珍右翼・高世仁に突っ込む(2021年6/18日分)

弾圧と発展-中国の二つの顔 - 高世仁の「諸悪莫作」日記

 先週末から奈良を旅してきた。
 特別展「聖徳太子と法隆寺」を奈良国立博物館で6月20日までやっていると聞き、これは必見!と前売り券を購入した。
 今年は太子が亡くなって1400年にあたる。これを記念して、太子と太子が建立したとされる法隆寺ゆかりの至宝(国宝36件!重文75件!をふくむ)を公開するという豪華企画だ。
 日本の国柄を理解するには古代における仏教のあり方を知らなくては、と勉強を続けていて、その主要な対象の一つが聖徳太子だ。私にとっては「不要不急」のお出かけではない。
 ただ、あとでポスターをよく見たら、わざわざ奈良まで行かなくても、7月には東京の国立博物館でもやることになっていた。でも、チケットも買ったことだし、この機会に法隆寺などを実地に観るのもいいなとでかけた。

 仕事でもない「趣味の旅行」を「俺の生きがいだから、不要不急じゃない」と強弁する高世に吹き出しました。しかも「7月に東京国立博物館でも同じ展示をやる」のなら「あえて言えば」無理して、奈良に行く必要はどこにも無い。
 そんなこじつけをしないで素直に「不要不急だがどうしても奈良旅行に行きたかった。マスク着用など感染予防措置はきちんとした」でいいでしょうに(苦笑)。
 しかし高世もブログ記事内容が「サイクリング」「家庭菜園」「奈良観光旅行」とは完全に「ジャーナリスト廃業」ですね(苦笑)。
 なお、高世の言う

 日本の国柄を理解するには古代における仏教のあり方を知らなくては、と勉強を続けていて

について「素人の適当な思いつき」ではありますが、俺の考えをメモしておきます。
 まず第一に、高世の言う「日本の国柄」とやらが「今の日本」を意味するなら古代仏教などよりも

明治維新以降の欧米(英米仏独伊など)文化導入
明治維新以降、1945年の敗戦までの「日本型国家主義」の成立
 国家神道の誕生、教育勅語軍人勅諭の公布など
明治維新から今に至るまでの各種新興宗教の誕生
 天理教、PL教、創価学会などなど
◆戦後のGHQ改革
 天皇象徴化、不敬罪の廃止、国家神道の廃止(政教分離)、治安維持法の廃止(共産党の合法化)など

等の「最近の出来事の影響」の方が大きいでしょう。
 第二に仏教について言えば、やはり「鎌倉新仏教(親鸞浄土真宗日蓮日蓮宗など)誕生」「廃仏毀釈」などの影響が大きく、今の仏教を考えるにおいて古代仏教がどれほど重要なことやら。
 第三に「古代の精神文化」というなら、仏教以外にも「神道」「道教」「儒教」の影響も忘れてはいけないでしょう。
 第四に聖徳太子について言えば彼の業績については「後世の創作の疑い」が指摘されており、少数説とはいえ

【大山誠一*1(中部大学名誉教授)のいわゆる聖徳太子否定説、虚構説】
◆『「聖徳太子」の誕生』(1999年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)
◆『聖徳太子と日本人:天皇制とともに生まれた<聖徳太子>像』(2005年、角川文庫ソフィア)
◆『日本書紀の謎と聖徳太子』(編著、2011年、平凡社
◆『聖徳太子の真実』(編著、2014年、平凡社ライブラリー)
【大山説へのウヨの反発】
田中英道*2聖徳太子虚構説を排す』(2004年、PHP研究所

と言うことで『聖徳太子の業績を全て後世の創作とみなす説(いわゆる『聖徳太子否定説、虚構説』)』もあります。
 なお、「全て後世の創作」とする大山説は極端とは言え、聖徳太子の業績の「一部」について「後世の創作」を疑う学説は戦前からあり、津田左右吉が『十七条憲法・虚構説(後世の創作説)』を主張し、ウヨから「不敬と攻撃されたこと」は有名な話です(なお、津田自身は皇室崇拝の保守派であり、左派ではありません)。
 一時、文科省が、教科書検定で「聖徳太子」について「厩戸王」呼称で統一するという話が出てある種の騒動になった理由(ただしウヨの反発で結局撤回)はそこにあります。
 同時代人は彼のことを「聖徳太子」とは呼んでなかったし、「聖徳太子」の業績について「全否定」は少数派とは言え、「日本書紀の記述」がどこまで信用できるかについては争いがあります(俺もこの辺りは全く無知ですが)。

