「現時点では」なので、「今後27日の公示までに若干増える可能性は勿論あります」がまあ、かなり絞りはするのでしょう。
共産支持者として、残念ではありますが、選挙にかかる費用やマンパワーを考えるとあまり無茶も言いがたい。
また「中道」を批判してはいる物の、過去に野党共闘していた場所では「野党共闘時代に築いた人間関係を無視して、躊躇なく候補を立てる訳にも行かない」という面(しがらみ)も恐らくあるのでしょう。
勿論「選挙にかかる費用やマンパワーを考慮して、候補を立てないだけ」では
1)党勢衰退を助長しかねない
2)政治の緊張感がなくなる
3)共産候補を立ててほしいという党支持者(党員、後援会員、サポーターなど)の要請に応えてない
と言う問題は当然あります。
「今回は候補は立てないが、一方で、今後候補を立てられるだけの党勢拡大に努めること」が必要なのは当然です。まあ「言うは易く行うは難し」であり、凡人の俺も妙案はありませんが。
なお、小松立騎氏は
小松立騎
「共産党はなんで(◯◯の小選挙区で)立てないんだ」という声もチラホラあるが、この急すぎる解散で150人以上も立てられれば上出来だと思うよ。供託金もせなあかんし。
として「急な解散も影響したろう」とはしています。実際、共産に限らず他党も擁立候補は少ないようです。
まさに衆院早期解散を批判 「国民主権・参政権を侵害」/田村委員長が会見 | しんぶん赤旗|日本共産党での「急な解散でしかも短期決戦では、現職以外は候補として立つことが難しい。参政権の侵害だ」という田村批判は正しかったわけです。
香西克介*1、この人は前記の小堤氏とは違って感じのあまり良くないイキリ系の人
俺も香西氏にはお会いしたことはなく、彼のX(旧ツイッター)しか見たことはない*2ですが「感じのあまり良くないイキリ系の人」と思ったことは一度もないですね。
というか、「頭と性格の悪い、人間のクズ」「ゲス野郎」kojitakenは俺のことも「感じの良くないイキリ系」扱いして、俺に悪口してるので「ちょっと言ってる意味が分からない(サンドウィッチマンの富澤)」ですが。俺は「イキった覚え」は全くないので。
むしろ、俺的にはkojitakenの方がよほど「感じの良くないイキリ系」ですね。
kojitakenのような「頭と性格の悪いクズ(感じの良くないイキリ系)」にへいこらできる混沌の時代の自由討論会の類友連中は俺には「理解の範囲外」です。 まあ「割れ蓋に閉じ鍋」「統一教会に自民党」同様、「kojitakenに類友(レベルの低いクズ(kojitaken)の周りには同類が集まる)」ということでしょう。(1度目)
東京では江東区のお隣の江戸川区の一部が選挙区である16区にも共産は立てないようだが、江東区と江戸川区はともに昨年の都議選で共産党が議席を失ったことがマイナス査定につながったのではないかと推測される。で下町で強いはずの共産党が下町で負けたのが地元の支部のせいかというと、私はそうは思わない。
普通に考えて「支部のせい」もあるでしょう。
勿論「支部だけのせい。党執行部は何一つ悪くない」とまでは言いませんが。
勿論kojitakenだって「そうは思わない」と決めつけるまともな根拠は何もないでしょう。
単にkojitakenが「党支部は頑張ってるのに、執行部が冷たい」と執行部(不破議長、田村委員長、小池書記局長など)に悪口したいだけの「くだらない話」でしょう。
今回に限らず、kojitakenの場合「まともな根拠」を上げないで結論だけ述べるので
【1度目】
◆お前(id:kojitaken)がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな(『少女ファイト』の式島滋)
◆それって、ただのあなた(id:kojitaken)の感想ですよね(ひろゆき)
でしかない。
また「査定」とまるで「16区の支部が立てたがったのに東京都委員会や党中央が認めなかった」かのようなkojitakenの物言いですが、これだって「まともな根拠」はないでしょう。
