はてなブログでは未来日付の記事は「原則としては」書かないことにします、他(追記あり)

【最初に追記(2019年2/15記載)】
bogus-simotukareのブログということでココログにもブログを作ったので紹介しておきます。
ただ「今のところはてなの方が書きやすい(ココログだと脚注のつけ方がよく分からない、エンターキーで改行すればはてなだとそのまま改行になるが、ココログだとそうならない)」ということではてなの方で書くことが多いかと思います。
【追記終わり】

 bogus-simotukareのブログでは未来日付の記事も書いていたのですが、はてなブログだと未来日付記事がたくさんあると、新規記事を書いてもそれが目立たず非常に見づらい気がするので、基本的には未来日付記事は書かないことにしたいと思っています。なお、この文章は2019年1月28日に書いています(これは、目立つところに置いた方がいい「お断りの文章」なので未来日付の記事ですが。なお、俺が勘違いしてるのかもしれませんが「あまり遠くの未来日付」だといろいろと作業が厄介な様なので「2019年1月28日の約1年後」にしています。しかし、当然ながら、冒頭にいつも表示される様に適宜、日付の設定は変更する予定です)。
 http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/25000101/1256334886:title(残念ながらはてなダイアリーが消滅したのでリンク切れ。sorarisu0088氏への謝罪文)ですが、id:Bill_McCrearyさんのご教示(2019年8/18)によれば結局はてなダイアリーは7月末日でなくなったそうです(事前に連絡がなかったか、連絡があったが小生が見落としていたのでしょう。それにしても全削除の決定が随分早かったなと言う気はします。もちろん停止したサービスをそのようにすることは予想できたことではありますが)。
 id:Bill_McCrearyさんご教示ありがとうございます。
 以前、

1)はてな社の方針では当面、はてなダイアリー記事は「更新やコメントはできないが」記事自体は残る
(もちろん、最終的にははてな社が「やはり削除」という方針にする可能性もゼロではないでしょうが将来的な問題はひとまずおきます。その場合、さすがにはてな社は事前広報くらいするでしょう。その場合はこちらに謝罪文を移そうとは思います)
2)はてなブログにまで過去の恥をさらしたくない(まあ俺個人のくだらない感情論ですが)
つうことで、まあこの記事での「謝罪相手」である御仁が「どうしてもブログにまで謝罪文そのものを残せ」と言ってくるならまた話も別ですが、「ここにお断りの文章を載せること」で「謝罪文そのもの」はここにはひとまず載せないことにします。

としたので「弱ったな」というのが正直な感想です。本当に「過去のはてなダイアリー」がきれいすっかりなくなっている上に、小生はこの謝罪文を別に「ワード文書など他の文書」の形で保存していません。なので謝罪文を正確に復元しようがない。
 無理に思いつきででっちあげてもかえって問題でしょう。つうことでsorarisu0088氏から「こういう文面で乗せろ」つう要望がない限り、とりあえずこのままにしておこうかと思います(こちらから彼に問い合わせるのは挑発行為と認識される危険性がある気がするのでそれはしません。彼が小生に対して何のアプローチもしなければ、今の彼にとって小生が「どうでもいい存在である」ということなのでしょうから)。「sorarisu0088氏と小生が過去にトラブって、小生が非を認め謝罪文を掲載した」ということだけはここに指摘しておくので、それでご容赦、ご勘弁願いたいと言うのが正直な感想です。

【2019年1月29日追記】
 早速、移行後、コメント設定を修正。
 コメントは通常設定だと「はてなユーザー」という設定ではてなユーザーしかコメントできないようですね(コメントするときははてなのID、パスワードでログインする)。
 当然(?)ながら「俺にとってはてなユーザーにコメント者を限定する理由がない」、というか従来コメント頂いていた方々はおそらく「ほとんどがはてなユーザーじゃない」ので「ゲスト(誰でもコメント可能)」に変更します。しかし通常設定は「ゲスト」であるべきじゃないんですかね。
 俺みたいなうっかりは「はてなユーザー設定」に気づかず、「何で移行前にコメントしてくれた方たちがコメントしてくれないんだろうな」と悲しむという皮肉なことになりかねません。いや「はてなユーザーを増やしたい」という企業の立場からは、一理ある「通常設定」でしょうけどね。
 「はてなブログーユーザーの利便性をなんだと思ってるんだ!」つう反発は感じます。

新刊紹介:「経済」11月号

「経済」11月号について、俺の説明できる範囲で簡単に紹介します(注:9月時点ではここの記載は、経済10月号に掲載された11月号の予告目次によっているので変更があり得ます)
 http://www.shinnihon-net.co.jp/magazine/keizai/
特集『岐路に立つ日本資本主義』
■歴史的岐路に立つ日本資本主義(鶴田満彦*1
■持続可能性の危機にある地域社会と再生への展望(岡田知弘*2
自動車産業にみる国際競争の展開(小阪隆秀)
■日本の長期停滞と技術革新(藤田実*3
■迫る財政金融破綻と資本の強蓄積(山田博文*4
■国・地方の財政赤字1100兆円をどうするか(鶴田廣巳)
■政府は国民皆保険制度をどうするのか(長友薫輝*5
■「労働力不足」と外国人労働者問題の岐路(伍賀一道*6
■人口減少と東京への一極集中をどう見るか(中山徹*7
新自由主義政策の帰結と国連「家族農業の10年」(関根佳恵)
■現代資本主義をどうとらえるか(高田太久吉*8

