◆衆院解散報道後のブログ記事がそれに全く関係ない紙屋に呆れる
宿直残業代裁判の「原告準備書面1」を説明します - 神谷貴行のブログ2026.1.15
否定疑問文と『アーロン収容所』 - 紙屋研究所2026.1.16
上記の記事を書くなとは言いませんが
「衆院選解散報道後の記事がそれなの?。衆院解散について全く触れる気はないの?」
「共産党も既に解散・総選挙に全党が勇躍して立ち上がろう--いまこそ、時流に流されず、共同の力で政治を変える党の躍進を/2026年1月13日 日本共産党中央委員会常任幹部会 | しんぶん赤旗|日本共産党等の声明を発表してるのに?。反党仲間の松竹は内容の是非はともかく、右傾化への対抗軸は中道+左翼 | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba(2026.1.16)など、衆院解散についての記事を書いてるのに?(唖然)」「さんざん日本の政治を良くするために共産党改革を訴えてると紙屋は放言してきたのに?(呆)」感を禁じ得ません。神谷のX(旧ツイッター)でも衆院解散についての言及は全くないですし。
特に裁判報告の宿直残業代裁判の「原告準備書面1」を説明します - 神谷貴行のブログはともかく否定疑問文と『アーロン収容所』 - 紙屋研究所なんて
森沢洋介『スラスラ話すための瞬間英作文シャッフルトレーニング*1』をやっていると、否定疑問文の例文がほぼ毎回出てくる。
(中略)
最近東京に行く機会があって、久しぶりに神田の古本屋街をめぐった。
その時、店先で100円で売られていた会田雄次*2『アーロン収容所*3』の中公文庫版を買った。
この中に否定疑問文ではないが、Yes・Noが逆になるのを間違えてえらい目に遭う話が出てくる。
という「完全に神谷の趣味(英語学習)の話」であって、神谷が急いで書く必要も正直ないですし。
神谷も「思ったほど自分が支持されないこと」によって「混迷してる」ように見えます。
共産党の総選挙目標論議と志位氏の議員引退 - 神谷貴行のブログ
その後、「1/18(日曜)」日付で、衆院解散について記事を書いた紙屋ですが、呆れるのは「2024年衆院選、2025年参院選での議席減を考えれば、今回、共産の議席減の可能性が否定できない*4」など「共産執行部に対する悪口雑言(記載内容が俺的にあまりにも不愉快なので引用はしません。党員、後援会員、サポーターといった党支持者が読めば間違いなく不愉快になるでしょうから読むことをお薦めしません)」に終始しており、「選挙での議席増」のために、あるいは「議席増」に関係なく「あるべき選挙戦(日本政治の改善点として何を主張するか、高市政権の問題点として何を批判するかなど)」として
1)共産執行部はこうした方針で戦うべき
2)野党はこうした方針で戦うべき
等の建設的な意見表明は何一つされてないことでしょう。
また、「高市の党利党略解散」への批判もなければ、
道産子ナオ
・中道改革連合が掲げる「中道」って、原発ゼロを放棄して原発再稼働を推進する事なんですね。 結局の所、自民党政治にすり寄ってばかりじゃん。
・公明党と新党(中道改革連合)を作りたいが為に立憲民主党が掲げてきた安保法制廃止や原発ゼロを放棄する事が「転落」と言わずして何というのだろうか?
#中道改革連合には投票しません
宮本徹*5
東京新聞のコラムで前川喜平さん*6が、公明党について、「安保法制を合憲と言い続けるなら、昔の自民党よりも右に立つことになる、それで中道と言えるのか」と鋭い指摘。
道産子ナオ
◆佐々木中*7『万人のための哲学入門*8』(草思社)発売中
中道改革連合、安保法制を合憲と認め、原発再稼働を認めなくては入れないそうだ。最悪である。これはただの「立憲民主党の右傾化」にすぎない。
衆議院選挙:新党「中道」参加への事実上の条件、安保法制合憲・原発再稼働の容認…公明・斉藤代表が見解 : 読売新聞
等、共産支持者の多く(道産子ナオ氏など)が否定的な評価をしている「立民と公明による中道新党(中道改革連合)」への評価もない。
恐らく「紙屋支持層(こんな連中)」が
道産子ナオ
日本共産党叩きしか能が無い「こん連」の「かぴぱら堂」は安保法制廃止や原発ゼロを言わない中道改革連合推しなのですね。どんだけ上から目線なんだろうかね?
