kojitakenに悪口する(2025年4/7分)

岡田暁生と片山杜秀の対談本『ごまかさないクラシック音楽』(新潮選書, 2023)を読む/ブルックナーはナチスが最後に持ち上げた作曲家だった。佐倉統が片山杜秀のブルックナー論に一矢を報いていた (朝日新聞コメントプラス=24/9/19、有料記事プレゼント) - KJ's Books and Music
 なお、ナチスが持ち上げたワグナーには

リヒャルト・ワーグナー - Wikipedia音楽におけるユダヤ性 - Wikipedia参照
1850年ワーグナーはK・フライゲダンクの変名で『新音楽時報』に『音楽におけるユダヤ性』を発表し、ユダヤ人は模倣しているだけで芸術を作り出せないし、芸術はユダヤ人によって嗜好品へと堕落したと主張。ユダヤ人作曲家メンデルスゾーンを攻撃した。当時、『新音楽時報』ではワーグナーの弟子テーオドーア・ウーリクがユダヤ人作曲家マイアベーアの『預言者』に対する中傷キャンペーンを張っていた。その意味で、ワーグナーのこの論文はウーリクに便乗したものといえる。なお、雑誌は部数1200部の弱小誌であり、反響はほとんど得られなかった。ただし、メンデルスゾーンの友人でピアニストのイグナーツ・モシェレスは編集部に抗議の手紙を送っている。
◆1882年夏、ワーグナーの崇拝者であったユダヤ人指揮者ヘルマン・レーヴィはルートヴィヒ2世の命によって、ワーグナーの『パルジファル』のバイロイト祝祭劇場初演を指揮した。ワーグナーは、ユダヤ人のレーヴィに、ユダヤ教からキリスト教に改宗せずに指揮してはならないと言ったが、レーヴィは拒否した。
◆反ユダヤ的思想は、ヒトラーワグネリアンワーグナー愛好家)であったことと相まって、のちにナチスに利用された。現在でもイスラエルではワーグナーの楽曲演奏がタブー視されており、法的な禁止事項ではないものの自主規制の対象である。

ジャコモ・マイアベーア - Wikipedia参照
 ナチスドイツの支配地域ではユダヤ人の音楽は退廃音楽として弾圧されたため、マイアベーアのオペラは上演されなかった。
 なお、ワーグナーだけでなく、シューマンも彼を酷評し、攻撃したことが後世に与えた影響は非常に大きく、その死後、作品の評価は急速に低下した。

ダニエル・バレンボイム - Wikipedia
 2001年7月7日、バレンボイムエルサレムにおいて、イスラエル音楽祭の一環として、ベルリン国立歌劇場を指揮して、ワーグナーのオペラ『トリスタンとイゾルデ』の一部を上演した。アンコールでバレンボイムワーグナー作品を演奏するという考えを説明すると、場内は騒然となり、バレンボイムは数名のイスラエル人から「ファシスト」と非難された。45分近く続いた話し合いの後、コンサートホールにいた3000人近い聴取の中で、出て行ったのは20人ほど、ヤジを飛ばしたのは5人程度で、残りは演奏を聴くためホールに残った。イスラエルにおいてワーグナーの音楽はタブー視されている。

イスラエル公共ラジオ、「タブー」のワーグナーの曲放送し謝罪 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News2018.9.3
 イスラエル公共放送協会は2日、同国でタブーとなっている反ユダヤ主義のドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーの曲がラジオで放送されたことについて、「ミス」だったと謝罪した。
 イスラエルにはワーグナー作品の演奏を禁止する法律はないが、過去に演奏が試みられた際に国民が反発や不快感を示したことから、オーケストラや会場側が演奏を自粛している。
 イスラエルワーグナー協会会長で弁護士、父親がホロコースト生存者のヨナタン・リブニー氏は、ワーグナーの曲が公共ラジオで流れたことを「歓迎」。放送されたのはワーグナーの思想ではなく、ワーグナーが生み出した優れた音楽であって、聞きたくない人はいつでもラジオのスイッチを切れると指摘した。

