松本清張作品『真贋の森』紹介(注:完全なネタばらしがあります)

 どこまで非常識で馬鹿なのかと思う(北九州市消防局での不祥事) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)を読んでいて思い出した清張作品があります。
 それが『真贋の森』。どんな作品か紹介してみましょう。完全なネタばらしがありますので以下、「『真贋の森』について後で読みたい」と言う方は読まないで下さい。

弁護士Kの極私的文学館:真贋の森
 多くの作品が資産家に私蔵され、学術的な研究が進まない日本画の世界で、真贋を良心的に鑑定する学者(ボーガス注:津山教授)を師と仰いだ主人公は、所蔵家にとりいって権勢を伸ばした斯界のボス(ボーガス注:本浦*1教授)から睨まれ、陽の当たるポストから排除され続ける。彼が、才能を見込んだ田舎の美術教師を浦上玉堂の贋作者に育て上げるという計画に取りかかった時、なじみの古美術商がそれに協力するのはもちろん金目当てだ。
 しかし、彼は最後の最後で、贋作であることを暴露することをもくろんでいる。彼の目的は、鑑定眼を全く持たないにもかかわらずボス(ボーガス注:本浦教授)に対する阿諛追従と利益供与のみでその後継者となったかつての同窓生(ボーガス注:岩野教授)を表舞台に引っ張り出し、贋作を見抜けないその無能を暴いて権威を失墜させるところにあった。つまり、贋作者の田舎教師や骨董屋もろともに、自分自身も詐欺未遂で告発される自爆テロなのだった。

「真贋の森」松本清張 - アーティスティックミステリー
「真贋の森」
 50代半ば、薄汚れた六畳一間を間借りしている宅田伊作は、かつて東大で将来を嘱望された日本美術史学究の徒であった。しかし、東大教授で戦前から美術行政のボスでもあった本浦博士に一方的な嫌忌を受け、美術史界に生きる道を断たれた。日本の学術施設で職を得ることができなかった宅田はやむなく朝鮮*2の博物館で嘱託をし、貧しく暮らした。やっと本浦博士が死んだときには、もう彼は学究への夢をなくしていた。(ボーガス注:1945年の日本敗戦、韓国独立で?)日本に帰った宅田は相変わらず定職に就くことなく、かつての美術品審美眼を活かして二流美術誌に雑文を書いたり、骨董屋の口を利いたりで糊口をしのいでいた。
 ある日、馴染みの骨董屋が田能村竹田の贋物を持ってくるが、その精巧さに宅田は舌を巻くと同時にある企みを閃く。
 贋物を描いたのは酒匂鳳岳という福岡に住む貧乏絵師だった。鳳岳は、自分の画ではてんでダメだが模写にかけては見違えるような精彩を放った。宅田は福岡まで鳳岳に会いにでかけ、彼を東京に連れ帰ることに成功する。
 宅田が鳳岳にその作風を習熟させ、精巧な模写を命じたのは江戸時代の文人画家、浦上玉堂である。
 時の日本美術史界のトップは、本浦の愛弟子で宅田と同期だった岩野東大教授だった。
 天と地ほどに隔絶した宅田と岩野の学者人生。本浦もそうだったが、岩野は輪をかけて鑑識眼がなかった。
 作品に対する鑑識眼はないくせに、机上で学問を確立させてきた憎むべき日本美術史界のアカディミズム。
 鳳岳が模写した玉堂の絵を見破れる学者は日本にいない。オレを除いては・・・
 贋物を見抜けない学者を真物であると云えるのか? 宅田の復讐の念がいま、燃え上がる。

松本清張(4)- お気に入り読書WEB
『真贋の森』(新潮文庫「黒地の絵」に収録)
 中編。学生時代に、古美術学界の権威であった文学博士・本浦奘治(もとうら・そうじ)に疎(うと)まれて以来、学界からはじき出されてしまった俺(宅田伊作)。相当な鑑識眼がありながら、五十半ばになってもしがない生活をしている俺は、九州の田舎絵師・酒匂鳳岳(さこう・ほうがく)を完璧な贋画(にせえ)作家に育て上げる。鳳岳に描かせた浦上玉堂の贋作(がんさく)をまとめて売り立てる計画を実行する俺だが…。
「こんなのは美術史上で空前の大発見だというのです。岩野先生は、無論、推薦文は書く。その上、《日本美術》には特輯号(とくしゅうごう)を出させて、この発見について兼子さん以下がみんなで執筆すると非常に昂奮していました」。
 贋物の画によって、贋物の人間(学界)を暴き出し、失墜させるという主人公の復讐の企てが痛快で面白い。

