高市早苗自維N政権を打倒するためには「玉木分派」を除いた民民から共産までが「共闘」するしかないのではないか - kojitakenの日記
以前も書きましたが
「頭と性格の悪い」kojitakenに悪口する(2025年10/26分)(副題:宮城県知事選で参政候補が善戦したことに愕然とするが、6選とはいえ現職当選を喜ぶ、ほか) - bogus-simotukareのブログ参照
◆党首(玉木)と幹事長(榛葉)の何処が分派なのか?。しかも結党当初からの党首(党創設者)が玉木なのですが。
党創設者を分派呼ばわりとは「id:kojitakenとレバ子(類友)」が意味不明すぎて頭痛がします。
◆第一に玉木が代表を、榛葉が幹事長を辞める可能性は当面ないでしょう。
第二に玉木が代表を、榛葉が幹事長を辞めれば、「スパイ防止法制定」等の極右主張など「問題のある主張」を国民民主党が辞めて、まともになる保証がどこにあるのか?。どこにもないでしょう。
分派とか意味不明なことを言ってないで、「国民民主党は誰が党首だろうがウヨ政党」「分派など存在しない」と認めたらどうなんですかね?。そもそも「玉木や榛葉が分派」云々というならkojitakenや類友「レバ子」にとって「国民民主党の本流(非分派)」とは誰なのか?。国民民主党所属の国会議員や地方議員の誰がそれにあたるのか、名前を出してみろという話です。
ですね。
今回の記事に寄れば
高市早苗自維N政権を打倒するためには「玉木分派」を除いた民民から共産までが「共闘」するしかないのではないか - kojitakenの日記
民民の場合は支持層の8割くらいは玉木・榛葉の「分派」の方
だそうですから、なおさら「そんなに多数派なのに何が分派なのか?」と全く意味不明です。かつそんなに多数派なら「玉木分派を除く国民民主との共闘」などまず無理でしょうし、共闘したところで「国民民主のたった2割」ではどれほどの意味があるのか?
ついでに言えば「玉木分派を除いた国民民主」とはkojitakenはどういう状況を想定しているのか。
1)国民民主党が玉木を代表から、榛葉を幹事長から引きずり下ろすなど、国民民主執行部が「玉木分派を除いた集団」に刷新
2)「玉木分派を除いた集団」が
・西尾末広*1が社会党を離党し民社党を結成
・江田三郎*2が社会党を離党し社民連を結党
・矢田部理が社会党を離党し新社会党を結党
・(最終的には立民入りしたものの)小沢一郎*3が民主党を離党し、『国民の生活が第一』を結党
・(最終的には維新入りしたものの)前原*4が国民民主を離党し、無償会を結党
などの「国民民主党を離党」及び「新党を結成」か?
のいずれかか。いずれにせよ、そんな状況は起こりそうにないですが。
いずれにせよkojitakenだけでなく「阿部治平」「紙屋研究所(神谷貴行)」「広原盛明」「松竹伸幸」「宮武嶺」などにも共通することですが彼らが滑稽なのは
1)大言壮語したところで、「口舌の徒」でしかなく「リアルの政治活動」をしているわけではない。勿論「政治活動の同志」などいない
→せいぜい「ブログ仲間(口舌の徒)」しかいない
2)しかも「口舌の徒」としても世間に評価されておらず、社会的影響皆無
という点でしょう。
だからこそ「大言壮語したところ」でそれは
1)「俺は、俺たちはこうする」という主体的なものではなく「野党(立民、共産など)はこうしろ」という他力本願な代物でしかなく
2)しかも世間に評価されてないのでそんなことを言っても野党どころかマスコミなどにも相手にされない
惨状をさらすわけです。
彼らが悪口する野党各党の方が「リアルな政治活動をし、一定の影響力も持つ」という意味でずっと「マシ」でしょう。
勿論、俺も彼ら同様に「社会的影響力は皆無」「リアルな政治活動はしてない口舌の徒」にすぎませんが、だからこそ彼らのように「大言壮語すること」は避けたいし、「共産党ほどの影響力も無い自分らを棚上げして共産に悪口する」彼らのように「共産党に悪口雑言」することもしたくない。「大言壮語」はともかく「共産への悪口」などしない理由の一つは「それ」です。
勿論最も大きな理由は「俺が共産支持で、細かい部分はともかく、党の大きな方向性(神谷や松竹が『国民民主を敵視するな』として反対する、反動ブロック批判も大筋では賛同)については批判がないから」ですが。
おそらく、公明党が連立から離脱して最初の選挙になるであろう次の衆院選では、公明票は自民票には乗らないどころか、自民候補に対立する一番手の候補に票が乗ることになると思います。
今回の宮城県知事選結果を見ればとてもそうは言えないと思いますけどね。
公明支持層の6割は「自民系候補の現職」に投票しました。