と言う問題(反ユダヤ主義)がありましたがブルックナーにはそうした問題点はなさそうです。

 岡田*1の「つくづくクラシック音楽とは帝国主義的だ(笑)」という感慨に同感

 「はあ?」ですね。
 帝国主義とはどういう意味なのか。
 勿論一般的には「帝国主義=侵略主義、覇権主義(例:ナチドイツのポーランド侵略、戦前日本の太平洋戦争、米国のベトナム戦争イラク戦争旧ソ連のアフガン侵攻、プーチンロシアのウクライナ侵攻等)」なので、これでは「クラシック音楽は悪しきもの(滅ぶべき物)」ということになりますが、そういう理解でいいのか。
 意味不明なことを書いてドヤ顔する辺り、「id:kojitakenは本当にアホだな」と思います。

 『砂の器』には共産党と繋がりの深かった清張による前衛音楽批判

【1】小説では既に死亡していた『和賀英良(和賀は偽名で、本名は本浦秀夫。映画では加藤剛)の父・本浦千代吉(映画では加藤嘉)』が存命で、今西栄太郎刑事(映画では丹波哲郎)と会話をする
【2】小説で「和賀による殺人」は3件起こり、その中には超音波殺人というトリッキーなものもあるが映画では和賀が殺害したのは三木謙一元巡査(映画では緒形拳)殺害の1件のみ。三木殺害は撲殺であり、超音波殺人ではない。超音波殺人は「非現実すぎて共感されない」と言う判断でしょう。また殺人が減らされたことで和賀に共感、同情しやすくなった
【3】小説では全く描かれない「本浦親子の放浪生活」が映画ではかなり長く描かれる
【4】映画の終わりに登場する和賀が作曲した音楽「宿命」は小説には登場しない
【5】小説に登場する若手芸術家集団「ヌーボーグループ(和賀がリーダー)」は話がややこしくなると判断したか完全に削られ映画に登場しない
など「小説をかなり大胆に換骨奪胎した映画(和賀にかなり同情的)」はともかく、小説『砂の器』における「前衛音楽家・和賀(犯人)」に対する清張の描き方は「前衛音楽家でありながら俗物(「農林大臣*2も務めた与党の大物政治家」の娘と婚約し、その政治家の支援で作曲活動。その婚約が経歴詐称発覚で破談になることを恐れて殺人)」と否定的なように思いますが、それは別に「前衛音楽批判」ではないでしょう。
 また、それは「清張が日本共産党(当時の前衛音楽に批判的?)に好意的だったこと」と関係ないでしょう。
 なお、「砂の器」においては「前衛音楽家の和賀」だけでなく、和賀をリーダーとする若手芸術家グループ「ヌーボーグループ」が出てきますが、これに対する描き方もかなり辛辣かと思います。
 なお、
【1】和賀は武満徹がモデル、ヌーボーグループは武満が参加した、若手芸術家集団「実験工房」がモデル
実験工房 - Wikipediaによれば武満以外では駒井哲郎(版画家)、佐藤慶次郎(作曲家)、瀧口修造(詩人)、福島和夫(作曲家)、湯浅譲二(作曲家)らが参加
【2】和賀は黛敏郎がモデル、ヌーボーグループは黛が参加した、若手芸術家集団「若い日本の会」がモデル
若い日本の会 - Wikipediaによれば黛以外では浅利慶太劇団四季創設者)、石原慎太郎(作家)、江藤淳(文芸評論家)、大江健三郎(作家)、開高健(作家)、久里洋二(画家)、谷川俊太郎(詩人)、寺山修司(戯曲家)、間宮芳生(作曲家)らが参加
(なお、「実験工房(1951~1957年)」「若い日本の会(1958~1960年)」ともに活動時期は「砂の器」の発表時期(1960~1961年)より前または同じ頃)
【3】武満や黛、あるいは彼らの参加した「実験工房(1951~1957年)」「若い日本の会(1958~1960年)」等をヒントにしたが特定のモデルはいない
等、諸説あります*3が真偽は不明です。いずれにせよ「特定の個人、団体への悪口」を清張は意図してないでしょうが(だからこそ「和賀」「ヌーボーグループ」は特定の個人、団体を連想させない名前になっているのでは?)。
 なお、ご存じの方もいるでしょうが

日本共産党創立95周年記念講演会/日本共産党の95年の歴史を語る/不破社研所長の講演2017.7.23
 党は、これにたいして、1980年2月の第15回党大会で、日本の民主的再生を願う団体と個人による「革新統一懇談会」の結成を提唱しました。これは、社会党が脱落した情勢のもとで、革新をめざす政治勢力と市民勢力との共闘という方針でした。この提起に応じ、松本清張さん*4中野好夫さん*5の両氏も賛同の声を上げて、1981年5月に全国革新懇が発足し、統一戦線運動の力強い推進力となったのであります。

