転落分子「松竹伸幸」を批判する(2026年1/25分)

津市議会選挙 中野ゆうこさん トップ当選おめでとう | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba
 「共産党を離党して無所属になった」中野氏のトップ当選をどう評価するにせよ、それは「彼女の業績」でしかなく「松竹の業績」ではないのに「どや顔する松竹」に吹き出しました。もはや松竹も「自分の業績」を宣伝できないので「党に批判的な人間(今回は中野・三重県津市議)」の業績なら「党非難」のために何でも持ち出す立場に「劣化してる」わけです。


解散総選挙 中国は「中道」を応援するな、迷惑だ! | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba
 まあ、まともな常識があれば「高市自民よりは親中国的と見なした最大野党を『中国にとって望ましい政党』として応援(?)してるだけ(維新、参政、国民民主、保守は高市と比べてすら親中国と言えるか疑問だし、共産、社民、れいわは、高市自民よりは親中国ではあろうが、残念ながら中道を越える得票をすると思われない)」としか理解できず、ある意味「どうでもいいこと」なのですが、これで「中道改革連合(中改連)は中国の走狗、手先だ!」とか思う「アホ右翼」も(選挙に影響を与えるレベルで?)結構いるんですかね?。

 日本共産党は、立憲が安保法制を合憲とまで容認したことを「裏切り」と批判してまで、安保法制廃止しかないと主張しているのに、新華社は、立憲と中道の安全保障政策を「穏健」だとして支持しているのだから、日本共産党は(ボーガス注:中国に?)はしごを外されたようなものだ。

 「(松竹が)ちょっと何言ってるか分からない(サンドウィッチマンの富澤)」ですね。
 「共産による中道改革連合(中改連)批判」から、松竹は中改連を擁護したいのでしょうが、「持ち出す理屈」が明らかにおかしいでしょう。
 「中国にとって、高市自民に比べれば中改連(立民、公明)の安保政策の方がまだまし」だとして、なんで日本共産党がそうした中国の判断に同調しなければいけないのか。
 そもそも「中国は中改連を応援するな!(中改連が反中国ウヨに『中国の走狗、手先』と攻撃される!)」という松竹の立場なら「日本共産党と中国の考えが違っていても」何ら問題ないでしょうに。
 むしろ「中国が中改連を応援しても、我々共産は中改連を応援しません。我々は中国べったりではない」といえて「共産にとって好都合」ではないか?(松竹への皮肉のつもり)
 そもそも日本共産党は「中国との友好関係(日中関係)」も批判理由とは言え、それだけで安保法を批判してるわけでもない(例えば憲法九条に反し、違憲という批判もしている)し、「立憲の裏切り」として批判されてるのは「安保法合憲」だけではなく「辺野古基地容認」「原発再稼働容認」もあるし。


小池晃氏の「共産は左翼か?」の悩みを共有 | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba

 私はブログでも「超左翼」を名乗っているけれど、なぜ「超」かと言えば、いまの左翼イメージと異なり、サブにあるように「保守リベラルからリアリスト左翼まで仲良く(中翼)」する左翼でありたいからだ。

 過大評価はしませんが「共産党」が
【1】「大阪府知事選、市長選」で「維新阻止」を目的に「当時は維新と対立関係にあった自民候補」を支持し、共産候補の擁立を自重する
【2】「社民党出身の辻元氏」など左派もいるとは言え「岡田民主党代表(自民→新生党新進党民主党)」「枝野立民党代表(日本新党新党さきがけ民主党)」といった「保守政党新進党新党さきがけ)出身の保守政治家」を代表とし「自民、維新ほど右ではないとは言え左翼政党とは言いがたい」民主党、立民党(岡田、枝野代表時代等)と野党共闘してきた(野党共闘が現在終わったのは、立民が野党共闘の前提である『安保法違憲』を反故にしたから)
【3】品川正治*1(1924~2013年、経済同友会終身幹事、日本火災海上保険(現損害保険ジャパン)元会長、「全国革新懇」代表世話人)に「全国革新懇」代表世話人就任を依頼し、また品川氏が志位委員長(当時)と対談する(赤旗品川さん 志位委員長新春対談/反響/党に自信。友人と読み元気/納得。総選挙で多くの人に/近くパンフを発行予定(2008.1.10)参照)
など「保守との一定の共闘」をしてる現在、「共産支持層(党員、後援会員、サポーター)」「左派、リベラル派」ではなくても、よほどの「アンチ左翼」「ゴリゴリの右翼(岡田や枝野すら左翼扱いする輩)」でもない限り「松竹の持つ左翼イメージ(?)」と異なり「日本共産党社民党新社会党など左翼は保守リベラルに敵対的」なんて思ってないでしょうに、松竹も全くトンチンカンです。
 そしてこんなことを言う松竹は「保守リベラル」などとどれほど「仲良くできてる」のか?
 「こういう活動をしてこんな成果が出ました」「保守リベラルとこんな関係性が出来ました」と書かないと言うことは恐らく大した成果がないと言うことなのでしょう。まさに松竹は「語るに落ちる」というべきでしょう。
 ついでに言えば「世間一般にも使われる保守リベラル」はともかく「リアリスト左翼」という「松竹以外ではまず見ない謎の言葉」はどういう意味なのか?
 「国会や地方議会に議席を持つ共産、社民、新社会党など」は、それらの党を敵視する「アンチ左翼」「ウヨ政党支持者」はともかく、「リアリスト左翼」として「支持者(党員、後援会員、サポーターなど)には受け入れられてる」だろうから「社会に受け入れられてる左翼」のことでしかないならほとんど意味のない言葉です。
 一方で特定の左翼(共産、社民、新社会党であれ、どこであれ)を「リアリズム(リアリスト)でない」と言って松竹が非難して「仲良くしない」というならそれは「不当な排除」ではないのか?

*1:著書『これからの日本の座標軸』『戦争のほんとうの恐さを知る財界人の直言』(以上、2006年、新日本出版社)、『9条がつくる脱アメリカ型国家』(2006年、青灯社)、『立ち位置変えず:品川正治対談集』(2010年、新日本出版社:志位氏との対談も収録)『戦後歴程:平和憲法を持つ国の経済人として』(2013年、岩波書店)等