『松竹伸幸』『紙屋研究所』に悪口する(2025年3/25日分)

◆恐らく「党の除名は不当だ」「福岡県党が労基署の是正勧告*1を受けたのは問題だ」等の「党への悪口」以外に旗頭が何もない松竹や紙屋
 紙屋の記事(例えば小・中学校にならってまず高校の教科書代だけでも無償に - 神谷貴行のブログ)や松竹応援隊ブログを読んでいて気づいたことですが、松竹や紙屋には「党の除名は不当だ」「福岡県党が労基署の是正勧告を受けたのは問題だ」等の「党への悪口」以外には旗頭(共通の政治方針等)が何もないのではないか。
 紙屋も

神谷貴行
 私は政治的主張松竹伸幸さんと大きく違う点もあるし、共通する点もあります*2
 ただ、松竹さんの除名撤回裁判には連帯したいと思っています。募金支援を私からも呼びかけます。

とツイートしてますし。
 松竹や紙屋の文章を読んでいても「共通の政策目標」と言った物は感じられません。
 松竹が著書で訴えていた「党首公選」「安保容認」を、紙屋や松竹応援隊ブログが強く訴えるかと言えば、そうでもなさそうです。
 というか、今や松竹ブログですら「除名は不当だ」等の「党への悪口」がメインで「党首公選」「安保容認」主張が薄れてる気がします。
 福岡県での高校無償化問題(県知事選があったこと、及び維新が高校無償化*3を自公に求めてることで高校無償化への注目が集まったことが執筆動機でしょう)について、紙屋が
 福岡県の高校の無償化をさらに進めることを求める請願をしました - 神谷貴行のブログ2025.3.5
 小・中学校にならってまず高校の教科書代だけでも無償に - 神谷貴行のブログ2025.3.7
 学校の経費は公が負担すべき——学校徴収金は段階的になくせ - 神谷貴行のブログ2025.3.12
と言う記事を複数書いたからと言って、高校無償化について、「松竹や応援団」の中で熱い議論が起こるわけでもない。
 そりゃあ旗頭がないのでは「離党して新党も作れなければ、世間の注目も集まらない」だろう、とは思います。
 恐らく「第三者から質問されない限り、積極的に自分たちからはそうした事実を認めない」のでしょうが、「党の除名は不当だ」「福岡県党が労基署の是正勧告を受けたのは問題だ」等の「党への悪口」以外に彼らは旗頭が何もないのでしょう。
 だから
 「社会党を離党して、民社党を作った西尾末広*4社民連を作った江田三郎*5新社会党を作った矢田部理
 「自民党を離党して、新自由クラブを作った河野洋平*6新生党を作った小沢一郎*7新党さきがけを作った武村正義*8みんなの党を作った渡辺喜美*9国民新党を作った亀井静香*10、維新の会を作った松井一郎*11都民ファーストを作った小池百合子*12
等と違い離党できない(その多くは消滅しましたが、彼らの「離党&新党結成」については特に評価しません)。旗頭を作る能力も気概もない。党を愛してるから離党しない*13、新党結成しないわけでは全くない。ある意味、哀れだと思います。


ヒラ党員の葬儀には党中央の弔電は来ない!? | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba

 私が党首公選を求め、実施されるなら自分が立候補することを外に向かって表明したのは、2021年11月19日のことである。前月31日に開票のあった衆議院選挙の結果を受け、これは何とかしないと共産党の行く末がたいへんになると自覚した

 というよりは「党の議席後退」で「そういう口実で反党行為ができる(議席後退しないと反党行為の口実になりにくい)」「議席後退で意気消沈する党執行部は除名などしづらいだろう。党内外にも俺の意見に賛同し、除名に反対する世論が多いだろう」と思い上がって暴走しただけの話でしょう。しかし実際には「除名直後」はともかく今やマスコミがろくに報じなくなった松竹です。
 今のところ、松竹『私は共産党員だ! :シン・日本共産党宣言II』(2024年6月、文春新書)を出したのが「文春など大手出版社からの著書刊行」の最後。その後の著書は、

【松竹が勤務するかもがわ出版
共産党除名撤回裁判の記録Ⅰ』(2024年)

と「中小出版社からの出版」です。
 まさか松竹も文春や

◆松竹『改憲的護憲論』(2017年、集英社新書)、『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』(2021年、集英社新書)の集英社
◆松竹『慰安婦問題をこれで終わらせる。』(2015年)の小学館
◆松竹『憲法九条の軍事戦略』、『集団的自衛権の深層』(以上、2013年、平凡社新書)、『対米従属の謎』(2017年、平凡社新書)の平凡社

