新刊紹介:「経済」2023年6月号(副題:東大作氏の「ウクライナ戦争和平提案」の紹介&kojitakenに今日も悪口する)

「経済」6月号を俺の説明できる範囲で簡単に紹介します。
◆世界と日本『韓国サムスン電子の実態』(洪相鉉)
(内容紹介)
 サムスンの人事評価制度が「極めて不透明」であると批判されていますが、この点は日本の多くの企業の人事評価制度にも当てはまることでしょう。 


特集「劣化する日本の働き方」
◆不安定就業の新局面(伍賀一道*1
(内容紹介)
 ウーバーイーツなど「形式的には請負契約」にあたり労働契約ではない「不安定就業」を取り上げ、「労働法による規制の抜け穴化」していると批判。早急な法規制を主張しています。


◆大学非常勤講師の大量雇い止めを押し返す(佐々木信吾*2
(内容紹介)
 筆者が労組委員長を務める東海大を中心に「大学非常勤講師の大量雇い止め」に対する労組の運動が紹介されています。


◆なくならない過労死・過労自殺(松丸正*3
(内容紹介)
 過労死の要因として以下が指摘されています。
1)36協定の存在
 現行法では事実上36協定さえ結べば「法律で禁止された上限(月100時間未満等)まで」働かせることが可能。労組の同意がなければ協定が結べないとはいえ御用組合の多い日本では労組が防波堤の役割を果たしていないことが多い。
2)未だに横行する労働時間の自主申告
 タイムカードなど客観的な形での労働時間把握をすべき所、未だに自主申告が横行している。労組の力が弱い日本では「自主申告」は「正確な申告をしたら報復されるかも」という恐怖によって「過少申告」を招いている。


◆岸田政権の「人への投資」論をどう見るか(生熊茂実)
(内容紹介)
 「人への投資」それ自体は悪いことではないが、岸田政権においては「人への投資」は「労働者としての価値向上」と言う一面的な物である。
 また「育児」「介護」等で「投資(学習)」ができない労働者に対して「投資しないから労働者としての価値が向上しない→低賃金や長時間労働も自己責任」として「労働者に自己責任を押しつける」ものでもある。手放しでは評価できない。


◆「労働力不足」と働き方改革の課題(平澤克彦*4
(内容紹介)
 「労働力不足」が指摘される労働現場は多くの場合「低賃金、長時間労働」であることが多い。
 つまり「労働力不足」と言うよりも「労働条件が悪すぎる」が故の「希望者不足」にすぎないことが多い。
 「働き方改革」による「長時間労働の是正」こそが「希望者不足(労働力不足)」解決に不可欠である。


【まだ止められる!インボイス
◆事業者つぶし、若者の芽を摘むインボイス田村貴昭*5
インボイスで1000万者が廃業・倒産の危機?(村高芳樹*6
(内容紹介)
 赤旗の記事紹介で代替。
インボイス登録強制するな/小池議員「個人タクシー トラブル不安」/参院財金委2023.3.18
主張/インボイス制度/中止に追い込む運動広げよう2023.4.7


◆差し迫る日本の金融・財政危機(山田博文*7
(内容紹介)
 「異次元の金融緩和」による「国債や株式の大量購入」が財政危機を助長していること、株式大量購入による株価引き上げは「株式をうかつに売却できない(下手に売却すると株価が下落しかねないため)」と言う形で金融危機の恐れも生んでいる、と指摘されている。


ウクライナ戦争と国際秩序の将来(松井芳郎*8
(内容紹介)
 国際法違反行為を働いたロシアへの批判は当然としながらもそれは「軍事同盟NATOの正当化(例えばスウェーデンフィンランドの新規加盟の正当化)」「ウクライナの行為(例えばウクライナの犯行が疑われるドゥーギン娘暗殺)の全面正当化」とイコールではないとの指摘がされる。
 また開戦から1年が経つ今「どのような和平を目指すか」と言う難問はあるものの、「このまま終わりの見えない戦争をいつまでも継続していいのか?」という指摘がされている。松井氏も「具体的な和平提案」迄には至っておらず、また「ロシアを利するべきではない」としている物の、「このまま終わりの見えない戦争を継続していいのか?」という疑問には小生も全く同感です。
 松井氏によってそうした「和平模索」の一例として、東大作*9ウクライナ戦争をどう終わらせるか:「和平調停」の限界と可能性』(2023年、岩波新書)が紹介されています。
 また「ロシアの拒否権で安保理が機能しないこと」による「国連否定論」については1)拒否権で安保理が機能しないことは過去にもあった(米国のベトナム戦争イスラエル擁護、ソ連のアフガン侵攻など)、2)問題は「拒否権」をどうするかであって国連否定ではない、3)(ウクライナ戦争での安保理の機能停止だけ見ているのではなく)WFP(国連世界食糧計画)、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)等、「国連機関によるウクライナ支援」なども考慮すれば国連否定論には問題がありすぎる、としています。

