今頃になって井戸まさえを批判するkojitakenに呆れるほか(2025年2/3日分)

栗栖弘臣と橋本幹彦は「歴史は繰り返す。二度目は笑劇として」の見本(呆) - kojitakenの日記
 「井戸まさえ」とは関係ない記事タイトルですが記事のかなりの部分は「井戸まさえ批判」です。井戸が「脱原発」「九条護憲」だけでなく、公然と「夫婦別姓支持」まで反故にしたことでkojitakenも井戸批判に転じたようですが、それについては以前も書いたように

◆「脱原発」「九条護憲」だった井戸が「原発推進」「九条改憲」に変節しても、「夫婦別姓」の立場を堅持するなら支持するのかよ(呆)。お前(id:kojitaken類友)は夫婦別姓だけがそんなに大事なのかよ?

と言う話です。kojitakenが必死に「最近、井戸が劣化した。だから2024年衆院選で俺が国民民主の井戸を支持したのは問題なかった」と強弁してもそんなのは醜悪な詭弁でしかない。まあ多分、kojitakenの周囲(例:宮武嶺など)が最近、井戸批判を始めたので、いつまでも井戸をかばえなくなったのでしょう。
 それはともかく「栗栖*1」は「橋本」と違って当選してないし「歴史は繰り返す」とはいえないでしょう。
 また「元自衛官のウヨ議員」なら既に「ヒゲの佐藤*2」が存在します。
 あえて言えば「ウヨ言動(超法規発言)による栗栖の更迭」に近いのは「田母神*3の事実上の航空幕僚長更迭」ではないか。

 弊ブログは井戸氏の民民移籍については、つい先日まで批判しなかったばかりか、2021〜2024年までの立民の井戸氏に対する仕打ちを批判してきた。
 しかし2024年衆院選での民民躍進を境に、民民の政党としての体質が一変して、それまでの労組に支えられた政党*4から極右と新自由主義者が大半を占める「玉キッズ」とよばれる人たちに支えられる政党に変わった状況において井戸氏が変節(転向)したとしか認められないXをポストしたとなると話は変わる。これを機に、弊ブログは井戸氏を強く批判する側に転じた。

 別に選挙前と選挙後で国民民主は変化などしてないでしょう。そういうことにこじつけて、「井戸批判に転じた自分」をkojitakenが正当化したいだけの醜悪な話です。
 国民・玉木代表 「尊厳死」発言に批判殺到(2024.10.19)ということで、衆院選挙中から「尊厳死発言(玉木)」が飛び出す「極右・新自由主義」が国民民主であり、選挙後に大きく変化したわけではない。
 俺のように「井戸の国民民主への移籍直後」にそこまでして、国会議員なんぞになろうとするかと思う(井戸正枝)(2024年6/3日分)(副題:今日もkojitakenに悪口する)(追記あり) - bogus-simotukareのブログ等で「九条護憲、脱原発から、九条改憲原発推進に説明もなく変わった変節者が井戸」「とにかく選挙に出て議員になりたいだけの権力亡者の恥知らず、人間のくずが井戸」として井戸を批判する人間は山ほどいたし、そちらの方が正しかったことを未だにkojitakenが認められないだけの馬鹿話です。とはいえ、未だに井戸を擁護するよりはマシですが。

 井戸まさえ。これぞ落魄の「岩波文化人」の末路*5だろう。

 井戸は確かに岩波から『日本の無戸籍者』(2017年、岩波新書)、『ドキュメント候補者たちの闘争』(2018年、岩波書店)を出していますがこの程度(たった2冊)では岩波文化人とはとても言えないでしょう。
 井戸は岩波以外から

集英社
『無戸籍の日本人』(2018年、集英社文庫)
『不安な未来を生き抜く最強の子育て:2020年からの大学入試改革に打ち勝つ「学び」の極意』(佐藤優との共著、2018年)
東洋経済新報社
『子どもの教養の育て方』(佐藤優との共著、2012年)
『小学校社会科の教科書で、政治の基礎知識をいっきに身につける:これだけは知っておきたい70のポイント』(佐藤優との共著、2015年)

