地村保志さん富貴恵さんについてのエピソード(R3.9.3): 荒木和博BLOG
令和3年9月3日金曜日のショートメッセージ(Vol.517)。今日小浜市の岡津海岸でライブ*1をやりますので、昭和53年(1978)7月7日小浜で拉致された地村保志さん、富貴恵さん夫妻についてのエピソードをお話ししました。
4分28秒の動画です。動画タイトルと説明文だけで見る気が失せます。「荒木批判のため」に一応、全部見ましたが。
地村夫妻のエピソードとやらが
・拉致についてのエピソード
・北朝鮮に連行されてから日本に帰国するまでの生活についてのエピソード
・日本帰国後の生活についてのエピソード(例えば、地村氏が就職した小浜市役所での業務のこと)
のいずれであれ、そんなことが荒木の「建前上の目的」である「拉致被害者帰国」と何の関係があるのか。何の関係もない。もちろん視聴する価値など全くない。ちなみに視聴したところ
1)俺たち巣くう会の活動のおかげで、地村氏が帰国できた
2)帰国後、5人の拉致被害者たちの温泉旅行(荒木によれば新潟県新発田市の月岡温泉)に同行したことがある、当時、俺はそこまで5人に深く食い込んでいた(当時の荒木は巣くう会事務局長)
というただの自慢話でした。
話が脱線しますが「月岡温泉、拉致被害者」でググったら
月岡温泉「湯あそび宿・曙」(新発田市)(2007/10/14執筆、2015/4/20追記、2020/4/25 館名・料金・利用時間訂正)
館内に北朝鮮拉致被害者の一行が宿泊したときの写真が掲げてあった。
「ホテルニューあけぼの」という名前であったが、いつのまにか「湯あそび宿・曙」と館名を変更した。
新潟・月岡温泉 湯あそび宿 曙(あけぼの)公式HP
月岡温泉にて: おりょうとふみってぃのまったり旅日記2018年01月13日
先日、新潟の月岡温泉に行ってみました。
新潟を代表する硫黄泉の温泉地です。
月岡温泉で特に有名なのが、毎年「おもてなしの宿100選」などで上位に選出される「白玉の湯 華鳳」でしょうが、今回は敢えて、今まで名前を聞いたことの無かった、よりリーズナブルな「ホテルニューあけぼの」さんにお世話になることに致しました。
(おもてなしの宿など、アジテーション、且つエージェントへの営業力や送客数などの利害関係がかなり絡んで決まるものに過ぎないとは思っております)
こちらのお宿では、北朝鮮の拉致被害者の会の会合が行われたこともあるようで、廊下に曽我さんや横田さんなどの被害者の方々の集合写真が飾られていました。
月岡温泉 湯あそび宿 曙(あけぼの)「あの有名力士も宿泊したってホント?」立ち寄り湯レビュー | ノークラウド観光
ここを2009年に訪れた時の宿名は「ホテルニューあけぼの」でした。
それが2013年に玄関と食事処そして大浴場をリニューアルさせ、「湯あそび宿 曙」となったのです。
なおこちらは2009年に撮ったもので、この時のほうがもっと開放感があったのかな?
そして右写真を御覧ください(ボーガス注:写真についてはリンク先を参照下さい)。
「北朝鮮拉致家族ご宿泊」
今回訪れた2019年にも、当時と全く同じ写真が掲げられておりました。
[交差点]横田夫妻の胸中は?=新潟(読売新聞朝刊)(矢牧久明)2005. 03. 06
週末、家族と月岡温泉に行った。宿は3年前の12月、拉致被害者5人が帰国して2か月ぶりに集まり、支援者らと1泊した旅館。予約した際、一つだけ空いていた部屋は、奇しくも当時、横田滋さん、早紀江さん夫妻が泊まった和室だった。
5人はここへ来る直前、新潟市内のホテルで、北朝鮮バッジを外して会見に臨み「永住帰国」を表明した。館内に飾られた一行の記念写真を見ると、さすがに蓮池さん夫妻らの表情は晴れ晴れしい。
片や、北朝鮮から娘のめぐみさんの「死亡」を通告されて間もなかった横田夫妻。凛(りん)としたその姿は悲しみよりも、世論で国を突き動かした自信と誇りに満ちているように見えた。
その救出運動が、最近なぜか元気がない。「救う会新潟」(馬場吉衛会長)が総会で明らかにした資料によると、5人の帰国後、昨年6月までに寄せられたカンパは約2900万円に上るが、多くが使途不明になっている。あぜんとしたのは、関係者が「めぐみさんが帰ってきたらカンパが集まらなくなるので困る」と話していたという報告だった。
事実ならば、肉親を気遣う良心につけ込んだ「振り込め詐欺」にも似た許し難いことだ。