【参考:東本】

東大作「国連の和平調停とウクライナ戦争の出口」 NHK解説委員室2022.6.14
 ウクライナのゼレンスキー大統領は、5月に「2月24日にロシアが侵略を始める前のラインまでロシア軍を押し戻せばウクライナの勝利だ」と主張しました。このラインであれば、国連総会決議に圧倒的な数の国が賛成したように、多くの国が賛同できると思います。まずは2月24日の前までロシア軍が撤退することを世界の共通目標にし、制裁を維持・強化しつつ、ロシアに対して、世界全体で働きかけていくことが最善の策と私は考えています。
 そのためにも、この戦争をバイデン大統領が主張するような「民主主義と専制主義」の戦いという図式にするのではなく、「国家主権の尊重という、最低限の国際ルールを守る国 対 守らない国」という図式に持っていくことが大事だと思います。残念ながら世界のまだ55%は非民主主義的な国と言われています。でもそんな国でも、戦後このような一方的な侵攻はほとんど行っていません。
 ロシア軍のウクライナからの撤退を求めることは、総会決議が示したよう、体制を問わず多くの国が賛同しています。
 ロシア軍が撤退すれば制裁の多くを解除することも「てこ」にしつつ、まずはウクライナから撤退するよう、まだロシア産の石油やガスを買っているインドや中国も含め世界全体でプーチン大統領に働きかけていく状況を作っていくことが、この戦争を終結させるためには重要だと私は考えています。

