大口病院事件について二審でも無期懲役の判決

 裁判員裁判というのも、重刑・厳刑のために導入されたわけではない(当たり前) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)裁判員裁判というのも、重刑・厳刑のために導入されたわけではない(当たり前)(再説) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)で触れられた大口病院事件の続報です。

旧大口病院の3人点滴中毒死、二審も無期懲役 「元看護師の死刑、やむを得ないとは言えない」 東京高裁判決:東京新聞 TOKYO Web
 横浜市の旧大口病院(現横浜はじめ病院・診療休止中)で2016年、入院患者3人の点滴に消毒薬を入れて中毒死させたとして殺人などの罪に問われた元看護師久保木愛弓(あゆみ)被告(37)の控訴審判決で、東京高裁(三浦透裁判長)は19日、無期懲役とした一審横浜地裁裁判員裁判の判決を支持し、検察側と被告側の双方の控訴を棄却した。
 2021年11月の一審判決は、完全責任能力を認めた上で、対人関係の対応に難のある自閉スペクトラム症の特性のある被告が、患者の家族に対応しなくてすむよう犯行に及んだと動機を認定。「動機の形成過程に被告の努力ではいかんともし難い事情が影響していた。更生可能性も認められ、死刑がやむを得ないとは言えない」として、被害者が3人以上の殺人事件では異例の極刑回避の判断を示した。
◆一審で裁判員が出した結論を重視
 三浦裁判長判決理由で、3人の生命が失われた結果の重大性、犯行の計画性などから「死刑の選択が十分に考えられる」と指摘。しかし「裁判員らが慎重に評議し、真にやむを得ないと判断したのでなければ、死刑は許されない。動機形成過程や更生可能性は、死刑を選択するか、しないかを検討する場面で相応の意味があり、一審の判断は不合理とは言えない」とし、改めて死刑を求めた検察側の主張を退けた。

横浜 旧大口病院 患者3人殺害 元看護師に2審も無期懲役 東京高裁 | NHK | 神奈川県
 横浜市の病院で、入院患者3人の点滴に消毒液を混入して殺害した罪などに問われた元看護師に対し、2審の東京高等裁判所は「裁判員を含めて慎重に議論した判断であれば、(ボーガス注:裁判員裁判の価値を失わせるので二審での)死刑を科すことは許されない」として、1審に続き無期懲役を言い渡しました。
 東京高等裁判所の三浦透裁判長は、久保木・元看護師に完全責任能力があったと改めて認め、「3人の命が失われた結果は重大で、動機についても身勝手極まりない。死刑が十分に考えられる」と指摘しました。
 一方、「死刑は究極の刑罰で、ほかの事件と異なる検討が求められる」としたうえで、「今回、1審で裁判員を含めて慎重な議論が行われ、死刑という判断に至らなかったのであれば、(ボーガス注:裁判員裁判の価値を失わせるので二審での)死刑を科すことは許されない」と述べました。
 そして、「生涯をかけて自身の犯した罪の重さと向き合わせ、立ち直らせるのが相当だ」として、1審に続いて無期懲役を言い渡しました。
◆裁判の争点は
 これまでの裁判では、久保木元看護師の責任能力と刑の重さが争点となっていました。
 1審の横浜地方裁判所は、久保木元看護師の当時の精神状態について「『ASD自閉スペクトラム症』の特性を有し、うつ状態と認められるが、完全責任能力があった」と判断し、責任能力が限定的だったとする弁護側の主張を退けました。
 一方で、刑の重さについては「患者が亡くなった際に家族にどなられて強い恐怖を感じた。ストレスをため込み、一時的な不安軽減のため、患者を消し去るほかないと考えた。こうした動機の形成過程は被告のために考えるべき事情と言える。立ち直りの可能性もあり、死刑を選択するのはちゅうちょを感じざるをえない」として、無期懲役を言い渡しました。
西川惣藏さんの遺族「一体誰のためになるのか」
 この事件で亡くなった西川惣藏さん(当時88)の遺族は弁護士を通じてコメントを出しました。
「判決では犯人の『更生可能性』や『罪と向き合わせる』という言葉が何度もありましたが、それは一体誰のためになるのか、遺族の気持ちは考えられていないのではないかと感じました。仕事や体調に悩みを抱えることは誰にでもあることで、そのことが死刑を回避する理由になるとは考えられません。今回の判決によって、裁判で反省の言葉を述べさえすれば、死刑を免れることができるかのように受け取られてしまうのではないかと感じました」としています。
 また裁判官に対して「自分の家族が同じ被害に遭ったとき、同じように更生可能性があるから、酌むべき事情があるからと判断できるのでしょうか」としています。
◆興津朝江さんの弟「返せるものなら返して欲しい」
 この事件で亡くなった興津朝江さん(当時78)の弟は弁護士を通じ、「姉さんを返せるものなら返して欲しいです。もうすぐ退院だったのに殺すことはないと思います*1」というコメントを出しました。
◆高検「適切に対処したい」
 判決について東京高等検察庁伊藤栄*2次席検事は「判決内容を十分に精査し、適切に対処したい*3」とコメントしています。
◆制度設計の専門家「裁判員の趣旨に合う」
 1審に続き無期懲役とした東京高等裁判所の判決について、裁判員制度の設計に携わった國學院大学の四宮啓*4名誉教授は「非常に重大な事件について、国民が審理に参加した1審の判断を尊重した。国民の参加でより公正な刑事裁判を目指そうとする裁判員制度の趣旨に合った判断だったと思う」と述べました。
 一方、過去の判例との関連については「最高裁判例などによる基準*5に縛られることなく、事件の特性に応じた柔軟な考え方を示している印象を受けた」と述べていました。

