はてなブログでは未来日付の記事は「原則としては」書かないことにします、他(追記あり)

【最初に追記(2019年2/15記載)】
bogus-simotukareのブログということでココログにもブログを作ったので紹介しておきます。
ただ「今のところはてなの方が書きやすい(ココログだと脚注のつけ方がよく分からない、エンターキーで改行すればはてなだとそのまま改行になるが、ココログだとそうならない)」ということではてなの方で書くことが多いかと思います。
【追記終わり】

 bogus-simotukareの日記では未来日付の記事も書いていたのですが、はてなブログだと未来日付記事がたくさんあると、新規記事を書いてもそれが目立たず非常に見づらい気がするので、基本的には未来日付記事は書かないことにしたいと思っています。なお、この文章は2019年1月28日に書いています(これは、目立つところに置いた方がいい「お断りの文章」なので未来日付の記事ですが。なお、俺が勘違いしてるのかもしれませんが「あまり遠くの未来日付」だといろいろと作業が厄介な様なので「2019年1月28日の約1年後」にしています。しかし、当然ながら、冒頭にいつも表示される様に適宜、日付の設定は変更する予定です)。
 はてなダイアリーではシリーズ連載「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」を笑おう(追記・訂正あり) - bogus-simotukareの日記としていたものも、こちらでは「パートほにゃらら」という形にはせず「毎日記事を書く形にしたい」と思います。
id:sorarisu0088氏に対する謝罪文の掲載(追記・訂正あり) - bogus-simotukareの日記はどうしようか少し悩んだのですが
1)はてな社の方針では当面、はてなダイアリー記事は「更新やコメントはできないが」記事自体は残る
(もちろん、最終的にははてな社が「やはり削除」という方針にする可能性もゼロではないでしょうが将来的な問題はひとまずおきます。その場合、さすがにはてな社は事前広報くらいするでしょう。その場合はこちらに謝罪文を移そうとは思います)
2)はてなブログにまで過去の恥をさらしたくない(まあ俺個人のくだらない感情論ですが)
つうことで、まあこの記事での「謝罪相手」である御仁が「どうしてもブログにまで謝罪文そのものを残せ」と言ってくるならまた話も別ですが、「ここにお断りの文章を載せること」で「謝罪文そのもの」はここにはひとまず載せないことにします。

【2019年1月29日追記】
 早速、移行後、コメント設定を修正。
 コメントは通常設定だと「はてなユーザー」という設定ではてなユーザーしかコメントできないようですね(コメントするときははてなのID、パスワードでログインする)。
 当然(?)ながら「俺にとってはてなユーザーにコメント者を限定する理由がない」、というか従来コメント頂いていた方々はおそらく「ほとんどがはてなユーザーじゃない」ので「ゲスト(誰でもコメント可能)」に変更します。しかし通常設定は「ゲスト」であるべきじゃないんですかね。
 俺みたいなうっかりは「はてなユーザー設定」に気づかず、「何で移行前にコメントしてくれた方たちがコメントしてくれないんだろうな」と悲しむという皮肉なことになりかねません。いや「はてなユーザーを増やしたい」という企業の立場からは、一理ある「通常設定」でしょうけどね。
 「はてなブログーユーザーの利便性をなんだと思ってるんだ!」つう反発は感じます。

新刊紹介:「経済」7月号

「経済」7月号について、俺の説明できる範囲で簡単に紹介します。
 http://www.shinnihon-net.co.jp/magazine/keizai/
特集「消費税30年」
■消費税増税が招く国家破綻:新福祉型国家への道(二宮厚美*1
■消費税導入と公平原則の変質(安藤実*2
■すすむ法人税の「空洞化」:あるべき税源(垣内亮*3
所得税の機能低下と再建の課題(梅原英治)
■消費税と対決:税金運動の教訓と対決点(浦野広明*4
■高齢者世帯の税負担(唐鎌直義*5
■欧州の付加価値税率との比較(中西啓之*6


特集「どうなる日本の林業
■日本の森林・林業問題を考える(佐藤宣子*7
国有林コンセッション(民間開放)の問題点(三木敦朗)


UR賃貸住宅雇用促進住宅の民間売却問題(坂庭国晴*8

*1:著書『現代資本主義と新自由主義の暴走』(1999年、新日本出版社)、『日本経済の危機と新福祉国家への道』(2002年、新日本出版社)、『構造改革とデフレ不況』(2002年、萌文社)、『ジェンダー平等の経済学』(2006年、新日本出版社)、『格差社会の克服』(2007年、山吹書店)、『新自由主義破局と決着』(2009年、新日本出版社)、『新自由主義からの脱出』(2012年、新日本出版社)、『安倍政権の末路:アベノミクス批判』(2013年、旬報社)、『終活期の安倍政権』(2017年、新日本出版社)など

