「頭と性格の悪い」kojitakenに悪口する(2025年12/7日分)(副題:「珍右翼」三浦小太郎にも悪口する)(追記あり)

『混沌の時代の自由討論会』の新着記事「「小川晶」案件をどう見るべきか」(lavenderkunさん, 12/5)、「「ラブホ行き過ぎ市長」こと小川晶前橋市長をどう考えるか」(宮武嶺さん, 12/5) - kojitakenの日記

 市長を無理に弁護しようとは思いませんが、市政の問題ではなく下半身の問題である場合、政治そのものに問題がある政治家(たとえば今の国政なら高市早苗とか麻生太郎とか維新の政治家など)と同等に厳しい対応は、弊ブログはとりません。

 俺的には「へえ?。前橋市長のラブホテル問題(どう見ても不倫醜聞)について、そういう価値観なの?。不倫なんか政治家としてダメだし、批判されて当然だろ(しかも不倫の問題だけでなく、前橋市長は公用車で勤務時間中にラブホテルに行っている)。まあ、俺も不倫よりは、悪政(例:自民党政権の不当な年金引き下げ)や金銭疑惑、汚職疑惑(例:ロッキード事件リクルート事件自民党裏金疑惑など)、権力悪用(国有地を不当に安値売却した森友疑惑など)の方をより問題視はするが」ですね。
 実際、俺も前橋市長問題については「下半身の問題に甘い」kojitakenと違い、「市長の態度は問題だ、今すぐ辞めるべきだ」とは思った物の

今日の産経ニュース(2025年11/7~11/10分) - bogus-simotukareのブログ
セクハラ問題の沖縄・南城市長、失職不可避の情勢 市議選当選者の9割は不信任賛成派 - 産経ニュース
 当然の選挙結果でしょう。市長はセクハラを否定し、出直し選挙にも出馬する意向だそうですが、「兵庫の斎藤再選」のような悲劇が起こることなく、早くまともな市長に交代してほしい。
 それにしても南城市長以外にも

◆斎藤・兵庫県知事
 パワハラ疑惑を理由とした不信任決議で失職した物の、兵庫県民がアホなせいで再選
◆永野・大阪府岸和田市長(当時)
 性加害疑惑を理由とした不信任決議で失職し、「斎藤同様の再選」を狙って、出直し選挙に出馬するが、「岸和田市民が兵庫県民ほどアホでなかったからか」幸いにも落選
◆田久保・静岡県伊東市
 学歴詐称疑惑を理由とした不信任決議で失職。12/14に出直し市長選挙予定(「斎藤同様の再選」を狙って、田久保氏が出馬するか、誰が出馬するかは未だ不明)。最悪でも「田久保の再選」だけは止めてほしい。
◆小川・群馬県前橋市
 不倫疑惑で辞任要求が出ている
(但し、未だ不信任決議はされてない)

等「最近、ろくでもない不祥事首長が続出していること(しかも全員が不祥事の事実を否定して自分から辞任しようとしないで居座りを画策すること)」には脱力します。

米原昶の評伝『米原昶の革命:不実な政治か貞淑なメディアか』(松永智子)が2025年のサントリー学芸賞を受賞(2025年11月11日記載) - bogus-simotukareのブログ
 松永著書の副題の意図はともかく「萩生田幹事長代行など、自民の裏金議員」「学歴詐称疑惑の伊東市長」「不倫醜聞の前橋市長」など「不実な政治家」が多数、今の日本にいることには本当にうんざりします。

今日の産経ニュースほか(2025年11/27~28分)(副題:JICAデマに迎合する立民・亀井に呆れる他) - bogus-simotukareのブログ
 再出馬する気らしい「不倫醜聞の小川・群馬県前橋市長*2」「学歴詐称の田久保・静岡県伊東市長*3」「セクハラの古謝*4沖縄県南城市長*5」(いずれも辞職に追い込まれる)に比べれば、事情(例えば、杉本氏に再出馬しないように自民、立民、国民民主などオール相乗りが強力な圧力をかけ、現在、相乗り候補を選定中)が何であれ