といった大手出版社から刊行できるのに「あえて、かもがわ出版」というわけでもないでしょう。
 そして松竹『シン・日本共産党宣言』(2023年1月、文春新書)は 多少マスコミで話題になったでしょうが、『私は共産党員だ! :シン・日本共産党宣言II』(2024年6月、文春新書)は話題になったとはとても言えないでしょう。
 さて、松竹記事の「主な内容」ですが「?」がつくように「松竹の母親(党員)の葬儀に弔電が来なかった*14」というだけで

【「日本共産党、弔電」でググってヒットした記事】
高知民報故山原氏の葬儀に2600人2004.3.21
 3月8日に死去した日本共産党の元衆議院議員、連続10回当選して国民生活向上と日本共産党の発展に大きな役割を果たした故・山原健二郎氏の葬儀が11日、高知市斎場で無宗教形式で行われ、2600人が記帳。大勢の人たちが山原氏をしのんで献花しました。
 石井郁子*15日本共産党中央副委員長、佐竹峰雄・同高知県委員長、元秘書の平野厚哉氏、元高校教員の浜田昌俊さん、春名なおあき*16衆議院議員、塩田庄兵衛*17東京都立大名誉教授が弔辞を述べ、不破哲三日本共産党議長、志位和夫委員長をはじめ300通をこえる弔電が寄せられました。
東中光雄さん死去 元共産党衆院議員/日本共産党大阪府委員会2014.8.24
 日本共産党の元衆議院議員で、中央委員会名誉役員、弁護士の東中光雄さんが7日、大阪市都島区内の自宅で、肺がんのため死去しました。90歳でした。
 1951年8月、日本共産党に入党し、大阪府法規対策部長、党中央委員、名誉役員など歴任。1969年12月から衆議院選挙に連続10回当選(旧大阪2区から9回、1996年総選挙は比例近畿ブロックから)。1971年以降、衆議院国会対策副委員長を務めるとともに、内閣、安保、予算の各委員会、公害、政治改革の両特別委員会などの委員を歴任。27年間、議員運営委員・理事を務めました。
 安保条約反対、平和憲法を守る論陣で歴代首相と対決するとともに、自らの戦争体験と平和への思いを戦後世代に語り続け、『東中光雄という生き方―特攻隊から共産党代議士へ』(2010年、清風堂書店)にもまとめました。東中光雄さんの訃報を受け、日本共産党不破哲三元中央委員長議長、社会科学研究所長が、長女で喪主の植木佐智子さんに次の弔電を送りました。
党幹部会委員・静岡県委員長/故山村糸子さんの葬儀/通夜に志位議長が出席2024.3.30
 日本共産党の幹部会委員で、静岡県委員長の故・山村糸子(やまむら・いとこ)さんの葬儀が29日、静岡県島田市で行われました。通夜(28日)には共産党志位和夫議長が出席し、故人をしのび、追悼のあいさつを行いました。
 志位氏が送った弔電では、「あなたは、幹部会委員・県委員長として、どんな問題にも正面から挑戦し、ひたむきな情熱を傾けて取り組んでこられました。日本共産党員としての半世紀を超える活動をとおしてつちかわれた未来へのゆるがぬ確信、困難にひるまない不屈の気概、そして仲間への温かい思いやりは、多くの人を奮い立たせてきました。私たちは、あなたのご遺志をうけつぎ、必ず日本共産党を躍進させ、日本と世界の未来をきりひらくことを、ここにお誓いします。どうか、安らかにお眠りください」とつづられています。
元習志野市議・吉田順平さんの逝去 : 谷岡隆(たにおかたかし) 習志野市議会議員2024.7.10
 元習志野市議会議員の吉田順平さんが、7月6日夕方に亡くなりました。昨年8月に91歳となり、体力の低下から一日の大半をベッドで過ごしていました。医師による診断は「老衰」でした。
 故人の遺志により、火葬前の葬儀などは行わず、7月10日に近親者のみで見送りました。私(谷岡)は出棺の見送りと火葬場での立ち合いをし、日本共産党中央委員会(田村智子委員長)からの弔電を読み上げました。
 吉田順平さんは、戦後に樺太から引き上げた後、1953年に日本共産党に入党しました。独立系映画会社の仕事などを経て、習志野市議会議員を1975年から7期・28年務めました。

