高世仁に突っ込む(2021年2/22日分)(副題:高世の虚勢と強がりに心底呆れる)

日本初のウェブ映画祭開かる - 高世仁の「諸悪莫作」日記
 高世仁に突っ込む(2021年2/18日分) - bogus-simotukareのブログで取り上げた東京入管でコロナのクラスター発生 - 高世仁の「諸悪莫作」日記の続きです。
 前半は政府の入管法改定案への批判、後半は高世が関わった、高世曰く『日本ではじめてのウェブ映画祭Japan Web Fest(JWF)』の宣伝です。
 前半については「特に異論ない」のでコメントはしません。関連記事として、赤旗難民認定・長期収容改善へ/野党が法案を共同提出を紹介しておきます。
 なお

先日紹介した野党5党が参議院に提案した難民保護法と入管法改正案

と書く高世ですが

難民認定・長期収容改善へ/野党が法案を共同提出
日本共産党立憲民主党、国民民主党社民党参院会派「沖縄の風」、「碧水会」、れいわ新選組

なので正確には「野党5党(共産、立憲民主、国民民主、社民、れいわ)」プラス「野党共闘系の2会派(沖縄の風*1碧水会)」ですね。
 後半についても「特に関心はない」のですが少しだけコメントします。

インディーズ特化のウェブ作品映画祭創設 制作者と観客、交流でレベルアップ - 産経ニュース
 北朝鮮による拉致事件の取材などを手がけたジャーナリスト、高世仁(たかせ・ひとし)さんとテレビ番組「情熱大陸*2」(毎日放送)の演出などを行った経験を持つドキュメンタリー番組監督、高木つづみさんらによるトークショーでは、フリーのクリエーターとしてどう生きるかやネット時代の制作について語ってもらう。

 高木さんはともかく、ジンネットを倒産させ、現在、ジャーナリストとして活動しているようには見えない高世がそんなことを語れるんでしょうか?

 私はドキュメンタリー部門の審査員をつとめたが、韓国、台湾、香港など東アジアのクリエーターの作品のレベルが高かった。

 「レベルが高かった」というなら、「WHO(クリエーターは誰か?)」「WHAT(どんなテーマなのか?)」など「5W1H」についてもう少し具体的に説明してほしいですね。これで、このウェブ映画祭を見る気になる人間はあまりいないでしょう。高世が本気で宣伝する気なのか、義理で宣伝してるだけでは無いのかと疑いすら感じます。


「ナリワイ」をつくろう―誕生日に思うこと - 高世仁の「諸悪莫作」日記

 きのうは私の誕生日だった。
 68歳になった。信じられない。(笑)
 ナルちゃん(皇太子時代の今上天皇のあだ名)の誕生日が次の日で、今は祝日になっている。

 2月22日 - Wikipedia2月23日 - Wikipediaを見れば高世(2/22)や現天皇(2/23)以外にどんな著名人の誕生日かが分かります。
 ちなみに「明治天皇の誕生日(11/3:現在は文化の日)」「大正天皇の誕生日(8/31:存命中は天長節として祝賀)」「昭和天皇の誕生日(4/29:現在は昭和の日)」「前天皇の誕生日(12/23:在位中は天皇誕生日として祝賀)」がどんな著名人の誕生日かは11月3日 - Wikipedia8月31日 - Wikipedia4月29日 - Wikipedia12月23日 - Wikipediaで分かります。
 なお、天皇誕生日とは、天皇制に対する批判の信念を確認すべき日である。 | ちきゅう座で澤藤氏が「天皇誕生日や昭和の日に『昭和天皇のやらかした戦争を批判する』などをすることは天皇制批判の一つの形だと思う」としていますが、俺が思う「ある種の天皇制批判の形」は「天皇誕生日について、他の人間の誕生日など『他の出来事があった日』であることを意識する」ですね。
 例えば11月3日 - Wikipediaによれば11/3(明治天皇の誕生日)とは「マンガの神様・手塚治虫(1928~1989年)の誕生日」のわけです。
 「文化の日が漫画の巨匠の誕生日とは面白い。俺にとっては11/3は明治天皇なんかより手塚の誕生日だね」という風に理解する。実際、本多勝一氏がコラムでそんなことを書いていた記憶がある。
 あるいは4月29日 - Wikipediaによれば「ゾルゲ事件の尾崎秀実(1901年4月29日生まれ、ゾルゲ事件で1944年に死刑執行)」は「昭和天皇(1901年4月29日生まれ)」と全く生年月日が同じです。
 「同じ誕生日で、一方は天皇、一方は天皇制批判の共産主義活動家とは面白い」という風に理解する。
 あるいは12月23日 - Wikipediaによれば「前天皇の誕生日(1933年12月23日)」には年が違うとは言え