*2:著書『富裕者課税論』(編著、2009年、桜井書店)など

*3:著書『消費税が日本をダメにする』(2012年、新日本出版社)、『「安倍増税」は日本を壊す:消費税に頼らない道はここに』(2019年、新日本出版社

*4:著書『納税者の権利ハンドブック』(1993年、新日本出版社)、『納税者の権利と法』(1998年、新日本出版社)、『たたかう税理士の税務相談』(2006年、新日本出版社)、『税民投票で日本が変わる』(2007年、新日本出版社)、『税務行政における予防法学の実践:所得税に関する事例研究』(2010年、成文堂)、『税務調査に堂々と立ち向かう』(2014年、日本評論社)、『税が拡げる格差と貧困:日本版タックスヘイブンVS庶民大増税』(2016年、あけび書房)など

*5:著書『日本の高齢者は本当にゆたかか』(2001年、萌文社)、『脱貧困の社会保障』(2012年、旬報社

*6:著書『地方自治のはなし』(1984年、新日本新書)、『日本の地方自治』(1997年、自治体研究社)、『増補新版・市町村合併』(2004年、自治体研究社)など

*7:著書『日本型森林直接支払いに向けて』(編著、2010年、日本林業調査会)、『林業新時代』(共著、2014年、農文協)など

*8:著書『どうする住宅難時代』(1991年、学習の友社)

新刊紹介:「歴史評論」7月号

・詳しくは歴史科学協議会のホームページ(http://www.maroon.dti.ne.jp/rekikakyo/)をご覧ください。小生がなんとか紹介できるもののみ紹介していきます。まあ正直、俺にとって内容が十分には理解できず、いい加減な紹介しか出来ない部分が多いですが。
特集『日本中世史研究と社会貢献』
現代社会の中世史研究:時代を今に問う試み(高橋修*1
■研究資源の生成・活用をめぐって(井上聡
■中世災害研究の現代的意義と活用の可能性:東大寺播磨国大部荘の水害と早魃(赤松秀亮)
■中世史研究(者)と地域貢献(中司健一)


■地域博物館の展示と調査・研究:和歌山県立博物館の地域展から(坂本亮太)
(内容紹介)
 ネット上の記事紹介で代替。

紀南武士の活躍たどる 和歌山県立博物館で企画展 - 産経ニュース
・紀南地方で活躍した武士の歴史を、鎌倉時代から江戸時代にかけてたどる企画展「躍動する紀南武士-安宅(あたぎ)氏と小山氏」が、和歌山市吹上の県立博物館で開かれている。展示されている古文書のほとんどが初公開。同館では「西牟婁郡周辺の歴史の基礎となる資料。古文書で紀南の歴史の魅力を知ってもらえれば」としている。
・紀南地方でもっとも勢力を誇り、古座川流域と日置川流域を拠点に活動した小山氏や、日置川の下流域に勢力を誇った安宅氏の古文書などを中心に、4部構成で展示されている。
 約60点の古文書は初公開で、約130点が展示されている。豊臣秀吉の弟、羽柴秀長が小山氏の領地を認定した古文書で、紀州攻めの後に領地が認定されたことがわかる古文書としては県内で唯一現存する「羽柴秀長知行宛行状」(同館所蔵)や、朝鮮出兵で熊野の武士が軍事物資の運搬にかかわっていたことを記した「高麗陣城米預状」(同館所蔵)も紹介されている。
 また、古文書で使われるサインについても説明。古文書の署名代わりに使われる記号「花押」や、筆の柄の裏の部分を押しつけ、印鑑の役割を果たす「筆軸印」についても紹介。同館の坂本亮太学芸員は「紀南地方で活動した武士の歴史を古文書だけでこれほどたどることができるのは珍しい。時代の移り変わりや魅力を知っていただければ」と話している。