今の事態を憂えているに違いない横田夫妻の胸中に思いを巡らせていると、一行に宿泊券を贈ったという旅館の女将がこう言って送り出してくれた。
「横田夫妻にはいつかめぐみさんと一緒に来て頂きたいんです」。
こんな善意がある限り、運動が衰えることはない。そう願っている。
などの記事がヒットしました。これが荒木の言う「温泉旅行」でしょう。
しかし
「救う会新潟」(馬場吉衛会長)が総会で明らかにした資料によると、5人の帰国後、昨年6月までに寄せられたカンパは約2900万円に上るが、多くが使途不明になっている。あぜんとしたのは、関係者が「めぐみさんが帰ってきたらカンパが集まらなくなるので困る」と話していたという報告だった。
事実ならば、肉親を気遣う良心につけ込んだ「振り込め詐欺」にも似た許し難いことだ。
つうのはねえ。その「肉親を気遣う良心につけ込んだ「振り込め詐欺」にも似た許し難いこと=巣くう会の拉致問題悪用」が小泉訪朝以降18年ですからね。マジでうんざりします。しかし、この記事が書かれた2005年時点だって「ある程度、脳みそがあれば」こんなことはわかりきっていたわけです。いつまでも「救う会言いなり」の家族会には心底呆れます。そして高世仁について言えば、全くそういうことであるなら、小泉元首相、田中均氏、蓮池透氏らに陳謝する用意くらいはあるんだろうな - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)ですね。
そして
一行に宿泊券を贈ったという旅館の女将がこう言って送り出してくれた。
「横田夫妻にはいつかめぐみさんと一緒に来て頂きたいんです」。
こんな善意がある限り、運動が衰えることはない。そう願っている。
についていえば、既に横田滋は死去。巣くう会、家族会の運動も衰退の一途と言っていいでしょう。「改めて」ため息が出ます。
それはともかく、荒木もこの動画でいい加減、「拉致解決に役立つようなまともな話」をしたらどうなのか。荒木のような「腐れカス」を選んで、「蓮池透氏」を追放した家族会のバカさには改めて呆れます。
【参考:矢牧久明・読売新聞記者】
[交差点]横田夫妻の胸中は?=新潟(読売新聞朝刊)の筆者・矢牧久明氏についてググってヒットした記事を紹介しておきます。
開戦記念日に“開戦の日に”を・・・: toshi27のブログ2013年12月08日
今朝の読売新聞<神奈川(横浜)版>の「取材ノート」欄に“開戦の日に”と題した記事が掲載されています。記事を書いたのは矢牧久明氏、当ブログでもお馴染みの高校同期「オタク」氏の御子息です。
久明氏は、海軍軍人であった祖父(「オタク」氏の父)の話を引き合いに、開戦の日にあたって次のように述べています。
『筆者の祖父は当時、南方方面などを担当する第三艦隊の先任参謀だった。真珠湾の戦況を複雑な思いで注視していたのは、米国駐在の経験があったからだ。サンディエゴ軍港や油田地帯を視察した祖父は、膨大な数の軍艦や大油田を目の当たりにし、国力の差を実感したという。その光景を捉えた映写機の映像を交え、帰朝報告すると、上層部は共通認識を再確認した。
「こんな国と戦争してはならない」。
開戦5年前のことだ。
山本五十六連合艦隊司令長官は意に反して真珠湾の指揮を執ったとされる。そうなった当時の状況を繰り返し検証することは、年月の経過とともにますます求められている気がする。
祖父は亡くなる直前まで「(戦争)強硬派を抑えられなかった」と語っていた。開戦を避けられなかったこと、終戦が遅れたことに生涯、痛惜の念を持ち続けていたようだ。』(原文のまま)
なお、矢牧氏の祖父とは「矢牧、海軍」でググったらヒットした
海軍反省会 - Wikipedia参照
◆海軍反省会の発言者
・矢牧章 (兵学校46期、最終階級:少将)
ですかね?。
なお、海軍反省会については
海軍反省会 - Wikipedia参照
2009年8月9日~11日の3日間、NHK総合『NHKスペシャル』にて、海軍反省会をテーマとしたドキュメント番組が放映
され、また、
◆澤地久枝、半藤一利、戸高一成『日本海軍はなぜ過ったか:海軍反省会四〇〇時間の証言より』(2011年、岩波書店→2015年、岩波現代文庫)
◆NHKスペシャル取材班『日本海軍400時間の証言:軍令部・参謀たちが語った敗戦』(2014年、新潮文庫)
つう著書が出ています。