しつこく繰り返しますがkojitakenのような「頭と性格の悪いクズ(感じの良くないイキリ系)」にへいこらできる混沌の時代の自由討論会の類友連中は俺には「理解の範囲外」です。 まあ「割れ蓋に閉じ鍋」「統一教会に自民党」同様、「kojitakenに類友(レベルの低いクズ(kojitaken)の周りには同類が集まる)」ということでしょう。(2度目)
玉木雄一郎の立民に対する怨念から前職のいる選挙区を狙い撃ちしたことは疑いない。玉木が政党を私物化しているといえる。玉木は組織(政党)の損得勘定よりも自分の感情のはけ口を重視する人間なのである。玉木はとにかく立民の前職がいるというだけで許せないらしい。
普通に考えて「玉木の私怨」では立てないでしょう。「当選できる」「当選できないまでも善戦して、党のイメージアップにつながる。比例獲得票増にもつながる」「国民民主支持層は立民と対決することを望んでる」と思うから立ててるのでしょう(そうした玉木の判断が正しいかどうかはともかく)。
kojitakenの場合、このように「まともな根拠」を上げないで結論だけ述べるので
【2度目】
◆お前(id:kojitaken)がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな(『少女ファイト』の式島滋)
◆それって、ただのあなた(id:kojitaken)の感想ですよね(ひろゆき)
でしかない。
kojitakenのような「頭と性格の悪いクズ(感じの良くないイキリ系)」にへいこらできる混沌の時代の自由討論会の類友連中は俺には「理解の範囲外」です。 まあ「割れ蓋に閉じ鍋」「統一教会に自民党」同様、「kojitakenに類友(レベルの低いクズ(kojitaken)の周りには同類が集まる)」ということでしょう。(3度目)
第2次高市内閣になったら高市がぶっ壊すのは日本経済だけじゃないからな。安全保障もぶっ壊すし、何より大々的な軍拡に邁進して、それこそ北朝鮮みたいな「先軍政治」をやりかねないぞ。あの怪物のやることは一切予測不可能だ。もっと真面目に物事を考えやがれ。
【1】高市が軍拡予算を補正で通す前に、既に「安倍、岸田、石破」の時点で軍拡(軍事予算の拡大増加)をやっている
【2】安倍政権下において従来の「武器輸出三原則」を廃止し、新たな方針「防衛装備移転三原則*3」を策定し、その方針に基づいて「政官財(自民党、防衛省、軍需企業)」が武器輸出を推進しようとしている
【3】次期戦闘機開発条約を結び、英国、イタリアと共同での戦闘機開発に乗り出した(岸田内閣時代)
ので、現時点で既にkojitakenの言う「先軍政治」ではないのか。
他の問題(スパイ防止法など)はともかく、「高市の軍拡方針(kojitakenの言う先軍政治)」は「基本的には安倍、岸田、石破の方針の踏襲」にすぎず「予測不可能な怪物(モンスター)」どころか十分理解可能でしょう(もちろん俺は「軍縮ハト派」なので、だからと言って、今後「現状が既に軍拡なので、もっと軍事タカ派の方向に行っても何ら構わない」とまでは言いませんが)。
小松立騎氏も
小松立騎
防衛費増額も岸田・石破政権の路線を継承しただけ。
たとえ岸田・石破政権が続いていても、(ボーガス注:軍拡については)それほど差はない。
として「高市軍拡(kojitakenの言う先軍政治)」については「他の問題(スパイ防止法など)はともかく、軍拡は石破、岸田時代の踏襲に過ぎない」と評価しています。
「もっと真面目に物事を考えやがれ」という言葉はむしろ「アホのkojitaken」に該当するでしょう。
しかも【3】についていえば、共産、れいわは条約に反対したが、自民、公明、維新、国民民主、立民(当時は泉代表時代)は賛成(例えば次期戦闘機共同開発条約/立憲主義破壊 共産党は反対/衆院本会議承認参照)なので、kojitakenのように「自民だけ批判して済む話」でもない。
「kojitakenが大好きな立民」も「日本の軍事化」に加担してるわけで、これでは「軍縮ハト派」の俺としては「れいわは支持できない(親ロシア、親MMTなど)」ので「共産、この道しかない」(アベノミクスの宣伝風に)。
なお、こういうときに
◆満州事変(1931年)以降の戦前日本