#こんな連中
#中道に騙されるな
◆miemiechin(かぴぱら堂)
中道改革連合は、共産党を含めた左派の排除は謳っていない*9のだから、高市政権終わらせるために一致できるならどんどこ協力し合うべきでしょう。
批判するのは良いけど、政権交代のためのビジョンあります?
1、2議席増えたくらいでどうにかなるの?
ということで「中道新党批判派」「中道新党支持派(例:かぴばら堂)」に割れてるので、紙屋は評価を逃げたのでしょう。 こんな「中道新党の評価から逃げた紙屋(恐らく今後も紙屋はブログでもX(旧ツイッター)でも中道新党への評価をしないでしょう*10)」がよくもまあ不出馬表明した志位氏を「敵前逃亡」呼ばわりできたもんです(「敵前逃亡」云々の誹謗については紙屋を後で批判しますが)。
そして、紙屋支持層など「政治的共通点は党への恨み(除名された、自分の意見が支持されないので離党したなど)以外には何もない(だから紙屋支持層の中道新党評価が割れ、紙屋も支持層の反発を恐れて中道新党評価をしないで逃げる)」という話です。
紙屋がやりたいことが「共産党執行部への悪口雑言」でしかなく、「共産党や野党陣営の躍進」「共産党あるいは野党陣営のあるべき選挙(今回、衆院選に限らない)での戦略」「日本政治の改善(政権交代や高市首相の辞任など)」等ではないことが完全に露呈しています。
紙屋にはもはや「共産党執行部に悪口すること」しか興味はなく、「共産党や野党陣営の躍進」「共産党あるいは野党陣営のあるべき選挙(今回の衆院選に限らない)での戦略」「日本政治の改善(政権交代や高市首相の辞任など)」等を論じる能力どころか、意思すらないのでしょう。紙屋が共産党支持者(党員、後援会員、サポーター)は勿論、共産支持者以外の野党各党やマスコミにももはや相手にされず、「超少数のシンパ」以外には相手にされない理由がよく分かります。紙屋の「人格の下劣さ」には心底呆れます。
「2024年衆院選」「2025年参院選」結果(残念ながらいずれも比例獲得目標が達成できなかった)を受けて、共産党常任幹部会が「2024年衆院選で掲げた目標」よりも「比例獲得目標」を引き下げたこと(党支持者として残念ですがやむを得ないでしょう)に紙屋は悪口していますが、
1)2024年衆院選同様の比例獲得目標を掲げた場合、恐らく紙屋は「2024年衆院選での比例獲得票数を考えれば、実現困難な過大な目標を党員に強制している」と党執行部に悪口したでしょうから、言いがかりも甚だしい。
2)また「目標の変更方法が反民主的」云々とする紙屋ですが、「党大会や中央委員会」を開けとでも言うのか?
その方が「望ましい」でしょうが、「任期満了選挙」ならともかく「高市の党利党略解散」である以上、「変更後の目標設定が適切かどうか」はともかく、そんな時間的な余裕はないでしょう。
こうした場合において「柔軟で機動的な対応」をするための「常任幹部会」ではないのか?
また志位氏の「不出馬」について「志位氏、今までご苦労様でした」と労をねぎらうどころか「2025年参院選敗北を受けての敵前逃亡(片山哲社会党委員長(1949年衆院選)や海江田万里*11民主党代表(2014年衆院選)が落選したように党首経験者*12が落選する醜態を志位氏が恐れた等)」であるかのように悪口する点*13にも呆れます。
松竹ですら志位さん、ご苦労様でした 2つのことを望みます | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Amebaとし
1)「二つのことを希望(松竹が何を希望してるのかについては特に説明しません)」とやらが本筋であり
2)「ご苦労様」は単に「おためごかし」にすぎないとはいえ、志位氏に対して「ご苦労様」と一応言ってるのに、紙屋には「その程度」の「ねぎらいの言葉」すら志位氏に対して「ない」「悪口雑言に終始」だから「おいおい(呆)」「お前(紙屋)はアホか(横山ホットブラザーズ)」ですね。
2024年衆院選には出馬しても、今回の2026年衆院選に不出馬を表明した人間は志位氏以外にも「菅自民党副総裁」など他党にも複数、存在する。
志位氏の不出馬表明は別に不自然でも何でもないでしょう。紙屋のように、志位氏へのねぎらいの言葉は全くなく、「2025年参院選敗北を受けての敵前逃亡」と悪意に理解し、罵倒する必要はどこにもない。そして紙屋は「他党議員の不出馬」には「菅副総裁は敵前逃亡した」等とは悪口せず、志位氏に対してのみ悪口するわけです(紙屋が志位氏を深く恨んでるらしいことはよく分かりましたが)。
また紙屋の認識だと
◆宮本顕治氏(1977~1989年まで2期12年参院議員)が1989年の参院選に出馬しなかったこと(当時、宮本氏は81歳)
→但し、その後も1997年まで共産党議長を務めた
◆不破哲三氏(1969~2003年まで約34年間衆院議員)が2003年の衆院選に出馬しなかったこと(当時、不破氏は73歳。現在、志位氏(1954年生まれ)が71歳なので、若干、志位氏が若いが、近い年齢)
→但し、その後も2006年まで共産党議長を務めた。議長退任後も2024年1月まで常任幹部会員を務めた
も「不出馬=敵前逃亡」になるのか?(と聞いたら恐らく紙屋はまともに返答できないでしょうが。それとも宮本氏や不破氏の不出馬についても「敵前逃亡」として悪口するのか?)