12月23日 - Wikipedia
◆1948年12月23日:極東国際軍事裁判東京裁判)で、東条英機元首相ら、死刑判決を受けたA級戦犯7名の絞首刑を執行。

が起こっている(なお、一部のウヨは「米国の当てつけ」説(わざと死刑執行日を明仁氏の誕生日にぶつけた)を主張しますが根拠のある話では無く『単なる偶然』で説明の付く話です)。そこで「12月23日にA級戦犯について考えてみる」。
 あるいは2月23日 - Wikipediaによれば「現天皇の誕生日(1960年2月23日)」は年は違うとは言え同じ日に

◆1904年2月23日:日韓議定書 - Wikipedia締結(韓国植民地化の始まり)
◆1944年2月23日:いわゆる竹槍事件 - Wikipedia毎日新聞に対する言論弾圧事件)
◆1946年2月23日:山下奉文マニラ虐殺事件(事件当時、山下は第14方面軍司令官)を理由に死刑執行

が起こっている。そこで「2月23日に戦前日本の侵略戦争について考えてみる」。

(ボーガス注:ジンネットを倒産させて)「ゼロからスタートしよう」と思って頭に浮かんだのが『ナリワイをつくる』という本だった。ああいう風に生きてみたい・・・
 どういう本か、去年5月1日にFacebookに書いた文章を紹介しよう。
https://www.facebook.com/hitoshi.takase.75/posts/10213916307781114
伊藤洋志*3『ナリワイをつくる〜人生を盗まれない働き方』(東京書籍*4
当方、会社が倒産してしまい、現在就活中。
 で、参考にしているのがこれ。
 ビジネスでもワークでもなく、趣味でもない。DIY・複業・お裾分けを駆使した「ナリワイ」で、現代社会を痛快に生きる。
 とオビにあるように、
 仕事といえば就職、会社で一つの仕事をする、生活を犠牲にしてやるのが仕事、という考え方をやめようと著者の伊藤さんは言う。
 この本が出たのが2012年で、すぐに著者の伊藤さんに会いに行った。
 これは今どきの若者に支持されるだけでなく、ポストグローバリゼーションの未来型の生き方*5だなと思い、テレビで取り上げたいと思ったのだ。(結局、番組化はできずじまいだったが)

