新春対談 いまこそマルクス/志位和夫議長×マルチェロ・ムスト教授/共通点多く、うれしい驚き | しんぶん赤旗|日本共産党
今日のしんぶん赤旗ニュース(2025年12/23~12/29分) - bogus-simotukareのブログで紹介した今こそマルクス/志位議長、ムスト教授と対談/元日付に掲載 | しんぶん赤旗|日本共産党の続編(?)ですね。
ムスト*1
リベラルな学者・研究者*2からのマルクス主義への新しい攻撃は、マルクスの理論が労働者と資本の問題ばかりを扱い、その有用性はヨーロッパに限定されており、男性、それも工場労働者ばかりに焦点を当てたものだ、というものです。
私たちは古いスターリン主義とたたかうだけでなく、北米由来の新しい攻撃、マルクス主義はヨーロッパの男性労働者だけに焦点を当てた経済主義にすぎないという北米リベラルからの新しいマルクス主義攻撃ともたたかわなければなりません。
私の著書『アナザー・マルクス』は、最後の部分で晩年のマルクスを扱っています。これはとても重要です。晩年の彼は世界の周辺地域について考え、移民、ジェンダー、環境といったカテゴリーについて語っているのです。
志位
さきほどのご発言の中で、今、北米で新しい問題を起こっていると、三つの点を指摘されました。「マルクスの理論が労働者と資本の問題ばかりを扱い(ボーガス注:それ以外の政治、経済問題には無関心で)」、「その有用性はヨーロッパに限定されており」、「男性、それも工場労働者ばかりに焦点を当てたものだ」、というマルクス批判です。私も、これらはどれも成り立たない批判だと考えます。
ムスト
私の心配は、この種の理論が、ゆっくりと左派諸党に浸透しているということです。
「欧米では、右翼どころか、一部左派(主として中道左派?)にすらある、『マルクス主義はヨーロッパ中心主義、男性中心主義である(アジア・アフリカや女性問題を脇に置いている)』という偏見に反論する必要がある(ムスト氏)」等、重要な指摘かと思います。
なお、ムスト氏を批判してるわけではなく、「単なる事実の指摘」ですが志位対談において「リベラル(中道左派)からのマルクス主義攻撃」について、言及があっても「ドイツのための選択肢(ドイツ)」など欧米での「排外主義右翼(当然、反共でもある)の蔓延」についてあまり指摘がないのは「彼にはそういう面への興味がないのかしら?」とは思いました。
ムスト
若い人たちは、かつての世代と異なり、社会思想としての革命思想にオープンとはいえません。どちらかというと、リッチになること、自分の生活の問題を唯一の問題として関心を集中させています。これが、新しいマルクス復活を実現しようと思えば、私たちが直面する課題だと思います。
志位
ムストさんの問題意識はよくわかります。同じ困難を私たちも感じています。
志位氏も言うように、ムスト氏の指摘は「国民民主党支持が多い日本の若年層」にも該当することではないか。俺も凡人なので「解決の妙案」はありませんが。
【追記】
志位和夫×マルチェロ・ムスト対談を読む - 紙屋研究所
「反党分子なので予想の範囲内」ですが、志位、ムスト対談にやたら否定的な紙屋ですが、そもそも4時間の対談とは言え「初顔合わせ」ですからね。
紙屋の批判の是非(俺には是非を論じるだけの能力がないのでコメントしませんが)はともかく、「初顔合わせ」で「全てが噛み合う」ことはそもそもあり得ないでしょう。
問題は今後「ムスト氏と共産党がどれほど意見交流していくか」でしょうに(勿論残念ながら意見交流しない可能性もありますが)。
というかこの対談を読んで紙屋は「ムスト氏のような海外の学者が、事情はともかく日本共産党と交流してくれるのに、俺とは交流してくれないのか」という挫折感は感じなかったのかと聞きたくなります。
紙屋がどう「自画自賛」しようとも紙屋の運動は明らかに「支持者は少ないし、世間も注目してない」でしょう。
なお、ムスト氏と志位氏について「(考えの違いはあれども同じマルキストとして)マルクス主義を盛り上げていこう」と言う以外にどれほど共通点があったのかと悪口する紙屋ですが、それはむしろ「紙屋と松竹の間」に存在することではないか。
紙屋と松竹の間に「俺たちを除名した党は許せない」という「党敵視」以外にどれほど共通点があるのか。
例えば松竹が自ブログで宣伝する「Newsレッズ」(例えば「News レッズ」を創刊します(26.1.1) | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba(2025.1.25))については紙屋は自ブログでは全く言及しませんしね。