左派に対しては減税派主要打撃論を主張したいですね。自民党よりもタチが悪いのが減税派です。まず減税派と戦いましょう。(北守さんのX) - kojitakenの日記
確かに「減税の穴埋めは国債発行で問題ない。国債はいくら発行しても問題ない(れいわ)」「自然増収で何とかなる(国民民主)」といった無責任な連中は「知事会が国民民主党を批判すること」等でも分かるように困りものです(なお、俺の支持政党・共産もそうした無責任な減税論には批判的です)。
しかし、それを「減税派」と呼ぶのはいかがなものか。せめて「無責任な減税派」とでも呼んで欲しい。減税それ自体が「常に間違っていて悪」というわけではないからです。
財政規律派主要打撃論
これまた「財政規律重視のあげく福祉、教育予算など必要な予算を切り捨てる、不適切な手法を取ること(必要予算切り捨て派とでも呼ぶべきか?)」が問題なのであって「財政規律重視(れいわが放言するような国債の無茶苦茶な発行をしないなど)」それ自体は「共産党なども指摘する」ように当然重要な話です。何でこうid:kojitakenにはネーミングセンスがないのか?
集合知が必要な時代に「分派狩り」に明け暮れる政党
共産のことでしょうが、そんなことは誰もやってないので言いがかりも大概にして欲しい。党規約に違反する反党分子が除籍されることは当然の話です。
民主党は、当時の時流を鋭敏に反映した新自由主義政党だったが、それこそ野田Gのグループ名(ボーガス注:花斉会)になっている「百花斉放、百家争鳴」の気風だけはあった。今や軍師が「野田代表を後ろから撃っている。許せない!」と号令をかけただけで当選2期目の議員を一斉射撃するような気風になってしまった。
民主党信者(今は立民信者)のid:kojitakenがまともな根拠も挙げずに過去の民主党を美化してるだけの馬鹿話です。
昔(1996年の結党当時)から民主党には「百花斉放、百家争鳴」の気風なんて物は勿論ない。だからこそ、俺も「民主党信者(今は立民信者)のid:kojitaken」と違い、昔から民主党など支持せず、共産を支持してきました(昔といっても団塊ジュニアの俺が選挙権を得た1990年代後半以降のことですが)。まあ、俺的には「百花斉放、百家争鳴」の気風なんて物よりも「政策が支持できるかどうか」が重要視されるのであり、民主党信者のkojitakenですら「新自由主義」と評価する民主党など「全く評価に値せず」、一方で「反新自由主義」の共産が高く評価されるわけですが。
それにしても「軍師」「当選2期目の議員」なんて曖昧な書き方をせずに「誰(当選二期目って何者?)のどんな言動が、誰(軍師って何者?)によってどのように批判されてるのか」きちんと書いたらどうなのか。単にわかりにくいだけの駄文です。
アムンセン隊のように全員が生き延びるためには、一人でも多くの人のポテンシャルを引き出す必要があるというのが私の思想信条であり、信念だ。
俺のコメント掲載を拒否する一方で「取り巻き連中のコメントは喜んで掲載するような狭量な男」がよくも虚言を抜かしたもんです。「お山の大将」kojitakenにその種の「自由な気風」はかけらもないでしょう。
「減税」など「エリート・富裕層に寄り添った危険思想」だという北守さんの意見には私も賛同する。
「北守(藤崎剛人*1)」と「彼を持ち上げるkojitaken」が「バカ」だとよく分かります。
問題は「どんな税金をどんな目的で減税するか」であって「エリート・富裕層の利益になる、いわゆる金持ち減税(例:累進課税の緩和)」ならともかく、「目的等に関係なく」減税が常に「エリート・富裕層に寄り添った危険思想」というのは認識として間違っていますし、「金持ち減税(例:累進課税の緩和)」は多くの場合「庶民増税(例:消費税増税、酒税やたばこ税の増税)」とセットで行われるのでそういう意味でも不適切な物言いでしょう。
消費者民主主義が浸透すると、金があるやつほど発言力がある世界になって民主主義が崩壊する