*1:著書『グローバル資本主義と日本経済』(2009年、桜井書店)、『21世紀日本の経済と社会』(2014年、桜井書店)など

*2:著書『地域づくりの経済学入門』(2005年、自治体研究社)、『一人ひとりが輝く地域再生』(2009年、新日本出版社)、『増補版・道州制で日本の未来はひらけるか』(2010年、自治体研究社)、『震災からの地域再生』(2012年、新日本出版社)、『「自治体消滅」論を超えて』(2014年、自治体研究社)、『公共サービスの産業化と地方自治』(2019年、自治体研究社)など

*3:著書『日本経済の構造的危機を読み解く』(2014年、新日本出版社)、『戦後日本の労使関係』(2017年、大月書店)

*4:著書『国債がわかる本』、『これならわかる金融経済(第3版)』(2013年、大月書店)、『99%のための経済学入門(第2版)』(2016年、大月書店)など

*5:著書『長友先生、国保って何ですか』(共著、2013年、自治体研究社)

*6:著書『雇用の弾力化と労働者派遣・職業紹介事業』(1999年、大月書店)、『「非正規大国」日本の雇用と労働』(2014年、新日本出版社

*7:著書『行政の不良資産』(1996年、自治体研究社)、『公共事業依存国家』(1998年、自治体研究社)、『地域経済は再生できるか』(1999年、新日本出版社)、『公共事業改革の基本方向』(2001年、新日本出版社)、『地域社会と経済の再生』(2004年、新日本出版社)、『子育て支援システムと保育所・幼稚園・学童保育』(2005年、かもがわ出版)、『よくわかる子ども・子育て新システム』(2010年、かもがわブックレット)、『人口減少時代のまちづくり』(2010年、自治体研究社)、『人口減少と地域の再編:地方創生・連携中枢都市圏・コンパクトシティ』(2016年、自治体研究社)、『人口減少と公共施設の展望:「公共施設等総合管理計画」への対応』、『人口減少と大規模開発』(2017年、自治体研究社)、『人口減少時代の自治体政策:市民共自治体への展望』(2018年、自治体研究社)、『だれのための保育制度改革:無償化・待機児童解消の真実』(2019年、自治体研究社)など

*8:著書『金融グローバル化を読み解く10のポイント』(2000年、新日本出版社)『金融恐慌を読み解く』(2009年、新日本出版社)、『マルクス経済学と金融化論』(2015年、新日本出版社)、『引き裂かれたアメリカ:富の集中、経済危機と金権政治』(2017年、大月書店)など

「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2019年9/21分:天を回せの巻)

加藤健の「天を回せ! ロビー活動で挑む」 : 韓国軍のレイプが国際問題に!
 日本バカウヨらしいな、と心底呆れます。
1)「ベトナム戦争での韓国軍の性犯罪が問題視される時代」だから「旧日本軍の性犯罪(慰安婦など)も問題視される」のだということ。問題は「戦時下での性犯罪の撲滅」であること
2)当然ながらこの種のバカウヨを除き、「韓国軍の性犯罪を批判する人間」は「旧日本軍の性犯罪」も批判していること
3)「韓国軍の性犯罪を批判すること」は「旧日本軍の性犯罪を免罪すること」とは違うこと
が理解できないようです。
 この種の人間にとっては「野党の不祥事を追及すること」は「与党の不祥事を免罪すること」なのでしょう。物事を「あるべき道理」ではなく「味方にとって有利か不利か」でしか理解できないわけです。あきれて二の句が継げませんね(慰安婦違法性否定論が日本にとって有利とはとても思えないことはひとまずおきます)。
 誰がやろうと不祥事は追及する、それが道理です。
 大体ベトナム戦争においては当然ながら「韓国軍はわき役にすぎず」、主役は米軍であり、米軍こそが「性犯罪の主役」でもあるのですがね。

「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2019年9/21分:荒木和博の巻)

北朝鮮の親日派【調査会NEWS3079】(R01.9.21): 荒木和博BLOG

・母親高ヨンヒは日本出身で、祖父高ギョンテクは日本時代に軍需工場で朝鮮人女工を管理する仕事をしていたとも言われています。
・しかし北朝鮮の一般国民で在日の血を引いていて、しかも祖父が対日協力者ということになれば明らかに「敵対階層」であって、労働党員にすらなれないでしょう。そのため金正恩は自分の母親の血統については一切明らかにできないでいます。
・そんなことで、10月12日の神戸でのデモ・集会でも「在日の血を引く金正恩は日本人拉致被害者在日朝鮮人拉致被害者を返せ」という趣旨のことをアピールする予定です。この際安倍総理も「条件をつけずに金正恩と会う」というなら*1、「大阪で生まれた高ヨンヒさんの息子であり、帝国陸軍に協力してアジア解放のために献身した高ギョンテクさんの孫である金正恩委員長をぜひ日本にお招きしたい*2。(ボーガス注:大阪府大阪市生野区)鶴橋*3焼肉屋で一緒にホルモンを食べようではありませんか」とか呼びかけたらどうでしょうか。