第7330回「新潮文庫松本清張傑作短編集 その17、真贋の森 ストーリー、ネタバレ」 | 新稀少堂日記
◆「序 本浦奘治教授と津山孝造教授」
 宅田は自堕落な人生を送ってきました。今では、美術雑誌に雑文を書いたり、骨董屋から鑑定を請け負って生計を立てています。ある日のことでした。古本屋で亡き本浦教授の著作5冊が並んでいるのを目にしたのは・・・・。彼こそ、宅田の人生を狂わせた人物だったのです。
 宅田は帝大文学部で日本古美術史を専攻しました。担当教授となったのが、本浦教授でした。
 (ボーガス注:しかし本浦に満足できなくなった)宅田は、空疎な理論を振りかざす本浦教授ではなく、実証的なアプローチを得意とする津山教授に教えを乞いました。津山教授は鑑定にも秀でています。そのことが(ボーガス注:津山をライバル視する)本浦教授を激怒させる結果になりました。
 帝大文学部を放逐されただけでなく、宅田の就職をことごとく鎖しました。そんな本浦教授も津山教授も亡くなりました。本浦教授の後継となったのが、学者幇間ともいうべき岩野祐之(ひろゆき)でした。彼らのことを考えると、ふつふつと怒りがたぎります。
 そんな時に、いかがわしい古美術商の門倉が、田能村竹田を持ち込んできたのです。よく描かれていますが、贋作でした。宅田にある計画が生まれます。
◆「破 贋作者、酒匂鳳岳(さこう ほうがく)」
 宅田は、竹田の贋作を描いた画家を、門倉に探させます。北九州の炭鉱地帯に暮らす酒匂鳳岳と号す日本画家でした。宅田の目からしても、酒匂の日本画家としての才量は大したことはありませんでした。ですが、贋作とも言うべき模作には、見るべきものがありました。門倉と相談し、妻子は九州に残し、酒匂のみを東京に引っ越させます。
 宅田が描かそうとしたのが、浦上玉堂でした。
 門倉の先行投資により、酒匂を田舎に住まわせ家族には生活費を送金させました。贋作譲渡による利益を見込んでのことでした。さらに、中小規模の古美術商も抱き込みます。こうして、宅田の指導により、十数点の玉堂が生れました・・・・。もちろん宅田の目的は(ボーガス注:門倉とは違い、金儲けとは)別のところにありました。門倉に押され、一点を収集家に売ることにします。鑑定したのは、岩野教授の弟子とも言うべき兼子でした。兼子は「玉堂の新発見」と狂喜します・・・・。
◆「急 浦上玉堂、十数点の売り立て(入札)」
 宅田は緻密な作戦を構築します。門倉に命じ、玉堂の出身地である岡山から玉堂の贋作を集めさせます。さらに、田能村竹田、池大雅などの贋作も買わせます。玉堂がより真実に見えるための宅田の計画の一部でした。そのコレクションは大っぴらには口にできない"さる宮家"のコレクションだと説明します。
 大がかりな売り立てとなりますので、トップクラスの古美術商に主催させ、下見会などもマスコミを招待し大々的に開きます。当然、日本古美術史の権威である岩野教授に鑑定させます・・・・。以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。
 宅田の目論見は、岩野教授が「玉堂の新発見」と鑑定した段階で、「(ボーガス注:俺が育てた贋作者がつくった)贋作だ。(ボーガス注:そんなことも見抜けない岩野は無能なインチキ野郎だ)」と暴き、恥をかかせることでした。宅田のアカデミズム・ヒエラルキーに対する憎悪は、そこまで膨れ上がっていたのです。