紙屋の「敵前逃亡」云々はまさに
◆お前(紙屋)が(ボーガス注:志位氏の不出馬表明を)そう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな(『少女ファイト』の式島滋)
でしょう。
そもそも志位氏は「不出馬」とはいえ、議長を退任したわけではないし、当然「田村執行部から依頼があれば衆院選でも応援演説は行う」としています。それのどこが「敵前逃亡」なのか?
出馬しないとはいえ、議長を続け、選挙応援演説もする以上「選挙が不振」なら当然、志位氏の面目は潰れます。
そもそも「2024年衆院選」「2025年参院選」での敗北を考えれば勿論「今回の衆院選での敗北」の恐れは残念ながら否定できませんが、「27日の告示」前に勝手に「敗戦を前提にするな」と全く腹立たしい。
というか志位氏が「2026年衆院選出馬」を表明したら「後進に道を譲れ」と悪口してるのが紙屋*14ではないのか?
共産党に対し「厳しい状況」と悪口する紙屋ですが、
【1】共産党に悪口するだけで「共産党や野党各党はこういう方向で動けば、躍進できるのではないか?」「躍進できるかどうかに関係なく共産や野党各党にはこうした選挙戦をしてほしい。衆院選でホニャララ(政治とカネ、消費税減税など色々あり得ますが)を強く主張してほしい」「失礼ながら共産党や野党各党にはもはや期待してない。俺が同志とともに新しい左翼政治運動を立ち上げる」などの「建設的な話」は何もしない(そもそも、紙屋の能力的にそんなことはできないし、やる気もない?)
【2】その結果として野党各党やマスコミにももはや相手にされず、「超少数のシンパ」以外には相手にされない紙屋の方が、共産党よりもよほど「厳しい状況」ではないのか?
そして紙屋もそうした「自分の苦しい状況」を自覚するが故に
1)共産執行部はこうした方針で戦うべき
2)野党はこうした方針で戦うべき
等の「建設的な提言」はまるでなく「共産党への悪口雑言」に終始してるのではないのか?
「共産党への悪口雑言」に終始する紙屋の方こそよほど「2026年衆院選」から逃亡してるのではないのか?
なお、この点は広原も同様な悪罵を志位議長の不出馬は次期総選挙の敗北を見越した〝敵前逃亡行為〟に当たるのではないか、姑息な権力延命策は却って党勢後退を加速させる、通常国会冒頭解散にあたって(2)、共産党の再生は可能か(その4) - 広原盛明のつれづれ日記で志位氏に対して行ってますが、上記の紙屋批判で「広原批判」に代えることにします。
それにしても以前は「共産の泉健太(京都)支援」すら「立民と野党共闘してるとは言え、泉のような右派を支援していいのか?」と共産に悪口していた広原が「立民が公然と安保法容認、辺野古基地容認、原発再稼働容認に変節し、路線を大幅に右傾化(共産が支援した頃の泉は、立民の党方針が安保法廃止、辺野古基地反対、原発再稼働反対だったためにそこまで右ではない)」しても、立民批判せず、立憲・公明の「中道新党」は政権交代の担い手になるか、1月23日通常国会冒頭解散にあたって(1)、共産党の再生は可能か(その3) - 広原盛明のつれづれ日記で「中道新党への期待」を語り、一方で共産には志位議長の不出馬は次期総選挙の敗北を見越した〝敵前逃亡行為〟に当たるのではないか、姑息な権力延命策は却って党勢後退を加速させる、通常国会冒頭解散にあたって(2)、共産党の再生は可能か(その4) - 広原盛明のつれづれ日記で悪口だから呆れます。過去の泉(広原が批判)と比べても、今の中道新党の方が明らかに右でしょうに、何で広原は立民を批判しないのか?。
何で「立民の変節を批判する共産」を支持しないのか?