も出版していますし。
 それにしても

くたばれ「佐藤優現象」 - kojitakenの日記2008.11.7
いい加減佐藤優の呪縛から脱さなければ命取りになるぞ - kojitakenの日記2009.3.17
佐藤優にだまされるな - kojitakenの日記2010.11.15
竹中平蔵と共著を出した佐藤優「橋下徹礼賛」の見え透いた詭弁 - kojitakenの日記2012.5.11
きまぐれな日々 内田樹と佐藤優の害毒/北一輝に利用された鳩山一郎の愚劣2015.3.23
「痴の××」佐藤優、陰謀論にどっぷりはまって「ディープステイト」云々と口走る(呆) - kojitakenの日記2023.1.11
サーシャという人が嘘言って、マヌケな佐藤優が真に受けている図がはっきり判る。こんな輩が「知の巨人」かよ。プッ😡(石田昌隆氏) - kojitakenの日記2023.1.16

とまで佐藤優を酷評していたid:kojitakenは、井戸が「自称・知の巨人」佐藤優と共著を三冊も出してることをどう評価するのやら(呆)。井戸と佐藤の関係を知らないなら「自称・井戸支持者」なのに無知すぎるし、知りながら「佐藤批判派&井戸シンパ」の自分にとって都合が悪いので無視してるのなら不誠実です。
 「いずれにせよ、kojitakenって本当にバカでクズだよな」と改めて思います。
 それはともかく例は誰でもいいですが

上野千鶴子 - Wikipedia山口二郎 - Wikipedia参照
上野千鶴子氏(東大名誉教授)
・『セクシィ・ギャルの大研究』(1982年、カッパブックス→2009年、岩波現代文庫)
・『家父長制と資本制:マルクス主義フェミニズムの地平』(1990年、岩波書店→2009年、岩波現代文庫)
・『近代家族の成立と終焉』(1994年、岩波書店→新版が2020年、岩波現代文庫)
・『ナショナリズムジェンダー』(1998年、青土社→新版が2012年、岩波現代文庫)
・『発情装置』(1998年、筑摩書房→新版が2015年、岩波現代文庫)
・『差異の政治学』(2002年、岩波書店→新版が2015年、岩波現代文庫)
・『生き延びるための思想・新版』(2006年、岩波書店→新版が2012年、岩波現代文庫)
・『「女縁」を生きた女たち』(編著、2008年、岩波現代文庫)
・『不惑フェミニズム』(2011年、岩波現代文庫)
・『女の子はどう生きるか:教えて、上野先生!』(2021年、岩波ジュニア新書)
山口二郎氏(北海道大学名誉教授、法政大学教授)
・『大蔵官僚支配の終焉』(1987年、岩波書店
・『一党支配体制の崩壊』(1989年、岩波書店
・『政治改革』(1993年、岩波新書
・『日本政治の課題:新・政治改革論』(1997年、岩波新書
・『危機の日本政治』(1999年、岩波書店
・『戦後政治の崩壊:デモクラシーはどこへゆくか』(2004年、岩波新書
・『ブレア時代のイギリス』(2005年、岩波新書
・『ポスト戦後政治への対抗軸』(2007年、岩波書店
・『政権交代論』(2009年、岩波新書
・『政治のしくみがわかる本』 (2009年、岩波ジュニア新書)
・『政権交代とは何だったのか 』(2012年、岩波新書
・『いまを生きるための政治学』(2013年、岩波現代全書)
・『徹底討論・日本の政治を変える』(共著、2015年、岩波現代全書)
・『民主主義は終わるのか:瀬戸際に立つ日本』(2019年、岩波新書)
・『民主主義へのオデッセイ:私の同時代政治史』(2023年、岩波書店

などは著書を多数岩波から出してる*6ので「岩波文化人」と言ってもいいでしょうが、「岩波からたった2冊」の井戸はとても「岩波文化人」とはいえないでしょう*7
 それに、こんなこと(井戸の変節)は岩波に悪口する正当な理由とはとても思えません。
 井戸が「国民民主党から出馬して変節した」のは「2024年」で「岩波から本を出した2018年」よりは大分後の話です。
 「理由が何かはともかく」何故かkojitakenが岩波を酷く嫌ってるらしいことはよく分かりましたが。