ウクライナ戦争をどう終わらせるか~終戦の課題と日本の役割(2023.5.7) | 市民連合(東大作)
 私は、ウクライナ戦争から勃発してから一年たった2023年2月21日に、「ウクライナ戦争をどう終わらせるか~和平調停の限界と可能性」(岩波新書)を出版する機会に恵まれた。
 この戦争は何年も、もしかしたら十数年もかかるかも知れないという分析も数多くなされ、ウクライナのゼレンスキー大統領自身もそんな見解を表明している。それもあって、「この戦争に果たして終わりがあるのか」という雰囲気が世界中を満たしている。
 私がこの本で提示したかった一つの見解は、「軍事的な作戦だけで、この戦争が終わる」と考えることは、かなり非現実的なことである。まずロシアは、開戦から数週間で、ウクライナのゼレンスキー政権を倒し、傀儡政権を作ることを目指していた。これはまさにロシアが勝利する形での「軍事的決着」と言える。しかしこの一年間の戦闘で分かったように、このようにロシアが一方的に勝利する可能性は、ウクライナの懸命の防戦や西側諸国の軍事支援もあり、非常に難しいことが明らかになった。
 他方で、(ここが大事なところだが)、ウクライナが「軍事的な手段だけで」この戦争を勝利することも実は極めて難しいのである。
 この議論を進めるとき、まずは、「ウクライナの勝利とは何を意味するか」を明確にする必要がある。元々、ロシアの軍事侵攻が始まった昨年2月から6月くらいまで、ゼレンスキー大統領は「2月24日にロシアがウクライナに侵攻を開始した前のラインまでロシア軍を押し返せば、ウクライナの大勝利だ」と訴えていた。つまり、私が拙著で呼ぶところの「2月24日ライン」までロシア軍を撤退させれば「ウクライナの勝利」と、ゼレンスキー大統領は明示していた。またウクライナを支援する多くの西側諸国もこの考え方を共有していた。
 しかしその後、ウクライナ政府内の強硬派の意見が強まる中で、ゼレンスキー大統領とその政権は現在、①クリミア半島も含め、2014年以降失った領土の全てを軍事的に取り戻す、②プーチン大統領をはじめロシアの戦争犯罪*10の処罰*11を行う、③ロシアに損害の賠償(戦時賠償)をさせる、と主張しており、これが現在のウクライナの勝利の定義になっている。
 私は、今回の戦争は、基本的にロシアに一方的に非があると考えており、もし上の三つをロシアが合意するのであれば、そのこと自体に反対はない。ただ問題は、上の三条件プーチン大統領やロシア政府が政治的に受け入れる可能性が殆どない、という現実である*12
「ロシア軍を、クリミア半島も含め2014年前の領土から全て追い出せば、ウクライナの勝利だ」という見解もよく聞かれるが、(ボーガス注:そんなことが軍事的に短期間で実現できる保証は全くなく)このことは、見通しとして私は甘いと考えている*13
 どこかでロシアと和平交渉をして、政治的な合意をし、この戦争を正式に終結させなければならない。
 ウクライナ側が軍事的な手段だけで、先に紹介した三つの目標①全領土の回復、②プーチン大統領を含めたロシア政府の戦争犯罪者の処罰、③ロシアによる戦時賠償、を勝ち取ることはできるのか?。理論的には、全く可能性がないとはいえない。しかしその場合、第二次世界大戦で、米国など連合国側が、日本やドイツに対して勝ち取ったように、ウクライナが首都モスクワまで攻め込んで、「無条件降伏」をロシアから勝ち取る必要がある*14。果たして、6000発の核兵器保有するロシアに対して、「無条件降伏」をウクライナが勝ち取ることができるのか?
 私は、現実的には難しいと考えている。またそのような攻勢をウクライナ側が仕掛けた場合、まさにロシアが「祖国防衛のため」という理由で核兵器による反撃に出る可能性は十分ある。それに対して、西側諸国が軍事的に応酬することになったら、一気にこの戦争は核兵器を伴う第三次世界大戦に突入してしまうのだ。私はそのようなシナリオに進むことは、この地球上に生きる一人一人の命の尊さを考えれば避けるべきだと考えているし、米国も含め西側諸国の多くも、実はそこまで突き進む覚悟はないと考えている。
 もしウクライナによる「交渉をしない形での軍事的な完全勝利」が現実に難しいとすれば、どうやってこの戦争を終わらせたらよいのか?
 拙著「ウクライナ戦争をどう終わらせるか」で強調したのは、昨年2022年3月29日に、トルコの仲介で行われたロシアとウクライナの和平交渉において、当時のウクライナ政府が提示した和平合意案である。ここでは、①2月24日ラインまでロシア軍が撤退する、②クリミア半島や、東部ドンバスで2014年以降親ロシア派が実行支配していた一部の地域については、終戦後に別途協議する、③ウクライナNATOに加盟せず、NATOの基地も置かない、④ロシアも含めた、P5(常任安保理事国)とウクライナ、その他の主要国による新たな安全保障の枠組みを作り、ロシアとウクライナが再び戦争をしない仕組みを構築する、というものであった。
 これをロシア側の和平交渉団も高く評価し、実際に、のちに米国政府高官から出た話だと、この4提案でロシアとウクライナの和平交渉団のレベルでは基本合意があったとされる。実際、当時ロシア側高官は「非常に現実的な提案がウクライナ側から提示されたので、キーウ周辺でのロシア軍の軍事作戦を劇的に縮小する」とBBCなどメディアに語っていた。その後、実際に4月初頭からキーウ周辺からロシア軍が北方に向け撤退した。しかしその後、キーウ近郊の町ブチャなどで、民間人の殺害が発覚し、イギリスの当時のジョンソン*15首相やバイデン大統領が、「これは戦争犯罪であり、プーチン氏の責任を問うべきだ」とツイッターやメディアで公言し、プーチン大統領が交渉そのものを中断させた。
 それから一年以上、両者による和平交渉は行われていない。

