映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」(2025年7月13日放送)(追記あり)

戦後日本のパンドラの箱――我々は何と戦わねばならないのか?【映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」】(後半ネタバレあり) - タリホーです。
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ネタバレ解説&感想『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』ラストの意味は? 原作との違い、『墓場鬼太郎』との繋がりを考察 | VG+ (バゴプラ)
 上記でかなりネタバレしてはいますが(あえて引用はしません)。
 いくつか簡単に視聴後の感想を書いておきます(かなりネタバレがあります)。
【1】
 映画(2023年公開)は原作者・水木氏(2015年死去)の死後に放送された第6期鬼太郎(2018~2020年)の世界観(映画に出てきた水木*1は6期鬼太郎にも登場するが1~5期には登場しない)を大きく引き継いでおり*2、また、水木原作は存在しない「アニメオリジナルストーリー」です。
 6期以外の「1~5期」とはその分、「相性が悪い」といえるかもしれない。
【2】
 「鬼太郎誕生」と言うタイトルですが、映画冒頭「廃村となった哭倉村に現れる鬼太郎親子&猫娘」「哭倉村を鬼太郎のルーツと考え、鬼太郎親子を追いかける週刊誌記者」が登場しますが、すぐに「昭和31年(1956年)の水木の哭倉村(龍賀一族)訪問」に話が移行します(映画の最後にまた鬼太郎親子と週刊誌記者は登場しますが)。
 話の展開は専ら「行方不明になったゲゲ郎*3(後の目玉おやじ)の妻捜し(そう判断した理由が何かはともかく、妻が哭倉村にいるとゲゲ郎が判断)」「次々起こる謎の連続殺人事件(犯人や動機は何か?)」「水木が訪問した目的の一つである『龍賀製薬の謎の薬Mの秘密』の調査」を中心に進み、当初は「一体、いつ鬼太郎誕生が出てくるのかしら?」とは思います。勿論最終的には「鬼太郎誕生」が出てきますが、それは最終盤です。
 なお、人間ばかりが登場し妖怪はほとんど出てきません。
【3】
 水木を慕い、「村を出たい」と語り、一族の中では比較的まともと思われる「龍賀沙代*4」「長田時弥*5」以外は「連続殺人について、犯人や動機が分からないことから、次は自分ではないかと恐怖を感じても悲しみを表に出すことがない*6」など「あまりまともとは思われず」、かつそのまともな二人が若くして「不幸にも死亡する」辺りは非常に後味が悪いです。まあ、生き残ったとしても、「龍賀家の崩壊」によってかなり辛い人生を歩んだでしょうが。
【4】
 「龍賀時麿*7」「龍賀丙江*8」「長田庚子*9」殺害と次々起こる「謎の連続殺人事件」について犯人が誰か「本格ミステリ的な謎解き」がされるかと思いきや「ゲゲ郎」とつきあうことで、水木に特殊能力が身についたのか、(見たくもないのに)「ある人物(殺人犯人*10)」に「被害者の霊」や「その人物が操る妖怪(狂骨:殺害はこの妖怪によるもの)」が取り憑いてることが水木に見えてしまう(そのことでその人物が犯人と分かる)という落ちでしたね。
 まあ妖怪を操るという「特異能力」による殺人(つまり本格ミステリ的な謎解きがしづらい)なので、ある意味「当然」かもしれませんが。
 但し、水木に分かるのは「犯人が誰か」だけであり犯行動機については犯人自身の口から語られます。
 犯行動機については正直「犯人の自白があるまでは全く分からない」ですね。「龍賀丙江*11」は「龍賀時麿*12」や「長田庚子*13」と違い、「当主争いからは関係なく、毎日酒浸りで、一族からは軽く扱われてる」ので犯人の説明(自白)がないと「殺害動機」は全く予想が付きません。
【5】
 終盤、死亡したはずの龍賀時貞*14が「妖術の使用により長田時弥*15の体を奪って*16復活し」登場したのには驚きましたが、疑問なのは「次々起こる殺人事件」について彼は阻止する気が無かったのか、はたまた阻止できなかったのか、ということですね。その辺り説明がない*17のでよくわかりません。
 彼は「自らが復活したこと」をゲゲ郎や水木の前で自画自賛していましたが、しかし、殺人犯(龍賀一族の一人だが、龍賀の掟を口実に酷い扱いを受けており、一族を深く恨んでいる)の自爆テロ的な攻撃で