 いやいや「会社で一つの仕事をする、という考えをやめよう」も何も「会社で仕事をする」つうのが現代の一般的労働ですよねえ(俺もそうした人間の一人ですが)。ここでいう「会社」とは「民間企業限定」ではなく「会社的な組織一般」を意味しており「国や地方自治体」「独立行政法人などの特殊法人」「社会福祉法人(老人ホームなど)」「医療法人(病院など)」「学校法人(大学など)」「宗教法人」「財団法人、社団法人」などといったものも含みますが。
 もちろん「会社」で働いてない人間だって、一方では昔も今もいくらでもいる。
 例えば日テレ「news every.」の「エブリイ特集」に出てくる「街の惣菜屋、レストラン(小規模な自営業)」なんかは「会社で働いてるわけではない」。
 あるいは松本清張のような小説家も、「男はつらいよ」の車寅次郎(テキ屋)も「会社で働いてるわけではない」。
 高世の紹介する伊藤某氏はどうも「ピースボート」「子ども食堂」「アイス・バケツ・チャレンジ」などのような様々な「社会的イベント」を手広く手がけるプランナーのようですがそれも「会社で働いてるわけではない」。
 正直、俺のようなサラリーマンは、仕事で精神的に疲れると、「無理な話」とは思いながらも、時々「街の惣菜屋、レストラン」「小説家」「寅さん」「社会的イベントのプランナー」のように「(会社に勤めないで、上司の指示に悩まないで、自営業で)あんな風に生きてみたい」と思わないでもありません。「寅さん人気」つうのは明らかに俺のようなサラリーマンの「あんな風に生きてみたい」つう思いがあるでしょう。
 ただ、「会社に勤めない労働(例えばレストラン経営)」は「それなりの経営能力と覚悟がない」となかなか出来ない話です。決して「バラ色の夢物語」ではない。
 「上司の命令」はなくても「客の要望」「取引業者との応対」なんかはあるわけですし。
 もちろん会社勤めには「すまじき物は宮仕え(会社や役所に勤めてると、上の無茶な命令に苦しむことがある)」つう「負の面」も確かにある。
 極端な例ですが、以前、ロッキード事件についての本(立花隆)を読んでいたら、丸紅の大久保*6常務が「5億の賄賂なんか田中首相に渡したくなかったが断ったら左遷されると思って断れなかった」という自白をしたという話が出てきた。
 あるいは「ダグラスグラマン事件において自殺した日商岩井の島田常務」「森友問題で精神的苦悩から自殺した近畿財務局職員・赤木氏」なんかもそうした一例です。
 とは言え、「経営について考えなくて良い」という意味では「自営業よりは、会社で働く方がずっと楽」「寄らば大樹の陰」のわけです。いわゆる「脱サラして起業」なんてのもそう簡単にできる話ではない。
 高世だって「ジンネットで経営者」よりは「日本電波ニュース社社員」のほうがずっと楽だったでしょう。
 「生活を犠牲にしてやるのが仕事という考え方をやめよう」てのも「まあ、程度問題」ですよね。「過労死」「男性労働者が育児も家事もせず、働きづめ。家族とのコミュニケーションの時間もないし趣味の時間も無い。通勤時間に二時間かけて通い、疲れてるのでいつも電車内で寝ている」のような異常事態があって良いとは誰も思わない。
 しかし「仕事は遊びでない」わけです。「朝から晩まで仕事で趣味の時間も家族との団らんの時間も無い。通勤時間ではいつも寝ている」なんて異常事態は論外にしても「生活を犠牲にするということ」は時に不可避でしょう。
 また、「労働組合運動で」「政治の変革で」、つまりは「社会運動として」「労働時間を減らそう」「パワハラやセクハラなどの問題をなくそう」ならまだしも「個人の努力で労働時間を減らそう。パワハラやセクハラなどの問題をなくそう(高世の紹介している本は、高世の物言いに寄れば明らかにそう言う方向性です)」なんてのにはどう考えても限界があります。ましてやその努力が「会社に勤めなくても働き方はある」だの「一つの会社にとらわれるな、副業してもいい」だのでは「そんなん一部の有能な人間しかできんわ、ボケ」で終わる話です。
 「結局、番組化はできずじまい」というのも結局テレビ局から「そんなん一部の人間しか出来ない絵空事じゃないですか?。そんなん流しても視聴率なんかとれないし、世間に評価もされませんよ」と呆れられたからでしょう。当たり前の話だと思います。

「複業」を論じた箇所にこんなことが書かれていて、我が身を振り返らされた。
 「例えば、仮にジャーナリストが報道に関して圧力に屈しないためには、ジャーナリスト(甲)を干されても、他でなんとかやっていけるバックアップ(乙・丙)を持っていれば、圧力に屈しないで堂々とジャーナリズム活動で、突っ込むことができる、ということにもつながる。専業というのは、単一作物に依存した農家と同じである。」