中国への侵略拡大で軍事費が増加。226事件で高橋*4蔵相(岡田内閣)が暗殺されたのも膨れ上がる軍事費を縮小しようとしたことが陸軍青年将校の反発を買ったからで、ポスト高橋の馬場*5蔵相(広田内閣)は軍縮方針を撤回し、むしろ軍拡にシフト
◆米国のトランプ軍拡
などではなく「北朝鮮」を持ち出すあたり「kojitakenって反共右翼なんだろうな(だから共産党を敵視するし、中道に対する評価も甘いんだろうな。つうか、『首相時代には批判していた岸田、石破』について、ついに『高市よりはマシだから石破、岸田となら手を組んでも良い』と言い出したし)」感を感じます。
まあ、こういう「反北朝鮮の人間(kojitaken)」なら
1)朝鮮学校(朝鮮高校、朝鮮幼稚園)の高校無償化、幼稚園無償化からの除外などやめるべきだ
→なお、高校は「朝鮮学校以外の多くの外国人学校(華僑学校、韓国学校など)」は適用対象だったと思いますが、幼稚園無償化は「全ての外国人学校」が適用対象外だったかと思います。悪しき「排外主義(外国人差別)」だと思います。日本人として「外国人の方々」に対し慚愧の念に堪えません。
2)拉致解決のためにも日朝国交正常化を早期に行うべき(拉致解決に先行しても全く構わない)。まずは平壌に常駐事務所を置くべき。
拉致被害者家族会の「国交正常化」「常駐事務所設置」に対する反対など「合理性は全くない」ので無視して構わない
という俺を「北朝鮮シンパ」呼ばわりするのもよく理解できます。
勿論、そうした「反北朝鮮kojitakenの俺に対する評価」には全く賛同しませんが。
以前も拙記事「頭と性格の悪い」kojitakenに突っ込む(2026年1/24日分) - bogus-simotukareのブログで書きましたが、1979年衆院選の自民敗北によって「自民主流派(総裁派閥の大平派、大平を支援する田中派)と反主流派(中曽根派、福田派、三木派)」が全面対決した四十日抗争 - Wikipediaでも反主流派は自民離党、新党結党などしていない。
「新自由クラブの河野洋平*7」「新党さきがけの武村正義*8」がわかりやすいですが、過去の「自民離党」は派閥ボスではないある意味「動きやすい人間」が離党したケースがほとんどです。河野や武村などは離党前は大した役職には全く就いていない。
過去にも
渡辺美智雄 - Wikipedia参照(渡辺についての記述は全てウィキペディアを参照)
細川首相の辞意表明(1994年4月8日。正式な首相辞任は1994年4月28日)の直後、新生党代表幹事の小沢一郎*9より自民党からの離党を条件に首相就任を渡辺*10は打診される。
と言う出来事がありました*11が、結局
一時、渡辺は小沢の誘いに応じ、本気で自民離党の姿勢を見せるが、渡辺派内の同調者が「渡辺側近の柿澤弘治」ら少数に留まり、離党を断念。なお、柿澤は渡辺に先立って実際に自民を離党し、自由党を結党。柿沢は羽田内閣外相に就任
ということで「離党しても勝てるか分からない」という判断で渡辺(自民党渡辺派領袖)は離党を断念しました。
結局「ポスト細川」は羽田*12になります(羽田の首相就任は1994年4月28日)。
羽田首相の辞任後、小沢は渡辺の代わりに「海部*13」を自民離党させ、首相に担ぎますが、自社さが担いだ「社会党の村山委員長」に敗北し、村山が首相に就任。
小沢は「海部を党首に担ぎ、自らは幹事長に就任し新進党を発足」させますが、結局、新進党は失敗し、海部も自民に復党します。
話が脱線しますが「羽田を党首に担いで新生党」「細川政権崩壊後に渡辺ミッチー担ぎ出しを画策(但し、渡辺が応じず失敗)」「羽田政権崩壊後に海部担ぎだし」「嘉田由紀子を担いで日本未来の党」など小沢という人間も本当に「黒幕的な動き」が好きな男ですね(苦笑)。
なお、海部と村山の首相指名選挙においては渡辺は