JNN世論調査で自民、民民、立民の政党支持率が揃って下落/井戸まさえ氏の「変節」 - kojitakenの日記
 TBS世論調査による自民、立民、国民民主の支持率減少をネタにしながら、それについて分析する*8のではなく

 これでまた井戸まさえ氏*9の議員返り咲きが遠のくかもな。

と書くのだから「アホか?」と心底呆れます。

 (ボーガス注:「拙速な夫婦別姓には賛成しない、十分な議論が必要」とする玉木代表、榛葉*10幹事長に同調、迎合する『別姓支持派だったはず』の井戸氏の)下記Xの苦しい理屈には、悪いが呆れてしまった(ボーガス注:井戸のXについては省略)。
 弊ブログは2021年から昨年*11まで井戸氏を応援した。何より2021年の衆院選で私は井戸氏に投票した。
 とんだ眼鏡違いだった*12

 そこまでして、国会議員なんぞになろうとするかと思う(井戸正枝)(2024年6/3日分)(副題:今日もkojitakenに悪口する)(追記あり) - bogus-simotukareのブログでも批判しましたが「脱原発」「九条護憲」の立民から「原発推進」「九条改憲」の国民民主に「まともな説明もなし」に移籍した時点で、井戸は変節であり、移籍直後に批判すべき所、今頃やっと批判とはid:kojitakenのアホさに呆れます。
 どうも井戸が以前は「夫婦別姓支持」の立場だったのに、玉木代表や榛葉幹事長が「拙速な夫婦別姓には賛成しない、十分な議論が必要」として「別姓に消極的な意見」を最近述べだしたこと*13に迎合し「拙速に別姓に決めるべきでない、十分な議論が必要」と言い出したようです。それでついに「別姓支持」kojitakenも「変節者」井戸を見捨てたようですが、俺からすれば
1)「脱原発」「九条護憲」を反故にした井戸ならそんな変節は予想の範囲内。夫婦別姓を維持すると考える方がおかしい
2)つうか、「脱原発」「九条護憲」の立民から「原発推進」「九条改憲」の国民民主に変節しても、「夫婦別姓」の立場を堅持するなら支持するのかよ(呆)。お前(id:kojitaken類友)は夫婦別姓だけがそんなに大事なのかよ?
と言う話です。


増税派とか減税派っていったいなんですか。取った税をどう分配するかまで紐づけてせめて議論しないと。政治の目標は戦争をしないこと。国民の暮らしを守り、生活向上させること。(高野勇斗江東区議) - kojitakenの日記

 鳩山は(ボーガス注:濱口)民政党政権*14が「統帥権干犯」をやったと言い募って(ボーガス注:軍部の政治介入を招き)政党政治の終焉に大いに手を貸した。

犬養毅 - Wikipedia
 1931年(昭和6年)、濱口*15内閣が進めるロンドン海軍軍縮条約に反対して、立憲政友会総裁だった犬養*16は、鳩山一郎*17とともに「統帥権の干犯である」と政府を攻撃した。

なので鳩山の名前だけ出すのもいかがな物か。ちなみに「政党政治の終焉(政党内閣の終焉:いわゆる「『憲政の常道』の終焉*18」とは515事件(犬養首相暗殺)による「犬養政友会内閣(犬養は政友会総裁)」の終了と、「非政党内閣である斎藤*19内閣(斎藤は海軍出身)」の誕生を言いますが、「統帥権干犯騒動の火付け役の一人」犬養の死も「自業自得」というべきではないか。
 しかしここまで、kojitakenが鳩山に悪口するのも「鳩山自民党総裁」が「kojitakenが嫌う」岸信介*20を「自民党幹事長」にして、「石橋内閣外相、首相」への道を作ったからでしょうか?(まあ俺も岸は大嫌いですが)
 なお、斎藤内閣の誕生で政党内閣(政党党首が首相)が終了し、その後は「軍人や官僚の首相が続いた」とは言え、政党の力が消滅したわけではなく