東大作『ウクライナ戦争をどう終わらせるか』(岩波新書) 7点 : 山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期2023.3.21
 タイトルを聞くと「そう簡単には終わらないよ」と反射的に言いたくなる状況ですが、それでも多くの犠牲者が出ている中で常に和平は模索されるべきですし、困難だからといって最初からあきらめるべきものではありません。
 本書はそんな困難な課題に、NHKのディレクターから研究の世界に入り、同時に国連のアフガニスタン支援ミッションなどにも参加した著者が挑んだものになります。
 もちろん、戦争が終わらせる秘策が披露されているわけではありませんが、開戦1月後の2022年3月ごろにはトルコの仲介で停戦合意に近づいていたのも事実であり、このあたりから双方が妥協できそうなラインを探っています。
 本書は冒頭で開戦1週間後にトーマス・フリードマン*16が提示した3つの終結のシナリオと著者が2022年4月時点で付け加えた2つ、計5つのシナリオが紹介されています。
 ①破滅的なシナリオ(世界大戦に突入)、②汚い妥協、③プーチン体制の崩壊、④西側諸国対ロシア・中国圏で経済圏が次第に分離、⑤中国やトルコなどが働きかけ、ロシア軍が停戦・撤収の5つです。
 このうち、②の「汚い妥協」がわかりにくいですが、大まかな内容としては停戦とロシア軍の撤退と引き換えにウクライナNATO加盟をあきらめ、親ロシア派が支配するドンパス地域のロシアへの編入を認め、西側はロシアへの経済制裁を解除するというものです。
 お互いの痛み分けになりますが、フリードマンはおそらくウクライナ支配を目指すロシアも領土の奪還を掲げるウクライナも受け入れないだろうと見ています。
 さらに開戦から7ヶ月経った9月に、ロシアが30万人の予備役に対して動員令を出し、ルハンスク州、ドネツク州、ザポリージャ州、ヘルソン州において「住民投票」を行い、ロシアへの編入を一方的に宣言したことで、戦争の終結はますます見通せなくなりました。
 著者が話を聞いたトルコのギュン・クット氏は、プーチン大統領が(ボーガス注:当初の目的だったゼレンスキー政権打倒が失敗したことで)すでに戦争の目的を見失っているとし、「戦争の目的が決まっていないから、止めようがない。かといって、ウクライナから完全撤退することはプーチン政権の存続を危うくするので、それもできない」(16p)と述べています。
 それでも戦争が終結するのは「軍事的勝利」か「交渉による和平合意」のいずれかです。現時点で、ウクライナもロシアも相手を完全に屈服させることが難しい中では(もちろん、ロシアが核を使わない限りという条件は付きますが)、いずれは「交渉による和平合意」へと向かっていく可能性があるのです。
 大国が小国に侵攻した例としてはベトナム戦争ソ連アフガニスタン侵攻があります。いずれも泥沼化しましたが、最終的には和平の合意が結ばれ撤退が行われました。