赤旗きょうの潮流 2022年8月4日(木)
 松本清張は戦後作家の中で群を抜く巨星です
(中略)
 選挙では日本共産党を応援し、1970年代、1980年代は国政選挙のたびに党のビラに顔写真入りで期待を寄せてくれました。

松本清張の作品一覧 - Wikipedia
◆『文学と社会:松本清張対談集』(1977年、新日本出版社
 対談相手の中には宮本顕治氏がいる。
◆『グルノーブルの吹奏』(1992年、新日本出版社

ということで共産党やその友好団体(新日本出版社)と親交がある一方で

中央流沙 - Wikipedia
 社会党機関紙『社会新報』に連載され(1965年10月号~1966年11月号)、1968年9月に河出書房新社から単行本が刊行された(後に中公文庫、講談社文庫、光文社文庫に収録)。

松本清張 - Wikipedia
 1965年、日本社会党衆議院議員岡田春夫自衛隊統合幕僚会議(当時、現在の統合幕僚監部)が1963年に極秘裏に実施した机上作戦演習、所謂「三矢研究」の存在を暴き、政府におけるシビリアンコントロールのあり方を追及している。岡田は議員引退後の1987年に自伝『オカッパル一代記』を出版したが、その中において「三矢研究」文書資料の情報提供は清張から行われたことを告白している。この岡田の告白にマスコミから反響が起きたが、清張はその経緯一切について明かさず沈黙を通した。

であり、清張は「共産党とのみ親交があった」わけではない。

 ショスタコは自らの音楽で「面従腹背」をやっていたに違いないと確信している。
 しかし気になるのは、そのショスタコを大いに愛好しているという志位和夫はどう考えているのかということだ。それに関する志位の発言を私は知らない。

 単にkojitakenが「志位和夫ショスタコビッチ」で「ググることもしないバカ」なだけですね。「志位和夫ショスタコビッチ」でググれば、「面従腹背」についての発言は以下の通りヒットします。赤字部分*6は明らかに「面従腹背」でしょう。

志位和夫
 ショスタコーヴィチも話題に。私は、彼がスターリンによって命を奪われる寸前の迫害を受けたこと、それに屈せず交響曲4番、バイオリン協奏曲1番、ラヨークなどの傑作を、未来の聴衆のために残したこと、日本共産党はこうした全体主義を決して再現させてはならないという立場であると話しました。
◆音楽の友
 ものすごい対談が実現しました。元首相の小泉純一郎さんと衆院議員・共産党幹部会委員長の志位和夫さんが午後、音楽之友社にいらっしゃって、その熱い音楽愛を語り合いました。