【斎藤内閣】
◆永井柳太郎*21拓務相(衆院議員(立憲民政党))
鳩山一郎文相(衆院議員(立憲政友会))
三土忠造*22鉄道相(衆院議員(立憲政友会))
【岡田*23内閣】
◆町田忠治*24商工相(衆院議員(立憲民政党))
【広田*25内閣】
小川郷太郎*26商工相(衆院議員(立憲民政党))
◆島田俊雄*27農林相(衆院議員(立憲政友会))
頼母木桂吉*28逓信相(衆院議員(立憲民政党))
◆前田米蔵*29鉄道相(衆院議員(立憲政友会))
【林*30内閣】
◆山崎達之輔*31農林相(昭和会)
【第一次近衛*32内閣】
◆永井柳太郎逓信相(衆院議員(立憲民政党))
◆中島知久平*33鉄道相(衆院議員(立憲政友会))
【平沼*34内閣】
◆櫻内幸雄*35農林相(衆院議員(立憲民政党))
◆前田米蔵鉄道相(衆院議員(立憲政友会))
【阿部*36内閣】
金光庸夫*37拓務相(衆院議員(立憲政友会))
◆永井柳太郎逓信相(衆院議員(立憲民政党))
【米内*38内閣】
◆勝正憲*39逓信相(衆院議員(立憲民政党))
◆櫻内幸雄蔵相(衆院議員(立憲民政党))
◆島田俊雄農林相(衆院議員(立憲政友会))
◆松野鶴平*40鉄道相(衆院議員(立憲政友会))
【第2次近衛内閣】
小川郷太郎鉄道相(衆院議員(立憲民政党))
金光庸夫厚生相(衆院議員(立憲政友会(金光総裁派)))
→なお、第二次近衛内閣で、大政翼賛会が誕生し政党は消滅するが、その後も
【東条*41内閣】
◆山崎達之輔*42農林相(衆院議員)
【小磯*43内閣】
◆島田俊雄*44農商相(衆院議員)
◆前田米蔵*45運輸通信相*46衆院議員)
【鈴木*47内閣】
◆岡田忠彦*48厚生相(衆院議員)
ら、政治家(衆院議員)が入閣

ということで、「政党内閣終了後(岡田内閣から鈴木内閣まで)」も政党政治家が入閣する(軍部が親軍部の政党政治家の取り込みを図る:但し第三次近衛内閣だけは政党政治家(衆院議員)の入閣無し)など一定の政治力を保有したことに注意すべきでしょう(以上の入閣した政党政治家達の経歴はウィキペディア参照)。政党政治家は単純な「軍の被害者」ではなく「戦争遂行の加担者(軍の協力者)」と言った面を最後(1945年)まで持ち続けたと思います。

*1:1920~2004年。札幌駐屯地司令、第13師団長、統合幕僚会議事務局長、東部方面総監、陸上幕僚長統合幕僚会議議長等を歴任。著書『日本国防軍を創設せよ』(2000年、小学館文庫)等

*2:福知山駐屯地司令、第二次安倍内閣防衛大臣政務官、第四次安倍内閣外務副大臣を歴任(自衛官としての最終階級は一党陸佐)。著書『ありがとう自衛隊:ヒゲの隊長が綴る日本再興奮闘記』(2011年、ワニブックスPLUS新書)等

*3:小松基地司令、航空総隊司令官、航空幕僚長等を歴任

*4:民社党が「同盟という労組」に支持を受けた「極右政党」であったことでわかるように、「労組支持」と「極右」は両立します。id:kojitakenのような物言いは詭弁でしかない。今まで井戸の変節(国民民主移籍)を擁護したのに「急に批判に転じたこと」を無理に正当化しようとするから醜悪な詭弁をする羽目になる。過去の井戸擁護自体が「最初から間違っていた」「国民民主移籍直後から批判すべきだった」のだと、id:kojitakenは素直に認めるべきです。まあ、認められないのでしょうが