【殺害順】
◆龍賀時麿
 時貞の長男、時貞の遺書で当主に就任
◆龍賀丙江
 時貞の次女
◆長田庚子
 時貞の三女、哭倉村の村長・長田幻治の妻、長田時弥(時麿の後の当主)の母
◆龍賀乙米
 時貞の長女
◆長田幻治
 哭倉村の村長。長田庚子の夫

と「時貞以外のほとんどの龍賀一族本家」「龍賀家を支えた村民の多く」が死亡*18しており、その打撃は龍賀一族や龍賀製薬にとって小さいものではないでしょう。
 「自己中心的人物(他者を犠牲にすることに何ら躊躇がない)」として描かれた時貞が「時貞以外のほとんどの龍賀一族本家」「龍賀家を支えた村民の多く」の死亡について「人道的観点」から嘆くことは期待していませんが「功利主義的な意味(龍賀一族や龍賀製薬の繁栄)」でも「嘆いてもおかしくない」と思うのですが。
 なお、妖怪を操ることで多くの人間を殺した犯人が「自分が慕う水木」に自らの犯行を知られたことで絶望し、水木を殺そうとします*19が、その際の殺害方法が「妖怪の利用」ではなく「素手での絞殺」と言う辺りは「なぜ?」ですね。
 妖怪で殺そうと思えば殺せたが、慕っていた水木*20を殺すことに内心では躊躇していたからなのか、はたまた、「妖怪の利用」は「すさまじい恨みがある人間限定」でしかできない(勿論、水木に対してはそこまでの恨みはない)のか。その辺り説明がない*21のでよくわかりません。
【6】
 「時弥の魂を奪う」というおぞましさに当初は衝撃を受けてあまり考えが回りませんでしたが、やはり「時麿の次の当主は時弥」と遺言した時点で「時弥の魂を奪うこと」が前提であって「時麿が殺されて、時弥の当主就任が早まったから急遽奪った」わけではないのでしょうね。一体、何時の時点で体が奪われたのか気になるところです。
 時麿殺害後、ゲゲ郎と時弥が「東京タワーの話」をした時点ではゲゲ郎も「時弥に対して不審は感じてない」ようなのでこの時点では、「魂を奪われてない」のでしょうが。
 なお、「龍賀一族」とはいえ、まだ幼い時弥の体を奪うよりも、既に成人してる龍賀時麿*22、龍賀克典*23などの体を奪い、時弥が成人した時点で彼の体を奪う方が「効率的」な気がしますが、「時貞の妖術をもってしても、時弥のような幼児の魂は奪えても、成人の魂は奪えない」ということなんでしょうか。
 その辺り説明がない*24のでよくわかりません。
【7】
 龍賀克典*25
・龍賀時麿*26を当主とする
・乙女を龍賀製薬会長とし、克典社長よりも上の立場とする
という時貞の遺書に憤慨するシーンが冒頭登場しますが、終盤「歴代龍賀家当主のおぞましい行為(近親性交*27)」「龍賀製薬のおぞましい行為(秘薬Mの製造方法)」を知れば、「時麿や乙女と違い、そうした事実を知らないらしい克典」が当主にも龍賀製薬トップにもなれないことが「ある意味当然」であることがわかってきます。
【8】
 この作品では一番邪悪で危険な存在は「妖怪」ではなく「(妖術を操る能力があるとは言え)人間の時貞」であり、過去の「ゲゲゲの鬼太郎」とは大分テイストが違う話ではあるでしょう。
【9】
 「怪しい男」として捕まり「殺人事件の犯人扱い」で殺されそうになる「ゲゲ郎」を水木が救うシーンが当初ありますが、その後のゲゲ郎の戦闘シーンをみるに「当初のシーンは何だったの?」ですね。当初のシーンでは水木が口出ししなければ本当に殺されそうでしたからね。あれだけ強ければそもそも、捕まらないのではないか。
【10】
ア)「俺はお国のためにこうしてる(「幽霊族を犠牲にした秘薬Mの製造」など)」と自らの私利私欲を「国のため」で正当化する時貞
イ)「国のために玉砕しろ」と「太平洋戦争の戦場」で水木は軍上層部に命じられたが、上層部自身は保身のために玉砕などしない*28
といった描写がありますが、これを「社会派的」に深読みする必要は無いかと思います。 
 「社会派的なフレーバー」程度の代物かと思います。
 仮に「社会批判」の意図があったとしても、あの映画程度の「(娯楽性に配慮した?)ぬるい描写」「微温的な描写」では「ビッグモーターは悪徳企業」レベルの「龍賀製薬(龍賀一族)は邪悪な企業(一族)」程度の感想が普通で、「日本社会批判」まで感じる観客は少ないでしょう。
 イ)から「所詮、この世は金と権力。弱者は強者に踏みつけにされるだけ。自分が一兵卒でなく将校(少尉以上)ならあんな酷い目には恐らくあわなかった」「だからこそ自分も権力者になりたい」と考え「龍賀一族(龍賀製薬)」にすりよることで、「会社(龍賀製薬とつきあいがある帝国血液銀行)」での出世(重役就任)をもくろむ水木が「龍賀一族(龍賀製薬)」、特に「当主だった時貞」の邪悪さに「さすがにここまで非人道的にはなれない」として、時貞と対決するシーンは感動的ではあります。
【11】