 アフガニスタンでは1988年にソ連が、そして2021年にはアメリカが撤退しています。いずれもどうしようもなくなった状況での撤退でしたが、それでも交渉→合意→撤退という順序を踏んでいます。
 では、和平交渉の仲介ができるとしたらどこなのか? まずは国連という存在が思い浮かびますが、著者は国連の仲介は期待しにくいと言います。
 これは国連には紛争当事国を動かす力、いわゆるレバレッジがないからです。 
 南スーダンでは対立していた勢力を支援していたウガンダスーダンが説得を行ったことで和平合意にこぎつけましたが、このように紛争当事者に影響力を持つ国の働きかけが重要です。
 また、対話の促進者(ファシリテーター)の役割も重要で、アメリカとタリバンの交渉ではカタールがその役目を果たし、コロンビア政府とコロンビア革命軍の和平交渉では、キューバが場所を提供し、交渉当事者が集まるための支援をノルウェーが行いました。
 今回のウクライナ戦争において当事国に大きなレバレッジを持っているのはウクライナに対してはアメリカであり、ロシアに対しては中国*17です。また、和平の仲介ができるポジションに居るのは例えば(ボーガス注:NATO加盟国だが、ロシアとの関係も悪くない)トルコです。
 実際、2022年3月にトルコの仲介で行われた交渉では、ウクライナの安全保障、ウクライナNATO非加盟、クリミアは15年かけて別途協議、ドネツク州とルハンスク州についても別途協議という線でかなり交渉が進みました。
 しかし、4月になってブチャでの虐殺*18が明るみに出たことで和平の機運はしぼみます。単なる撤退だけではなく、何らかの形でロシアに責任を取らせることが必要だというムードが高まっていきます。
 ただし、トルコの仲介の動きは完全になくなったわけではなく、国連とトルコの働きかけによって7月には穀物輸出に関する合意文書が調印されました。これはロシアとウクライナからの穀物輸出を保障するもので、食糧価格の高騰に苦しむ途上国にとっても大きな意味を持つものとなりました。
 とりあえずの出口はロシア軍の撤退ということになるでしょう。ところが、ここで厄介なのはロシア軍の撤退の範囲に(ボーガス注:2022年2月24日の大規模侵攻以前からロシアや親ロシア派が支配していた)クリミアやドネツク州やルハンスク州の一部は入るのか? という問題です。
 著者はウクライナが戦いをどこまで続けるかはウクライナ人が決める問題としつつも、経済制裁の出口は2022年2月24日以前のラインとすべきだろうと述べています。
 この2月24日ラインについてはキッシンジャー*19も2022年の5月にこのラインを越えての攻撃はロシアへの新たな戦争になると主張し、このラインでの停戦を訴え、そして大きな反発を呼びました。
 ウクライナ側も当初は2月24日ラインが1つの目標でしたが、予想以上の善戦と、ブチャの虐殺などのロシア軍の蛮行の発覚によって、領土の完全な回復を目指すように変わってきました。
 ウクライナ政府からは強硬な発言が目立ちますが、著者が話を聞いたウクライナ難民は早期の停戦を望んでおり、著者も早期の停戦が重要だと考えています。
 次に問題になるのが戦争犯罪の問題です。5月6日のチャタムハウスでの講演でゼレンスキー大統領は停戦の条件として、①2月24日ラインまでの撤収、②難民の帰還、③ウクライナEU加盟、④戦争犯罪を犯したロシア軍指導者の起訴の4つを上げましたが(96−97p)、もっとも難航しそうなのが④です。
 2003年に国際刑事裁判所が設立されましたが、ロシアは加盟していませんし、今までに起訴されているのはアフリカの指導者ばかりです。
 著者は、例えばベトナム戦争においてベトナムアメリカ側の戦争犯罪の処罰を求めていたら和平はならなかっただろうといいます。
 もちろん、戦争犯罪は不問に付すべきものではないですが、現時点で処罰にこだわるのは得策ではなく、戦争を集結させたあとにロシアとウクライナの間に戦争犯罪に関する委員会を設置するのがいいだろうという考えです。

 東ティモールでは戦争犯罪の処罰は一定のレベルにとどまる一方、「受容・真実・和解に関する委員会」がつくられ、和解への取り組みがなされました。内戦と国家間戦争の違いはありますが、こういった形も模索できるかもしれません。
 また、プーチン大統領が政権を失った場合にはセルビアミロシェビッチ大統領のように訴追の道が開けるかもしれません。
 「ウクライナ戦争をどう終わらせるか」という問題は難題であり、わかりやすい出口が示せるものでもないでしょう。
 それでも、「ウクライナ戦争をどう終わらせるか」という問いは常に考え続けなければならない問題であり、本書の議論は1つのステップとなるものです。

 「俺的に重要な部分」を赤字や青字にしてみました。「和平提案」が現実的に難しいことは事実ですが、一方で「戦争に今のところ終わりが見えない」のも事実です。松井氏や東氏、東大作『ウクライナ戦争をどう終わらせるか』(岩波新書) 7点 : 山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期が言うように「和平提案それ自体」は否定されるべきではないでしょう。
 「和平提案=鈴木宗男(親ロシア)流の降伏論」ではない。「中国の和平提案」についてゼレンスキーですら「頭ごなしに全否定はしなかった」ことも我々は考えに入れるべきです。

【参考:東本のアマゾンレビュー】

◆くくくくままま
 著者は「二月二四日ラインまでのロシア軍の撤退」「クリミア半島とドンバスの一部は別途、交渉」「ウクライナNATOに加盟せず、新たにロシアも含めた安全保障の枠組みを作る(p.119)」の3点を、停戦や西側諸国による経済制裁解除条件にすべきだとする。つまり「クリミア半島の奪還」等は棚上げするということだ。
 また、プーチン露大統領などの戦争犯罪については「まずは戦争を終結させ、その後、ロシアのウクライナの間に戦争犯罪に関する委員会を設置し、この戦争で起きた悲劇について事実を明確化し、必要に応じて個人レベルの謝罪や賠償を行い、二度とこのようなことが起きないように共通理解を深めていくことを模索する作業を続ける」というような対応も「現実的な方策(p.103)」として考えるべきとする。つまりICCなどによる国際的な裁判は難しいということだ。
 「正義」と「平和」のトレードオフというところだが、現実主義的には著者の言うことは妥当に思える。
 「開戦当初バイデン米大統領が強調していた『民主主義国家』対『専制主義国家』という図式ではなく、むしろ『最低限の国際ルールを守る国』対『それを守らない国』という図式に持っていくことが賢明(p.178)」という指摘。なるほど中国や第三世界専制主義国家を敵に回さないということは大事だ。