勿論「参政候補にはまともな常識があれば投票できない」「立民系候補はマスコミ事前報道で苦戦(現職、参政に次ぐ3位)が予想されていた」点は考慮すべきでしょうが、それにしても「現職6割」は「公明支持層の多く」が未だ「自民への思い入れ」を有しているとみなすべきでしょう。
実際、現時点において「連立離脱」は公明支持層の多くに「一応支持されている」ようですが、とはいえ「公明の自民批判」など「他野党(立民、共産、社民など)に比べればぬるいもの」でしょう。
俺は公明や支持層に対してkojitakenほど肯定的な評価はしていません。そんな評価ができる材料がどこにあるのか。
2024年衆院選(東京15区)で「自民候補に公明票があまり集まらなかった」のは単に「東京15区の特殊事情(自民のタマが悪かったなど)」に過ぎないでしょう。一般論として主張できる話ではない。
自公政権が崩壊した現在、「反動ブロック対決」と「議員定数削減阻止一点共闘」は両立するか、自維政権にどう立ち向かうか(1)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その77) - 広原盛明のつれづれ日記
「議員定数削減阻止=抗日戦争」に見立て、国民民主や公明とも「一点共同=国共合作」する以外に方法はない。
「自民党政治を根本から変える改革を推進し、極右・排外主義とのたたかいを断固として進めることができるのは、日本共産党を措いて他にない」といった前衛党ばりの大言壮語を続けていれば、共産は他党から孤立して滅んでいくしかない。自らの力量を謙虚に振り返り、それにふさわしい態度と行動を打ち出すことが、この危機を乗り切る唯一の道であることを銘記したい。
広原記事の一部引用です。
過去には「共産が泉健太*5を野党共闘候補の一人として選挙支援したこと(共産候補の擁立も当然自粛したこと)」すら「ウヨの泉を支援するのか」と因縁つけた広原が「泉と比べても右寄り、自民寄りの公明(自民と26年も連立政権)、国民民主」に随分と甘いもんです。
「お前ら(広原やid:kojitaken)は共産のすること(以前の泉支援、現在の国民民主、公明批判)に逆張りしたいだけ、因縁つけたいだけの、ただの反共分子じゃねえのか?」ですが、それはさておき。
「議員定数削減阻止」レベルなら共闘できるかもしれない。
しかし『それ以外に何で共闘するんですか?。令和7年10月24日 第219回国会における高市内閣総理大臣所信表明演説 | 総理の演説・記者会見など | 首相官邸ホームページで演説された「軍拡(対GDP比2%)」に反対ですか?。それとも「安保三文書の改定」に反対ですか?。スパイ防止法制定に反対ですか?。諜報機関・国家情報局(仮称)新設に反対ですか?。「次世代革新炉(新型原発)の推進」に反対ですか?』ですね(公明はともかく、自民補完勢力・国民民主は恐らくいずれも反対しないでむしろ賛成でしょうし、公明も反対するかどうかは疑問符がつきます)。
広原もkojitakenもその点についてはまともな議論は展開できないようです。
「定数削減阻止」レベルの共闘など、無価値とまでは言いませんが、「広原やkojitakenが言うほどの意義は無い」でしょう。
なお、共産が「前衛党ばりの大言壮語(広原)」をしている事実など何処にもないでしょう。
反動的動きに抗する共同を/田村委員長、社民・福島党首と会談/議員定数削減反対でも一致
日本共産党の田村智子委員長は17日、国会内で、社民党の福島瑞穂党首と会談し、大軍拡や改憲など反動的な動きに立ち向かい、憲法や暮らし、平和を守る共同をつくるために力を合わせていくことを確認しました。
国会内から共同広げよう/社民党交流の夕べ 田村委員長、小池書記局長が出席
田村氏は来賓あいさつで祝意を伝えるとともに、17日に福島瑞穂党首ら社民党役員と会談し、高市政権のもとでの大軍拡や改憲など反動的な動きに立ち向かい共同を広げようと確認したことを紹介。
でわかるように例えば「排外主義批判での共闘」を社民党と合意もしている。
この合意は「少なくとも建前」では「共産が社民を指導する」などという上から目線ではなく「対等な物」であり「前衛党ばりの大言壮語」などという広原の共産誹謗に全く反する事実です。
共産は「排外主義批判」を行い「参政は排外主義を批判するどころか扇動している」「他党の多く(特に自民や、「自民補完勢力」と共産が評価する維新や国民民主)は排外主義批判が弱い」としているものの、それは「共産こそが排外主義と戦える唯一の政党」などという「大言壮語(広原)」とは違うし、「他党の多くは排外主義批判が弱い」はそもそも「全くの事実」ではないのか?