【参考:聖徳太子

聖徳太子 - Wikipedia参照
 十七条憲法を太子作ではないとする説は江戸後期の考証学者狩谷鍵斎らに始まり、津田左右吉*3も十七条憲法を太子作ではないと主張した。戦後、井上光貞*4坂本太郎*5や関晃*6らは津田説に反論している。一方、森博達*7は十七条憲法を『日本書紀』編纂時の創作としている。
◆大山誠一による聖徳太子虚構説
 1999年、大山誠一『「聖徳太子」の誕生』が発表された。大山は「厩戸王聖徳太子)の事蹟と言われるもののうち冠位十二階と遣隋使の2つ以外は全くの虚構」と主張。さらにこれら2つにしても、『隋書』に記載されてはいるが、その『隋書』には厩戸王は登場せず、(推古天皇の事績とは言えても)彼の事績と言えるか疑問と大山は考えた。
 聖徳太子についての史料を『日本書紀』の「十七条憲法」と法隆寺の「法隆寺薬師像光背銘文、法隆寺釈迦三尊像光背銘文、天寿国繡帳、三経義疏」の二系統に分類し、すべて厩戸皇子よりかなり後の時代に作成されたとする。
 大山は、飛鳥時代斑鳩宮に住み斑鳩寺も建てたであろう有力王族、厩戸王の存在は否定しない。しかし、『推古天皇の皇太子』として、数々の業績を上げた聖徳太子は、『日本書紀』編纂当時の実力者であった、藤原不比等らの創作であり、架空の存在であるとする。
 『日本書紀』などの聖徳太子像には何らかの誇張が含まれるという点では、多くの研究者の意見は一致しているが、聖徳太子像に潤色・脚色があるということから「非実在」を主張する大山説には批判的な意見が数多くある。大山の聖徳太子虚構説に対する反論としては、直木孝次郎*8厩戸王の政治的地位について」、上田正昭*9「歴史からみた太子像の虚実」(いずれも上田編『聖徳太子の実像と幻像』(2001年、大和書房)所収)、森田悌*10『推古朝と聖徳太子』(2005年、岩田書院)などがある。
◆教育における扱い
 歴史教科書においては長く「聖徳太子厩戸皇子)」とされてきた。しかし上記のように存命中の呼称ではないという理由により、たとえば山川出版社『詳説日本史』では2002年(平成14年)度検定版から「厩戸王聖徳太子)」に変更されたが、この方針に対して右翼が反発し批判している。2013年(平成25年)3月27日付朝日新聞によれば清水書院の高校日本史教科書では2014年(平成26年)度版から、大山誠一等が主張する聖徳太子虚構説(従来聖徳太子として語られてきた人物像はあくまで虚構、つまりフィクションである、とする説)をとりあげた。このように「聖徳太子」の「業績」については学問的には疑問視されるようになっているので、中学や高校の教科書では「厩戸皇子聖徳太子)」についてそもそも一切記述しないものが優勢になっている(わずかに記述される場合でも、記述は「厩戸王聖徳太子)」として「聖徳太子」という呼称はカッコの中でしか記述されないことが多い)

「 なぜ日本史から聖徳太子を消すのだ 」 | 櫻井よしこ オフィシャルサイト週刊新潮2017.3.9号
 聖徳太子は、その名を知らない日本人など、およそいないと言ってよいほどの日本国の偉人である。だが、文部科学省が2月14日に突然発表した新学習指導要領案によれば、その名が子供たちの教科書から消されることになりそうだ(ボーガス注:こうしたウヨの反発から結局、『厩戸王』で統一する方針は撤回(例えば次期指導要領で「聖徳太子」復活へ 文科省改定案、「厩戸王」表記で生徒が混乱 「鎖国」も復活(1/3ページ) - 産経ニュース(2017.3.20)参照)。
 聖徳太子は新たに「厩戸王(うまやどのおう)」として教えられるというが、(中略)皆が親しんできた名前を消して、(中略)変えるとは、一体どういうことか。
 左派陣営に蹂躙されてきたこの反日教育が幾世代も続いた末に、安倍晋三氏が首相に、下村博文*11が文科大臣になって以後、ようやく改善されてきたと思っていた。だが、いままた、日本を貶める意図しか見えてこないような学習指導要領が、突如、提案されている。文科省は伏魔殿か。根っからの反日組織か。