 「検察への皮肉」でもないでしょうが二審の三浦裁判長や四宮名誉教授が「裁判員制度の価値を無視するようなこと(二審での『死刑への判決変更』)はすべきでない」と言う趣旨の発言をしたらしいのは検察(過去に裁判員裁判で死刑判決が出たら、裁判員裁判の価値が失われるので二審では無期に減刑すべきではないと放言)にとって皮肉でしょう。
 検察には「ねえ、今どんな気持ち?」と聞きたくなります。
 「西川氏の遺族」の気持ちはわからないでもないですが、「あえて言えば」これは逆に「あなたが久保木被告の家族だとして、彼女の死刑を望みますか?」とも言えてしまう感情論でしかないでしょう。
 そもそも「死刑にして何の意味があるのか?。あなた方、遺族の復讐感情が満たされるだけでしょう?。それは社会的に何か意味があるんですか?、あなた方の復讐感情なんて我々、部外者には関係ないんですが」とも言える。まあこういったら「お前は部外者だからそんなことが言える。家族が殺されたら、そんなことが言えるのか!」と遺族はマジギレでしょうが。
 ただ今回の殺人は「やっていい」とは言いませんが、死刑該当犯罪とは言え、「大久保清」「西口彰」「宅間守」みたいな凶悪犯とはまた性格が違いますからね。「彼女の抱えた障害の深刻さ」「彼女に対する周囲のバックアップが足りなかったらしい」と言う意味で同情の余地は十分あるでしょう。

*1:死刑を求めない点は西川氏の遺族に比べて「冷静」かと思います。

*2:法務省刑事局総務課長、大臣官房人事課長、山形地検検事正、最高検検事、法務省大臣官房長、静岡地検検事正等を経て東京地検次席検事(トップが検事正(現在は福井地検検事正、東京地検次席検事、東京高検次席検事等を歴任した山元裕史氏(東京地方検察庁検事正の紹介:東京地方検察庁参照))で次席検事はナンバー2)(伊藤栄二 - Wikipedia参照)。しかし官房長というと他省では「かなりの重要ポスト(通常、官房長→局長で、局長から一部が審議官や事務次官に昇進)」ですが「検察庁が中心(次官では無く検事総長が最高官職)」の法務省では「官房長→静岡地検検事正→東京地検次席検事」で「他省と比べると大したポストでないらしいこと」を実感します。

*3:そんなことを言うのであれば、検察は今後裁判員裁判では、量刑不当の控訴はしないのかという話になる - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)検察は、かつての主張を撤回したのかな - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)でも批判がありますが、「要するに量刑不当で上告かよ、過去の発言と矛盾してる」と呆れます。そもそも二審への控訴時点で「量刑不当で控訴かよ、過去の発言と矛盾してる」と呆れます。

*4:2001~2004年まで、日本弁護士連合会司法制度改革推進本部裁判員制度・刑事検討会委員。『 O.J.シンプソンはなぜ無罪になったか : 誤解されるアメリ陪審制度』(1997年、現代人文社)、『実務家のための裁判員法入門』(共著、2004年、現代人文社)、『もしも裁判員に選ばれたら : 裁判員ハンドブック』(共著、2005年、花伝社)、『ここだけは聞いておきたい裁判員裁判 : 31の疑問に答える』(共著、2009年、日本評論社)、『裁判員裁判刑事弁護マニュアル』(共著、2009年、第一法規)、『民事陪審裁判が日本を変える:沖縄に民事陪審裁判があった時代からの考察』(共著、2020年、日本評論社:無知ですが、米国統治時代はそうだったんでしょう(勿論米国が民事陪審制度のため))等、陪審制度や裁判員裁判関係の著書多数(四宮啓 - Wikipedia参照)

*5:永山基準のことか?。とはいえ永山基準は「心神耗弱ではないが、それに極めて近い(心神耗弱ではないので、「無期に減軽する法的義務」はないが減軽すべきでは無いか)」と評価された「今回のようなケース」を想定してないでしょうが。