kojitakenに突っ込む(2026年1/12日分)

大阪は東京に対抗しようとしてローカリティを失っていた(長崎励朗『大大阪という神話』中公新書) - kojitakenの日記*1
長崎励朗『大大阪という神話』(中公新書2025) を読む - KJ's Books and Music
 この本自体は「維新批判」ではない(取り上げられているのは専ら戦前)ようですが

 一九二〇年代から三〇年代、大阪市は「大大阪」と呼ばれ、人口で東京を抜き、日本最大の都市として存在感を際立たせていた。しかし、大大阪は、中央の東京に対抗することで、むしろ独自性を喪失していく

という記述は「副首都」をぶち上げ、「東京への対抗」を掲げる維新によってむしろ大阪が「独自性を喪失していくのではないか(そしてそれが、大阪の「経済発展」「景気」限定ですら大阪にとって利益か疑問)」という読み込みも可能ではあるでしょう。
 そのような読み込みが「筆者」にとって不本意かどうかはともかく。

*1:筆者の長崎氏は桃山学院大学准教授。著書『「つながり」の戦後文化誌:労音、そして宝塚、万博』(2013年、河出書房新社)、『偏愛的ポピュラー音楽の知識社会学』(2021年、創元社)、『大大阪という神話:東京への対抗とローカリティの喪失』(2025年、中公新書