新春対談/日本共産党委員長・志位和夫さん バイオリニスト・荒井英治さん2014.1.1
荒井
 志位さんが、ショスタコーヴィチにひかれたのはどういうことから。
志位
 ショスタコーヴィチは、旧ソ連スターリンの圧政下で、その暴圧に抗して、芸術家としての良心を守り抜いた作曲家です。*7
 ショスタコーヴィチスターリン体制のもとで、2度にわたって命の危険にさらされています。最初は、1936年から37年の時期です。オペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人*8」に対して1936年に「プラウダ」(ソ連共産党機関紙)が突然乱暴な非難をくわえた。
 スターリンは一種の直感で、これは危ないなと感じたのではないか。これは民衆の心を歌っていると、民衆の心に訴える強い力を持っている。こういう音楽は危ないぞ。そう恐れたからこそ、弾圧しようと考えたと思うのです。
 このときは、ショスタコーヴィチは本当に危なかったわけです。ガリーナとマクシムという彼の2人の子どもの回想録(『わが父ショスタコーヴィチ*9』)が出ているのですが、それによると、1937年にトハチェフスキーという赤軍の元帥が処刑される。そのとき、彼と親交があったということでショスタコーヴィチも危うく間一髪で粛清されるところだったという話も出てきます。
 こういう危機の時期にあって、ショスタコーヴィチが書いたのが、交響曲第4番(作曲は1934~36年)でしょ。
 彼は、「『プラウダ』の批判にたいして、私は悔いることを拒否した。悔いる代わりに私は交響曲第4番を書いた」といっています。
 ショスタコーヴィチの2度目の危機は、1948年のジダーノフ*10ソ連共産党政治局員)からの「形式主義的・西欧追随的」という批判です。このときも大変な苦境に立たされるわけですけれども、彼がとった行動というのは、スターリンの暴圧を厳しく風刺・告発する「反形式主義的ラヨーク*11」という曲をひそかに作曲することでした。
荒井
 公開で初演されたのは死後ですよね。
志位
 芸術家としての良心を、内面では守り通した。
 私たちは、スターリン以後のソ連社会について、強制的な農業集団化や大量弾圧を経て「社会主義とは無縁の覇権主義専制主義の社会」に変質したと厳しく批判していますけれども、そういう中で、それに屈せずに、人間の良心を守って、それで深い精神性をたたえた記念碑的傑作を残したというのはすごいことだと思いますね。
荒井
 ショスタコーヴィチの音楽にはユダヤ人をテーマに扱ったものがありますね。スターリンユダヤ人を迫害していますよね。それがわかっていて迫害された人々へのシンパシー(共感)を音楽にしています。
志位
 僕は、15の交響曲のなかで、一番好きなのは第4番で、最高傑作だと思っているのは第8番(1943年)です。
 4番と8番というのは、スターリン体制の抑圧のなかで、ものすごい葛藤をかかえながら、どんなことがあっても芸術家の魂を守り抜くぞという固い信条のようなものが貫かれていて、ものすごく好きですね。
 どんな強大な権力でも、芸術家の良心をつぶすことはできないぞ、という強い意志がありますね。スターリンのもとでの旧ソ連社会というのは、たくさんの迫害や裏切り、むごたらしい犠牲者を生んだけれども、そこにはそれに抵抗して、人類の歴史に残る芸術的文化的遺産を残した人間の不屈の営みもあったということも、記録されるべきだと思います。
 どんな権力をもっていようと、人間の良心を押しつぶすことはできない、真の芸術家の魂を思うように操ることはできない、人間の素晴らしさを示していると思いますね。

新春対談に反響/圧政下、良心曲げなかった/たたかいの勇気もらった2014.1.9
 「新春対談は、音楽好きの私には大変興味深いものでした。その中で志位さんが、ショスタコーヴィチ旧ソ連の圧政下で、その暴圧に抗して芸術家としての良心を守り抜いた作曲家であり、世の中の暴圧とたたかっている人々へのエールになっていると語ったことに、私も同感です」(愛知県東海市の男性)
ショスタコーヴィチさんがスターリン圧政下でも良心を守り抜いてきたことに深く感動しました。秘密保護法を強行している安倍政権に対し、ショスタコーヴィチさんの抵抗の精神で断固拒否したいですね」(北海道士幌町の女性)

 「赤旗電子版に掲載された元旦インタビュー新春対談/日本共産党委員長・志位和夫さん バイオリニスト・荒井英治さん」すら知らないというのだから「お前はアホか(横山ホットブラザーズ)」ですね。というか『ショスタコビッチについての志位発言』についてkojitakenが『何一つ調べてないこと』がモロバレです。それでいてそれに関する志位の発言を私は知らない。と放言するのだから「呆れたバカ」です。これが「赤旗インタビュー」を紹介した上で、志位発言を論評するならまだ分かりますが。

 2021年の衆院選での敗北(ボーガス注:の総括)を拒否

 何度も「同じ事」を書いていて飽きているのですが以下の通り、志位氏は「総括」はしています。
 常識で考えて、しないわけもないでしょう。まあ、kojitaken的には「選挙での議席後退を理由に辞任しない=総括拒否」のようですが、志位氏に限らず歴代共産党委員長(宮本氏、不破氏)は「選挙での議席後退→委員長辞任」という態度は取っていません。
 是非はともかく「選挙での議席後退を理由に辞任」という政治文化は日本共産党には昔からない。

