しんぶん赤旗ニュース(2024年9/7、8日分)(副題:宜野湾市長選と、後藤田徳島県知事との懇談)(追記あり)

宜野湾から政治変えよう/沖縄・市長選 桃原候補勝利へ総決起
 前職(在職中、病死:弔い選挙イメージで自民が有利になる可能性あり)は自民系で、今回、自民から出馬したのは「それなりに地盤があるであろう元市長の佐喜真(市長を辞任し、沖縄県知事選に出馬するが現職のデニー氏に敗北)」なので楽な選挙ではないでしょうが、「自民総裁選に浮かれるマスゴミへの批判」と言う意味でも勝利したいところです。


沖縄米兵また性暴行/不同意性交致傷疑いで書類送検/6月発生
 こうした事態への「批判意思の表明」と言う意味でも、宜野湾市長選に勝利したいところです。

【追記】
沖縄・宜野湾市長選、元市長の佐喜真淳氏の当選確実 辺野古移設容認 - 産経ニュース
 投票率が前回選挙より低いことといい、佐喜真の当選といい実に残念ですが、諦めずに戦おうと書いておきます。
 なお「デニー氏はさらに苦境」と嬉しげな「自民応援団」産経ですが「苦しくない」とは言いませんが「佐喜真が元市長であること」「前市長の病死で弔い合戦ムードが恐らくあったこと」(自民側の有利な条件)を考えればこれだけで「今後の県政運営」「デニー氏の次期知事選での再選の可能性」を云々できないでしょう。
 なお、これは「世論調査でもしないと分かりません」が立民党代表選で「候補者連中が、野党共闘に否定的な態度だったこと」が「どうせ野党共闘候補が勝ってもどうにもならない」「立民党は民主党政権時代、沖縄基地県外移設には動かなかったし」と「市民に白けムード」を生み、自民を有利にした面がありはしないかと思いますね。


最賃大幅上積みで懇談/小池書記局長、徳島県庁を訪問

 日本共産党小池晃書記局長・参院議員は6日、徳島県庁を訪問し、最賃引き上げについて後藤田正純知事と懇談しました。
 小池氏は、「知事が地方審議会に出席し、1000円を超える最賃を強く求めたことが、今回の大幅引き上げにつながった」と述べました。後藤田知事は、「国が決めた『目安』ではなく時代に合わせて上げるべきだ。徳島県の県民所得は全国でも上位なのに、この実態に合わない。県民の実態や暮らしの中身から最賃を設定していくという考え方が必要だ」と話しました。

 保守系の知事と共産幹部の懇談など「野党共闘の達増知事(岩手)」など一部を除いて「あまりない気」がしますが、後藤田と共産は「反自民」と言う点で「比較的良好な関係」なのか。
 後藤田は、
「親族は後藤田*1官房長官
「元自民党衆院議員で一時自民党徳島県連会長も務めた」
「自民政権で政務三役経験(小泉内閣内閣府大臣政務官、第二次安倍内閣内閣府副大臣)もある」
のですが、何故か徳島自民とは犬猿の仲で、県連が後藤田を公認しないと表明したことを契機に衆院議員を辞めて知事に転身してますからね。後藤田が初当選した2023年知事選挙では後藤田も含めて、自民党から
「当時現職の飯泉嘉門(元総務官僚。徳島県商工労働部長、県民環境部長を経て知事。自民、公明が推薦)」
「三木亨(元参院議員(自民党)。第三次安倍内閣財務大臣政務官三木申三元知事の息子)」
と、三人が出馬する自民分裂選挙となってます(後藤田や三木は飯泉の多選(2023年選挙時点で、2003~2023年の5期20年)を批判)(以上はウィキペディア参照)。
 それとも俺が無知なだけで「自民、維新系の知事」も含めて割とこうした懇談は珍しくないのか?
 なお、「後藤田、赤旗」でググったら以下がヒットしました。

河添誠*2
 後藤田徳島県知事と小池書記局長が懇談しているのに、そのことを報じた赤旗(ボーガス注:本文には後藤田の名前は出てきても)見出しにも出ていないし、小池晃氏のX(旧ツイッターで)も何も発信されていない。不思議だ。