 やれやれですね。荒木の指摘「母親高ヨンヒは日本出身で、祖父高ギョンテクは日本時代に軍需工場で朝鮮人女工を管理する仕事をしていた」が事実かどうか知りませんし、知りたいとも思いませんがそれはさておき。
 荒木のやってることは「金正恩は、母や祖父のルーツをあまり明らかにしたくない(金正恩にとってある種の恥部?)」という認識のもとに単に金正恩に嫌がらせをしているだけのばかばかしい話です。拉致の解決に全く関係ない。巣くう会はともかく家族会は荒木のようなバカと良く付き合えるもんです。

今韓国でも文在寅政権の反日政策への反発で、「親日」を叫ぶ人たちが出てきています。

 まあそんな連中が仮にいるとしても超少数派ですね。安倍や荒木のような無法な嫌韓国ウヨ連中を容認する類の「親日派」は明らかに多数派ではありません。
 仮にポスト文政権が荒木が期待するように「自由韓国党政権」となったとしても荒木の期待するような事態はありえません。
 文政権の最近の支持率低下にしても「景気悪化」「法相の疑惑」が理由であって対日外交が理由ではありませんし。

*1:安倍が「条件をつけずに金正恩と会う」というならまずすべきことは「首脳会談直後にすぐに拉致被害者が現れなくても首脳会談はします」と明言することでしょう。「条件を付けないで会う」というなら「拉致被害者が出てこないなら会えない」とは言えないはずです。しかし安倍は「救う会や家族会の反発」を恐れてその点はあいまいにごまかし、その結果、北朝鮮から「条件なしで会うって嘘やないか」「首脳会談直後にすぐに拉致被害者が現れなくても首脳会談はします、と明言できないってそういうことやろ?」と突っ込まれる無様さです。

*2:荒木がマジで金正恩訪日を望んでるわけもないですが、本当に訪日してほしいなら「金正恩におべっかを言え、とは言いませんが」、最低限「金正恩に対するそれなりの礼節は必要」でしょう。要するに金正恩に対して暴行などの犯罪行為はしないのはもちろん、「拡声器で悪口雑言する」などの侮辱行為もすべきでない、つうことですが。メンツをつぶされてまで、訪日する気は金正恩にはないでしょう。

*3:コリアンタウンがあることで知られる。

黒坂真に突っ込む(2019年9月21日分)

■黒坂ツイートにコメント

黒坂真
 立憲民主党のHPでは、安保法制を廃止すると考えているのかどうか不明*1自民党の昔の宏池会と大差ない*2かと。

 宏池会というのは「池田*3派→前尾*4派→大平*5派→鈴木*6派→宮沢*7派」で宮沢派は

・河野*8
・加藤*9

に分裂します。
 河野派は麻生*10派となり、一方、加藤派はいわゆる「加藤の乱」失敗を契機に「加藤派」と「反加藤派(堀内*11派)」に分裂。
 その後、加藤派は「小里*12派→谷垣派」となり堀内派は「堀内派→丹羽*13・古賀*14派(丹羽・古賀の共同代表)→古賀派」となりその後「古賀派」が「谷垣*15派(旧)」に吸収されて「谷垣派(新)→岸田*16派」となります。
 したがって今、宏池会の流れをくむのは「麻生派」「岸田派」ですが河野洋平氏の子分であり、派閥を引き継いだとはいえ「政治的に明らかに安倍に近いウヨ」であり、河野氏から禅譲されたわけでもない麻生率いる麻生派は一般には宏池会扱いされません(麻生本人も「河野派継承者」どころか「宏池会」扱いされたがっておらず、岸田派と合流する気もないとされる)。まあ、麻生派を除けば一応「自民党リベラル」にあたる政治グループとされる宏池会です。
 こうした黒坂の認識の是非はともかく「黒坂も面白い(?)人間だな」と苦笑せざるを得ません。
 黒坂の認識の是非はともかく、彼が「立民=昔の宏池会」と認識してるのなら「そんな立民を敵視する安倍自民は極右政党以外の何物でもない」し、一方でそんな立民と「事情はともかく野党共闘する共産」はソ連共産主義ではありえないわけです。
 ところが一方では黒坂は「敵の出方論ガ―」といって共産党が暴力革命政党であるかのようにデマ飛ばす。
 まあ「昔の宏池会のような立民と手を組んでいいのか(右傾化批判)」も「暴力革命の恐れガー(左傾化批判)」も共産非難という点では共通していますが方向性がまるで逆であり、両立しない批判です。両立しえない非難を「とにかく共産党が非難できればいい」ということでやってしまう黒坂は無茶苦茶としか言いようがないでしょう。まともな人間にはおよそできない行為です。

黒坂真
 中野顕さん。日本共産党伊藤博文*17ハルビンで射殺*18した安重根を、英雄と考えているのでしょうね。

 もちろん中野氏の主張は「共産党が英雄と考えてる」つう話ではなく
1)「侵略者・伊藤(前韓国統監)を暗殺した安」を韓国民が英雄と評価するのは民族感情として当然(こうしたことは何も韓国に限った話ではない)であり
2)テロリストなどと悪口する菅官房長官は「頭がおかしい」という話です。
 大体そういうことをいう黒坂らウヨは日本において「桜田門外の変(井伊大老暗殺)を起こしたテロリスト(水戸浪士)」「吉田東洋暗殺を実行したテロリスト(武市半平太)」が靖国に英霊として合祀されてることをどう理解してるんですかね。
 「当時はそういう時代だった」「そうした尊王攘夷派、討幕派のおかげで明治維新が実現し日本は近代化した」で片づける気なのか?