和歌山県立博物館で生誕900年特別展「西行 紀州に生まれ、紀州をめぐる」 - 和歌山経済新聞
 和歌山県立博物館(和歌山市吹上1、TEL 073-436-8670)で10月13日、特別展「西行 紀州に生まれ、紀州をめぐる」が始まった。
 平安時代歌人として知られる西行の生誕900年を記念して企画した同展。西行にまつわる文化財やゆかりの地に残る文化財を一堂に集め、西行の業績と足跡をたどる。
 展覧会では、彫像や絵画、歌集、絵巻物など西行にまつわる資料184件282点を展示する(前期・後期で入れ替えあり)。展示は、西行直筆の書や歌集から読み解く「西行の人物像」にはじまり、西行の一族・佐藤氏が暮らしたふるさとの地、出家後に約30年間過ごした高野山やその間に巡った紀伊半島の各地、高野山を離れたあと過ごした讃岐、伊勢、河内、死後に残された物語、と西行の生涯とゆかりの地を巡る。
 学芸員の坂本亮太さんが展示品の解説を行い、参加者らは熱心に聞き入り、メモを取ったり質問したりしていた。
 坂本さんは「『新古今和歌集』に最多の94首が載り、歌人として高く評価される西行だが、確かな史料は少なく謎や伝説に包まれた人物。西行に関する事実から伝説まで幅広く集め、人物像を掘り下げる展覧会は全国的にも珍しいと思う。西行の意外な一面を知ってもらいたい」と話す。「西行は同じ時代に生きた人たちに影響を与え、亡くなってすぐ伝説となるほどの文化人だった。展示を通して西行やゆかりの地に思いをはせてほしい」とも。

わかやま新報 » Blog Archive » 歌人・西行の人物像に迫る 生誕900年展
 紀の川市に生まれ、平安時代末期に活躍した歌人西行(1118~1190)の生誕900年を記念した特別展「西行紀州に生まれ、紀州をめぐる―」が13日、和歌山県立博物館(和歌山市吹上)で始まった。国宝11件、重要文化財11件を含む282点を展示。同館の坂本亮太学芸員は「伝説によるものと確かな資料を併せて、西行の人物像に迫る初の展覧会。歌人としてだけでなく、武士として仕えたことや、ゆかりの地が県内にも多くあることを知ってもらいたい」と話している。

*1:著書『中世武士団と地域社会』(2000年、清文堂)、『異説もうひとつの川中島合戦:紀州本「川中島合戦図屏風」の発見』(2007年、洋泉社新書y)、『熊谷直実:中世武士の生き方』(2014年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『信仰の中世武士団:湯浅一族と明恵』(2016年、清文堂)など

「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2019年5/27分:高世仁の巻)

NHKのスクープ記者に何が起きたのか - 高世仁の「諸悪莫作」日記
NHKのスクープ記者に何が起きたのか2 - 高世仁の「諸悪莫作」日記

NHKのスクープ記者に何が起きたのか - 高世仁の「諸悪莫作」日記
・25日(土)。武蔵野スイングホールで相澤冬樹さん*1の講演会があった。森友学園の問題でスクープを連発したために(ボーガス注:NHK内部で報復人事で干されたために、退職を決意し)NHKから事実上追い出された記者だ。
・4月の統一地方選挙で、「NHKから国民を守る党」という政党が、50人近い候補者を立て、なんと26人もの当選者を出した。これはあまり報じられていないが(NHKはニュースでこの党名を言えるか?)、NHKの現状に多くの人が関心を持っていることを示す。

 高世のあほさにはいつもながら唖然ですね。
 これではこの党が「相沢氏のようなまともなNHK批判者」のようですが、そんなことは全くない。
 「NHKは左翼偏向してる」と放言する極右政党がこの党です。要するに「維新政党新風の同類」「ジャパンデビュー訴訟原告団の同類」「クローズアップ現代国谷裕子*2キャスター(当時)を誹謗していたウヨ連中の同類」です。
 高世は一体どういう脳みそをしてるのか。俺が相沢氏なら「手前は俺をあんな連中と同一視する気か!」と高世に激怒してますよ。
 なお、この「NHKから国民を守る党」についてのあほな文章を除けば、他は「相沢氏の講演内容(NHKで干されたことについての内部告発)の紹介」ですので内容は至ってまともです。
 わかりきったことですが、相沢氏への不当な待遇はもちろん安倍の圧力でしょう。

*1:著書『安倍官邸vs.NHK:森友事件をスクープした私が辞めた理由』(2018年、文藝春秋

*2:著書『キャスターという仕事』(2017年、岩波新書

「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2019年5/26分:荒木和博の巻)