むしろ「広原やkojitakenの方」こそ「社会的影響力も人望も、知的能力(というか政治センス?)も何もないくせに、少数の類友(kojitakenの場合、例えば宮武嶺)にしか相手にされてないくせに、大言壮語する、身の程知らずの夜郎自大、井の中の蛙」でしょう。
なお話が脱線しますが、国共合作では以下の事件が1941年に発生してます。この事件を取り上げた三好章*6『摩擦と合作:新四軍1937*7~1941』(2003年、創土社)という研究書もあるようです。勿論(?)俺は未読ですが。
皖南事変 - Wikipedia参照
中国安徽省で起こった中国国民党軍(国民革命軍)と中国共産党軍(新四軍)の武力衝突。
1941年1月4日、葉挺*8指揮下の新四軍9000名の部隊は安徽省南部茂林を移動中、国民党軍8万人に包囲され、7日間の戦闘の結果、2000名が脱出に成功するが、2000人以上が戦死、4000人余が捕虜となった。軍長・葉挺は身柄を国民党軍に拘束(後に解放)され、副軍長・項英は部下・劉厚總の裏切りによって殺された。
事変後、中国共産党は壊滅した新四軍を再編して軍長代理に陳毅*9を派遣、政治局員に劉少奇*10を選任した。
この事件を中国共産党は「国民党による反共クーデター」と宣伝し、国民党を非難した。ただし、少なくとも形式上は国共合作を放棄していない。
一部の日本人(広原やkojitakenもその一人?)が思うほど国共合作とは「仲良しこよしの関係」ではありませんでした。
日本敗戦後に「国共合作が崩壊した」訳では必ずしもない。対日戦争中も国共合作は「どこまで合作が成果を上げているか」怪しい代物でした。
自公政権が崩壊した現在、「反動ブロック対決」と「議員定数削減阻止一点共闘」は両立するか、自維政権にどう立ち向かうか(1)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その77) - 広原盛明のつれづれ日記
・議員定数削減に関しては、上記広原さんの記事にも書かれている通り野田佳彦が賛意を表したり斉藤鉄夫が日和ったりした問題はありますが、斉藤は与党時代の悪習がでてしまっただけ
・野田*11の場合は政治的信念だから斉藤よりも大きな問題
何で「kojitakenの斉藤評価」がそんなに甘いのか意味不明です。
・福田、麻生内閣環境相(2008年8月~2009年9月)
・公明党政調会長(山口代表時代:2009年9月~2010年10月(民主党政権時代))
・公明党幹事長代行(山口代表時代:2010年10月~2018年9月(民主党政権時代~第四次安倍政権時代まで)
・公明党幹事長(山口代表時代:2018年9月~2020年9月(第四次安倍内閣~菅内閣まで))
・岸田、石破内閣国交相(2021年10月~公明党代表に転じる2024年11月まで)(斉藤鉄夫 - Wikipedia参照)
として「kojitakenら自民批判派が批判してきた自公連立内閣」の中枢(大臣や公明党役員)にいたのが斉藤なのに。
単に「公明党や斉藤代表は連立離脱を契機に反自民に転じたに違いない。もはや自民との連立はあり得ない。公明は立民などにとって野党共闘の同志だ」と思いたい「反自民&立民支持者」kojitakenの願望が「公明評価を甘くしてるだけ」でしょう。
将来はともかく、現時点においてそこまで公明を甘く評価する根拠はないでしょうし、今後公明が「再度、自民にすり寄る可能性」は十分にあると俺は見ます。
lavenderkunさんがはてなIDに登録されたことでもあり、下記「混沌の自由の討論会」のメンバー(編集者権限)にも登録したいと思いますがいかがでしょうか。
また既にメンバーになっている宮武さんの権限を「管理者権限」に引き上げたいと思いますが、こちらもいかがでしょうか。以上提案いたします。
