「珍右翼が巣くう会」高世仁に悪口する(2024年12/2日分)

『ウクライナはなぜ戦い続けるのか』予約販売開始 - 高世仁のジャーナルな日々
 旬報社からの刊行だそうです。
 旬報社と言えば、過去に

◆『スーパーK*1を追え』(1997年)
◆『娘をかえせ息子をかえせ:北朝鮮拉致事件の真相』(1999年)
◆『イスラム国とは何か』(常岡浩介*2との共著、2015年)
◆『自由に生きていいんだよ:お金にしばられずに生きる"奇跡の村"へようこそ』(森本喜久男*3との共著、2017年)
◆『中村哲*4という希望:日本国憲法を実行した男』(佐高信*5との共著、2023年)

という高世本を出してるとは言え、ジンネット倒産後も随分と高世を高評価してるもんです。とはいえ、今や高世も「旬報社からしか本が出せない」のでしょうが。
 過去には旬報社以外の出版社からも以下の通り本を出してるのですが。

◆『拉致:北朝鮮の国家犯罪』(2002年、講談社文庫)
◆『金正日「闇ドル帝国」の壊死』(2006年、光文社)

 ウクライナを旅するあいだ自問したのは「もしウクライナが日本なら、自分はどうするのか?」でした。

 「軍事大国・日本ではウクライナのようなことはあり得ません」で終わる話です。
 世界最強の米軍が駐留し、世界有数の軍事力である自衛隊のある『軍事大国』日本を何処の国が侵攻するのか(憲法九条がありながら日本が軍事大国化していることについてはハト派護憲派として実に恥ずかしいですが)。
 そもそも過去の日本においても外国勢力の侵攻と言えるのは
刀伊の入寇平安時代:先日、大河ドラマにも登場)」
元寇鎌倉時代)」
フェートン号事件(江戸時代)」
「ポサドニック号事件(ロシアが一時、対馬に進駐)、薩英戦争(薩摩藩VS英国)、下関戦争(長州藩VS英国等)(幕末)」
「太平洋戦争末期の沖縄戦(対米国)、ソ連北方領土侵攻」くらいでしょう。「幕末」「1945年の終戦直前」に集中していてそれ以外にはほとんどない。
 日本が島国であること(前近代は攻めること自体が困難)、明治以降は「急速に軍事大国化したこと」もあって外国の侵攻などほとんどなかった。
 歴史上日本の戦争とは

1)源平合戦(源氏VS平氏)、南北朝合戦(南朝VS北朝)、戦国時代の戦国大名同士の合戦(織田氏VS武田氏の長篠合戦など)、関ヶ原合戦徳川家康率いる東軍VS石田三成が率いる西軍)、幕末の戊辰戦争(幕府VS薩長)、明治初期の士族反乱など内戦
2)「秀吉の朝鮮出兵」、日清戦争日露戦争、シベリア出兵、日中戦争、太平洋戦争など、国益判断から日本が外国で起こす戦争(その多くは侵略と言っていいのではないか)

がほとんどでしょう。
 むしろ、自問すべきは「集団的自衛権行使を米国が求める中、もし日本(自衛隊)が、米国の要請に従い、ロシアのように海外で武力行使したら自分はどうするのか?」でしょう。
 その方が可能性としてはよほど高いでしょう。その場合「憲法違反の不当な戦争だ」として抗議するのかどうか。

 もし他国から侵略されたら「あなたは進んで自国のために戦いますか」と77の国・地域で調査したところ、全体では「はい(戦う)」が64.4%、、「いいえ(戦わない)」が27.8%でした。日本は「はい」が最下位でわずか13.2%、「いいえ」が48.6%と各国のなかで突出しています。また、「わからない」が38.1%と、これも世界一。
 日本に住む私たちの多くが、国の運命など自分とは「関係ない」と思っているということなのでしょう。日本では「愛国心」が戦前の軍国主義を想起させるとして忌み嫌われてきました*6。しかし私たちは、このままの価値観で、混迷の時代を生きてよいのでしょうか。また、人として生きる意味、死ぬ意味を自覚できるでしょうか。