村山富市(社会党委員長)への首班指名選挙(1994年6月30日)でも「社会党の委員長を首相に推せるか」と渡辺に派閥を禅譲した中曽根*14と共に造反し、海部俊樹に投票した。これらの造反行為により、渡辺派内部における渡辺の政治力は著しく低下し、渡辺派幹部の江藤隆美*15は「小沢の誘いに乗るとは何事か」と中曽根、渡辺を公然と批判するなど、渡辺派の結束もゆるんでいった。こうした「1994年の渡辺の言動(小沢新生党代表幹事の要請に応じ自民離党を一時検討、首相指名選挙での村山への投票)」の背景には、年齢・体力面*16でももう時間がなく、自分より10歳以上若い河野総裁(渡辺は1923年生まれ、河野は1937年生まれ)に差をあけられていることへの焦りがあったと言われている。
となります。
参政党の「高市を応援するなら参政党に」というスローガンは決しておかしくもなんともない。あれは自民党を負かして自民党を高市ら極右派と石破*17・岸田*18ら伝統保守派の2つに割って、参政党は高市らと組む、そう言っているのだ。斉藤*19はその逆で、伝統保守派*20からなる自民Aと自民を極右派からなる自民B*21とに割って、「岸破*22」系の自民Aと中改連とで大連立を組むグランドデザイン(全体構想)を持っていると推測される。そっちの方が極右ネオリベに凝り固まっている高市政権の継続なんかよりもはるかにマシであることは自明ではなかろうか。
これまた、そんな風に理解できるまともな根拠は何もありません。参政党の場合「維新、自民反主流派に忖度せざるを得ない高市より我々参政党に」というアピールでしかないでしょう。そんな「自民二軍=参政党」を支持する人間がいることには、自民批判派としてため息が出ますが。
「公明の斉藤」にしても「立民と手を組むことでの衆院選勝利」以上のことは何も考えてないでしょう。まあ、「ヌエのような政党=公明」なので「選挙後の政治情勢」によってはkojitakenのような動き(高市首相辞任後の自民政権への政権入り)もあり得れば、逆に「高市と連立を組むこと」すらありうるでしょうが。
kojitakenの場合、このように「まともな根拠」を上げないで結論だけ述べるので
【3度目】
◆お前(id:kojitaken)がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな(『少女ファイト』の式島滋)
◆それって、ただのあなた(id:kojitaken)の感想ですよね(ひろゆき)
でしかない。
kojitakenのような「頭と性格の悪いクズ(感じの良くないイキリ系)」にへいこらできる混沌の時代の自由討論会の類友連中は俺には「理解の範囲外」です。 まあ「割れ蓋に閉じ鍋」「統一教会に自民党」同様、「kojitakenに類友(レベルの低いクズ(kojitaken)の周りには同類が集まる)」ということでしょう。(4度目)
つうか仮に「kojitakenが言うようなこと」を斉藤が考えていたとして「石破、岸田と中道新党との大連立」なんてもんを評価し、支持するのがkojitakenなのか?(呆)。
もはや「高市でなければ自民党と手を組んでいい」がkojitakenなのか?(呆)
首相時代には「岸田、石破を批判していたkojitaken」も随分と劣化したもんです(呆)。
kojitakenが以前批判していた「福田康夫内閣当時に浮上した、自民、民主*23大連立(結局、自民、民主両党議員の反発や世論の批判で挫折)」とkojitakenが評価する気らしい「石破、岸田と中道新党との大連立」とどこが違うのか?
いやそもそも、石破はともかく「岸田派幹部の林*24が高市内閣総務相として入閣してる岸田」は、kojitakenのように「反高市」の立場と評価できるのか?
*1:但しXでの表記は「香西かつ介」。「香西」の読み方は色々ありうるでしょうが「香西克介氏」の場合は「香西かおり(演歌歌手)」「香西駅(JR四国予讃線)」と同じ「こうざい」です。
*2:この点はkojitakenも恐らく同じでしょうが。
*3:「武器」を「防衛装備」、「輸出」を「移転」と呼びかえてる点が自民党らしい卑怯さ、姑息さです。そもそも武器は必ずしも「防衛目的」で使用されるわけではない
*4:日銀総裁、第一次山本、原内閣蔵相、首相、加藤高明内閣農商務相、田中、犬養、斎藤、岡田内閣蔵相を歴任
*5:日本勧業銀行総裁、広田内閣蔵相、第一次近衛内閣内務相等を歴任