【再入村】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を再考察!(ネタバレあり) - タリホーです。
 水木が龍賀の屋敷を訪れ、遺言状の席に立ちあう場面。
 これは他の方のレビュー動画で知ったのだけど、喪中の家に赴いているのに赤色のネクタイをしているというのは不自然だし、見る人によっては不謹慎、或いは龍賀の家に喧嘩を売っているのかと感じる人もいるだろう。
 水木は喪服のネクタイを敢えて赤色にすることで「急いで・慌てて駆け付けた感」を出したとは考えられないだろうか?
(2025.07.15 追記)
 後で知ったが、昔の葬式ではきっちりとした喪服を着ていくと「故人が死ぬのを待って準備していた」と受け取られたようで、平服などあえてきっちりしていない服装で参列するのがマナーという考えがあったようである。なので、水木の赤ネクタイは彼自身の野心家としての計算高さではなく当時の葬儀におけるマナーに則ったものと考えるべきだろう。

 水木のネクタイの色には気づきませんでしたが、面白い指摘ではありますが、個人的には「そういうのはいかがなものか?」と思いますね。
 仮にそうした深読みが正しいとして、見る側にその種の「深読み」を要求する作品は個人的には「独りよがりじゃないの?」感があります。
 しかも制作側から説明がない限り「正しいという保証がない」ですからね。

 親族や分家の乱闘ぶりが国会の強行採決で揉みくちゃになっている議員※2を彷彿とさせるし、地味にこういう所でも日本的な醜悪さが演出されているのと同時に、哭倉村・龍賀一族が単なる集落・一家ではなく国家を象徴しているのだと観客に伝わるようになっているのが巧い

 俺はそんなことは思いつかなかったので、「強行採決」云々とは、随分と深読みするものだ(深読みしすぎじゃね?)というのが感想ですね。
 あの乱闘はもっとシンプルに
1)「龍賀一族が当主の独裁的な組織であること(そして分家など傍流が酷い扱いであること)」「龍賀一族に、親族間の愛情が見られないこと」
2)たった一人に過ぎないとはいえ、水木(部外者)がおり、水木の口から、醜態が外に漏れる恐れがあるのに、あんな乱闘をするとは、水木を「所詮、会社の下っ端サラリーマン。龍賀一族に不利益になることは出来ない」と見下してるのか、いずれにせよ、何とも思ってないらしいこと
をわかりやすく描いただけと思いましたが。
 いずれにせよ、既に上で書いたように「過剰な深読み」を要求する作品を俺個人はあまり評価しません。
【追記その1】
「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけ
 この方(「ゲゲゲの謎」について全否定的)の「ゲゲゲの謎」dis全てに賛同してるわけではないことを「お断りしておきます」し、彼の批判には「俺はそういう描写は好きでない」等の「趣味的な部分もある(論理矛盾があるのでは?、「水木原作の意図に反するのでは?」等ではない)」かと思いますが「確かにそうかもな」と思う部分を書いておきます(「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけに書いてある批判で、俺がここで紹介してないものは賛同してないということです)。「ゲゲゲの謎」ファンにとっては不快な記述ではあるでしょうが(他にも探せばこの種の批判があるのでしょうが今のところ見つけていません。見つかったら紹介したい)。
 なお、