*5:むしろ今頃になって井戸批判を始めたあげく「最近井戸が変節したからで、過去の俺の井戸擁護は間違っていない」と強弁する「人間のくず」「人格低劣」id:kojitakenの方こそ「落魄」「末路」でしょう。少なくともid:kojitakenごときには岩波を批判する資格などかけらもない。

*6:とはいえ、上野氏の場合「他社(カッパブックス筑摩書房青土社)で出した本が、後に岩波現代文庫入り」が多いですが

*7:勿論お断りしておけば、上野氏や山口氏のような「岩波文化人」だからといって、「岩波書店から刊行された著書の記述」など「岩波と明らかに関係がある場合」はともかく「彼らの言動」で当然に岩波が批判されるという話ではありません。

*8:とはいえ小生もこうした支持率低下をどう評価すべきか、よく分かりませんが

*9:兵庫県議(民主党:2005~2009年)、衆院議員(民主党:2009~2012年)を歴任。著書『日本の無戸籍者』(2017年、岩波新書)、『ドキュメント候補者たちの闘争』(2018年、岩波書店)、『無戸籍の日本人』(2018年、集英社文庫) (井戸正枝 - Wikipedia参照)

*10:鳩山、菅内閣防衛大臣政務官、野田内閣外務副大臣等を経て国民民主党幹事長

*11:昨年って、まさかとは思いますが「国民民主党への移籍」以降も応援していたんですかね?

*12:「井戸のような愚物を応援したことを心から恥じる。皆様申し訳ありませんでした」「私の目が節穴だった」等と詫びるのではなく、「俺は悪くない、俺を裏切った井戸が悪い」で済ませるid:kojitakenのクズさには心底呆れます。よくもまあ、そんな野郎が他人に向かって「オザシン(小沢信者)」「ヤマシン(山本太郎信者)」だのほざけたもんです。「少しは恥を知れ」と言いたい。

*13:衆院選公約で国民民主は夫婦別姓を公約にしていたが、1)反故にした方が自民党に「ガソリン税減税」「基礎控除引き上げ」を飲ませることができる(国民民主的には「ガソリン税減税」「基礎控除引き上げ」の優先順位が最も高い)、2)立民との共闘を考えて夫婦別姓を主張したが、最近の支持率アップで立民と手を組まなくても単独でやってけると図に乗ってる、3)国民民主の最近の支持層は自民からの移行組が多く、それらは別姓にはむしろ反対の立場(そのため公約を反故にしても支持率はそれほど落ちない)と判断、4)恐らく以前から本心では玉木や榛葉はウヨとして別姓に否定的だった、ということか、最近玉木や榛葉は、別姓に否定的な物言いを始めています。

*14:濱口時代は軍に攻撃された民政党ですが、その後の歴史(民政党議員が入閣し戦争遂行に協力)を見れば政友会に比べて反軍的だったとか、平和的だったとは言えないでしょう。

*15:元大蔵次官。加藤高明、第一次浜口内閣蔵相、第一次浜口内閣内務相を経て首相

*16:第一次大隈内閣文相、第二次山本、加藤高明内閣逓信相、立憲政友会総裁等を経て首相

*17:1883~1959年。戦前、田中内閣書記官長、犬養、斎藤内閣文相を歴任。戦後、自由党総裁、日本民主党総裁、首相、自民党総裁を歴任。鳩山由紀夫(元首相)、鳩山邦夫(第一次安倍、福田内閣法相、麻生内閣総務相等を歴任)兄弟の祖父

*18:なお、戦前において、政党内閣(憲政の常道)は「慣習」にすぎません。だからこそ政党内閣は「加藤高明首相(憲政会総裁)~犬養毅首相(立憲政友会総裁)」という「1924~1932年」という短い期間しか続かず、その他の期間は「大隈重信(第一次:1898年、憲政党総裁)」「伊藤博文(第四次:1900~1901年、もともとは非政党政治家(元老)だが、この頃は政党と協調し、立憲政友会総裁)」「西園寺公望(第一次:1906~1908年、第二次:1911~1912年、立憲政友会総裁)」「原敬(1918~1921年立憲政友会総裁)」「高橋是清(1921~1922年:立憲政友会総裁)」を除きほとんどは元老(伊藤博文山縣有朋など)、軍人や官僚の首相による非政党内閣でした。