福井県知事、出直し選立候補を否定(共同通信) - Yahoo!ニュース
 福井県の杉本達治*6知事は記者会見で、辞職後の出直し知事選への立候補意向を問われ「出るつもりはない」と述べた。

ということで再出馬はしないらしい「セクハラ辞任の福井県知事」がまともに見える俺です(「福井県知事がまとも」と言うより「他が酷すぎる」のですが)。

という「市長批判」も書いたものの、「市長批判」という形よりは、以下の通り「フェミは高市を『日本初の女性首相』として評価すべき」という言いがかりへの反論として取り上げたことがほとんどでしたし。

珍右翼・三浦小太郎に突っ込む(2025年10月5日分)(追記あり) - bogus-simotukareのブログ
高市新総裁誕生について:「女性の社会進出」「政治の場に女性の声を」と言っていた人は当然歓迎ですよね?|三浦小太郎
 女性の社会進出を評価する人間だってさすがにまともな人間は「アイヌ差別、在日差別の杉田水脈*5」なんか評価しないわけです。
 あるいは「女性の社会進出」といって、フェミニストは「不倫醜聞の小川・前橋市」「学歴詐称の田久保・伊東市長」等といった「問題を抱える女性政治家」を擁護しないといけないのか?と言う話です。そんなバカな話はない。「排外主義極右」高市の場合も話は同じです。
 大体フェミニストの主張「夫婦別姓」「女性天皇」等を否定してきた「名誉白人」ならぬ「名誉男性」とでも言うべき存在が高市でしょうに。フェミニスト高市を評価しないのは不思議でも何でもない。

珍右翼・三浦小太郎に突っ込む(2025年10月8日分)(副題:村山氏を誹謗する三浦のデマ、高市を擁護する三浦の詭弁に呆れる他) - bogus-simotukareのブログ
高市総理への罵倒書き込みを見て、やはり男女平等は程遠いことがわかった・・・|三浦小太郎
 高市に対してされてるのは罵倒ではなく批判に過ぎない(仮に一部に不当な罵倒があるとしてもほとんどは正当な批判でしょう)。
 そもそも「学歴詐称伊東市長」「不倫醜聞の前橋市」(いずれも女性)への批判(市長辞任の要求)等で分かるように「女性の政治進出を推進」とは「どんなに女性政治家に問題があろうと大目に見て甘い態度を取る」という話ではない。

高市内閣についてひとまずの雑感ほか(2025年10/22分)(副題:頭と性格が悪い『カス駄犬(クズ駄犬、クソ駄犬)』ことkojitakenに今日も悪口するほか) - bogus-simotukareのブログ
ジェンダーと政治姿勢、優先されるのは 高市首相誕生「ガラスの天井」巡るせめぎ合い - 産経ニュース
 それにしても高市批判に対して「女性首相なんだからリベラル、左派、特に女性のリベラル、左派(高市に批判的なフェミニズム研究者の上野*43東大名誉教授、社民党の福島党首、共産党の田村委員長など)も高市の首相就任を『女性の社会進出が進んだ』と喜べ(俺の要約)」と産経紙面で言い出す

 ジェンダー論に詳しい武蔵大の千田有紀教授

には心底呆れます。
 以前も書きましたがその「産経の詭弁」なら「学歴詐称の田久保・伊東市長」「不倫醜聞の小川・前橋市」も「彼女らは女性政治家だからフェミニストなら擁護しよう」と言うことになりかねません。
 「極右排外主義」高市首相に限らず、「学歴詐称・田久保市長や不倫醜聞・小川市長に限らず」、女性政治家の増加を願う立場でも「ろくでもない女性政治家」は批判するのが当然です。
 それにしても「女性政治家に否定的な右翼的な価値観」の人間も日本には未だ多いところ、その種の人間に『だから女はダメなんだ』と言われかねない不祥事を起こした伊東市長、前橋市長には怒りを禁じ得ませんね。