次期指導要領で「聖徳太子」復活へ 文科省改定案、「厩戸王」表記で生徒が混乱 「鎖国」も復活(1/3ページ) - 産経ニュース2017.3.20
 文部科学省が2月に公表した中学校の次期学習指導要領改定案で、現行の「聖徳太子」を「厩戸王(うまやどのおう)」に変更したことについて、文科省が学校現場に混乱を招く恐れがあるなどとして、現行の表記に戻す方向で最終調整していることが19日、関係者への取材で分かった。
 「厩戸王(うまやどのおう)、かっこ、聖徳太子。これ、なんですか」
 今月8日の衆院文部科学委員会民進党笠浩史*12が声を張り上げた。「聖徳太子」の表記をめぐる議論は国会にも波及。笠氏は「聖徳太子は冠位十二階や十七条憲法などわが国の統治の基本を作り、歴史上最も重要な人物の一人。多くの国民が同じような思い」と見直しを求めた。
 翌日の参院文教科学委員会では、無所属クラブ(ボーガス注:当時。現在は維新)の松沢成文氏も「いろいろな学者の意見があるが、過度に影響されてはいけない。普遍的な価値を伝える歴史教育を考えなければいけない」と強調した。

【聖徳太子没後1400年 第1部(1)】不在説の波紋 比類なき生涯も実像は謎多く - 産経ニュース2021.4.6
 伝説も含め、広く世に知られるところだが、近年、学問の世界ではその実在性が揺らいでいる。教科書表記の聖徳太子厩戸王に変更しようという動きもあった。
 「もしそんな人物がいたら想像を絶する偉大な人だったでしょうが、実在したのは一人の王族としての厩戸王であって、聖徳太子は実在しない」というのは、中部大学名誉教授の大山誠一さんだ。平成8年に論文を、11年に著書「〈聖徳太子〉の誕生」(吉川弘文館)を刊行して議論の火付け役となった。
 聖徳太子は架空の人物で、没後約100年の後に書かれた日本書紀(720年)において創造された-と大山さんは考える。
 「そのころ日本は律令国家として歩み始めたばかりで、役人は礼儀に欠け規律も定まらなかった。仏教や儒教道教に通じ、中国の皇帝に比するような天皇像を示して、天皇制が国家秩序の頂点にあることを示す必要があった。そんな象徴となるような聖人を作り出さねばならなかったのです」(大山さん)
 主導したのは当時の権力者だった藤原不比等(ふひと)ら。その上で安定政権を確立し、天皇家と婚姻関係で結びつきながら、権力、そして日本の歴史も支配していったという。
 日本書紀の虚構性は認めた上で「仏教に対する理解と信仰を持ち合わせていた厩戸皇子、すなわち聖徳太子の存在まで否定的にとらえる必要はない」というのは、立命館大学の本郷真紹(まさつぐ)教授だ。

津田左右吉 - Wikipedia参照
 1939年(昭和14年)に津田が『日本書紀』に於ける聖徳太子関連記述についてその実在性を批判的に考察したことについて、蓑田胸喜(原理日本社主宰)、三井甲之らが津田に「日本精神東洋文化抹殺論に帰着する悪魔的虚無主義の無比凶悪思想家」として不敬罪にあたるとして攻撃した。政府は、1940年(昭和15年)2月10日に『古事記及び日本書紀の研究』『神代史の研究』『日本上代史研究』『上代日本の社会及思想』の4冊を発売禁止の処分にした。同年1月に文部省の要求で早稲田大学教授も辞職させられた。津田と出版元・岩波書店岩波茂雄は同年3月に「皇室の尊厳を冒涜した」として出版法(第26条)違反で起訴され、1942年(昭和17年)5月に津田は禁錮3ヶ月、岩波は2ヶ月(ともに執行猶予2年)の判決を受けた。津田は控訴したが、1944年(昭和19年)に時効により免訴となった。津田事件という。

【参考終わり】

 ほとんど毎回観るテレビ番組にNHKの「国際報道」がある。
 進行を仕切るMCの酒井美帆さんがまたすばらしい。彼女はNHK職員ではない。オーディションで抜擢されたのだろうか、よくこんな逸材を見つけてきたものだ、などと酒井さんの出自にまで関心をもってしまう。

 酒井美帆 - Wikipediaによれば「国際報道」MCの前が、テレビ新潟『夕方ワイド新潟一番』キャスター(テレビ新潟の局アナ)で、現在はセント・フォース - Wikipediaという女子アナが多数所属する芸能事務所に在籍とのこと。「よくこんな逸材を見つけてきたものだ」と書く高世ですが「見つけてきた」のではなく、所属事務所セントフォースNHKに営業しただけの話じゃないか。