ありがとうございました【調査会NEWS2990】(R01.5.26): 荒木和博BLOG

 国会要請では衆参の自由民主党立憲民主党・国民民主党公明党日本維新の会にご対応いただき、御礼申し上げます。

 社民、共産の名前が出てこないのが極右の荒木らしい。社民、共産に断られたのではなく、最初から要請してないのでしょう。そうした救う会の極右性こそが拉致解決を阻害しているのですが、それに気づかない家族会も哀れなもんです。
 なお、「希望の党(スタンス的には荒木ら救う会に近い極右政党)」に依頼しなかったのは「泡沫政党だから」でしょうか。

 ご挨拶いただいた杉田水脈衆議院議員にも御礼申し上げます。

 杉田のような「LGBT差別暴言で非難された非常識極右」に挨拶を依頼してるのだから呆れます。そんなことをしてまともな人間が救う会や家族会を支援したがるか少しは考えたらどうなのか。

今日の産経ニュース(2019年5月26日分)

北朝鮮、拉致めぐり対日非難 「安倍一味は破廉恥」 - 産経ニュース

 北朝鮮朝鮮中央通信は26日の論評で、拉致の可能性を排除できない行方不明者とされていた男性が日本国内で見つかったことを挙げ、「拉致問題がいかに荒唐無稽な詭弁であるのか如実に示している」と主張。

 こういう反撃を食らうからこそ「特定失踪者デマ」は問題ですが、これでも救う会を擁護し続けるのが家族会なのでしょう。
 「特定失踪者認定は嘘八百」という点については北朝鮮の主張は全く正しいのですが。


麻生氏、日本の地位は「諸外国やっかむほど」向上 - 産経ニュース
 何で麻生*1がこう思うのかさっぱり分かりません。日本の地位がどう向上したのか。
 むしろ近年地位が向上してるのは「AIIBと一帯一路の中国」ではないのか。
 「トランプと親しいこと(というか単に安倍がスネ夫のようにへいこらしてるだけですが)」なんてむしろ恥じゃないのか。しかもそれでもトランプは日本相手に報復関税を発動するし、安倍に相談もなく米朝首脳会談を発表するわけです。


【新聞に喝!】令和と中国の深い関係 インド太平洋問題研究所理事長・簑原俊洋(1/2ページ) - 産経ニュース

 新元号に関し、筆者が違和感を抱いたのは、古代中国の漢籍ではなく初めて国書に典拠するという点がかなり強調されて報道されたことである。
 経済規模で水をあけられ、海洋進出と「一帯一路」の名の下で勢力圏の拡大に邁進(まいしん)する中国に対する脅威認識のためか*2、多くのメディアは伝統からの逸脱には触れず、国書の典拠をことさら強調し、歓迎した。
 しかしながら、令和の典拠となった万葉集如実に示すのは、むしろ日本と大陸中国との相互交流の深さであろう。出典の「巻五 梅花の歌三十二首并(あわ)せて序」がうたう当時の梅の花見は中国伝来であるのは言うまでもない。そもそも元号という紀年法でさえ古代中国にルーツを辿(たど)る。

 指摘は間違いではないですがその理屈だと一番批判されるべきはマスコミではなく「初めて国書に典拠」と宣伝した安倍なのですが。いずれにせよ「外部筆者の文章とは言え」産経に安倍に対し批判的な文章が載るとは奇妙なことがあるものです。


【昭和天皇の87年】禍根を残したナチスドイツとの提携 破滅の戦争への扉が開かれた - 産経ニュース

 陸軍から「予備役となった皇道派将官*3陸相になれば再び重大事件が起きるかもしれない」と脅かされ、あっさり了承

 「物は言い様」という気がしますね。まあ、「皇道派復権」の危険性は確かにありますが、「現役しか大臣に出来ない→組閣できない」の危険性があることは明白ですからね。

 閣議でもほとんど議論にならず、昭和11年5月18日、陸海両省の官制が改正され、現役武官制が復活した。

 というのであれば広田*4だけをやり玉に挙げる産経の態度はおかしいでしょう。
 また、今日の産経ニュースほか(2019年5月25日分) - bogus-simotukareのブログでも書きましたが日本が太平洋戦争に突き進んでいった最大の理由は「中国の完全植民地化を諦めなかったこと(このために蒋介石政権を支援する米国が対日制裁を発動)」であり、「太平洋戦争の回避」という意味では「軍部大臣現役武官制」などは「小さな問題」です。