道産子ナオ氏ツイートほかにコメント(2025年10/30日分)(副題:「トランプに媚びる高市」「高市に媚びる山尾志桜里」「志位氏に因縁を付ける反党分子・紙屋」への批判ほか)(追記あり) - bogus-simotukareのブログ
 前も別記事で書きましたが、「フェミニストは女性の高市が首相になって喜ばないのか」という理屈ならフェミニストは「不倫醜聞の小川晶・前橋市」「学歴詐称の田久保眞紀・伊東市長」(いずれも女性政治家)に対する「不祥事の責任を取って市長を辞めろ」という批判に対し「女性政治家だから、『辞めないで!』とかばわないといけない」でしょうが、まともな人間はフェミニストに限らずそんなことはしない。
 「極右の高市」「不倫醜聞の前橋市」「学歴詐称伊東市長」であれ、誰であれ「ろくでもない女性政治家」は「女性の社会進出を希望するフェミニスト」でも批判して当然です。

 なお、「政治家の下半身の問題(以前、筆坂秀世参院議員、共産党政策委員長の辞任に追い込まれたり*1大阪府の永野・岸和田市長(当時)が辞任に追い込まれたり、最近も、福井県知事や沖縄県南城市長が辞任に追い込まれたりしたセクハラ等の性加害の問題は除く*2)」としては俺が思いつくのでは以下がありますね(他にもあるでしょうが)。
 少なくともこれらの「下半身の問題」で批判した人間が「前橋市長をかばう」のは「ダブスタ」「ご都合主義」でしかないでしょう。
 玉木については「玉木を批判した人間が前橋市長をかばうのはおかしい」とは「ラブホ行き過ぎ市長」こと小川晶前橋市長をどう考えるか。 - 混沌の時代の自由討論会(宮武嶺)も指摘していますが。

クリントン米国大統領の不倫醜聞(ルインスキー疑惑)
◆短命内閣に終わった宇野*3首相の女性醜聞
リクルート疑惑が問題になっており、女性醜聞だけが短命の理由ではないでしょうが
◆2003年衆院選での落選の大きな原因と言われる山崎拓*4の女性醜聞
◆自民離党、議員辞職に追い込まれた宮崎謙介の不倫醜聞(2016年)
 但し、宮崎の場合、単に不倫が嫌われたわけではなく、育休を取得したいとして「愛妻家」をアピールしながら、妻「金子恵美の出産中」に不倫していたという「人間的な二面性」が嫌われたのですが(宮崎謙介 - Wikipedia参照)。
◆支持者の反発を招き、政界引退に追い込まれた山尾志桜里の不倫醜聞
→但し、山尾の場合、不倫醜聞の他にも「政治資金規正法で定める年間上限額を超える献金を受領していた問題」「議員パスの不正利用疑惑」など「金銭醜聞」もありますが(菅野志桜里 - Wikipedia参照)
◆党代表の役職を辞任することなく、また、渋々とは言え「謝罪」に追い込まれた玉木国民民主党代表の不倫醜聞

 ちなみにkojitaken的価値観(下半身の問題に甘い)として有名なのは「鳩山一郎首相の側近の一人として知られた大物政治家・三木武吉*5」や「新東宝の社長だった大蔵貢」の『以下の逸話』でしょう。以前も拙記事今日の産経ニュース(9/7分)(追記・訂正あり) - bogus-simotukareのブログ(2017.9.7)、「珍右翼が巣くう会」メンバー・黒坂真に突っ込む(2021年3月2日分) - bogus-simotukareのブログ「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2021年10/6日:荒木和博の巻) - bogus-simotukareのブログで紹介しましたが。