*19:第一次西園寺、第二次桂、第二次西園寺、第三次桂、第一次山本内閣海軍大臣朝鮮総督、首相、内大臣を歴任。内大臣在任中に226事件で暗殺される

*20:戦前、満州国総務庁次長、商工次官、東条内閣商工相を歴任。戦後、日本民主党幹事長、自民党幹事長(鳩山総裁時代)、石橋内閣外相を経て首相

*21:1881~1944年。斎藤内閣拓務相、第一次近衛、阿部内閣逓信相を歴任

*22:1871~1948年。戦前、田中内閣文相、蔵相、犬養内閣逓信相、斎藤内閣鉄道相を歴任。戦後、幣原内閣で内務相

*23:田中、斎藤内閣海軍大臣、首相を歴任

*24:1863~1946年。戦前、第一次若槻、濱口、第二次若槻内閣農林相、岡田内閣商工相、立憲民政党総裁等を歴任。戦後、日本進歩党を結党し党総裁(党首)となるが公職追放を受け政界引退(町田の政界引退後は幣原喜重郎(戦前、加藤高明、第一次若槻、濱口、第二次若槻内閣外相を、戦後、吉田内閣副総理、衆院議長を歴任)が日本進歩党総裁に就任)

*25:斎藤、岡田内閣外相、首相、第一次近衛内閣外相を歴任。戦後、死刑判決。後に靖国に合祀

*26:1876~1945年。広田内閣商工相、第二次近衛内閣鉄道相を歴任

*27:1877~1947年。広田、米内内閣農林相、小磯内閣農商相を歴任。戦後の1945年に衆院議長(戦後は日本進歩党に所属)。1947年に公職追放

*28:1867~1940年。憲政会幹事長(加藤総裁時代)、広田内閣逓信相、東京市長(今の都知事)など歴任。東京市長在任中の1940年に病死

*29:1882~1954年。犬養内閣商工相、広田、平沼内閣鉄道相、小磯内閣運輸通信相を歴任

*30:朝鮮軍司令官、斎藤、岡田内閣陸軍大臣、首相等を歴任

*31:1880~1948年。林内閣当時は昭和会所属。政党所属経歴は立憲政友会→昭和会→立憲政友会・中島総裁派(当時の政友会は内紛から久原総裁派、中島総裁派、金光総裁派の三派に分裂)→翼賛政治会(政党解散後に誕生した官製組織。後に大日本政治会)。1934年、岡田内閣農林相として入閣するが、「政党内閣復帰を目指して、非政党内閣の岡田内閣(田中、斎藤内閣海軍大臣を務めた岡田啓介が首相)には協力しない」という党の方針に反していたため、立憲政友会を除名される(話が脱線しますが、このように「共産による松竹、紙屋らの除名」に限らず反党分子が除名されるのは当然の話です)。政友会除名後、山崎同様に党方針に反して岡田内閣に入閣したことで、政友会から除名された内田信也(岡田内閣鉄道相、その後も東条内閣農商相(戦前)、吉田内閣農林相(戦後)を歴任)らとともに新党「昭和会」を結成(話が脱線しますが、そんなに志位議長、田村委員長ら共産執行部に不満があるなら「共産を除名された反党分子」紙屋や松竹もどうぞ、ぜひ「政友会を除名されたことを契機に昭和会を結成した山崎や内田」のように新党を作って下さい。作る能力も覚悟もないでしょうが(皮肉、嫌みのつもり))。なお、昭和会には参加しなかったが、岡田内閣に入閣したことで高橋是清(岡田内閣蔵相。元立憲政友会総裁、元首相。岡田内閣蔵相在任中に226事件で暗殺される)、床次竹二郎(岡田内閣逓信相。元政友本党総裁)も政友会を除名されている(高橋は自主的に参加せず、床次は昭和会に参加し、「政友本党」で総裁を務めたように昭和会の党首就任を目指したが昭和会の正式な誕生前に病死)。後に山崎は立憲政友会(中島総裁派)に参加。山崎は岡田内閣農林相以外にも、林、東条内閣農林相、東条内閣農商相を歴任。戦前、厚生省社会局長、静岡県知事、内務省土木局長、警保局長、警視総監、内務次官等を、戦後、東久邇宮内閣内務相、池田内閣自治相・国家公安委員長等を歴任した山崎巌(1894~1968年)の兄