参考

きょうの潮流 2014年2月18日(火)
 中国東北部ハルビン駅に韓国の義士、安重根(アンジュングン)の記念館を開設した報道に、日本政府は先月、伊藤博文を殺した「テロリスト」として抗議しました
▼1910年の「韓国併合」の前年に、初代の韓国統監を務めた伊藤博文が射殺されました。外交権を奪ったとき、伊藤が「駄々をこねるようなら殺(や)ってしまえ」と大臣に聞こえるように脅したのは、有名な話。韓国で安重根は、義兵闘争の英雄として扱われています
▼日本でも安に心酔した人がいます。千葉十七(とおしち)という青年憲兵です。当初の憤りも、刑務所の看守として安の態度を見、公判での強い愛国心に触れ、尊敬の念を抱くように変わったのです。終生、供養したといいます
▼安と千葉を一緒に顕彰している碑が、宮城県栗原市の大林寺(だいりんじ)にあり、毎年追悼会が開かれています。数年前に参加したとき、地域の檀家(だんか)や市民、韓国の人たち100人が集いました。地域の中学生が書いた日韓関係の年表が本堂に張られ、安の「東洋平和論」についての講演もありました
▼33年前に建てられた顕彰碑には、安が処刑の寸前に千葉に贈った遺墨の文字が刻まれています。碑文では、「日韓両国の永遠の友好を祈念して」と、2人の功績と絆をたたえています
▼書いたのは、保守系の現職知事だった故山本壮一郎氏*19です。のちに「千葉も立派だが、その千葉に終生合掌させた安重根の生きざまも立派だった」と住職に述懐しています。テロリスト視などせず、民族の独立に身をささげた清廉な人物と評価しています。

*1:ただし立憲民主党 | 各党の公約 2019 | NHK選挙WEBは「安保法制廃止の立場」とみなしてますけどね。どんなもんでしょうか。

*2:宏池会の立場」なら安保法制は廃止の立場でないとおかしいでしょう。

*3:大蔵次官から政界入り。吉田内閣蔵相、通産相、石橋内閣蔵相、岸内閣蔵相、通産相などを経て首相

*4:岸内閣通産相自民党幹事長(池田総裁時代)、総務会長(佐藤総裁時代)、佐藤内閣法相、衆院議長など歴任

*5:池田内閣官房長官、外相、自民党政調会長(佐藤総裁時代)、佐藤内閣通産相、田中内閣外相、三木内閣蔵相、自民党幹事長(福田総裁時代)などを経て首相

*6:池田内閣郵政相、官房長官、佐藤内閣厚生相、福田内閣農林相、自民党総務会長(佐藤、田中、大平総裁時代)などを経て首相

*7:池田内閣経済企画庁長官、佐藤内閣通産相、三木内閣外相、鈴木内閣官房長官、中曽根、竹下内閣蔵相などを経て首相。首相退任後も小渕、森内閣で蔵相

*8:中曽根内閣科学技術庁長官、宮沢内閣官房長官、村山、小渕、森内閣外相、衆院議長を歴任

*9:中曽根内閣防衛庁長官、宮沢内閣官房長官自民党政調会長(河野総裁時代)、幹事長(橋本総裁時代)を歴任

*10:橋本内閣経済企画庁長官、森内閣経済財政担当相、小泉内閣総務相、第一次安倍内閣外相、自民党幹事長(福田総裁時代)などを経て首相。現在第二~四次安倍内閣副総理・財務相

*11:宇野内閣労働相、橋本内閣通産相自民党総務会長(小泉総裁時代)など歴任

*12:海部内閣労働相、自民党国対委員長(河野総裁時代)、橋本内閣総務庁長官、自民党総務会長(森総裁時代)など歴任

*13:宮沢、小渕、森内閣厚生相、自民党総務会長(第一次安倍総裁時代)など歴任

*14:橋本内閣運輸相、自民党国対委員長(小渕総裁時代)、幹事長(森総裁時代)、選対委員長(福田、麻生総裁時代)など歴任

*15:小泉内閣国家公安委員長財務相自民党政調会長(福田総裁時代)、福田内閣国交相、第二次安倍内閣法相、自民党幹事長(第二次安倍総裁時代)など歴任

*16:第一次安倍、福田内閣沖縄・北方等担当相、第二次、第三次安倍内閣外相などを経て自民党政調会長

*17:貴族院議長、枢密院議長、首相、韓国統監など歴任。元老の一人。

*18:暗殺と言わないあたりが興味深い。

*19:1919~2001年。元自治官僚。宮城県総務部長、副知事を経て知事(1969~1989年まで5期20年)

今日の朝鮮・韓国&中国ニュース(2019年9月21日分)