軍部大臣現役武官制ウィキペディア参照)
1940年には米内*5内閣が畑俊六*6陸相の単独辞職により崩壊

といった「陸軍の悪用」を考えれば、この制度が復活して良かったとは思いませんが、この制度がなくても日本は対米戦争におそらく突入したでしょう。

 広田内閣が取り組んだ政策で、禍根を残したものがある。日独防共協定だ。

 これも「うーん、その見方は適切なのかねえ?」ですね。協定を結んで良かったとは言いません。しかし日本が太平洋戦争に突き進んでいった最大の理由は「中国の完全植民地化を諦めなかったこと(このために蒋介石政権を支援する米国が対日制裁を発動)」であり、「太平洋戦争の回避」という意味では「日独防共協定」などは「小さな問題」です。
 第二次大戦開戦直後のドイツ快進撃(フランスが降伏)を見て「ドイツが俺たちの仲間だから米国なんか怖くない」という米国軽視を助長し、対米開戦を助長したとは言え、「日独防共協定」や「それを発展させた日独伊三国防共協定や日独伊三国軍事同盟」それ自体が太平洋戦争をもたらしたわけではありません。


【日本語メモ】明治憲法に殉じた“屈原”(1/2ページ) - 産経ニュース
 「本文を読まなくても」このタイトルだけで「そういう方面に詳しい方(憲法学とか歴史学とか)」には「清水澄(しみず・とおる)のこと?」と理解できたでしょう。そう「清水の話」です(小生も以前何かで清水の話を読んだので知っています)。しかし今時、清水の自決を高評価とか「産経のようなウヨ新聞」でしかあり得ませんね。正気じゃない。清水については後でウィキペディアの記述などを紹介しておきます。

【参考:清水澄について】

■清水澄(1868年9月27日~1947年(昭和22年)9月25日:ウィキペディア参照)
 憲法行政法学者。帝国学士院会員。
 石川県金沢市生まれ。学習院教授、慶應義塾大学法学部教授(憲法行政法担当)など歴任。
 宮内省及び東宮御学問所御用掛となり、大正天皇昭和天皇憲法学を進講した。行政裁判所長官、枢密院顧問官、枢密院副議長を経て、敗戦後、1946年(昭和21年)6月13日最後の枢密院議長に任ぜられる。
 枢密院が廃止され、清水が公職追放となり、1947年(昭和22年)5月3日に日本国憲法が施行された後の同年9月25日、日本の国体の危機を憂い、熱海錦ヶ浦海岸から投身自殺を遂げた。
 遺言に当たる「自決ノ辞」には、
『新日本憲法ノ發布ニ先ダチ私擬憲法案ヲ公表シタル團體及個人アリタリ。其中ニハ共和制*7ヲ採用スルコトヲ希望スルモノアリ。或ハ戰爭責任者トシテ今上陛下ノ退位ヲ主唱スル人アリ。我國ノ將來ヲ考ヘ憂慮ノ至リニ堪ヘズ。併シ小生微力ニシテ之ガ對策ナシ。依テ自決シ幽界ヨリ我國體ヲ護持シ今上陛下ノ御在位ヲ祈願セント欲ス。之小生ノ自決スル所以ナリ。而シテ自決ノ方法トシテ水死ヲ擇ビタルハ楚ノ名臣屈原ニ倣ヒタルナリ。
追言
 小生昭和九年以後進講シタルコト從テ龍顔ヲ拝シタルコト夥敷ヲ以テ陛下ノ平和愛好ノ御性質ヲ熟知セリ從テ戰爭ヲ御賛成ナカリシコト明ナリ*8
と記し、大日本帝国憲法に殉じ、自殺をすることと、その自殺が中国の戦国時代の楚国の屈原が汨羅(べきら)の淵に投身自決した故事に倣ったことが記されている。石川県金沢市(清水の出身地)の石川護國神社には、「清水澄博士顕彰碑」がある。
■逸話
 国家総動員法の審議が第73回帝国議会で行われた際、「この法案は憲法違反とはいえない」という考えを清水は示した。秘書・原田熊雄からこのことを聞いた元老・西園寺公望国家総動員法について違憲の疑いがあるとして批判的だった)は「清水なんかに憲法が判るもんか」と清水を非難したという。