三木武吉 - Wikipedia参照
 1952年の衆院選では、立会演説会で対立候補福家俊一(当時、三木は鳩山民主党、福家は日本再建連盟*6に所属したが、1955年の自民党結党後はどちらも自民党に所属)から「戦後男女同権となったものの、ある有力候補のごときは妾を4人も持っている。かかる不徳義漢が国政に関係する資格があるか」と批判された。ところが、次に演壇に立った三木は「私の前に立ったフケ(=福家)ば飛ぶような候補者がある有力候補と申したのは、不肖この三木武吉であります。なるべくなら、皆さんの貴重なる一票は、先の無力候補に投ぜられるより、有力候補たる私にと、三木は考えます。なお、正確を期さねばならんので、さきの無力候補の数字的間違いを、ここで訂正しておきます。私には、妾が4人あると申されたが、事実は5人であります。5を4と数えるごとき、小学校一年生といえども、恥とすべきであります。1つ数え損なったとみえます。ただし、5人の女性たちは、今日ではいずれも老来廃馬と相成り、(ボーガス注:セックスの相手としては?)役には立ちませぬ。が、これを捨て去るごとき不人情は、三木武吉にはできませんから、みな今日も養っております」と愛人の存在をあっさりと認め、聴衆の爆笑と拍手を呼んだ。この選挙では三木がトップ当選を果たし、福家は定数3のところ6位で落選している。
 三木は「およそ大政治家たらんものは、いっぺんに数人の女を、喧嘩もさせず嫉妬もさせずに、操っていくぐらい腕がなくてはならん」と公言していた。

大蔵貢 - Wikipedia参照
◆1899~1978年。新東宝社長、大蔵映画社長。
◆1960年、新東宝所属の女優「高倉みゆき」との関係について「女優を2号(妾)にしたのではなく、2号を女優にしたのだ*7」と発言し「事実上、愛人関係を認めて」物議を醸した。

 なお、「話が脱線します」が、福家俊一については以前拙記事

「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2021年10/6日:荒木和博の巻) - bogus-simotukareのブログ

福家俊一 - Wikipedia参照
・少年時代に東京憲兵隊本部で甘粕正彦(後に満州に渡り、満州国協和会理事、満洲映画協会理事長など満州関係の要職を歴任)の給仕を務めたことを機に、満州に渡って満州国の機関紙「斯民」の記者となる。この満州時代に、いわゆる「弐キ参スケ - Wikipedia」の一人「岸信介(当時、満州国総務庁次長)」と深い仲を築いたとされる。
・岸が長女・洋子(安倍晋三*8元首相の母)の結婚相手として新聞記者を望んでいたことから、当時、毎日新聞政治部記者であった安倍晋太郎*9を岸に紹介したといわれる。

という「岸に近い人物」でした(ただし岸派所属ではない)。
 「にもかかわらず」福家が面白いのは

福家俊一 - Wikipedia参照
・軍と外務省の肝いりによって上海に国策新聞「大陸新報」が創設されると、1937年にその社長に25歳の若さで就任。美濃部達吉などの嘆願を受け、同社では美濃部亮吉(達吉の長男で、後の東京都知事)や向坂逸郎(後に九州大学名誉教授、社会主義協会代表)、高橋正雄九州大学名誉教授。美濃部都知事のブレーンの一人)など人民戦線事件で検挙された左派知識人を積極的に雇い入れた。高橋正雄は回想録で福家のことを「豪傑」と語っている。「大陸新報」時代の部下だった小森武とは、戦後も強い繋がりを持っていたという。
 朝鮮総連の金炳植*10副議長と知己があり、1971年の美濃部都知事の中国、北朝鮮訪問の際に、保利茂*11自民党幹事長が周恩来宛の書簡(いわゆる「保利書簡」)を美濃部に託すにあたって、「大陸新報」時代の部下だった小森武(当時、美濃部ブレーンの一人)に工作を行った。

というところですね。「岸に近い自民党右派」でありながら、朝鮮総連や美濃部都知事にもパイプがある。今、自民にこういう人間がいるのかといったら「いない」でしょうねえ。「だから拉致が解決しない」といっていいんじゃないか。拉致みたいな厄介な代物は「寝技」「水面下交渉」「裏工作」「バーター取引」などが「なし」で解決するわけもないでしょう。