 きのうの「国際報道」は中国に関するニュースが二つ。
 一つは、17日朝、香港で政府に批判的な新聞『リンゴ日報』の編集・経営部門の幹部5人が逮捕されたニュース。
 民主化運動は冬の時代、さらに厳冬期に入ったような気配だ。
 もう一つの中国関連ニュース。
 17日、中国が有人宇宙船「神舟12号」を打ち上げ、独自に建設中の宇宙ステーションにドッキングを成功させた。
 中国の宇宙進出のスピードには驚かされる。技術的な進歩が著しい。
 以上二つのニュースは、中国の人権弾圧の強化と先端技術での躍進という二つの面を象徴するように思われた。

 昔の高世なら『リンゴ日報関係者逮捕』で、中国に悪口雑言でしょうが、そんな元気もないのか、実に淡々としています。

*1:著書『古代国家と大化改新』(1988年、吉川弘文館)、『長屋王家木簡と奈良朝政治史』(1992年、吉川弘文館)、『長屋王家木簡と金石文』(1998年、吉川弘文館)、『日本古代の外交と地方行政』(1999年、吉川弘文館)、『天孫降臨の夢:藤原不比等のプロジェクト』(2009年、NHKブックス)、『神話と天皇』(2017年、平凡社)など

*2:東北大学名誉教授。元「つくる会」会長。『戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」:二段階革命理論と憲法』(2011年、展転社)、『戦後日本を狂わせた反日歴史認識を撃つ』(2016年、 展転社)、『日本人にリベラリズムは必要ない。:リベラル」という破壊思想』(2017年、ベストセラーズ)、『左翼グローバリズムとの対決』(2020年、扶桑社)、『京都はユダヤ秦氏がつくった』、『決定版 神武天皇の真実』、『日米戦争 最大の密約』(以上、2021年、扶桑社)等の著書があるトンデモ右翼。

*3:1873~1961年。著書『文学に現はれたる我が国民思想の研究』(岩波文庫)、『日本の皇室』(中公クラシックス)など(津田左右吉 - Wikipedia参照)

*4:1917~1983年。東京大学名誉教授。国立歴史民俗博物館初代館長。著書『天皇と古代王権』(2000年、岩波現代文庫)、『日本古代の国家と仏教』(2001年、岩波モダンクラシックス)など(井上光貞 - Wikipedia参照)

*5:1901~1987年。東京大学名誉教授。著書『日本の修史と史学:歴史書の歴史』(講談社学術文庫)など(坂本太郎 (歴史学者) - Wikipedia参照)

*6:1919~1996年。東北大学名誉教授。著書『帰化人』(講談社学術文庫)など(関晃 - Wikipedia参照)

*7:京都産業大学名誉教授。著書『日本書紀の謎を解く:述作者は誰か』(1999年、中公新書)など

*8:1919~2019年。大阪市立大学名誉教授。著書『持統天皇』(1985年、吉川弘文館人物叢書)、『古代遺跡見学:奈良・大阪・京都・滋賀』(1986年、岩波ジュニア新書)、『古代日本と朝鮮・中国』(1988年、講談社学術文庫)、『日本古代国家の成立』(1996年、講談社学術文庫)、『万葉集と古代史』(2000年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『額田王』(2007年、吉川弘文館人物叢書)、『直木孝次郎 歴史を語り継ぐ:わたしの戦前・戦中・戦後』(2013年、吉川弘文館)など(直木孝次郎 - Wikipedia参照)

*9:1927~2016年。京都大学名誉教授。著書『日本武尊』(1985年、吉川弘文館人物叢書)、『藤原不比等』(1986年、朝日選書)、『古代日本の女帝』(1996年、講談社学術文庫)、『古代日本のこころとかたち』(2006年、角川叢書)、『雨森芳洲』(2011年、ミネルヴァ日本評伝選)、『私の日本古代史(上)(下)』(2012年、新潮選書)、『渡来の古代史』(2013年、角川選書)、『日本古代史をいかに学ぶか』(2014年、新潮選書)、『古代の日本と東アジアの新研究』(2015年、藤原書店)など(上田正昭 - Wikipedia参照)

*10:群馬大学名誉教授。著書『王朝政治と在地社会』(2005年、吉川弘文館)、『天智天皇大化改新』(2009年、同成社)、『天武・持統天皇律令国家』(2010年、同成社)など。個人サイト森田悌の耋老徒然随想

*11:第一次安倍内閣官房副長官、第二次安倍内閣文科相自民党選対委員長(第二次安倍総裁時代)などを経て自民党政調会長(菅総裁時代)

*12:菅内閣文科大臣政務官、野田内閣文科副大臣民主党幹事長代理、民進党国対委員長代理、希望の党国対委員長等を歴任