韓国に対して、旧宗主国の日本がなすべきこと | 楊海英 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 朝鮮半島の2つの国家*1と付き合う上で、日本に欠けている視点が1つある。それは彼らが同じ民族だ、という認識である。「同じ民族が他者によって分断されるほど悲しいことはない」というのが、2度の世界大戦を経た20世紀のコンセンサスだろう。ここでいう分断民族とは東西ドイツ南北朝鮮、それに内外モンゴル*2
 3つの民族の分断はいずれも、日本と関係している。米英ソは日本と同盟していたドイツとの戦争にほぼ勝利した1945年2月、クリミア半島のヤルタで日本帝国にいかに対処するかを議論した。日本の北方四島ソ連に「引き渡す」だけでなく、モンゴルを2つに分ける密約*3が交わされた。
 モンゴル人民共和国*4ソ連と共に満州に進軍し、内モンゴルの同胞を日本の支配下から解放したものの、民族の統一は実現されず、逆に中国の統治下に組み込まれてしまった。当事者のモンゴル人にとっては、青天のへきれきだった。
 日本が撤退した直後、朝鮮半島では2つの大きな政治勢力が拮抗していた。ソ連の後押しを受けて北部を支配していた共産ゲリラ軍と、満州国軍の青年将校らが結集して南部で樹立した親米・親日政権だ。前者のリーダーは金日成(キム・イルソン)。後者の中心人物は高木正雄こと朴正煕(パク・チョンヒ)*5だった。
 日本は他者の立場に立って物事を考えることも必要だろう。もし先の大戦の後、日本列島も北緯38度線で米ソによって分断されていたら、大和民族はどうするのか。片や全体主義で、もう一方が民主主義だからといって、民族統一を諦めるのか*6
 世界のどの民族より強烈な仲間意識で固まっている日本人は恐らく、最も苛烈な形で民族統一運動を推し進めるのではないか。
 日本人は同じ民主主義の韓国が全体主義北朝鮮になびくことが理解できないようだが、仮に半島の民族統一を邪魔すれば、それこそ植民地支配より深い恨みを買う。モンゴルの民族統一を阻止している中国をモンゴル人が絶対に許せない*7ことが何よりの証拠だ。
 日本は旧宗主国として朝鮮半島の民族統一をむしろ後押しすべきだ。そうして初めて真の友好が生まれる。

 太字強調は俺がしました。「密約」「モンゴル統一」云々はともかく今回は「楊*8の結論(太字部分)」が実にまともです。反中国のために日本ウヨに媚びる姿よりもこちらの方が楊の本心ではないのか。

参考

「宗主国」の日本人へ~モンゴル人からのあるメッセージ(楊 海英) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)
 朝鮮半島はふたつの国家に分断されているのか。そこには、日本の責任はないのでしょうか。
 答えは簡単、「責任あり」です。台湾も朝鮮半島も日本の植民地だったのですから。
 モンゴルについても同じです。具体的にはモンゴル高原の南部、俗にいうモンゴル国外蒙古)に対する内モンゴル、今日の中国領内蒙古自治区は(ボーガス注:「満州国の一部」や「徳王(デムチュクドンロブ)*9が主席を務める蒙古聯合自治政府」という)日本の植民地だったのです。
 台湾と中国の対立、南北朝鮮の分断、そして内外蒙古すなわち内モンゴルモンゴル国の分離もまた、日本の大陸進出に淵源しています。日本の大陸進出がなければ、台湾も朝鮮半島も、そしてモンゴル高原も、その地政学的状況はまったく違っていたはずです。わかりやすく言えば、内モンゴルは中国領とされていないはずですし、朝鮮半島にも統一された国家が樹立されていたでしょう。
 もっとも、台湾についてはわかりませんが。
 日本人はどうして、自身が関わった、20世紀前半の「帝国建設」の歴史を無視する「健忘症」におちいってしまうのでしょうか。
 私はこれまで旧植民地出身のモンゴル人として、宗主国たる日本の人びとに、私たちが共有し、ともに創成してきた歴史を伝えることを目的として著述してきました。
 まず、20世紀に突入したばかりの日本はロシアと出会い、私の故郷満洲で戦いました。あの日露戦争の戦場は、日本でもなく、ロシアでもなく、なんと私たちモンゴル人と満洲人の草原でした。そして、モンゴル人は日本人と組んで、東へと進出してきたロシア人と戦ったのです。日本には無数の日露戦争の本がありますが、もう少し、友軍のモンゴル軍についての記述があってもいいと思います。
 いや、正確にいえば、ありました。かつては、陸士こと陸軍士官学校ではちゃんと、友軍のモンゴル人について教えていました。その歴史を私は、
①『日本陸軍とモンゴル──興安軍官学校の知られざる戦い』(中公新書/2015)
のなかで書きました。日本軍の先導役をつとめたバボージャブ親子の話から始まり、なぜ、モンゴル人は日本に協力したかについて、探究しています。モンゴル人は無条件に日本に協力したのではありません。中国からの独立に日本の助力が必要だったのです。また、当時の日本人はいまの人びとと違って、モンゴル独立に賛成し、援助を惜しまなかったのです。
 しかし、バボージャブの独立の夢は帝政ロシアと帝国日本の裏切りによって葬られ、その部下たちの一部は馬賊になっていきました。一方、辛亥革命ロシア革命後、外モンゴルには1924年社会主義モンゴル人民共和国(現モンゴル国)が成立します。また日本は満洲事変を起こし、満洲国を建国させます。こうした事情を背景に、私は、
②『最後の馬賊──「帝国」の将軍・李守信』(講談社/2018)
を執筆しました。この本では、馬賊から身を起こし、チンギス・ハーンの末裔である徳王を支え、1949年までモンゴルの独立を目指して戦った男、李守信*10を描いています。彼は当時、帝国軍人の鑑、「蒙古の乃木*11将軍」と評価されていました。昭和天皇から勲章も与えられています。当時、満洲国のおよそ3分の2がモンゴル人の草原から成っていましたし、満洲国軍すなわち日本軍の主力部隊にはモンゴル人部隊が含まれていました。
 日本が撤退したあと、満洲国のモンゴル軍はひきつづき独立を求めます。またモンゴル人民共和国との統一、「大モンゴル」の樹立を夢見ました。しかし、「ヤルタ協定」の密約によって、内モンゴルは中国領とされてしまいます。同じ密約で、北方四島ソ連に引き渡されています。ついでに言いますと、日本は戦後ずっと、北方四島の返還をソ連(ロシア)に対して要求してきましたが、内モンゴルの帰属*12については、黙りこんでいます。
 日本の大陸進出と、日本に対する戦後処理がなければ、内モンゴルを中国に引き渡すような「ヤルタ協定」なんか出てくるわけがありません。内モンゴルを中国に占領させてしまったのは、日本の大陸進出が原因です。そのあたりを含めて、わかりやすく伝えたいと、私は、
③『モンゴル人の中国革命』(ちくま新書/2018)
を書きました。現代史はドラマよりも波瀾に満ちています。国共内戦中華人民共和国成立後、かつての満洲国軍の一部だったモンゴル軍は1959年にチベットに派遣され、ダライ・ラマ法王の政権を倒し、法王はインドに亡命して今日に至ります。チベットで作戦行動にあたったモンゴル軍人は、腰に日本刀を吊るし、日本語で作戦命令を書いていました。その事実を、私は、
④『チベットに舞う日本刀──モンゴル騎兵の現代史』(文藝春秋/2014)
で紹介しました。日本風の軍事訓練の結果が、皮肉にも「世界の屋根」で開花したのです。そういう意味で日本人の歴史もまた、大ユーラシア史の一部を織りなしています。日本の歴史は日本列島にとどまらないのです。
 日本人はモンゴル草原から列島に帰り、多くを忘れてしまいましたが、残されたモンゴル人はさんざん酷い目に遭わされました。チベットで中国に利用されたあと、文化大革命では手のひらを返したように「日本のスパイ」や「日本の走狗」として大量虐殺*13されたのです。その歴史を私は、
⑤『墓標なき草原──内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』上下(岩波現代文庫/2018、原著は2009)
『続・墓標なき草原──内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(岩波書店/2011)