地上波初放送を経て、改めて「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を語る - タリホーです。
 このブログに関しても一部納得のいく指摘もあった※4とはいえ全体的には「木を見て森を見ず」というか、自分の主張・意見に都合の良い情報を取捨選択している印象を受けたので、端的に言って「勝手に吠えてろ」という感じで無視をしようと思っていたのだ。でも、この際だからハッキリ言っておきたい。
 こういった否定論者は殊更6期と「ゲ謎」*29だけにしぼって、そこで描かれているものが水木先生の作風や思想から大きく逸脱していると声高に主張しているけど、
私はこれまで放送された1期から6期、そして劇場版アニメも含めた鬼太郎アニメの中に水木先生の作風や思想を完全に受け継いだものは1つも存在しないと常々考えている。
※4:これに関してはbogus-simotukare さんのブログで要点がまとめられているので、こちら(↓)を読んでいただいた方がわかりやすいかと。

として紹介されました。なお、地上波初放送を経て、改めて「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を語る - タリホーです。が批判してる「一生街」(ブログ最終回) | 「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけについては「該当する水木作品を未読」なのでコメントできません。
【1】
 「ゲゲゲの謎」は「水木原作」がない完全なオリジナルストーリーで、その内容には「ゲゲゲの鬼太郎の過去設定(原作や過去アニメ)」とは違う部分(例:幽霊族の血液に特殊な効能がある(秘薬Mの原料)という設定は「ゲゲゲの謎」オリジナル)、「ゲゲゲの鬼太郎の価値観(例:妖術を身につけてるとは言え人間(裏鬼道衆)が幽霊族より強い。妖怪は人間より強いのが鬼太郎の世界観では?)」とは違うのではないか?と思われる部分が多い。
 賛否両論が出ることは確実(なお、「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけは全否定的です)であり、「やる」としても、原作者「水木氏」の死後(当然、水木氏の了承は得られない)に「生誕100周年記念」と銘打ってやるべき企画だったのか?
 うがった見方をすれば「水木氏の了承が得られるか分からない企画」だからこそ死後にやったようにも見える。
「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけは「生誕100周年記念映画」ではなく、「6期の1作品(アニメは30分なので、映画と同じ時間でやるなら、3回に分けてやることになりますが)」、あるいは「生誕100周年」でない「普通の映画」として「ゲゲゲの謎」を製作すれば、ここまで批判しなかったのかもしれません。
【2】
 過去設定では例えば「墓場鬼太郎」では昭和29年が鬼太郎の生誕と設定されている。
 しかし、「ゲゲゲの謎」(公式設定では「墓場鬼太郎」の前日譚では?)では昭和31年が生誕になっている。過去設定を知らなかったわけではなく*30、恐らく「長田時弥と水木による東京タワーの話(昭和31年着工)」をするために、生誕時期を動かしたのだろうが、3期で鬼太郎の母が「もともとは人間だった(幽霊族の鬼太郎の父と結婚したことで、幽霊族入りした)」と描かれたように、水木作品が原作、アニメによって設定が割と変わることは事実だが、そこは「東京タワーとは別の話」を設定すべきだったのではないか。東京タワーにこだわって、過去設定と違う生誕年にするのは「違う」と思う。「水木氏の過去作品」へのリスペクトがなさすぎるのではないか。
【3】
 近親相姦設定を入れた意味が分からなかった(「近親相姦によって霊力の高い子どもが生まれる」などの説明はなかったと思う)。
 そうした設定を入れたことで「幽霊族を犠牲にしたMの製造」という面のインパクトが薄れたし、「悪趣味」と近親相姦設定に不快感を感じた視聴者も多いのではないか。
 「幽霊族を犠牲にしたMの製造」と言う面(コレが話の本筋では?)を前面に出すためにも近親相姦設定は不要だったのではないか。
【4】 

「ゲゲゲの謎」パクリまとめに「きらきらひかる2」追加 | 「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけ2025.5.2
 京極先生は「ゲゲゲの謎」を「(ボーガス注:鬼太郎としては評価するが)ミステリとしては穴だらけ」と評価されました。
 京極先生の作品にも榎木津礼次郎という他人の記憶が見える力を持った名探偵が出てきます。
 こうした超能力ミステリにおいて超能力は単なるヒントでしかありません。
 「ゲゲゲの謎」のように「悪霊が憑いてるから犯人がわかった」はあまりに雑でお粗末すぎます。