新憲法に苦悶した博士 金沢出身の憲法学者 清水澄:北陸文化:北陸中日新聞から:中日新聞(CHUNICHI Web)
 一九四七(昭和二十二)年五月三日。風雨の中、東京・宮城前広場に約一万人が集まった。昭和天皇臨席のもと行われた新憲法施行の記念式典。
 その四カ月後。静岡・熱海の錦ケ浦海岸で一人の憲法学者が入水自殺した。天皇の諮問機関だった枢密院最後の議長として心ならずも新憲法や法令などを審議した清水澄(とおる)。
 宮内省御用掛として大正天皇に「欧米に於ける近代法制」、昭和天皇にも皇太子時代から「帝国憲法」や、皇室に関する根本法の「皇室典範」を進講した。
 一九三四年から枢密院顧問官、四六年六月に枢密院議長となった。連合国軍総司令部(GHQ)の命令で大日本帝国憲法改正という形で日本国憲法を成立させるため、草案審査に立ち会わなければならなかった。
 天皇統治権を総攬(そうらん)する。この帝国憲法の具体的なあり方こそが清水の学説の核心だった。帝国憲法は建国以来、皇室を民族団結の中心とし、皇位を受け継いできた国の姿を明文化したものととらえている。
 清水が新憲法施行日にしたためた遺書からは、天皇統治権がなくなったことへの憂慮がにじむ。
「新日本憲法ノ発布ニ先ダチ、私擬憲法ヲ公表シタル団体及ビ個人アリタリ。其(その)中ニハ共和制ヲ採用スルコトヲ希望スルモノモアリ、或(あるい)ハ戦争責任者トシテ、今上陛下ノ退位ヲ主唱スル人アリ。我国ノ将来ヲ考へ憂慮ノ至リニ堪(た)ヘズ。併(しか)シ、小生微力ニシテ、之ガ対策ナシ」
 清水の長男で憲法学者だった故清水虎雄は生前、著書の中でこう記している。
「父は、明治天皇を理想の君主に近いと考え、これを範として昭和天皇が理想に近づくことを望んでいた。GHQが日本の歴史を無視して新憲法を押しつけ、天皇の権限を奪うことに、父は怒りと不満を感じていた」(抜粋)。
 清水が命を絶った理由として、所功*9京都産業大名誉教授らはこう考える。
「正当性を確信し、大正・昭和天皇に進講してきた帝国憲法を護(まも)り得なかったことに対する自責の念によるものだ」。

 なお、前天皇は「本心かどうかはともかく」

明仁ウィキペディア参照)
■「日本国憲法を遵守し、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓い、国民の叡智とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与することを切に希望いたします」
(1990年(平成2年)11月12日、即位礼正殿の儀)
■「日本国憲法で、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると規定されています。この規定と、国民の幸せを常に願っていた天皇*10の歴史に思いを致し、国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています。天皇の活動の在り方は、時代とともに急激に変わるものではありませんが、(ボーガス注:新憲法天皇国家元首から象徴になったように)時代とともに変わっていく部分もあることは事実です」
(1998年(平成10年)12月18日、誕生日に際する記者会見)
■「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います
(2009年(平成21年)4月8日、結婚満50年に際する記者会見)。
■「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います
(2013年(平成25年)12月23日、誕生日に際する記者会見)

といっています(赤字強調は小生がしました)。
 明仁発言、特に

■「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」
(2009年(平成21年)4月8日、結婚満50年に際する記者会見)。

は清水にとって予想外であり、生きていれば*11、「もはやこれは私の知ってる日本でも皇室でもない」と嘆いたことでしょう。

*1:橋本内閣経済企画庁長官、森内閣経済財政担当相、小泉内閣総務相、第一次安倍内閣外相、自民党幹事長(福田総裁時代)を経て首相。現在、第二~第四次安倍内閣副総理・財務相

*2:やはりそういうことなんですかね。もしそうなら「中国伝統文化と、中国政府の外交政策と関係ないのに」と呆れるだけですが。

*3:荒木貞夫や真崎甚三郎などのこと

*4:斎藤、岡田、第一次近衛内閣外相、首相など歴任。戦後、死刑判決。後に靖国に合祀。

*5:林、第一次近衛、平沼、小磯、鈴木貫太郎内閣海軍大臣、首相を歴任

*6:台湾軍司令官、陸軍教育総監、中支那派遣軍司令官、侍従武官長、阿部、米内内閣陸軍大臣支那派遣軍総司令官など歴任。戦後終身刑判決を受けるが後に仮釈放

*7:清水のいう共和制が「天皇主権否定=共和制(この立場だと現行憲法も共和制になります)」なのか、「天皇制否定=共和制(この立場だと現行憲法は共和制ではありません)」なのか気になるところです。私見では「前者ではないか(だから新憲法に絶望して自殺した)」と思いますが(なお、これはあくまでも清水の見解はそうだったのだろうという話であり、『現行憲法を共和制と見なすことが正しい』という話はしていません)。