で綴っています。
 毎年、夏になりますと、歴史が好きで、反省を美徳とする日本人は多くの「歴史番組」を作成し、当事者が過去について語ります。しかし、誰も、植民地だった「満蒙」とくにモンゴルについて語ろうとはしません。そういう姿を見ていますと、ほんとうに「反省」しているのかどうか、疑いたくもなります。
 日本人が誰も旧植民地の人間の運命について書こうとしないならば、私たち自身で書くしかありません。いつか、もっと多くの日本人が帝国建設者であり植民地経営者であった過去と向きあい、そのうえでモンゴル人など旧植民地の視点で歴史について書くようになる日が来るのを期待しています。

 太字強調は俺がしました。「密約」「モンゴル統一」云々はともかく、こちらも「楊の結論(太字部分)」が実にまともです。反中国のために日本ウヨに媚びる姿よりもこちらの方が楊の本心ではないのか。
 そして「南北朝鮮分断は日本にも責任がある(文在寅大統領など)」に「反日だ」と悪口する日本ウヨは、楊の「南北モンゴル分断は日本にも責任がある」についても「反日だ」と悪口するのでしょう。これを機に楊が「ウヨとの野合」をやめれば幸いです。
 それとも今後も「産経など極右メディアでは極右に調子を合わせ、別のメディア(今回は講談社)では本心を語る」という使い分けをする気でしょうか?
 それにしても楊が言うように「内モンゴル満州国の一部や徳王(デムチュクドンロブ)が主席を務める蒙古聯合自治政府」という形で「日本の植民地*14だった」わけですが普段「朝鮮や台湾と違い」意識することはないですね。
 ほかにもパラオが日本の植民地でしたがこれもあまり意識しません。
 まあ「朝鮮や台湾に比べ統治期間が短い」「朝鮮や台湾と違いモンゴルやパラオから目立った日本批判が見られない」「パラオ領有理由となった第一次大戦での参戦を日清戦争(台湾が植民地化)、日露戦争(朝鮮が植民地化)ほど意識してない」といった理由でしょうか。

*1:もちろん北朝鮮と韓国のこと

*2:楊が挙げてない「分断民族」で有名なものとしては南北ベトナムがありますね。

*3:「いわゆる対日参戦密約(北方四島ソ連に「引き渡す」)」と違いモンゴルの扱いは「是非はともかく」密約ではないと思いますが。そもそも蒋介石はそれ以前から内モンゴル独立だの、内モンゴル外モンゴル統一だのを認めようとしたことは一度もないですし。

*4:中国からの独立を実現するため「帝政ロシア(のちにはソ連)」の力を利用した外モンゴルは「なかなかの策士」ですがその結果1)帝政ロシア(のちにはソ連)の内政干渉、2)内モンゴルとの民族分断という弊害が生まれました。とはいえ「帝政ロシア(のちにはソ連)」の力を利用する以外に外モンゴルは独立の道はなかったでしょう。また「内モンゴルを含めた独立」に固執すれば「帝政ロシア(のちにはソ連)」の支持を失い、中国の圧力により外モンゴルすら独立できない危険性がありました。なお「外モンゴルにとっての帝政ロシア(のちにはソ連)」ほどの価値もないのは「ダライラマの日本ウヨとの野合」です。内政干渉したとはいえ、そして民族分断をもたらしたとはいえ帝政ロシア(のちにはソ連)は外モンゴル独立に寄与しました。日本ウヨはチベット亡命政府に対してその程度の「貢献すらする気はない」でしょう。