新春対談/東京大学教授 本田由紀さん/日本共産党委員長 志位和夫さん2022.1.1
◆本田*12
 共産党が総選挙で訴えた平和、暮らし、ジェンダー、気候*13はどれもすごく大事だと思っています。私は賛成します。
 でも、その訴えが響かない人々、違うところに関心があったり、そういった訴えがきれいごとに思えるような層というのが、どっかり存在していることは確かです。
 たとえば、30代、40代ぐらいの働き盛りの男性にとっては、賃金も上がらない、家族もいるなか、“とにかく食っていかなきゃいけない”“とにかくもうちょっと金を稼ぎたい”“とにかくもうちょっとゆとりがほしい”みたいな切実な思いがあります。
◆志位
 そのご指摘は大事だと思います。本田さんの『前衛』1月号のインタビュー*14を拝見して、いろいろと感じるところがありました。いまおっしゃったこと、特に30代、40代の男性の働き手にも響くような訴えをどうやればできるかということは、本当に考えなければいけないなと思いました。
◆本田
 私が申し上げたことを率直に受け止めてくださって本当にうれしいです。

 古楽を専門とした皆川達夫*15(1927-2020)はヴィヴァルディの音楽には品がないなどとこき下ろしていて、中学生時代の私はそれを真に受けていたが、今にして思う。そんなことを講談社現代新書に書いた皆川は、同じ本の中で自らがワグネリアンであることを認めていたと記憶するが*3(ボーガス注:反ユダヤ主義の?)ワーグナーの方がヴィヴァルディとは比較にならないほど下品だった。私はそう断言する。

 皆川氏に悪口するのなら、ヴィヴァルディの音楽には品がない云々という、彼の該当文章を引用するなり、その文章を掲載している講談社現代新書の著書名を書くなりしたらどうなのか。
 まともな引用もせずに悪口するという「kojitakenの雑な振る舞い」には心底呆れます。「事実無根の誹謗」を皆川氏に対して、している疑いすら否定できないでしょう。

 ネットにはかつて反ネオリベラリズムユダヤ人差別とを平気で並べて書くブロガーがいて、結構な人気を誇っていた。「ヘンリー・オーツ*16」と名乗る、本名大津久郎なる人物だった。2015年に亡くなってもう10年になる。いささか悪趣味かもしれないが、改めて「追討」するとともに、こういう人士の主張をろくすっぽ批判できなかった「リベラル・左派」たちの問題点はいまなお未解決のままだと指摘したい。

 そんな無名人を「死後」に云々することに何の意味があるのかと呆れます。一部の「リベラル・左派*17」は彼を批判しない問題があったのでしょうが、ほとんどの「リベラル・左派」は無名人の彼のことなどそもそも知らないでしょう。
 かつ「大津を持ち上げたから、批判」ならともかく、こんな「社会的影響力皆無の無名人・大津」を批判しないからと言って「賛同してる」等と勝手に決めつけないで欲しい。
 「れいわ代表の山本太郎」「保守党代表の百田尚樹」などある程度、社会的影響力が無ければ、批判する価値を感じなくても不思議ではない。

【参考:砂の器

『砂の器』と実験工房|ソレカラ2022.6.27
 原武史*18が『「松本清張」で読む昭和史*19』という新書の中で、1958年に結成された「若い日本の会」をモデルにしているのではないかと言っていることに気づいた。うーん。それもありうるかなと思う反面、原作中のヌーボー・グループの描き方は、やはり実験工房の方により近いという気がしてならない。

