「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2022年12/1日分:荒木和博の巻)

◆荒木ツイート

荒木和博 on Twitter: "令和4年12月2日金曜日「荒木和博のショートメッセージ」第962号。「現場百回」といいますが、やはりその場にいかないと分からないことがすくなくありません。 https://t.co/3CiCyoA5PA" / Twitter

 6分43秒の動画です。説明文だけで見る気が失せます(一応見ましたが)。一般論で言えば勿論「現場」は大事です。
 ある人物の著書の孫引きではなく、「現場調査」したり、「もともとの出典」を調べることで実は「ある人物の現地調査や出典引用」が誤っていた(場合によっては捏造すらある)なんてことは当然ある。
 あるいは「例は何でもいい」のですが「ポルポト虐殺」だって当初は真偽不明だったわけです。現地調査して虐殺の動かぬ証拠が多々出たから、「虐殺が事実として認定された」。
 しかし、現場云々で荒木一味(特定失踪者問題調査会)が何をやってるかと言えば「特定失踪者の失踪現場での探偵ごっこ」です。
 そんなことが拉致被害者帰国に何の関係があるのか。
 「政府認定拉致被害者の失踪現場」で「何10年も経って」から「捜査素人の荒木」が探偵ごっこしても無意味ですが、「インチキ拉致被害者=特定失踪者」なら一層無意味です。
 しかも「現場を知ることが大事だから、平壌に常駐事務所を置こう」「いろいろと制約があってもいいから北朝鮮と一緒に合同で現地調査しよう」というと「北朝鮮シンパ」云々と「悪口雑言するのだから」心底呆れます。「現場が大事」は一体どこに行ったのか。
 なお、「現場百編」的な考えをバカにしてるのがミステリ小説のいわゆる「安楽椅子探偵もの」ですね。
 勿論「探偵が現場に行かなくても」、依頼者や「探偵の部下」等、誰かが現場にいるわけですが「犯人に至る情報」を現場で得ていても「分析能力」がなければ犯人は分からないという痛快な小説です(安楽椅子探偵 - Wikipedia参照)。
 「安楽椅子探偵」でググる

各務三郎*1編『安楽椅子探偵傑作選』(1979年、講談社文庫)
 『安楽椅子探偵傑作選』で収録作品が分かりますが全て海外作品です。ミステリ通ではない俺でも知ってる有名どころでは「ブラウン神父(チェスタトン)」「ミス・マープル(クリスティ)」があります。
赤木かん子*2編『安楽椅子の探偵たち』(2001年、ポプラ社
 赤木かん子編『安楽椅子の探偵たち』 : サザエさんとかの感想ブログ
 赤木 かん子「安楽椅子の探偵たち - Little Selections あなたのための小さな物語」 - garbage truck
 あなたのための小さな物語2『安楽椅子の探偵たち』赤木かん子篇 | ネコのあくび
で収録作品が分かります。各務『安楽椅子探偵傑作選』に収録されたハリイ・ケメルマン*3『九マイルは遠すぎる』が赤木編著にも収録されています。
松尾由美安楽椅子探偵アーチー』(2005年、創元推理文庫)
鯨統一郎『堀アンナの事件簿2:安楽椅子探偵と16の謎』(2013年、PHP文芸文庫)

などがヒットします。

金正恩「お前らさあ、本当はこれで板門店とか通って逃げたいと思ってるんだろ」(笑)
左側メモをとりながら趙甬元*4「(そうか、その手があったか)」
 と言っているかどうか分かりませんが労働新聞2017.11.21「敬愛する最高領導者金正恩同志におかれては勝利自動車連合企業所を現地指導された」

 パロディのつもりのようですが「拉致被害者帰国(荒木の建前上の目的)」に何ら関係ない「くだらないおふざけ」であり心底呆れます。もはや荒木も拉致問題でまともなことを語ろうとする意欲もないのか?

*1:1936年生まれ。早川書房に入社。1969年8月号から『ミステリ・マガジン』編集長になり、1973年6月号まで務める。その後フリーとなり、海外ミステリの翻訳、評論執筆、アンソロジー編纂に携わる。1995年に『チャンドラー人物事典』(1994年、柏書房)で、日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞。著書『ホームズ贋作展覧会』(編著、1980年、講談社文庫)、『ミステリ散歩』(1985年、中公文庫)など(各務三郎 - Wikipedia参照)

*2:著書『今こそ読みたい児童文学100』(2014年、ちくまプリマー新書)など。個人サイト赤木かん子公式サイト

*3:1908~1996年。1947年に『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の短編小説コンテストへ応募した『九マイルは遠すぎる』で入選。以後、『九マイルは遠すぎる』の探偵役である「ニッキー・ウェルト教授」を主人公とした短編小説8作を発表。1964年より、ユダヤ教僧侶デイヴィッド・スモールを主人公とした長編シリーズの第1作となる『金曜日ラビは寝坊した』を発表。『金曜日ラビは寝坊した』は、1965年のエドガー賞処女長編賞を受賞する。以降、ラビ・シリーズを11作発表(ハリイ・ケメルマン - Wikipedia参照)。

*4:北朝鮮国務委員、朝鮮労働党政治局常務委員