「共産を姑息呼ばわりする広原」ですが姑息なのは「公明にすり寄って過去の党方針(安保法廃止、辺野古基地反対、脱原発など)を簡単に廃棄した立民」の方ではないのか?。よくも「立民に期待し、共産に悪口する」などという恥知らずなことができたもんです。
「自民党穏健派と立民の連立」を妄想する反党分子「広原盛明」に悪口する(2025年11/25日分) - bogus-simotukareのブログでも批判したように、今や「自民党穏健派(kojitakenが好意的評価をする石破や岸田のことか?*15)と立民の連立」を妄想し、そうした連立に期待するのが広原なので「こうした広原の態度」は「予想の範囲内」ですが、「もはや広原は、政権交代しさえすれば、政策の中身はどうでもいいのか?」と呆れます。
この点は衆議院きょう解散。今回の衆院選を「自民党政権の終わりの始まり」にしなければならない。それが有権者に託された歴史的使命だ。「高市主要打撃論」に徹さなければならない - kojitakenの日記(俺の別記事で批判予定です)で「中道新党を批判するな」と主張するkojitakenも同じですが、広原やkojitakenの「中道新党に対する甘い評価」には心底呆れます。選挙結果があまり振るわず中道新党が「第二の希望の党(選挙後、党が崩壊)」になる可能性も充分あるのに。
なお、上記文章を元に以下のコメントを広原記事に投稿しましたが恐らく掲載拒否でしょう。広原の「批判を拒否する狭量な人格」には心底呆れます。恐らく学者としても「同業者(同じ分野の研究者)の批判を拒否してきたお山の大将」(レベルの低い三流学者)が広原でしょう。 「共産への悪罵」を見るに学者としても「敵と見なした相手(同じ分野の研究者で、広原に批判的な研究者)」には「共産への悪罵」と同様の「下劣な悪罵」をし、それを「建設的な批判」と居直り、自らに対する批判を一切受け入れてこなかった「ダメ学者」が恐らく広原でしょう。
【以下、広原記事に投稿したコメント(紙屋への批判文章を元にしています)】
志位氏の「不出馬」について「志位氏、今までご苦労様でした」と労をねぎらうどころか「2025年参院選敗北を受けての敵前逃亡」であるかのように悪口する広原には呆れます。
松竹ですら志位さん、ご苦労様でした 2つのことを望みます | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Amebaで
1)「二つのことを希望(松竹が何を希望してるのかについては特に説明しません)」とやらが本筋であり
2)「ご苦労様」は単に「おためごかし」にすぎないとはいえ、志位氏に対して「ご苦労様」と一応言ってるのに、広原には「その程度」の「ねぎらいの言葉」すら志位氏に対して「ない」「悪口雑言に終始」だから「おいおい(呆)」「お前(広原)はアホか(横山ホットブラザーズ)」ですね。
2024年衆院選には出馬しても、今回の2026年衆院選に不出馬を表明した人間は志位氏以外にも「菅自民党副総裁」など他党にも複数、存在する。
志位氏の不出馬表明は別に不自然でも何でもないでしょう。広原のように、志位氏へのねぎらいの言葉は全くなく、「2025年参院選敗北を受けての敵前逃亡」と悪意に理解し、罵倒する必要はどこにもない。そして広原は「他党議員の不出馬」には「菅副総裁は敵前逃亡した」等とは悪口せず、志位氏に対してのみ悪口するわけです。
また広原の認識だと◆宮本顕治氏(1977~1989年まで2期12年参院議員)が1989年の参院選に出馬しなかったこと(当時、宮本氏は81歳)
→但し、その後も1997年まで共産党議長を務めた
◆不破哲三氏(1969~2003年まで約34年間衆院議員)が2003年の衆院選に出馬しなかったこと(当時、不破氏は73歳。現在、志位氏(1954年生まれ)が71歳なので、若干、志位氏が若いが、近い年齢)
→但し、その後も2006年まで共産党議長を務めた。議長退任後も2024年1月まで常任幹部会員を務めたも「不出馬=敵前逃亡」になるのか?(と聞いたら恐らく広原はまともに返答できないでしょうが。それとも宮本氏や不破氏の不出馬についても「敵前逃亡」として悪口するのか?)