「砂の器」と武満徹|垣根東子2020.12.15
 みなさんにとって松本清張の「砂の器」といったらどの作品だろうか。映画?ドラマ?あるいは原作?
 私は1番古い映像「映画」から入ったクチである。
 主人公の和賀英良は「天才的な音楽家」で、今をときめく有名人、ピアニストで作曲家である。映画では彼が作曲した「宿命」という大曲が印象的であった。私がこの映画を初めて観たのが大学生くらいの時だったろうか。当時、音楽の隅っこをちょこっと齧っている最中だった私には疑問が残った。
 「この人、いつ音楽の勉強をしたんだろう」。
 現在ならともかく、当時音大に行かずにピアニストになることなんてあり得たのだろうか。小さい頃からレッスンを受けて、楽譜を読む勉強をし、師匠につかなければ、ピアニストになることも作曲をすることもやはり難しかったのではなかろうか。主人公は幼い頃、非常に貧乏で住所も不定、諸国を放浪して学校にもロクに通えないような境遇で、一体いつピアノに出会い、練習し、レッスンを受けたのか。
 長い間そのことが引っかかっていた。
 映画を観てからだいぶ経った頃になって原作を読んだ。そして、そこで長年疑問に思っていたことが、なんだかものすごく腑に落ちたのであった。主人公、和賀英良はヌーボーグループという集団のひとりなのだが、そのヌーボーグループは前衛芸術の集団だったのだ。それなら分かる。楽譜が読めなくても書けなくても成り立つ。ピアノだってリストやショパンなんて超絶技巧の曲を弾かなくてもいい。ただ、前衛的な現代音楽は難解でもある。それが映像化されるに当たって「ピアニスト」と「作曲家」という分かりやすい「音楽家」の設定に変わったのだろう。それを後々の映像化は踏襲し続けているのだ。
 ところで、ほぼ独学で音楽の勉強をしたという世界的にも有名な作曲家がいる。武満徹だ。武満徹は最終学歴が旧制中学校で音大などには行っていない。この武満は「実験工房」という若手芸術家のグループに参加していた。
 「実験工房」は様々な分野の前衛的な芸術に取り組んだ集団である。気になって調べてみた。活動時期は1951〜1957年らしい。砂の器の新聞連載開始が1960年である。和賀永良というキャラクターや、ヌーボーグループという設定を作るに当たり、松本清張の頭の隅にこのことがあってもおかしくはない。武満が海外から高い評価を受けた、というのも和賀英良の状況と似ている。
 そうか、そのケースなら「アリ」だ。
 ちなみに武満徹は音楽を譜面に起こすに当たってはアシスタントも使っていたらしい。やはりオーケストラのスコアを演奏が成立するように書き上げるにはそれなりの知識と技術が必要なのだ。
 さて、ここまできてはたと考えた。一体どちらが先だったのだろう。
 清張は「武満徹」という独学で有名になった異色の作曲家の存在から「実は公に出来ない過去がある」という話の設定を思いついたのか。それとも(ボーガス注:「実は公に出来ない過去がある独学の作曲家」と言う話を思いつき)話を書くに当たって、幼い頃に専門的な教育を受けなくても音楽家になることは可能か、可能だとしたらどういうような場合か、ということを調べて武満の存在や前衛芸術、その国外での評価、といったことにたどり着いたのだろうか。私はなんとなく後者ではないかという気がするのだが、さて。
 いずれにしても、清張は「幼少から専門教育を受けずに有名音楽家になることが出来るのか」という私の疑問もこうした形で納得いく詰め方をしていたのだった。清張すげー。
【追記】
 私が思いつくくらいのことなので、すでに武満のことは先人が触れておられます。また、私は松本清張の研究家ではないので、そのことに言及した資料なども、もしかしたらあるのかもしれません。他にも黛敏朗が参加していた「若い日本の会」がヌーボーグループのモデルだったのではないか、という説もあるそうです。尚、今回なんとなく考えていることを文字にしてみるに当たってWikipediaの記述を少々参考にいたしました。

 ということで清張が和賀を前衛音楽家としたのは「幼少期、放浪生活を行っており、いわゆる文化格差が深刻だった和賀(本浦秀夫)でも前衛音楽家にはなれるのではないか?」という考え(そうした考えの是非はともかく)によって、そうしただけで和賀が「俗物」と描かれたのも、多くの作品で「俗物批判をしていた清張だったから」にすぎないのではないか。kojitakenらが言うような「前衛音楽批判」ではないのではないか?

*1:京都大学名誉教授。著書『〈バラの騎士〉の夢:リヒャルト・シュトラウスとオペラの変容』(1997年、春秋社→『オペラの終焉』と改題し、2013年、ちくま学芸文庫)、『オペラの運命』(2001年、中公新書)、『西洋音楽史:「クラシック」の黄昏』(2005年、中公新書)、『恋愛哲学者モーツァルト』(2008年、新潮選書→『モーツァルトのオペラ:「愛」の発見』と改題し、2023年、講談社学術文庫)、『音楽の聴き方』(2009年、中公新書)、『西洋音楽史』(2013年、放送大学教材→『西洋音楽史講義』と改題し、2024年、角川ソフィア文庫)、『モーツァルト』(2020年、ちくまプリマー新書)、『音楽の危機:《第九》が歌えなくなった日』(2020年、中公新書)、『クラシック音楽の大疑問』(2024年、角川選書)等。なお片山杜秀慶應義塾大学教授(政治学)で副業として音楽評論家。著書『近代日本の右翼思想』(2007年、講談社選書メチエ)、『未完のファシズム』(2012年、新潮選書)、『「五箇条の誓文」で解く日本史』(2018年、NHK出版新書)、『ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる』(2018年、文春新書)、『革命と戦争のクラシック音楽史』(2019年、NHK出版新書)、『皇国史観』(2020年、文春新書)、『尊皇攘夷:水戸学の四百年』(2021年、新潮選書)、『片山杜秀のクラシック大音楽家15講』(2023年、河出文庫)等。佐倉統は東大教授。著書『現代思想としての環境問題』(1992年、中公新書)、『進化論という考えかた』(2002年、講談社現代新書)、『進化論の挑戦』(2013年、角川ソフィア文庫)等