として紹介しました。
 さて、「下半身の問題に甘い」価値観の背景の一つ(あくまでも一つに過ぎませんが)はやはり「側室制度」でしょうね。
 「世継ぎ」を作るために武家(大名家)、公家、天皇家では正室(正妻、本妻)とは別に、側室が置かれた。

◆秀吉の後継者・豊臣秀頼(側室「淀殿」の子)
保科正之
 「江戸幕府二代将軍」徳川秀忠の側室の子。側室の身分が低いため、公式には秀忠の子とは扱われず、高遠藩主・保科正光の子として養育され、正光の世継ぎとして高遠藩主に就任(その後、山形藩会津藩に転封)。
 公式には「秀忠の子」扱いされなかった物の、幕府では「公然の秘密」であり、三代将軍「家光(正之の異母兄)」を補佐し、幕閣として活躍。また、正之は「松平」姓を名乗ることを辞退しているが、正之の六男「正容」が会津藩主になってからは「松平」姓を名乗り、徳川一門として扱われている。
明治天皇
大正天皇

などは側室の子でしたし、明治天皇は側室がいました(なお、側室制度自体はあった物の、大正天皇は側室を置かず、昭和天皇時代に正式に側室制度が廃止された)。
 また、 時代小説、時代劇でネタにされるのでご存じの方も多いでしょうが、徳川家斉 - Wikipediaによれば「歴代将軍で最も側室が多かった」という徳川家斉には16人の側室がおり、53人の子女(息子26人、娘27人)がいたとされます(但し、医療の悪さなどで、死亡率の高い当時では28人しか成人していない)。こうして生まれた子ども達(息子や娘)は各地の大名家に養子に入ったり、嫁入りしたりしており、家斉の側室の多さは「政略結婚による幕府統治の安定」という面があり、単なる「女好き」ではなかったでしょう。
 今の皇室で「後継者が少ない理由(その結果、女性天皇などが提案される)の一つ」は側室がいないことです。勿論今時天皇制支持の右派ですら、まともな人間は側室制度復活なんて言いませんし、「それが当たり前」ですが。
【追記】
 コメント欄で指摘がありますが愛人問題(後に妻となる沙知代はこの時点では愛人)で南海監督を解任されたのが野村克也です。
 野村は皮肉にもその後「沙知代の脱税問題」によって阪神監督も解任されます。
 但し野村の場合「不倫それ自体」というより以下のような「沙知代の傍若無人な態度」が南海球団に問題視されます。