そもそも志位氏は「不出馬」とはいえ、議長を退任したわけではないし、当然「田村執行部から依頼があれば衆院選でも応援演説は行う」としています。それのどこが「敵前逃亡」なのか?
出馬しないとはいえ、議長を続け、選挙応援演説もする以上「選挙が不振」なら当然、志位氏の面目は潰れます。
そもそも「2024年衆院選」「2025年参院選」での敗北を考えれば勿論「今回の衆院選での敗北」の恐れは残念ながら否定できませんが、「27日の告示前」に勝手に「敗戦を前提にするな」と全く腹立たしい。
というか志位氏が「2026年衆院選出馬」を表明したら「後進に道を譲れ」と悪口してるのが広原ではないのか?
共産党に対し「厳しい状況」と悪口する広原ですが、共産党に悪口するだけで「共産党や野党各党はこういう方向で動けば、躍進できるのではないか?」「躍進できるかどうかに関係なく共産や野党各党にはこうした選挙戦をしてほしい。衆院選でホニャララ(政治とカネ、消費税減税など色々あり得ますが)を強く主張してほしい」「失礼ながら共産党や野党各党にはもはや期待してない。俺が同志とともに新しい左翼政治運動を立ち上げる」などの「建設的な話」は何もしない(そもそも、広原の能力的にそんなことはできないし、やる気もない?)広原の方が、共産党よりもよほど「厳しい状況」ではないのか?
そして広原もそうした「自分の苦しい状況」を自覚するが故に
1)共産執行部はこうした方針で戦うべき
2)野党はこうした方針で戦うべき
等の「建設的な提言」はまるでなく「共産党への悪口雑言」に終始してるのではないのか?
「共産党への悪口雑言」に終始する広原の方こそよほど「2026年衆院選」から逃亡してるのではないのか?
それにしても以前は「共産の泉健太(京都)支援」すら「立民と野党共闘してるとは言え、泉のような右派を支援していいのか?」と悪口していた広原が「立民が公然と安保法容認、辺野古基地容認、原発再稼働容認に変節し、路線を大幅に右傾化(共産が支援した頃の泉は、立民の党方針が安保法廃止、辺野古基地反対、原発再稼働反対だったためにそこまで右ではない)」しても、立民批判せず、「中道新党への期待」を語り、一方で共産には悪口だから呆れます。過去の泉(広原が批判)と比べても、今の中道新党の方が明らかに右でしょうに、何で広原は立民を批判しないのか?。
何で「立民の変節を批判する共産」を支持しないのか?
「共産を姑息呼ばわりする広原」ですが姑息なのは「公明にすり寄って過去の党方針(安保法廃止、辺野古基地反対、脱原発など)を簡単に廃棄した立民」の方ではないのか?。よくも「立民に期待し、共産に悪口する」などという恥知らずなことが出来たもんです。
「自民党穏健派と立民の連立」を妄想する反党分子「広原盛明」に悪口する(2025年11/25日分) - bogus-simotukareのブログでも批判したように、今や「自民党穏健派と立民の連立」を妄想し、そうした連立に期待するのが広原なので「こうした広原の態度」は「予想の範囲内」ですが、「もはや広原は政権交代しさえすれば、政策の中身はどうでもいいのか?」と呆れます。
この点は衆議院きょう解散。今回の衆院選を「自民党政権の終わりの始まり」にしなければならない。それが有権者に託された歴史的使命だ。「高市主要打撃論」に徹さなければならない - kojitakenの日記で「中道新党を批判するな」と主張するkojitakennも同じですが、広原やkojitakenの「中道新党に対する甘い評価」には心底呆れます。選挙結果があまり振るわず中道新党が「第二の希望の党(選挙後、党が崩壊)」になる可能性も充分あるのに。
【追記】