 おいおいですね。「バックアップ、副業(複業)」の「乙、丙」て具体的に何なのか。そもそもジャーナリストが圧力に屈しないためにはそんなことよりも「新聞社やテレビ局の労組が彼を守る」とか「読者や視聴者が彼を応援する」とかの方がより現実的では無いのか。世の中、「会社を首になってもフリーライターでやっていける」などというそんなスーパージャーナリストばかりではない。個人の努力に全てを求めることは現実的ではないし、それこそ「俺の努力が足りないからいけない」で個人を精神的に自滅させかねません。そういう「心がけ、志」を持って、個人が自己を高めていくことは否定しませんが。大抵の人間は俺も含めて「専業で一杯一杯」でありそうそう簡単に「複業(副業)」なんて出来る話ではない。
 それにしても高世の言う「我が身を振り返らされた」とはどういう意味なのか。
 「拉致報道に依存して、調子に乗って、他をおろそかにしたので、拉致の風化で会社の経営悪化。あげく会社を潰したあげく、救う会や家族会にへいこらするために、これじゃあ「ジャーナリスト」でなくて「反北朝鮮活動家」だ - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)と非難されても文句の言えない醜態、恥をさらした」と言う意味なのか。もし高世が本気でそう思ってるのならそういうことであるなら、小泉元首相、田中均氏、蓮池透氏らに陳謝する用意くらいはあるんだろうな - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)つう話です。まあ高世はそのような「人生の汚点の反省」などできる「殊勝な人間」ではないでしょうが。俺は「何度も繰り返しますが」高世のような「人間のくず」には「お前のようなクズはとっとと死ねば良いのにな、高世」という憎悪や軽蔑の念しかありません。

 この哲学からは当然、暮らしの拠点は1カ所でなくてもいい、ということになる。

 やれやれですね。もちろん可能なら、そしてそうすることが「自分にとって便利なら」生活の拠点はいくつあってもいい訳です。
 しかし俺もそうですし、高世だってそうでしょうが、大抵の人間は生活の拠点は一つです。「生活の拠点が複数あることが良いこと」みたいな物言いは明らかにおかしい。

 よーし、私もやってみよう。
 というわけで、いま、そのチャレンジの最中だ。
 当面、「書く」、「語る」、「撮る」の三つでやろうと思う。
 「書く」はジャーナルな記事やテーマを決めての本の執筆。
 「高世仁のニュース・パンフォーカス」は月1本のペースで書いている。本の企画も立ち上げようと思っている。
 「語る」では、さまざまなテーマで系統的に話す場を作っていきたい。
 去年末から「焚き火のある講演」「焚き火のある風人塾」で宇宙史を語っている。これを聞いた人から、公民館で小学生に宇宙史を語ってほしいとの依頼があり、少しづつ活動が広がりそうだ。大学の授業の依頼も来ている。
 「撮る」とは、「ジン・ネット」の映像関連の活動を個人レベルで続けていくもので、まずは、自分史映像(自分の人生をふり返って映像化するもの)を制作する仕事をはじめた。中国地方で大きな作品の制作注文を受けて進めており、すでに2回の取材を済ませたが、コロナ禍で動けずに一時中断している。
 先日のJapan Web Fest(JEF=日本ウェブ映画祭)の作品の審査員をつとめたが、これも「撮る」の活動の範囲かな。 
 まだ、それぞれ稼ぎはほんの少しだが、大きな方向性はできかかっており、これからどうやっていこうかと考えている。そして、私自身の人生がそれによってどうなっていくのか、ワクワクしている。
 この歳になって実験的な人生設計をやっているわけだ。
 人生でもっとも自由を味わっているといっていい。

 「なんや、結局、現在の自分を正当化するために『会社を潰しても悔しくない』と言い張るために『ナリワイ(生業)』云々、言うとるだけやないか?」「うわー、しょっぱい活動やなあ」というと高世もマジギレでしょうか?。
 まあ、「この歳になって実験的な人生設計をやっている」「人生でもっとも自由を味わっている」「ワクワクしている」なんて高世が強がった*7ところで、ここで皮肉、嫌みだろうと「慰めのつもり」だろうと「会社経営に苦しむことがなくなり、第二の新しい人生が始まった。人間万事塞翁が馬ですね。むしろジンネットが倒産して良かったんじゃないですか?」と言うと、多分高世は「皮肉、嫌み」だと思って嫌な顔をするんでしょうが(苦笑)。
 これを見て会社所属のジャーナリストで「高世が羨ましい」と思う人間はまず居ないでしょう。
 大体、高世の言う「書く」「語る」「撮る」なんてのは高世と同じような出自(映像ジャーナリスト)の人間(例えば鎌仲ひとみ氏*8想田和弘*9三上智恵*10森達也*11綿井健陽*12など)なら皆やってることですし(恐らく高世より商売繁盛でしょうし)。高世が「この歳になって実験的な人生設計をやっている」「人生でもっとも自由を味わっている」「ワクワクしている」なんてどや顔するような話でもない。
 今の高世は