 まあ「ゲゲゲの謎は本格ミステリではない」といえばそうなのでしょうが、俺個人も「犯人特定はミステリ的な謎解きじゃないのか?」という「がっかり感」は多少ありました。

「ゲゲゲの謎」パクリまとめに「きらきらひかる2」追加 | 「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけ2025.5.2
 悪霊のせいで犯人を見抜く役を水木青年にしてしまったことでさらなる致命的な矛盾が生じています。
 (ボーガス注:もともとは平凡な会社員でしかなく、ゲゲ郎と交遊したことで)昨日今日霊感に目覚めた人間(ボーガス注:水木)にすら見えた(ボーガス注:犯人にとりつく被害者の)怨霊が本物の妖怪のゲゲ郎*31や(ボーガス注:長田幻治をリーダーとする)退魔師達*32に見えていなかったのか。
 (ボーガス注:映画の主人公である)水木青年に花を持たせたかったのでしょうがそのせいで整合性がめちゃくちゃです。

 確かに「鬼道の相当の使い手」らしい長田幻治(幽霊族であり、かなりの戦闘能力があるゲゲ郎に、鬼道によって肉体的ダメージを与えて、身柄確保する)が、「犯人にとりついている被害者の霊や犯人が操る妖怪(狂骨)」に全く気づいてないらしい*33のに「いかにゲゲ郎との交遊で特殊能力が目覚めた」にしても、長田ほどの能力があるとは思えない水木が気づくというのは「ゲゲゲの謎」パクリまとめに「きらきらひかる2」追加 | 「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけが指摘するように「主人公の水木に見せ場を作るため」に犯してしまった「論理矛盾」のような気はします。
【5】
 「話の本筋ではない」とはいえ、喪中の家なのに、水木のネクタイの赤色は明らかに不自然。
 「無礼」として龍賀家から訪問を拒否されても文句が言えないのではないか。

【再入村】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を再考察!(ネタバレあり) - タリホーです。
 水木が龍賀の屋敷を訪れ、遺言状の席に立ちあう場面。
 これは他の方のレビュー動画で知ったのだけど、喪中の家に赴いているのに赤色のネクタイをしているというのは不自然だし、見る人によっては不謹慎、或いは龍賀の家に喧嘩を売っているのかと感じる人もいるだろう。
 水木は喪服のネクタイを敢えて赤色にすることで「急いで・慌てて駆け付けた感」を出したとは考えられないだろうか?
(2025.07.15 追記)
 後で知ったが、昔の葬式ではきっちりとした喪服を着ていくと「故人が死ぬのを待って準備していた」と受け取られたようで、平服などあえてきっちりしていない服装で参列するのがマナーという考えがあったようである。なので、水木の赤ネクタイは彼自身の野心家としての計算高さではなく当時の葬儀におけるマナーに則ったものと考えるべきだろう。

などと「何らかの理由があった(制作のミスでも、水木のミスでもない)」と深読みするファンもいるが、そもそも「その深読みが正しいか分からない(映画内での説明もなければ、公式も水木の赤ネクタイについて未だ何の説明もしてないと思う)」し、仮に深読みが正しいとしても、視聴者に「何で喪中の家に赤のネクタイで行くんだ?」「制作者側のミスか?。それとも水木とはそんなミスを犯す非常識な人間なのか?(仮に何か理由があるにしても、赤色ネクタイの理由は何ら映画内で説明されないのだから、そのように思われても不思議ではない)」と思わせてしまう時点で、「作りが甘い」のではないか?
【6】
 ゲゲ郎によれば都会で人間界に溶け込んでいた(人間を装って人間界で働いていた)、そしてだからこそ人間を愛していた、という「鬼太郎の母」が何故に龍賀一族にあんな目に遭わされたのか、詳しい説明がないので唐突すぎて理解に苦しむ。
 都会に住んでいた彼女をわざわざ龍賀一族が見つけ出し拉致したのか?。仮にそうだとして、その際になぜゲゲ郎は拉致されなかったのか。
【7】
 「昭和31年の事件」は、やたら人が死ぬ殺伐とした話なので「途中退場した」とはいえ、ユーモラスな印象を与えるねずみ男が登場したのは「殺伐さを軽減する効果」があって良かった。
 一方で「現代の廃村となった哭倉村」において、鬼太郎親子はともかく猫娘を登場させる意味があったのか疑問に思う。
 猫娘にはユーモラスな印象を与えるねずみ男のような「殺伐さを軽減する効果」はない。
 「昭和31年の事件」には彼女は「ねずみ男」と違い、脇役の形でも関与していない(むしろ登場させるなら、「昭和31年の事件」に関わりがあるねずみ男ではないのか)。哭倉村において彼女から目立った発言があるわけでもないし、猫娘の戦闘シーンもない。
 「6期鬼太郎のヒロインだから出した」というなら「違う」と思う。
【8】
 あまりにも話を「犬神家の一族」に寄せすぎではないか(勿論、著作権侵害に該当するレベルではないが)。「横溝正史生誕記念」ではないので「モヤモヤ感」がある。
【追記その2】
地上波初放送を経て、改めて「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を語る - タリホーです。

