資本主義の構造を改革する経済政策をつくりたい | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba
こういうタイトルですが、松竹が「自分の経済政策」を述べるわけでは全くなく、志位さん、資本主義を没落させるのですか | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Amebaと同様の「資本主義の没落」発言(志位議長)への言いがかりです。
松竹の志位非難がいかに酷い言いがかりかは下に書きましたので改めては書きません。
正直「松竹の言いがかり」が「不愉快」ですが、まともな人間には「松竹の批判が不当な言いがかりであることは明白」なので、こんなことを言えば、松竹支持は今でも少ないでしょうがもっと減るでしょう。そういう意味では「松竹の自滅(?)」を喜んでる俺です。
志位発言を批判するにしてももう少しまともな批判が出来ないのか?
志位さん、資本主義を没落させるのですか | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba
8中総で志位氏は、共産党の任務を「資本主義を没落させる」こと、「資本主義の『弔いの鐘』を鳴らす」ことにおいた。
党勢や国会議員の数だけでなく、理論的にも50年問題以前に先祖返りしているようだ。
「反党分子」松竹らしい「事実に反する低劣な言いがかり」で心底呆れます。
「是非はともかく」志位氏の主張のうち、「資本主義の没落」は勿論「今すぐ資本主義廃棄、共産主義実現」ではなく、「将来的な話(将来は共産主義実現)」にすぎないし、その点では先祖返りどころか、「宮本委員長時代」と何一つ違いも無い。宮本委員長時代だって「将来的な話」は「共産主義実現」であって「資本主義の枠内での改革」はあくまでも「当面の現実的な話」です。
「非左翼政党(民主党、立民党)」との野党共闘を続けてきた志位氏が「今すぐ資本主義廃棄、共産主義実現」など言うわけもない。
そもそも志位発言は
第8回中央委員会総会/志位議長の中間発言 | しんぶん赤旗|日本共産党
マルクスが『資本論』で明らかにしているように、資本主義を没落させて新しい社会をつくるためには、「客観的条件」が熟するだけでは足りません。社会を変革する「主体的条件の成熟」が必要です。どんなに資本主義の矛盾が激しくなっても、資本主義は自然には没落しない。資本主義の「弔いの鐘」は鳴らす人がいないと鳴らないのです。そして、私たち日本共産党こそが、「弔いの鐘」を鳴らす労働者階級の成長・発展の促進に責任をもっている党であります。日本の政治も同じです。どんなに自民党政治の矛盾が深くなっても、それに代わる変革の主体が成長しなければ、この政治が自動的に変わることは決してありません。
という話であり「資本主義没落(正確には『資本主義に代わる、資本主義よりも良い政治経済体制、社会体制(共産党の場合は共産主義)の構築』ですが)」云々が「志位氏の話の本筋」ではなく「自民党政治の変革(自民党政治の没落)」が話の本筋だし、そこでされてるのは「共産党など変革しようとする人間、団体(組織)がいないと資本主義も自民党政治(米国追従の外交、新自由主義的な弱者切り捨て、夫婦別姓否定などの復古主義など)も自然には変革しない。自然に共産主義やリベラル政治は実現しない」「今回、不幸にも選挙で後退したが、それにくじけず、共産党は政治、社会の変革の先頭に立とう」という「党支持者(党員、後援会員、サポーターなど)への叱咤激励」です。
志位発言のメイン「自然には変革しない」は平たく言えば「ダメおやじの最終回」や「おとぎ話(わらしべ長者など)」のように「何もしないのに成功することはあり得ない」という話です。
松竹は「話の曲解」にもほどがあるし、だからこそ「志位発言」をきちんと引用しないのでしょう。
そもそも「別記事(例えば最近のブログ記事で共産に悪口雑言しかしない松竹と紙屋研究所に呆れる&マンガワン問題に一言も触れない自称漫画評論家「紙屋」に呆れる(2026年3/16分) - bogus-simotukareのブログ)でも書きました」が衆院選での「右翼政党(自民、国民民主、維新、参政、みらい)が『ほぼ横ばいの微増(国民民主、維新)』も含めて軒並み議席増」「共産以外の左派政党(社民、れいわ)も議席減(しかも共産より深刻)」「左派では無いが、中道をアピールし、右派政党との差別化を図った中道が大敗」という事態は「右派の躍進、左派(共産以外も含む)の敗北」と見るべきだし、残念ながら議席を減らしたとは言え、左派の中では「社民(衆院選ゼロ議席)、れいわ(1議席)、新社会党(国政選挙に候補者を立てられず、事実上の地方政党)より支持されてるのが共産(4議席)」なのに「日本の右傾化をどう阻止するか」「どう左派を再興するか」ではなく「共産に悪口して憂さ晴らし」とは何とも志の低い「反党分子」松竹です。
