<主張>中国資本土地買収 安保上の脅威に規制急げ 社説 - 産経ニュース
「反中国」産経が「安保上の脅威」と勝手に決めつけるだけでまともな根拠は何もない。こうしたデマ報道が排外主義を助長し、参政党への支持につながってる面もあるかと思うと産経への怒りを禁じ得ません。
日本国籍男性を台湾が退去処分に 台北で「台湾は中国」動画撮影 | 毎日新聞
蒋介石独裁時代ならともかく、その程度で強制退去かと呆れます。
是非はともかく、その程度は「表現の自由」として許容するのが「まともな民主主義国家、自由主義国家」ではないのか。
こんな無茶苦茶は「賴清徳*1が総統だから(賴清徳が『反中国は正義』であり、そのためなら反自由主義、反民主主義的な振る舞いも許されると思うアホだから)」なのか、「民進党が与党だから(民進党が『反中国は正義』であり、そのためなら反自由主義、反民主主義的な振る舞いも許されると思うアホだから)」なのか、はたまた「国民党が与党でもこうなる(国民党も『反中国は正義』であり、そのためなら反自由主義、反民主主義的な振る舞いも許されると思うアホ)」のか。
個人的には「賴清徳が総統だから(賴清徳がアホだから)」であり、奴が総統を辞めて新しい総統が民進党から出るか、国民党に政権交代すればこんな無茶苦茶は無くなると思いたいところです。とはいえ、「しばらくは総統は賴清徳であること」は頭が痛いですが。
<主張>中国SNSの動画 昭和天皇侮辱に抗議する 社説 - 産経ニュース
普段、中国の言論取締まりを言論抑圧と批判しながら、今回は取り締まりを求めるとは全くデタラメです。産経の態度が単に「俺(産経)の支持する主張は自由であるべきだが、支持しない主張は取り締まれ」というご都合主義でしかないことが露呈されています。
勿論「人間のクズ」だからといって「どんな侮辱をしてもいいわけではない」ですが、俺は敬愛などしておらず、むしろ、「条件付き降伏したい(退位や戦犯処罰などされず戦後も在位したい)という保身から、敗色濃厚になっても、早期降伏せず、多くの人間を死なせながら退位すらしなかった昭和天皇」については「人間のクズ」として軽蔑しています(これについては例えば昭和天皇のクズ発言・クズ行動一覧 | ガラパゴス速報参照)。まあ、産経は「俺のような人間」は「反日」「非国民」といって敵視するのでしょうが。
言ってることが意味不明です。何で「立憲君主」だと戦争責任がないのか?。
「立憲君主*3だと内閣や軍の決めたことに従わざるを得ない」という戦後の昭和天皇の弁明は嘘八百であり、「張作霖爆殺事件での、昭和天皇の田中*4首相叱責*5による田中内閣崩壊(天皇の信頼を失ったことで政権維持ができなくなったと田中が判断)」
多田駿 - Wikipedia参照
阿部*6内閣の組閣時(1939年8月)、多田駿*7(当時、第3軍司令官)は陸軍三長官会議(当時の三長官は板垣征四郎*8陸軍大臣(平沼内閣)、閑院宮載仁参謀総長(皇族)、西尾寿造*9陸軍教育総監)で陸相候補に決定した。しかし、昭和天皇から「陸相には畑(俊六)*10(以前、侍従武官長を務め昭和天皇の信頼が厚かった)か梅津(美治郎)*11(226事件後に、陸軍次官として皇道派を予備役編入する粛清人事に力を振るったため、皇道派嫌いの昭和天皇の信頼が厚かった)を」との意思表明があった。結局、陸軍三長官会議のやり直しにより、陸相候補は畑となったため、多田陸相は実現しなかった。なお、陸軍三長官会議で決定した陸相候補が覆されたのは、多田の事例が最初で最後であった
などで分かるように昭和天皇は「国家元首」「大元帥(軍司令官)」として内閣や軍に様々な政治的命令を下していました。
昭和天皇が「国家元首」「大元帥(軍司令官)」として戦争を実行したのだから戦争責任は当然あります。東京裁判で訴追されなかったのは単に「天皇として在位させた方が政治的利用価値がある」「全てを東条英機*12首相(太平洋戦争開戦当時の首相)など部下の暴走ということにしよう」と判断した米国の「政治判断」にすぎません。
*3:そもそも立憲君主といっても政治権限のない「英国、オランダの国王」などと「国家元首、大元帥(軍最高司令官)である戦前日本の天皇」は同一視できません。
*5:当初、犯行実行者の河本大作を処罰すると報告したものの、陸軍の抵抗に遭い、処罰しなかったため。なお、「ポスト田中」の「浜口首相」が河本を処罰しなくても昭和天皇は問題視しなかったため、天皇が問題にしたのは「報告を撤回したこと(田中はいい加減な気持ちで天皇に報告してるのでは無いか、あるいは田中は陸軍をきちんとコントロールできないのかと言うこと)」であって、河本を処罰しなかったことではない。当初から田中が「河本は処分しない」と報告していれば天皇の叱責はなく田中内閣は崩壊しなかったと見られる。なお、昭和天皇はこれ以前から水野文相優諚問題 - Wikipedia (田中首相の意向で、天皇が辞意を表明した水野文相に対し優諚(慰留の発言)をしたが、かえって「天皇の政治利用」との野党の批判を田中が浴び、水野は文相を辞任。天皇は「田中の言うとおりにしたらかえって事態がまずくなった」と田中に憤慨)等で田中首相の政治能力に疑念を抱いており、それが「張作霖爆殺事件での報告撤回」でついに「不信任表明」と言う形で爆発したとみられる。
*6:陸軍省軍務局長、陸軍次官、台湾軍司令官、首相、朝鮮総督等を歴任
*7:支那駐屯軍司令官、参謀次長、第3軍司令官、北支那方面軍司令官等を歴任
*8:関東軍高級参謀として満州事変に関与。その後、関東軍参謀長、第一次近衛、平沼内閣陸軍大臣、朝鮮軍司令官、第7方面軍司令官(シンガポール)等を歴任。戦後、死刑判決。後に靖国に合祀
*9:参謀本部第4部長、関東軍参謀長、参謀次長、近衛師団長、陸軍教育総監、支那派遣軍総司令官等を歴任
*10:参謀本部第4部長、第1部長、陸軍航空本部長、台湾軍司令官、陸軍教育総監、中支那派遣軍司令官、侍従武官長、阿部、米内内閣陸軍大臣、支那派遣軍総司令官等を歴任。戦後、終身刑判決を受けるが後に仮釈放
*11:支那駐屯軍司令官、陸軍次官、関東軍司令官、参謀総長等を歴任。戦後、終身刑判決を受け服役中に病死。後に靖国に合祀
*12:関東憲兵隊司令官、関東軍参謀長、陸軍次官、陸軍航空総監、第二次、第三次近衛内閣陸軍大臣、首相等を歴任。戦後、死刑判決。後に靖国に合祀