 当然ながら低評価を下した意見もチラホラあって「横溝正史の諸作品を模倣した程度の作品」だとか「(ボーガス注:興味を引くために、近親相姦や残虐描写など)いたずらにエグい描写を盛り込んだ、およそ水木しげるの作風にそぐわない駄作」といった感じで酷評をしている方も見かけた。

 俺が偶然見つけた「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけはその一例ですね(他にも探せばこの種の批判があるのでしょうが今のところ見つけていません。見つかったら紹介したい)。

 遺言状で揉め合う一族・故人が黒幕・近親相姦など大まかなプロットは横溝正史の諸作品から得たアイデアを盛り込んでいる。

 遺言状は「犬神家の一族(原作は犬神製糸だが、市川崑映画は犬神製薬で、恐らく龍賀製薬の元ネタ。但し殺人が遺産目当てである犬神と違い、ゲゲゲの謎での殺人は龍賀家の後継者問題とは関係ない)」、「故人が黒幕」は「獄門島」、近親相姦は「悪魔が来たりて笛を吹く」ですかね。この辺りも「横溝小説に寄せすぎ」として批判する人間もいるでしょう。

 本作の場合は人間によって絶滅の危機に遭いながらも鬼太郎の両親を助けようと動き、後に鬼太郎を育てた水木に対する恩返しが人助けの動機として描かれている。人間の愚かさを肌身で知りつつも、必ずしも人間全てが愚かで醜い存在ではないという希望、そういった人間の善性に報いるのが6期鬼太郎のヒーローとしての在り方だということを提示したのが本作の美点だと私は評価している。

 但し「みつなが氏のX」や「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけが指摘しているところですが6期鬼太郎って「3期(かなりの熱血漢)」等と比べると「人間への態度」が冷めてるんですよね。
 「歴代ゲゲゲ」で放送された「6期3話」でも「犬山まな」に対する態度は「3期での天童夢子」等と違って、クールですし。
 その辺り鬼太郎を育てた水木に対する恩返しとは「映画の後付け設定」で6期での「クールな態度」との整合性がとれてないんじゃないの?、というみつなが氏のX「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけの指摘(うろ覚えなので引用できませんが)には共感しますね。

 本作は数々の伏線や小ネタを拾い考察していく楽しさがあるのだが、あまりそういうことに頭を使いたくない人は本作を好意的に評価していない。本編で直接描写されたり言及されていない外部の情報や知識を知っていないといけないというのは制作側の独善・怠慢であり、一つの作品として成立させる以上、全ての情報を作中に盛り込み必要以上の考察をさせるべきではないという考えだろう。

 まあ俺もどちらかというと一つの作品として成立させる以上、全ての情報を作中に盛り込み必要以上の考察をさせるべきではないという価値観ですね。
 なお、コメント欄の指摘にも触れておきます。

地上波初放送を経て、改めて「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を語る - タリホーです。
タリホー (id:sshorii10281)
>水木先生の鬼太郎における思想や作風について個人的な考えを述べると、誤解を恐れずに言えば水木先生ご自身もそういうのはそれほど深く考えてなかったんじゃないかなあと思います。正直同じ原作でですら細かな設定もコロコロ変わるし散々擦られてますが「売れればオーケー」的な考えをお持ちだったようですし

 確かに晩年期の水木先生はそういうスタンスだったのですが、鬼太郎3期が放送されていた頃は改変については結構色々言っていたみたいで、以前Twitter のスペースでデータ原口氏が語っていた話によると3期で(ボーガス注:3期オリジナルキャラの)ユメコちゃんを登場させたことに対して(ボーガス注:後の寛容さとは違い、当初は)(意外にも)水木先生はかなり憤慨していたらしいです。なので当初から原作改変に寛容だった訳ではないみたいですし、(ボーガス注:アニメが人気であることなどから)徐々に寛容になって「まぁ自分の作品が売れるのだから良いか」と思うようになったのではないでしょうか?