*2:但し、映画では蔵相に変わっている(砂の器 - Wikipedia参照)。なお、【1】清張が『砂の器』を発表した1960年においては「河野一郎鳩山内閣農林相(1954~1955年)。その後も岸内閣経企庁長官、自民党総務会長(岸総裁時代)、池田内閣建設相、池田、佐藤内閣副総理等の要職を歴任)」「福田赳夫(岸内閣農林相(1959年)。その後も自民党政調会長(池田総裁時代)、幹事長(佐藤総裁時代)、佐藤内閣蔵相、外相、田中内閣蔵相、三木内閣副総理・経企庁長官等を経て首相)」等、「大物政治家の農林相」もいたところ、映画公開時の1974年はそうではないこと、【2】一方、蔵相については、映画が公開された1974年において「池田、佐藤内閣(1962~1965年)の田中蔵相(後に首相)」「佐藤内閣(1965~1966年、1968~1971年)、田中内閣(1973~1974年)の福田蔵相(後に首相)」等、「大物政治家=蔵相」であったことが「農林相→蔵相」への変化ですかね?。

*3:なお、岡田暁生と片山杜秀の対談本『ごまかさないクラシック音楽』(新潮選書, 2023)を読む/ブルックナーはナチスが最後に持ち上げた作曲家だった。佐倉統が片山杜秀のブルックナー論に一矢を報いていた (朝日新聞コメントプラス=24/9/19、有料記事プレゼント) - KJ's Books and Musicは「和賀=黛敏郎説」については触れているが「和賀=武満徹説」、「ヌーボーグループ=実験工房説、『若い日本の会』説」については「そうした説を知らないのか」「知った上でその説を否定しているのか」は理由が何かはともかく触れていません。

*4:平和・民主・革新の日本をめざす全国の会 - Wikipediaによれば一時、全国革新懇代表世話人を務めた。

*5:1903~1985年。英文学者。東大教授、中央大学教授、桃山学院大学教授を歴任。1949年、平和問題談話会に参加し、全面講和を主張。1958年から1976年まで憲法問題研究会に参加し、護憲、反日米安保、反核を主張。沖縄問題への取り組みとして沖縄資料センターを設立、のち法政大学沖縄文化研究所に引き継がれた。著書『私の憲法勉強』(1965年、講談社現代新書→2019年、ちくま学芸文庫)、『シェイクスピアの面白さ』(1967年、新潮選書→2017年、講談社文芸文庫)、『スウィフト考』(1969年、岩波新書)、『英文学夜ばなし』(1971年、新潮選書→1993年、岩波同時代ライブラリー)、『悪人礼賛:中野好夫エッセイ集』(1990年、ちくま文庫)、『伝記文学の面白さ』(1995年、岩波同時代ライブラリー)等(中野好夫 - Wikipedia参照)

*6:一部は志位発言ではなく「対談相手の発言」ですが

*7:面従腹背」という言葉は使っていませんが「その暴圧に抗して、芸術家としての良心を守り抜いた=面従腹背」と言う意味でしょう。

*8:ショスタコーヴィチが1930年から1932年にかけて作曲したオペラ。原作はニコライ・レスコフ(1831~1895年)の同名小説(1864年執筆)。しかし1936年に「プラウダ批判」により上演が禁止されたため、1956年にショスタコーヴィチは『カテリーナ・イズマイロヴァ』という改訂稿を作りあげた。この作品の上演許可は1963年に出され、その年の1月8日に初演された(ムツェンスク郡のマクベス夫人 (オペラ) - Wikipedia参照)

*9:2003年、音楽之友社

*10:1896~1948年。レニングラード党委員会第一書記、ソ連最高会議議長等を歴任。一時期は、スターリンの有力な後継者候補の一人として脚光を浴びていたが、1948年8月31日、モスクワで急死した。