*5:ここは明らかな事実誤認でしょう。初代韓国大統領は李承晩であり、朴はその後「軍事クーデターで成り上がった」わけですから。とはいえ話の本筋「日本は旧宗主国として朝鮮半島の民族統一をむしろ後押しすべきだ。そうして初めて真の友好が生まれる。」に影響はないでしょう。

*6:俺が思うに、冗談抜きで産経のようなウヨは「あいつらは共産主義の奴隷で同じ日本民族じゃない」といって「民族統一をあきらめそう」ですが。

*7:今時そんな「モンゴル統一を目指す」モンゴル人が「外モンゴルにせよ内モンゴルにせよ」どれほどいるんですかね?。まあ楊とそのお仲間はそうなのでしょうが。

*8:著書『草原と馬とモンゴル人』(2001年、NHKブックス)、『モンゴル草原の文人たち:手写本が語る民族誌』(2005年、平凡社)、『ユーラシア草原からのメッセージ:遊牧研究の最前線』(共著、2005年、平凡社)、『チンギス・ハーン祭祀』(2005年、風響社)『墓標なき草原(上)(下):内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(2009年、岩波書店→後に2018年、岩波現代文庫)、『続・墓標なき草原:内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(2011年、岩波書店)、『中国とモンゴルのはざまで:ウラーンフーの実らなかった民族自決の夢』(2013年、岩波現代全書)、『植民地としてのモンゴル:中国の官制ナショナリズムと革命思想』(2013年、勉誠出版)、『ジェノサイドと文化大革命内モンゴルの民族問題』(2014年、勉誠出版)、『モンゴルとイスラーム的中国』(2014年、文春学藝ライブラリー)、『チベットに舞う日本刀:モンゴル騎兵の現代史』(2014年、文藝春秋)、『狂暴国家中国の正体』(2014年、扶桑社新書)、『日本陸軍とモンゴル:興安軍官学校の知られざる戦い』(2015年、中公新書)、『モンゴル人の民族自決と「対日協力」:いまなお続く中国文化大革命』(2016年、集広舎)、『フロンティアと国際社会の中国文化大革命: いまなお中国と世界を呪縛する50年前の歴史』(共著、2016年、集広舎)、『「中国」という神話:習近平「偉大なる中華民族」のウソ』(2018年、文春新書)、『「知識青年」の1968年:中国の辺境と文化大革命』(2018年、岩波書店)、『最後の馬賊:「帝国」の将軍・李守信』(2018年、講談社)、『モンゴル人の中国革命』(2018年、ちくま新書)、『独裁の中国現代史:毛沢東から習近平まで』(2019年、文春新書)、『逆転の大中国史』(2019年、文春文庫) 、『中国が世界を動かした「1968」』(共著、2019年、藤原書店)など。

*9:1902~1966年。1936年2月10日に関東軍の支持の下蒙古軍政府が成立すると徳王は総司令・総裁に就任。盧溝橋事件の後に日本は内蒙古方面へ本格的に出兵し、1937年10月28日に蒙古聯盟自治政府を成立させた。当初、雲王(ユンデン・ワンチュク、1871~1938年)が主席となり、翌年3月に雲王が病没すると、徳王が後任の主席となった。蒙古聯盟自治政府は、1939年9月1日に察南自治政府・晋北自治政府と合併し蒙古聯合自治政府(1941年8月4日に蒙古自治邦政府と改称)となり、徳王が引き続き主席を務めた。名目としては汪兆銘政権下の自治政府という位置づけだった。1949年に中国人民解放軍が北平(のちの北京)を占領すると脱出して蒋介石の中国国民政府に再度内蒙古自治を要求。1949年4月13日には蒙古自治準備委員会を結成して副委員長、8月10日には蒙古自治政府を設立して主席となった。その後モンゴル人民共和国接触を重ね、1950年にモンゴル人民共和国首相チョイバルサンは内外モンゴル統一を構想していたことからその誘いに応じ徳王はモンゴル人民共和国に亡命。当初は徳王は監視されながらもモンゴル人民共和国当局に歓迎され高待遇を受けていたがソ連と中国の反発から徳王に政治的利用価値がないと判断したモンゴル人民共和国当局によって逮捕されて中国に引き渡され、戦犯として禁固刑と思想改造を受けた。1963年の特赦で釈放された後、1966年に肝臓病で死去。著書『徳王自伝』(1994年、岩波書店)(ウィキペディア「デムチュクドンロブ」参照)