日本テレビあの人は今!? - Wikipedia(1995~2007年)
◆TBS爆報! THE フライデー - Wikipedia(2011年)
テレビ朝日あいつ今何してる? - Wikipedia(2015年~)

などのいわゆる『あの人は今』番組に出てくる(出てきた)『あの人は今?』の芸能人(芸能活動に見切りを付けて、引退して別方面に転身など)みたいなもんです。
【参考:『あの人は今』番組】

[あれから]<8>「腐ったミカン」3年B組・加藤の40年…1980年10月 : 社会 : ニュース : 読売新聞オンライン2020.11.15
 東京・下町の中学校を舞台に様々な社会問題に切り込み、1979~2011年に放送されたTBS系テレビドラマ「3年B組金八先生」。中でも、非行や校内暴力を扱った第2シリーズ(80~81年)は絶大な人気を集めた。
 「腐ったミカン」こと、不良生徒・加藤優の存在感が抜群だったからだろう。
 その少年こそ、直江喜一さん*13(57)。「時の人」となり、波に乗って役者を続けるつもりだった。だが、人生はそうは進まなかった。
 中学1年の頃、妹が児童劇団に入っていた。「お兄ちゃんもやってみたら」と誘われたのが、直江喜一さん(57)が演技の道に入ったきっかけだった。
 「金八先生」でのデビューは、実は第1シリーズだ。他校の不良生徒として武田鉄矢さん(71)演じる金八先生や生徒らに絡み、最後は金八先生に投げ飛ばされる役だった。
 第2シリーズは、同じ不良でも主役級の「加藤優」役に抜てきされた。台本を読んだ時、直江さんは、「こんなに男気のある役をもらっていいのかな」と戸惑ったという。
 「おまわりさんに輪っぱ(手錠)をかけられた時は抵抗せず、少年なのに老人のような静けさで、絶妙の演技だった。三國連太郎さんでもできないのでは、というほど完璧だった」と武田さんは絶賛する。
 等身大の子供の姿にこだわったという脚本家の小山内美江子さんからは「加藤優はかっこいい役者にやらせたくない。あなたでちょうど良かったのよ」と言われた。「不良を美化してはいけない」という思いもあったのかもしれない。
 思春期の身には複雑な思いがないでもなかったが、「最高の役をもらった。この人気なら誰にも負けない」と、役者を続けると決めた。
 しかし、その後は鳴かず飛ばず。「腐ったミカン」のイメージが強くて仕事が入らず、あっても不良役ばかり。
 第2シリーズで共演した女優の川上麻衣子さん(54)は「本当の彼は明るくて社交的な三枚目。でも社会現象になったドラマでイメージが固定してしまった。周囲から『金八の加藤優』と言われることに相当悩んでいた」と語る。
 21歳で結婚し、子供も2人生まれた。俳優業を細々と続けながら、スーパーのレジ打ちや下水道の配管清掃のアルバイトで食いつないだ。25歳からは塗装のバイトを始めた。
 30歳になる直前。郵便局の外壁工事で、1歳年下の現場所長が数千万円を動かしているのを見てスケールの大きさに驚いた。その頃、部屋の整理中に、押し入れの奥から金八先生の台本が出てきた。
 「ここはもっと強く」「抑揚を」。
 自分の書き込みが残る。
 「いつまでも懐かしんでいてはダメだ」。