 興味深い指摘として紹介しておきます。

みつなが
◆(ボーガス注:救いのない6期と違い、鬼太郎誕生や水木が出世主義を捨て、心を入れ替えたという?)まだ救いのある終わり方してたのも良かったんだよなあ、ゲ謎
◆ゲ謎の露悪的な部分は6期と同じではあるけど舞台が(ボーガス注:昭和31年の田舎村で)現代じゃないからまだフィクションとして受け止められることもあって個人的にはあまり気にならないのかなあと思った。それに「現代パート」に出てきた記者が(ボーガス注:当初は単なるスキャンダリズムだったが、鬼太郎親子から、昭和31年の深刻な話を聞いて)心を入れ替えてた辺りは6期ではまず見ない良心的なキャラの変化だったから非常に良かった
◆同じようにゲ謎は好きだけど6期は無理って人がいるようで良かった。すごく安心した
◆逆に6期しか受け付けないみたいな人もいるんだろうか。あのキャラデが好きで6期見てるって人が多分該当するんじゃないかなって思うけどどうなんだろう。そういう人は他シリーズ見るのかなりしんどいと思う
◆沢城くんが正論BOTと言われて笑ってしまった。戦闘中だけ急に喋り出すし主張しだすからあれ?、こんな子だったかな?、って思っちゃうんだよな。(ボーガス注:目玉おやじと水木の)あの2人が必死で守った未来がコレか……っていうのもものすごくわかる

*1:原作者「水木氏」と同姓だが、「漫画家ではない」「左腕がある(原作者・水木氏は戦争で左腕を切断)」など、別人設定。原作者「水木氏」との共通点は恐らく「戦争体験」くらいしかない。

*2:映画内において鬼太郎(沢城みゆき)、目玉おやじ野沢雅子)、猫娘庄司宇芽香)、ねずみ男古川登志夫)は6期の声優と同じです。また、「6期鬼太郎で演じた役とは全く違う役」ですが、6期ファンへのファンサービスの意図なのか、「飛田展男(6期鬼太郎では吸血鬼ラ・セーヌ、「ゲゲゲの謎」では龍賀時麿)」「皆口裕子(6期鬼太郎ではヒロイン犬山まなの母・犬山純子、「ゲゲゲの謎」では龍賀丙江)」といった「6期鬼太郎声優」が「ゲゲゲの謎」に出演しています(勿論一方で6期鬼太郎と全く関係ない声優も出演している)。

*3:なお、「ゲゲ郎」は水木がつけたあだ名であり、最後まで目玉おやじの「本当の名前」は謎です。水木を「友人」というならせめて水木限定でも「名前ぐらい言ってもいいのに」と思いますが。

*4:龍賀時貞の長女・乙女の娘

*5:龍賀時貞の三女・庚子と哭倉村の村長・長田幻治の息子

*6:悲しみをこらえてるのではなく、そもそも肉親への愛情を持たず、悲しみを感じてないような様子

*7:時貞の長男、時貞の遺書で当主に就任

*8:時貞の次女

*9:時貞の三女、哭倉村の村長・長田幻治の妻、長田時弥(時麿の後の当主)の母

*10:ネタバレ解説&感想『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』ラストの意味は? 原作との違い、『墓場鬼太郎』との繋がりを考察 | VG+ (バゴプラ)などで誰が犯人か分かりますが、あえてここには書きません。