 多分「元自民・後藤田との懇談を党支持層に批判されたくないから大宣伝しない→共産は姑息*3」との印象操作でしょうが「くだらん因縁つけやな。あんたは今そんな反共の立場なんか?(それとも昔から?)」「あんたの立場(河添は労働活動家*4)なら共産とは良好な立場であるべきと違うのか?」と呆れますね。河添に限りませんが、一部の「自称アンチ自民でリベラル派(id:kojitaken、inti-sol氏など)」て何で反共なのか?
 「社会党が最大野党だった時代(1950~1980年代)」ならまだしも今、「共産を敵視できるような状況じゃない」でしょうに。最大野党の立民はとても「左派」とは言えないし。左派と評価できる政党で共産以外と言ったら「れいわ新選組」「社民党」「新社会党」等と「共産よりも議席数や支持率が小さい政党」ばかりなんですが。
 ちなみに「後藤田知事」との関係において、あまり関係ないでしょうが、後藤田元官房長官については以下の通り、共産は「一定の評価」はしています。

後藤田正晴元副総理のご遺族を弔問穀田恵二*5(2005.9.27)
 朝の国会対策委員会の打ち合わせのあと、故後藤田正晴氏を、日中友好会館に弔問*6
 長男の省吾氏に心からのお悔やみを申し上げました。そして生前私どもとの交流についてお話しました。
 後藤田正晴氏とは、日中友好にかかわる節目節目の催しの際にいつもお会いして親しく懇談。
 氏からは「立場は違うが、筋を通す党が要る」と励ましをいただいたものだ。憲法をめぐる問題や、日米安保条約などの持論をそのつどお聞かせいただいた。
 私の方からは、「一度新聞『赤旗』にご登場を」とお願いしたのだが、かなわぬ夢となってしまった。
 後藤田正晴さん安らかにお眠りください。

赤旗集団的自衛権「閣議決定」 「歴史の審判に堪えられぬ」/地方紙40紙 反対2014.7.4
 集団的自衛権行使に向けた憲法解釈変更に地方紙社説は厳しい論陣を張っています。
 徳島新聞も「暴走は許されない」と痛烈。冒頭で「戦争の恐ろしさを知っていた本県選出の三木武夫*7元首相や後藤田正晴元副総理が生きていたら、認めなかったのではないか」と書きました。

赤旗きょうの潮流 2023年9月15日(金)
 元副総理で2005年に亡くなった後藤田正晴氏は「自主自立のものの考え方でアジアに目を向けないと、アメリカ一辺倒ではこの国は危なくなるよ」と語ったことがあります(『後藤田正晴・語り遺したいこと*8』)
▼「日米安保条約を平和友好条約に切り換える、そのための議論を始める時期にさしかかっているのではないか」とも。首相に聞かせたい言葉です。

*1:1914~2005年。元警察庁長官。大平内閣自治相・国家公安委員長、中曽根内閣官房長官総務庁長官、宮沢内閣法相等を歴任。著書『政治とは何か』(1988年、講談社)、『私の履歴書:支える動かす』(1991年、日本経済新聞社→『私の履歴書:保守政権の担い手』と改題し2007年、日経ビジネス人文庫)、『政と官』(1994年、講談社)、『情と理(上)(下):後藤田正晴回顧録』(1998年、講談社→2006年、講談社+α文庫)、『後藤田正晴の目』(2000年、朝日新聞社)、『後藤田正晴・日本への遺言』(2005年、毎日新聞社)、『後藤田正晴・語り遺したいこと』(2005年、岩波ブックレット)等(後藤田正晴 - Wikipedia参照)

*2:著書『労働、社会保障政策の転換を:反貧困への提言』(共著、2009年、岩波ブックレット)等

*3:なお、後藤田の方も俺が見た限りでは懇談についてXでは触れてないようです

*4:首都圏青年ユニオン書記長、レイバーネット日本事務局長、反貧困ネットワーク副代表等を歴任(河添誠 - Wikipedia参照)

*5:衆院議員。共産党国対委員長、選対委員長(常任幹部会委員兼務)

*6:後藤田は晩年、日中友好会館会長を務めた。また「宮沢内閣での天皇(現・上皇)訪中」時に後藤田は宮沢内閣副総理・法相としてそれに関与した(後藤田正晴 - Wikipedia参照)

*7:1907~1988年。国民協同党委員長、片山内閣逓信相、国民民主党幹事長、改進党幹事長、鳩山内閣運輸相、岸内閣科技庁長官(経企庁長官兼務)、池田内閣科技庁長官、自民党政調会長、幹事長(池田総裁時代)、佐藤内閣通産相、外相、田中内閣副総理・環境庁長官等を経て首相

*8:2005年、岩波ブックレット