 「徹底抗戦論」らしい常岡だのkojitakenだのは恐らく「東氏、松井氏のレベル」でも「ロシアに甘い」と悪口するのだろうなとは思います。そのうち、彼らは松井論文を掲載した月刊経済や版元(新日本出版社)、「経済」誌や版元と親密な関係にある「日本共産党」まで「ロシアに甘い」と悪口するのかもしれません。
 しかし「俺が不勉強で無知であること」は勿論否定しませんが、今回の松井論文を読むまで「東本」の存在を知りませんでした。これはやはり「和平に積極的とは言いがたい米国」の影響で「親米国家・日本において和平提案がまるで論じられないこと」の影響もあるのではないか。俺以外でも「東本の存在」を知っている人がどれほどいるか。俺的には「今回、経済誌で一番良かったこと」は「東本の存在を知ったこと」ですね(現時点では未読ですが)。ということで今回「東本紹介」が拙記事の中でかなり多くなっています。
 それにしても、「日本共産党プーチンロシア批判派)とイコールではない(経済は、前衛と違い、共産党の機関誌ではない)」とはいえ今月号(6月号)でも

田村貴昭*20
村高芳樹*21

共産党関係者の論文が載り、今月号掲載の次号(7月号)予告でも

◆鉄道を守り、未来へ生かすために(高橋千鶴*22

共産党関係者の論文が掲載予定と「比較的共産との関係はいい経済誌」に「和平提案を訴える松井論文」が掲載されたことは興味深い気がします(現時点では共産党から和平提案はされてないと思いますが)。


アベノミクス「インフレ不況*23」と『資本論』(関野秀明*24
(内容紹介)
 インフレ(物価高)対策としては一般に「利上げ」が取られるが、景気刺激策として「利下げ」を長く続けてきた日本においては「反動で不況が深刻化すること」を恐れて「利上げ」が難しくなっていることを指摘。
 一方で「インフレに対して利上げとは異なる有効な施策」も特にされないことが「物価高→需要縮小→不況深刻化」を助長していると指摘。
 「インフレ不況」と言う点では現在と似た状況にあった第一次石油危機時の日本(1973~1974年、田中内閣でのいわゆる狂乱物価*25)が「筆者の理解」では「賃金アップによる需要拡大」で乗り切ったことから、今回も「政府や企業」が賃金アップによる内需拡大の方向に動くべきとしている。


◆日本の階級構成はどうなっているか:2020年の国勢調査にみる(羽田野修一)
(内容紹介)
1)自営業者の減少と労働者(被雇用者)の増加
2)第一次(農林水産業)、第二次産業(鉱工業)労働者の減少と第三次産業(サービス業)労働者の増加
3)非正規労働の増加
4)格差の拡大
が見られるとしている。


資本論の周辺(2):マルクス・エンゲルスと鉄道(下)(友寄英隆*26
(内容紹介)
 「1840年代英国の鉄道ブーム」と鉄道ミステリ - bogus-simotukareのブログで紹介した◆資本論の周辺(1):マルクス・エンゲルスと鉄道(上)(友寄英隆)の続きです。
 (上)では「英国と鉄道」について触れられていましたが、今回は「英国のインド支配と鉄道」について触れられています。
 また、「マルクスエンゲルスの時代」と現在の「鉄道」の地位の違いについても簡単に触れられています。
 マルクスエンゲルスの時代にはなかった「飛行機」「自動車」の登場によって「鉄道の地位」は相対的に下がり、日本でもローカル線の中には「廃線に追い込まれてるところ」もある現在、マルクスエンゲルスが今存命なら「鉄道」あるいは「交通機関」について「どう論じたろうか」という友寄氏の感慨には俺も同感です。