 直江さんは、自分を叱りつける思いで台本を閉じ、ビニールひもで十字に縛り上げて処分した。
 「俺は、過去の自分を捨てるんだ」
 その現場所長に思いを伝え、建設会社で働き始めた。35歳の時、社寺建築などで知られる東証1部上場の「松井建設」(東京)の募集を知り、中途採用で入社した。
 周囲の社員らは大学で建築を学んだ人が多く、都立高卒で建築とも無縁だった自分は明らかに異分子だった。
 「俳優に建物がつくれるのか」。
 社内からも施主からも言われた。建築士建築施工管理技士などの資格を取るために通勤電車で猛勉強し、現場近くに泊まり込む日が続いた。父親が危篤状態になった時も、母の死期が近かった時も仕事を優先し、両親ともに死に目に会えなかった。今思うと、あの頃はほぼ、「記憶がない」。
 そうして走り続けた直江さんは次第に、設計者、現場監督、職人は、芸能界でいう脚本家、ディレクター、俳優の関係に似ていると気づく。それぞれの役割を果たし、皆で作品を作る。新天地は思いのほか、自分の性分に合っていた。数年で、現場の一切を取り仕切る現場所長となった。
 現場で出会った設備会社社員の新井誠さん(60)は、担当設備にトラブルが見つかった時、直江さんから一方的に怒られるかと思ったら、「俺が何とかするから」と事情を聞いてくれたことが心に残っている。「偉ぶって責任を押しつけたりせず、男気があった。現場では一番下の作業員にも声をかけて、気配りの人だった」と語る。
 次から次へと現場を任されていた45歳の時。
 「直江って、有名人なのか?」。
 過去のドラマ出演を知った上司から、営業への転身を打診された。かつてあれほど脱却したいと願った「加藤優」が、仕事の幅を広げてくれた。
 それからは現場に精通した営業マンとして駆け回り、現在、東京支店の営業第二部長にまで昇進した。
 ドラマの出演から40年。直江さんは今、充実した気持ちで、あの役と向き合っている。
 趣味のランニングサークルは「腐ったミカン’s」、所属するバンド名は「直江喜一とオレンジブレイカーズ」。劇団「ジャップリン」の舞台ではミカンを手に登場し、観客を沸かせる。
 「金八先生」のクライマックス、放送室のシーン。ドラマの反響に気が大きくなっていた直江さんは「自分に酔い、泣かせてやろう」と思ってセリフを読んだ。
 すると、すぐに武田鉄矢さんがセット裏に直江さんを連れ出した。「台本にあるのは全部良いセリフだ。どこかで見たような青春ドラマみたいな芝居はするな。かっこつけず、一生懸命やれば伝わるんだ」と諭された。
 「かっこ悪くても、一生懸命やる」。
 以来、この考えが、人生の大きなよりどころになったと、直江さんは思う。
 武田さんとは今でも、お互いに「先生」「優」と呼び合う。仕事先や趣味の活動でサインを求められたら、「金八先生 加藤優役 直江喜一」とさらりと書く。
 「強烈な一発屋で大いに結構。私の名前はわからなくても、『腐ったミカン』なら皆がわかってくれる」と直江さん。
 「人生はあみだくじのようなもの。途中でいろんな線が入って、今がある。泣きたいくらい辛つらいこともあったけど、今が一番と思える人生を送ってきた」。
 加藤優の面影が残る目元を、愛嬌たっぷりにほころばせた。

