北朝鮮に拉致された曽我ミヨシさん きょう93歳の誕生日 曽我ひとみさんの母 | NHK | 拉致
失礼ながら存命の可能性は極めて低いでしょう。
彼女と同じ「1931年生まれ」には
◆ラウル・カストロ
キューバ国家評議会第一副議長(第一副大統領)、閣僚評議会第一副議長(第一副首相)、キューバ共産党第二書記、国家評議会議長(大統領)、閣僚評議会議長(首相)、キューバ共産党第一書記を歴任。フィデル・カストロ元キューバ国家評議会議長(大統領)、閣僚評議会議長(首相)、キューバ共産党第一書記(1926~2016年)の弟
など存命者もいますが
◆全斗煥(2021年死去)
元韓国大統領
◆海部俊樹(2022年死去)
自民党国対委員長(三木総裁時代)、福田、中曽根内閣文相、首相、新進党党首を歴任
◆ゴルバチョフ(2022年死去)
元ソ連共産党書記長
と故人も多数います(1931年 - Wikipedia参照)。
宮沢首相、戦時日本も耐えた 北朝鮮制裁の効果を疑問視 外交文書公開 - 日本経済新聞
26日公開の外交文書によると、1993年4月の日米首脳会談で宮沢喜一*1首相は、国際的に孤立する北朝鮮に経済制裁を発動しても、核開発に歯止めをかけられるだけの成果を得られるかは疑わしいとの考えを示していた。戦時中の日本も、米英などからの制裁に耐え抜いたとの見方を示し「効果的に実施することは困難だ」と発言していた。
かつて中国を侵略した日本は米国、英国、中国、オランダによって集団制裁態勢(ABCD包囲網)を敷かれたが、(ボーガス注:中国からの軍)撤退に応じなかった。追い詰められた末に対米戦争へ突入していった経緯がある。
宮沢氏は、一連の経緯を念頭に「日本も50年前は孤立し、経済制裁を受けたが、生存状態を維持するだけであるなら、食いつなぐことができた」と説明。対日制裁が効いたとは言いがたいとの認識をクリントン*2大統領に伝えた。
宮沢氏は、北朝鮮が制裁を受けた場合、経済的苦境に陥っても、以前の日本と同じように耐え忍ぶとの見方*3を示唆。
ひとまず紹介しておきます。「この時期に公開した政府の意図」「こうした記事を書く日経の意図」も気になるところです。うがった見方をすれば、政府や日経は「北朝鮮への経済制裁」を「制裁解除、日朝国交樹立」の方向に転換したいのかもしれない。
なお、俺個人は以前から書いていますが「北朝鮮に甘い」と言われるかもしれませんが「制裁解除、日朝国交樹立」の方向に転換すべきだと思っています。
同じテーマ「北朝鮮核問題と宮沢首相」で記事を書いても
北朝鮮の核開発、93年に危機意識 宮沢首相「直接の脅威となる」、米高官に伝達 外交記録公開:朝日新聞デジタル
として朝日は大分タイトルが違います。以前も別記事で書きましたが「報道とは単なる事実の伝達ではなく、価値観を含むこと」を改めて痛感します。
またこの記事からは「カーター*4元大統領訪朝、金日成との会談(1994年6月:当時は羽田内閣)」までは日本ではあまり注目されていなかった「北朝鮮核問題」が日米両政府では「遅くとも」1993年4月時点で重要な政治課題として意識されていたことが分かります。
なお、うがった見方をすれば「米国がカーター訪朝に動いた理由」の一つは「当時が羽田内閣だったから」かもしれない。
羽田*5内閣は少数与党で政権基盤が弱く、最大野党「自民党」提出の内閣不信任案可決によって
羽田内閣 - Wikipedia
・1994年(平成6年)4月28日から1994年(平成6年)6月30日まで在任64日。在任期間は日本国憲法下では2番目(なお、最短は第1次岸田*6内閣の38日だが岸田はその後、第二次内閣を組閣し、トータルでの在任は2021年10月から2024年10月までの約3年)。
明治憲法下を含めても「第1次岸田内閣の38日(但し、岸田は第二次内閣を組閣)、東久邇宮*7内閣の54日(後継内閣は幣原*8内閣)、いわゆる「第一次護憲運動」で崩壊した第3次桂*9内閣(後継内閣は第一次山本*10内閣)の62日」に次ぐ日本の憲政史上4番目に短い内閣に終わった。
と短命に終わっています。羽田政権がいつまで続くか、仮に短命に終わったとして次の政権(勿論結果的には自社さ連立の村山*11内閣)がどんな政権でいつまで続くか読めない状態で「朝鮮半島有事」を起こすことには躊躇したのではないか。
*1:池田内閣経企庁長官、佐藤内閣通産相、三木内閣外相、福田内閣経企庁長官、鈴木内閣官房長官、中曽根、竹下内閣蔵相等を経て首相。首相退任後も小渕、森内閣で蔵相
*3:「中露の経済支援」もあり、宮沢の予想通りになっていることは明白でしょう。
*4:ジョージア州知事等を経て大統領。2002年ノーベル平和賞受賞者
*5:中曽根、竹下内閣農水相、宮沢内閣蔵相、新生党党首、細川内閣副総理・外相、首相、太陽党党首、民政党党首、民主党幹事長、特別代表(鳩山代表時代)、最高顧問等を歴任
*6:第一次安倍内閣沖縄・北方等担当相、第二次、第三次安倍内閣外相、自民党政調会長(第二次安倍総裁時代)等を経て首相
*7:1887~1990年。唯一の皇族首相。また首相在任日数54日間は史上最短記録(厳密には第1次岸田内閣の38日の方が短いが、岸田はその後、第2次内閣を組閣してるので、実質的な意味での最短は東久邇宮)。歴代首相の中の最長寿者(102歳で死去。ちなみに恐らく2位が101歳の中曽根(故人)、3位が100歳の村山(存命))
*8:戦前、加藤高明、第一次若槻、濱口、第二次若槻内閣外相を、戦後、首相、吉田内閣副総理を歴任
*9:台湾総督、第3次伊藤、第1次大隈、第2次山縣、第4次伊藤内閣陸軍大臣、内大臣(侍従長兼務)、首相等を歴任