*10:1892~1970年。1936年2月、徳王(デムチュクドンロブ)が蒙古軍総司令部を創設すると、李守信もこれに参与し、副総司令兼軍務部長に就任した。同年5月、蒙古軍政府が成立すると、李は参謀部長に任命された。1937年10月、日本軍の援助により蒙古聯盟自治政府が成立すると李は蒙古軍総司令に就任。1939年9月、蒙古聯合自治政府が成立すると、李は引き続き蒙古軍総司令をつとめた。1940年1月、李は蒙古聯合自治政府代表として、南京国民政府代表の周仏海と会談し、自治権をめぐる交渉を行っている。その結果、南京国民政府を正統の中央政府と承認し、その地方政権となる一方で、蒙古聯合自治政府は(1) 高度な自治、(2) チンギス・カン紀元の年号の使用、(3) 蒙古聯合自治政府旗の使用等を許可された。1941年6月、蒙古聯合自治政府が蒙古自治邦に改められると、副主席に就任。1949年、蒋介石政府の敗色が濃厚になると、李は一時台湾へ逃亡したが、その後、徳王の勧誘に応じて内モンゴルに引き返す。同年8月に蒙古自治政府が成立すると、政務委員兼保安委員会副委員長となった。同年12月中旬にはモンゴル人民共和国首相チョイバルサンの招きに応じた徳王とともにモンゴル人民共和国に亡命した。当初は監視されながらもモンゴル人民共和国当局に歓迎され高待遇を受けていたがソ連と中国の反発から李や徳王に政治的利用価値がないと判断したモンゴル人民共和国当局によって、1950年9月、逮捕され、徳王とともに中国に引き渡され、収監され思想改造を受けた。1964年12月28日、特赦によって李は釈放され、1970年5月、病没(ウィキペディア「李守信」参照)。

*11:歩兵第1旅団長(日清戦争)、第2師団長(台湾征服戦争)、台湾総督、第3軍司令官(日露戦争)、学習院長など歴任。

*12:そもそも当事者(?)の外モンゴル自体が「黙り込んでいます(楊の表現)」からね。

*13:文革でひどい目に合わされたのは内モンゴルだけではなく漢民族幹部の劉少奇国家主席(糖尿病で死去)や彭徳懐元国防相(大腸がんで死去)すら医療ネグレクトで死に追いやられています。そのうえ劉や彭の死去の事実は当初は国民どころか家族にも知らされないで隠ぺいされました。

*14:満州国も蒙古聯合自治政府も実権は日本が握っていますからね

黒井文太郎&常岡浩介に突っ込む(2019年9月21日分)

常岡浩介がリツイート
・gloomynews
トランプ氏、ウクライナに圧力 バイデン氏息子巡る調査 - WSJ
「2020年の米大統領選に立候補している民主党ジョー・バイデン前副大統領の息子について調査するよう、ウクライナ大統領に再三電話をかけ、圧力をかけていた。ウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領に対し、自身の弁護士であるルディ・ジュリアーニ*1に協力するよう要請していたという。」※やはりコレか。(ボーガス注:ウクライナへの)軍事支援を(ボーガス注:バイデン疑惑捜査とのバーターにしようとし)自分の再選に利用。

 もちろんこれが事実ならトランプの行為は問題でしょう。一方でWSJ記事にも書いてありますが

トランプ氏、ウクライナに圧力 バイデン氏息子巡る調査 - WSJ
 バイデン氏を巡っては、副大統領時代にウクライナの民間ガス会社ブリスマ・グループを捜査したビクトル・ショキン(ボーガス注:ウクライナ検事総長を(ボーガス注:ウクライナ政府に)解任させようとした件が焦点となっている。息子のハンター・バイデン氏がブリスマの役員だった。バイデン陣営はコメントの要請に応じていない。

ということでバイデンにも疑惑があるのでトランプだけを批判していい話ではないのも確かです。
 しかし日本の森友加計疑惑(首相・安倍の疑惑)も大概ひどいですが米国も「現・大統領と前・副大統領(2020年大統領選で現時点での民主党最有力候補)がウクライナを舞台に疑惑発覚」「お互いがお互いを疑惑政治家と非難合戦」ですか。絶句しますね。
 そしてこうした「最大野党・米国民主党の体たらく」が「日本の最大野党(民主党民進党立憲民主党)の体たらくが安倍を利してるのと同様」、トランプを利してるのでしょう。

黒井文太郎
‏ トランプが口だけ番長なのをみて、イランは今後も破壊工作を続けると、ウォールストリート・ジャーナル誌は予想

 口だけ番長ってWSJ(米国のウヨ新聞)や黒井は何してほしいんですかね。イラン相手に戦争でもやってほしいのか?。もしそうなら正気じゃないですね。

黒井文太郎
‏ 一昔前、北朝鮮コマンドが柏崎原発を急襲!的なシミュレーション記事が流行り、ムック系の発注を頂いて何本かやった。

 黒井の名前でググるとヒットする

別冊・宝島Real057「最新!自衛隊「戦略」白書」(2004年)
自衛隊北朝鮮に勝てるのか』(2009年、洋泉社MOOK)

などのことでしょうか。
 それはともかく「あほか」としか言いようがないですね。
 原発を破壊するだけならミサイルぶち込む方が早いわけです(やらないでしょうが)。
 それとも「原発を占拠し、人質にして日本を恫喝する」とでも?。まあ、「原発の警備は厳重」であり、現実問題「占拠など無理*2」でしょうが、それ以前にそういう話で「脱原発」という方向に行かない黒井らウヨ連中が何ともかんとも。

*1:フォード政権司法次官補、レーガン政権司法次官、ニューヨーク市長など歴任

*2:また「占拠した後どうするのか」つう問題もありますね。逃げ場を確保しなければそれは「玉砕確実な作戦」ですから(とはいえ逃げ場が確保できるとも思えません)。