今日の朝鮮・韓国ニュース(2021年6月11日分)

新潟日報客観的視線 共感訴え、連載・横田滋さん死去1年(上)
 横田滋のどこが「客観的視線」なのか。呆れて二の句が継げません。そもそも滋は「オニババ(早紀江)の言いなりのダメオヤジ」で優柔不断にもほどがありましたが。まあ、それはともかく。「客観的」ではなく「俺がルールブックだ」的な思い上がりが早紀江には濃厚にありました。だからこその「拉致の風化」です。新潟日報のような「早紀江を持ち上げるしか能の無い御用マスコミ」がこんなこと書いたところで世間は鼻で笑うだけでしょう。


新潟日報写真が語る娘との絆:連載・横田滋さん死去1年(下)
 「家族写真でお涙頂戴」など「拉致解決に繋がらない馬鹿なことばかりやってきた結果」が「拉致の風化」でしょう。俺は横田一家には何一つ同情しません。


食糧不足の北朝鮮を救う動物は? アニメで飼育奨励も:朝日新聞デジタル

 北朝鮮金正恩(キムジョンウン)政権が、今春からウサギの飼育を奨励している。

 食糧不足の北朝鮮とはまた話が違いますが、ウサギ肉それ自体は「いわゆるジビエ」としてそれなりに美味しいようです。


バナナを見たことがない人に出会った 北朝鮮に赴任した大使が見た暮らしの現実:朝日新聞GLOBE+

昔は高かったものと昔は安かったものをまとめてみた « オクトピ
 昭和30年、サラリーマンの平均月給が10,000円弱という時代に何とバナナ一房約6本で250円もしたとのこと。(ボーガス注:今の平均月給は20万円程度なので250円を20倍して)今で言うと約5000円くらいの感覚でしょうか。
 高額の原因は、輸入制限措置が取られていたこと。輸入自由化がされる昭和38年まではとても貴重な果物だったんですね。

バナナの秘密
 昭和30年、サラリーマンの平均月給が10,000円弱という時代にバナナは何と一房約6本で250円もしました。その頃に少年時代を過ごした年代の方々にとってはバナナは病気になった時にしか食べられない超贅沢品だったという 訳です。
 そう言えば『昔のバナナはおいしかった。今はこんなに気軽に食べてるけど、ほんと病気した時しか食べれなかったんだぞ』と感慨深かげなおじさま達の話聞いたことありませんか?
 当時バナナはほとんど台湾からの輸入品だけで、それも10万トン以下という制約が付いていたんです。風邪でも引いて寝込まない限り、買ってはもらえない禁断の果実、それがバナナだったという訳です。バナナが輸入自由化されたのが昭和38年。以来、南米やフィリピンから大量にバナナが入ってきて、すっかり庶民の果物になったという訳です。

昔のバナナは、高級品でした。 - 団塊世代おじさんの日常生活2017/07/03
 昨日の中日新聞の読者投稿欄「発言 におい」というテーマに関して「バナナ家族で分け合い」というタイトルで89歳の男性が投稿されていました。
 私は9人兄弟で祖母も含めて12人家族だった。
 私が今でいう小学5年生ぐらいのとき、父が隣町の祭りに出掛け、良い香りのする新聞包みを抱いて帰ってきた。
 バナナだった。
 当時は病人のお見舞いに使われるような大変高価なもので、もちろん初めて目にするものだった。
 父によると、立ち並ぶ露天の中でひときわ大きなたんかを切っている売り手の声で立ち止まり、せりが進んで限界値だと思う値段になったところで「買った」と声を上げた。
 「持ってけ、この泥棒野郎」と言われ、一房に12本あるバナナを包んでくれた。
 父はその一幕を面白おかしく話してくれたが、私たち子どもはそんな話よりも、漂ってくるあの甘い匂いでおなかはぐうぐう鳴っていた。
 食べ終え、「大人になったら腹いっぱい食べるぞ」と思ったものだ。
 ところが今、私の孫はバナナなどには見向きもせず少し寂しい気がしている。
 以上です。
 確かに私が子供の頃は,バナナは高価な果物でした。

ということで、日本だって昔(例えば『三丁目の夕日』の頃)はバナナは「病院の手土産」などに持って行く高級フルーツでしたからね。
 俺も年配の方(俺の両親、親戚、職場の上司など)からそういう話を聞いたことはあります。
 ググる

◆赤嶺淳*1編集『バナナが高かったころ:聞き書き 高度経済成長期の食とくらし2』(2013年、新泉社)

なんて本もヒットします。何も北朝鮮に限らず発展途上国ではそういう国は多いでしょう。また「上流階級と下層階級」「都会と田舎」でも生活は大きく違うでしょうね。
 話が脱線しますが、そういえば高校時代に国語教科書で、三浦哲郎(1931年生まれ)の小説で「子どもの頃エビフライを初めて食べてそのうまさに感動した」なんてのを読んで「エビフライでそんなに感動するのか?」と思った記憶がありますね。「どうでも良い、くだらないこと」が俺は記憶に残ったりしますが、まあ、昔の日本の田舎なんかそんなもんでしょう。
 「エビフライ、三浦哲郎」でググったら
国語で習った三浦哲郎「盆土産」を十数年ぶりに再読して、あの頃見落としていた描写に気づいた話|森島央次郎|noteがヒットしました。すっかり題名を忘れてましたが『盆土産』だそうです。


条件付けず首脳会談「早期帰還要求は変わらず」 北拉致特別委の主なやり取り - 産経ニュース
 「条件付けず」というなら「首脳会談後、一人も拉致被害者が帰国しなくてもあえて会うのか」といえばそこは菅政権はまともに答えられないのだから全然「条件付けず」にはなっていません。
 お断りしておきますが、俺は『首脳会談後、一人も拉致被害者が帰国しなくてもあえて菅は会う』べきだとは言っていません。
 「あえて会う」のでなければそんなもんは「条件付けず」とはいえないのであり、「条件付けず」などという嘘を放言するなというのが俺が言いたいことです。
 「条件を付ける気満々」なのに「条件付けず」と嘘をついて北朝鮮を呆れさせ、交渉意欲を失わせるくらいならまだ「こういう条件を満たすなら会いますby菅」と言った方がましでしょう。
 もちろんその「会う条件」は「特定失踪者も含めて即時一括帰国させろ」などという無茶苦茶ではなく現実的な代物でないといけませんが。

*1:著書『ナマコを歩く:現場から考える生物多様性と文化多様性』(2010年、新泉社)、『クジラを食べていたころ:聞き書き 高度経済成長期の食とくらし1』(編著、2011年、新泉社)、『鯨を生きる:鯨人の個人史・鯨食の同時代史』(2017年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)