参考

技術大国インドの研究:歴史編三上喜貴*27
 インドにおける鉄道建設の効果について、同時代にこれを目撃していたマルクスは次のように予言した。
「イギリスがインドに鉄道を敷いたのは綿花等の原材料を安く運び出すためであるというのは周知のことだ。しかし鉄鉱石と石炭のある所に一旦機関車という機械を持ち込めば、それを(ボーガス注:インド人に)作らせないというのは無理である。鉄道を通じて、インドはやがて近代技術の先頭を走るようになるであろう」
 しかしこの予想に反して、機関車、軌条、橋梁鉄鋼、その他一切の器材類は最後までイギリス本国から輸入され、機関車の場合、英国内生産量の20%程度がインドに送られた。機関車が国産されるようになるのは結局1950年まで待たなくてはならなかった。
 しかしながら、広大なインドの大地に張り巡らされた鉄道網の維持に必要な機械修理、或いはその後の路線拡張に伴う規格制定等の業務を通じて、熟練した機械工や機械技術者が全国的な規模である程度育てられた、という効果はあった。

*1:金沢大学名誉教授。著書『現代資本主義と不安定就業問題』(1988年、御茶の水書房)、『雇用の弾力化と労働者派遣・職業紹介事業』(1999年、大月書店)、『「非正規大国」日本の雇用と労働』(2014年、新日本出版社

*2:首都圏大学非常勤講師組合書記長、東海大学職員組合委員長

*3:過労死弁連代表幹事。弁護士

*4:日本大学特任教授

*5:衆院議員。日本共産党中央委員

*6:日本共産党国会議員団事務局職員

*7:群馬大学名誉教授。著書『国債管理の構造分析』(1990年、日本経済評論社)、『国債がわかる本』(2013年、大月書店)など

*8:名古屋大学名誉教授(国際法)。著書『湾岸戦争国際連合』(1993年、日本評論社)、『テロ、戦争、自衛:米国等のアフガニスタン攻撃を考える』(2002年、東信堂)、『国際環境法の基本原則』(2010年、東信堂)、『国際法学者がよむ尖閣問題』(2016年、日本評論社)、『国際社会における法の支配を目指して』(2021年、信山社

*9:1969年生まれ。NHKディレクター(2004年に退職)、国連アフガニスタン支援ミッション政務官(和解再統合リームリーダー)、東大准教授、国連日本政府代表部公使参事官(和平調停、平和構築担当)等を経て現在、上智大教授。著書『縛らぬ介護』(2001年、葦書房:東氏がNHK時代に作成したNHKスペシャル「縛られない老後:ある介護病棟の挑戦」の書籍化)、『犯罪被害者の声が聞こえますか』(2008年、新潮文庫)、『平和構築:アフガン、東ティモールの現場から』(2009年、岩波新書)、『我々はなぜ戦争をしたのか:米国・ベトナム、敵との対話』(2010年、平凡社ライブラリー:東氏がNHK時代に作成したNHKスペシャル「我々はなぜ戦争をしたのか?:ベトナム戦争・敵との対話」の書籍化)、『内戦と和平』(2020年、中公新書)など(東大作 - Wikipedia参照)

*10:なお「ロシアの方が圧倒的に数が多い」とされますが、ウクライナ側についても「ロシア兵(捕虜)への虐待」等の戦争犯罪の疑惑があること(アムネスティなどが指摘)を指摘しておきます。まあ、こういうことを書くからkojitakenが俺のことを「ロシアシンパ呼ばわりするのだろう」と言うことは見当がつきますが。kojitakenの「ボーガスはロシアシンパ呼ばわり」てその程度のくだらない話でしょう。

*11:救う会の「拉致実行犯の処罰」主張みたいなもんで現実的に無理でしょう。勿論、「ロシアに要求を呑ませるためにあえて最初にハードルをできるだけ上げて、そこから譲歩していく」という「ゼレンスキーのハッタリ」の可能性は当然ありますが、ゼレンスキーに本気でウクライナ問題を解決する気があるか疑いますね。「ゼレンスキー=ウクライナの巣くう会(極右政治集団)」でないのか。「拉致被害者帰国」のために小泉政権が実行犯処罰の問題を曖昧にしたように「領土回復」のためには「戦争犯罪の追及」は棚上げにせざるを得ないのではないか。まあ、こういうことを書くからkojitakenが俺のことを「ロシアシンパ呼ばわりするのだろう」と言うことは見当がつきますが。kojitakenの「ボーガスはロシアシンパ呼ばわり」てその程度のくだらない話でしょう。