*11:題名はムソルグスキーの諷刺音楽『ラヨーク』にちなんでいる。ソ連の芸術界に吹き荒れた1948年の「ジダーノフ批判」を愚弄するもので、ジダーノフの演説や、スターリンの愛したグルジア民謡「スリコ」が引用され、自国の歴史的な作曲家の氏名さえ正しく発音できない官僚等が短二度音程で「HA!HA!HA!HA!HA!HA!」と槍玉に挙げられている。作曲年代や作曲の意図については不明確なことが多い。遺族やショスタコーヴィチの友人イサーク・グリークマンによると、1948年に着手され、その後1957年から1960年代に改訂されたという。ショスタコーヴィチの生前は、肉親やごく親しい友人の前でしか演奏されなかった。公開初演は、1989年1月12日にムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1927~2007年)の指揮によって行われた(反形式主義的ラヨーク - Wikipedia参照)

*12:東大教授。著書『若者と仕事』(2005年、東京大学出版会)、『多元化する「能力」と日本社会』(2005年、NTT出版)、『「家庭教育」の隘路』(2008年、勁草書房)、『軋む社会:教育・仕事・若者の現在』(2008年、双風舎→2011年、河出文庫)、『教育の職業的意義』(2009年、ちくま新書)、『学校の「空気」』(2011年、岩波書店)、『社会を結びなおす:教育・仕事・家族の連携へ』(2014年、岩波ブックレット)、『もじれる社会:戦後日本型循環モデルを超えて』(2014年、ちくま新書)、『教育は何を評価してきたのか』(2020年、岩波新書)、『「日本」ってどんな国?国際比較データで社会が見えてくる』(2021年、ちくまプリマー新書)等

*13:気候変動問題(温暖化問題)のこと

*14:これについては拙記事新刊紹介:「前衛」2022年1月号(2022年1月1日に追記あり) - bogus-simotukareのブログでコメントしました。

*15:立教大学名誉教授。著書『バロック音楽』(1972年、講談社現代新書→2006年、講談社学術文庫)、『ワインのたのしみ方』(1973年、主婦と生活社→1985年、光文社文庫)、『中世・ルネサンスの音楽』(1977年、講談社現代新書→2009年、講談社学術文庫)、『楽譜の歴史』(1985年、音楽之友社)、『ルネサンスバロック名曲名盤100』(1992年、音楽之友社)、『合唱音楽の歴史(改訂版)』(1998年、全音楽譜出版社)、『洋楽渡来考』(2004年、日本基督教団出版局)、『洋楽渡来考再論』(2014年、日本基督教団出版局)、『キリシタン音楽入門』(2017年、日本基督教団出版局)等

*16:ググったところ、大津のブログBLOG版「ヘンリー・オーツの独り言」がヒットしましたが、特に著書も無いようですし、大津の経歴もよく分かりません。

*17:何故kojitakenが具体名を出さないのか謎ですが、恐らくは「大津同様の無名人揃い」でしょう。

*18:明治学院大学名誉教授。皇室関係の著書として『昭和天皇』(2008年、岩波新書)、『「神々の乱心」を読み解く:松本清張の「遺言」』(2009年、文春新書→後に『松本清張の「遺言」:『昭和史発掘』『神々の乱心』を読み解く』と改題して2018年、文春文庫)、『皇居前広場』(2014年、文春学藝ライブラリー)、『大正天皇』(2015年、朝日文庫)、『「昭和天皇実録」を読む』(2015年、岩波新書)、『皇后考』(2017年、講談社学術文庫)、『〈女帝〉の日本史』(2017年、NHK出版新書)、『平成の終焉:退位と天皇・皇后』(2019年、岩波新書)、『天皇は宗教とどう向き合ってきたか』(2019年、潮新書)、『象徴天皇の実像:「昭和天皇拝謁記」を読む』(2024年、岩波新書)。鉄道関係の著書として『鉄道ひとつばなし』(2003年、講談社現代新書)、『鉄道ひとつばなし2』(2007年、講談社現代新書)、『震災と鉄道』(2011年、朝日新書)、『鉄道ひとつばなし3』(2011年、講談社現代新書)、『「鉄学」概論:車窓から眺める日本近現代史』(2011年、新潮文庫)、『沿線風景』(2013年、講談社文庫)、『思索の源泉としての鉄道』(2014年、講談社現代新書)、『歴史のダイヤグラム:鉄道に見る日本近現代史』(2021年、朝日新書

*19:2019年、NHK出版新書