*8:まあ昭和天皇が「戦争万能主義」でないことは確かですが、あの戦争について清水のように「本心では反対だった」と見なすのはデマでしかありません。陸軍の楽観主義に引きずられたとはいえ彼は自分の意思で日中戦争、太平洋戦争の開戦を決定しました。

*9:著書『伊勢神宮』(1993年、講談社学術文庫)、『京都の三大祭』(1996年、角川選書)、『皇位継承のあり方:“女性・母系天皇”は可能か』(2006年、PHP新書)、『天皇の「まつりごと」:象徴としての祭祀と公務』(2009年、NHK生活人新書)、『皇室典範女性宮家:なぜ皇族女子の宮家が必要か』(2012年、勉誠出版)、『象徴天皇「高齢譲位」の真相』(2017年、ベスト新書)など。なお著書名で分かるように所はウヨですが女帝制度には反対していません。ちなみに田中卓皇学館大学元学長)もウヨですが、『愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか:女性皇太子の誕生』(2013年、幻冬舎新書)という著書を書いています。

*10:まあ「天皇としての建前論」ですね。彼もさすがに「国民の幸せのために私の父(昭和天皇)は真珠湾攻撃しました」とはさすがにいわないでしょう。

*11:年齢から考えて生きてるわけはないですが

「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2019年5/26分:高世仁の巻)

フリーランスの金と自由 - 高世仁の「諸悪莫作」日記

・印象に残ったのは、司会の野中章弘さん*1早大教授)が「フリーランスとしてプレッシャーに感じることは?」との質問。安田さん*2がすぐに「それはお金ですね」と答え、隣の桜木武史さん*3(第3回受賞者)に「そうだよね」と同意を求めると、桜木さんも笑ってうなづいた。
・シンポジウムが終わって桜木さんと話していたら、明日も4時起きなので早く帰らなくては、という。彼は毎日トラックの運転手をして暮らしを立てているのだ。
・彼らの意気軒昂な発言には敬意を表しつつ、この現状で日本のジャーナリズムは大丈夫なのかと心配になった。
 「食べられるジャーナリズム」をめざして会社を立ち上げたものの、なかなかお金が稼げない上に、仕事でジャーナリズムを実践できているか疑問になっているわが身をも振り返って、いろいろ考えさせられた夜だった。

 吹き出しました。「仕事でジャーナリズムを実践できているか疑問になっているわが身」て特定失踪者なんてデマに加担する男が良くもいったもんです。
 「安心しろよ、お前はジャーナリズムなんか実践できてないから。つうか、お前、昔(例:日本電波ニュース社報道部長)はともかく今はそんなこと何一つやる気ねえだろ。金を稼ぐことしか考えてないだろ。虚言吐いてかっこつけるなよ」ですね。
 まあ、やはり「独立するとカネに転ぶ、転んだのが高世だ」つうことなんでしょう(福島香織なんかもそうでしょう)。生活が安定しているサラリーマン記者ならまともな報道が出来るつうもんでもないですけどね(例:産経の阿比留)。
 以前も拙記事で書いたことですが「朝日を代表するスター記者の一人だった、あの本多勝一*4ですらそう思ってるのか」と感じて記憶に残ってる「本多氏の文章」があります。
 本多氏の元へ読者から「何で本多氏は、元朝日の筑紫哲也(1989年退社、TBS「ニュース23」キャスターに就任し、2008年に死去するまで務めた)、元読売の本田靖春*5(1971年退社)、黒田清(1987年退社)、元毎日の鳥越俊太郎(1989年退社、テレ朝「ザ・スクープ」(1989~2002年)キャスターに就任。「ザ・スクープ」終了後もテレビコメンテーターなどとして活動)各氏のように新聞社をやめてフリーにならないのか」という手紙があったそうです(まあ他にも「新聞記者からのフリー」はいますが)。
 まあ、筑紫、鳥越の名前が出てますので、早くとも1989年執筆の記事ですね(ただしこの本多論文では「メールマガジン」など「ネットによる情報発信」については触れられてないのでそういった可能性が出る前の話です)。
 で本多氏は文章の中で以下のように答えています。
 「私が朝日をやめればすぐに発表の場が一つ減る。収入もゼロになる。そしてその減った分だけの「発表の場」「収入」がフリーになって簡単に得られると思うほど自分は自信家じゃない。筑紫氏らがフリーで成功したから本多も成功できると思うのは甘すぎる。彼らと本多は違う。サラリーマン記者なら極端な話、いい記事さえ書けばいい。しかしフリーは営業能力が必要だし、自分にそうした営業能力があるといえる自信はない。筑紫氏らにはそうした営業能力があったのだろう」
「今のところ、筑紫氏ら、あなたが名前を挙げた方々は私と意見の違いはあれども、『カネのためにデマ記事を書くようなこと*6』はしてないと思う。しかし今後絶対にしないとは言い切れないと思う。例えば、スポンサーや政府の圧力に屈したTBSから『今のままの報道を続けるなら、ニュース23キャスターをやめろ*7』といわれても筑紫氏は果たしてTBSに『私は何も悪いことをしていない。あなた方がどうしてもやめろというなら抗議意思の表明としてやめます』とはたしていえるのか。彼らが死ぬまで「カネのために転ぶこと*8」をしなくても、金銭面で安定がないフリーにはその危険性は死ぬまでつきまとう」
「私が読売退社前の黒田氏*9のように、朝日から発表の場を失ったら、朝日をやめるかもしれない。しかし今のところ、『自分の書きたい記事が全て書けてる』わけじゃないが、ある程度はかけてる。定年になる前に自分からやめる理由がない」
「フリーになったら自由にものがかけるかといったらそんなことはない。発表の場は新聞、雑誌(週刊や月刊)、テレビ、ラジオになるだろうが、自前でそういったことはそう簡単にできるもんではない*10。したがって既存のメディアに持ち込まざるを得ないが、そうしたメディアが朝日より私に好意的な保証はない。ましてや朝日より部数などで影響力が大きい保証もない」と。
 まあ、「本多氏も意外と冷静だな」と感じたのを覚えています。