等のように「幹部(現役の議員や党役員、議員や党役員の経験者など)なら弔電を送る」が、「末端党員なら送らないのか?(比較的最近まで末端党員まで送っていたと思うが?)」と「松竹が根拠もなしに憶測してるだけ」のくだらない話です。松竹ならそういう悪口ではなく「俺が除籍されたから、弔電が来ないのか?。今も党員なら来たのか?」と言うかと思っていましたが、それはともかく。
1)松竹が「何故弔電が来ないのか」と党に質問したら「幹部限定で送ることにしてる」と言う回答が来た
2)「松竹応援団連中の不良党員(あるいは松竹除名後に除名された、あるいは離党した元党員)」からも「末端党員の私の場合も、親族が党員なのに弔電が来なかった」という回答が多数あった
など、まともな根拠のある話ではない。「まともな根拠」もないのにこんなことを書き飛ばしたら「党員、党支持者」は勿論、「アンチ共産党」でも「まともな根拠を得てから書けよ」と呆れるでしょう。
 なお、松竹は「末端党員軽視だ」「俺が党首なら、死去した党員の遺族は全て例外なく弔電を送る」と悪口したいようですが、他党はどうなのか知りませんが、この辺り価値観は様々でしょう。
 弔電送付には当然それなりの手間(送付手続きという人的負担)がかかります。
 「党員なら自動送付」ではなく「葬儀参列者に党員であることを知らない人間もいる(幹部党員ならともかく末端党員ならそういう人もいるでしょう)ので送付を望まないかどうか」事前に遺族に確認するならなおさらです。また「弔電送付」を遺族が望むとは必ずしも限らないでしょう。
 「幹部クラスには党中央や都道府県党から弔電を送るが、末端党員についてはそこまでしない(支部レベルで送付する。送付するかどうかは各支部に任せる。松竹の場合、支部の判断で送らなかっただけ)」という対応も「一つの判断」ではあるでしょう。まあ、そもそも「幹部限定で弔電」とは「?」があるように松竹の「根拠レスの憶測」にすぎませんが。
 興味深いのはこの松竹記事に「私も弔電が来なかった」等と言うコメントは全く付いてないことです。
 コメントが付いてないのは、
1)松竹の主張「幹部のみに弔電」に根拠がないからか、
2)記事読者が少ないのか、
3)記事読者に実は「そうしたことについて話ができる現役党員がまるでいない(かなり昔に離党したり、除名されたりした元党員や、そもそも一度も党員になったことがない人間がほとんど)」のか。
 なお、上記は松竹記事に投稿しますが、掲載拒否でしょう。「類友の賛同コメント以外」掲載しない松竹のクズさにはいつもながら呆れます。

*1:勿論、問題ではありますし、党も「是正勧告が不当」とは主張せず、従う意向ですが

*2:ここで「何が共通して何が違う」のか、具体的に明確に書かない辺り「松竹と険悪な仲になること」をよほど恐れてるのでしょう

*3:と言っても維新流の無償化であり、「大阪で公立が定員割れしたように私学への集中を招く」といった批判も多いですし、紙屋が書くように「維新の無償化」は「入学料、授業料無償化」であって「教材(教科書等)費用」「修学旅行費用」などは含まれてないようですが

*4:社会党書記長(片山委員長時代)、片山内閣官房長官、芦田内閣副総理等を経て民社党委員長

*5:社会党副委員長、書記長等を経て社民連代表

*6:新自由クラブ代表、中曽根内閣科技庁長官、宮沢内閣官房長官自民党総裁、村山、小渕、森内閣外相、衆院議長を歴任

*7:中曽根内閣自治相、自民党幹事長(海部総裁時代)、新生党代表幹事、新進党幹事長、党首、自由党党首、民主党幹事長(鳩山代表時代)、生活の党代表、自由党党首等を歴任

*8:新党さきがけ代表、細川内閣官房長官、村山内閣蔵相を歴任

*9:第一次安倍内閣行革相、みんなの党代表を歴任

*10:村山内閣運輸相、橋本内閣建設相、自民党政調会長(小渕、森総裁時代)、国民新党代表、鳩山、菅内閣金融等担当相を歴任

*11:大阪府議、大阪府知事大阪市長を歴任

*12:小泉内閣環境相、第一次安倍内閣防衛相、自民党総務会長(谷垣総裁時代)を経て都知事

*13:まあ、松竹や紙屋は除名されましたが「除名無効訴訟」を起こし、復党を目指すとしています。

*14:但し、松竹に寄れば赤旗に訃報は載ったとのこと

*15:1940年生まれ。日本共産党名誉役員。元大阪教育大学助教授。1986~2009年まで衆院議員。著書『親の生きかた・子の自立』(1987年、新日本出版社)、『はばたく子どもたち:登校拒否・不登校をのりこえて』(1999年、新日本出版社

*16:1959年生まれ。2025年現在、日本共産党高知県委員長。1996~2003年まで衆院議員

*17:1921~2009年。著書『現代労働組合運動論』(1969年、労働旬報社)、『未来に生きた人びと』(1980年、新日本新書)、『日本社会運動史』(1982年、岩波全書)、『戦後日本の社会運動:労働組合運動を中心に』(1986年、旬報社)、『実録・六十年安保闘争』(1986年、新日本出版社)、『河上肇』(1991年、新日本新書)、『幸徳秋水』(1993年、新日本新書)、『私たちの自由民権運動』(1997年、新日本出版社)、『土佐のうちそと:同時代史抄』(1998年、新日本出版社)等