*12:東氏を真似すれば「日本人拉致は、基本的に北朝鮮一方的に非があると考えており、もし救う会や家族会の主張する『被害者の即時一括全員帰国』を北朝鮮合意するのであれば、そのこと自体に反対はない。ただ問題は、その条件を北朝鮮政府が政治的に受け入れる可能性が殆どない、という現実である」。そこで俺的には「段階的帰国」「一部帰国」支持のわけです。

*13:東氏を真似すれば、「救う会や家族会から「日本人拉致は『被害者の即時一括全員帰国』が日本の勝利だ」という見解もよく聞かれるが、(ボーガス注:そんなことが短期間で実現できる保証は全くなく)このことは、見通しとして私は甘いと考えている」。そこで俺的には「段階的帰国」「一部帰国」支持のわけです。

*14:「①全領土の回復」はともかく「②プーチン大統領を含めたロシア政府の戦争犯罪者の処罰」、「③ロシアによる戦時賠償」(特に②)は確かに東氏が言うように「日本やナチドイツのような無条件降伏」レベルまで行く必要があるのではないか。無条件降伏以外で「戦犯追及」なんて事実上、皆無ではないか。

*15:その後、不祥事の発覚で辞任。現在はトラスを経てスナク首相

*16:ジャーナリスト。1982年、イスラエルによるレバノン侵攻、特にサブラ・シャティーラ虐殺を取材し、その功績で、1983年のピューリッツァー国際報道賞を受賞。その名を世界に知らしめることとなった。続いて、1984年から1988年まではエルサレムに派遣されるが、ここでもまたフリードマンは、第一次インティファーダの報道で脚光を浴び、再びピューリッツァー国際報道賞を受章。これらの体験は『ベイルートからエルサレムへ』(邦訳は朝日新聞社)にまとめられ出版され、全米図書賞を受けた(トーマス・フリードマン - Wikipedia参照)。

*17:ちなみに拉致問題で「北朝鮮に大きなレバレッジを持っている」のも「中国」でしょう。その点については例えば拉致問題に対応するのに、中国と仲良くしていて損はない - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)を紹介しておきます。

*18:ロシアは「ウクライナの捏造」として犯行を否定しているが、ロシア犯行説が通説。松井論文も「ロシアの残虐行為」と書き、ロシア犯行説を当然の前提としている。

*19:ニクソン、フォード政権で国務長官

*20:衆院議員。日本共産党中央委員

*21:日本共産党国会議員団事務局職員

*22:衆院議員。日本共産党常任幹部会委員

*23:いわゆるスタグフレーションのこと

*24:下関市立大学教授。著書『現代の政治課題と「資本論」』(2013年、学習の友社)、『金融危機と恐慌』(2018年、新日本出版社

*25:名付け親は当時、田中内閣蔵相だった福田赳夫(後に首相)とされる。

*26:著書『「新自由主義」とは何か』(2006年、新日本出版社)、『変革の時代、その経済的基礎』(2010年、光陽出版社)、『「国際競争力」とは何か』(2011年、かもがわ出版)、『大震災後の日本経済、何をなすべきか』(2011年、学習の友社)、『「アベノミクス」の陥穽』(2013年、かもがわ出版)、『アベノミクスと日本資本主義』(2014年、新日本出版社)、『アベノミクスの終焉、ピケティの反乱、マルクスの逆襲』(2015年、かもがわ出版)、『「一億総活躍社会」とはなにか』(2016年、かもがわ出版)、『「人口減少社会」とは何か:人口問題を考える12章』(2017年、学習の友社)、『AIと資本主義:マルクス経済学ではこう考える』(2019年、本の泉社)、『コロナ・パンデミックと日本資本主義』(2020年、学習の友社)、『「デジタル社会」とは何か』(2022年、学習の友社)、『「人新世」と唯物史観』(2022年、本の泉社)など

*27:著書『インドの科学者・頭脳大国への道』(2009年、岩波科学ライブラリー)など