*1:アジアプレス・インターナショナル代表

*2:著書『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』(2011年、集英社新書)、『シリア拘束 安田純平の40か月』(2018年、扶桑社)など

*3:著書『増補版・シリア 戦場からの声』(2016年、アルファベータブックス)

*4:著書『中学生からの作文技術』(朝日選書)、『新・アメリカ合州国』(朝日文芸文庫)、『アイヌ民族』、『アメリカ合州国』、『アラビア遊牧民』、『植村直己の冒険』、『NHK受信料拒否の論理』、『カナダ=エスキモー』、『きたぐにの動物たち』、『釧路湿原:日本環境の現在』、『検証・カンボジア大虐殺』、『50歳から再開した山歩き』、『子供たちの復讐』、『殺される側の論理』、『殺す側の論理』、『事実とは何か』、『実戦・日本語の作文技術』、『しゃがむ姿勢はカッコ悪いか?』、『憧憬のヒマラヤ』、『職業としてのジャーナリスト』、『先住民族アイヌの現在』、『戦場の村』、『そして我が祖国・日本』、『中国の旅』、『天皇の軍隊』、『南京への道』、『日本環境報告』、『新版・日本語の作文技術』、『ニューギニア高地人』、『冒険と日本人』、『北海道探検記』、『滅びゆくジャーナリズム』、『マスコミかジャーナリズムか』、『マゼランが来た』、『新版 山を考える』、『リーダーは何をしていたか』、『ルポルタージュの方法』(以上、朝日文庫)、『本多勝一戦争論』、『本多勝一の日本論:ロシア、アメリカとの関係を問う』(以上、新日本出版社)など

*5:著書『評伝 今西錦司』(岩波現代文庫)、『私戦』(河出文庫)、『不当逮捕』、『村が消えた:むつ小川原 農民と国家』、『我、拗ね者として生涯を閉ず』(以上、講談社文庫)、『疵:花形敬とその時代』、『警察(サツ)回り』、『誘拐』(ちくま文庫)、『私のなかの朝鮮人』(文春文庫)など

*6:例えば、産経を退社した福島香織が現在やってること(例:一帯一路は失敗続きだ、など)です。

*7:NHKクローズアップ現代の国谷氏やテレ朝・報道ステーションの古館氏に対してテレビ局がやったことはそういうことでしょう。

*8:「繰り返しますが」例えば、産経を退社した福島香織が現在やってること(例:一帯一路は失敗続きだ、など)です。

*9:ナベツネに敵視され干されていたと言われます。

*10:とはいえその後、本多氏が筑紫氏ら同志とともに1993年に「自前の雑誌」として週刊金曜日を立ち上げたのはご存じの通りです。したがってこの文章は「1989年の筑紫、鳥越退社以降、1993年の週刊金曜日立ち上げまで」に書かれたかと思います。