の「天声人語」にも登場した。そこでは、「破格、破調の堂々たる生き方であった」と締めくくっていた。社会面の記事では「92~2014年に宮中歌会始の選者。かつてマルクス主義者を自称した歌人だっただけに選者を引き受けた時は一部から批判が上がり、話題となった(赤字の92は93が正しい)。07年から18年には当時の天皇、皇后両陛下や皇族の和歌御用掛も務めた」と記す。前日7月11日のデジタル版(14時14分)の見出しは若干ニュアンスが異なり「文化功労者歌人 岡井隆さん死去 皇族の和歌の相談役」となっていた。
(中略)
 総じて「前衛短歌(運動)の旗手」であり、「歌壇を牽引」したというのが、岡井へのほぼ定まった評価なのだろうか。「前衛短歌の旗手」であった歌人と皇室との濃厚な接触関係については、「話題となった」「議論を呼んだ」と素通りするか、むしろ、その功績として評価するような書きぶりに思えた。また、「歌壇を牽引」「短歌界を牽引」というのは、ある意味、実情に近いのかもしれない。牽引したのは「短歌」ではなく「歌壇」であったと思われるからである。さまざまな形で、とくに後進の歌人たちへの指導力や政治力を発揮しながら、歌壇での地位を不動のものとしてきたのではないか。また、亡くなった人が、その世界、業界の<巨星>や<巨人>になったりするのはよく見聞きする。著名人の訃報や追悼記事に贈られる定番の賛辞でもある。そして、多くの人たちが、競うように、岡井と自分との出会いや交流を語り、オマージュが氾濫するにちがいない。
 今後しばらくは、<歌壇>では岡井隆追悼記事が目白押しになるだろう。これまで、岡井隆の皇室への接近とそれをめぐる歌壇の状況について、幾度か言及してきた私としては、当分、目が離せない。
 ご参考までに、以下が関連する主な拙稿です。
歌会始選者の系譜」『短歌と天皇制』(風媒社 1988年10月)
「歌壇に”最高実力者“はいらない」『現代短歌と天皇制』(風媒社 2001年2月)
「<歌会始>をめぐる安心、安全な歌人たち」『天皇の短歌はなにを語るのか』(御茶の水書房 2013年8月)
「タブーのない短歌の世界を <歌会始>を通して考える」(『ユリイカ』2016年8月)

*1:俺は会員登録しているので全部読めますが。