その後、確認したら、紙屋X(旧ツイッター)で1)共産執行部はこうした方針で戦うべきとして「共産は消費税減税*16など金目のこと(経済問題)をもっと訴えろ*17(俺の要約)」とは書いていますね(但し、なぜかブログではその程度のことすら書かず、党への悪口に終始)。それにしても俺的には「勿論、経済問題だって大事だけど、左翼(共産だけでなく社民党など)にとって脱原発、安保法違憲、スパイ防止法反対とか左翼的な価値観だって大事だろ?(呆)」「金目だけ主張するんじゃ、そうしたことばかり強調する国民民主とかと何が違うんだ?(呆)」「それでもお前は左翼なのかよ?(呆)」ですね。神谷がやたら「金目」を強調するのは「脱原発とか安保法違憲とかにこだわらず中道新党と共闘しろ」と言いたいからかと疑います。かつこの神谷の主張「金目」云々はもはや「党除名理由となった日米安保容認(日米安保廃棄の党方針に反する)とは全く関係がない。
また、「日米安保容認など安保政策を右に持って行けば共産支持が増える」とした「過去の神谷の主張」にも反する。
「脱原発や安保法違憲にこだわらず、中道新党と共闘しろ」まで行けばともかく、「金目」云々程度なら恐らく「除名されるほどの話」ではなく、もはや紙屋も自分たちが党内はおろか、党外ですら、まるで支持されないことから「何がやりたいのか」自分でも分からなくなっており「とにかく党の方針に悪口出来ればいい」や「とにかく、世間に受ければいい(国民民主党の『手取りを増やす』が、受けてるようだから俺もそういう方向に乗っかる)」になってないか?
なお、「内容の是非」はともかく消費減税それ自体、あるいは金目(物価対策など経済対応)それ自体は他党の多くが訴えてるので「訴え方(差別化)」には工夫が求められます(神谷はその辺り論じてないように思いますが)。
「俺の思いつき」でしかないですが、例えば消費減税なら「単なる消費減税では財源が不足する。その財源を共産は累進課税強化等、富裕層への課税強化で補う」「財源確保のために軍縮を行う。日本は軍事に金をかけすぎている」「安易なコストカットはしない。少なくとも福祉、教育予算のカットはしない(一方で国民民主、参政などにはまともな財源論がない、あるいは福祉、教育予算のカットなど弱者切り捨てを招きかねないと批判)」などは「差別化」として考えられるでしょう。
また「消費減税」とは別のことも訴える必要は当然あるでしょう。
消費減税以外にも金目限定でも「教育無償化」「医療費の負担軽減」など「共産が訴えたいこと、訴えるべきこと」は多々あるし、金目に限らなければ「政治とカネ(企業献金禁止)」「スパイ防止法反対」「排外主義反対」など「共産が訴えたいこと、訴えるべきこと」は多々あるからです。
勿論「何が選挙民に受けるか」「何を訴えるべきか(選挙民受けだけで考えるのは不適切でしょう)」を判断し、適切なバランスで等の施策を訴えることは「難問」ではありますし、「凡人の俺」にも妙案はありませんが。
高市が「争点隠し」をしてるのでなおさらです。
*1:2007年、ベレ出版
*2:1916~1997年。京都大学名誉教授。著書『敗者の条件:戦国時代を考える』(1965年、中公新書→1983年、中公文庫)、『合理主義:ヨーロッパと日本』(1966年、講談社現代新書)、『日本人の意識構造』(1972年、講談社現代新書)、『日本の風土と文化』(1972年、角川選書)、『ルネサンス』(1973年、講談社現代新書)、『超越者の思想:神と人の出会い』(1975年、講談社現代新書)、『日本人の生き方』(1976年、講談社学術文庫)、『日本人材論』(1982年、講談社文庫)、『アーロン収容所再訪』(1988年、中公文庫)、『歴史を変えた決断の瞬間』(1989年、角川文庫)、『よみがえれ、バサラの精神:今、何が、日本人には必要なのか?』(1990年、PHP文庫)、『日本的権威の論理:日本のリーダー像とその危機』(1991年、PHP文庫)、『歴史小説の読み方:吉川英治から司馬遼太郎まで』(1992年、PHP文庫)、『歴史に学ぶ「生きがい」の研究』(1993年、PHP文庫)、 『名将にみる生き方の極意:自覚の持ち方・覚悟の決め方』(1997年、PHP文庫)等(一応「イタリアルネサンス研究」が専門だが、それよりも「右翼文化人」としての著書が多く、世間的にもそちらの方で知られている「(会田雄次 - Wikipedia参照)