 前も別記事
珍右翼・高世仁に突っ込む(2021年6/16日分) - bogus-simotukareのブログ
珍右翼・高世仁に突っ込む(2021年6/17日分) - bogus-simotukareのブログ
日本の「過去の戦争被害」を考えれば「国のために戦う」という回答が低いのは当たり前の話だ - bogus-simotukareのブログ
珍右翼・高世仁に悪口する(2022年9/9日分) - bogus-simotukareのブログ
等で書きましたが、高世が紹介するこの質問では「自国のために戦う」が「何を意味するか」明確でない点が重要です。
 例えば、
「ナチドイツのヒトラー(あるいは戦前日本の昭和天皇)のためにドイツ国民(あるいは日本国民)がドイツ軍兵士(あるいは日本軍兵士)として連合国と戦うこと」
「国際的批判を無視し、ロシア・プーチン政権のために、ロシア国民がロシア軍兵士としてウクライナで戦うこと」
「国際的批判を無視し、イスラエル・ネタニヤフ政権のために、イスラエル国民がイスラエル軍兵士としてガザで戦うこと」
ミャンマー軍事政権のために、ミャンマー国民がミャンマー軍兵士として、反政府軍と戦うこと(あるいは逆に、ミャンマー国民が反政府軍兵士として、反政府軍のためにミャンマー軍事政権と戦うこと)」は「国のために戦うこと」なのか。
 おそらく「反ロシア」高世は「プーチン政権のために、ロシア国民がロシア軍兵士としてウクライナで戦うこと=自国(ロシア)のために戦うこと」として肯定はしないでしょう。
 そして、この質問文において「自国のための戦争」とは「自国が戦っている戦争でも侵略など不正義の戦争は除く(防衛戦争など正義の戦争限定)」なんて但し書きは何処にもありません。
 だからこそ「自国に大義のある戦争なら戦えるが、大義のない侵略(戦前日本の太平洋戦争、ロシアが現在実施中のウクライナ戦争)なら戦えない、自国のために戦えるかと聞かれても、単純にハイとかイイエとか言えない」となって、「わからない」が増えるのではないのか。日本という国は「自国のため」という口実で米国相手に、無謀な戦争を起こし敗れた過去があるのだからなおさらです。
 大体、何処の国が日本を攻めるというのか。そして仮にそうなった場合でも「在日米軍自衛隊」で対応可能でしょう。
 「何処の国も攻めてこない」「仮に攻めてきても在日米軍自衛隊で対応可能」「だから私個人が戦う必要などそもそも生じない」と思うからこその「いいえ」ではないのか。
 正直「日本がウクライナのようにどこかの国から攻められる可能性がある、その場合、在日米軍自衛隊だけでは対応は困難」と国民が思ってるのなら「はい」回答は多くなるでしょう。
 大体「外国から攻撃されたら確実に悲惨なことになる原発」がそこら中にある現状で「日本が外国から攻められる」と本気で思ってる人間がいるなら「おいおい」ですね。「だったら原発をやめよう」と言う話です。
 そもそも「愛国心=戦争協力」なのか。「戦時下にあるわけではない」今の日本において愛国心云々というならむしろ「能登半島地震でのボランティア」「子ども食堂への協力」など「日本国内で社会活動に参加すること」の方がよほど現実的ではないのか。
 こんなアホな人間(高世)の本を出して恥じない旬報社には心底呆れます。 

*1:北朝鮮が当時製造していたとされる偽ドル札

*2:著書『ロシア・語られない戦争:チェチェンゲリラ従軍記』(2008年、アスキー新書)

*3:著書『カンボジア絹絣の世界』(2008年、NHKブックス)、『カンボジアに村をつくった日本人』(2015年、白水社

*4:1946~2019年。ペシャワール会現地代表。著書『医者・井戸を掘る:アフガン旱魃との闘い』(2001年、石風社)、『ほんとうのアフガニスタン』(2002年、光文社)、『医者よ、信念はいらないまず命を救え!:アフガニスタンで「井戸を掘る」医者・中村哲』(2003年、羊土社)、『アフガニスタンの診療所から』(2005年、ちくま文庫)、『アフガニスタンで考える』(2006年、岩波ブックレット)、『医者、用水路を拓く:アフガンの大地から世界の虚構に挑む』(2007年、石風社)、『天、共に在り:アフガニスタン三十年の闘い』(2013年、NHK出版)、『アフガン・緑の大地計画』(2017年、石風社)、『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る:アフガンとの約束』(2021年、岩波現代文庫)等

*5:最近の著書に『佐高信の昭和史』(2018年、角川ソフィア文庫)、『日本の権力人脈』(2018年、講談社+α文庫)、『反・憲法改正論』(2019年、角川新書)、『企業と経済を読み解く小説50』、『時代を撃つノンフィクション100』(以上、2021年、岩波新書)、『反戦川柳人・鶴彬の獄死』(2023年、集英社新書)、『佐高信評伝選』(全7巻、2023年、旬報社)、『日本の闇と怪物たち:黒幕、政商、フィクサー』(共著、2023年、平凡社新書)、『石橋湛山を語る:いまよみがえる保守本流の真髄』(共著、2024年、集英社新書)等

*6:「日本右翼の神風特攻隊美化、A級戦犯靖国合祀正当化」など「国家主義的な愛国心」ならともかく、「愛国心」それ自体が日本で嫌悪されてきたという事実は何処にもないでしょう。高世の現実認識は明らかに歪んでいます。