*6:保守本流とは吉田学校 - Wikipediaとほぼ同じ意味(保守本流以外を保守傍流と呼ぶ)。吉田首相に重用された佐藤栄作(吉田内閣郵政相、建設相、自由党幹事長(吉田総裁時代))、池田勇人(吉田内閣蔵相、通産相、自由党政調会長(吉田総裁時代))の派閥の流れをくむ派閥(「佐藤派→田中派→竹下登派→小渕派→橋本派→津島派→額賀派→竹下亘派→茂木派」「池田派→前尾派→大平派→鈴木派→宮沢派」など。なお、現在いわゆる宏池会は「加藤の乱」による派閥分裂などによって「麻生派」「岸田派(宏池会を名乗っている)」「谷垣グループ」の3つに分裂している)。政治的には清和会(岸派→福田派→安倍晋太郎派→三塚派→森派→町村派→細田派→安倍晋三派)ほど右ではないが、三木派ほど左でもない。出自としては「吉田茂が総裁を務めた自由党出身者」が多い。一方、保守傍流(岸派など)は「鳩山一郎が総裁を務めた日本民主党出身者(例えば岸は日本民主党幹事長)」などが多い。但し、第二次安倍政権以降はそうした政治的な違いは明らかに薄くなっている。
*7:新自由クラブ代表、中曽根内閣科技庁長官、宮沢内閣官房長官、自民党総裁、村山、小渕、森内閣外相、衆院議長を歴任
*8:新党さきがけ代表、細川内閣官房長官、村山内閣蔵相を歴任
*9:中曽根内閣自治相・国家公安委員長、自民党幹事長(海部総裁時代)、新生党代表幹事、新進党幹事長(海部党首時代)、新進党党首、自由党党首、民主党幹事長(鳩山代表時代)等を歴任
*10:自民党渡辺派領袖。福田内閣厚生相、大平内閣農水相、鈴木内閣蔵相、中曽根内閣通産相、自民党政調会長(竹下総裁時代)、宮沢内閣副総理・外相を歴任
*11:ちなみに渡辺は1991年自民党総裁選に出馬(渡辺派領袖の渡辺の他には宮沢派領袖の宮沢喜一、三塚派領袖の三塚博が出馬)。竹下派幹部の小沢一郎に「自民党最大派閥」竹下派の支持を依頼しますが、当時、小沢ら竹下派が総裁候補として支持したのは宮沢喜一で、宮沢が首相に就任した(渡辺は宮沢内閣副総理・外相として入閣、三塚は自民党政調会長(宮沢総裁時代)に就任)という因縁が小沢との間にはありました(1991年自由民主党総裁選挙 - Wikipediaや宮沢喜一日録が記した秘密の再会談 91年総裁選の舞台裏が明らかに:朝日新聞(2024.2.27)参照)
*12:中曽根、竹下内閣農水相、宮沢内閣蔵相、新生党党首、細川内閣副総理・外相、首相、太陽党党首、民政党党首、民主党幹事長(鳩山代表時代)等を歴任
*13:自民党国対委員長(三木総裁時代)、福田、中曽根内閣文相、首相、新進党党首を歴任
*14:岸内閣科技庁長官、佐藤内閣運輸相、防衛庁長官、田中内閣通産相、自民党幹事長(三木総裁時代)、総務会長(福田総裁時代)、鈴木内閣行管庁長官を経て首相
*15:自民党国対委員長(中曽根総裁時代)、中曽根内閣建設相、海部内閣運輸相、村山内閣総務庁長官等を歴任
*16:1991年には膵臓癌の手術を受け、この頃から病気がちとなり入退院を繰り返すようになる。1993年から1994年にかけて民間療法として「野菜スープ健康法」がブームとなり、当時既に体調がすぐれなかった渡辺もこれを実践。ブームに踊らされ、根拠のない民間療法にすがるという大物政治家らしからぬ行動もまた、渡辺の焦りの表れだったのではないかと言われた。1995年9月15日、東京女子医科大学病院で心不全のため死去(72歳没)(渡辺美智雄 - Wikipedia参照)
*17:小泉内閣防衛庁長官、福田内閣防衛相、麻生内閣農水相、自民党政調会長(谷垣総裁時代)、幹事長(第二次安倍総裁時代)、第三次安倍内閣地方創生担当相等を経て首相
*18:第一次安倍、福田内閣沖縄・北方等担当相、第二次、第三次安倍内閣外相、自民党政調会長(第二次安倍総裁時代)等を経て首相
*20:kojitakenの評価では石破、岸田のことらしい
*22:岸田と石破のこと
*23:当時の民主党代表が「kojitakenが嫌う小沢一郎」
*24:福田内閣防衛相、麻生内閣経済財政担当相、第二次、第三次安倍内閣農水相、第四次安倍内閣文科相、岸田内閣外相、官房長官、石破内閣官房長官等を経て高市内閣総務相