高世仁に突っ込む(2020年10/21日分)

鬼海弘雄さんを偲んで2 - 高世仁の「諸悪莫作」日記
 高世仁に突っ込む(2020年10/20日分) - bogus-simotukareのブログで取り上げた鬼海弘雄さんを偲んで - 高世仁の「諸悪莫作」日記の続きです。
 高世仁に突っ込む(2020年10/20日分) - bogus-simotukareのブログでも書きましたが、やはり「全然面白くねえな」感は変わりませんね(苦笑)。
 高世曰く「つづく」だそうですが。「よく、こんなつまらない文章を続けられるな」「続く、と書くほど鬼海某に何の魅力があるの?」が俺の感想ですね。
 たぶん俺は

・浅草の人間、インドの人間を撮るのではなく、「人間の普遍を撮る」という鬼海さんがもっとも喜んだのは、浅草のポートレイトを観たポーランドアンジェイ・ワイダ監督の「日本人はポーランド人と同じだね」ということばだったそうだ。
・「ますます功利に傾斜しがちな現代社会」への拒否感は、石牟礼道子氏の近代文明批判に通じるものがある。

と高世が言うワイダや石牟礼道子についても全く興味関心が持てないと思います。まあ、趣味とか嗜好とか「芸術の価値」とか、所詮そういう個人差が大きい物ですけど。
 「社会的正義の追及」「学問的真実の追究」つう「ある程度客観性のある話」と違うので「争いの余地の無い」正解が無い。
 「鬼海さんは面白い」つうのは高世ら鬼海ファンにとっての真実であり、「つまんねえな」つうのは俺にとっての真実の訳です。「ある意味」どっちが正しいという話では無い。高世ら鬼海ファンからすれば「鬼海さんの素晴らしさが分からないなんてセンスねえな」つう話ですが、それは鬼海ファンにとっての真実でしか無い。
 高世の文章の中で

 小原さんが西表島から取り寄せた琉球イノシシの肉で宴会を開き、鬼海さんと一晩ともに楽しんだ。忘れられない思い出である。

てのは「楽しそう」ですが、まあ、宴会が楽しいのは当たり前ですし、これは「鬼海さんの写真やエッセイが素晴らしい」つう高世の話の本筋とは関係ないですし。
 しかし「横田奥さんへのおべっか三昧」と違ってこういうのは「一応」高世の本心なんでしょうねえ。今更、故人である鬼海氏におべっかを言っても何のメリットも無いでしょうから。
 高世は鬼海氏が活躍していた写真業界で飯を食ってる人間でもありませんしね。
 まあ、高世も、ジンネットの経営に汲々として「恐らく心にも無い巣くう会や家族会への媚びへつらいもやっていた」高世に比べれば「自分の好きなことをやってるように見える」鬼海氏に魅力を感じていたと言うことでしょうか?

 『誰をも少し好きになる日』(文藝春秋、2015年)という鬼海さんのエッセイ集がある。
  そのなかに、台湾のある終着駅で夕食をとりに街に出る話がある。

(前略)
 路地外れの舗道と店の仕切りのないありふれた飯屋に入った。
(中略)
 若夫婦が勘定を払うと、爺さんは受け取った札を輪ゴムで括ってあった札束に加えて、ファスナーつきの尻のポケットにしまった。酒の酔いもあって、懐かしい昭和の時代に戻ったような気がした。歳のせいだろうか、その懐かしさは単なるノスタルジーだけでなく、未来に繋がってくれればとの願いも生まれてきて、その夜は、いつもより少しだけ人を好きになれるようないい気分になって店を出た。どこからか歌詞の無い「南国土佐を後にして」の曲が流れていた。

 ああ、こういうのっていいなと私も思う。

 まあ、「きれいなチェーン店食堂よりむしろ、古びた個人経営の食堂に魅力を感じる」という単なるノスタルジーですよね。高世のようにそういうのが好きな人間はいるでしょう。そう言う人間が「鬼海ファンになる」のかもしれませんが、俺のような人間はその種のノスタルジーはそれほど好きではありません。