kojitakenが紹介する「北守(藤崎剛人)のコメント」ですが、彼と「彼を持ち上げるkojitaken」が「バカ」だとよく分かります。
ならば「消費者民主主義の実践の一つ」である「生協運動」「消費者運動(消団連など)」「地産地消運動」「フェアトレード商品の購入などエシカル消費」や、それらの運動の成果である「製造物責任法(PL法)の制定」などは無意味だったのか。「暮しの手帖」の「製品テスト」は無意味だったのか。米国の「ラルフ・ネーダー」は無意味だったのか。
主婦連合会 - Wikipedia
◆1960年:うそつき缶詰事件(にせ牛缶事件)
東京の主婦が、牛肉大和煮の缶詰に「ハエが入っていた」として、保健所に持ち込んだことが事件の発端。都衛生局が調べたところ、ラベルには牛の絵があるにもかかわらず、中身は当時は安価な鯨肉や馬肉であった。この問題を重視した主婦連合会は缶詰協会と関係省庁を招き、うそつき缶詰追放対策懇談界を開催。これが1962年の不当景品類及び不当表示防止法立法の契機となった。
等の主婦連の運動は無意味だったのか。
と言ったらさすがに彼らもそうは言わないのでしょうが(そもそもそうした運動は「金があるやつほど発言力がある世界」という話ではないですが)。あるいは「生協運動」等を「戦後民主主義の重要な要素」として評価する神谷の文章満薗勇『消費者と日本経済の歴史』 - 紙屋研究所(拙記事反党分子『松竹伸幸』『紙屋研究所』に悪口する(2024年12/22日分) - bogus-simotukareのブログでコメントしました)をkojitakenらが酷評するのかといったらそんなこともないでしょう(ちなみに紙屋をネタに共産に悪口しながら、kojitakenは紙屋には全く興味がないらしく、紙屋について俺の反党分子『松竹伸幸』『紙屋研究所』に悪口する(2024年12/22日分) - bogus-simotukareのブログレベルにすら触れることはしません)。
問題は「あるべき消費者民主主義は何か」と言う話でしょうに。「北守(藤崎剛人)のコメント」は「斎藤元彦やトランプの当選」をネタに民主主義を全否定するがごとき暴論でしょう。
共産党はそれは党運営にのみ適用されるというが、かつての「社民主要打撃論」を思えば全く信用ならない。
よりによって今時「社民主要打撃論」とは「おいおい」ですね。「社民主要打撃論」とは戦前の話であって今の日本共産党とは直接関係ないでしょう(そして戦前においては「社民主要打撃論」を主張したソ連の権威は絶大であり、後にソ連とは異なる「ユーロコミュニズム」の担い手となったイタリア共産党すら、その頃は「社民主要打撃論」でした)。
「立憲政友会、立憲民政党(自民党の源流。例えば政友会には戦後、自民党総裁、首相になった鳩山一郎、自民党幹事長(岸総裁時代)、副総裁(池田、佐藤総裁時代)になった川島正次郎などが参加)」「社会大衆党(社会党や民社党の源流、つまり社民党や国民民主党の源流。例えば戦後、社会党委員長になった片山哲、河上丈太郎、浅沼稲次郎、民社党委員長になった西尾末広らが参加)」が大政翼賛会に参加したことを理由に「前身政党(立憲政友会、立憲民政党、社会大衆党)が大政翼賛会に参加した過去がある自民党や社民党、国民民主党は信用できない」と言うくらいの時代錯誤です。
以前も書きましたが「社民政党の定義」をkojitakenが示さないので意味不明な駄文です。そしてここでいうkojitakenの「一つも存在しない」とは「今現在において」なのか、「過去に存在した民社党や社民連は社民政党と見なすのか」も全く分かりません(さすがに自民党と同レベルのウヨ政党で、ピノチェトクーデターも擁護した『民社という看板に偽りあり』の民社党は社民政党とは見なさないのでしょうが)
何の根拠もなく「政治評論家」面するアホのid:kojitakenです。勿論、石破が解散するかどうかは不明です。