*32:貴族院議長を経て首相。戦後、戦犯指定を苦にして自殺

*33:1884~1949年。中島飛行機(現在のSUBARU)創業者。戦前、第一次近衛内閣商工相。戦後、東久邇宮内閣商工相。竹下内閣文相を務めた中島源太郎の父。橋本内閣防衛政務次官を務めた中島洋次郎(後に防衛汚職での有罪判決を苦にして自殺)の祖父

*34:検事総長大審院長、第2次山本内閣司法相、枢密院議長、首相、第二次近衛内閣内務相を歴任。戦後、終身刑で服役中に病死。後に靖国に合祀

*35:1880~1947年。第二次若槻内閣商工相、平沼内閣農林相、米内内閣蔵相を歴任。池田、佐藤内閣通産相、田中内閣農林相、自民党政調会長(三木総裁時代)、福田内閣建設相、自民党幹事長(大平、鈴木総裁時代)、鈴木内閣外相、衆院議長等を歴任した櫻内義雄の父。小渕内閣総務庁長官、福田内閣農水相を務めた太田誠一の祖父

*36:陸軍省軍務局長、陸軍次官、台湾軍司令官、首相、朝鮮総督を歴任

*37:1877~1955年。阿部内閣拓務相、第二次近衛内閣厚生相を歴任

*38:戦前、林、第1次近衛、平沼内閣海軍大臣、首相、小磯、鈴木内閣海軍大臣を、戦後、東久邇宮、幣原内閣海軍大臣を歴任

*39:1879~1957年。元大蔵官僚(松江税務監督局長、長崎税務監督局長、鹿児島税務監督局長、長野税務監督局長、函館税関長、仙台税務監督局長、大蔵省主税局国税課長、東京税務監督局長など歴任)。政界入り後は岡田内閣商工政務次官、立憲民政党幹事長(町田総裁時代)、米内内閣逓信相など歴任

*40:1883~1962年。戦後、自民党参院議員会長、参院議長を歴任。岸内閣労働相、佐藤内閣防衛庁長官、農林相を歴任した松野頼三の父。維新の党選対委員長、幹事長、代表、民進党国対委員長(前原代表時代)等を歴任した松野頼久松野頼三の息子)の祖父

*41:関東憲兵隊司令官、関東軍参謀長、陸軍次官、陸軍航空総監、第二次、第三次近衛内閣陸軍大臣を経て首相。戦後、死刑判決。後に靖国に合祀

*42:もともとは立憲政友会だがこの頃は翼賛政治会(後に大日本政治会)に所属

*43:陸軍省軍務局長、陸軍次官、関東軍参謀長、朝鮮軍司令官、平沼、米内内閣拓務大臣、朝鮮総督、首相を歴任。戦後、終身刑で服役中に病死。後に靖国に合祀

*44:もともとは立憲政友会だがこの頃は翼賛政治会(後に大日本政治会)に所属

*45:もともとは立憲政友会だがこの頃は翼賛政治会(後に大日本政治会)に所属

*46:1943年に鉄道省逓信省を統合して設置された運輸通信省の大臣。運輸通信省は戦後は運輸省(現在の国土交通省)と郵政省(現在の総務省)として分割された。

*47:海軍省人事局長、海軍次官海軍兵学校長、呉鎮守府司令長官、連合艦隊司令長官、海軍軍令部長侍従長、枢密院議長、首相等を歴任

*48:1878~1958年。元内務官僚(埼玉県知事、長野県知事熊本県知事、内務省警保局長(今の警察庁長官に当たる)、東京市助役(今の副知事)など歴任)。もともとは立憲政友会だがこの頃は大日本政治会に所属。立憲政友会(久原派)幹事長、衆院議長、鈴木内閣厚生相等を歴任