出川哲朗 芸能人生支えた「金八先生」名演説の再現に感激「今聞いてもジーンときちゃう」(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース2021.2.10
 お笑いタレント出川哲朗(56)が、10日放送のテレビ朝日系「あいつ今何してる?」(水曜後6・45)にゲスト出演し、自身の芸能生活に大きな影響を与えた元俳優の直江喜一氏(58)と映像越しに再会した。
 リアクション芸人として人気を博している出川だが、もともと俳優志望で、多くの映画人やタレントを輩出する専門学校*14を卒業。卒業式の壇上では、少年時代に見たドラマ「3年B組 金八先生」の名シーンをまねて大演説をしたという。
 出川がまねをしたのが、1980~81年に放送された「金八先生」の第2シーズンで、“腐ったミカン”と称された不良生徒の加藤優が改心し、卒業式で名演説をした場面。加藤を演じたのが、直江氏だった。出川はVTRを通じて「あなたのまねをしてあの壇上で言ったことがその後の僕のモチベーションにすごくなったんです。加藤優、いや直江さん、あなたに感謝している。心の底から言いたい」と、直江氏に感謝の言葉を送った。
 出川のラブコールを受けて番組の取材に応じた直江さんは、大反響を起こした「金八先生」後も俳優を続けたが、その後はヒット作に恵まれず、ペンキ職人をしながら夢を追いかけていたという。ところがある日、建築現場で年下の所長が立派に働いている姿を見て、家族を養うために30歳で芸能界引退を決意。現在、建設会社の営業部長として働きながら、舞台にマラソン、バンドなど幅広く活動しているという。
 直江氏は番組のリクエストに応え、「金八先生」の名演説場面を再現。その様子をスタジオで見た出川は、「このシチュエーションで今聞いてもジーンときちゃう」と感無量の表情だった。

【参考:終わり】
 つまり『拉致報道で一時、話題になったあの人(高世)は今?』『高世、今何してる?』ですね。
 今の生き方は、別に「そう言う生き方を高世が進んで選択した」わけじゃない。全盛期の原節子山口百恵が「まだ活動できるはず」と惜しまれながら引退したような話とは全く違う。
 「語る」は完全に論外ですね。科学ジャーナリストでもない高世が「宇宙史を語る」とは馬鹿も大概にしろという話です。高世に依頼する方もバカだと思いますね。
 「撮る」も「自分史映像」て要するにジャーナリズムでも何でもなくて「結婚式」「金婚式、銀婚式」「還暦や古希、米寿などの祝い」「自分の葬儀(いわゆる終活活動)」だので流す映像の作成を商売として引き受けてるつう事でしょう。
 「書く」も現時点では「高世仁のニュース・パンフォーカス」なるブログ記事を「月1回」で書いてるだけ(いくらか金ももらってるんでしょうか?)。「本の企画も立ち上げようと思っている」というのは「具体性皆無」で単なる願望でしかありません。まあ、繰り返しますが「うわー、しょっぱい活動やなあ」ですね。
 まあ、それはともかく、この高世の話(高世の場合は明らかにただの強がりでしょうが)を読んで俺が思い出したのは、「下町ロケット ガウディ計画」(池井戸潤の小説でTBSでドラマ化)の貴船・アジア医科大学外科部長ですね(池井戸作品は「下町ロケット」も「半沢直樹」も、基本「舞台が色々変わったところ」で「ワンパターンな勧善懲悪物」です)。貴船は「主人公である佃製作所社長」の敵役として登場し、不祥事に関与したことで失脚して、地方病院の院長に左遷される(まあそれでも院長ですが)。
 しかし、彼はそこで医師としての初心を取り戻す。大学の外科部長だろうが、地方病院の院長だろうが「医師として患者のために働く」と言う意味では価値に違いはない。そのことを自分は出世する内に忘れていたと反省し、残りの人生を「地域医療に捧げよう」と決意する。
 高世と違って「強がりでも虚勢でも無く本心そう思ってる」ように描かれている。
 そう言う意味で貴船は単純な悪人として描かれていません(池井戸作品では「単純な悪人」としてのみ描かれる人間の方が多いと思いますが)。
 まあきれい事ではありますけどね。なかなかそう言う人間も少ないでしょう。高世も結局過去の「救う会、家族会の幇間人生」を反省しないのでしょう。

 さて、上の「語る」では25日に「焚き火のある風人塾」で宇宙史を再び語ります。
 ご関心ある方はぜひお聞きください。880円で、後日オンデマンドでもお聞きできます。
 2月25日(木)21:00から開催します。
 講座のタイトルは『気づきの宇宙史 138億年 ②地球に生命が生まれた』。