最近のブログ記事で共産に悪口雑言しかしない松竹と紙屋研究所に呆れる&マンガワン問題に一言も触れない自称漫画評論家「紙屋」に呆れる(2026年3/16分) - bogus-simotukareのブログでも触れましたが、この点は
憲法土台に確かな共同を/新社会党大会 田村委員長があいさつ | しんぶん赤旗|日本共産党2025.12.1
憲法真ん中 確かな共同へ/4野党女性党首ら街頭トーク | しんぶん赤旗|日本共産党2025.12.27
福岡8区 れいわ候補を支援/党県委が政策協定締結 | しんぶん赤旗|日本共産党2026.1.29
憲法を真ん中にすえた左派の選挙協力広がる/小池書記局長が会見 | しんぶん赤旗|日本共産党2026.1.30
「高市一強」に対抗 さらに連携広げる/共産党と社民党が意見交換 | しんぶん赤旗|日本共産党2026.2.28
「社共共闘」46年ぶり復活なるか 両党の機関紙に党首対談掲載「憲法真ん中に共同を」 - 産経ニュース2026.1.13
「高市一強を心配する会」共産、社民、無所属で発足 田村委員長「心配世論を広げたい」 - 産経ニュース2025.2.27
共産と社民が意見交換会「高市一強を心配する会」初会合、護憲勢力の回復目指す : 読売新聞2025.2.27
など「衆院選前後に一定程度行われた左派の大同団結(共産、社民党、れいわ、新社会党など)を今後も進めてほしい」とする清末愛砂*1室蘭大学教授の方が松竹よりずっとましでしょう。
なお、松竹は「共産に悪口することにしか興味が無い」のか、「下手に言及することで共産以外の左派(社民党、れいわ、新社会党など)まで敵に回したくない」のか、「共産以外の左派(社民党、れいわ、新社会党など)を無視、軽視してる」のか、何なのか知りませんが、共産へ悪口するばかりで清末氏と違い「共産以外の左派(社民党、れいわ、新社会党など)」について言及しない「反党分子」松竹です。
とはいえ、共産どころか「共産より党勢が弱い社民、れいわ、新社会党」と比べても社会的影響力皆無なのが「松竹や神谷」なので滑稽ですが。
かつ松竹や紙屋が「共産以外の左派(社民党、れいわ、新社会党など)を無視、軽視」すれば「共産以外の左派(社民党、れいわ、新社会党など)」も松竹や紙屋に対しては当然「冷淡な対応」しかしないし「松竹や紙屋は一体誰に向かって運動する気なんだ?」「自民、維新などの右翼政党支持者なのか?(そうした右派が松竹や神谷を支持するとも思えませんが)」ですね。
もはや松竹や紙屋は「除名された恨みがある共産に悪口出来ればそれでいい」「日本の政治を変えたいわけではない」し、「松竹や紙屋ほどには共産に敵対的ではない、むしろ友好的な社民党、れいわ、新社会党など(例えば憲法真ん中 確かな共同へ/4野党女性党首ら街頭トーク | しんぶん赤旗|日本共産党参照)」を「敵(共産)の味方(社民党、れいわ、新社会党)は敵」として敵視してるように見えません。
だからこそ松竹や紙屋の支持者も全然増えないし、今や野党各党やマスコミも松竹や神谷など相手にしない。
松竹や紙屋がまともな人間なら「何故、社民党、れいわ、新社会党は自分たち(紙屋や松竹)を相手にせず、共産党との共闘をすすめるのか?(例えば憲法真ん中 確かな共同へ/4野党女性党首ら街頭トーク | しんぶん赤旗|日本共産党参照)」「何故社民党、れいわ、新社会党は自分たち(紙屋や松竹)より共産を評価するのか?」「何故マスコミは自分たち(紙屋や松竹)の活動を報じず共産の活動を報じるのか?」と悩むべきでしょうが、自分を棚上げして「マスコミや社民党、れいわ、新社会党は俺たち(紙屋や松竹)に無理解だ」と敵意を募らせるだけで反省心ゼロだから呆れます。
*1:著書『平和とジェンダー正義を求めて:アフガニスタンに希望の灯火を』(共著、2019年、耕文社)、『ペンとミシンとヴァイオリン:アフガン難民の抵抗と民主化への道』(2020年、寿郎社)等