*3:1962年、中公新書→1973年、中公文庫。会田雄次 - Wikipediaによれば『1943年に応召し、ビルマ戦線に従軍。イギリス軍捕虜となり1947年に復員するまでラングーンに拘留された。この時の捕虜体験を基に書かれたのが『アーロン収容所』(中央公論社)である』
*4:勿論その危険性は否定できませんが、議席増や現有議席維持のために全力で戦うほかははない話です。俺は今回も共産に投票しますし、不幸にして仮に議席減となっても、その立場は変わりません(勿論、「党の内在的要因が全くない」とは支持者でもさすがに言いませんが、「マスコミや他野党の右傾化(日本社会の右傾化)」など外在的要因が大きいと思うので、不幸にして仮に議席減となっても、あまり党執行部を非難する気はありません)。「公明との野合(新党結成)」に辺り「安保法合憲」「原発再稼働容認」に公然と立民が右傾化した現在、「党勢(マスコミ調査での支持率、国会議員や地方議員の数、党員、後援会員、サポーター数など)も加味すれば」支持できる左派政党は俺にとって共産しかありませんので(党勢を無視すれば社民党も選択肢になりますが)
*6:元文科事務次官。著書『これからの日本、これからの教育』(共著、2017年、ちくま新書)、『前川喜平「官」を語る』(2018年、宝島社)、『面従腹背』(2018年、毎日新聞出版)、『権力は腐敗する』(2021年、毎日新聞出版)、『コロナ期の学校と教育政策』(2022年、論創社)等
*7:京都精華大学准教授。著書『戦争と一人の作家:坂口安吾論』(2016年、河出書房新社)等
*8:2024年刊行
*9:左派(共産や社民)が飲めない「安保法合憲」「原発再稼働」を主張してるのだから排除も同然であり、詭弁でしかない。
*10:この俺の予想が外れ、肯定的評価であれ、否定的評価であれ、中道新党への評価をした場合は「無能な俺でもコメント可能」なら、「紙屋の中道新党評価」にコメントします。
*11:菅内閣経産相、民主党代表、衆院副議長等を経て立民党常任顧問
*12:片山や海江田の場合は志位氏と違い、落選当時、現役の党首ですが
*13:とはいえ紙屋以外の「リベラル21の安倍治平や広原盛明」なども「志位氏へのねぎらいの言葉」なしの「同様の悪罵」をするかもしれませんが。【追記】その後、広原は志位議長の不出馬は次期総選挙の敗北を見越した〝敵前逃亡行為〟に当たるのではないか、姑息な権力延命策は却って党勢後退を加速させる、通常国会冒頭解散にあたって(2)、共産党の再生は可能か(その4) - 広原盛明のつれづれ日記で志位氏に対し、紙屋と同様の悪罵をしています(呆)
*14:この点は志位議長の不出馬は次期総選挙の敗北を見越した〝敵前逃亡行為〟に当たるのではないか、姑息な権力延命策は却って党勢後退を加速させる、通常国会冒頭解散にあたって(2)、共産党の再生は可能か(その4) - 広原盛明のつれづれ日記の広原も恐らく同じでしょう。
*15:とはいえ「自民党穏健派との連立」など現実性皆無でしょうが。
*16:「共産の消費税減税主張」に「減税ポピュリズム」等と悪口するkojitakenですが、実は「消費税減税主張」に限れば、松竹や紙屋も「共産執行部同様に消費税減税主張を支持」してます。「消費税減税反対派」kojitakenが松竹や紙屋について自ブログで触れなくなった理由の一つはこれではないか?
*17:しかし皮肉にもそうした金目のことはまるで論じず、〈動画〉台湾有事問題は本を出します | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba等、安保問題ばかり論じる松竹を紙屋が「もっと経済問題を論じろ」と言わないのも随分とデタラメでしょう。また、紙屋自身も自ブログやX(旧ツイッター)で「経済問題」を積極的に論じてるわけでは全くありません。「経済問題」云々は単に「党に対する悪口」のうちで「世間受けしそう」と神谷が思ったものに乗っかっただけの「くだらない話」に過ぎないでしょう。そもそもそんなに「経済問題」云々言うなら「共産は経済問題をもっと訴えろ」という「共産への悪口」に留まらず「与野党各党の経済公約をどう考えるのか?」等についても、紙屋は論じたらどうなのか?