「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2025年1/10日分:荒木和博の巻)

金氏三代名前の嘘(R7.1.18)|荒木和博ARAKI, Kazuhiro

 金日成金正日金正恩も本名、というか元々の名前ではありません。それを隠していることに問題があります。

 そんなことが拉致問題の解決と何の関係があるのかと心底呆れます。
 なお、後述しますが、「漢字表記の揺れ」は「元々の名前ではない」と言う話とは恐らく違うと思います。
 また、名前の改名が

金正日 - Wikipedia参照
 出生名はユーリイ・イルセノヴィチ・キム(後に金正日に改名。改名時期については諸説がある)。出生名はロシア風であり、ソ連出生説の根拠の一つとなっている。出生当時、父・金日成は、ソ連軍傘下の第88独立狙撃旅団第1大隊長だった。正確な出生地についてはハバロフスク近郊のヴャツコエにある北野営、ウラジオストク近郊のオケアンスカヤにある南野営、ウラジオストク市内の病院といった諸説がある。
 ただし、北朝鮮側の発表では、金正日を神格化する意図から、生誕地を白頭山(現在の中国吉林省北朝鮮両江道の国境地帯にある)としている。1982年2月15日、朝鮮労働党より「白頭山密営で誕生」という公式発表がされ、白頭山密営は「革命の聖地」とされた。1987年2月には密営の建物(丸太小屋)が建設された。

という「歴史改竄(?)」と結びついているらしい金正日はともかく、金日成金正恩は「嘘」と言う話ではないでしょう。
 なお、話が脱線しますが「本名ではない」といえば「スターリンソ連共産党書記長)」「チトー(ユーゴスラビア大統領)」もいわゆる「通称」であって「本名ではない」ですね(今思いつきませんが、他にもそういう例はあったかと思います)。
参考

金日成 - Wikipedia
 出生名は金成柱である。活動家となって以後は「金一星」と名乗り、さらに「金日成」と改名した。「日成」は、本格的に抗日パルチザン活動に参加した1932年頃から使い始めた称号である。

金正日 - Wikipedia
 「キム・ジョンイル」の名が公式文書に登場した当初、日本では「金正一」の字があてられていたが、1980年の第6回党大会にて「金正日」という表記が確認された。

金正恩 - Wikipedia
 当初、漢字表記は「金正雲」とされた。
 しかしその後、正しい漢字表記は「金正銀」または「金正恩」ではないかと言う指摘があった。これを受け、『朝日新聞』、『読売新聞』、『東京新聞』は、表記を「金ジョンウン」に変更した。
 一方、『毎日新聞』や中国の新華社通信、中国中央テレビ*1は「金正銀」の表記を使用した。2010年10月1日、朝鮮中央通信により、漢字表記を「金正恩」とすると発表され、彼の名前を巡る問題は終息した。

金ジョンウン氏、表記は「金正恩」 「恩」の字に憶測 - 日本経済新聞2010.10.1
 北朝鮮が1日、朝鮮中央通信を通じて金正日総書記の後継者に確定した三男(27)の漢字名を「金正恩キム・ジョンウン)」と発表、「正雲」「正銀」などまちまちだった表記が固まった。


戦後残留日本人と日本人妻と拉致被害者と(R7.1.13)|荒木和博ARAKI, Kazuhiro

 終戦の後北朝鮮から帰国できなかった残留日本人の話は前にしましたが、この問題は非常に根が深く、拉致問題にも関係してくるのではないかと思います。

 「残留日本人と拉致との関係(残留日本人が拉致に関与した?)」云々という荒木の主張には何らまともな根拠はないし、そもそもそんなことは「拉致問題の解決(拉致被害者の帰国)」と何の関係もない。「帰国した5人の拉致被害者」にしても「北朝鮮工作員の誰がどう拉致したのか」なんて問題は何ら明らかになっていません(当然、5人の拉致実行犯も処罰されていない)。それでも彼らは日朝間の外交交渉で日本に帰国した。
 というか、残留日本人が北朝鮮で結婚し、子どもを残した場合*2に「その子どもや孫」について日本の政府や社会がどう考え、対応するか(例えば日本への帰国と定住を認めるなど)はともかく、「1945年当時(今から約79年前)に北朝鮮に残留した日本人」は勿論「ほとんど*3(あるいは全員)」生存していませんし「残留日本人」の話をするなら、「拉致」云々ではなく「残留日本人の遺骨回収や遺族の墓参」を問題にすべきでしょうに。
参考

戦後75年、北朝鮮に眠る「日本人遺骨27000柱」をどう考えるか(伊藤 孝司) | 現代ビジネス | 講談社(1/12)2020.8.15
 北朝鮮への墓参団は「全国清津*4会」から事業を引き継いだ「朝鮮北部地域に残された日本人遺骨の収容と墓参を求める遺族の連絡会(北遺族連絡会)」が10回、龍山墓地の遺族らが組織する「平壌・龍山会」が2回実施している。
 ところが北朝鮮については、民間団体の「北遺族連絡会」はすでに解散し、「龍山会」も訪朝できなくなった。遺族らが高齢化したこともあるが、訪朝して地方を回るのに多額の費用がかかることが大きい。
 もはや北朝鮮での墓参の継続は、日本政府の事業として実施するしかない。


「北海道の拉致問題」(チャンネル桜北海道)|荒木和博ARAKI, Kazuhiro
 北海道に政府認定拉致被害者はいないので勿論「特定失踪者」という「エセ」「インチキ」「なんちゃって」の「拉致被害者」です。
 いつもながら心底呆れます。


金与正の子供とか何とか(R7.1.9)|荒木和博ARAKI, Kazuhiro
 「はあ?」ですね。
 そんなことが拉致解決と何の関係があるのか。

*1:この結果、中国ですら北朝鮮から全ての情報を得ているわけではないことが判明したわけです。

*2:そうしたケースがあるのか無知なので知りませんが

*3:仮に「0~10歳代の子ども時代に親と一緒に残留した日本人」が今も北朝鮮で生存しているにしてもかなりの高齢(80歳以上)ではあるでしょう(そんな残留日本人がいるか知りませんが)。

*4:北朝鮮咸鏡北道の道都。1930年代には、日本製鉄清津製鉄所が建設されるなど、工業が発達するとともに、いわゆる「北鮮三港」(清津、羅津、雄基)の一つとして、日本海経由で日本内地と満洲とを短絡するための港湾都市として整備が行われた(清津市 - Wikipedia参照)