「趣味のサークル(テニス等のスポーツ、陶芸等の芸術など)ならまだしも、政治問題で、類友同志で、狭いインナーサークルで、馴れ合って何が面白いんだろう?。kojitakenと類友連中(宮武嶺など)は本当にくだらないバカ共だな」と呆れます。
確かに「宮城県知事選で支持層の4割が参政党候補に投票」というれいわにはげんなりしますが、一方の公明だって「自公連立の流れが今も継続して自民系の現職に支持層の6割が投票」では「抵抗があって当たり前だろ」ですね。
そもそも「26年間(小渕内閣~石破内閣)も自民党と連立を組んできた公明」が「党利党略から連立解消した」程度で良くもそこまで高評価できたもんです。「何処まで公明に甘いのか?」と「反共分子」kojitakennや広原のバカさには心底呆れます。
一方で「ずっと自民を批判してきた共産」に悪口とはどれほど政治センスがないのか?
*1:社会党書記長(片山委員長時代)、片山内閣官房長官、芦田内閣副総理、民社党委員長を歴任
*2:社会党書記長(鈴木委員長時代)、副委員長(佐々木委員長時代)等を経て社民連代表
*3:中曽根内閣自治相・国家公安委員長、自民党幹事長(海部総裁時代)、新生党代表幹事、新進党幹事長(海部党首時代)、党首、自由党党首、民主党幹事長(鳩山代表時代)等を歴任
*4:鳩山、菅内閣国交相、菅内閣外相、民主党政調会長(野田代表時代)、野田内閣国家戦略担当相、民進党代表、国民民主党代表代行、無償会代表、維新の会共同代表等を歴任
*5:国民民主党国対委員長、政調会長、立民党政調会長、代表等を経て常任顧問
*7:1936年の西安事件を契機に第二次国共合作が成立。1937年に、中国共産党軍の一部が「新四軍(国民革命軍新編第四軍)」として国民党軍に編入。1947年に八路軍(中国共産党軍の一部が国民党軍に編入。八路軍総司令は新中国で中国人民解放軍総司令、中国共産党副主席、全国人民代表大会常務委員長等を務めた朱徳)と共に中国人民解放軍に編入され、消滅した。(新四軍 - Wikipedia参照)
*8:1896~1946年。1926年12月に第一次国共合作による武漢国民政府が成立してからは、第11軍副軍長、武漢衛戍司令等を歴任。しかし1927年4月に蔣介石ら国民党右派が反共クーデター(上海クーデター)を起こし、中国共産党を弾圧すると、1927年8月、南昌起義を主導して、中国共産党として蜂起し、国民革命軍から離脱した(名実ともに、第一次国共合作の終了)。1927年12月、中国共産党の広州起義にも参加したが、失敗に終わり、欧州へ逃れた。1937年、日中戦争が全面勃発すると、葉挺は帰国し、抗戦に参加した。1941年、皖南事変で国民党軍の捕虜になるが、1946年3月4日に、重慶で釈放された。しかし1946年4月8日、空路で延安に戻る途中、乗っていた飛行機が墜落して死亡(葉挺 - Wikipedia参照)
*9:1901~1972年。新中国建国後、上海市長、副首相兼外相などを歴任するが文革で失脚し、失意のウチに病死(陳毅 - Wikipedia参照)
*10:1898~1969年。新中国建国後、全国人民代表大会常務委員長、国家主席などを歴任するが文革で失脚(党除名)し、失意のウチに病死。文革終了後、鄧小平らによって除名が取り消され名誉回復がされた(劉少奇 - Wikipedia参照)
*11:民主党国対委員長(前原代表時代)、鳩山内閣財務副大臣、菅内閣財務相、首相、民進党幹事長(蓮舫代表時代)、立民党最高顧問等を経て立民党代表
*12:「入れるべき」も何も、昔はともかく、れいわは今は「共闘は茶番」呼ばわりして、独自路線を歩み、他党から相手にされてないと思いますが。