 ご関心は全くないので勿論聞きません。繰り返しますがそもそも科学ジャーナリストでもない高世が「宇宙史を語る」とは馬鹿も大概にしろという話です。

*1:沖縄選出参院議員2名による会派。詳しくは沖縄の風 - Wikipedia参照

*2:高世が以前下請けをしていた。高木氏と高世のつながりもおそらく「情熱大陸」など「高世が下請けした番組関係」でしょう。

*3:著書『フルサトをつくる』(共著、2018年、ちくま文庫)、『イドコロをつくる:乱世で正気を失わないための暮らし方』(2021年、東京書籍)など

*4:2014年刊行。後に2017年、ちくま文庫

*5:後述しますが「今どきの若者に支持されるだけでなく、ポストグローバリゼーションの未来型の生き方」なんてことはないでしょう。「会社に勤めない生き方(定食屋のような自営業や作家のような自由業)」なんてもんは昔からありますし、最近そうした「会社に勤めない生き方」がやりやすくなったとか、増えたとか言うこともないのでは無いか。ブロガー、ユーチューバーだのは「趣味」ならともかくそれで稼いでる人間は超少数派でしょう。

*6:話が脱線しますが、彼は大久保利通の子孫の一人で丸紅の上司たち(檜山廣社長、伊藤宏専務)から「昔なら大久保君が俺のような人間の部下になることなどありえなかった」云々と言われるのが嫌で仕方が無かったそうです。

*7:本気で高世がそう思ってるならジンネット倒産直後にそう書いていたでしょう。高世も倒産から大分時間が経ち、気持ちも落ち着いてきたことで「この歳になって実験的な人生設計をやっている」「人生でもっとも自由を味わっている」「ワクワクしている」なんて虚勢が張れるようになったわけです。

*8:著書『内部被曝の脅威』(共著、2005年、ちくま新書)など(鎌仲ひとみ - Wikipedia参照)

*9:著書『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(2011年、講談社現代新書)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(2013年、岩波ブックレット)など(想田和弘 - Wikipedia参照)

*10:著書『証言 沖縄スパイ戦史』(2020年、集英社新書)など(三上智恵 - Wikipedia参照)

*11:著書『「A」:マスコミが報道しなかったオウムの素顔』(2002年、角川文庫)、『放送禁止歌』(2003年、光文社知恵の森文庫)、『悪役レスラーは笑う:「卑劣なジャップ」グレート東郷』(2005年、岩波新書)、『世界が完全に思考停止する前に』(2005年、角川文庫)、『下山事件(シモヤマ・ケース)』(2006年、新潮文庫)、『クォン・デ:もう一人のラストエンペラー』(2007年、角川文庫)、『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』(2007年、集英社新書)、『それでもドキュメンタリーは嘘をつく』(2008年、角川文庫)、『視点をずらす思考術』(2008年、講談社現代新書)、『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(2008年、ちくま文庫)、『首都圏生きもの記』(2010年、学研新書)、『ぼくの歌、みんなの歌』(2012年、講談社文庫)、『死刑』、『職業欄はエスパー』(以上、2013年、角川文庫)、『いのちの食べかた』(2014年、角川文庫)、『たったひとつの「真実」なんてない:メディアは何を伝えているのか?』(2014年、ちくまプリマー新書)、『「テロに屈するな!」に屈するな』(2015年、岩波ブックレット)、『オカルト:現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ』(2016年、角川文庫)、『神さまってなに?』(2017年、河出文庫)、『ニュースの深き欲望』(2018年、朝日新書)、『すべての戦争は自衛から始まる』(2019年、講談社文庫)など(森達也 - Wikipedia参照)

*12:著書『リトルバーズ:戦火のバグダッドから』(2005年、晶文社)など(綿井健陽 - Wikipedia参照)

*13:1963年1月生まれ。1980年、『3年B組金八先生2』で不良生徒・加藤優役として出演し、「腐ったミカンの方程式」の回でブレイク。役者を引退後は建設業界に就職し、二級建築士、1級建築施工管理技士の資格を取得。35歳で松井建設に転職、2008年10月に多摩営業所所長。現在は松井建設東京支店営業第2部部長。芸能界引退後は長くテレビ出演や取材を断っていたが、2007年12月のテレビ朝日快感MAP』出演以降は出演や取材に応じている(直江喜一 - Wikipedia参照)

*14:出川哲朗 - Wikipediaによれば今村昌平が設立した横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学)のこと