新刊紹介:「歴史評論」9月号

 「歴史評論」9月号(特集/人の移動:東西比較)の全体の内容については「歴史科学協議会」のサイトを参照ください。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/rekihyo/

 以下は私が読んで面白いと思った部分のみ紹介します。(詳しくは9月号を読んでください)

■「ヨーロッパの移民とアジアの移民」(宮島喬
(内容要約)
・ヨーロッパでは移民受け入れがアジアに比べ早かったこともあり、移民の定住化が起こっている。これに対し、アジアでは多くの移民は出稼ぎのような短期的移民が多い。
(当然、ヨーロッパに比べアジアでは、移民は国民に見えにくいし、法的対応も進んでいない)*1*2
アメリ国務省「人身売買報告書」が日本を「監視対象国」に分類したこと等から、日本政府は刑法改正(人身売買罪の新設)等、一定の対応を行った。*3*4
・移民の原因の一つとして、先進経済国と発展途上国の経済的格差(出稼ぎしないと食っていけない)があるので、移民はその人の自由とは安易に言えない。


■「冷戦の終焉と『トラフィッキング(人身売買)』」(羽場久美子)
(内容要約)
・冷戦の終焉により、東側(旧共産圏)から西側への人の移動が活発化した。
・しかしその結果、以下の深刻な問題が発生した。
 東側の多くの国は深刻な経済状況だったため、多くの優秀な人材(頭脳労働者、インテリ)が西側に出国し、大きなダメージを受けた。
 また、深刻な経済状況から、『トラフィッキング(人身売買)』も蔓延している。*5*6


■「ベルギーにおける移民の歴史」(平野奈津恵)
(内容要約)
・19世紀においてベルギーは移民送り出し国(主たる送り出し先はフランス)であった。
・20世紀に入ると、ベルギーは移民受け入れ国に変化する。その大きな理由は、出生率の低下による労働人口の減少であった。


■「メコン流域と人の移動」(渋谷淳一)
(内容要約)
メコン川流域の経済開発が流域諸国(中国、タイ、カンボジアラオスミャンマーベトナム)の協力で進んでいる。
・しかし、その一方で様々な問題(「移民労働者問題」「ASEANなど他の国際機関との役割分担の問題」等)も表面化している。そうした問題をどう解決するかがメコン川開発成功のキーポイント。


■投稿「西インド連邦トリニダード」(北原靖明)
(内容要約)
・「第2次大戦後の植民地解放運動の活発化」、「イギリスの経済力の低下」(独力で植民地を保有することは困難)などから、イギリスは西インド(ジャマイカトリニダード・トバゴ、バルバドス、ドミニカ、グレナダ等)を従来通りの形で植民地支配することはあきらめた。(また、「この地域でアメリカの力が大きくなった」、「従来に比べ、西インドの政治的重要性が落ちた」という事情もあった)
・ただし、西インドをイギリスの勢力圏にとどめるため、イギリスは「西インド連邦構想」(西インドを連邦国家として独立させたうえで、コモンウェルスイギリス連邦)にとどめる)を提唱した。
・しかし各国の思惑の違いから、構想についてのコンセンサスを得ることが出来ず、西インド連邦構想は挫折した。例えばこの論文で主に取り上げられているトリニダードの政治家ウィリアムズ*7は、アメリカ合衆国のような強固な連邦制(中央集権型連邦制)を主張したが、こうした主張は必ずしも多数派ではなかった。


■コラム・歴史の眼「ムンバイー・テロを通してみる最近の南アジア」(内藤雅雄)
・2008年11月、インドのムンバイー*8で、イスラム過激派によるテロ事件が起こった。
・インド捜査当局は、この過激派は、パキスタン軍情報部に育成された物だと主張している。*9
・インドも、パキスタンも今のところ「大人の対応」を取っているが、どちらの国にも「ヒンズー過激派」「イスラム過激派」がおり、今後の動向は未知数。*10

*1:もちろん、ヨーロッパでも移民に対する考えは様々(一番ヒドイのが排外主義右翼だろう)であり、十分なコンセンサスがあるわけではない。

*2:ヨーロッパの法的対応としては、例えば外国人参政権がある。

*3:日本政府の対応が必要十分な物かはもちろん議論の余地があると思う。

*4:日本独自の問題(だと思う)として外国人研修生問題がある。

*5:『トラフィッキング(人身売買)』の目的はいろいろ(「タコ部屋など低賃金での強制労働」「強制売春(児童売春を含む)」など)だが、この論文では主として、性的な『トラフィッキング(人身売買)』(強制売春)が取り上げられている。なお、『トラフィッキング(人身売買)』だけではなく、東側など現地での「タコ部屋など低賃金での強制労働」、「強制売春」も問題なのは言うまでもない(こういう現地での強制労働、強制売春は利益を受ける側が外国企業、外国人観光客のことがあるので、外国(もちろん日本を含む)は無関係とは言えない。)

*6:もちろん『トラフィッキング(人身売買)』が起こっているのは東側だけではない。(日本ではむしろ東南アジアの方がよく知られている)

*7:トリニダード初代首相。その功績から、「トリニダードの父」と呼ばれた。歴史学者としても著名。著書『帝国主義と知識人』(邦訳・岩波モダンクラシックス、1999年)、『コロンブスからカストロまでI・II』(邦訳・岩波モダンクラシックス、2000年)、『資本主義と奴隷制:経済史から見た黒人奴隷制の発生と崩壊』(邦訳・明石書店、2004年)(以上、日本版ウィキペディアからの引用)

*8:昔の名前だとボンベイ

*9:もちろん、テロの首謀者がパキスタン軍(または政府)だと主張しているわけではない。ソ連のアフガン侵略時にパキスタンが(アメリカCIAとともに)、ソ連に対抗して育成した過激派が今やコントロールできずにインドで暴走しているという話(タリバンを育てたのもパキスタンとCIAのコンビ)。

*10:アフガン問題が未だに解決していないこと(だから無茶な攻撃はすべきじゃなかったんだよ、ブッシュ政権)、インド/パキスタン両国が核保有国(しかもアメリカがそれを事実上黙認)である、等の問題がある。