*11:時貞の次女

*12:時貞の長男、時貞の遺書で当主に就任

*13:時貞の三女、哭倉村の村長・長田幻治の妻、長田時弥(時麿の後の当主)の母

*14:時貞が「妖怪(凶骨)」を操る道具(髑髏)を、水木が破壊したことで、凶骨が暴走し、時貞をかみ殺す(但しかみ殺された時貞は凶骨によって謎の球体(【再入村】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を再考察!(ネタバレあり) - タリホーです。は「時貞ボール」と表現)と化し、意識はずっと残り続けるらしい)。その後、凶骨は暴走し、龍賀克典(龍賀製薬社長、時貞の長女・乙女の夫)など多くの龍賀一族、村民が殺される(その結果の廃村か?)。なお、克典は善人として描かれてない(一族支配を狙い、時麿(時貞の長男)の死も悲しんでいない)し、「龍賀製薬社長」として利益を得ていたとはいえ、時麿(時貞の長男)、乙女(時貞の長女、克典の妻)らと違い「歴代龍賀家当主のおぞましい行為(近親性交)」「龍賀製薬のおぞましい行為(秘薬Mの製造方法)」については無知で関与していない(時麿らほどの人でなしではない)ため、その死には「龍賀沙代(龍賀時貞の長女・乙女の娘)」「長田時弥(龍賀時貞の三女・庚子と哭倉村の村長・長田幻治の息子)」の死と同様に「可哀想」という感がします。

*15:龍賀時貞の三女・庚子と哭倉村の村長・長田幻治の息子

*16:その結果として時弥は当然死亡する。

*17:見落としたわけではなく、なかったと思います

*18:ということで、「水木とゲゲ郎、ねずみ男以外の人間」がやたらと死ぬ(しかも斬殺、刺殺、撲殺など血みどろの死に方)ので、正直後味は良くありません。

*19:勿論失敗しますが

*20:水木が立派な人間であるというよりは、龍賀一族があまりにも酷い人間ばかりで、一族に比べればずっと良識人である水木を慕わずには居られなかった(そして水木の力を借りて村を出たかった)という感じです。

*21:見落としたわけではなく、なかったと思います

*22:時貞の長男。遺言書で当主に就任

*23:龍賀製薬社長、時貞の長女・乙女の夫

*24:見落としたわけではなく、なかったと思います

*25:龍賀製薬社長、時貞の長女・乙女の夫

*26:時貞の長男

*27:近親性交については最近拙記事阿部恭子『近親性交:語られざる家族の闇』(2025年、小学館新書)(2025年6月28日記載)(注:『悪魔が来りて笛を吹く』のネタバレあり) - bogus-simotukareのブログで取り上げました。

*28:但し、非常にあっさりと描かれてるので、予備知識が無いとあまり印象に残らないのではないか。

*29:【1】1~5期(5期が2007~2009年)までは水木氏存命時の作品(水木氏は2015年死去)だが、6期(2018~2020年)と「ゲ謎」(2023年)は死後作品(水木氏が存命だとしてどういう態度を取ったか分からない:批判派は「賛同しなかったのではないか」と疑問視)、【2】「妖怪が人間に殺される」など従来の鬼太郎とはかなりカラーが違うことなどで一部ファンからの厳しい批判がある。但し6期(全97話)は様々な脚本家、監督等による、様々なテイストの作品がある(「ゲゲゲの謎」の監督「古賀豪氏」、脚本家「吉野弘幸氏」の作品「まくら返しと幻の夢(6期第14話)」「まぼろしの汽車(6期第93話)」(ゲゲゲの鬼太郎 (テレビアニメ第6シリーズ) - Wikipedia参照)もあるが、それ以外の脚本家、監督作品も勿論ある)ため「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけは「6期」については「ゲゲゲの謎」よりは肯定的評価のようです(それでも5期以前よりは低い評価のようですが)。

*30:但し公式が説明しないので「過去設定をそもそも知らなかった」というお粗末な可能性も全否定は出来ないように思います。

*31:ゲゲ郎に見えていなかったかどうか(確かにゲゲ郎は指摘はしませんが、見えていたが、あえて指摘しなかったと解釈する余地は一応あるのではないか)はともかく、犯人を名指しする「水木発言」に対する驚きを見ると長田が見えてなかったのは確かでしょう。というか見えていたら、彼が仕える龍賀乙女に報告していたでしょう(報告しない理由があると思えない)。そして報告があれば「水木発言」があるまで犯人を龍賀乙女が野放しで放置することもないでしょう。

*32:原文のまま。彼らを退魔師と呼ぶべきか、何と呼ぶべきかはともかく、筆者が言いたいことは分かるかと思います。

*33:「しつこく繰り返しますが」犯人を名指しする「水木発言」に対する驚きを見ると長田が見えてなかったのは確かでしょう。というか見えていたら、彼が仕える龍賀乙女に報告していたでしょう(報告しない理由があると思えない)。そして報告があれば「水木発言」があるまで犯人を龍賀乙女が野放しで放置することもないでしょう。