野村沙知代 - Wikipedia参照
 沙知代は、南海のチーム運営に口を出すなどの行為が目立つようになり、選手たちの不満が渦巻くようになった。
 当時、南海の選手だった佐藤道郎は「ピッチャーには何も言わず、ピッチャーが『すみません。打たれました』と言っても、『明日、頑張んなさい』だけ。野村さんはピッチャーを一番大事にしていましたから、そこは分かっていたのでしょう。でもバッターたちはきついことを言われてましたね。選手はもちろん、高畠康真(後に高畠導宏に改名)バッティングコーチまで『アンタ、なに教えてんのよ!』と怒られていました」と述べている。
 1975年秋、ついに我慢の限界に達した選手たちは沙知代の排除を計画し、中百舌鳥球場で行われた秋季キャンプで野村が選手に意見を求めた際に、当時、南海の選手だった門田博光、西岡三四郎江本孟紀の3人が「影の監督がいるせいで選手が気持ちよくプレーできない雰囲気になっている」という旨の発言をして現状の是正を求め、11月には当時、南海の選手だった西岡、江本、藤原満の3人がチームを代表して大阪市内のホテルで野村に「公私混同を止めてください」と直訴した。
 しかし野村は逆に反沙知代派の粛清に乗り出し、西岡は1975年12月に中日ドラゴンズへ、江本は翌1976年1月に島野育夫、長谷川勉、池内豊とともに阪神タイガースへ、それぞれ交換トレード(中日は藤沢哲也、星野秀孝を、阪神江夏豊、望月充を放出)で放出された。野村はこの時、門田も他球団への放出を画策したが、川勝傳*12オーナーが「門田だけは出すこと相成らん」と反対したため、門田の放出は阻止されたという。
 1976年8月になると、沙知代は監督室に出入りしたり、コーチ会議に口をはさんだり、選手の夫人たちに対して沙知代が私的に作った「南海を優勝させる会」なる集まりへの参加を強要した。そのため、反発した選手たちは1977年に再び沙知代の排除を計画し、選手たちの訴えを聴いた森本昌孝球団代表は、8月中旬に野村を呼び出して、そのような行為は辞めるように警告を発した。
 「下半身の問題と監督の能力は別」と言う「id:kojitakenのような態度」を取ってきた川勝オーナーもついに野村を庇いきれなくなり、9月13日に行われた川勝オーナー、森本球団代表、飯田新一球団後援会長(髙島屋社長)の会談で、「野村の公私混同は甚だしく、沙知代を排除するためには野村の監督解任も止むを得ない」との結論に達した。球団側は温情措置として野村に対し自主的な辞任を促したが、野村が拒否したため、9月25日にシーズン終了を待たず2試合を残して解任された。当時、南海の選手だった新井宏昌は「沙知代さんの行動には疑問を抱えていた。チームバスに堂々と乗り込む姿に「何で監督は許しているのか」と感じていた。解任劇も仕方がないことなのかなと思っていた」と述べている。
 野村は1990年からヤクルト本社社長の桑原潤に乞われてヤクルトスワローズの監督に就任した。この時、南海選手時代から野村と師弟関係にあり「野村の南海監督時代にも南海打撃コーチを務めた」高畠康真(後に高畠導宏に改名)がヤクルト一軍打撃コーチとして入閣したが、高畠は野村の不興を買い一年限りで退団に追い込まれた。高畠自身は退団の経緯については多くを語らなかったが、ごく親しい友人には「かつての野村さんはそんな人じゃなかった。相変わらず、夫人の介入もあった」と、沙知代の介在を示唆する話をしていたという。高畠とともに一軍打撃コーチを務めていた伊勢孝夫は「ある遠征中に高畠さんと話をして『何でやめるんですか。ワシと一緒にやるのは嫌なんですか』って聞いたんですよ。そしたら『いや、違う。ノムさんの女房(沙知代夫人)がうるさくてやっていられないんだよ。お前も残るんだったら、気をつけろよ』って。私は(沙知代夫人から)何か言われたことはその後も1回もなかったんですけどね」と述べている。
 またヤクルト二軍監督だった八重樫幸雄は「(一軍ヘッドコーチの松井優典から)「カツノリ(野村と沙知代の息子)を早く一軍に上げろ」って、しつこく言われたことがあったんだよね。たぶんサッチーだと思うよ。サッチーはとにかくカツノリをかわいがっていたからね」と回顧している。野村のヤクルト監督時代も沙知代の行状は改まらなかった。
 のちに野村は2005年より東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任するが、当時選手として在籍していた一場靖弘は、自らに沙知代からの「指示」が来たことを証言している。
 野村が阪神タイガースの監督を務めていた2001年3月12日から15日にかけて、東京国税局が阪神球団に、沙知代の脱税に関しての立入調査を行ったことで、沙知代の脱税疑惑が取沙汰される。
 7月30日、この年で3年契約が満了する野村は、阪神球団首脳(久万俊二郎オーナー、手塚昌利オーナー代行(後にオーナー)、野崎勝義球団社長)と面談した。野村の監督続投を求める野崎社長に対して、久万オーナーは沙知代が逮捕された場合には直ちに辞任させるという条件で野村の続投を許し、阪神球団は8月2日に監督契約を更新して翌シーズン以降も野村体制で臨むと発表した。
 10月8日、阪神は2001年の公式戦全日程を終了したが、この頃にはもはや沙知代の逮捕は不可避と見られており、久万は10月末に秘書を通じて星野仙一との接触を開始。11月9日には梅田で星野と面談して監督就任を打診する一方で、11月29日には球団取締役会で、沙知代が逮捕された場合には直ちに野村に辞任を命じることを改めて確認した。
 12月5日、沙知代は約5億6,800万円の所得を隠し、法人税所得税あわせて2億1,300万円を脱税したとして、法人税法違反(脱税)などの疑いで東京地検特捜部に逮捕された。12月5日夜に野村は監督を辞任し、翌6日未明に開かれた会見で正式に辞任が発表された。野村は「嫁の問題で監督を2度もクビになっているのは世界中探しても私ぐらいだろう」と述べている。
 2018年11月10日号の『週刊現代』で野村は沙知代について「悪妻かどうかは、夫である私が決めること」とし、続けて「サッチーは、これ以上ない最良の妻であり、私にとっての最高のラッキーガールだった」と妻に対する信頼を語っている。