「解散総選挙で、立民党が単独過半数を獲得し、政権交代不可避」「そこまで行かなくても、選挙後、さらに自民が議席を減らし、参院選挙敗北後の橋本首相辞任のような、石破内閣総辞職は不可避で、石破が政治的に終わる」と思えば、石破は解散はせずに総辞職した上で(不信任可決での辞任ではないが)「金脈問題での首相辞任後、ロッキード事件での逮捕後に、キングメーカーとなって自分に都合のいい大平、鈴木、中曽根を首相に擁立した田中元首相(最大派閥・田中派領袖)」「リクルート事件での首相辞任後に、宇野や海部を首相に擁立した竹下首相(最大派閥・竹下派領袖)」のように「後釜に都合のいい人間を立てようとする」でしょう。
勿論、現状において「解散」と「首相辞任後に、石破に都合のいい人間を擁立しようとすること」のどちらが石破にとって都合がいいかは何とも言えません。「解散の方が都合がいい」と決めつけるkojitakenの主張には何の根拠もない。
そもそも不信任案が今可決される状況なのかといえば残念ながら岸田内閣時代に「立民提出の不信任案に反対ないし棄権し、不信任案を否決した前科」がある「国民民主(自民党との交渉で基礎控除引き上げ、ガソリン税免除などを飲ませる可能性がある限り恐らく反対か棄権)、維新(支持率が低迷する現状では恐らく反対か棄権)、れいわ」が反対ないし棄権し、不信任案が否決される可能性があり、「そうである」以上、野田も当面不信任案提出には動かないでしょう。
また野田は「野党をとりまとめて、夫婦別姓など可決できそうな法案があれば出す」としているので「夫婦別姓」などに一応のめどが付かなければ、そうした点からも不信任案提出には動かないでしょう。
現代を生きる人が過去に奴隷制や女性参政権がない時代があったことに驚くのと同じように、未来の人が過去、死刑が存在していたことに驚く時代がやってくる。(高野勇斗江東区議のnoteより) - kojitakenの日記*2
「日本で死刑廃止が実現してない現状」で、そういう「願望」を口にする前に「地道に死刑廃止運動で動く」しかないと思いますけどね。
高野氏やkojitakenは「実現前にこんなことを言うこと」が空しくないんでしょうか?
吉田晴美が元朝日新聞・佐藤章*3のYouTubeに出て何やら*4言ったとかで、Xなどの立民支持層界隈が吉田批判で噴き上がっているが、そういうのがトレンドになった時には私は乗らない。
単に「吉田贔屓」で吉田批判したくないだけでしょうに、何で素直にそう言わないのか。いつもながらアホのid:kojitakenです。
つうか「拉致解決のためにも北朝鮮とは国交を早く結ぶべきではないか?。北朝鮮叩きしても拉致は解決しない」程度で俺を「北朝鮮シンパ」認定した野郎が良くも言ったモンです。そんなにトレンドに乗ることが嫌いなら、「北朝鮮叩き」というトレンドから距離を置いた俺をもっと評価して欲しかったですね(皮肉、嫌みのつもり)。
ぶっちゃけ、kojitakenは本当は「トレンドに乗ることが大好きな男だろう」と俺は思っています。
セルフ民主集中制
何のことかと言えば「吉田批判=セルフ民主集中制(つるし上げ?)」だそうです。馬鹿馬鹿しくて話になりません。何が「セルフ民主集中制」だかさっぱりわかりません。
意味不明なことを言うくらいなら、まともな理屈で「何故吉田を批判すべきでないと思うか」書いたらどうか。何も「民主集中制」なんて持ち出さなくてもそんなことはできるというか、そんな物持ち出しても「ただのレッテル貼りかよ、本当にid:kojitakenはくだらねえな」としか相手は思わないでしょうに。
どうせ「とにかく吉田をかばいたいだけの吉田シンパ」のバカ「id:kojitaken」にはそんなまともな脳味噌はないでしょうが。
こんなバカと付き合える「宮武嶺」などの類友の気が知れません。
「お前ら(kojitakenや宮武)の首についてるのは頭でなくてカボチャか」と言いたくなります。