真贋の森 (食の本物と贋物) | 無添加キムチ、やがちゃんブログ
 実力のある初老の美術評論家が、田舎に埋もれていた模写の名人を徹底指導し、著名な日本画家の贋作を次々と画かせます。
 それを自分を排斥した学会中枢の評論家達に鑑定させ、「真作発見!」と発表させた後、「あれは自分が指導した田舎作家が画いた一連の贋作だ」と公表し、彼等に大恥をかかせるという筋立てです。

 この宅田の復讐計画は途中まで成功しかけますが、結局失敗します。ということでいよいよ「ネタバレ・タイム」です。「繰り返しますが」完全なネタばらしがありますので以下、「『真贋の森』について後で読みたい」と言う方は読まないで下さい。
 この拙記事の一番最初に

 どこまで非常識で馬鹿なのかと思う(北九州市消防局での不祥事) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)を読んでいて思い出した清張作品があります。

と書いたので勘の鋭い方は「落ちが読めた」かもしれません。

真贋の森 (食の本物と贋物) | 無添加キムチ、やがちゃんブログ
 計画は周到に進められましたが、いざ公表寸前という段になって、頓挫します。
 計画の一端を、なんと田舎作家が知人に漏らしてしまったのです。
 田舎作家にしてみれば、「これだけそっくりに画ける自分は天才である」という自負を持ち始め、それを誇りたいという衝動がそうさせたのでした。
 こうして、報復の計画は果たされずに終わります。

第7330回「新潮文庫松本清張傑作短編集 その17、真贋の森 ストーリー、ネタバレ」 | 新稀少堂日記
 しかし、すべてをぶち壊したのは、贋作者の酒匂本人でした。同年代の日本画家の勢いを見せつけられるにつけ、自らも才能を誇示したくなったのです。(ボーガス注:宅田に気を遣って、玉堂ではありませんが)同期の画家に、自分の贋作を見せてしまいます。噂は一挙に広がりました。
 岩野教授は、寸前で玉堂推薦を取りやめました。

 こうして、当初、宅田にだまされかけて『贋作』を『真作発見!』とマスコミで大々的に発表しようとしていた岩野は間一髪のところで宅田の罠から逃れることになります。
 「酒匂鳳岳は漏らすなよ」つう話ですが、酒匂鳳岳は、どこまで非常識で馬鹿なのかと思う(北九州市消防局での不祥事) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)が呆れる連中に似ていますよねえ。宅田の思惑に関係なく、こんなことをやれば贋作がばれて、酒匂鳳岳が詐欺の共犯で逮捕されかねないわけです。
 人間というのは「誰にも出来ないようなことを俺はやった!」と思うと、悪事でも吹聴したくなるような馬鹿なところがある。悪事を「絶対に暴露する可能性のない悪党仲間でもない人間」に下手に吹聴したら自滅の可能性が高いにもかかわらず。
 そういう「人間のブラックな面、愚かな面」を取り上げるについては「やはり清張は鋭いな」と思わせますね。
 最後に宅田がぼやきますが、その「ぼやき」も面白い。
 宅田は「自分の計画を挫折させた酒匂鳳岳を憎みきれない」と独白します。
 「岩野が『真作発表!』とマスコミに大々的に発表し、言い逃れが出来ない立場に完全にはめて、計画が成功した後での暴露とはいえ、俺だって、『俺はこんな贋作作家を見いだして育てたんだ!』と世間に自慢したかったんじゃねえか!。そんな暴露を『贋作で大もうけしたい』悪徳画商の門倉はもちろん全く望んでないことを知りながら(そして宅田は酒匂鳳岳もそんな暴露は門倉同様望んでいないとも思っていた)。そしてそんなことをやれば俺が詐欺の共犯で逮捕されかねないのに。俺だって『歪んだ自己顕示欲がある』つう点では酒匂鳳岳と変わらねえよ(苦笑)」「まあ、岩野が俺の思ったとおりの無能野郎で計画が成功寸前まで行ったと言うことで今回は良しとするか。ほとぼりが冷めた頃で、また鳳岳を使って岩野を今度こそ罠にはめる機会があるかもしれない。さすがに次にはめるネタには玉堂は使えないが(苦笑)」と言う趣旨の独白をする。

*1:単なる偶然かもしれませんが、『砂の器』の犯人『和賀英良こと本浦秀夫』の『本浦』ですね。

*2:もちろん戦前において朝鮮は日本の植民地です。