*1:筆坂については例えば、赤旗筆坂秀世氏の本を読んで/不破 哲三(2006.4.19)、筆坂秀世氏の本の虚構と思惑/浜野 忠夫(2006.4.20)、筆坂氏の本について/誤りの合理化が転落の原因/志位委員長が会見で(2006.4.21)参照

*2:少なくとも「人権侵害である性加害(セクハラ等)」についてはkojitakenの言う「政治家の下半身の問題」として甘い態度を取ることは許されないでしょう。

*3:田中内閣防衛庁長官自民党国対委員長(三木総裁時代)、福田内閣科技庁長官、大平内閣行管庁長官、中曽根内閣通産相、竹下内閣外相等を経て首相

*4:宇野内閣防衛庁長官、宮沢内閣建設相、自民党国対委員長(河野総裁時代)、政調会長(橋本総裁時代)、幹事長、副総裁(小泉総裁時代)等を歴任

*5:日本自由党日本民主党の総務会長(いずれも総裁は鳩山一郎)」等を歴任した大物政治家でありながら、閣僚を経験したことは全くなかった。寝業師型、調整型政治家の代表例としていまだに名声が高く、中曽根首相は自民党総務会長、幹事長(中曽根総裁時代)だった金丸信を「三木武吉を越えた」とおだてたことがある。

*6:岸信介が党首を務めた新党だったが、当選者を出せずに自然消滅。岸はその後、「鳩山民主党」幹事長、自民党幹事長、石橋内閣外相を経た上で首相

*7:女優を「社長の圧力」で妾にしたのなら「セクハラ」だが、「妾」を女優にしたのなら「自分に尽くした女に報いたのだから、むしろ美談だ」と言いたかったと思われる。

*8:自民党幹事長(小泉総裁時代)、小泉内閣官房長官などを経て首相

*9:後に政界入り。三木内閣農林相、福田内閣官房長官自民党政調会長(大平総裁時代)、鈴木内閣通産相、中曽根内閣外相、自民党幹事長(竹下総裁時代)など歴任

*10:1919~1999年。朝鮮総連事務局長、副議長を歴任。1972年に北朝鮮に帰国し、朝鮮総連からは離れる。帰国後は「朝鮮労働党衛星政党朝鮮社会民主党」の委員長や国家副主席を歴任(金炳植 - Wikipedia参照)

*11:吉田内閣労働相、農林相、自民党総務会長(池田総裁時代)、幹事長(佐藤総裁時代)、佐藤内閣建設相、官房長官、田中内閣行政管理庁長官など歴任

*12:1901~1988年。南海電気鉄道会長兼社長を務め南海中興の祖と呼ばれる。川勝は早くから日中国交回復をめざして日本共産党幹部の野坂参三を囲む会に参加。また1985年(昭和60年)には財界人として初めて北朝鮮を訪問し、「財界左派」と呼ばれた。「俺の目の黒い内はホークスは絶対に売らん!!」と頑なまでに球団を保有し続けたが、ホークスは年間10億の赤字だった。このため、川勝の死去後の、1988年11月に球団はダイエーに身売りされた。(川勝傳 - Wikipedia参照)